連載小説
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   病室に入った俺が見たのは、肩を震わせてエロゲのパッケージを掴んでいるフィネアの姿だった。

「ーーご、しゅ、じ、ん、さ、ま?」

   いやいやコレはデスね? 恋愛における教科書を読んでいたんですよ。何せ俺は恋愛童貞。決して浮気とか邪な気持ちを抱いてた訳じゃなくてデスね? アレですよ。恋愛小説を読むような、そんな感じデス。

「何ですか一体! 『我慢出来ません女神様っ! 8 -悪魔催眠陵辱編-』って!」

   あ、デスった。よりによって見つかったのその作品か。
   いやぁ、何ていうか。趣味?
   メインタイトルのおねショタっぽさは釣りで、毎シリーズハードで鬼畜なエロを提供してくれる俺にとってのキラータイトルでさぁ。このブランドあんまり大手じゃないんだけど描写が容赦なかったりする所が好ましいんだよねー。
   ……うん、そうじゃないよね。何でこれを俺が持ってるのか、って話だよね。

「ーー何で!」

   いかん。寮に置いといたら誰かに見られるかもしれん、と思って持ってきてたのが仇となったか。
   ……だが、言い訳をして逃げる訳にはいかない。エロゲを愛し、嗜む者として、自分を偽る事は許せないのだ……!
   俺本体が馬鹿にされるのはいい。慣れてるし自分でもやってる。だが、エロゲを、俺が愛する作品を自ら否定する事だけは、絶対に出来ない……!

「何で、メインタイトルに『女神様』と書かれてるのに陵辱するのは悪魔なんですか!? 誤字! 誤字ですこれは! 何故ご主人様はお気になられないのですか!?」

   指でタイトル部分を叩き、顔を真っ赤にしながら小さく荒ぶり始めた。
   ……うぉーい、それでいいのか俺のメイドさん。あとそれ、メインタイトルは5部作辺りであんまり関係なくなってるから。『美しい女性=女神様』って解釈らしいから。

「え? それでって、それ以外にありますか?」

   いやさ、普通こういうのって彼女としては嫌じゃない? ただの絵に浮気されてるようで納得いかない、って聞いた事あるんだけど。

「そんな事はありません。創作物のキャラクターに特別な感情を抱くのは誰にでもあります。でなければ『名作』や『人気キャラクター』などと言ったものは生まれません。このような作品に触れ性的欲求を募らせるご主人様は一際感受性がお強く、キャラクターへの感情移入が人一倍な方と見受けられます。ーーそのような方を変と言うのは、それこそ変と言えるでしょう」

   うぉ。すげぇこの子。
   同類が言うような異常者同士(わかってるにんげんどうし)の相互理解ではなく、一般論を含めて正当化してくれたよ。
   いやでもでも。この趣味って人間社会だとかなり特殊っていうか、奇異の目で見られやすいんだけどさ。俺がこういうのやる人間って隠してた事に関して怒ったり幻滅したりしないの?
   ……え、何でそこでため息付くんですか。

「ーーご主人様? 主人の状態把握に関して、キキーモラの右に出るものはまず居ないんですよ? どんなにお隠しになられても、ご主人様の趣向に気付いていない訳がありません」

   キキーモラすげぇ。エロ本を何処に隠しても掃除の時に見つけて生暖かい視線を送ってくる世の中の母親より目ざといというか。

「ーー私は、そのような所も含めて、あなた様の事を敬愛しておりますから」

   ……参った。こりゃ完全論破されたわ。やっぱフィネアには諭されてばっかりだ。
   よし。今度一緒にこのエロゲを、

「そ、それは遠慮させていただきます」

   ですよねー。

「い、いえ。そういう意味での遠慮ではなくてですね。ただ、その……見てると、ーー我慢が」

   あ、そっち? これ陵辱系だけど、そういうプレイだと脳内変換して妄想しちゃうの?
   ではエロゲではなくアニメを見ようじゃないか。丁度俺のスマホには『量産型を使い捨てるどうやっても死なない主人公が泥沼の戦争の中で一人の女の為に戦うむせるロボットアニメ』が全話 OVAも全部突っ込んであるから、これから一緒に、

「ーーご主人様」

   言おうとして、制止の声が掛かった。
   ……うん。いつまでもふざけてられないよね。
   答えるよ。俺が、何を選ぶか。

「……はい」

   しっかりと前を向く。
   目の前には無表情の、覚悟を決めた人外の従者の顔。
   俺は彼女の二の腕を包帯越しに左右から挟み、紫水晶のような瞳に焦点を合わせる。こうすれば、逃がさず聞かせられる。それ以上に、俺自身が逃げずに言える。
   もう、逃げられない。自分で逃げ道は絶った。息を大きく吸って、答えた。

