第三話 お花畑で捕まえて
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
炎を避けたのは、あの人が初めてだった。
だから、私を睨んで怒鳴りつけるあの人の事が、ひたすら怖かった。
それから色々と作戦を実行したけれど、どう頑張ってもあの人に炎は当たらなくて、恐怖ばかりが増していって。
でも、あの人は最後、私の炎を避けなかった。
自分の身体を投げ出してまで、私の誤解を解いてくれた。
ルベルクス=リーク……あの人の名前。
私の全てを、変えてくれた人の名前。
……あれから私は、冒険者というものが何なのか、自分なりに調べてみた。
冒険者――――未開の地を旅し、道なき道を切り開き、街の人の助けになる、そんな人達。
それを知った時は、今更ながらに自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いて、頭が真っ白になったものだ。
……だからだったのだろうか。
全てを吹き飛ばすような、あの人の笑顔を思い出したのは。
知らなきゃいけないって、思った。
冒険者のことを、あの人のことを、もっともっと。
それが……私が傷つけた人達にできる、せめてもの贖罪だって、思うから。
けれど、あの人は私の話を聞いてくれるのだろうか。
他でもない、この手でその身を燃やした私の言うことを。
……それならば、せめてあの人が喜ぶことをするべきなのかしら。
でも、どうすれば喜んでくれるのだろう……男の人が、喜ぶ事……
……お嫁さん、とか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アホか!!却下に決まってんだろうがそんなもん!!」
とりあえず昨日の事を思い出してみた結果、こういう結論に至る。
つうか……思い出してみても結局、こいつが何でこんなこと言い出したのか、何もわかんねぇよ!!
どうやったらあそこから「お兄ちゃんのお嫁さんになりにきたの♪」なんて台詞が飛び出すんだこいつの頭の中は!!
「え……なんで?お兄ちゃん、嬉しくないの?」
だが、こいつはそれを聞いても納得するどころか、首を傾げるだけ。
これだから、ガキの相手はめんどくせぇ……!!
「つい先日俺目がけて炎ぶっ飛ばしたばっかのガキに求婚されて喜ぶ奴がいんのか?あ?」
「あ、えっと……それは、ごめんなさい……」
睨みを利かせてやると、流石に反省しているらしく目を逸らしながらも謝罪の言葉を告げるガキこと、エリー。
つってもまぁ……それに関して言えば、本当はそれ程気にしちゃいねぇけどな。
被害者も意識不明ってだけで生きてはいるし、俺だってこの通り数日ですっかり元の調子に戻れてはいるのだ。
いつまでも根に持つほどの事じゃねぇ、とは思う。
「……んで?求婚しにきただけならもう帰れ」
「ち、違うよぉ!!エリーは、お兄ちゃんにお願いがあってきたの!!」
とはいえ、用事が無いなら好き好んでガキと絡みたいわけでもないので早々にお帰り願おうと思ったのだが、どうやらこいつの用事はそれだけではなかったらしい。
「お兄ちゃんに、教えて欲しいの!!『冒険者』さんの事!!」
「……はぁ?」
それで、わざわざ俺を頼ったっつーことか?理解できねぇこともねぇけど、他にやりようなんぞいくらでもあるだろ。
例えば……
「そんなら、俺に頼るよか先に本屋にでも行ったらどうだ?そっちの方が、よっぽど為になると思うぜ?」
「もう行って、本なら沢山買ったもん!!『冒険者』って言うのは、街の人の依頼を解決してギルドからお金を貰って生活する人でしょ!!」
このガキの言うことは、確かに冒険者の定義からすれば何も間違っていなかった。
本当に、勉強したのだろう。だが、俺にはそんなことは、今はどうでもいい。
「……そこの本はやっぱりてめぇかぁぁぁぁ!!」
そう言って俺が指差すのは、玄関の扉を開けた瞬間に目に入った物。
……俺の身長より少し低いぐらいの高さまで積み重なった、山積みの本。
『冒険者入門〜これで君も、明日から冒険者だ!!〜』『〜麗光〜伝説の冒険者の記録』『グランデム史伝〜冒険者ギルドができるまで〜』……どれもこれも、冒険者絡みの本である。
俺自身でそれらの本を買った覚えはねぇから、当然犯人はこいつしかいない訳だ。
「だってお兄ちゃんを玄関で待ってるの、退屈だったんだもん……」
「そもそも不法侵入だろうがてめぇはよぉ!!」
他人の家に無断侵入した挙げ句散らかすとかどんな神経してんだこいつは!?
「むぅ、せっかくお兄ちゃん喜ぶと思ってエリーずっと待ってたんだよ……?……って、あいたたたたた!!痛い痛い痛い!!」
「可愛く言えば許すとでも思ってんじゃねぇぞ、クソガキが!!」
むかついたので帽子越しに頭を掴んで、潰す勢いで握りしめてやった。
「それに、どっから入りやがったんだてめぇ!!」
「痛い痛い痛い!!ま、窓からだよぉ!!」
「窓ぉ?ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。俺が行く前に戸締まりぐらいしてねぇわけねぇだろ」
「本当だもん!!エリー窓から入ってきたんだよ!!」
ガキはそう主張するが、そんなのはあり得ねぇ。
最初はぶち破ってきたのかと思ったが、我が家を外から見た時にこいつの侵入に気付くような明らかな異変はなかったから違ぇだろうし、かといって行く前の戸締まりは日課だから鍵は閉まってたはずだ。
……いや、そういえば……あの日はめんどくさがって、2階の方は確認してなかったような……まさか……
「……なぁ、お前何階の窓から入ってきやがった?」
「え?2階からだよ!!」
……そのまさかだったかチクショウ。
今後は2階の戸締まりも忘れねぇようにしねぇと……ん?
