後編
触手の森。
魔力を与えられた土から産み出される触手植物が、何らかの原因で与えられた大量の魔力によって群生するようになった魔性の森のことである。
旧世代における触手とは、男は食らいつくして、女は犯して孕ませる凶悪なものであったが、魔王が代替わりしたこの時代においては、その習性も快楽を与えて魔力を啜る、比較的大人しいものへと変化している。
宗教国家レスカティエ教国は、優秀な勇者を多数輩出することでその名を諸国に知らしめていた一方で、周囲を森に囲まれた『閉じられた国家』として、他の国に対して排他的なことでも有名であった。
その国が魔界化してしまったことで、国から漏れ出る魔力を浴び続けた森は、全て触手の森と化してしまったのである。
エルダの部隊は、その森を平然と通過していた。
だがそれは、皮肉な事に部隊が追い詰められた一因である彼等の装備、魔硝石で出来た鎧が魔力を打ち消し、触手が彼等の存在を察知できなくなったおかげである。
だが、今のエルダは事情が違う。
鎧を脱ぎ捨て、レスカティエを走り続けた彼の体には、本人に自覚はないが今や多量の魔力が纏わりつき、彼の身体を少しずつ作り替えている。
触手の側からすれば、生身で魔力をたっぷり纏ってやってきた彼は、正にご馳走であった。
それ故にエルダは狙われ、こうして捕らわれてしまったのである。
「殺すなら…さっさと殺せ…!!」
触手の生態系に関して無知なエルダは、にじり寄って来る触手に殺そうという意志が無いことを知らず、憎々しげに吐き捨てる。
身に纏う物を全て剥ぎ取られ、手足を縛り付けられて地面に磔にされる屈辱極まりない格好になっても、まだエルダの中には騎士としての誇りが残っていた。
だからこそ彼は、敵の手に落ちて無様に生き延びるぐらいなら、誇り高い死を選ぶ。
「どうした、まさか怖じ気づいたのもがっ……!?」
しかし、触手はそんな事などお構いなしに、自身の本能のままエルダの口の中へと一本の身体を潜らせた。
(く、身体の中へ入る気ですか……!?)
口の中でなまめかしく動くその異物感に、エルダは咄嗟にその口を閉じて触手を噛んでしまう。
ぶしゅっ、と潰れたトマトのように触手の中から液体が弾けだした。
「んんっ!?ん、んぐっ……んっ……!!」
吐き出す間も与えられずに、触手が放出した液体はエルダの喉を通過する。
味のしない、独特の粘り気のある液体を無理矢理送り込まれてエルダは何度も吐きそうになるが、口内にぴったりとはりついた触手がそれを許さなかった。
放出が終わるまでの時間は、実際には1分と経っていないのにエルダには数時間の長さにも感じられるようだった。
「……ごほっ!!げほ、げほぉっ!!」
放出を終えた触手が満足そうにエルダの口の中から出ると同時に、エルダは強く咳き込む。
呼吸がある程度落ち着くと、口の中にまだ残っている液体を唾と一緒に勢いよく吐き捨てた。
(水責めの、つもりか……?でも、途中で止めたのは、どういう……)
酸素がろくに回ってない頭に浮かんだ疑問は、すぐに解消される。
「はぁっ、はぁっ……ぁ……うぁ……?」
ぐらり、とエルダの視界に映る景色が揺れて、全身から力が抜ける。
身体の感覚がどことなく鈍くなり、意識がはっきりとしなくなる。
だというのに、ある一点の変化だけは敏感に感じ取ることができた。
(……あつ、い……わた、しの、せいき……が……)
エルダの男としての象徴、衣服を全て剥がされて露出した男性器だけは唯一、存在を主張するかのように股の間でそそり立っていた。
触手が大量に撒き散らした媚薬は、対象が男性であろうと関係無しに効果を発揮していた。
エルダには、性行為に対する知識が全くないわけではない。
しかし、淫らな行為を汚れたものとする教団の教えを信じ切っていた彼に自慰の経験などあるわけもなく、ましてや自らが強制的に興奮させられたこともわからない。
自分の身に何が起きたか把握できていないエルダには、下半身へと伸びた触手の行動も理解できなかった。
その触手は、女を犯し孕ませる目的のものと異なった形状をしていた。
本来ならば尖るべき先端部分は窪み、その中に粘液でどろどろになった空洞を形成している。
その目的は、乳房に吸い付くことで、母乳に含まれる魔力も逃さず啜ろうとする為のもの。
それは、品定めするようにエルダの肉棒の前で動きを制止する。
――そして、立派にそそり立つそれを、一気にくわえ込んだ。
「……っ……!!ぁ……ぅぁ……!!」
エルダの口から、声にならない叫びが漏れた。
粘液を潤滑液として、触手は性器を柔らかく包み込む。
その感触は、さながら男性用の性具――親魔物領では、オナホールと呼ばれる物のよう。
ただでさえ媚薬の作用で敏感になっていたエルダの肉棒に、経験などない快楽が与えられ、エルダの全身がビクリと痙攣した。
触手は、ただ包み込むだけに留まらず、ぶるりと震える。
膣の役割を果たす中の肉壁が、魔力を放出させようと蠢きだし、挿入されているエルダ自身に刺激を与え始めた。
「んあぁっ……ぁっ……ぅ……」
中で責められる度、どんな責め苦にも耐えられるよう鍛え抜かれた肢体は小刻みに震える。
得体の知れないモノに、訳も分からないままに体を蹂躙されているだけではなく、それを苦しいと感じるどころか心地よく感じてしまう。
騎士として屈辱極まりないことなのに、それを思考するだけの意識さえも媚薬のせいで失われていた。
そして、余りにもあっけなく、絶頂の瞬間はやってくる。
「あっ……!!あぁっ、ぁっ……」
尿道を駆け上ってきた子種はびゅるり、と先端より勢いよく迸る。
初めての快感に身悶えするエルダを尻目に、魔力の混じった白濁液を受けた触手は喜びの感情を示すかのようにより強く肉棒をくわえ込み、ぶるぶるとその身体を震わした。
しかし、いくら魔力が含まれているとはいえ、そこに含まれている量はそう多いものではない。
その上、エルダの肉体は人間の男性のものであり、いくら達しても体外に魔力を放出はしない。
その時放出された精液全てを吸収したところで、その魔力の量は触手を満足させるにはまだまだ不十分であった。
そこに、地面からもう一本の触手が姿を現す。
それはちょうど、エルダどころか多くの男性にとっては不浄の地である肉体の箇所……菊門の真下。
そこから突き出た触手は、正確にエルダの中へとその柔らかい身を潜らせた。
「ひぐっ……!!あがっ、あぁっ……!?」
今まで、排泄にしか使われなかった器官。
その中を無理矢理押し広げながら、ずぶずぶと奥へ奥へと侵入される感触にまず、エルダの痛覚が反応して口から苦悶の声が漏れる。
しかし、軟体動物のような柔らかさの触手が括約筋に締め付けられ、腸壁に擦りつけられる感触は、媚薬の効いた身体に痛みだけでなく快楽ももたらした。
「うあっ……!!あぁっ……はぁっ……!!」
腸壁の中を強く押すようにして、前立腺が強引に刺激されると、萎えていたエルダの肉棒は再びその勢いを取り戻していく。
すると、肉棒を包み込んでいる触手が動き出して、撫でるような動きで肉壁が竿を刺激し始めた。
前からは優しく愛撫され、後ろからは激しく抽送が繰り返される。
エルダは身悶えすることさえもせずに、触手の責めに嬌声をあげ続ける。
「んあっ……んああぁぁぁっ……!!」
程なくして、彼は再び達してしまった。
「あぁっ……っ!?も、もう、むりっ……!!やめっ……っ……!!」
しかし、二度の射精の感覚に心身共に疲弊しようとも、触手は動きを弱めるどころか、より動きを激しくしてエルダに襲いかかる。
上げようとした悲鳴は、嬌声の中に飲み込まれて消えていく。
(……だれ、か……た、すけ……)
快楽以外の全ての感覚が鈍くなっていく中、焦点の合っていないとろけた瞳には、走馬燈のように彼の人生が映っていた。
エルダ=リカルドは、自らを産んだ親の顔というものを知らない。
物心ついた時から、彼は孤児院で育てられていた。
彼を育ててくれていた神父は親について何も語ろうとはしなかったが、エルダは特にその親について深く尋ねようとしたことはなかった。
エルダにとっては、毎日の食事と寝床、それに行き場を無くした孤児院の子供達に充分な教育を施してくれる神父こそが親の代わりであり、だからこそ彼は神父、そして彼の仕える教団へ、自らを育ててくれた恩に報いたいという気持ちが強かった。
その神父には、勇者率いる強大な騎士団を擁する権力もあった。
教育の際に、自らの子飼いの勇者の活躍をまるで自分の事のように自慢げに語るのは彼の日課も同然。
その話を聞く度に、世を乱す魔物の存在から人を護る正義の使者、何よりも神父から絶大な信頼を寄せられる『勇者』という存在に憧れを抱くようになった。
エルダもまた、かつては勇者になることを志した一人であった。
しかし、その夢は勇者としての適正を検査されたその日、脆くも崩れ去ることになる。
エルダの国では、勇者になる為には様々な試験を通過しなければならないのだが、その前に最小限の条件を満たしていなければそもそも試験さえも受けさせてはもらえなかった。
その条件とは、『様々な魔術に対する理解、及び正当な行使のできる者』。
建前として書類にはそう記されているが、実際に気にかけられているのは高位の属性、光の魔術を行使できるか否かという一点のみであった。
理論さえ学べば多少の差はあれどある程度は誰でも行使できるようになる他の属性とは異なり、光の属性は当人の魔力の質によって先天的に使用できるかどうかが決まる。
資質が問われる分、光の魔術には強力な種類が多く、その為に光の魔術が使える者は教団から『神の加護を生まれながらにして受けた、勇者の才ある者』とされていた。
だが、いつからかそれは、光の魔術を使えない者は勇者としての資格すらも無い、という歪んだ判断基準を植えつけてしまうこととなる。
そして、エルダには全く光の魔術を扱えないことが判明した。
折しも、その日はエルダが孤児院を卒業する日であった。
勉学において孤児院では誰よりも優秀で、神父も勇者に一番近いと褒めてくれた。
それでも決して慢心することなく、日々勇者になるべく努力を惜しまなかった。
それなのに、光の魔術が使えないというだけで、教団だけではなく神父さえも手の平を返すようにただの一般騎士となったエルダには見向きもしなくなった。
自分が信じていた者全てに見放されたエルダは、それでも諦めようとしなかった。
勇者になることができなくとも、自分なりに教団の役に立つことは出来るだろうと、所属する騎士団に自ら部隊を作り上げた。
集めたのは、自らと同じ境遇の者。同じ傷を持つ彼等となら共に歩み、痛みも喜びも分かち合うことができると信じて。
エルダは隊長という肩書きにこだわりを持っていなかった。
隊の者は共に支え合う仲間であり、そこに上も下もない。
そう考えて、部下とは積極的に交流をしてその意見を取り入れることも多かった。
部下達もまた、訓練の間は厳しくとも、終われば優しい笑顔で労いの言葉をかけてくれるエルダを自然と信頼するようになった。
そうして、力を身につけていったエルダの隊は彼の願っていた通りに、勇者に並ぶ戦果をあげるようになっていった。
ようやく教団の恩に報いることができるようになったと、エルダは自らと行動を共にしてくれた仲間と喜びを分かち合った。
……それこそが、教団に取って邪魔になっていたことを知らずに。
勇者に選ばれた者には、莫大な富が与えられる。
教団による選別が行われている分一人一人が強大な力を有している事を考えると、当然の措置である。
それらは、表向きには信徒が善意で寄付した金の一部と教団によって支払われていると言われているが、実際には異なる。
エルダの国では、各々の勇者が仕える司祭というものは定められており、実質的に勇者の行動を決定する権限も全てその司祭が握っていると言っても過言ではなかった。
ある勇者が手柄を立てれば、その背後にいる神父にとっても手柄となり、教会での立場はより盤石なものになっていく。
そして、これは教団の中においてもごく一部の者しか知らないことであるが、その手柄に応じて信徒からの寄付金が神父の懐に秘密裏に与えられるようになっていた。
自らの権力の為に、司祭が勇者を食い物にするのが、この国の『教団』と呼ばれる物の正体。
ところが、エルダの隊は勇者の所属する部隊ではない為に、彼等の手柄は神父達にとっては何の益にもなる行為ではない。
教団の為を思ってのエルダの行為はむしろ、教団の者にとっては自分たちの手柄を横取りする邪魔者にしか映らず、エルダの部隊は戦果を上げる度に教団の者から白い目で見られるようになっていた。
教団の内情を知らずとも、自分に向けられる視線に含まれる悪意に薄々感づいたエルダは、ある日神父へとその件についての相談を持ちかける。
『君の部隊……えぇと、君の名前はなんだったかな?』
『……っ!!え、エルダ=リカルドと……申します……』
『そうか、エルダ君と言うのか。それでは、話を戻すが……』
自らを十年以上に渡って世話をしてくれた神父の言葉は、背中に冷水を流し込まれたかのように冷ややかだった。