   人間辞めるのは、さ。





   ……やっぱり、出来ないや。

・・・

「ーーそうで御座いますか」

   淡々と、瞳を閉じて、彼女は応えた。
   『ロミ・ケーキ』に入店して即座に帰ろうとした時の、悲しみを堪える素振りも。魔物とバレて俺の目の前から消えようとした時の、申し訳なさそうな表情も、そこには無かった。ただ、俺の言葉を事実として受け入れた。そんな風だ。
   答えを聞いた彼女は瞳を閉じたまま口元に微笑を浮かべ、俺の腕をするりと抜けた。

「畏まりました。でしたらこのお話はここまでにして、次回のお休みのお話をしましょう。ご主人様は行きたい場所などは御座いますか? 今の時期なら温泉がオススメです。魔界程ではありませんが、こちらの温泉もそこそこーー」

   でも、俺は。俺だけは知っている。

「あ。一階に温泉のパンフレットがあったんでした。少々お待ち下さーー」

   だから、振り返った彼女の手首を掴み、捕まえる。

「ーー……どうか、されましたか」

   待って。
   まだ、話は終わってないよ。

「……」

   聞いて欲しい。他でもない、君に。
   俺さ。知ってるだろうけど、自分が嫌いなんだ。
   内心凄く怖がりなのに何でもないように振る舞おうとする所とか、とんでもないくらい面倒臭がりで、怖いからって理由を自分で決めつけて人とコミュニケーション取れるよう努力しない所とか。

「……っ」

   そうやって、逃げてばっかりだから何度も失敗する。恥ずかしい目に遭う。そんな自分に自信が持てなくて、また嫌いになっていく。度胸もない癖に『死にたい』なんて思った事は数え切れないくらいある。

「……!」

   握った彼女の腕が震える。すなわち、俺の言葉に反応しているという事だ。しかし、俺が求めてる反応は、これじゃない。
   だから、俺はネガティブな自分語りを続ける。

   『この世界に俺はいらないんじゃね?』。そんな事を考えない日はなかった。大体65億人も人間が居るこの世界で、俺っていうたった『1』が減っても、次にお日様が顔を見せるのに何の影響もない。そう思いながら、でも自分で自分を殺すのは怖かったから、生きてた。

   彼女の肩がピクッと動いた。

   夢も希望も、頑張りたいと思う為の動力もないっていう俺の本性を社会は見抜いたんだろうね。何処に行っても俺は必要とされなかった。今の所に来れたのは奇跡と言えるかもしれない。
   それなのに俺は、この場でも面倒臭がっている。養う相手も居ないし将来もどうでもいいや、って思って、無気力エブリデイだよ。妄想の中に逃げては非日常が蔓延るファンタジー世界に行って飽きない毎日を送りてー、なんて考えながらさ。

   向こうを向いている顔が俯き、小さな肩が震え始める。きっと、彼女は俺に文句が言いたいはずだ。
   ならば何故、と。
   分かってる。分かってるけど、もうちょっと付き合って。

   それなのにさ。
   俺は、この世界での暮らしを、捨てられない。あんなにも、斜に構えてたってのに。
   それってきっと、君に、フィネアに会えたから、そう思うようになったんだ。

「ーーぇ……?」

   振り返らないまま、意表を突かれたフィネアは小さな驚愕の声と共にその顔を上げた。
   うん。この反応を待ってたんだ。

   君に出会って、俺にだっていい所がある、って教えてもらって、支えて貰うようになってさ。俺、結構頑張ろうと思えるようになったんだ。
   すげぇ嫌いだった筋トレも毎日続けて仕事の役に立つよう頑張って、相変わらずあがり症で人前で恥かくって分かってても人前に出て話をするようにして。俺を支えてくれる素敵なメイドさんに釣り合うようなご主人様になろうと思えるようになったんだ。
   そうしたら、ちょっとずつこの世界で今まであった事が良く思えてきてさ。

『全く、毎日パソコンいじってばっかりだった頃から変わってないわね』
『こう長々居座られると、食費がかさむのよ』
『……で、次はいつ帰ってくるの。帰ってくるなら早めに言いなさい』

   どうしようもない俺を育てて、今も意識の片隅には置いてくれてるであろう親とか。

『やれ、っては一言も言ってないって。面白く感じないゲームに無理に付き合わなくていいよ』
『それで愚痴言われるとやってるこっちも辛いんだからさ』
『それよりも。今度一緒にカラオケ付き合ってくれない? 女声出す練習したいんだよね』

   俺が自分勝手って分かってても友人として接し続けてくれてる友達とか。
   今まで目を背けてたものが見えて、この世界での人生がまだ捨てたものじゃないって思い始めたんだ。
   君のおかげで、俺はようやく人間としてスタートラインに立てた。
   だから、俺はこの世界でもう少し生きてみようと思う。

