鍛冶屋『LILAC』と魔界の騎士様
窓の外を見ればすっかり夜の帳が落ちているこの時間帯に、鍛冶屋『LILAC』の工房には従業員の三人がいた。
ニシカは先ほど炉から取り出した赤々と光る鉄の前で、ハンマーを構える。
ガキィン、と鈍い音がして、振り下ろされたハンマーが鉄の形を少し崩した。
「おお…さっすがニシカですねぃ」
その様子を見て、キリュウが感嘆の声を上げる。
「先輩。先輩も少しやってみてくださいよ」
「あっしですかい?あっしは上手くできねぇもんで、できれば遠慮したいんですが」
「何事も、経験。キリュウ、あなたはまず、やってみるべき」
渋るキリュウをこの鍛冶屋のオーナーでもあるサイクロプス、リラが促すと、下手でもあんまり笑わないでくだせぇ、と言いながらもニシカからハンマーを受け取った。ニシカがやったように、キリュウもハンマーを振り下ろし、鈍い音が工房に響く。
「う〜ん……先輩、ちょっと力任せに振り下ろしすぎですね。もう少し肩の力を抜いてもらえますか?」
「こ、こうですかい?」
ガキィン!!
要領を得たのか、一回目よりも綺麗な音が鳴る。
「そういう感じです。鉄は僕らが思ってる以上に繊細なんですから、それを常に意識してください」
「わ、わかりやした」
そのままニシカの指導の元、キリュウは鉄を打つ作業を黙々と続ける。
立場的には先輩と後輩、という立場の二人だが、鍛冶師としての腕前に関して言えばニシカはキリュウよりもはるかにできる。そのために、後輩が先輩に物事を教えるという少し妙な状況ができあがっているのだが、キリュウはそれを特に気にしたりはしない。むしろ、リラ一人よりもより深く教えてもらえるようになったことを素直に喜んでいた。
キリュウが額に浮かぶ汗を拭う。少し休憩しましょうか、とニシカが提案しようとしたその時、カラァン、と店の方のドアに取り付けられた鈴の鳴る音がした。
「こんな時間に……客、ですか?」
ニシカは時計を横目で見る。今の時間は一応営業時間には違いないが、あと数分で店じまいしようというなんとも微妙な時間帯だった。
「ニシカ、接客お願い。キリュウは、私が見てる」
「あ、はい、お願いします」
リラの指示に従って、ニシカはカウンターへと向かった。
「遅い!!従業員がカウンターにいないとは何事だ!!」
カウンターについて早々、ニシカはそんな怒声に迎えられた。
「今の時間帯はまだ営業時間だろう!!それなのに貴様は客を待たせるのか!!」
「も、申し訳ございません、お客様!!」
はっきりとした怒鳴り声でニシカを縮み込ませるのは、切りそろえられた白髪ときつい印象を与えるツリ目、首もとに巻かれたチョーカーの印象的な女性。彼女の怒りは、ニシカが頭を下げた程度で収まりはしなかった。
「申し訳ない、だと?貴様、その程度で許されると思っているのか!!確かに自分の非を即座に認める姿勢に関しては評価もしよう。だが、頭を下げれば許されるなどと思ってしまってはいずれ、どんな失敗をしようとも頭を下げればいい、という軟弱な思想に落ち着いてしまうのだ!!そのことを理解しているのだろうな!?」
「…あ……その……」
何も言い返せずに、口をつぐむニシカ。
「たかが一回の失敗だと馬鹿にするなよ?こういったミスを許してしまうと、その人間は同じミスを繰り返す!!そも、戦場では味方のたった一発の矢が敵に自らの居場所を教えてしまうこともある。たった一回で命を落とす危険性もあるのだ!!それなのに、戦場にいないというだけで緊張感を持たないと言うのは…………」
「…………ハクナ。そのへんに、してあげて」
困っているニシカの元に、助け船が出された。
「………む。リラか」
「その子は、まだ新人。あまり、いじめないで」
「いや、いじめていたつもりはないのだが………また、私はやってしまっていたのか?」
「………」
リラは黙って首を縦に振る。
「………そうか。リラ、今日は剣を買いに来た。いつものやつを十本ほどだ。今持ってこられるか?」
「あの剣なら、大丈夫。待ってて」
リラは再び工房の方へと引っ込んでいく。
「……先ほどは怒鳴ってすまなかったな」
ハクナ、と言われた女性は先ほどの威圧感のある態度から一変、そう弱々しく口にした。