忙しい方だから、昔育ててもらっただけの自分のことなど忘れても仕方ない。
内心で言い聞かせて、表情に出さないように必死に堪える。
しかし、エルダが平静を保てるのは、そこまでであった。
『君達の部隊は、個人個人が力を持ちすぎている。私の部隊のように、勇者によって統制の取れた部隊ならともかく、勇者のいない部隊ではいつ離反者が出てもおかしくないだろう?』
それは、暗に勇者がいない部隊を微塵も信用できないと語っているのと同義であった。
『わ、私が教団に背くなどありえません!! 部下達もです!!私がこの目で選んだ者達に、そのようなことはする者はおりません!!』
『百歩譲って、君が裏切らないということは信頼しても良い。だが、君の部下はどうだね?あれだけ大勢いるのだから、一人ぐらい神に背くものが居てもおかしくはないと言う疑念がどうしても残ってしまうだろう。辛いかもしれんが、これは私一人ではどうすることもできん問題なのだ……』
『……っ!!』
『君達はこれまでよくやってくれた。だから、もう無理に続けずとも主神様であれば許しを……』
その続きは、耳から流れていくように頭に入ろうとしなかった。
エルダは、自分一人が騎士を辞めればいいのであれば、そうするつもりでいた。
しかし、これは部隊そのものを潰せ、と暗に語っている。
そうなれば、勇者を目指し、ひたすらに剣を振るい続けてきた自分の部隊の者達はみな、騎士以上にまともな職になど就けはしないだろう。
自分が選んだ者達が、選ばれてしまったせいで追い詰められる。
それだけは、なんとしてでも防がなければならなかった。
『……私、一人ならば……信用していただけるのですね?』
『……む?』
その為に下した決断は、非情なもの。
エルダが部隊の方針について完全な独断で決めたのは、この時が初めてであった。
『でしたら今後、我が隊は私の命令のみで動き、個人の判断により動くことを一切禁じます。教団に対して何らかの不穏な動きを見せた者は即刻除名し、隊を厳格に取り締まります』
『ほほう。確かに、君の言うことに忠実な部隊になるとするならば反乱の心配はなくなるだろう。しかし……可能なのか?』
『はい、必ずや成し遂げてみせます。私はまだ、主神様のお許しを得られるなどと思い上がれる程の事を成してはいません。ですからどうか今一度、教団の為に我が身を捧げる事をお許しください……!!』
……神父がそれを承諾したのは、放っておけばいずれこの無謀な計画を持ち出した部隊が自滅するだろうと思ったからであった。
そこに神父の誤算があったとするならば、彼を信頼していたエルダの部隊の騎士達の中に異を唱える者がおらず、隊が瓦解することがなかったということ。
そして、エルダが優秀であった為に、彼の判断は隊を常に勝利へと導き、より彼への隊員からの信頼を強めていったことであった。
ただしそれは、エルダと対等と呼べる存在が隊の中に一人としていなくなることでもあった。
教団の為を思い行動すれば行動するほど、彼自身はどんどん追い詰められていく。
それでも、自分は教団の役に立つことができているのだと、信じていた。
レスカティエ潜入という、絶望的な任務を言い渡されるまでは。
(あぁ……そうでした、ね……)
生気を失った瞳が、過去から現在に視点を引き戻す。
(きょうだんに、すてられて……ぶかを、じぶんから、とおざけた……わたしを……たすけてくれる、ひとなど……いるわけが、ありませんね……)
ぐちゅぐちゅ、と下半身から聞こえる淫らな音。
それはちょうど、絶頂に達する瞬間であった。
精を放出する際の突き刺さるような快楽と、それを嬉々として吸収する触手。
何度繰り返したかもわからない、その光景。
「うぁぁ……ぁっ……?ぐ、あぁぁぁぁぁ!?」
ただ一つ違うのは、エルダが燃え盛るような熱を全身から感じ始めたことであった。
「あぁぁぁぁぁ!!うぅ、うぁぁぁぁぁ!!」
まるで全身を溶かし尽くしてしまうような熱に、触手に全身を弄ばれたことで耐えることさえ忘れたエルダは、悲鳴をあげて暴れ回る。
それに気圧されたかのように、彼を外から中から搾り取ろうとしている触手も動きを止めた。
そもそも、エルダが触手に襲われることになったのは、彼がレスカティエの内部で魔硝石を用いた鎧を外してしまった為に、多量の魔界の魔力が身体に染みついてしまったからである。
それは触手との行為によって多少排出されてはいても、大部分はむしろ魔物との性行為と何ら変わらぬ快楽を産み出すその行為によって彼自身の中へと吸収されていった。
一度に多量の魔力を吸収してしまった彼の身体は、急速に変化を始める。
真っ先に変化を見せたのは、彼の鍛え上げられた上半身であった。
日々積み重ねた鍛錬によって磨き上げられた、腹筋。
硬く隆起したそこが、身体の中に溶け込むようにしてなだらかになっていく。
鍛錬の成果である筋肉の強さはそのままに、腹回りからは完全に筋肉が消失して、代わりに触れば弾みそうな柔らかさを持つようになった。
魔術を使えない分も力強く剣を振るう腕は、ゴツゴツとした角が取れて、丸みを帯びたしなやかな形になる。
元々男性としては細かったそこは更にもう一回り細くなり、触手の締め付けが一瞬緩くなる程であった。
対照的に、部下を抱きとめられる引き締まった胸板には、腹部同様の柔らかさだけでなく、丸い膨らみができていく。
それは丘のような緩い物であったが、確かに乳房を形作っていた。
「ぐあぁぁっ……!!あぁぅ、うあぁぁ……!!」
口から漏れる悲鳴は、明らかに音程が高くなっていた。
暴れる体力が底を尽き、ぐったりと横たわるエルダは、それでも自分の身体の異変には気付かない。
熱だけではなく、体の中を直接ぐちゃぐちゃに掻き回されるような、作り替えられるような感覚。
それは決して痛みがあるのではなく、電流のような快楽を伴って彼の下半身から這い上がるように全身に広がって、彼のありとあらゆる感覚を狂わせる。
そのために、彼は自らの男性の象徴が収縮しつつあることでさえもわからなかった。
いつの間にか中から睾丸が姿を消した陰嚢は、下腹部にわずかに盛り上がりが見える程度に縮み、陰毛ははらりはらりと抜け落ちてしまっていた。
男性としての役割がなくなった器官は、目覚めの時を待ちわびていたかのように自然に真ん中から開き、割れ目が形成される。
さながらに唇のような形になった下腹部のその器官に、いまや小指よりも小さくなってしまった陰茎が吸い込まれるように縮んでいき、最終的には唇の上端で小さな突起となって収まってしまった。
女顔のエルダが唯一男性であることを主張していた逸物は、すっかり女性器へと変貌してしまっていた。
くちゅり、とできたての器官から一筋の粘液が漏れる。
変化は外見上だけのものではなく、出来たての膣壁が魔力によって体中を弄ばれる快楽に反応してその中を早くも湿らせていた。
「あ、あぁ……?うぁぁ……!!」
だが、全身を巡る熱は、それだけの変化を及ぼしてもまだ収まろうとはしなかった。
頭、背中、更には臀部、と局地的な熱さはむしろ強くなっている。
それは、熱というよりもむしろ痛みに近く、例えるのならば内側から何かが生まれるかのような異物感を伴ってどんどん強くなっていく。
痛みに頭を抑えたくとも、細腕は触手に縛られたままで、もどかしさだけがエルダの中に蓄積されていく。
「ぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それは、体の変化に比べれば一瞬のことであった。
叫ぶエルダの頭より黒く硬質の物が突き出し、頭に沿うようにして伸びる。
先端を尖らせたそれは、山羊の角のようにも見えたが、一方で背中からは蝙蝠のような黒い羽が生え出していた。
何よりも特徴的なのは、尾てい骨の辺りから伸びる物だった。
一見黒い紐のようにも見えるが、先端にはハートマークが付属したそれは、形容するならば尻尾と呼ぶべき物。
「ぁぅ……はぁっ……はぁっ……」
熱がようやく収まると、苦悶で閉じられていたエルダの目蓋がゆっくりと開かれる。
空を映したようなエルダの青色の瞳は、血のように鮮やかな真紅に染まっていた。
その身体は、どこからどう見ようともサキュバスの肉体そのもの。
男性であったエルダは、魔物の女性へと成り果てていた。
「これ、は……わた、し……ひぅ!?」
そこでようやく自分の身体の異変に気付くエルダの出来たての秘裂に、触手が触れる。
吸い付いて犯す種類のそれは、とろりと垂れる愛液を逃さないようにするかのように、その先端を押しつける。
触手はぴったりと覆う蓋のように、その身を広げて張り付いた。
「ぇぁ……やぁぁぁっ!!」
そのまま、触手が上下に動き出した。
「やっ、やぁぁ!!な、なにっ、これぇ……!!わたし、どうなっ、てぇ……!!」
女性器同士を擦りつけ合うかのように、触手の柔らかさがエルダの大事な入り口を刺激する度に、甘い快感がエルダの身体を駆けめぐる。
男性として味わった快楽が、遠い昔のことのように感じるような痛烈な痺れは、触手が受け止める粘液の量も増やしていく。
触手の動きも呼応するように激しくなり、淫靡な音がエルダの鼓膜をより強く振るわす。
何かが蓄積されて、高まっていくような感覚がエルダの中にあった。
「んくっ……!?」
それが最高点に達しそうになった時、触手の身の一部が下唇の小さな突起に触れる。
くりっ。
小さな動きで、エルダの陰核がつままれた。
「う……ああああああっっ!!」
それを引き金にして、目の奥で何かが弾けて、エルダの身体がびくびくと痙攣する。
透明な液体が蓋の内側で撒き散らされ、その全てが触手に吸収されていく。
エルダの身体から放出された魔力を受け取った触手が、周囲でうねった。
「はぁっ……ぁ……」
女として、初めて迎えた絶頂。
エルダの顔は上気して吐息も荒く、とろけた瞳はぼんやりと虚空を見つめている。
だが、触手達にとってはそれさえも、ほんの前戯にすぎなかった。
全身を貪り尽くすようにしてでも魔力を啜ろうとする触手達が、何より効率よく魔力を吸収できる場所。
魔物として……女として、男を受け入れる為の場所。
苛烈な責めにより異物を受け入れる準備が整った下の唇に、先端を尖らせた触手が触れた。
「……っ!?そ、そこ、は……」
駄目です、と言いかけた唇が、それ以上に言葉を紡がない。
魔物としての本能が、頭の中で警鐘を鳴らす。
そこに侵入させてはならないと、ガンガンと鳴り響く。
(でも……わたし、には……もう……まもるべき、ものなど……なにも……)
それでも、エルダにはそこを守ろうとするだけの強い意志が残されてはいなかった。
誰の為なのかもわからないまま無理に守ろうとするぐらいなら、この奇妙な生物に捧げてしまっても構わないという気持ちにさえなっていた。
(それなら、いっそ……このまま、ずっと……ここで……)
生気の無いエルダの瞳が、静かに閉じられていく。
力の抜けた肢体が、触手に委ねられる。
くちゅり、と音を立てて、触手がついにエルダの秘所へと侵入を果たした。
その身の全てを触手達に明け渡したエルダは、何も見えなくなった視界と共に深く、深く、闇の中へと堕ちていく……
『―――――――隊長!!』
「…………え?」
声が、聞こえたような気がした。
暗闇の中で導く一筋の光のような、明るい声。
呼ばれるように、エルダは目を覚ます。
……薄い膜に触れる、冷たい感触がした。
「だっ……駄目です!!そこは……!!」
手足を縛りつけ、全身を責め上げられ、今更言葉が届くなどとは思っていない。
それでも最後の力を振り絞って、エルダは必死に言葉を紡ぐ。
――――――紅い瞳から、枯れ果てた筈の涙がもう一度頬を伝って流れ落ちた。
「そこ、は……ネイワに、捧げるんです……!!だから、駄目なんです……!!」
それは、無意識に発した想い。
その一言であれだけ激しい責めを繰り返していた触手の動きが、ぴたりと止まった。
「えっ……?はぁっ……ん……」
ずるり、ずるりと淫靡な音を立てて、身体の中から異物が抜けていく。
べとべとになった触手が引き抜かれると、手足の束縛からも解放された。
(どう、して……?あれだけ私を苦しめておきながら……)
辺りを見れば、一面を覆い尽くしていた触手の殆どが、既に地中へと潜っている。
触手の拘束から完全に解放されつつも、困惑を隠せないエルダの顔に、一本の触手がにじり寄る。
横たわるエルダの眼前にやってきた触手は、きょろきょろと辺りを見回す人間のように突起の部分を左右に数回振ってから、それをエルダの顔に近づける。
「……っ!!…………?く、くすぐったい、です……」
先程までの責めを思い出して硬直したエルダだが、触手はただ、エルダの顔にこびりついた粘液の部分にその身を軽く擦りつけるだけだった。
それが数回繰り返されると、顔の粘液は綺麗に拭き取られる。
これはエルダが気付かないことであったが、その肌は更につやを増して、よりその表情からは色気が醸しだされるようになっていた。
(ひょっとして……私の言うことを、聞いて……?)