「……そうですか。ご主人様がそう思えるようになられたのなら、私はーー」

   その先は、言わせない。
   言わせない為に、俺は掴んでいた彼女の腕を強く引っ張った。

「っ!!!」

   通常時の冷静なフィネアなら、こんな程度でどうこうなるとは思えない。この子体重操作がとっても上手なんだよなぁ。『ロミ・ケーキ』でよく見てた瞬間移動みたいなのは体重操作と魔物の瞬発力を組み合わせたものらしい。実際スゴイ。
   しかし今、彼女はバランスを崩し、俺に腰を持ち上げられ、抱きかかえられるようになっている。

「ーーご主人、さま……?」

   それもその筈だ。だって今。
   彼女は、閉じていた瞳に、溢れ出そうなくらい涙を溜め、堪えるのに夢中だったんだから。

「……ぅ、やぁ……。何で、何でぇ……。お願い……、止まってよぉ……。……もう、私が居なくても、ご主人様はぁ……っ!」

   最初の答えを言った時からだろう。きっと彼女は、絶望的に悲しんでいた。
   自分よりも日常を選んだ俺に対して悲しみを得た、ってのもあるだろうけど、きっと自己嫌悪が激しい彼女の事だ。『自分との未来』を選んで貰えるような、かけがえのない時間を提供させられなかった自分を心底悔しがっていたんだと思う。
   それでも、従者としての矜恃がそれを許さなかった。だから、我慢した。

「やぁ……っ、やだぁ……っ! わた、私、……っ! もう……っ! 私が……っ!」

   でも、その我慢ももう限界なようで。行き過ぎた自己嫌悪が、彼女の中の自分というものを崩壊させようとしているのだろう。半狂乱になりかけている。
   言わなきゃ。これ以上、俺の大事なメイドを苦しめない為に。
   と、その前に。

「ーーんぅっ!?」

   泣き止ませる為、俺が考えうる最大級の行動である『深くて情熱的で、普通にやると絶対嫌がられるけど魔物相手なら多分受け入れてくれる口付け』を、フィネアの小さくて潤いたっぷりツヤッツヤ薄ピンク色の唇に対してやってみた。
   するとちょっとは落ち着いてくれたようで、辛そうにしながらもこっちを見てくれた。

「ーーふはぁ……っ。……どうして……?」

   確かに俺はこの世界を選んだよ。
   でも、フィネアの事を諦めるなんて言ってない。

「っ!?」

   君のおかげで俺は前を向こう、って思い始めた。
   でも裏を返せば、君が居なきゃこの世界はまた、俺にとって価値のないものになってしまう。
   君が側で俺を支えてくれるから、俺は頑張れる。君みたいに、自分の全部を掛けて俺に仕えてくれるメイドが居なきゃ、俺は頑張れない人間だ。
   だって俺の本性は臆病な面倒臭がり。だから君みたいに、献身的になって、いろんな意味で甘えさせてくれる人間に居て欲しい。むしろ居てくれなきゃ生きてけない。
   だから今更君を捨てるなんて、絶対に嫌だ。俺の側に居てくれなきゃ、嫌だ。

「で、でも、わ、私は……っ! ーーむぅっ!?」

   関係ない。聞く耳持たない。唇をまた押し付けて舌をねじ込む。
   君が俺に対していい所がある、って言ってるように、俺から見て君にだっていい所がある。そして、君の悪い所だって知ってる。それら全部をひっくるめて俺は、君の事が欲しいと思ったんだ。
   いつもネガティブ発言する俺に対して反論してくれたように。
   俺はもう、君の自己嫌悪は聞かない。口にしようとしたら、その口を塞ぐ。そう、今決めた。

「ーーんはぁ……っ! ご、ご主人、様……!」

   どっちつかずでカッコ悪いと思う。けど、どっちも欲しいんだ。
   退屈で面倒で、何も出来なくて怖い事ばっかりだったこの世界での暮らしも。
   この世のものと思えないくらい美しくて、楽しくさせてもらって、安心させてもらって、気持ち良くさせてもらって、驚かされてばかりで、それなのに俺によく似た君の事も、どっちも。

「……っ」

   だから言うよ。
   これが夢でも妄想でもない、紛れもない現実だって理解した上で。
   これが、夢でも妄想でもあって欲しくない、生まれて初めて現実であって欲しいと願った上で。

   フィネア。

「……は、はいっ!?」





   俺は君が、好きだ。

・・・

「ーーぁ」

   笑顔も怒った顔も泣いてる顔もエロい顔も。
   優しい心も厳しい言葉もしょっちゅう飛び出るえっちな行動も。
   綺麗な声も悲しい泣き声も甘い嬌声も。
   もちろん、その艶やかな桃色の髪も。
   全部、全部。