「気にしないでください。僕の方にも実際に非はあったんですから」
「ふむ。なかなか謙虚なのだな。君、名はなんという?」
「ニシカです」
「ニシカ。君はあの似非ジパング人と同じ従業員とは思えないな」
「それってキリュウさんの事ですか………」
ニシカは軽く苦笑いを浮かべる。
確かに、何かと自由なキリュウの性格では、ハクナのような生真面目な性格の人間とはそりが合わないのだろう。
客がいるのに顔を出さないのも、それが理由かもしれない。
「まぁ、とにかくだ。よく人に言われるのだが、私には説教癖のようなものがあるらしくてな。それで私が君を困らせてしまったのは事実。そのことについて、謝らせてくれ。すまなかった」
「いえ、ですから別に……」
ハクナがニシカへと頭を下げる。
彼女の首から上が、ゴロリと床へ落下した。
「…………………………………うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??く、く、首がぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
ニシカは腰が抜けてしまい、床へとへたり込む。
「おっとすまない。チョーカーの締め付けが緩かったようだ」
「生首が喋ったぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!??」
目の前の落ちた首が声を発し、ニシカは再び絶叫する。
「なんだ、君はデュラハンの事も知らんのか?」
「え?で、デュラハン………?」
首がない胴体が動いて、その両腕で落ちた首をしっかりと掴むと、困惑するニシカの方へと差し出してくる。
「た、確か、『首の無い騎士』………でしたっけ………」
必死に記憶をたぐり寄せて、その名前を思い出す。魔物の中でも高位に属する種族なのでニシカも名前だけなら聞いたことはある。が、こうして実物に会うのは初めてのことだった。
「ああ、その通りだよ。そう言えば自己紹介をしていなかったな。私は魔王軍騎士団第十三部隊隊長、ハクナ。種族はデュラハンだ」
「そ、そうだったんですか………あはは………」
ニシカは引きつった笑顔を浮かべることしかできなかった。
「お待たせ。注文の、剣」
「ああ。毎度のことだが助かるよ」
背中に大きな袋を担いで、リラが戻ってきた。がちゃがちゃと音をたてるその袋には、大量の剣が入っているのだろう。
リラがその袋を差し出すと、ハクナは礼を言ってそれを受け取った。
ちなみに、彼女の首は定位置へと戻っている。
「それで、料金だが……これぐらいあれば足りるだろうか?」
そう言ってハクナが取り出した銀貨の枚数を見て、リラは頷く。
「毎度ありがとうございました。またのお越しをお待ちしております!」
売買の終了を感じ取ったニシカが別れの挨拶をする。
しかし、ハクナは帰ろうというそぶりを見せなかった。
「それで、リラ。今日も………少し、私の話を聞いてくれるだろうか?」
「うん。私は、構わない」
「感謝する。……自分でも、情けないこととは思っているんだがな」
「気に、しないで。私は、あなたの話、聞くことを、楽しんでいるから」
ああ、ちょっと雑談したいのか、とニシカは納得する。接客業をやっていれば、このような客がいること自体は珍しいことではない。そういった客を喜ばせるのも鍛冶師の努めだ、とかつて父に言われたこともある。
「………では、僕は少し席を外しましょうか?」
ニシカは気を使って提案する。
「いや、構わんさ。似非ジパング人ならともかく、君ならあまり笑ったりしないで話を聞いてくれそうだしな」
「そうですか。ではお言葉に甘えて」
つい先日、この店に客として来店した時にキリュウとこんなやりとりがあったときのことをニシカは思い出す。あの時とは違って、自分は従業員だ。そのことが少しだけ可笑しかった。
ちなみにその頃。
「へっくし!!うぅ……それにしても師匠、あっしはいつまで一人で叩き続ければいいんですか……?早く戻ってきてくだせぇ……」
キリュウは一人、鉄を叩き続けていた。
ハクナは首のチョーカーを外し、首を自分の両手で抱える。
「うむ。やはり、この方が落ち着く」
「デュラハンって、首を外すと落ち着くんですか?」