正確には言葉の意味を理解したのではなく、エルダの感情を読み取ったに過ぎない。
人語を理解せず、本能のままに動くような触手でも、たった一つ理解しているものがある。
それは、魔物娘達、ひいてはその夫達の意にそぐわない犯し方だけは絶対にしてはならないということ。
かつて、その禁忌に触れた同胞達の、魔物娘による報復の恐怖は、本能として彼等に刻みつけられていた。
綺麗になったことを確認するかのように顔の前で制止していた触手は、そわそわ落ち着きなく左右に先端を揺らしてからぺこり、と先端の部分を下げる。
その仕草は、叱られた小さな子供が謝っているかのようだった。
(この子……)
手を伸ばして、その先端にそっと触れる。
独特のぬめりをその手で感じると、エルダは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私は、怒ってなんかいませんから」
優しく撫でてやると、触手は手の中で照れたかのようにその身体を丸めた。
不思議な感覚だった。
エルダの中に、目の前の生物を不快に思う気持ちはもうない。
それどころか、なめくじのようにうねるこの奇妙な生物に、愛おしさのようなものさえも抱いてしまっていた。
「ありがとうございます。貴方達のおかげで、私は大切な事に気付くことができました……」
それは、心の底からの感謝の気持ちだった。
エルダの胸中を占めるのは、『彼』のことばかり。
それでも、受け取った恩に報いずにここを黙って去れる程、エルダは不義理ではなかった。
だからこそ、エルダは感謝の気持ちを自分に出来る最大限の形で表現する。
「だから……いいですよ。『ここ』をあげる訳には参りませんが……それ以外なら、全てを……ひゃぁぁん♪」
本能で許可を貰えたことを理解した触手達は、引っ込めていたその身を再び地上に生やし、我先にとエルダの魔力を求めてその肉体に群がった。
ある触手は乳頭の先端を執拗に弄り、またある触手は髪の毛をかき分けて首に吸い付き、へそをほじり、唾液を吸い尽くし、尻肉を揉みしだき、処女膜を割らないように浅く膣壁を刺激し……
「ふぅ……ん♪こ、こらぁ♪そ、そんなに、がっつかないでっ、くださいよぉ♪私は、逃げませんからぁっ……みんな、満足させてっ、あげますからねっ♪やぁっ♪」
その中で、エルダは優しく触手達をなだめる。
その顔は、男性どころか人間の女性では強すぎて耐えられない快楽を全身から与えられているのに、子供を見つめる母親のように穏やかな笑顔を浮かべていた。
その肉体も、無数の触手達に包まれ、外からは見えなくなっていく。
「……っ♪……ぁっ………ぁぁっ………………っ………………………♪」
そして、エルダの喘ぐ声だけが、辺り一面に生えた触手の中からくぐもって聞こえてくるのだった……
『隊長!!どういうおつもりですか!!』
教会騎士団、その中でもエルダの部隊に与えられた比較的小規模な駐屯所。
その廊下を歩くエルダの背中に、怒声に近い声がかけられた。
振り返ると、部隊の中でもまだ若い青年の姿がそこにあった。
彼の部隊の人間は全て彼自身の判断で声をかけている為、まだ部隊に入って日が浅い人間であろうとエルダは全員の顔を把握している。
だから、その青年の名前も当然覚えていた。
『貴方は確か……ネイワ=サブテインでしたか。私に何の用がおありで?』
『あ、な、名前を覚えていただいて、光栄の極みです!!……って、そうじゃなくって!!』
一見して騒がしいタイプだと判断できた上に、本日の武芸訓練での模擬試合の彼の戦績が芳しくなかったことも相まって、ネイワに対するエルダの第一印象は、そう良いものではなかった。
『今日の定例報告の件です!!何故、あんなことを言い出したのですか!!』
毎日の訓練を終えた後に開かれる、連絡事項の報告会。
その席で、これからは隊長の命令は遵守し、一切の反論を禁ずるとエルダが提唱したのは、この日の事であった。
これまで、エルダは肩書きこそ隊長であったがそれは便宜上のもので、実際は訓練の指導以外においては部下にも友のように気さくに声をかけてくれる優しい隊長であり、上下関係はあってないようなものであった。
それなのに、彼は今日になって突然その方針を変えると言い出したのだ。
ある程度の反感は買うだろうという予測はしていた為に、エルダは冷静な表情のまま答える。
『何故、とは?本来、隊とは規律によってまとめあげられるものです。そしてそれをまとめ上げる者を無くしては、隊とは成り立ちません。私はただ、当然のことを申し上げたまでですが?』
『今までそんなこと一度だって言わなかったじゃないですか!!隊長、部隊は私にとっての家族だ、って……それぐらい大事に思っている、って……!!それなのに……』
それは、かつて落ち込んでいるネイワに対して放った言葉。
エルダにとってそれは本心であり、ここにいるネイワとて大切に思っているのは真実だった。
しかし、それを認めてしまえば、それは神父の、教団の意志に背くことになる。
あくまで“部下”にかける言葉として、エルダは淡々と述べた。
『それは、これまでの私が過ちを犯していたまでのことです』
『…………っ!!』
ネイワの表情が、固まる。
はっきりと告げたエルダの言葉が、彼の心臓に鋭く突き刺さって、握られた拳が力なくほどけた。
しかし、ネイワは歯を食いしばって耐えると、もう一度エルダに向き直る。
『……教団の奴らに、何か言われたんですか……!!』
憎しみさえも感じられるその問いに、エルダは答えなかった。
『……発言に注意しなさい。教団への侮辱は、直ちに罪に問うことも許されているのですよ』
『……っ……侮辱なんて、そんな、つもりじゃ……』
ネイワは気まずそうにうつむいて、弱々しく漏らす。
『でも、これじゃ……あなたを護る人が、誰もいなくなるじゃないですか……』
再び握られる、拳。
彼は、まるでそれが自分のことであるかのように、辛そうな表情を浮かべていた。
『……もう、結構です。教団、ひいては私への不敬な態度、今回は見逃します。ですが、明日の訓練の後、貴方は居残りなさい。再度訓練をこなしていただくことで、今回の件は不問としましょう』
『に、二倍の訓練をやれってことですか!?そんな……!!』
『反論は認めません。これは決定事項です。それでは、私はこれで失礼させていただきます』
何かを言おうとしていたネイワの言葉を待たずして、エルダは踵を返す。
『あ……!!た、隊長……っ……』
後ろでネイワの呼ぶ声がしたが、振り返ることはなかった。
……教団の望む、規律を重んじる厳格な隊長として、罪悪感で痛む胸元を必死で抑える姿を、見せるわけにはいかなかったから。
「あぁ……そうです……」
触手の森の中で、産まれたままの格好をしたエルダが寝かせられている。
体中を触手の分泌する粘液まみれにしながら、その表情は恍惚とした笑顔で暗い空を見上げていた。
「あの時から……貴方は、私の傍にいようと……私を支えようとしてくれましたよね……」
本当に満足させるまで相手をしてあげたらしく、無数の触手の姿は周囲のどこにも見えなかった。
腕に力を入れて、ゆったりとした動作でエルダは起き上がった。
『必ず……貴方の元へ帰ります!!』
脳裏に浮かぶのは、別れ際に放った言葉。
「約束、しましたからね……」
真紅の瞳がただ一点を見つめる。
闇に包まれ先の見えない森の中でも、その目は何かを捉えているようであった。
「迎えに行かなければ……なりませんね」
バサリ、と背中で蝙蝠の形をした翼がはためく。
体が宙に浮かびあがることに、何の疑問も抱くことはなかった。
そして、エルダは魔界の空を飛んでいく。
目指すは、魔界国家レスカティエ。
ネイワ=サブテインの果たした役割は、非常に大きなものだった。
頭に叩き込んだ地図の情報を頼りに、レスカティエの街中を一人、自らを狙う魔物からひたすら逃げ回る。
体力の限界を越えても、隊長の無事だけをひたすら願い、立ち止まることだけはしなかった。
例え、それが魔物にとって、ほんの遊びでしかなかったとしても。
自分を追い掛けているのがたった一人だということに感づいたのは、自らの部隊を追い詰めたあの首無し騎士の姿しか辺りに見えなかったことが原因であった。
それでも、自分を追い掛けてくれているおかげでエルダの元に彼女が向かっていないというだけで、彼は走り続けることができた。
そして、現在。
「さぁ、大人しく観念するんだな!!」
「嫌だね!!お前等に屈服なんて死んでもするか!!」
路地の真ん中で、ネイワはハクナに押し倒されていた。
「あぁ、いいぞ!!その、硬く決意に満ちた表情!!隊長を思い、一人でも行動する信念!!そして、私を吹き飛ばすその意志!!私は貴様を気に入った!!だから、私のものにしてやるぞ!!」
「ふざけんな!!俺は、お前の事なんかこれっぽっちも好きじゃねぇ!!」
兜は剥がされ、手も足もハクナによって強引に路地の硬い石畳へと押さえつけられ、ネイワに彼女から逃れる手段はない。
それでも、心だけは決して折られまいと、エルダの別れ際の言葉を信じて彼は抗い続けていた。
「それでこそ、私が見込んだ男……だからこそ、私の魅力で骨抜きにしてやる甲斐があるというものだ!!」
「……やっぱり最悪だな、お前等」
あくまで強気な態度を貫く彼にも怯まず、不敵に笑うハクナに、ネイワは溜息をついた。
「そうやって、何でもかんでもセックスで何とかなるなんて思いやがって……!!いいか、俺はお前とヤった程度じゃお前の事なんて好きにならねぇよ!!つうか、お前等のそういうところはむしろ大っ嫌いだね!!」
「ふふっ、強情だな。大丈夫だ、私とて魔物の端くれ。すぐに貴様を、私の虜にしてやろう……」
「……っく!?か、体が……」
何かの魔術を使われたのか、力を加えられているわけでもないのに、体の自由が効かなくなっていた。
無抵抗になったネイワの背中にハクナが手を伸ばすと、鎧の留め金が外されて地面に落ちる。
魔硝石によって守られていた体が、高密度の魔力に晒された。
「うっ……くっ……」
「苦しいのか?すぐ、楽にしてやる。だから、貴様は私を黙って受け入れてしまえ……」
ハクナの手が、そっとネイワの頬に触れる。
白く滑らかな手の感触が、魔力に犯され始めた脳に、心地よさを伝える。
ハクナの顔が、唇に迫らんとぐっと近づいてくる。
つり目がちながら、長いまつげで飾られる赤い瞳。
すっと引かれた鼻筋と、口紅が塗られたかのように赤く潤う唇。
尖った耳も愛嬌となって彼女を引き立てるかのよう。
間近で見る彼女の顔は、戦っている時よりもずっと魅力的に見えた。
「……ぁ……」
ハクナを、止めることができない。
情欲が高ぶっていることには気付いていながらも、ネイワの中にはこのまま流されてしまっていいのではないかという気持ちが芽生えつつもあった。
「たい、ちょう……」
必死に抵抗しようとしている理性が、その名前を呼ぶ。
最後にもう一度その顔を見てみたかったと、思った。
「ネイワから離れなさい、そこの魔物!!」
勇ましい声が路地に響き渡ったのは、その時だった。
「え……」
その声で、ネイワは我に返る。
聞こえてきたのは、女性のもの。
