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鍛治屋『LILAC』と努力家の少年 後編
「なんで…わかったんですか…」


ニシカは、怒りとも悲しみともつかないような表情をして彼女に聞いた。


「まず第一に、刃先。料理用の、包丁ならともかく、果物ナイフは、普通あんな欠け方しない」
「それは確かにそうですけど、それだけじゃ…」
「次に、柄の部分。力が、変に込められてた。しかも、持ち方は逆手で」
「なんでそんなことわか」
「師匠はすげえんですよ!!サイクロプスの師匠には普通の人間には見えない武器のちょっとした凹みとかなんかが見えちまうんです!!使ってる人がどんな人なのかもたまにわかるぐらいで」
「キリュウ、空気読んで」
「はい、すいやせん…」


困惑するニシカに優しく教えてあげるつもりでキリュウは解説を始めたが、サイクロプスの少女にすぐに止められ、再び黙る。サイクロプスの少女は褒められて満更でもない表情だったが、すぐに口元を引き締め直した。


「極めつけには、刃に血がついてる。勿論、拭き取ってあったけど、私には少しだけ見えた」
「…」
「だから、このナイフ、人を傷つけたんだな、って思った。けど、もし他人を傷つけたなら、壊れても修理に出す人、いないと思う。だから、自分を切ったのかもって。確証は、なかったけど」
「だったら…どうだって言うんですか…」

黙って話を聞いていたニシカが、口を開く。

「ええ、全部当たりですよ。僕はこのナイフで自分の左腕を切り刻みました。どうやらあなたはそれに怒っているみたいですけど、それは悪いことなんですか?」
「悪い」

自嘲気味に笑うニシカをサイクロプスの少女はきっぱりと否定する。ニシカはその態度に感情を抑えきれなくなった。

「何が悪いって言うんですか!?僕がこのナイフで誰かに迷惑をかけた訳じゃないでしょうが!!」
「私に、かけた」
「はぁ!?意味わかりません!!」
「そのナイフ作った人、そんなことの為に、作った訳じゃない。同じ鍛冶屋として、武器を間違った扱い方するのは、私には許せない。私に、迷惑をかけてる」
「…っ!!」

少女の発言で、興奮していたニシカが少しずつ落ち着きを取り戻していく。そして、壁に背を預けてへたり込んだ。

「僕だって…僕だって、好きでこんなことしてる訳じゃ、ない…僕だって…わかってるよ…そんなこと…うあ、うああああああ…」

そして、堰を切ったかのように泣き出してしまった。サイクロプスの少女はニシカに近づき、優しく背中を撫でた。

「大丈夫、だから」
「ああ、うあああ…」

ニシカが泣きやむまで、少女とキリュウはいつまでも見守っていた。




何分か経過して、ようやくニシカが落ち着きを取り戻した。

「話して、くれる?なんで、そんなことしたのか」
「…はい、わかりました」

ニシカの目はまだ少し赤かったが、それでも少女の問いに意を決して頷く。

「じゃあ、ここじゃ何だから、工房、行こう」
「…あっしは、席外しやしょうかい?」

キリュウが彼なりに気を遣って問うが、ニシカは首を横に振った。

「大丈夫です。むしろ、居てください」
「…そうですかい」

三人は工房に入り、サイクロプスの少女が出してくれた椅子に腰かけた。

「名前、そういえばまだ言ってませんでしたね。僕の名前はニシカ。ニシカ=エスバスっていいます。」
「私の名前は、リラ」

ニシカが思い出したかのように言うと、サイクロプスの少女___リラはどうやら素で自己紹介を忘れていたらしく、慌てて(最も、表情の変化に乏しい種族なのでニシカにはわからなかったが)名を名乗った。

「エスバス…?はて、どっかで、聞いたような…」

一方、キリュウは名前に聞き覚えがあるらしく、首をかしげていた。が、すぐにその名前がなんなのか思いだす。

「あ、え、エスバス!?あんた今、エスバスって言ったんですかい!?」
「どうしたの、キリュウ?」

リラだけはよく事情がわかっていなかった。キリュウが、きょとんとしているリラに声を荒げて説明をする。

「師匠!!エスバス家って言ったらこの町で一番有名な鍛冶屋の名門ですよ!!ほら、中央通りにある大きな店、あそこのことですぜ!!」
「キリュウさんはご存じでしたか。そうです、僕はその店の跡取りとして産まれてきました。あのナイフ、実は僕が昔作った物なんですよ」
「あなたも、鍛冶師?」
「いえ…僕は、鍛冶師になれはしませんでした」