「……ぁぁ……っ……!」

   自分が嫌いとか、早とちりしやすいとか、すぐ考えが暗い方に行く所とか、そういう所が俺と君は似てる。だからきっと俺がこう言っても信じられないし、信じないよね。
   だから、こうしよう。

「ぇ……?」

   君が応えてくれたなら俺は、君の『全て』を貰うと約束する。
   従者としての君も、魔物としての君も、もちろん女性としての君も。

「っ!? そ、それは!」

   その代わり、君に俺の『全て』を預けるって約束するよ。逃げ腰だとかエロゲ好きだとか天邪鬼だとか、ロクでも無いものばっかりだけど、君は、君だけは俺の『いい所』を知ってるんだよね? ならそれだ。俺が知らない俺も含めて、全部君に預けちゃうよ。
   ……あ、いらない? いらないなら別に、

「そそそそんな事ありません! 頂きますいえむしろ頂かせて下さい! この命尽きるまで、絶対に手放さない事を約束します!」

   そっか。良かった。
   ほら。これで君は、主人が最も信頼する、従者冥利に尽きるメイドさんだ。君が思うような、落ちこぼれエロメイドなんかじゃない。

「ーーあ」

   言葉だけじゃなくて、事実で証明してみたけどさ。どうかな。
   自分自身っていう、この上なく大事なものを預けてもいいくらい君が欲しいんだ。フィネアっていう一個人を、俺は必要としてるんだ。

「ーーふぇ、ぇ、ぇ……、ぅぇぇぇ、え、ぇ……っ……。ごじゅ、ごじゅじん、ざま……ぁ……! ごじゅじんざばぁ……っっ!」

   溢れる宝石の粒を、指で拭ってあげる。自分でもちょっとカッコつけ過ぎだと思うが、これくらい大袈裟にやらないと恥ずかしくて死ぬ。
   とにかく俺の、出来れば1回目の夢だと思ってたアレはノーカンにしたいけど、まあ男に二言はないって事で、2回目の告白。……どうかな?

「ーーぃ」

   なぁにぃ〜? 聞こえんなぁ。
   ほらほら。もっとハッキリと。無理に自分に自信持たなくていいから。俺に言わされたと思ってさ。
   ほらほら。ウチのメイドさんは主人にだけ愛の告白をさせるような子じゃないよね?
   『さん、はいっ』で答えてねー。さんっ、ハイ。

「ーーはいっ! このフィネア、髪の一本から血の一滴に至るまで自身の全てをあなた様に捧げ、主人であるあなた様を支え、この世界で永遠に共に在り続ける事を、永久に誓います……!」

   うん。
   これからもずっと、よろしくね。フィネア。
   俺の、俺だけのヨメイドさん。

「ーーんちゅぅぅ……っ♥︎」

   本当、何だか結婚式みたいだ。
   大好きな相手と手を握り合って。
   お互いに愛を誓って。
   最後に熱いベーゼを交わす。
   ただ、まあ。この後の展開が簡単に読めるんだよなぁ。
   別にいい、ってかむしろファイナルフュージョン承認状態なんだけどさ。インキュバス化の問題は解決してないんだよなぁ。

『おおー、桃色娘が本気出しそうじゃないか。あの坊主枯死しなきゃいいけどねー』
『何を言ってるんですの!? こんな所で、しかも何処の馬の骨とも知れぬ人間風情にお姉様を預けるなど許せませんわ! ここを吹き飛ばしてでもやめさせねばーー』
『ーーあまり騒ぐなカタブツ。扉が揺れてバレるだろう。常識的に考えて』
『こらー! あんまりここであばれるとシャチョーにおこられるのじゃー! シャチョーおこるとちょーこわいのじゃー!』
『ノンノンノーン! シャチョーもちょっとは多めに見てくれるハズデース!』

   ……何か、外が騒がしくない?

「お、おかしいですね。ご主人様がお戻りになった際に再び結界は張ったのですがーー、ま、まさか!」

   フィネアが体勢を立て直し、ドアの方へ向かって行く。金属の取っ手を握り、思い切り右にスライドさせると、

「おっと」
「む」
「きゃぁぁぁーっ!?」
「なんじゃー!?」
「ノーゥッ!?」

   何か沢山、扉の向こうに居た。

「ーーみ・な・さ・ま? そこで何をやってらっしゃるのですか!?」
「いやー、社長から『ついにあの子が旦那様ゲットしたのよ! 間違いなくポケットモンスター(意味深)でバトル(意味深)してるわ! あ、見に行ってもいいけど、邪魔しちゃダメよ!?』って無茶振りされてさー」
「何処が無茶振りですか!? 大人しく仕事をしていてください!」