「……どうやって入りやがった?梯子使ったってわけじゃねぇよな?」
そんなもん外には置いてなかったし、あの時のジャンプする魔法?じゃあガラスに激突して終わりだろうしな。
「それはね、これだよ!!」
俺の手から離れたエリーがとてとてと歩いていくと、この家のものではない小さな箒を手にとって見せびらかしてくる。
「これでね、ビュンってお空を飛んできたんだよ!!」
箒で空を飛ぶ、って……あぁ。こいつ、魔女か。
ガキの姿で男を誘ってサバトに呼び寄せては黒ミサと言う名の乱交パーティでロリコンにするっつー……
「……なるほどな」
目は赤い割に他の魔物らしい見た目の特徴が見当たらねぇなとは思っていたが、道理でな……
「ついでに聞くけどよ……どうやって俺ん家まで来やがった?」
「え?だってお兄ちゃん、『ルベルクス=リーク』ってお名前なんでしょ?だから、この街の人に名前聞いたら、すぐに教えてくれたの!!」
「あぁ、そうかよ……」
……もう二度と、戦ってる最中に名乗ったりしねぇ。
「はぁ……とりあえずよ、事情は大体分かった……」
大体が俺の不手際だっつーことも含めて、よくな……
……しかしまぁ、どうすっかねコイツ。
ガキの世話なんて面倒くせぇし、正直放っておきたい気持ちもあるが……それ以上に、このガキは放っておくと何しでかすかわかんねぇところがある。
現状、不法侵入を許してしまっているのが良い例だ。
「要するに、てめーは冒険者のこと、もっと知りたいってことでいいんだな?」
「うん!!」
つまりは、だ。
「そんなら……せっかくだ、教えてやるよ。冒険者っつーのがなんなのか、俺がたっぷりわからせてやる」
……結局、俺が様子を見るのが一番、っつー訳だ。
「本当!?わぁい、ありがとうお兄ちゃん!!」
それを聞いて、無邪気に俺を見上げてガキ……エリーは、笑う。
その表情は、別に幼女趣味なんぞはねぇ俺でも素直に可愛いと思えるような、そんな明るい顔。
なんだ……こんな顔も、できるんじゃねぇか。
会った時の睨まれた印象が強かったが、こうしてみるとやはり見た目相応の子供だ。
まぁ……たまにはガキに付き合うのも、悪くねぇのかもな。
「そーいや、てめぇの名前、まだ聞いてなかったな。エリー、ってのが名前なのか?」
「うん!!本当は、エリーネラ=レンカートって言う名前なんだけど……呼ぶ時はエリーでいいよ、お兄ちゃん!!」
「おう。っつか、俺も呼ぶ時はルベルで構わねぇぞ。お兄ちゃんなんて呼ばれるより、そっちの方がしっくりくるしな」
「うん、わかったよお兄ちゃん!!」
「話聞いてたかてめぇ!?」
前言撤回。やっぱりこいつ、面倒くせぇ……
「ねぇねぇお兄ちゃん……ここ、何?」
エリーが疑問符を浮かべながら見ているその建物は、そこは俺にとっては何よりもなじみ深い場所であった。
――――冒険者ギルド。
冒険者たる者、依頼を受けないと食い扶持を稼ぐことなどできない。
だから、冒険者へと向けた依頼を受注できるこの場所は、俺にとって全ての中心となるといっても過言ではない。
「ここが冒険者ギルドって奴だ。俺達はここで、依頼を受けてこなしていくんだ」
「ここが……へぇ……!!」
その名前を聞いた瞬間エリーは、興味津々になってそれを隅々まで見渡そうと視線を巡らす。
「……見るの初めてなのか?ギルドってついちゃいるが見た目なんて、その辺の酒場と変わんねぇだろ?」
「……さかば?さかばって、なぁに?」
「そっからかよ!?」
そんな様子を見て、ふと湧いた疑問をぶつけて見ると、予想を超える答えが返ってきた。
そういやこいつ、冒険者もろくに知らなかったんだったか……どんな教育受けてきたんだコイツ。
「まぁいい、さっさと入るぞ。ほら、ついてこいエリー」
「え?エリー、入っていいの?」
「何の為にてめぇを連れてきたと思ってんだよ。冒険者がなんなのかわからせてやるって言ったろーが」
「やったぁ!!ありがとう、お兄ちゃん!!」
俺としちゃ大したことのつもりでもなかったが、エリーはそれでも喜んで俺の後についてくる。
まったく、こんな些細な事で大喜びとはな……扱いやすいんだか、にくいんだかわかんねぇ奴だ。
俺はそんな風に思いながらも、冒険者専用の酒場へと通じる扉に手をかけて、そっと力を入れた。
さっきエリーにも言ったが、冒険者ギルドなんて言っても内装はその辺の酒場とそう変わったものではない。
木製のテーブルとチェアが数個、それとそこに腰掛けて酒を嗜む奴ら。
昼間だから、せいぜい三、四人ってところか。
まぁ……普通の酒場と違って、それが全員俺と同じ冒険者だったりするわけだが。
「お、ルベルじゃねぇか!!その女の子、どうしたんだ?」
中に入るなり、顔見知りの冒険者が気さくに声をかけてくる。
基本的には仲が良いのが、グランデムの街の冒険者なんだよな。
しかし……こいつの説明、どうすっか。
馬鹿正直に言うのもどうかと思うし……よし、ここは親戚っつー路線で行くか。
「あー、こいつはエリーネラ=レンカートっつって、俺のオヤジの……」
ところが、俺の脳内で三秒で描いたプランは、無邪気な声により一瞬にしてかき消された。
「お嫁さん!!エリーはね、お兄ちゃんのお嫁さんなんだよ!!」
……酒場にその声が響き渡ると、一瞬空気が固まって。
「お、お前……モテないからって、ついにこんな女の子にまで手を……」
「どういう意味だコラァ!!」
向こうのテーブルを見てみると、ひそひそと「あぁ、あいつも遂におしまいだな……」「私はデート誘われないで済むからいいけどね……」などと話す声も聞こえてくる。
……泣いていいか、これ?
「お兄ちゃん、どうしてそんな顔してるの?」
「てめぇのせいだクソガキぃぃぃぃぃ!!」
そして、自分から爆弾を放り込んだにもかかわらず、ぬけぬけと心配してくるエリーに腹の底から叫ぶ。
「つーかさっき嬉しくもなんともねぇっつたよな!?だっつーのに、何でよりにもよってこんなとこで繰り返すんだアホガキ!!」
「え?お兄ちゃんは、誰もいないところよりもみんながいるところで言ってもらった方が嬉しいのかなーって思ったんだけど……違うの?」
そうきやがったかぁぁぁぁぁ!!発想がぶっ飛びすぎだこのガキは!!
「おい、ルベルー。こんな女の子に向かって叫ぶなんて、大人げないぞー」
ニヤニヤと隣で笑う奴に便乗して、後ろからも「そうだそうだ!!」「男としてサイテー」などと好き勝手言いたい放題な声が聞こえてくる。
覚えてろよこいつら……
「あぁ、くそ!!エリー、ついてこい!!さっさと準備終わらせるぞ!!」
「え?あ、うん!!」
周りの奴らの誤解はまた後で解くことに決めて、受付まで歩く。
……これ以上、エリーに事態をややこしくされたくはねぇしな。
「来て早々、随分と賑やかな騒ぎようだなぁ、ルベル?」
「うっせぇよ……」
声をかける前からからかいの言葉を入れてくるのは、待機していたギルド受付役のオッサンだった。
名前の方はブラウと言って、坊主でひげ面の、帽子でもかぶせりゃ海賊みてぇな面の人だが、これでも根はまともで気さくなオッサンだ。
……だからまぁ、カティナトのギルドの受付のゴリラに比べりゃ、このオッサンにからかわれた方がずっと気が楽だな、うん。
からかってくるのは変わらねぇから気が重いのには違いねぇけど。
「さっさと本題に入るぞ。このガキ一名、今日の依頼の見学に連れていきたい。オーケイ?」