そこまで言って、ニシカは大きく深呼吸をした。そして、ゆっくりと語り始める。

「現在も店長をしている父は、僕を幼い頃から仕事場に連れて行って、仕事風景を見せてくれました。父の仕事っぷりを見て育った僕は、当然のように父のような仕事をしたい、鍛冶屋になってみたい、と幼心に思っていました。僕がある程度大きくなると、父は僕に鍛冶師としての技を教えるようになりました。その時は、父に認められたような気がして、とても嬉しかった。でも…僕には、父ほどの才能は、なかったんです。必死に父の教え通りにやっても『なんでこんな簡単なことができないんだ』って、いつも怒られてばかりいました。それでも、投げ出すことだけはしませんでした。父みたいな、立派な鍛冶師になりたかったから」
「…」

リラも、いつも騒がしいキリュウでさえも彼の話に耳を傾けて、何も言おうとしなかった。

「父に教えられるようになってから一年ぐらい経つと、二つ下の弟も一緒に工房にくるようになりました。最初は弟と一緒で嬉しいなぁ、ぐらいにしか思ってなかったんですけれど、ある時気づいたんです。父は、僕が駄目だった場合の代わりとして弟も一緒に育てることにしたんです。そして、その期待通りに弟は父に認められるような立派な鍛冶師として成長していきました。僕が何回怒られてもできなかったようなことも一回で覚えて、一年も差があったのにそう時間はかからずに僕と同じことを父に教えられるようになって。それからすぐに、僕よりも先のことを習うようになっていました。父は『なんであいつにできることがお前にできないんだ』っと言って僕を叩き、仲がよかった弟もいつしか僕を冷めた目で見るようになりました。何度やめたくなったかもわからないですけど…それでも、やっぱりやめませんでした。それだけ、僕にとって鍛冶師になることは夢だったんです。でも…そんな苦痛に耐える日々も、つい二ヶ月ほど前に終わりました」

そこまで言うと、ニシカは苦しげに目を伏せ、拳を強く握る。

「その日、僕だけが父の部屋に大事な話があると言って呼び出されたんです。父に…冷たく『お前はもういらない』と…言われました。僕は勘当…されたんです…」

震えながら話すニシカの声は、涙声になっていた。

「お金の入った財布と小さな住居のある場所が書かれた紙とそこの鍵、それから僕の作った全ての作品を渡されて、二度と帰ってくるな、って。最後にそれだけ言われて、僕は、家から、閉め出されました…。それからの二ヶ月間…ずっと、家族には会っていません…。誰も僕に会いにこなかったし…こちらからも、会うのが怖くて…」
「そして、絶望しながら自傷して、更に自分の作品を壊した、と」
「はい…そういうことです…」

話終えてもニシカは伏せた顔をあげようとはしなかった。そんなニシカに、リラは淡々と言い放つ。

「話は、わかった。けどね、やっぱり私はあなたを許せない。あなたは、鍛冶師を目指してた筈。それなら、尚更作り手の思いが、わからない訳がない」
「師匠!!いくらなんでもその言い方は...」
「いいんです、キリュウさん!!」

冷たい言い方をするリラをキリュウは止めようとしたが、それをニシカが制した。

「リラさんの言うとおりです。僕は、鍛冶師ですらないけど、鍛冶師としてしてはいけないことをしました。本当に…すいませんでした…」

そう言って、ニシカは再び嗚咽を漏らし始めた。



すすり泣くニシカを見てリラは、彼に近づき肩に手をポン、と置いた。

「でもね、あなたが本当に努力してきたのも、わかる」
「…え?」

ニシカは伏せていた顔を上げる。目の前にいたリラは、先ほどまでの無表情が嘘のように微笑んでいた。彼女の琥珀色の単眼に、思わずみとれてしまうぐらいに優しく。

「さっき、あなたの腕を見た時、一緒に手のひらも見た。マメとか、火傷の痕とか、たくさんあった。それだけ、努力、してたんでしょ?」
「でも…僕には、才能が、なくて…」
「それだけじゃ、ない。あなたは、自分で壊したナイフを、わざわざ修理に出した。自分の作品を壊したことに、罪悪感あったんじゃ、ないの?」
「それは…」

戸惑うニシカに、リラは懐から何かを差し出した。ニシカが受け取って確認してみると、それはニシカが修理に出した果物ナイフだった。

「取り出してみて」

ニシカが鞘から取り出してみると、そこにはニシカが壊す前の姿に戻ったナイフがあった。父に下手だと言われたところまでそっくりそのままで。

「これ、は」
「確かに、壊したことは、許せない。けど、あなたは、このナイフを、壊したことを、後悔して、私達のところにきた。自分の作品、好きな気持ちがある、あなたはもう、立派な鍛冶師。あなたのお父さんが、認めなくても、私はあなたを、認める」
「リラ、さん…」

その時、ニシカのもう一つの肩に、後ろから手が置かれる。その手はキリュウが伸ばした手だった。キリュウは屈託のない笑顔を浮かべる。

「勿論、あっしも認めやすよ!!あっしにゃああんたみたいに一人じゃナイフ作ったりできやせんから!!一人で作ったこと、素直にすげーって思いまさぁ!!」
「キリュウさん…ありがとう、ございます…」