   最初に喋ったのは何処かで見た、ってか『ドワーフォ工芸店』の幼女店長さんだった。確か名前は……巴ムサ、

「巴美枝(ともえみえ)だよ。坊主? 勝手に人を3号機パイロットにするんじゃないよ。ただでさえ苗字が同じで社長からからかわれてるんだからさ」

   いやぁ、あなたの店の名前、あまりにも宇宙から降り注ぐ進化のエネルギーっぽいんで、つい。

「ふぅん、これがフィーネのか。どんなのを捕まえたのかと思えば、……だらしの無い身体。畑の肥料にしか使えそうにないね」

   次に口を開いたのは、麦わら帽子を被り、泥汚れの付いた白衣を着た目つきの悪い少女だった。痩せ型で生気が感じられなく、顔色が悪い事もあいまって『徹夜明け』みたいなイメージだ。

「……叔母様と言えど、ご主人様に対する無礼はーー」
「僕の研究には使えなさそう、と言っただけ。彼の人格までは否定してないつもりだけど?」
「その物言いが気に入らないんです……! 訂正してください!」
「へぇ。僕に口ごたえ? そんなに自分の痴態を大事な彼にバラされたいんだ」
「なっ!?」
「『お母様! バナナは太くて中に入りませんでした!(泣)』とか」
「わー! わー!! 試してない! 試してないですよー!?」

   あー、居る居る。こういう、キャラパワーが強い親戚。あと食べ物で遊ぶのは行儀悪いよ。せめてソーセージかウィンナーにしなさい。
   やれやれ、とため息をつき、麦わら少女は俺の方に向き直り、

「まあ勝手に品定めした事は謝るよ。今現在人手不足になってる農について学んでいるからどうにもね。僕は角橋美雨(かどばしみう)。この、頭の先から魔力の色まで桃色メイドの叔母だ。親戚という事で、今後よろしく」

   無表情のままアイサツされた。実際奥ゆかしい。
   どうやら分野は違うが研究職の人らしい。排他的な雰囲気といい格好といい、俺のような元理系モドキとは比べるべくもない理系オーラがするぜ……。
   
「……」

   ところでこの、回るターレットから突き刺さるような視線は何ですかね。

「こら、桐華ちゃん。ちゃんと挨拶しなさい! 失礼ですよ?」
「ふんっ! こんな男! お姉様も趣味が悪いですわよ!?」

   え、キリコ?

「誰ですの!? 人の名前を間違えないでいただけます!?」

   アッハイ。
   で、この緑髪ロールっていう珍しいタイプの子はどちら様ですの?

「真似するんじゃありませんわよ!」
「キ・リ・カ・ちゃん?」
「ーーふんっ!」

   そっぽ向かれた。すげぇ気性が荒そうな子ですの。
   しかしまあ、今までの人生上見てきた『他人の陰口を仲間同士で嘲笑する事が趣味の女』とかと比べれば、正面から一人で文句を言ってくる方が気が楽だ。

「全く。ーーお気を悪くなされたのなら申し訳ありません。彼女は私の従姉妹で、伊良部桐華(いらべきりか)ちゃんです。こちらの世界では確か、花屋のお手伝いをしているんでしたっけ?」
「そうですわお姉様。魔界から新種の種を取り寄せましたので、今度お店に持って行きますわ。ーー最も! あなたにくれてやる花など一つとしてありません! 肝に命じておきなさいな!」

   あー、そうなの。
   この子もこの子で実に美少女だ。ツリ目といい話し方といい、とてもキツイ感じではあるものの、目麗しい顔とか若葉のような緑色の髪とか、彼女もまたこの世のものとは思えない。こんな子が花屋に居たら一躍看板娘になって、男客が集まりそうだ。本人には言っても意味ないだろうしフィネアの前だから絶対言わないけど。
   とはいえ、別に俺は花を買う趣味はないからどうでもいいんだけどさ。

「なっ!? あなたそれでも人間ですの!? 自然の神秘であり、何気ない日常を飾り、祝いの席を彩る可憐な花が、不要だと!?」

   だって世話面倒だし。枯れたら枯れたで虚しいし。普通に食べ物をプレゼントされる方が嬉しくね?

「なるほど、一理あるね。男を射止めるならまずは胃袋から、と」
「おはなは好きだけどケーキとかのほうがすきなのじゃー!」
「ワターシはサーモン=スシが好きデース! ショーユとワサービと合わせて、ジパングの味覚の奥深さにサプライズデース!」
「ーーな、な……!?」
「わ、私はご主人様から頂く物なら、何であれ嬉しいですからね?」

   フィネアは健気で可愛いなぁ。よーし、今度バナナとナスとゴーヤをセットで、

「わー! わーわー!!! その話は忘れてください!」
「ほほう、君もフィーネのいじり方を理解してきたね? ーー丁度いい。ここに『偶然』この子の昔のアルバムがーー」
「きゃぁぁぁ! 何を持ってきてるんですか叔母様!?」
「人を無視して話を進めるんじゃありませんわよ! この無礼者!」

   静かにしてくれないか! 今、大事な話をしているんだ!