「このお嬢ちゃんをか?確かに、おめぇさんならいいけどよ……」
通常、冒険者の依頼に何の関係もない一般人が同行するのは許されていない。
だが、ある程度ギルドからの信頼を得た冒険者自身が同行を希望し、かつそれなりの安全を保証された簡単な任務なら、特別に許可をもらう事ができる。
今回俺は、その制度を利用してエリーに仕事を直接体験させてやろう、ということを考えていた。
これなら冒険者の事だってよくわかる上に、その手順を追いながらこいつの動向も観察できるから、一石二鳥だ。
それにしても……あっさり許可をもらえるあたり、こういう時つくづく二年間もこの街で冒険者を真面目にやっていてよかった、と痛感するな……
「珍しいじゃねぇか、ルベル。おめえさんが自分から誰かを誘うなんてよ」
「……色々あったんだよ、色々な」
言いつつ、俺は隣にいるエリーに視線を向ける。
……よし。カウンターは、こいつの身長よりも高い……
それを確認して、俺は備え付けてあったメモ帳とペンを手に取った。
『こいつは、最近起きてた冒険者連続襲撃事件の犯人だ』
「……!!」
オッサンの目が、強く見開かれる。だが、口を開こうとしない辺りは、わざわざメモに書いた俺の気持ちを汲んでもくれているのだろう。
『けど、俺はこいつを捕まえたいとは思わない。だから少しだけ、俺に様子を見させてくれないか?……判断したいんだ、こいつを』
俺の文字を見たオッサンは、少しだけ考えるような仕草をしてから、自分もペンを手にとった。
『ここ二年の様子を見る限り、下らん嘘はついた事がないお前だ。お前がそういうなら……百歩譲って、許可してやってもいいだろう。
だが、万が一何かあった時は――――――どう責任を取るつもりだ?』
カラン、とペンを置いたオッサンは、俺を試すかのように睨み付ける。
……オッサンの言うことは、最もだ。
ギルドの受付を預かる身として、冒険者三人が被害に遭っている奴を、そう簡単に見過ごすことなど出来るわけがない。
けど……俺は、知っている。
このガキの涙と、怒りを。事件を起こした、本当の理由を。
『それは絶対ねぇよ。断言してやる』
だから俺は、挑発するようにそう書いて、突きつけた。
オッサンは、その文面を見てから、俺と視線を交差させる。
「ふっ……ははははは!!」
それから……豪快に、笑い出した。
「おいおい、そう来るかよルベル!!絶対ねぇ、って……そこまで言うなんておめぇさん、何があったんだよ!!」
「……爆笑してんじゃねぇよ」
人の一大決心を小馬鹿にされたようで、何だか癪な気分ではある。
とはいえ、この様子なら許可もいただけそうで、そこは安心だ。
こんな事するぐれぇなら最初から黙っているという選択肢もあるにはあったが……流石に、冒険者数名が被害に遭ってて、今も尚その脅威に怯えてるってのに、報告の一つもしねぇ訳にはいかねぇしな……
「ねぇねぇ、何でそんなに笑ってるの?お兄ちゃん、そんなに変なこと書いたの?」
そこに、見えなくても何かを書いていることだけは理解できていたエリーが、割って入ってくる。
すると、エリーの顔を見て、ニヤリとオッサンは笑う。
……すげぇ嫌な予感。
「いやぁ、すまねぇなお嬢ちゃん……よかったなぁ、お前さんの選んだ男はお前の事が大好きだってよ?」
「おい!?拡大解釈すんなてめぇ!!」
「そうなの?お兄ちゃんって、エリーの事が大好きなの?」
「ガキは好みじゃねぇっつってんだろうが!!」
あぁくそ、嫌な予感ぴったり的中じゃねぇか!!周りの奴らも完全に俺等を見て野次馬状態になってるしよぉ!!
しかし、この場をどう収拾つけるべきか悩んでいる俺の気持ちを無視して、ガキは遠慮無く口を開く。
「じゃあ、お兄ちゃんは……エリーの事、嫌い?」
そう言って俺を見上げるエリーの目は、どこまでも無邪気だった。
……どう答えりゃいいんだ、これ。
少なくとも、ふざけて答えるべきじゃねぇんだろうが……くそ。
「……嫌いだったら、わざわざこんなことしねぇよ」
悩んだ挙げ句、結局こんな言葉しか思いつかなかった。
くそ、後でからかわれるのが目に見えてやがる……
「そっか……お兄ちゃん、エリーの事嫌いじゃないんだ……えへへ……」
だが、俺の予想に反して、周りは何も言ってこない。それだけじゃなく、エリーも何か呟いたっきり黙りこくっちまうぐらいで……
こういう時、こいつの帽子は上から表情を見られなくするから、邪魔に思ってしまう。
「……ほぉ。これが、お前の信じる理由か……」
エリーを見てオッサンは、何かに納得したように頷いた。
「……いいだろう。ほら、ルベル。お前お望みの、お嬢ちゃんも受けられそうな任務だぞ。手続きは済ませてやるから、さっさと行ってこい」
突き出された紙を受け取って、その内容に目を通す。
……なるほど、これは確かにちょうどいいかもな。
「さんきゅーな、オッサン!!よし、行くぞエリー!!」
「行くって……今度は、どこに行くの?」
あぁ、そういやこいつにはまだ依頼内容見せてねぇんだったか……
言ってやらねぇとな。俺とこいつにとっちゃ、縁の深いあの場所だと。
「……山だよ。グランデムとカティナトの間にある、でっけぇ奴だ」
そこは他でもない、俺とエリーが最悪の出会いを果たした場所だった。
山というのは、道を外れて数分歩くだけでも、意外と未開の地になるものだ。
ハーピーなんかに頼んで空から見れば山全体の形を知ることはできるが、その木々の合間に何があるかを探ることまではできない。
いくら隣街まで徒歩一時間でつくような道が開通されていようが、その山だって例外ではなかった。
だからこそ、山の中を歩き、目的のものを探すということだけでも、立派な依頼となりえるのだ。
「えーっと……『薬物の調合に使うマンドラゴラの根っこが足りないので、採ってきていただきたいのです』……」
ある程度道なりに登ってから、整備された山道を外れて歩くこと数分。
先程渡した依頼内容の書かれた紙の内容を読みながら、エリーは獣道を歩く。
俺はその隣に、歩調を合わせながら並んで歩いていた。
「……マンドラゴラの根っこを、持って行くだけ?それだけでいいの?」
若干拍子抜けしたのか、そんなことを言い出す。
こいつの『冒険者』に対する知識なんつーのは、今のところ本だけだ。
その手の本だと、冒険者っつーと盗賊倒したりとか秘境を探検したりとか、そんなことしか書いてねぇだろうからな。
イメージとギャップを感じるのも、しゃーねぇってわけだ。
まぁ……そんなのは、素人考えなんだけどな。
「採るだけつっても、手ぇかかるぜ?例えば……よっと!!」
そう言いつつ片足で踏み込んで、俺は思いっきり足を振り抜く。
「ギャワン!?」
「うえぁっ!?」
その足は、茂みからエリーへ噛みつかんと飛び出してきた野良犬の顎に命中して、綺麗にその顔を蹴り抜いた。
きゃいんきゃいん、と情けねぇ声をあげて、犬はそのまま逃げ出していく。
「……っと、こういう心配もあるってわけだ」
「ふぁぁ……」
その背中を見つめながら、震えるエリー。
どうやら、この任務の危険性はよくわかっていただけたようだ。
「いくら魔物が人に殆ど害をおよぼさなくなったこの時代っつってもな、あぁいう動物はいるんだ。だから、俺等みてーなのが採りに行くんだよ」
「う、うんわかった……エリー、気をつける……」
そう言って、エリーは背中に背負った杖を両手で構える。
……手、震えてんな。ちっと怖がらせすぎたか?
