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第十四話 廃坑にて/参謀のターン
 シャーランさんが配属されてから三日が経過しました。
 相変わらずエミリアさんの様子が変な事に変わりはありませんでしたが、それ以外は特筆すべき事項もなく平和だったと言えるでしょう。
 そんな中、僕達第23分隊に特命が下されたのです。

「その現場がここ、ですか」

 ここ2、3週間前からアルカトラ近郊の元鉱山採掘場、いわゆる廃坑から、奇妙な音がするという報告があり、私達はその調査を命じられました。

「特に変な音はしませんよね。せいぜい空洞を通る空気の音くらいで、生物の鳴き声なんか聞こえませんよ?」
「ああ。だが、そういう報告があった以上、教団側としては調査せざるを得ないだろう?」

 そうですね、と隣で洞窟を覗き込んでいる隊長に返答します。
 僕達の後ろでは、装備を整えながら周辺に気を配る仲間が居ます。僕は、彼女らに聞こえないような小さな声で、

「しかし、他にも部隊があるというのに、何故私達なんでしょうか」
「……」

 問われ、隊長の表情が険しいものとなりました。
 アルカトラに存在する戦力としては、数千以上の戦力を誇る本隊、教会所属の騎士が二百人前後、そして約六人の人員で構成された分隊が三十となっています。その中で、大規模な戦争がない限りまず動かない本隊と、守護が仕事の教団騎士を除外するとしても、まだ二十以上の分隊が残されています。そんな中で、三日前に負傷した分隊を動かすという意図を掴む事が出来ないのです。
 分からない以上、この任務がどれほど危険か、という事も分かりません。それ故に不安なのです。
 そして、どうやら同じ事を隊長も考えていたようで、彼はこちらを見て静かに頷き、

「ハミル。分かっているとは思うが――」
「ええ。この事は皆には言わないように、ですよね?」

 分隊一つで廃坑という閉鎖空間に送り出されるのですから、当然部隊に不安が広がる事でしょう。だからこそ部隊の頭である隊長がその事を気にしていないように見せる事で、少しでも不安を和らげようというのです。

「――よし。全員、装備は十分か?」

 一度深呼吸をした後、隊長は声を張り上げて皆さんの方に振り返りました。

「だーかーら! そうじゃねぇんだよ姐さん! ロープはこうやって纏めとかなきゃ絡まっていざって時に使えないだろ!」
「いちいちうるさいわねー。どうせロープなんて使わないからどうでもいいじゃない」
「まあ、アンタの場合、足滑らせても壁蹴って復帰してきそうよね……」
「……」

 一名を除いて、何だか和気藹々としていました。

「……あー、全員。一度手を置け。これから突入前のブリーフィングを行う」
「うん? あー、はいはい了解ー」
「ったく、人の話聞きゃしねぇ……」

 二度目で全員が隊長の方を向き、話を聞く体勢になりました。
 昨日の朝辺りから、レイブン君にちょっとした、いや、我々からすれば十分大きな変化が見られていました。
 乱暴な言葉遣いはそのままですが、どうやら彼なりにシャーランさんへ何か感じるものがあったらしく、彼女の事を『姐さん』と呼び慕うようになったのです。
 呼ばれている本人は、少しうっとおしそうにしながらもやめさせる事はせず、相変わらず理不尽に相手している所を見る限り嫌ではないのでしょう。

 ――おまけに僕達とも会話してくれるようになりましたしね。

 シャーランさんが朝食時に僕たちの前で、

「ここの部隊の人たちは他の連中よりは全然マトモだから、意地張ってないでまずはゴメンなさいしなさいな。――ほら」

 そう言いながら、何か言おうとしていた彼の頭をテーブルに衝突させたのです。その後、2、3度テーブルを揺らした後、絞り出したような彼の謝罪の言葉により隊長が慌てて首肯。その後シャーランさんを説教開始までの連撃が決まったのでした。
 まあ、それはさておき。

「内部は非常に暗く、そして狭い。故に一列に並んで進む事になる。先頭はアニーなのは当然として、シャーラン。お前に最後尾を頼みたい」
「――っ!」

 エミリアさんの身体が一瞬、震えたように見えました。
 隊列に置いて最後尾は最も重要な役割を担っています。先頭も同じくらい重要なのですが、人間には前にしか目が付いていない以上、どうしても後ろが弱点になりやすいのです。故に最後尾の人は、部隊を一瞬のうちに壊滅させないための重要な役割と言えるのです。
 今まではエミリアさんがその役割を担っていたのですが、おそらく隊長は、最近の彼女の様子を見て最後尾を任せるには不十分と判断したのでしょう。
 隊長を除いてこの部隊で最も戦闘能力が高かったにもかかわらず、最近配属されたばかりの新兵に役割を奪われた事。
 そして、