けれどその叫び方は、自分達を率いて先陣に立つ、あの人にとても似ていて。
「……なんだ、貴様は?」
今まさに唇を奪わんとしていたハクナも、睨みを利かせて立ち上がる。
ハクナが振り向いたその先に、一人の淫魔が立っていた。
肩まで伸びたクリーム色の流れるような髪と、そこから生えた角。
赤い瞳は真っ直ぐにハクナを睨んで、胸の先にはほんのりとした桃色の突起が……
「〜〜〜っ!?!?!?!?!?」
そこまで見たところで、颯爽と現れた淫魔が、衣服の類を何も身につけていないことに気付いてネイワは慌てて顔を背けた。
女性とは話したことすら満足にないネイワにはとても直視はできずに、その顔が魔物の瞳の色にも負けず劣らず赤く染まる。
「誰だか知らんが、この男は私の獲物だ。邪魔をするな」
雰囲気を壊されたことに気分を害したのか、明らかに不機嫌なハクナは淫魔を睨む。
「貴方に彼は渡しません。大人しく、身を引いてください」
対する淫魔も、一歩も引かない。
二人の魔物のどちらが勝ったところで、ネイワが魔物のものとなってしまうのが変わらない以上、状況は決して好転しているとは言えない。
それなのに、淫魔のその姿を見ていると、ネイワは何故だかとても安心した。
「そうか……ならば、貴様には力ずくでも諦めてもらうぞ!!」
落ちていた剣を拾い上げたハクナが、淫魔目がけて突進する。
元々何メートルもない距離、彼女がその間合いを詰めるのは数瞬の間のことだった。
「……っ!!危ない!!」
いくら魔物でも、剣に切られればただでは済まない。
思わず、武器を何も持たないその魔物に叫んだが、既に遅かった。
銀色に光る剣が、その頭上へと容赦なく振り下ろされる。
……その時ネイワには、淫魔がこちらへ向けて微笑んでいるように見えた。
「……なっ!?」
次の瞬間には、淫魔が片腕でその剣を掴んでいた。
ハクナが慌てて剣から手を離そうとする前に、淫魔の右の手が素早くその頭を掴み、引っ張り上げる。
「邪魔は……貴方です!!」
首が取れて一瞬バランスが崩れたハクナの胴体が、思い切り蹴り飛ばされた。
鎧の上から素足で蹴ったにも関わらず、その胴体は思い切り吹き飛ばされて、無様に路地へと転がった。
人間相手には無類の強さを誇る魔界銀であるが、そこには弱点もある。
それは、既に魔物となっている者に対しては、ただの斬れない銀でしかないということ。
しかし、それを差し引いても、腕力でねじ伏せられる自信があったからこそハクナは使ったのだが、それを片手で受け止められるなどとは夢にも思っていなかった。
「くそっ……!!まさか、私が日も変わらん内に二度も負けるとは……!!」
屈辱で、苦虫を噛みつぶした顔になるハクナの首が、鷲掴みへと持ち替えられる。
「……!?こ、この握り方……!!貴様、さっきの……!?おい、私に何をする気だ!!」
「……もう、二度と邪魔できないようにしてあげます」
そう言うと淫魔は右手に首を抱えたままにして左足を持ち上げると、右足を軸に左足を思いっきり前へと突き出す。
淫魔の意図を察したハクナの表情が、そこで初めて引きつった。
「ま、まさか!?おい、やめっ……!!」
慌てて止めにかかったハクナだが、既に淫魔の細い腕は大きく振りかぶられていた。
「吹き飛び……なさいっ!!!!」
「ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……!!」
投げ出されたハクナの首が、魔界の空を勢いよく飛んでいく。
やがて、その姿は夜空の星となって消えていった……かのような速さで、見えなくなった。
残された胴体は、後ろでふらりと立ち上がると首の飛ばされた方角へと危なげな足取りで歩き出していき、結局ネイワには構うことなく路地から去っていった。
「……ふう」
それらを見届けた淫魔が、ほっとした息を吐くと、ネイワの方へと視線を向ける。
逃げようと思えばその魔物から逃げることはいつでも出来たはずなのに、ネイワはそれをしなかった。
先程、首無し騎士にかけられた魔術が少し残っていて、力がまだ入らなかった、というのもある。
だが何よりも、彼は淫魔の顔から目を離せなかった。
他人の空似というには余りにエルダに似すぎている、その顔立ち。
ネイワの姿を確認すると、その淫魔はゆっくりと近づいてくる。
尻餅をついた体勢のままで、ネイワは裸体であることも忘れてその顔をじっと見つめる。
「あ、あなたは……?」
「…………」
近づいてきた淫魔は、ネイワの姿を黙って見下ろす。
品定めをするようなその視線に、どうしたらいいのかわからずネイワは戸惑う。
しかし、淫魔の顔が突然、ぱぁっと明るくなって。
「……ネイワぁっ!!」
「〜〜〜〜〜っ!?!?!?!?!?」
淫魔に飛びかかられると、ネイワの身体が思い切り抱きしめられた。
鎧を脱いで身軽になった彼の身体に、無遠慮に押しつけられた淫魔の素肌や胸の感触で、彼の顔は再び赤面することになった。
「あぁ、私がもっと早く駆けつけていれば……!!大丈夫ですか!?怪我はありませんか!?あのデュラハンに何か酷い事はされませんでしたか!?魔の者になってはいませんか!?それからそれから……!!」
「だ、大丈夫です!!俺はなんともありませんし、まだ人間です!!ですから、落ち着いてください!!」
両肩をがっしりと掴まれガクガクと揺さぶられたせいで目が回りそうになったネイワが必死になって叫ぶと、その細い腕がようやく離れる。
「無事……だったんですね……よかった……」
安堵で緩むその顔は、目元が潤んでいた。
そんな表情を見ていると、あの首無し騎士の魔の手から自分を助け出してくれた毅然とした姿が、まるで嘘のようで。
改めて、その顔を覗き込む。
「あ、あの……隊長、なんですか……?」
「……私を、そう呼ばないでください」
その問いかけに、淫魔―――エルダは、寂しそうに目を逸らした。
「私には、その資格がありません。……私は、良かれと思って全てを独断し、その結果として貴方達全員を追い詰めてしまいました。貴方を一人残して逃げ延びたあげくに、私は人であることさえやめてしまいました。……そんな私が、どうして隊長を名乗れると言うのですか?」
「そ、そんなこと……!!隊長は、俺達の事を思っていたからそうしたのでしょう!?今だって、こうして俺みたいな下っ端の所に来てくれたじゃないですか!!貴方が部下を大切にしているのは……!!」
「……それは、違いますよ」
自らを責めるエルダの言葉が辛くて、必死に否定するネイワに、静かにエルダは首を振る。
「私が来たのは……貴方達の為ではありません」
「じゃ、じゃあ、なんで俺の所へ……!!」
言いたいことがよくわからずに狼狽えるネイワへ、エルダは背けていた目を合わせて、穏やかに微笑んだ。
「……貴方の為ですよ」
「…………えっ?」
ほのかに、エルダの頬が桃色に染まる。
恥じらうその顔はまるで、告白をした女性のようで。
「私が隊長としていられたのは、貴方のおかげです。貴方は、私がいくら態度を変えようとも私に意見するのをやめなかった。隊長として、強い自分を振る舞うしかなかった私の身を案じて、私が無茶をしようとするのを止めようとしてくれました。私は……それが、嬉しかった……貴方がいてくれたから、私はがんばれた……」
自分を通してどこか遠くを見ているかのような、語り。
うっとりとしたその表情に見入って、ネイワは目が離せない。
「だから……他の部下なんて、どうでもいい。貴方を、私のものにしたい……」
エルダがぐっ、とその顔を寄せる。
ネイワの事だけを見つめた、紅い瞳。
流れるようなクリーム色の髪から生えた角。
膨らみを主張する胸元の奥には、黒ずんだ紫色の翼と、尻尾。
そこに、かつてネイワが目標としていた騎士団長エルダ=リカルドの面影は、もう無い。
「私はもう、心まで魔物になってしまいました。貴方さえいれば、私はそれで……!!」
「――――――なんだ。やっぱり、エルダ隊長のまんまじゃないですか」
それでも、ネイワは呆れたように笑って、そう言った。
「他の部下なんてどうでもいい?じゃあ、何で隊長はわざわざそんなことを俺に言ったんですか?本当にどうでもいいなら、さっきのあいつみたいに、さっさと俺を襲っちゃえばいいじゃないですか」
「そ、それは……」
言い淀むエルダに、ネイワはくすり、と微笑む。
「隊長は、いつもそうだ。冷たく突き放すような言い方をしておいて、俺達のことを誰よりも大切にしてくれる。あの時……初めて俺が文句を言いに行った時だってそうだ。隊長、あの日は俺の訓練にずっと、付き合ってくれたじゃないですか」
それは、ネイワがエルダに初めて不満をぶつけた日の翌日のこと。
定例報告の後、ネイワは約束通りに訓練所に残っていた。
『それでは、訓練を始めましょう』
そう言って、エルダが剣を構える。
『……はい?あの、俺の訓練じゃないんですか?』
『えぇ、そうです。貴方と、私の訓練ですよ』
『……えぇ!?な、なんで隊長までご一緒するんですか!?これは俺の罰じゃ……!!』
『貴方に指摘されたとおり、私は今まで隊としての規律をわきまえない、愚かな隊長でした。それなのに……貴方一人に押しつけて、私が罰を受けないわけにはいかないでしょう?』
心なしか、その顔はわずかに笑っているようだった。
ネイワの心が、高鳴った。
……この人は、何も変わってなんかいないのだ。
『それでは、まずは手合わせからです。手加減はいたしませんよ?』
『……はい!!』
威勢良く返事をして、ネイワも剣を構える。
結局その日はコテンパンになるまで叩きのめされ、無様に訓練所に横たわる羽目になってしまった。
「今だって、みんなの心配をしてくれている。あなたは何も、変わってなんかいませんよ。角が生えようが、翼が生えようが、尻尾が生えようが、性別が変わろうが……あなたは、俺の憧れの……大好きな、エルダ隊長です」
「それは……どういう、意味ですか……?」
大好きな、その一言に、エルダは敏感に反応する。
恐る恐る、けれど期待を込めて、エルダは尋ねた。
「……そりゃあ、俺が隊長にそんなに想われていたなんて、最初は驚きましたけど……俺だって、その……」
そこまで言うと、ネイワはもごもごと口ごもる。
彼が思い出すのは、初めてエルダを見た時のこと。
薄い色の髪をなびかせ、鮮やかに剣を振るう、その姿。
頭から離れなかったその人に声をかけられた時、嬉しさと共にあった落胆。
性別も知らずに落ちて、すぐに崩れ去った、彼の初恋。
「隊長が本当に女の人だったらいいなって、ずっと思ってましたから……」
ネイワの顔が、またしても赤くなった。
「だから……俺も、あなたのものになりたいです、隊長」
照れくさそうにして、ネイワも自分の想いを告げる。
一瞬、呆然となったエルダの目が、今にもこぼれ落ちそうな程に潤む。
「ネイワ……ネイワぁっ!!」
涙声になりながら、エルダはネイワの胸に飛び込んだ。
自分を支えてくれたその身体を、ぎゅっと抱きしめる。
「私、魔物なんですよ……?そんなこと言われたらもう、貴方のこと一生離しませんよ……?それなのに……いいんですか、貴方は……?」