「まぁ、警戒すんのはいいけどよ。お前、今回の目的なんだか忘れてねぇよな?」
緊張をほぐす為にも、ここは歩き出しながら話題を変えてやることにする。
「う、うん!!マンドラゴラの根っこの採取、だよね!!」
「そうだ。マンドラゴラっつーのは、地面に埋まってる魔物なんだが……」
「知ってるよ!!頭についたピンク色の花だけを地面に出して、甘い香りで獲物の男性を誘う植物型の魔物なんだよね!!それで、引っこ抜いちゃうと魔力のこもった悲鳴をあげて男に自分から襲ってもらうんでしょ!!」
「お、おう……よくわかってんじゃねぇか……」
そのためにもマンドラゴラについて説明しようとしたのだが、逆にエリーの方が細かい説明をしてくる始末だった。
こいつ、冒険者については何も知らなかったクセに……
「……あれ?そういえば、エリー達がマンドラゴラ引っこ抜いちゃうと危ないんじゃない?お兄ちゃん、エリーに襲いかかることになっちゃうよ?」
……おい待て、困るどころか嬉しそうにしてるんじゃねぇ。
「あぁ、そうだな。そんなのはゴメンだから、こいつを使うんだ」
ポケットの中に手を突っ込んで、取り出したそれをエリーに見せつける。
「ギルド特製、魔力遮断用の耳栓だ。こいつを耳に入れりゃ、理性が飛んでく事もねぇ」
「魔力を、遮断……?そんなことできるの?」
俺の手の平に転がる耳栓を、エリーは興味深そうに眺める。
「あぁ。そういうこった。だからほれ、こいつを付けて……」
「……ねぇ、何でこんなちっちゃいので遮断できるの?」
「……は?」
唐突に、エリーはそんな質問をぶつけてきた。
「なんでって……んなもん、どうだっていいだろ。これ付けりゃ、マンドラゴラ引っこ抜いても問題ねぇんだからよ」
「どうでもよくなんてないよ!!だって、本当にそうならこれ、すごい技術だよ!?魔力って言うのは一括りにされがちだけど、魔物によって性質が全然違うんだもん!!だから、魔力の成分に関する研究は今でも人魔物を問わず多くの人材が派遣されているんだけど解明されていないメカニズムもまだまだ多くて、研究者の間では魔力って言う言葉の定義自体を変えなきゃいけないんじゃないかって意見もあるぐらいなの!!それなのに、マンドラゴラの魔力だけを都合良く遮断するなんて……!!」
「わーったわーった!!俺が悪かった!!」
途中で頭が痛くなって、語りに熱のこもったエリーを慌てて止める。
「俺も詳しくは知らねぇんだよ!!後で調べてやるから、それで勘弁しろ!!」
「……むー、そうなの?わかった……けど、後で教えてね?」
「はいはい……」
どうやら本当に知りたがっていたらしく、俺の言葉に残念そうに頬を膨らませながらもエリーはその耳栓を小さな手の中に受け取る。
さっきから思ってたが……どういう頭の作りしてんだ、こいつ?
冒険者どころか酒場すらわかんなかったのに、魔力やら魔物やらに関してはやたらと詳しいなんてよ……
「……さっきのは、買った本に載ってた知識か?」
少し悩んだが、結局ストレートに尋ねてみることにした。
「ううん、違うよ?今のはね、サバトで読んだ本に書いてあったの!!」
「はぁ……サバトでねぇ……」
そういや、魔女だったかこいつ。
「うん!!エリー、サバトでいっぱい本読んで、いろんな事をお勉強してたの!!」
「それでずっと引きこもってた、と……」
……まぁそういうことなら、やたら知識が偏ってることも納得だな。
「……でも、何でそんな勉強ばっかしてたんだよ?バフォメットに命令でもされたのか?」
小さい頃から勉強するよか体を動かす方が好きだった俺からすれば、理解できないものだった。
だから、サバトの長であるバフォメットによる命令という、最も納得できる理屈をそれをそのまま口に出しただけだったのだが……失言だったらしく、エリーは頬を膨らませた。
「むぅ、バフォメットなんて関係ないよ!!エリーが勉強してたのは、面白いからだもん!!」
「面白いからぁ?勉強がかぁ?」
「うん!!知らない事がわかっていくのが、すっごくワクワクするの!!魔王様の成り立ちのこととか、魔術の事とか……まだまだエリーの知らないことが、この世界にはいーっぱいあるんだよ!!」
俺を見上げながら、エリーは楽しそうに語る。
ワクワク……ね。
こんな明るく言われると、本当にそんな風に思えてしまいそうだから、不思議なもんだな。
「特に、魔術の勉強は楽しかったよ!!基礎構造理論から始まる術式の組み立て方は解けた時面白かったし、詠唱が必要な呪文の文法を覚えるのも楽しかった!!後、四大元素の混合比率による属性の変化とか、魔力の変換効率を体に覚え込ませる事なんかも……」
「……人間の言葉で喋ってくんねぇか?」
訂正、やっぱり勉強なんぞ嫌いだ。
「えっ?エリー、人間の言葉で喋ってるよ?」
「悪かったなぁ、生憎俺は魔法なんぞちっとも詳しくねぇんだよ」
少し皮肉を込めて返事してやると、またしてもエリーの頬は膨らんだ。
……また地雷でも踏んじまったか?けど、今の内容のどこで……
「むぅ、お兄ちゃんそれ違うー!!エリーが説明してたのは魔術!!魔法なんかじゃないもん!!」
「はぁ?どっちも同じもんじゃねぇのか?」
「全然違うよ!! 魔術っていうのは『魔』力によって用いられる技『術』のことで、魔法っていうのは『魔』、つまり不可思議な現象によって定められた『法』則なの!!同じ『魔』でも全然意味は違ってて、理論さえ覚えれば魔術は誰にでも使えるけど、魔法っていうのは使う人によって効果も発動条件も全く異なった物になるのー!!」
「はー……知らんかったー……」
今度はなんとか納得できる説明だったので、それを披露したエリーの知識に素直に感心する。
勉強ばっかしてた、ていうさっきの台詞は伊達じゃねぇ訳だな。
「もう……こんなの常識だよぉ……」
勉強不足なのは事実だから、返す言葉がねぇ……
ただ、一つだけこいつに言いてぇ。
会って初っぱなから炎ぶっ飛ばしてきたてめぇが常識語るか?
「……んぅ?」
その時、エリーと俺が鼻をひくつかせるのは、殆ど同時だった。
「この匂い……これって、もしかして……!!」
「あぁ、間違いねぇ。……あれだな」
その香りは、理解していても惹きつけられちまう程強烈で、かといって鼻を痛めるようなものではない、絶妙な甘さ。
放っているのは、俺とエリーの目線の先にあるピンクの花だった。
「あれがマンドラゴラ……!!この耳栓つけてれば、発情の心配はないんだよね?」
「あぁ、けどそいつは……」
「エリーに任せて!!すぐ抜いてくるね!!」
「あ、おい待て!!」
初めてマンドラゴラを見つけてよっぽど興奮しているのか、とてとてとエリーは走り出してしまった。
あのガキ……俺はまだ、説明してない事があるっつーのに……!!
「その耳栓は……!!」
「うん……しょっと!!」
だが、人間に優しくなるようにできている魔物だけあって、無情にもエリーの力でもマンドラゴラはたやすく引っこ抜けてちまって……!!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
キーン……
身構えていた俺でさえ五月蠅く感じる甲高い声が、山の中にこだました。
エリーは、というと。
「ふや……ぁ……」
間近でマンドラゴラの絶叫を聞いてしまったせいで、目を回していた。
「なん、で……エリー、ちゃんと耳栓、してたよ……」
「……その耳栓な、魔力『だけ』しか遮断しねぇんだよ。だから、最初はすぐに耳塞げるようにしとけって言おうとしたっつーのに……」
音を消さねぇ耳栓っつーのも不思議なもんだが、実際そうなのだからしょうがない。
まぁ、マンドラゴラの魔力を消せるなんて都合の良すぎるアイテムなのだから、そのぐらいでちょうどいいんじゃねぇのか、と思うのだが。
「先に、言ってよ……きゅぅ」
そこで、エリーは地面にばったりと倒れてしまう。
「……だから、先に突っ走ったのはてめぇだろうがよ」
目を回して倒れている魔女と、その隣でおろおろとしているマンドラゴラ。
二人のガキを見下ろしながら、早くも先行きが不安な現状に俺は溜息をつくのだった。
炎を避けたのは、あの人が初めてだった。
だから、私を睨んで怒鳴りつけるあの人の事が、ひたすら怖かった。
それから色々と作戦を実行したけれど、どう頑張ってもあの人に炎は当たらなくて、恐怖ばかりが増していって。
でも、あの人は最後、私の炎を避けなかった。
自分の身体を投げ出してまで、私の誤解を解いてくれた。
ルベルクス=リーク……あの人の名前。
私の全てを、変えてくれた人の名前。
……あれから私は、冒険者というものが何なのか、自分なりに調べてみた。
冒険者――――未開の地を旅し、道なき道を切り開き、街の人の助けになる、そんな人達。
それを知った時は、今更ながらに自分がとんでもない勘違いをしていたことに気付いて、頭が真っ白になったものだ。
……だからだったのだろうか。
全てを吹き飛ばすような、あの人の笑顔を思い出したのは。
知らなきゃいけないって、思った。
冒険者のことを、あの人のことを、もっともっと。
それが……私が傷つけた人達にできる、せめてもの贖罪だって、思うから。
けれど、あの人は私の話を聞いてくれるのだろうか。
他でもない、この手でその身を燃やした私の言うことを。
……それならば、せめてあの人が喜ぶことをするべきなのかしら。
でも、どうすれば喜んでくれるのだろう……男の人が、喜ぶ事……
……お嫁さん、とか?