「たとえお姉様の主人でも、ワタクシは従いませんわ! 第一、あなーーぎゃふんっ!?」
「うるさいのじゃー! おにいちゃんがみえないのじゃー!」

   緑ロールが前のめりにぶっ倒れたと同時に、新たな幼女が現れた。
   『ドワォ』の店長とは違い、こっちは年相応っぽい雰囲気だ。頭の左右で茶髪を纏めて、赤フチメガネを掛けている。
   明らかにヨウジョなのだ! ロリコンなら一撃必殺の可愛さだろう。ロリコンじゃなくてよかった。

「ワシは瑠璃! 須原瑠璃(すはらるり)じゃ! まかいせいめいほけんがいしゃのえーぎょーをやっておるぞ!」

   え? 保険会社? 社会人?
   ……労働基準法=サン? これ犯罪じゃないんですか?
   てか兄? 俺には姉はともかく妹は居ませんが。

「文恵ーーとよばなくていいんじゃったな。フィネアおねえちゃんは私のいとこでおねえちゃんじゃ! そのおねえちゃんのこいびとだからおにいちゃんじゃろう! これからよろしくなのじゃ!」

   そういって何か冊子を手渡してきた。
   ……魔界保険案内? え、そういう意味のよろしく? これ入った方がいいの?

「労働保険や医療保険など、充実した保証が揃っていますのでオススメですよ? ーー一応、私も加入しています」
「僕も入ってるよ。月々の保険料が安いし、種族に合わせた保証があるから便利だよね」
「ワターシも入ってマース! ダーリンと他のワイフと一緒に団体保険に入ってて、帰ってきたお金で温泉とかに行ってるデース!」

   あ、そうなの? じゃあ考えとこう。
   こんな子に、上目遣いで『契約して、くれんかの……?』なんて言われたら、世のロリコン達は皆契約しそうだなぁ。
   で、さ。

「ーーヘーイ! こっちに視線プリーズ!」
「どうしたんですかターニャさーー、ななな何をしてるんですか! 何で脱いでるんですか!?」

   ちょっと目を離した隙に下着姿になってた、いろいろアメリカンサイズな金髪の人は何をやってるんでしょうかね。

「オゥ、オッケー! ワターシのダイナマイツボディにクールな反応してるって事はウワーキしない事の証明になりマース! 安心してくーだサーイ!」
「なっ……! ご、ご主人様は浮気なんてしません! ですよね!?」

   うん(即答)。
   ……今のフィネア、こう答えないと何か大変な事になりそうな、ガチ表情だったなぁ……。まあ、もはやというか最初から人間の女に反応しない変態野郎だから。君一筋だから。

「……」

   何でのそのそと服を着ながら落ち込んでるんですか。

「……反応が全くナッシングなのもプライドが傷付くものデース……」
「何をやってるんですか貴方は……」

   で、そこの似非アメリカンなお姉さんは誰なの?

「はい。彼女はーー」
「ワターシはターニャ! ターニャ・チェブラーシカデース! 気軽にターニャと呼んでくだサーイ!」

   テンション高いなぁ。
   つか、この人喋る度に胸が揺れるんだが。目のやり場に困るというか。

「ーーご、ご主人様……?」

   あ、いやその。フィネアのおっぱいも好きだよ? ただ、男としての性が、ね?

「……」

   ええと、今度一杯揉んであげるからさ。ほら。

「……か、必ずですよ!?」
「目の前でイチャイチャされるとクルものがありマース……」

   よしよし。いやぁ、スイマセン。
   しかしまあ、何を食えばあんなにデカくなるんだ。アメリカンっぽく、肉か? 肉なのか?
   ちなみに何やってる人?

「ワターシは愛するダーリンの為! そして他のワイフ達に負けないよう日々トレーニングをしていマース! なので働いてる暇はないのデース!」

   あ、ニートさんですか。そうですか。

「失礼な男デース! ワターシのバーンミート=スシをご馳走してやるデスから、驚くといいデース!」

   よくあるよなぁ、外人の勘違いした寿司。焼肉とかシャリに乗せたらそれもう焼肉と酢飯じゃん。
 
「ご主人様にそのような雑な食事をさせる訳にはいきません! そもそも何故あなたがここに来たんですか!? ーー義祖母様!」

   え、お祖母様?