「俺だって、元からあなたから離れる気はありません。一生ついていきますよ、エルダ隊長」
大したことでもないかのように言って笑うと、ネイワもエルダの背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
胸元にエルダの顔が埋めるように抱き寄せられて、彼の臭いに全身を包み込まれる。
少しでもエルダに追いつこうとして積み重ねた努力の勲章である彼の身体はたくましくて、感じる体温が暖かくて。
「ありがとう…………大好きですよ、ネイワ……」
その腕の中で、“彼女”は幸せの中へと堕ちていった。
かつて、ある反魔物国家の中で、ある鉱物が発見された。
周囲のあらゆる魔力を打ち消す作用を持つ、特殊なその石は『魔硝石』と呼ばれ、国の裏側では利益を独占しようとする者達の手で密かに軍事転用の為の計画が進められていた。
全ての教団勢力に広まれば、魔界侵攻の際に多大なる成果をあげる世紀の発見と期待されていたそれはしかし、歴史の表舞台にあがることなく姿を消すことになる。
魔硝石の存在が世に公表される予定だったその数日前、その国は魔王軍の手によって侵略を受けた。
国に仕える勇者を総出して教会騎士団はこれを迎え撃ったが、まるであらかじめ部隊ごとの弱点を的確に把握し、対策を立ててきたかのような布陣の魔王軍は、瞬く間に勇者を打ち破って、犠牲者を一人も出さずにその国へ勝利する。
その反魔物国家は、一夜にして魔界へと変貌してしまうこととなった。
その後、魔硝石は魔王の管理に置かれることとなり、反魔物勢力にその名が広まることは二度となかった。
なお、侵攻を受けて魔界となったその国の元騎士団員だった青年は、こう証言している。
曰く、魔王軍の部隊で先陣を切った部隊を率いていた、淫魔とその夫。
その淫魔は、ある任務に赴いて以降消息不明になっていた騎士隊の隊長であった男に瓜二つの容姿をしていた、と。
魔力を与えられた土から産み出される触手植物が、何らかの原因で与えられた大量の魔力によって群生するようになった魔性の森のことである。
旧世代における触手とは、男は食らいつくして、女は犯して孕ませる凶悪なものであったが、魔王が代替わりしたこの時代においては、その習性も快楽を与えて魔力を啜る、比較的大人しいものへと変化している。
宗教国家レスカティエ教国は、優秀な勇者を多数輩出することでその名を諸国に知らしめていた一方で、周囲を森に囲まれた『閉じられた国家』として、他の国に対して排他的なことでも有名であった。
その国が魔界化してしまったことで、国から漏れ出る魔力を浴び続けた森は、全て触手の森と化してしまったのである。
エルダの部隊は、その森を平然と通過していた。
だがそれは、皮肉な事に部隊が追い詰められた一因である彼等の装備、魔硝石で出来た鎧が魔力を打ち消し、触手が彼等の存在を察知できなくなったおかげである。
だが、今のエルダは事情が違う。
鎧を脱ぎ捨て、レスカティエを走り続けた彼の体には、本人に自覚はないが今や多量の魔力が纏わりつき、彼の身体を少しずつ作り替えている。
触手の側からすれば、生身で魔力をたっぷり纏ってやってきた彼は、正にご馳走であった。
それ故にエルダは狙われ、こうして捕らわれてしまったのである。
「殺すなら…さっさと殺せ…!!」
触手の生態系に関して無知なエルダは、にじり寄って来る触手に殺そうという意志が無いことを知らず、憎々しげに吐き捨てる。
身に纏う物を全て剥ぎ取られ、手足を縛り付けられて地面に磔にされる屈辱極まりない格好になっても、まだエルダの中には騎士としての誇りが残っていた。
だからこそ彼は、敵の手に落ちて無様に生き延びるぐらいなら、誇り高い死を選ぶ。
「どうした、まさか怖じ気づいたのもがっ……!?」
しかし、触手はそんな事などお構いなしに、自身の本能のままエルダの口の中へと一本の身体を潜らせた。
(く、身体の中へ入る気ですか……!?)
口の中でなまめかしく動くその異物感に、エルダは咄嗟にその口を閉じて触手を噛んでしまう。
ぶしゅっ、と潰れたトマトのように触手の中から液体が弾けだした。
「んんっ!?ん、んぐっ……んっ……!!」
吐き出す間も与えられずに、触手が放出した液体はエルダの喉を通過する。
味のしない、独特の粘り気のある液体を無理矢理送り込まれてエルダは何度も吐きそうになるが、口内にぴったりとはりついた触手がそれを許さなかった。
放出が終わるまでの時間は、実際には1分と経っていないのにエルダには数時間の長さにも感じられるようだった。
「……ごほっ!!げほ、げほぉっ!!」
放出を終えた触手が満足そうにエルダの口の中から出ると同時に、エルダは強く咳き込む。
呼吸がある程度落ち着くと、口の中にまだ残っている液体を唾と一緒に勢いよく吐き捨てた。
(水責めの、つもりか……?でも、途中で止めたのは、どういう……)
酸素がろくに回ってない頭に浮かんだ疑問は、すぐに解消される。
「はぁっ、はぁっ……ぁ……うぁ……?」
ぐらり、とエルダの視界に映る景色が揺れて、全身から力が抜ける。
身体の感覚がどことなく鈍くなり、意識がはっきりとしなくなる。
だというのに、ある一点の変化だけは敏感に感じ取ることができた。
(……あつ、い……わた、しの、せいき……が……)
エルダの男としての象徴、衣服を全て剥がされて露出した男性器だけは唯一、存在を主張するかのように股の間でそそり立っていた。
触手が大量に撒き散らした媚薬は、対象が男性であろうと関係無しに効果を発揮していた。
エルダには、性行為に対する知識が全くないわけではない。
しかし、淫らな行為を汚れたものとする教団の教えを信じ切っていた彼に自慰の経験などあるわけもなく、ましてや自らが強制的に興奮させられたこともわからない。
自分の身に何が起きたか把握できていないエルダには、下半身へと伸びた触手の行動も理解できなかった。
その触手は、女を犯し孕ませる目的のものと異なった形状をしていた。
本来ならば尖るべき先端部分は窪み、その中に粘液でどろどろになった空洞を形成している。
その目的は、乳房に吸い付くことで、母乳に含まれる魔力も逃さず啜ろうとする為のもの。
それは、品定めするようにエルダの肉棒の前で動きを制止する。
――そして、立派にそそり立つそれを、一気にくわえ込んだ。
「……っ……!!ぁ……ぅぁ……!!」
エルダの口から、声にならない叫びが漏れた。
粘液を潤滑液として、触手は性器を柔らかく包み込む。
その感触は、さながら男性用の性具――親魔物領では、オナホールと呼ばれる物のよう。
ただでさえ媚薬の作用で敏感になっていたエルダの肉棒に、経験などない快楽が与えられ、エルダの全身がビクリと痙攣した。
触手は、ただ包み込むだけに留まらず、ぶるりと震える。
膣の役割を果たす中の肉壁が、魔力を放出させようと蠢きだし、挿入されているエルダ自身に刺激を与え始めた。
「んあぁっ……ぁっ……ぅ……」
中で責められる度、どんな責め苦にも耐えられるよう鍛え抜かれた肢体は小刻みに震える。
得体の知れないモノに、訳も分からないままに体を蹂躙されているだけではなく、それを苦しいと感じるどころか心地よく感じてしまう。
騎士として屈辱極まりないことなのに、それを思考するだけの意識さえも媚薬のせいで失われていた。
そして、余りにもあっけなく、絶頂の瞬間はやってくる。
「あっ……!!あぁっ、ぁっ……」
尿道を駆け上ってきた子種はびゅるり、と先端より勢いよく迸る。
初めての快感に身悶えするエルダを尻目に、魔力の混じった白濁液を受けた触手は喜びの感情を示すかのようにより強く肉棒をくわえ込み、ぶるぶるとその身体を震わした。
しかし、いくら魔力が含まれているとはいえ、そこに含まれている量はそう多いものではない。
その上、エルダの肉体は人間の男性のものであり、いくら達しても体外に魔力を放出はしない。
その時放出された精液全てを吸収したところで、その魔力の量は触手を満足させるにはまだまだ不十分であった。
そこに、地面からもう一本の触手が姿を現す。
それはちょうど、エルダどころか多くの男性にとっては不浄の地である肉体の箇所……菊門の真下。
そこから突き出た触手は、正確にエルダの中へとその柔らかい身を潜らせた。
「ひぐっ……!!あがっ、あぁっ……!?」
今まで、排泄にしか使われなかった器官。
その中を無理矢理押し広げながら、ずぶずぶと奥へ奥へと侵入される感触にまず、エルダの痛覚が反応して口から苦悶の声が漏れる。
しかし、軟体動物のような柔らかさの触手が括約筋に締め付けられ、腸壁に擦りつけられる感触は、媚薬の効いた身体に痛みだけでなく快楽ももたらした。
「うあっ……!!あぁっ……はぁっ……!!」
腸壁の中を強く押すようにして、前立腺が強引に刺激されると、萎えていたエルダの肉棒は再びその勢いを取り戻していく。
すると、肉棒を包み込んでいる触手が動き出して、撫でるような動きで肉壁が竿を刺激し始めた。
前からは優しく愛撫され、後ろからは激しく抽送が繰り返される。
エルダは身悶えすることさえもせずに、触手の責めに嬌声をあげ続ける。
「んあっ……んああぁぁぁっ……!!」
程なくして、彼は再び達してしまった。
「あぁっ……っ!?も、もう、むりっ……!!やめっ……っ……!!」
しかし、二度の射精の感覚に心身共に疲弊しようとも、触手は動きを弱めるどころか、より動きを激しくしてエルダに襲いかかる。
上げようとした悲鳴は、嬌声の中に飲み込まれて消えていく。
(……だれ、か……た、すけ……)
快楽以外の全ての感覚が鈍くなっていく中、焦点の合っていないとろけた瞳には、走馬燈のように彼の人生が映っていた。
エルダ=リカルドは、自らを産んだ親の顔というものを知らない。
物心ついた時から、彼は孤児院で育てられていた。
彼を育ててくれていた神父は親について何も語ろうとはしなかったが、エルダは特にその親について深く尋ねようとしたことはなかった。
エルダにとっては、毎日の食事と寝床、それに行き場を無くした孤児院の子供達に充分な教育を施してくれる神父こそが親の代わりであり、だからこそ彼は神父、そして彼の仕える教団へ、自らを育ててくれた恩に報いたいという気持ちが強かった。
その神父には、勇者率いる強大な騎士団を擁する権力もあった。
教育の際に、自らの子飼いの勇者の活躍をまるで自分の事のように自慢げに語るのは彼の日課も同然。
その話を聞く度に、世を乱す魔物の存在から人を護る正義の使者、何よりも神父から絶大な信頼を寄せられる『勇者』という存在に憧れを抱くようになった。
エルダもまた、かつては勇者になることを志した一人であった。
しかし、その夢は勇者としての適正を検査されたその日、脆くも崩れ去ることになる。
エルダの国では、勇者になる為には様々な試験を通過しなければならないのだが、その前に最小限の条件を満たしていなければそもそも試験さえも受けさせてはもらえなかった。
その条件とは、『様々な魔術に対する理解、及び正当な行使のできる者』。
建前として書類にはそう記されているが、実際に気にかけられているのは高位の属性、光の魔術を行使できるか否かという一点のみであった。