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「アホか!!却下に決まってんだろうがそんなもん!!」
とりあえず昨日の事を思い出してみた結果、こういう結論に至る。
つうか……思い出してみても結局、こいつが何でこんなこと言い出したのか、何もわかんねぇよ!!
どうやったらあそこから「お兄ちゃんのお嫁さんになりにきたの♪」なんて台詞が飛び出すんだこいつの頭の中は!!
「え……なんで?お兄ちゃん、嬉しくないの?」
だが、こいつはそれを聞いても納得するどころか、首を傾げるだけ。
これだから、ガキの相手はめんどくせぇ……!!
「つい先日俺目がけて炎ぶっ飛ばしたばっかのガキに求婚されて喜ぶ奴がいんのか?あ?」
「あ、えっと……それは、ごめんなさい……」
睨みを利かせてやると、流石に反省しているらしく目を逸らしながらも謝罪の言葉を告げるガキこと、エリー。
つってもまぁ……それに関して言えば、本当はそれ程気にしちゃいねぇけどな。
被害者も意識不明ってだけで生きてはいるし、俺だってこの通り数日ですっかり元の調子に戻れてはいるのだ。
いつまでも根に持つほどの事じゃねぇ、とは思う。
「……んで?求婚しにきただけならもう帰れ」
「ち、違うよぉ!!エリーは、お兄ちゃんにお願いがあってきたの!!」
とはいえ、用事が無いなら好き好んでガキと絡みたいわけでもないので早々にお帰り願おうと思ったのだが、どうやらこいつの用事はそれだけではなかったらしい。
「お兄ちゃんに、教えて欲しいの!!『冒険者』さんの事!!」
「……はぁ?」
それで、わざわざ俺を頼ったっつーことか?理解できねぇこともねぇけど、他にやりようなんぞいくらでもあるだろ。
例えば……
「そんなら、俺に頼るよか先に本屋にでも行ったらどうだ?そっちの方が、よっぽど為になると思うぜ?」
「もう行って、本なら沢山買ったもん!!『冒険者』って言うのは、街の人の依頼を解決してギルドからお金を貰って生活する人でしょ!!」
このガキの言うことは、確かに冒険者の定義からすれば何も間違っていなかった。
本当に、勉強したのだろう。だが、俺にはそんなことは、今はどうでもいい。
「……そこの本はやっぱりてめぇかぁぁぁぁ!!」
そう言って俺が指差すのは、玄関の扉を開けた瞬間に目に入った物。
……俺の身長より少し低いぐらいの高さまで積み重なった、山積みの本。
『冒険者入門〜これで君も、明日から冒険者だ!!〜』『〜麗光〜伝説の冒険者の記録』『グランデム史伝〜冒険者ギルドができるまで〜』……どれもこれも、冒険者絡みの本である。
俺自身でそれらの本を買った覚えはねぇから、当然犯人はこいつしかいない訳だ。
「だってお兄ちゃんを玄関で待ってるの、退屈だったんだもん……」
「そもそも不法侵入だろうがてめぇはよぉ!!」
他人の家に無断侵入した挙げ句散らかすとかどんな神経してんだこいつは!?
「むぅ、せっかくお兄ちゃん喜ぶと思ってエリーずっと待ってたんだよ……?……って、あいたたたたた!!痛い痛い痛い!!」
「可愛く言えば許すとでも思ってんじゃねぇぞ、クソガキが!!」
むかついたので帽子越しに頭を掴んで、潰す勢いで握りしめてやった。
「それに、どっから入りやがったんだてめぇ!!」
「痛い痛い痛い!!ま、窓からだよぉ!!」
「窓ぉ?ふざけたこと言ってんじゃねぇぞ。俺が行く前に戸締まりぐらいしてねぇわけねぇだろ」
「本当だもん!!エリー窓から入ってきたんだよ!!」
ガキはそう主張するが、そんなのはあり得ねぇ。
最初はぶち破ってきたのかと思ったが、我が家を外から見た時にこいつの侵入に気付くような明らかな異変はなかったから違ぇだろうし、かといって行く前の戸締まりは日課だから鍵は閉まってたはずだ。
……いや、そういえば……あの日はめんどくさがって、2階の方は確認してなかったような……まさか……
「……なぁ、お前何階の窓から入ってきやがった?」
「え?2階からだよ!!」
……そのまさかだったかチクショウ。
今後は2階の戸締まりも忘れねぇようにしねぇと……ん?