どうしても首が外れているのは気になってしまい、つい聞いてしまった。
「いや、正確にはそういう訳ではない。ただ、首を外していると素直になれるというか、気負わずにいられるというか…………好きな人が近くにいる場合には発情してしまうんだがな」
そうなんですか……と感心するニシカ。
「……さて、話と言うのはだが、実は最近悩みができてな……」
「それ聞くの、四回目。あの悩み、でしょ?」
「……う。まぁ、そうなんだ」
「あの悩み……というのは?」
「ハクナは、この店には、その悩みのことで、相談に来る」
ハクナの悩み、と言われてもニシカにはいまいちピンとこない。彼女なら大抵のことは一人でこなせそうなイメージがあるのだが。
「それで、その悩みというのは?」
「あぁ………実は……………」
「私も…………恋人が欲しいんだ………………………!!」
「…………………は?」
「………………………」
「先日、部下のデュラハンがまた寿退職してな………もちろんそれは喜ばしいことだし、私も笑顔で歓迎した。だが、その幸せそうな顔を見てると思ったんだ。私もあんな顔してみたい……素敵な強い男性と出会って、三日三晩の決闘の後に敗北して、敗北を認める私はその後野外にも関わらず押し倒され、でも決闘の最中首を外された私は発情してしまいそのまま………なラブストーリーを私も体験してみたいのだ!!」
「………………………」
「焦らなくても、あなたならきっと、いい人見つかると思う」
色んな意味で開いた口がふさがらないニシカと、特に気にする様子もなく涼しげに答えるリラ。
「だが、我が軍の男は近づけば何故かみな私が近づくとどこかへ行ってしまうし、たまに逃げない男も試しに手合わせして見れば話にならん!!私は高望みしているつもりなどないのだぞ!!ただ、自分より強い男を募集しているだけだ!!それに、同僚のデュラハンはみな理想の男を手に入れてしまって私だけが取り残されているような気もするし…なのに私の前には私を犯s………倒すような強い男は一向に現れないのだ………私は何かするべきなのだろうか………」
「難しい問題ですね………」
率直な感想を口にする。正直、ニシカにはなんて言葉をかけたらいいのかがわからなかった。………一瞬聞こえた不穏な単語も含めて。
「私は、そのままで、いいと思う」
「リラ………」
その時、リラがきっぱりと答えた。
「あなたには、理想がある。理想があるなら、それだけを、見ればいい」
「だが……私以外の奴は、みな……」
「あなたは、あなた。他の誰が結婚しても、あなたはそのままでいいと思う。私は、いつも真面目で、でも恋の話が好きな、あなたが好き」
ハクナは一瞬、目を丸くする。
「…………ふ。そうかそうか、リラは私が好きか………はは、安心したよ。少なくとも私は、誰かと仲良くしたりすることはできるのだな」
その顔には微笑みが浮かんでいた。ニシカは初めて見るその顔に、思わず顔を少しだけ赤くしてしまう。
「あ、あの!!僕はまだ会ったばかりですが、ハクナさんのことは嫌いではないですよ!!」
「有り難いな。だが、非常に惜しい。君がもう少したくましければ、私は間違いなく君を連れ去っていた」
「……ハクナ。それは、駄目」
「冗談だよ。私のことを好きと言ってくれた友人を困らせる真似はしないさ。さて、今日も世話になったな、礼を言う」
首を元の位置に戻しながら、礼を言うハクナ。その表情は、どこか清々しかった。
「私は、話を聞いただけ。大したこと、してない」
「そうですよ。僕たちにはこんなことしかできませんが、いつでもお越しくださいね」
「ああ、そうさせてもらうとするよ。ではまたな、リラ、ニシカ」
軽く微笑みながらそう言うと、ハクナは店を後にした。
「………本当にいい店だな、ここは」
店を振り返りながら、ハクナはそう一言、付け足した。
「腕の、感覚、なくなって、きやしたぜ…………あっし、いつまで、この作業、やってれば、いいんで、すかい………」
ちなみに、リラとニシカがキリュウの存在を思い出すのはハクナの去った後の話であった。
11/07/19 18:26更新 / たんがん
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