理論さえ学べば多少の差はあれどある程度は誰でも行使できるようになる他の属性とは異なり、光の属性は当人の魔力の質によって先天的に使用できるかどうかが決まる。
資質が問われる分、光の魔術には強力な種類が多く、その為に光の魔術が使える者は教団から『神の加護を生まれながらにして受けた、勇者の才ある者』とされていた。
だが、いつからかそれは、光の魔術を使えない者は勇者としての資格すらも無い、という歪んだ判断基準を植えつけてしまうこととなる。
そして、エルダには全く光の魔術を扱えないことが判明した。
折しも、その日はエルダが孤児院を卒業する日であった。
勉学において孤児院では誰よりも優秀で、神父も勇者に一番近いと褒めてくれた。
それでも決して慢心することなく、日々勇者になるべく努力を惜しまなかった。
それなのに、光の魔術が使えないというだけで、教団だけではなく神父さえも手の平を返すようにただの一般騎士となったエルダには見向きもしなくなった。
自分が信じていた者全てに見放されたエルダは、それでも諦めようとしなかった。
勇者になることができなくとも、自分なりに教団の役に立つことは出来るだろうと、所属する騎士団に自ら部隊を作り上げた。
集めたのは、自らと同じ境遇の者。同じ傷を持つ彼等となら共に歩み、痛みも喜びも分かち合うことができると信じて。
エルダは隊長という肩書きにこだわりを持っていなかった。
隊の者は共に支え合う仲間であり、そこに上も下もない。
そう考えて、部下とは積極的に交流をしてその意見を取り入れることも多かった。
部下達もまた、訓練の間は厳しくとも、終われば優しい笑顔で労いの言葉をかけてくれるエルダを自然と信頼するようになった。
そうして、力を身につけていったエルダの隊は彼の願っていた通りに、勇者に並ぶ戦果をあげるようになっていった。
ようやく教団の恩に報いることができるようになったと、エルダは自らと行動を共にしてくれた仲間と喜びを分かち合った。
……それこそが、教団に取って邪魔になっていたことを知らずに。
勇者に選ばれた者には、莫大な富が与えられる。
教団による選別が行われている分一人一人が強大な力を有している事を考えると、当然の措置である。
それらは、表向きには信徒が善意で寄付した金の一部と教団によって支払われていると言われているが、実際には異なる。
エルダの国では、各々の勇者が仕える司祭というものは定められており、実質的に勇者の行動を決定する権限も全てその司祭が握っていると言っても過言ではなかった。
ある勇者が手柄を立てれば、その背後にいる神父にとっても手柄となり、教会での立場はより盤石なものになっていく。
そして、これは教団の中においてもごく一部の者しか知らないことであるが、その手柄に応じて信徒からの寄付金が神父の懐に秘密裏に与えられるようになっていた。
自らの権力の為に、司祭が勇者を食い物にするのが、この国の『教団』と呼ばれる物の正体。
ところが、エルダの隊は勇者の所属する部隊ではない為に、彼等の手柄は神父達にとっては何の益にもなる行為ではない。
教団の為を思ってのエルダの行為はむしろ、教団の者にとっては自分たちの手柄を横取りする邪魔者にしか映らず、エルダの部隊は戦果を上げる度に教団の者から白い目で見られるようになっていた。
教団の内情を知らずとも、自分に向けられる視線に含まれる悪意に薄々感づいたエルダは、ある日神父へとその件についての相談を持ちかける。
『君の部隊……えぇと、君の名前はなんだったかな?』
『……っ!!え、エルダ=リカルドと……申します……』
『そうか、エルダ君と言うのか。それでは、話を戻すが……』
自らを十年以上に渡って世話をしてくれた神父の言葉は、背中に冷水を流し込まれたかのように冷ややかだった。
忙しい方だから、昔育ててもらっただけの自分のことなど忘れても仕方ない。
内心で言い聞かせて、表情に出さないように必死に堪える。
しかし、エルダが平静を保てるのは、そこまでであった。
『君達の部隊は、個人個人が力を持ちすぎている。私の部隊のように、勇者によって統制の取れた部隊ならともかく、勇者のいない部隊ではいつ離反者が出てもおかしくないだろう?』
それは、暗に勇者がいない部隊を微塵も信用できないと語っているのと同義であった。
『わ、私が教団に背くなどありえません!! 部下達もです!!私がこの目で選んだ者達に、そのようなことはする者はおりません!!』
『百歩譲って、君が裏切らないということは信頼しても良い。だが、君の部下はどうだね?あれだけ大勢いるのだから、一人ぐらい神に背くものが居てもおかしくはないと言う疑念がどうしても残ってしまうだろう。辛いかもしれんが、これは私一人ではどうすることもできん問題なのだ……』
『……っ!!』
『君達はこれまでよくやってくれた。だから、もう無理に続けずとも主神様であれば許しを……』
その続きは、耳から流れていくように頭に入ろうとしなかった。
エルダは、自分一人が騎士を辞めればいいのであれば、そうするつもりでいた。
しかし、これは部隊そのものを潰せ、と暗に語っている。
そうなれば、勇者を目指し、ひたすらに剣を振るい続けてきた自分の部隊の者達はみな、騎士以上にまともな職になど就けはしないだろう。
自分が選んだ者達が、選ばれてしまったせいで追い詰められる。
それだけは、なんとしてでも防がなければならなかった。
『……私、一人ならば……信用していただけるのですね?』
『……む?』
その為に下した決断は、非情なもの。
エルダが部隊の方針について完全な独断で決めたのは、この時が初めてであった。
『でしたら今後、我が隊は私の命令のみで動き、個人の判断により動くことを一切禁じます。教団に対して何らかの不穏な動きを見せた者は即刻除名し、隊を厳格に取り締まります』
『ほほう。確かに、君の言うことに忠実な部隊になるとするならば反乱の心配はなくなるだろう。しかし……可能なのか?』
『はい、必ずや成し遂げてみせます。私はまだ、主神様のお許しを得られるなどと思い上がれる程の事を成してはいません。ですからどうか今一度、教団の為に我が身を捧げる事をお許しください……!!』
……神父がそれを承諾したのは、放っておけばいずれこの無謀な計画を持ち出した部隊が自滅するだろうと思ったからであった。
そこに神父の誤算があったとするならば、彼を信頼していたエルダの部隊の騎士達の中に異を唱える者がおらず、隊が瓦解することがなかったということ。
そして、エルダが優秀であった為に、彼の判断は隊を常に勝利へと導き、より彼への隊員からの信頼を強めていったことであった。
ただしそれは、エルダと対等と呼べる存在が隊の中に一人としていなくなることでもあった。
教団の為を思い行動すれば行動するほど、彼自身はどんどん追い詰められていく。
それでも、自分は教団の役に立つことができているのだと、信じていた。
レスカティエ潜入という、絶望的な任務を言い渡されるまでは。
(あぁ……そうでした、ね……)
生気を失った瞳が、過去から現在に視点を引き戻す。
(きょうだんに、すてられて……ぶかを、じぶんから、とおざけた……わたしを……たすけてくれる、ひとなど……いるわけが、ありませんね……)
ぐちゅぐちゅ、と下半身から聞こえる淫らな音。
それはちょうど、絶頂に達する瞬間であった。
精を放出する際の突き刺さるような快楽と、それを嬉々として吸収する触手。
何度繰り返したかもわからない、その光景。
「うぁぁ……ぁっ……?ぐ、あぁぁぁぁぁ!?」
ただ一つ違うのは、エルダが燃え盛るような熱を全身から感じ始めたことであった。
「あぁぁぁぁぁ!!うぅ、うぁぁぁぁぁ!!」
まるで全身を溶かし尽くしてしまうような熱に、触手に全身を弄ばれたことで耐えることさえ忘れたエルダは、悲鳴をあげて暴れ回る。
それに気圧されたかのように、彼を外から中から搾り取ろうとしている触手も動きを止めた。
そもそも、エルダが触手に襲われることになったのは、彼がレスカティエの内部で魔硝石を用いた鎧を外してしまった為に、多量の魔界の魔力が身体に染みついてしまったからである。
それは触手との行為によって多少排出されてはいても、大部分はむしろ魔物との性行為と何ら変わらぬ快楽を産み出すその行為によって彼自身の中へと吸収されていった。
一度に多量の魔力を吸収してしまった彼の身体は、急速に変化を始める。
真っ先に変化を見せたのは、彼の鍛え上げられた上半身であった。
日々積み重ねた鍛錬によって磨き上げられた、腹筋。
硬く隆起したそこが、身体の中に溶け込むようにしてなだらかになっていく。
鍛錬の成果である筋肉の強さはそのままに、腹回りからは完全に筋肉が消失して、代わりに触れば弾みそうな柔らかさを持つようになった。
魔術を使えない分も力強く剣を振るう腕は、ゴツゴツとした角が取れて、丸みを帯びたしなやかな形になる。
元々男性としては細かったそこは更にもう一回り細くなり、触手の締め付けが一瞬緩くなる程であった。
対照的に、部下を抱きとめられる引き締まった胸板には、腹部同様の柔らかさだけでなく、丸い膨らみができていく。
それは丘のような緩い物であったが、確かに乳房を形作っていた。
「ぐあぁぁっ……!!あぁぅ、うあぁぁ……!!」
口から漏れる悲鳴は、明らかに音程が高くなっていた。
暴れる体力が底を尽き、ぐったりと横たわるエルダは、それでも自分の身体の異変には気付かない。
熱だけではなく、体の中を直接ぐちゃぐちゃに掻き回されるような、作り替えられるような感覚。
それは決して痛みがあるのではなく、電流のような快楽を伴って彼の下半身から這い上がるように全身に広がって、彼のありとあらゆる感覚を狂わせる。
そのために、彼は自らの男性の象徴が収縮しつつあることでさえもわからなかった。
いつの間にか中から睾丸が姿を消した陰嚢は、下腹部にわずかに盛り上がりが見える程度に縮み、陰毛ははらりはらりと抜け落ちてしまっていた。
男性としての役割がなくなった器官は、目覚めの時を待ちわびていたかのように自然に真ん中から開き、割れ目が形成される。
さながらに唇のような形になった下腹部のその器官に、いまや小指よりも小さくなってしまった陰茎が吸い込まれるように縮んでいき、最終的には唇の上端で小さな突起となって収まってしまった。
女顔のエルダが唯一男性であることを主張していた逸物は、すっかり女性器へと変貌してしまっていた。
くちゅり、とできたての器官から一筋の粘液が漏れる。
変化は外見上だけのものではなく、出来たての膣壁が魔力によって体中を弄ばれる快楽に反応してその中を早くも湿らせていた。
「あ、あぁ……?うぁぁ……!!」
だが、全身を巡る熱は、それだけの変化を及ぼしてもまだ収まろうとはしなかった。
頭、背中、更には臀部、と局地的な熱さはむしろ強くなっている。
それは、熱というよりもむしろ痛みに近く、例えるのならば内側から何かが生まれるかのような異物感を伴ってどんどん強くなっていく。
痛みに頭を抑えたくとも、細腕は触手に縛られたままで、もどかしさだけがエルダの中に蓄積されていく。