「……どうやって入りやがった?梯子使ったってわけじゃねぇよな?」
そんなもん外には置いてなかったし、あの時のジャンプする魔法?じゃあガラスに激突して終わりだろうしな。
「それはね、これだよ!!」
俺の手から離れたエリーがとてとてと歩いていくと、この家のものではない小さな箒を手にとって見せびらかしてくる。
「これでね、ビュンってお空を飛んできたんだよ!!」
箒で空を飛ぶ、って……あぁ。こいつ、魔女か。
ガキの姿で男を誘ってサバトに呼び寄せては黒ミサと言う名の乱交パーティでロリコンにするっつー……
「……なるほどな」
目は赤い割に他の魔物らしい見た目の特徴が見当たらねぇなとは思っていたが、道理でな……
「ついでに聞くけどよ……どうやって俺ん家まで来やがった?」
「え?だってお兄ちゃん、『ルベルクス=リーク』ってお名前なんでしょ?だから、この街の人に名前聞いたら、すぐに教えてくれたの!!」
「あぁ、そうかよ……」
……もう二度と、戦ってる最中に名乗ったりしねぇ。
「はぁ……とりあえずよ、事情は大体分かった……」
大体が俺の不手際だっつーことも含めて、よくな……
……しかしまぁ、どうすっかねコイツ。
ガキの世話なんて面倒くせぇし、正直放っておきたい気持ちもあるが……それ以上に、このガキは放っておくと何しでかすかわかんねぇところがある。
現状、不法侵入を許してしまっているのが良い例だ。
「要するに、てめーは冒険者のこと、もっと知りたいってことでいいんだな?」
「うん!!」
つまりは、だ。
「そんなら……せっかくだ、教えてやるよ。冒険者っつーのがなんなのか、俺がたっぷりわからせてやる」
……結局、俺が様子を見るのが一番、っつー訳だ。
「本当!?わぁい、ありがとうお兄ちゃん!!」
それを聞いて、無邪気に俺を見上げてガキ……エリーは、笑う。
その表情は、別に幼女趣味なんぞはねぇ俺でも素直に可愛いと思えるような、そんな明るい顔。
なんだ……こんな顔も、できるんじゃねぇか。
会った時の睨まれた印象が強かったが、こうしてみるとやはり見た目相応の子供だ。
まぁ……たまにはガキに付き合うのも、悪くねぇのかもな。
「そーいや、てめぇの名前、まだ聞いてなかったな。エリー、ってのが名前なのか?」
「うん!!本当は、エリーネラ=レンカートって言う名前なんだけど……呼ぶ時はエリーでいいよ、お兄ちゃん!!」
「おう。っつか、俺も呼ぶ時はルベルで構わねぇぞ。お兄ちゃんなんて呼ばれるより、そっちの方がしっくりくるしな」
「うん、わかったよお兄ちゃん!!」
「話聞いてたかてめぇ!?」
前言撤回。やっぱりこいつ、面倒くせぇ……
「ねぇねぇお兄ちゃん……ここ、何?」
エリーが疑問符を浮かべながら見ているその建物は、そこは俺にとっては何よりもなじみ深い場所であった。
――――冒険者ギルド。
冒険者たる者、依頼を受けないと食い扶持を稼ぐことなどできない。
だから、冒険者へと向けた依頼を受注できるこの場所は、俺にとって全ての中心となるといっても過言ではない。
「ここが冒険者ギルドって奴だ。俺達はここで、依頼を受けてこなしていくんだ」
「ここが……へぇ……!!」
その名前を聞いた瞬間エリーは、興味津々になってそれを隅々まで見渡そうと視線を巡らす。
「……見るの初めてなのか?ギルドってついちゃいるが見た目なんて、その辺の酒場と変わんねぇだろ?」
「……さかば?さかばって、なぁに?」
「そっからかよ!?」
そんな様子を見て、ふと湧いた疑問をぶつけて見ると、予想を超える答えが返ってきた。
そういやこいつ、冒険者もろくに知らなかったんだったか……どんな教育受けてきたんだコイツ。
「まぁいい、さっさと入るぞ。ほら、ついてこいエリー」
「え?エリー、入っていいの?」
「何の為にてめぇを連れてきたと思ってんだよ。冒険者がなんなのかわからせてやるって言ったろーが」
「やったぁ!!ありがとう、お兄ちゃん!!」
俺としちゃ大したことのつもりでもなかったが、エリーはそれでも喜んで俺の後についてくる。
まったく、こんな些細な事で大喜びとはな……扱いやすいんだか、にくいんだかわかんねぇ奴だ。
俺はそんな風に思いながらも、冒険者専用の酒場へと通じる扉に手をかけて、そっと力を入れた。
さっきエリーにも言ったが、冒険者ギルドなんて言っても内装はその辺の酒場とそう変わったものではない。
木製のテーブルとチェアが数個、それとそこに腰掛けて酒を嗜む奴ら。
昼間だから、せいぜい三、四人ってところか。
まぁ……普通の酒場と違って、それが全員俺と同じ冒険者だったりするわけだが。
「お、ルベルじゃねぇか!!その女の子、どうしたんだ?」
中に入るなり、顔見知りの冒険者が気さくに声をかけてくる。
基本的には仲が良いのが、グランデムの街の冒険者なんだよな。
しかし……こいつの説明、どうすっか。
馬鹿正直に言うのもどうかと思うし……よし、ここは親戚っつー路線で行くか。
「あー、こいつはエリーネラ=レンカートっつって、俺のオヤジの……」
ところが、俺の脳内で三秒で描いたプランは、無邪気な声により一瞬にしてかき消された。
「お嫁さん!!エリーはね、お兄ちゃんのお嫁さんなんだよ!!」
……酒場にその声が響き渡ると、一瞬空気が固まって。
「お、お前……モテないからって、ついにこんな女の子にまで手を……」
「どういう意味だコラァ!!」
向こうのテーブルを見てみると、ひそひそと「あぁ、あいつも遂におしまいだな……」「私はデート誘われないで済むからいいけどね……」などと話す声も聞こえてくる。
……泣いていいか、これ?
「お兄ちゃん、どうしてそんな顔してるの?」
「てめぇのせいだクソガキぃぃぃぃぃ!!」
そして、自分から爆弾を放り込んだにもかかわらず、ぬけぬけと心配してくるエリーに腹の底から叫ぶ。
「つーかさっき嬉しくもなんともねぇっつたよな!?だっつーのに、何でよりにもよってこんなとこで繰り返すんだアホガキ!!」
「え?お兄ちゃんは、誰もいないところよりもみんながいるところで言ってもらった方が嬉しいのかなーって思ったんだけど……違うの?」
そうきやがったかぁぁぁぁぁ!!発想がぶっ飛びすぎだこのガキは!!
「おい、ルベルー。こんな女の子に向かって叫ぶなんて、大人げないぞー」
ニヤニヤと隣で笑う奴に便乗して、後ろからも「そうだそうだ!!」「男としてサイテー」などと好き勝手言いたい放題な声が聞こえてくる。
覚えてろよこいつら……
「あぁ、くそ!!エリー、ついてこい!!さっさと準備終わらせるぞ!!」
「え?あ、うん!!」
周りの奴らの誤解はまた後で解くことに決めて、受付まで歩く。
……これ以上、エリーに事態をややこしくされたくはねぇしな。
「来て早々、随分と賑やかな騒ぎようだなぁ、ルベル?」
「うっせぇよ……」
声をかける前からからかいの言葉を入れてくるのは、待機していたギルド受付役のオッサンだった。
名前の方はブラウと言って、坊主でひげ面の、帽子でもかぶせりゃ海賊みてぇな面の人だが、これでも根はまともで気さくなオッサンだ。
……だからまぁ、カティナトのギルドの受付のゴリラに比べりゃ、このオッサンにからかわれた方がずっと気が楽だな、うん。
からかってくるのは変わらねぇから気が重いのには違いねぇけど。
「さっさと本題に入るぞ。このガキ一名、今日の依頼の見学に連れていきたい。オーケイ?」