「く……っ!」

 その不満を口にできない悔しさがひしひしと伝わって来るようです。戦地にて上官に逆らうようでは真っ先に死ぬ、と訓練校で教わっている彼女に、隊長に意見する事など出来ないのでしょう。

「うーん、先頭に行きたかったんだけどなー」
「だったらアンタ、周囲の空気から気配を読んだり、足元に罠がないか注意したりとか出来るの?」
「ぐっ……」
「姐さんは大雑把だからぬぉぁっ!」

 あ、ヘッドロックが決まりましたね。レイブン君の顔が徐々に青く、

「いやいやいやストップですよ! そろそろ白くなります!」
「あ、いっけない。オラオラ起きろー」
「ぐふぉっ!? な、あ、朝かっ!?」

 どうしてこの人はエミリアさんのようにシリアスな空気が続かないんでしょうかね。

「……とにかく、隊列を言うぞ。前から順に、アニー、レイブン、エミリア、ハミル、私、そしてシャーランだ。用意が出来次第行くぞ」

 察知能力に優れるレンジャーと突撃力に長けるランサーを組み合わせ、前衛に置いて敵を発見した際に即座に対処できるような前衛の配置。
 剣も魔法も行使できるオールラウンダーと範囲攻撃、回復魔法を備えるバックアップを中央に置く事で前後どちらから攻められても迎撃が可能。
 最後に、部隊最大戦力を後衛に配置する事でよほどの事がない限りあらゆる状況に対抗できる配置と言えるでしょう。
 あえて欠点をあげるとすれば、

「……ぐぐぐ」
「私後ろ見ながら歩かなきゃ駄目なのかなー?」
「転んで私の方に倒れてくる結果になるだけだろうから、しきりに振り向き、背後に注意を向けるだけでいい」

 隊長とシャーランさんが続けて並んでいるという事でしょうか。エミリアさんの不機嫌度がより一層強まっている気がしてなりません。
 何とも言えない不安を抱えながらも、僕たちは寂れた廃坑へ足を踏み入れたのでした。

 ・・・

 廃坑の中は僕たちの予想を遥かに超えた状況となっていました。

「……何も、居ない? どういう事よ、コレ」
「周囲に魔力の反応もありませんね……」

 自然に出来た洞窟や廃坑といった広い空間には魔物が住み着きやすく、それ相応の戦力で挑まなければ自ら魔物に身を差し出しに行く事になってしまうと言われる程です。現に過去数回、他の分隊と共同で洞窟の探索任務に当たった事があるのですが、その時は入口から最奥まで数百体以上の魔物が潜んでいて、何度も補給の為に撤退を繰り返した事を覚えています。
 しかし、この廃坑にはそんな魔物の影すら見当たりません。

 ――かえって不安ですね……。

 もう一つ、洞窟のお決まりとして、最奥にはその生息域で最も強い魔物が待ち構えているという事があります。僕が見た中では、上級兵士が子供に見えるくらいの強さを誇るサラマンダーや、数多くの仲間を従えた女王蜘蛛と呼べる存在感を放つアラクネ、果ては異常としか言えない魔力を放つ、幼い魔女たちの集会、サバトに出くわした事もありました。
 これらの大半は、僕たちは本隊にこの事を伝える為に戦わずに逃げ帰って来たのですが、一般兵が数名集まった程度では、手を出せるレベルではない事だけは感じ取れました。
 ひょっとすると、この洞窟の最奥には僕たちの想像を遥かに超える怪物が息を潜めており、その者によって他の魔物は追い出されているのではないか、という事も考えられます。

「……後ろからも、来ないね」

 背後から、風の囁きのような小さな声。洞窟に入る前と比べると非常に感情の薄い声ではありましたが、おそらくシャーランさんの声でしょう。
 彼女からすれば、怒りをぶつけに来たというのに、その矛先が見当たらないという事が非常にもどかしく感じるのでしょう。僕たちからすれば背後からの襲撃は止めてほしいのですが。