結局、再びニシカは泣き出してしまった。

「ニシカは泣き虫ですねい」
「あはは…すいません」

そういって、ニシカはこの店にきて初めて二人に笑いかけた。それを見て、二人の顔からも思わず笑みがこぼれる。もう、この鍛冶屋に自分の不幸を嘆いている人間はどこにもいなかった。

笑顔になったニシカを見て、リラはあることを思いつく。

「ねえ、ニシカ。一つお願いが、あるんだけど」
「はい?なんですか?」




数日後。鍛冶屋『LILAC』に一人の客がやってきた。

「「いらっしゃいませ!!『LILAC』へようこそ!!」」

やってきたのは緑の髪に緑の翼を持った鳥形の魔物、ハーピー。彼女は自分に向かって元気に挨拶をした二人の店員のうちの一人を見て、首をかしげる。

「あれ?あなた見たことないんだけど…新人?」
「はい、ニシカと申します」

ニシカはぺこり、と笑顔で丁寧にお辞儀をする。その態度に、ハーピーは素直に感心した。

「礼儀正しい子ね。私はミネアナ。見ての通り、ハーピーよ。この辺の地域で商人やってるわ。この店には、結構前からお世話になっているわね」
「ではミネアナさん。本日はどのような依頼ですか?」
「ああ、そうね。ちょっとリラを呼んできてくれる?」
「わかりました。リラさ〜ん!!」

ニシカが工房の方へと駆けだしていくと、キリュウはそれを見計らってミネアナに話しかける。

「ニシカはよく働くんで、あっしとしても助かってるんですよ」
「ええ、少なくともあんたよりは真面目そうよね」
「あっしはいつも真面目ですぜ?」
「この前ここにきた時、あんたカウンターで大いびきかいてたけど?」
「相変わらずミネアナさんは手厳しいや…」

そんな会話をしているうちに、工房の方からリラが姿を現した。

「お待たせ」
「やっほーリラ。元気してた?」
「なんとか」
「変わってなさそうで安心したわ。それじゃあ、私はちょっとリラと仕事の話したいから、二人は席を外してくれる?」
「二人とも。工房の方、お願い」
「あ、はい。わかりました」
「了解でさぁ」

リラの指示通りに二人は工房の方へとひっこんでいった。


二人が去って少しした後、ミネアナは怪訝な顔をしてリラへと問う。

「…で、リラ?あのニシカって子、一体どうしたのよ?」
「新人、だけど?」
「そういうことじゃないわよもう…あのお調子者の馬鹿キリュウ以外に今まで雇おうとしなかったあんたが、どうして今になって従業員を増やしたのか、って聞いてんの」

ミネアナの問いに、リラは少しだけ表情を柔らかくして答える。

「あの子には、素質あるから」
「素質?」
「うん。鍛冶屋として、大切なもの」

リラの言いたいことがミネアナにはよくわからなかったが、それ以上追求するようなことはしなかった。

「ふーん、そ。ま、あんたがいいならいいわ」
「私からも、一ついい?」
「何をよ?」

ぽかんとしているミネアナに、リラは少し意地悪く言う。

「商売以外に、興味ないあなたが、自分から、男の子の話、するなんて、珍しいね」
「ふぇ?い、いや別に!?ただ単に気になっただけよ!!そう、それだけ!!別にあの子可愛いなぁとか思ってないからね!?」

顔を真っ赤にして反論するミネアナ。その様子からしてバレバレなことに、必死に否定するミネアナが気づくのはもう少し後の話。

「そっか」
「何よその暖かい目はぁぁぁぁ!!」




それは、ニシカがナイフを取りにきた日のこと。

「この鍛冶屋で、働いてほしい」

リラはニシカを『LILAC』にスカウトした。

「え?」
「従業員が、足りないから。キリュウだけじゃ、限界ある」
「すいやせん…」
「でも…いいん、ですか?僕なんかが、いて…」

うろたえるニシカに、リラは口元を綻ばせて言う。

「あなたに、居てほしいの」

そういってリラは手を差し出した。
ニシカはまだ泣きやんではいなかったが、それでも力強くその手を握って応じる。

「はい…!!こちらこそよろしくお願いします!!がんばりますから!!絶対に、役にたちますから!!」

そうしてこの日、鍛冶屋『LILAC』に新しい従業員が増えた。


鍛冶屋『LILAC』。その場所では今日も、二人の青年と常連のハーピー、そして店主のサイクロプスの少女が楽しそうに笑っていた。

11/07/19 18:49更新 / たんがん
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■作者メッセージ
どうも、初めて書いた作品なので誤字がないかビビリまくっている作者のたんがんです。

とりあえず終えて思ったんですが...
やっぱりハッピーエンドっていいよね!!

ただ、ニシカ君の台詞が長すぎることは反省しております。
処女作なんで、見逃してもらえると幸いです…

ここまで読んでくださり、ありがとうございました。

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