「このお嬢ちゃんをか?確かに、おめぇさんならいいけどよ……」
通常、冒険者の依頼に何の関係もない一般人が同行するのは許されていない。
だが、ある程度ギルドからの信頼を得た冒険者自身が同行を希望し、かつそれなりの安全を保証された簡単な任務なら、特別に許可をもらう事ができる。
今回俺は、その制度を利用してエリーに仕事を直接体験させてやろう、ということを考えていた。
これなら冒険者の事だってよくわかる上に、その手順を追いながらこいつの動向も観察できるから、一石二鳥だ。
それにしても……あっさり許可をもらえるあたり、こういう時つくづく二年間もこの街で冒険者を真面目にやっていてよかった、と痛感するな……
「珍しいじゃねぇか、ルベル。おめえさんが自分から誰かを誘うなんてよ」
「……色々あったんだよ、色々な」
言いつつ、俺は隣にいるエリーに視線を向ける。
……よし。カウンターは、こいつの身長よりも高い……
それを確認して、俺は備え付けてあったメモ帳とペンを手に取った。
『こいつは、最近起きてた冒険者連続襲撃事件の犯人だ』
「……!!」
オッサンの目が、強く見開かれる。だが、口を開こうとしない辺りは、わざわざメモに書いた俺の気持ちを汲んでもくれているのだろう。
『けど、俺はこいつを捕まえたいとは思わない。だから少しだけ、俺に様子を見させてくれないか?……判断したいんだ、こいつを』
俺の文字を見たオッサンは、少しだけ考えるような仕草をしてから、自分もペンを手にとった。
『ここ二年の様子を見る限り、下らん嘘はついた事がないお前だ。お前がそういうなら……百歩譲って、許可してやってもいいだろう。
だが、万が一何かあった時は――――――どう責任を取るつもりだ?』
カラン、とペンを置いたオッサンは、俺を試すかのように睨み付ける。
……オッサンの言うことは、最もだ。
ギルドの受付を預かる身として、冒険者三人が被害に遭っている奴を、そう簡単に見過ごすことなど出来るわけがない。
けど……俺は、知っている。
このガキの涙と、怒りを。事件を起こした、本当の理由を。
『それは絶対ねぇよ。断言してやる』
だから俺は、挑発するようにそう書いて、突きつけた。
オッサンは、その文面を見てから、俺と視線を交差させる。
「ふっ……ははははは!!」
それから……豪快に、笑い出した。
「おいおい、そう来るかよルベル!!絶対ねぇ、って……そこまで言うなんておめぇさん、何があったんだよ!!」
「……爆笑してんじゃねぇよ」
人の一大決心を小馬鹿にされたようで、何だか癪な気分ではある。
とはいえ、この様子なら許可もいただけそうで、そこは安心だ。
こんな事するぐれぇなら最初から黙っているという選択肢もあるにはあったが……流石に、冒険者数名が被害に遭ってて、今も尚その脅威に怯えてるってのに、報告の一つもしねぇ訳にはいかねぇしな……
「ねぇねぇ、何でそんなに笑ってるの?お兄ちゃん、そんなに変なこと書いたの?」
そこに、見えなくても何かを書いていることだけは理解できていたエリーが、割って入ってくる。
すると、エリーの顔を見て、ニヤリとオッサンは笑う。
……すげぇ嫌な予感。
「いやぁ、すまねぇなお嬢ちゃん……よかったなぁ、お前さんの選んだ男はお前の事が大好きだってよ?」
「おい!?拡大解釈すんなてめぇ!!」
「そうなの?お兄ちゃんって、エリーの事が大好きなの?」
「ガキは好みじゃねぇっつってんだろうが!!」
あぁくそ、嫌な予感ぴったり的中じゃねぇか!!周りの奴らも完全に俺等を見て野次馬状態になってるしよぉ!!
しかし、この場をどう収拾つけるべきか悩んでいる俺の気持ちを無視して、ガキは遠慮無く口を開く。
「じゃあ、お兄ちゃんは……エリーの事、嫌い?」
そう言って俺を見上げるエリーの目は、どこまでも無邪気だった。
……どう答えりゃいいんだ、これ。
少なくとも、ふざけて答えるべきじゃねぇんだろうが……くそ。
「……嫌いだったら、わざわざこんなことしねぇよ」
悩んだ挙げ句、結局こんな言葉しか思いつかなかった。
くそ、後でからかわれるのが目に見えてやがる……
「そっか……お兄ちゃん、エリーの事嫌いじゃないんだ……えへへ……」
だが、俺の予想に反して、周りは何も言ってこない。それだけじゃなく、エリーも何か呟いたっきり黙りこくっちまうぐらいで……
こういう時、こいつの帽子は上から表情を見られなくするから、邪魔に思ってしまう。
「……ほぉ。これが、お前の信じる理由か……」
エリーを見てオッサンは、何かに納得したように頷いた。
「……いいだろう。ほら、ルベル。お前お望みの、お嬢ちゃんも受けられそうな任務だぞ。手続きは済ませてやるから、さっさと行ってこい」
突き出された紙を受け取って、その内容に目を通す。
……なるほど、これは確かにちょうどいいかもな。
「さんきゅーな、オッサン!!よし、行くぞエリー!!」
「行くって……今度は、どこに行くの?」
あぁ、そういやこいつにはまだ依頼内容見せてねぇんだったか……
言ってやらねぇとな。俺とこいつにとっちゃ、縁の深いあの場所だと。
「……山だよ。グランデムとカティナトの間にある、でっけぇ奴だ」
そこは他でもない、俺とエリーが最悪の出会いを果たした場所だった。
山というのは、道を外れて数分歩くだけでも、意外と未開の地になるものだ。
ハーピーなんかに頼んで空から見れば山全体の形を知ることはできるが、その木々の合間に何があるかを探ることまではできない。
いくら隣街まで徒歩一時間でつくような道が開通されていようが、その山だって例外ではなかった。
だからこそ、山の中を歩き、目的のものを探すということだけでも、立派な依頼となりえるのだ。
「えーっと……『薬物の調合に使うマンドラゴラの根っこが足りないので、採ってきていただきたいのです』……」
ある程度道なりに登ってから、整備された山道を外れて歩くこと数分。
先程渡した依頼内容の書かれた紙の内容を読みながら、エリーは獣道を歩く。
俺はその隣に、歩調を合わせながら並んで歩いていた。
「……マンドラゴラの根っこを、持って行くだけ?それだけでいいの?」
若干拍子抜けしたのか、そんなことを言い出す。
こいつの『冒険者』に対する知識なんつーのは、今のところ本だけだ。
その手の本だと、冒険者っつーと盗賊倒したりとか秘境を探検したりとか、そんなことしか書いてねぇだろうからな。
イメージとギャップを感じるのも、しゃーねぇってわけだ。
まぁ……そんなのは、素人考えなんだけどな。
「採るだけつっても、手ぇかかるぜ?例えば……よっと!!」
そう言いつつ片足で踏み込んで、俺は思いっきり足を振り抜く。
「ギャワン!?」
「うえぁっ!?」
その足は、茂みからエリーへ噛みつかんと飛び出してきた野良犬の顎に命中して、綺麗にその顔を蹴り抜いた。
きゃいんきゃいん、と情けねぇ声をあげて、犬はそのまま逃げ出していく。
「……っと、こういう心配もあるってわけだ」
「ふぁぁ……」
その背中を見つめながら、震えるエリー。
どうやら、この任務の危険性はよくわかっていただけたようだ。
「いくら魔物が人に殆ど害をおよぼさなくなったこの時代っつってもな、あぁいう動物はいるんだ。だから、俺等みてーなのが採りに行くんだよ」
「う、うんわかった……エリー、気をつける……」
そう言って、エリーは背中に背負った杖を両手で構える。
……手、震えてんな。ちっと怖がらせすぎたか?