「ぅ……うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
それは、体の変化に比べれば一瞬のことであった。
叫ぶエルダの頭より黒く硬質の物が突き出し、頭に沿うようにして伸びる。
先端を尖らせたそれは、山羊の角のようにも見えたが、一方で背中からは蝙蝠のような黒い羽が生え出していた。
何よりも特徴的なのは、尾てい骨の辺りから伸びる物だった。
一見黒い紐のようにも見えるが、先端にはハートマークが付属したそれは、形容するならば尻尾と呼ぶべき物。
「ぁぅ……はぁっ……はぁっ……」
熱がようやく収まると、苦悶で閉じられていたエルダの目蓋がゆっくりと開かれる。
空を映したようなエルダの青色の瞳は、血のように鮮やかな真紅に染まっていた。
その身体は、どこからどう見ようともサキュバスの肉体そのもの。
男性であったエルダは、魔物の女性へと成り果てていた。
「これ、は……わた、し……ひぅ!?」
そこでようやく自分の身体の異変に気付くエルダの出来たての秘裂に、触手が触れる。
吸い付いて犯す種類のそれは、とろりと垂れる愛液を逃さないようにするかのように、その先端を押しつける。
触手はぴったりと覆う蓋のように、その身を広げて張り付いた。
「ぇぁ……やぁぁぁっ!!」
そのまま、触手が上下に動き出した。
「やっ、やぁぁ!!な、なにっ、これぇ……!!わたし、どうなっ、てぇ……!!」
女性器同士を擦りつけ合うかのように、触手の柔らかさがエルダの大事な入り口を刺激する度に、甘い快感がエルダの身体を駆けめぐる。
男性として味わった快楽が、遠い昔のことのように感じるような痛烈な痺れは、触手が受け止める粘液の量も増やしていく。
触手の動きも呼応するように激しくなり、淫靡な音がエルダの鼓膜をより強く振るわす。
何かが蓄積されて、高まっていくような感覚がエルダの中にあった。
「んくっ……!?」
それが最高点に達しそうになった時、触手の身の一部が下唇の小さな突起に触れる。
くりっ。
小さな動きで、エルダの陰核がつままれた。
「う……ああああああっっ!!」
それを引き金にして、目の奥で何かが弾けて、エルダの身体がびくびくと痙攣する。
透明な液体が蓋の内側で撒き散らされ、その全てが触手に吸収されていく。
エルダの身体から放出された魔力を受け取った触手が、周囲でうねった。
「はぁっ……ぁ……」
女として、初めて迎えた絶頂。
エルダの顔は上気して吐息も荒く、とろけた瞳はぼんやりと虚空を見つめている。
だが、触手達にとってはそれさえも、ほんの前戯にすぎなかった。
全身を貪り尽くすようにしてでも魔力を啜ろうとする触手達が、何より効率よく魔力を吸収できる場所。
魔物として……女として、男を受け入れる為の場所。
苛烈な責めにより異物を受け入れる準備が整った下の唇に、先端を尖らせた触手が触れた。
「……っ!?そ、そこ、は……」
駄目です、と言いかけた唇が、それ以上に言葉を紡がない。
魔物としての本能が、頭の中で警鐘を鳴らす。
そこに侵入させてはならないと、ガンガンと鳴り響く。
(でも……わたし、には……もう……まもるべき、ものなど……なにも……)
それでも、エルダにはそこを守ろうとするだけの強い意志が残されてはいなかった。
誰の為なのかもわからないまま無理に守ろうとするぐらいなら、この奇妙な生物に捧げてしまっても構わないという気持ちにさえなっていた。
(それなら、いっそ……このまま、ずっと……ここで……)
生気の無いエルダの瞳が、静かに閉じられていく。
力の抜けた肢体が、触手に委ねられる。
くちゅり、と音を立てて、触手がついにエルダの秘所へと侵入を果たした。
その身の全てを触手達に明け渡したエルダは、何も見えなくなった視界と共に深く、深く、闇の中へと堕ちていく……
『―――――――隊長!!』
「…………え?」
声が、聞こえたような気がした。
暗闇の中で導く一筋の光のような、明るい声。
呼ばれるように、エルダは目を覚ます。
……薄い膜に触れる、冷たい感触がした。
「だっ……駄目です!!そこは……!!」
手足を縛りつけ、全身を責め上げられ、今更言葉が届くなどとは思っていない。
それでも最後の力を振り絞って、エルダは必死に言葉を紡ぐ。
――――――紅い瞳から、枯れ果てた筈の涙がもう一度頬を伝って流れ落ちた。
「そこ、は……ネイワに、捧げるんです……!!だから、駄目なんです……!!」
それは、無意識に発した想い。
その一言であれだけ激しい責めを繰り返していた触手の動きが、ぴたりと止まった。
「えっ……?はぁっ……ん……」
ずるり、ずるりと淫靡な音を立てて、身体の中から異物が抜けていく。
べとべとになった触手が引き抜かれると、手足の束縛からも解放された。
(どう、して……?あれだけ私を苦しめておきながら……)
辺りを見れば、一面を覆い尽くしていた触手の殆どが、既に地中へと潜っている。
触手の拘束から完全に解放されつつも、困惑を隠せないエルダの顔に、一本の触手がにじり寄る。
横たわるエルダの眼前にやってきた触手は、きょろきょろと辺りを見回す人間のように突起の部分を左右に数回振ってから、それをエルダの顔に近づける。
「……っ!!…………?く、くすぐったい、です……」
先程までの責めを思い出して硬直したエルダだが、触手はただ、エルダの顔にこびりついた粘液の部分にその身を軽く擦りつけるだけだった。
それが数回繰り返されると、顔の粘液は綺麗に拭き取られる。
これはエルダが気付かないことであったが、その肌は更につやを増して、よりその表情からは色気が醸しだされるようになっていた。
(ひょっとして……私の言うことを、聞いて……?)
正確には言葉の意味を理解したのではなく、エルダの感情を読み取ったに過ぎない。
人語を理解せず、本能のままに動くような触手でも、たった一つ理解しているものがある。
それは、魔物娘達、ひいてはその夫達の意にそぐわない犯し方だけは絶対にしてはならないということ。
かつて、その禁忌に触れた同胞達の、魔物娘による報復の恐怖は、本能として彼等に刻みつけられていた。
綺麗になったことを確認するかのように顔の前で制止していた触手は、そわそわ落ち着きなく左右に先端を揺らしてからぺこり、と先端の部分を下げる。
その仕草は、叱られた小さな子供が謝っているかのようだった。
(この子……)
手を伸ばして、その先端にそっと触れる。
独特のぬめりをその手で感じると、エルダは微笑んだ。
「大丈夫ですよ。私は、怒ってなんかいませんから」
優しく撫でてやると、触手は手の中で照れたかのようにその身体を丸めた。
不思議な感覚だった。
エルダの中に、目の前の生物を不快に思う気持ちはもうない。
それどころか、なめくじのようにうねるこの奇妙な生物に、愛おしさのようなものさえも抱いてしまっていた。
「ありがとうございます。貴方達のおかげで、私は大切な事に気付くことができました……」
それは、心の底からの感謝の気持ちだった。
エルダの胸中を占めるのは、『彼』のことばかり。
それでも、受け取った恩に報いずにここを黙って去れる程、エルダは不義理ではなかった。
だからこそ、エルダは感謝の気持ちを自分に出来る最大限の形で表現する。
「だから……いいですよ。『ここ』をあげる訳には参りませんが……それ以外なら、全てを……ひゃぁぁん♪」
本能で許可を貰えたことを理解した触手達は、引っ込めていたその身を再び地上に生やし、我先にとエルダの魔力を求めてその肉体に群がった。
ある触手は乳頭の先端を執拗に弄り、またある触手は髪の毛をかき分けて首に吸い付き、へそをほじり、唾液を吸い尽くし、尻肉を揉みしだき、処女膜を割らないように浅く膣壁を刺激し……
「ふぅ……ん♪こ、こらぁ♪そ、そんなに、がっつかないでっ、くださいよぉ♪私は、逃げませんからぁっ……みんな、満足させてっ、あげますからねっ♪やぁっ♪」
その中で、エルダは優しく触手達をなだめる。
その顔は、男性どころか人間の女性では強すぎて耐えられない快楽を全身から与えられているのに、子供を見つめる母親のように穏やかな笑顔を浮かべていた。
その肉体も、無数の触手達に包まれ、外からは見えなくなっていく。
「……っ♪……ぁっ………ぁぁっ………………っ………………………♪」
そして、エルダの喘ぐ声だけが、辺り一面に生えた触手の中からくぐもって聞こえてくるのだった……
『隊長!!どういうおつもりですか!!』
教会騎士団、その中でもエルダの部隊に与えられた比較的小規模な駐屯所。
その廊下を歩くエルダの背中に、怒声に近い声がかけられた。
振り返ると、部隊の中でもまだ若い青年の姿がそこにあった。
彼の部隊の人間は全て彼自身の判断で声をかけている為、まだ部隊に入って日が浅い人間であろうとエルダは全員の顔を把握している。
だから、その青年の名前も当然覚えていた。
『貴方は確か……ネイワ=サブテインでしたか。私に何の用がおありで?』
『あ、な、名前を覚えていただいて、光栄の極みです!!……って、そうじゃなくって!!』
一見して騒がしいタイプだと判断できた上に、本日の武芸訓練での模擬試合の彼の戦績が芳しくなかったことも相まって、ネイワに対するエルダの第一印象は、そう良いものではなかった。
『今日の定例報告の件です!!何故、あんなことを言い出したのですか!!』
毎日の訓練を終えた後に開かれる、連絡事項の報告会。
その席で、これからは隊長の命令は遵守し、一切の反論を禁ずるとエルダが提唱したのは、この日の事であった。
これまで、エルダは肩書きこそ隊長であったがそれは便宜上のもので、実際は訓練の指導以外においては部下にも友のように気さくに声をかけてくれる優しい隊長であり、上下関係はあってないようなものであった。
それなのに、彼は今日になって突然その方針を変えると言い出したのだ。
ある程度の反感は買うだろうという予測はしていた為に、エルダは冷静な表情のまま答える。
『何故、とは?本来、隊とは規律によってまとめあげられるものです。そしてそれをまとめ上げる者を無くしては、隊とは成り立ちません。私はただ、当然のことを申し上げたまでですが?』
『今までそんなこと一度だって言わなかったじゃないですか!!隊長、部隊は私にとっての家族だ、って……それぐらい大事に思っている、って……!!それなのに……』
それは、かつて落ち込んでいるネイワに対して放った言葉。
エルダにとってそれは本心であり、ここにいるネイワとて大切に思っているのは真実だった。
しかし、それを認めてしまえば、それは神父の、教団の意志に背くことになる。
あくまで“部下”にかける言葉として、エルダは淡々と述べた。
『それは、これまでの私が過ちを犯していたまでのことです』
『…………っ!!』
ネイワの表情が、固まる。
はっきりと告げたエルダの言葉が、彼の心臓に鋭く突き刺さって、握られた拳が力なくほどけた。
しかし、ネイワは歯を食いしばって耐えると、もう一度エルダに向き直る。
『……教団の奴らに、何か言われたんですか……!!』
憎しみさえも感じられるその問いに、エルダは答えなかった。