「その呼び名はやめてくだサーイ! ターニャちゃん、と呼んでくだサーイ!」
「義祖父様が『最近、うちの家内の料理がより雑になってなぁ』と嘆いてらっしゃいましたよ!?」
「ノーウッ! 雑なのではないのデース! 効率的になっただけデース!」

   寿司飯に焼いた肉を乗せるだけの料理が効率的、かー。だったらカップ麺でよくね?
   ……ちょっと待った。義祖母、って事は。

「……ご想像の通りです。この方は私のお父様のお母様で、ーー歴とした日本人でいらっしゃいます」
「本名は内緒デース!」

   え。日本人?
   いやいやいや。魔物なんだよね?

「ええと、ご説明が遅れてしまい申し訳ありませんが、人間の女性の方が魔物になる、という事はよくあるのです」

   ウェイ?

「うん。あるある。僕の研究所に勤めてる女性も、かつて人間の研究者だったし」
「ワシとけいやくしたおねえちゃんもまじょになったのじゃー!」

   ……どういう事なの? ジャパーンはクール過ぎて人種的に進化を始めてるの?

「魔物と交わった人間の男性がインキュバスになるように、人間の女性が魔物の魔力を受けると私達と同じく魔物になってしまいます。こちらの義祖、ーーターニャさんもそのような方で、元はななーー、むぐっ!?」
「乙女の歳をバラすものではありまセーン!」
「……うぅ、何がぶつかってーー、っ!? ターニャ! お姉様の唇に何をしてるんですの!?」

   口を手で押さえられもがくフィネアを、ぎゃーぎゃーと騒ぐ周囲の人外を余所に考えてみる。
   親父、母さん、姉ちゃん。そして我が同志達よ。
   日本は今、異世界から侵略されてるかもしれません。しかも俺もその侵略の片棒担がされる事になってます。

「ーーあ、そうそう。坊主ー。社長から預かり物だよ。ほれ」

   『ドワォ』の店長さんの手から、何か小さい物が飛んできた。
   先に宣言あり、しかも放るように大きく、ゆっくりと放物線を描くそれ目掛けて俺は手を伸ばす。
   ……あ、キャッチミスして落とした。

「おいおい……」

   やべぇ顔から火が出そう。気まずそうな顔でこっちを見ないでフィネアさん。
   何事もなかったかのように急ぎ拾い、それを見て、

「身体成長促進薬、とでも言うのかね。まあ、あくまで成長するのは表面上だけらしいけどさ」

   表面上? って事はつまり、飲むと見た目だけ歳食うの?

「ま、まさか……!?」
「そういう事。1錠飲むと1日分見た目が成長するんだってさ。まあ、あくまで見た目だけだから、解除の魔法を使うと効果が消えるってさ。歳食ったら沢山飲まなきゃならないねぇ?」
「ーーご主人様!」

   え、どういう事?

「それを服用すれば、インキュバスになってもこの世界での生活を捨てずに済みます!」

   ちょ、え。えぇ?

「で、社長から伝言。『この世界に飽きたら、いつでも私達の世界にご・招・待・するわ♪』だってさ。ーーよかったじゃないか。ワガママが通ってさ」

   いまだに理解が追いつかない。
   え。見た目だけ成長する? え?
   って事はさ。毎日この薬を飲んで見た目だけ歳食っていって、この世界での人生に終わりが来そうだったら、飲むの止めて人知れずこの世界から消える、ってのも出来るって事?

「その通りです! ーーよかったですね、ご主人様……!」

   でも、君は?

「え?」

   君は、若いままだよね?
   この世界で俺の側にずっと居てくれるって約束してくれた君はどうするの?

「ーーご心配ありません。私も種類は違いますが、その薬と似た効果の魔法を習得しております。ーーですので、いつまでもあなた様の側に居ますから……♪」

   そっか。
   なら、安心だ。

「嬉しそうにしちゃってまあ。ーーそうだ。軟弱君?」

   何でしょうか叔母様。

「ーー姪を悲しませるような事があれば、畑の肥料としてばら撒くからね?」
「お、叔母様!」

   承知しました。絶対にそんな事しないし、絶対幸せにします。

「お姉様に見初められておきながら不貞を働いた瞬間! 私が魔法で粉微塵にしてやりますわ! 覚悟しておきなさい!」
「桐華ちゃん……」

   大丈夫。こんなに俺の事想ってくれて、こんなに俺を求めてくれるお嫁さんを放ったらかしにして他の女なんか目に入らないって。

「おねえちゃんも、おにいちゃんをしあわせにしてあげるんじゃぞー!?」
「……うん。私、頑張るわ、瑠璃ちゃん。私を必要としてくれた、愛しい人の為に……!」
「マイサン達にも言わなければなりまセーン! こうしちゃいられないデース! ーーさぁさ! ここでガバァと抱き締め合ってホットなキッスをするデース! それを写メでセンドするデース!」
「なっ!? そ、そんな事ーー、きゃっ!?」