「まぁ、警戒すんのはいいけどよ。お前、今回の目的なんだか忘れてねぇよな?」
緊張をほぐす為にも、ここは歩き出しながら話題を変えてやることにする。
「う、うん!!マンドラゴラの根っこの採取、だよね!!」
「そうだ。マンドラゴラっつーのは、地面に埋まってる魔物なんだが……」
「知ってるよ!!頭についたピンク色の花だけを地面に出して、甘い香りで獲物の男性を誘う植物型の魔物なんだよね!!それで、引っこ抜いちゃうと魔力のこもった悲鳴をあげて男に自分から襲ってもらうんでしょ!!」
「お、おう……よくわかってんじゃねぇか……」
そのためにもマンドラゴラについて説明しようとしたのだが、逆にエリーの方が細かい説明をしてくる始末だった。
こいつ、冒険者については何も知らなかったクセに……
「……あれ?そういえば、エリー達がマンドラゴラ引っこ抜いちゃうと危ないんじゃない?お兄ちゃん、エリーに襲いかかることになっちゃうよ?」
……おい待て、困るどころか嬉しそうにしてるんじゃねぇ。
「あぁ、そうだな。そんなのはゴメンだから、こいつを使うんだ」
ポケットの中に手を突っ込んで、取り出したそれをエリーに見せつける。
「ギルド特製、魔力遮断用の耳栓だ。こいつを耳に入れりゃ、理性が飛んでく事もねぇ」
「魔力を、遮断……?そんなことできるの?」
俺の手の平に転がる耳栓を、エリーは興味深そうに眺める。
「あぁ。そういうこった。だからほれ、こいつを付けて……」
「……ねぇ、何でこんなちっちゃいので遮断できるの?」
「……は?」
唐突に、エリーはそんな質問をぶつけてきた。
「なんでって……んなもん、どうだっていいだろ。これ付けりゃ、マンドラゴラ引っこ抜いても問題ねぇんだからよ」
「どうでもよくなんてないよ!!だって、本当にそうならこれ、すごい技術だよ!?魔力って言うのは一括りにされがちだけど、魔物によって性質が全然違うんだもん!!だから、魔力の成分に関する研究は今でも人魔物を問わず多くの人材が派遣されているんだけど解明されていないメカニズムもまだまだ多くて、研究者の間では魔力って言う言葉の定義自体を変えなきゃいけないんじゃないかって意見もあるぐらいなの!!それなのに、マンドラゴラの魔力だけを都合良く遮断するなんて……!!」
「わーったわーった!!俺が悪かった!!」
途中で頭が痛くなって、語りに熱のこもったエリーを慌てて止める。
「俺も詳しくは知らねぇんだよ!!後で調べてやるから、それで勘弁しろ!!」
「……むー、そうなの?わかった……けど、後で教えてね?」
「はいはい……」
どうやら本当に知りたがっていたらしく、俺の言葉に残念そうに頬を膨らませながらもエリーはその耳栓を小さな手の中に受け取る。
さっきから思ってたが……どういう頭の作りしてんだ、こいつ?
冒険者どころか酒場すらわかんなかったのに、魔力やら魔物やらに関してはやたらと詳しいなんてよ……
「……さっきのは、買った本に載ってた知識か?」
少し悩んだが、結局ストレートに尋ねてみることにした。
「ううん、違うよ?今のはね、サバトで読んだ本に書いてあったの!!」
「はぁ……サバトでねぇ……」
そういや、魔女だったかこいつ。
「うん!!エリー、サバトでいっぱい本読んで、いろんな事をお勉強してたの!!」
「それでずっと引きこもってた、と……」
……まぁそういうことなら、やたら知識が偏ってることも納得だな。
「……でも、何でそんな勉強ばっかしてたんだよ?バフォメットに命令でもされたのか?」
小さい頃から勉強するよか体を動かす方が好きだった俺からすれば、理解できないものだった。
だから、サバトの長であるバフォメットによる命令という、最も納得できる理屈をそれをそのまま口に出しただけだったのだが……失言だったらしく、エリーは頬を膨らませた。
「むぅ、バフォメットなんて関係ないよ!!エリーが勉強してたのは、面白いからだもん!!」
「面白いからぁ?勉強がかぁ?」
「うん!!知らない事がわかっていくのが、すっごくワクワクするの!!魔王様の成り立ちのこととか、魔術の事とか……まだまだエリーの知らないことが、この世界にはいーっぱいあるんだよ!!」
俺を見上げながら、エリーは楽しそうに語る。
ワクワク……ね。
こんな明るく言われると、本当にそんな風に思えてしまいそうだから、不思議なもんだな。
「特に、魔術の勉強は楽しかったよ!!基礎構造理論から始まる術式の組み立て方は解けた時面白かったし、詠唱が必要な呪文の文法を覚えるのも楽しかった!!後、四大元素の混合比率による属性の変化とか、魔力の変換効率を体に覚え込ませる事なんかも……」
「……人間の言葉で喋ってくんねぇか?」
訂正、やっぱり勉強なんぞ嫌いだ。
「えっ?エリー、人間の言葉で喋ってるよ?」
「悪かったなぁ、生憎俺は魔法なんぞちっとも詳しくねぇんだよ」
少し皮肉を込めて返事してやると、またしてもエリーの頬は膨らんだ。
……また地雷でも踏んじまったか?けど、今の内容のどこで……
「むぅ、お兄ちゃんそれ違うー!!エリーが説明してたのは魔術!!魔法なんかじゃないもん!!」
「はぁ?どっちも同じもんじゃねぇのか?」
「全然違うよ!! 魔術っていうのは『魔』力によって用いられる技『術』のことで、魔法っていうのは『魔』、つまり不可思議な現象によって定められた『法』則なの!!同じ『魔』でも全然意味は違ってて、理論さえ覚えれば魔術は誰にでも使えるけど、魔法っていうのは使う人によって効果も発動条件も全く異なった物になるのー!!」
「はー……知らんかったー……」
今度はなんとか納得できる説明だったので、それを披露したエリーの知識に素直に感心する。
勉強ばっかしてた、ていうさっきの台詞は伊達じゃねぇ訳だな。
「もう……こんなの常識だよぉ……」
勉強不足なのは事実だから、返す言葉がねぇ……
ただ、一つだけこいつに言いてぇ。
会って初っぱなから炎ぶっ飛ばしてきたてめぇが常識語るか?
「……んぅ?」
その時、エリーと俺が鼻をひくつかせるのは、殆ど同時だった。
「この匂い……これって、もしかして……!!」
「あぁ、間違いねぇ。……あれだな」
その香りは、理解していても惹きつけられちまう程強烈で、かといって鼻を痛めるようなものではない、絶妙な甘さ。
放っているのは、俺とエリーの目線の先にあるピンクの花だった。
「あれがマンドラゴラ……!!この耳栓つけてれば、発情の心配はないんだよね?」
「あぁ、けどそいつは……」
「エリーに任せて!!すぐ抜いてくるね!!」
「あ、おい待て!!」
初めてマンドラゴラを見つけてよっぽど興奮しているのか、とてとてとエリーは走り出してしまった。
あのガキ……俺はまだ、説明してない事があるっつーのに……!!
「その耳栓は……!!」
「うん……しょっと!!」
だが、人間に優しくなるようにできている魔物だけあって、無情にもエリーの力でもマンドラゴラはたやすく引っこ抜けてちまって……!!
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
キーン……
身構えていた俺でさえ五月蠅く感じる甲高い声が、山の中にこだました。
エリーは、というと。
「ふや……ぁ……」
間近でマンドラゴラの絶叫を聞いてしまったせいで、目を回していた。
「なん、で……エリー、ちゃんと耳栓、してたよ……」
「……その耳栓な、魔力『だけ』しか遮断しねぇんだよ。だから、最初はすぐに耳塞げるようにしとけって言おうとしたっつーのに……」
音を消さねぇ耳栓っつーのも不思議なもんだが、実際そうなのだからしょうがない。
まぁ、マンドラゴラの魔力を消せるなんて都合の良すぎるアイテムなのだから、そのぐらいでちょうどいいんじゃねぇのか、と思うのだが。
「先に、言ってよ……きゅぅ」
そこで、エリーは地面にばったりと倒れてしまう。
「……だから、先に突っ走ったのはてめぇだろうがよ」
目を回して倒れている魔女と、その隣でおろおろとしているマンドラゴラ。
二人のガキを見下ろしながら、早くも先行きが不安な現状に俺は溜息をつくのだった。
13/09/22 11:24更新 / たんがん
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