「――やれやれ。結構歩いたけど、一向に敵さんは出てこないわよ? どうなってんのよ」
「呻き声も聞こえねぇしな。……発見者の空耳だったんじゃねぇか?」

 前方の二人が異常を発見できず、呆れています。本来ならそんな事してはいけないのですが、無理もない、としか言いようがありません。

「アニー、レイブン。何かが起こってからでは遅いのだぞ。最奥まで気を抜くな」

 二人の返事が来ますが、気の抜けた声色からして隊長の注意は効果なし、と言った所でしょう。

「……しかし、入口からでも聞き取れるほどの呻き声、か」
「心当たりがおありですか?」
「いや。……思い過ごしならばいいのだがな」
「っと、崖だわ。皆、左前方に崖があるから、気を付けなさいよ」

 空洞と呼べるような広い所に出た瞬間、先頭のアニーさんが手にした松明を振り、注意を促しました。明かりに照らされた先は、その部分だけ抜け落ちたよう暗闇が広がっており、何処までも深く、底を見る事が出来ませんでした。

「ひゃー、深いわねー。落ちたら助からなさそう」
「一応僕とエミリアさんは落下時の衝撃緩和系魔法を持ってはいますが、人に付与できるタイプのものではないですから、落ちないで下さいよ?」
「大丈夫大丈夫。落ちても気合で戻ってくるから」

 この人が言うと本気にしか聞こえませんね、本当に。

「本気で準備して損したぜ、まった――」
「――っ!?」

 レイブン君が悪態をつき終えようとした瞬間、僕たちの身体は石像と化したかのように硬直してしまいました。
 原因は、奥から放たれた轟音でした。
 まるで台風のような、強烈な暴圧を含んだ地鳴りは僕らの本能に働きかけ、体の芯を竦み上がらせたのです。火薬を使った武器が爆発するよりも強く、雷鳴よりも巨大な、何かの呻り声。

 ――発見者は、これを聞いたんですか!?

 これはもう、強いとか弱いとかの問題ではありません。私達の本能が、この敵にあらがう事など出来ないと叫び、恐れを抱いているのです。
 一刻も早く身体を動かし、本隊に伝えなければならない。そう思わずにはいられませんでした。
 しかし、それを叶える事は出来なくなってしまったのです。
 ただの呻り声だというのに、大地を揺るがすほどの衝撃を持ったそれは、若干脆くなっていた地面を歪ませ、そして砕いたのです。砕かれたのは、僕のすぐ前の足場。レイブン君が、通り過ぎた足場。
 それはつまり、

「――え?」

 エミリアさん、と叫ぼうとしたのですが、強張った身体はピクリとも動いてはくれず、徐々に傾きつつある彼女の手を握る事は出来ませんでした。
 落ちゆく彼女もまた、脳が思考を停止しているのか、何の抵抗も無しに左の崖へ落下しようとしていて、このままでは暗闇の底へ真っ逆さまとなってしまうでしょう。そして、止まっている思考では、衝撃緩衝の魔法を発動する事が出来ず、岩盤へ激突。
 つまり、死ぬのです。

「――がぁっ!」

 助けなければ。そう思った瞬間、踊り出た影がエミリアさんの泳いでいた手を掴みました。その影は開いた手で鉤爪の付いたロープを壁に投擲しましたが、

「駄目か!?」

 投げた角度が悪く、爪は足場に掛からなかったのです。

「――皆! 私たちは大丈夫だから!」

 理解が追い付いていないエミリアさんを掴んでいる人物は僕たちに向かって声を張り上げ、

「絶対に戻ってくるから!」

 だから、と、その人物は、告げたのです。

「――先に行ってて!」
「シャーランさん!」

 金縛りが解けると同時に、二人は深淵へ消えて行ってしまいました。
13/09/04 23:00更新 / イブシャケ
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■作者メッセージ
まだ戦闘始まってないのに、いきなり水と油の間柄の二人が孤立しました。
ゲームでもありますよね、突然出撃不可になるイベント。
そのキャラを主軸に育ててた時に限って他のキャラが育ってなくて、泣きを見るという。
皆さんも、天馬騎士とか竜騎士とか、他のユニット鍛えて村を襲撃されないようにしましょう。

最近はコメント無いからコメ返し出来ないなぁ。
ここ変だよ? とか、そんな感じのコメントだけでも励みになってますんで、もしよろしければどうぞどうぞ。

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