   見なよ、フィネア。
   君は確かに、メイドとしてはいい結果を出せなかったかもしれない。
   けどさ。そういう君にもいい所はあった。だからこうやって、様子を見に来てくれる人が居るんだ。
   自分ってのは自分じゃ100%分からない。まあ他人も100%分かってないけど、自分で分からない所を知ってたりする。
   どれだけ駄目だと思ってても、まだ自分を捨てたものじゃない、って気付かせてくれるね。

「……そうですね」

   さて。
   それじゃあさ。
   その、世話になってる人達に見せつけるようにさ。

「ーーは、い……♪」

   抱き締める。
   抱き返される。
   手を繋ぐ。
   指が絡み合う。
   視線が重なる。
   顔が近づく。
   そして。




   ちゅっ。





「ーーっ♥︎」

   これからも、よろしくね。俺だけの、ヨメイドさん。

「こちらこそ、よろしくお願いします。……私だけの、ご主人様♥︎」

・・・

「ーー以上。今日も一日頑張っていくぞ!」

   退院して、早7日が経過した。
   一週間分の遅れを取り戻すのは大変だったが、無我夢中になって働けばどうにかなるものだ。

「ーーああーっ! 彼女欲しいーっ!」
「そんながっつくからこの前の合コンで逃すんだよ。お前の前の子明らかに年上タイプだったろ」
「お前のビッチ臭に気付いてたんじゃね?」
「死ねよ! 俺ビッチじゃねーし! そういうお前だってこの前のちっちゃい子、あれ以来音沙汰ねぇらしいじゃねぇか!」
「ざーんねーんでーしたー! あの子ツンデレなんだよ! 『バカバカ! あんまりしつこいと絞め落としちゃうから!』って言う割には後ろから抱きついても文句言うだけで逃げたりしねぇんだぜ!?」

   ちなみに班の野郎共は今日も元気に盛ってた。今まで気付きもしなかったが、フィネア曰く、こいつらにも魔の手が伸びてるのだそうだ。魔物のお店に入るとその瞬間系列店舗全てに情報が行くとの事。プライバシーもあったもんじゃねぇな。
   こいつらも順調に魔物達のアプローチに引っかかってるらしい。そう遠くない内に魅了されてこの職場全てが骨抜きとなるんじゃないかと。

「サリア……。ああ、サリア……!」

   そうそう。コイツみたいに。かなり目がヤバくなってて、周りが心配してるんだよなぁ。
   何はともあれ、俺は普段の生活に戻ってきたのだった。
   仕事には今まで以上に真面目に取り組む。
   週末になれば朝から『ロミ・ケーキ』に向かい、メニューの一番下に書かれている『専属メイド』と、サインペンで後から追加された項目を注文する。
   満面の、淫猥な笑みを浮かべるフィネアと共に、用意された個室で二人っきりになれば、そこから先はお楽しみタイムだ。時間がいくらあっても足りない。
   たまに一緒に出かければ、先日病院で出会った魔物達と出会ったり、騒ぎに巻き込まれたり、二人で外で楽しんだりと、そんな生活を送っていた。
   一応まだ完全なインキュバスにはなっていないらしく、あの薬は飲んでいない。だが、何だか最近身体がいやに軽い。徐々に身体が変わってきているのだろう。精力も半端なくなってきたし。

「ーーおう、お前最近人が変わったように頑張ってるな。体力検定不合格者代表が、辛うじてだが全部合格出来たし普段も目がギラついてるぞ? 一体どうした?」

   何でそこで素直に褒めてくれないんですか班長。
   しかしまあ、アレですよアレ。

「そうか! 新作エロゲの発売日が近いのか!」

   残念ながらボッシュートです班長。
   もう俺=エロゲって考えは古いですよ。何故なら! 俺には!

「そんな事より、そろそろだが気分的にはどうだ?」

   そんな事て。
   ……ん? そろそろ? 何の事でしたっけ?

「おう、何言ってんだ。あと二週でここでの教育期間終わって、お前一人で転属だろ? 『実家に近くて楽っすわー』って言ってたろ」





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14/10/04 20:32更新 / イブシャケ
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■作者メッセージ
ネガティブ野郎とエロエロメイドの夫婦が出来上がりましたー。
どうも、イブシャケです。
長い。でもコレ、分割しちゃうとなぁ……。

さてさて。ようやくお互いの不安が取り除かれて、これからイチャイチャするだけだー、って所でこの最後。次はフィネアさんがしっかりするターンですかね。

そろそろ懐であっためてる新作を動かす時期ですかね。明るい話を書いてたから、次の作品書けるかなー。
まあ、そんな感じで。
ではでは。

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