連載小説
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初めはどうなるかと思ったが、結論から言うと、彼女はとても優秀だった。

パソコンがなぜ動くのか?どう動いているのか?パスとは何か?
そんなことを次々聞かれた時は、どうしたものかと思ったが……一つ教えれば、二つ目には一歩進んだ質問が飛んでくる。もう一回答えれば、今度は推測を交えた逆質問が飛んできて、答えることで三歩は進む。
その尋常じゃない理解力の良さ故に、あっという間に基本的な仕組みを理解してくれて、そのまま流れるように表計算ソフトも、スライド作成ツールも、熟練した手つきで扱うようになった。

ここまで、わずか二時間の出来事。

……もはや、彼女が上司になるのも時間の問題か。
予定よりも大分早いが、実際に自分の仕事を手伝って貰って……と思い、声をかけようとしたが、隣に居たはずの彼女は忽然と姿を消していた。
つば付き帽子を身代わりのように置き残して。

どこに行ったのだろうか?そう思い、辺りを見渡すと

「急に席を外してごめんね、紅茶を淹れてきたんだ」

「先輩さんには次々に色々と聞いてしまって……かなり大変だったと思うから、お詫びとして、とびっきりの紅茶をご馳走しようと思ってね」

そんな言葉を添えながら、ティーポットを片手に戻ってきた。
とても有り難いお誘い。しかも、こんな美麗な人と過ごすひと時であれば格別だろう。
という気持ちはあるものの、ここまで図々しくフリーダムなのも如何なものか……とも思ったところで

ふわ……

良い香りが鼻腔をくすぐる。

「それに、ボクへの教育は予定よりも早く終わったのだろう?」

「あ、あぁ」

「それなら、ここは一つ、ご褒美のティータイムと洒落込もうじゃないか、急ぎの仕事もないみたいだしね」

芳醇でフルーティさを感じる香り。
『なんと図々しいやつだ』という驚きのような感情はその香りに掻き消され『気が利く後輩だな』という率直な感想だけが残る。
辺りを確認すると近くには誰もいないので

「それもそうだな、ありがとう」

と短く返し、その提案を受け入れた。

……ティーカップに紅茶が注がれる。
とぽぽぽ……と音を立て、泡が弾ける度に、不思議な香りが漂ってくる。

「はい、どうぞ」

ソーサーと共にカップが差し出される。白磁のティーカップには金色の細工が施されており、ソーサーの上にはご丁寧にティースプーンとスティックシュガーも添えられている。

「あ、ミルクは用意してないけど……必要だったかな?」

「いや、ストレートで大丈夫」

彼女の問いかけに短く返答し、手に取ったカップの中身を覗き込む。
ルビーを彷彿とさせるような透明な深紅。その色に魅せられつつ、口をつける。

──うまい

飲んだ瞬間に広がる香り。ふわっと浮いて、鼻腔を通り抜けていく。
強い香りなのにえぐさを感じない。キツい印象を与えず、鼻を通り、脳へとゆっくり伝わる。あまりの心地よさに、ふぅー…と深く一息ついてしまう。

「気に入ってくれたようだね」

その声に導かれるまま、彼女の顔を見る。
鋭い目つき、ツンと高い鼻、血色のよい潤った唇、瞳は紅く染まっており、髪は色素が薄めで青く輝く鈍色のような。
その長さは女性にしては短め。男性にしては長め。その中性的な長さに、流れるような前髪の跳ねっ気がよく映える。
どれを取っても一級品で、それでいて全体的にも完璧に纏まっていて……カッコいいという感想が最初に出る。

けれども、その体付きは……良い、としかいいようが無い。立体的に飛び出る胸も、末広がりな腰回りも、長く伸びる脚も、全てがモデルを凌ぐほどの一級品だ。
特にその胸……前に突き出るような自己主張の強さは、否が応でも目についてしまい……その奥を見ようと脳が勝手に意識してしまう。
そんな邪な思いから逃げようとすると、今度は良すぎる顔に捕らわれる。そこから逃げようとすると体付きに……

こんな人に迫られ、強引に言い寄られたら、ひとたまりも無いだろう。
口説かれようモノなら、誰でもすぐに……

「どうしたのかな?そんなにボーっとして」

その声に意識がハッとする。
まだ会って間もない後輩に見惚れて、あろうことか変な妄想までし始めて……
そんな自分を恥じつつ、咄嗟に言葉を返す。

「いや、あまりにもカッコいいから……」

……失敗した。
落ち着いて返答すべきだった。
その美貌に見惚れすぎて、ついついポロっと本音が零れてしまった。まだ会って間もない相手に、突然こんなこと言ったらセクハラ……そうではなくとも、変に思われてしまう。
そんな不安に襲われ、さぁっと血の気が引いていく心地がしたが

「ふふふっ……ずいぶん情熱的なんだね、驚いたなぁ……」

「あ、その、今のはだな」

思わぬ返答をされ、どうにか撤回しようとしたところで
ピタッと人差し指を唇の前に添えられて

「とっても嬉しいよ、ありがとう」

なんていう感謝の言葉を送られた。
その笑みが、網膜に張り付いて離れない。あまりに優しげで、ミステリアスで……魅力的だったから。
引いていった血の気が戻る。それどころか、熱に中てられそうなぐらい沸き立つ。

「い、や、まあ今のは忘れてもらっても……」

「いや、先輩さんから初めて貰った褒め言葉、忘れたりなんかしないさ。ま、もっと褒めてくれたら、今日の言葉は記憶の底に埋もれるかもしれないけどね」

「あ、あぁ……善処する」

くすくすと笑う彼女から逃げるように、紅茶を一口含み、腹からゆっくりと息を吐く。
格好良くて、美人で、器も広く、人当たりが良い。そして、からかい上手。

そんな優秀な後輩を持ったことを安心しつつも、深く憂い、再び紅茶を口に含んだ。
24/02/03 00:03更新 / よね、
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