『……発言に注意しなさい。教団への侮辱は、直ちに罪に問うことも許されているのですよ』
『……っ……侮辱なんて、そんな、つもりじゃ……』
ネイワは気まずそうにうつむいて、弱々しく漏らす。
『でも、これじゃ……あなたを護る人が、誰もいなくなるじゃないですか……』
再び握られる、拳。
彼は、まるでそれが自分のことであるかのように、辛そうな表情を浮かべていた。
『……もう、結構です。教団、ひいては私への不敬な態度、今回は見逃します。ですが、明日の訓練の後、貴方は居残りなさい。再度訓練をこなしていただくことで、今回の件は不問としましょう』
『に、二倍の訓練をやれってことですか!?そんな……!!』
『反論は認めません。これは決定事項です。それでは、私はこれで失礼させていただきます』
何かを言おうとしていたネイワの言葉を待たずして、エルダは踵を返す。
『あ……!!た、隊長……っ……』
後ろでネイワの呼ぶ声がしたが、振り返ることはなかった。
……教団の望む、規律を重んじる厳格な隊長として、罪悪感で痛む胸元を必死で抑える姿を、見せるわけにはいかなかったから。
「あぁ……そうです……」
触手の森の中で、産まれたままの格好をしたエルダが寝かせられている。
体中を触手の分泌する粘液まみれにしながら、その表情は恍惚とした笑顔で暗い空を見上げていた。
「あの時から……貴方は、私の傍にいようと……私を支えようとしてくれましたよね……」
本当に満足させるまで相手をしてあげたらしく、無数の触手の姿は周囲のどこにも見えなかった。
腕に力を入れて、ゆったりとした動作でエルダは起き上がった。
『必ず……貴方の元へ帰ります!!』
脳裏に浮かぶのは、別れ際に放った言葉。
「約束、しましたからね……」
真紅の瞳がただ一点を見つめる。
闇に包まれ先の見えない森の中でも、その目は何かを捉えているようであった。
「迎えに行かなければ……なりませんね」
バサリ、と背中で蝙蝠の形をした翼がはためく。
体が宙に浮かびあがることに、何の疑問も抱くことはなかった。
そして、エルダは魔界の空を飛んでいく。
目指すは、魔界国家レスカティエ。
ネイワ=サブテインの果たした役割は、非常に大きなものだった。
頭に叩き込んだ地図の情報を頼りに、レスカティエの街中を一人、自らを狙う魔物からひたすら逃げ回る。
体力の限界を越えても、隊長の無事だけをひたすら願い、立ち止まることだけはしなかった。
例え、それが魔物にとって、ほんの遊びでしかなかったとしても。
自分を追い掛けているのがたった一人だということに感づいたのは、自らの部隊を追い詰めたあの首無し騎士の姿しか辺りに見えなかったことが原因であった。
それでも、自分を追い掛けてくれているおかげでエルダの元に彼女が向かっていないというだけで、彼は走り続けることができた。
そして、現在。
「さぁ、大人しく観念するんだな!!」
「嫌だね!!お前等に屈服なんて死んでもするか!!」
路地の真ん中で、ネイワはハクナに押し倒されていた。
「あぁ、いいぞ!!その、硬く決意に満ちた表情!!隊長を思い、一人でも行動する信念!!そして、私を吹き飛ばすその意志!!私は貴様を気に入った!!だから、私のものにしてやるぞ!!」
「ふざけんな!!俺は、お前の事なんかこれっぽっちも好きじゃねぇ!!」
兜は剥がされ、手も足もハクナによって強引に路地の硬い石畳へと押さえつけられ、ネイワに彼女から逃れる手段はない。
それでも、心だけは決して折られまいと、エルダの別れ際の言葉を信じて彼は抗い続けていた。
「それでこそ、私が見込んだ男……だからこそ、私の魅力で骨抜きにしてやる甲斐があるというものだ!!」
「……やっぱり最悪だな、お前等」
あくまで強気な態度を貫く彼にも怯まず、不敵に笑うハクナに、ネイワは溜息をついた。
「そうやって、何でもかんでもセックスで何とかなるなんて思いやがって……!!いいか、俺はお前とヤった程度じゃお前の事なんて好きにならねぇよ!!つうか、お前等のそういうところはむしろ大っ嫌いだね!!」
「ふふっ、強情だな。大丈夫だ、私とて魔物の端くれ。すぐに貴様を、私の虜にしてやろう……」
「……っく!?か、体が……」
何かの魔術を使われたのか、力を加えられているわけでもないのに、体の自由が効かなくなっていた。
無抵抗になったネイワの背中にハクナが手を伸ばすと、鎧の留め金が外されて地面に落ちる。
魔硝石によって守られていた体が、高密度の魔力に晒された。
「うっ……くっ……」
「苦しいのか?すぐ、楽にしてやる。だから、貴様は私を黙って受け入れてしまえ……」
ハクナの手が、そっとネイワの頬に触れる。
白く滑らかな手の感触が、魔力に犯され始めた脳に、心地よさを伝える。
ハクナの顔が、唇に迫らんとぐっと近づいてくる。
つり目がちながら、長いまつげで飾られる赤い瞳。
すっと引かれた鼻筋と、口紅が塗られたかのように赤く潤う唇。
尖った耳も愛嬌となって彼女を引き立てるかのよう。
間近で見る彼女の顔は、戦っている時よりもずっと魅力的に見えた。
「……ぁ……」
ハクナを、止めることができない。
情欲が高ぶっていることには気付いていながらも、ネイワの中にはこのまま流されてしまっていいのではないかという気持ちが芽生えつつもあった。
「たい、ちょう……」
必死に抵抗しようとしている理性が、その名前を呼ぶ。
最後にもう一度その顔を見てみたかったと、思った。
「ネイワから離れなさい、そこの魔物!!」
勇ましい声が路地に響き渡ったのは、その時だった。
「え……」
その声で、ネイワは我に返る。
聞こえてきたのは、女性のもの。
けれどその叫び方は、自分達を率いて先陣に立つ、あの人にとても似ていて。
「……なんだ、貴様は?」
今まさに唇を奪わんとしていたハクナも、睨みを利かせて立ち上がる。
ハクナが振り向いたその先に、一人の淫魔が立っていた。
肩まで伸びたクリーム色の流れるような髪と、そこから生えた角。
赤い瞳は真っ直ぐにハクナを睨んで、胸の先にはほんのりとした桃色の突起が……
「〜〜〜っ!?!?!?!?!?」
そこまで見たところで、颯爽と現れた淫魔が、衣服の類を何も身につけていないことに気付いてネイワは慌てて顔を背けた。
女性とは話したことすら満足にないネイワにはとても直視はできずに、その顔が魔物の瞳の色にも負けず劣らず赤く染まる。
「誰だか知らんが、この男は私の獲物だ。邪魔をするな」
雰囲気を壊されたことに気分を害したのか、明らかに不機嫌なハクナは淫魔を睨む。
「貴方に彼は渡しません。大人しく、身を引いてください」
対する淫魔も、一歩も引かない。
二人の魔物のどちらが勝ったところで、ネイワが魔物のものとなってしまうのが変わらない以上、状況は決して好転しているとは言えない。
それなのに、淫魔のその姿を見ていると、ネイワは何故だかとても安心した。
「そうか……ならば、貴様には力ずくでも諦めてもらうぞ!!」
落ちていた剣を拾い上げたハクナが、淫魔目がけて突進する。
元々何メートルもない距離、彼女がその間合いを詰めるのは数瞬の間のことだった。
「……っ!!危ない!!」
いくら魔物でも、剣に切られればただでは済まない。
思わず、武器を何も持たないその魔物に叫んだが、既に遅かった。
銀色に光る剣が、その頭上へと容赦なく振り下ろされる。
……その時ネイワには、淫魔がこちらへ向けて微笑んでいるように見えた。
「……なっ!?」
次の瞬間には、淫魔が片腕でその剣を掴んでいた。
ハクナが慌てて剣から手を離そうとする前に、淫魔の右の手が素早くその頭を掴み、引っ張り上げる。
「邪魔は……貴方です!!」
首が取れて一瞬バランスが崩れたハクナの胴体が、思い切り蹴り飛ばされた。
鎧の上から素足で蹴ったにも関わらず、その胴体は思い切り吹き飛ばされて、無様に路地へと転がった。
人間相手には無類の強さを誇る魔界銀であるが、そこには弱点もある。
それは、既に魔物となっている者に対しては、ただの斬れない銀でしかないということ。
しかし、それを差し引いても、腕力でねじ伏せられる自信があったからこそハクナは使ったのだが、それを片手で受け止められるなどとは夢にも思っていなかった。
「くそっ……!!まさか、私が日も変わらん内に二度も負けるとは……!!」
屈辱で、苦虫を噛みつぶした顔になるハクナの首が、鷲掴みへと持ち替えられる。
「……!?こ、この握り方……!!貴様、さっきの……!?おい、私に何をする気だ!!」
「……もう、二度と邪魔できないようにしてあげます」
そう言うと淫魔は右手に首を抱えたままにして左足を持ち上げると、右足を軸に左足を思いっきり前へと突き出す。
淫魔の意図を察したハクナの表情が、そこで初めて引きつった。
「ま、まさか!?おい、やめっ……!!」
慌てて止めにかかったハクナだが、既に淫魔の細い腕は大きく振りかぶられていた。
「吹き飛び……なさいっ!!!!」
「ろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお……!!」
投げ出されたハクナの首が、魔界の空を勢いよく飛んでいく。
やがて、その姿は夜空の星となって消えていった……かのような速さで、見えなくなった。
残された胴体は、後ろでふらりと立ち上がると首の飛ばされた方角へと危なげな足取りで歩き出していき、結局ネイワには構うことなく路地から去っていった。
「……ふう」
それらを見届けた淫魔が、ほっとした息を吐くと、ネイワの方へと視線を向ける。
逃げようと思えばその魔物から逃げることはいつでも出来たはずなのに、ネイワはそれをしなかった。
先程、首無し騎士にかけられた魔術が少し残っていて、力がまだ入らなかった、というのもある。
だが何よりも、彼は淫魔の顔から目を離せなかった。
他人の空似というには余りにエルダに似すぎている、その顔立ち。
ネイワの姿を確認すると、その淫魔はゆっくりと近づいてくる。
尻餅をついた体勢のままで、ネイワは裸体であることも忘れてその顔をじっと見つめる。
「あ、あなたは……?」
「…………」
近づいてきた淫魔は、ネイワの姿を黙って見下ろす。
品定めをするようなその視線に、どうしたらいいのかわからずネイワは戸惑う。
しかし、淫魔の顔が突然、ぱぁっと明るくなって。
「……ネイワぁっ!!」
「〜〜〜〜〜っ!?!?!?!?!?」
淫魔に飛びかかられると、ネイワの身体が思い切り抱きしめられた。
鎧を脱いで身軽になった彼の身体に、無遠慮に押しつけられた淫魔の素肌や胸の感触で、彼の顔は再び赤面することになった。
「あぁ、私がもっと早く駆けつけていれば……!!大丈夫ですか!?怪我はありませんか!?あのデュラハンに何か酷い事はされませんでしたか!?魔の者になってはいませんか!?それからそれから……!!」
「だ、大丈夫です!!俺はなんともありませんし、まだ人間です!!ですから、落ち着いてください!!」
両肩をがっしりと掴まれガクガクと揺さぶられたせいで目が回りそうになったネイワが必死になって叫ぶと、その細い腕がようやく離れる。
「無事……だったんですね……よかった……」
安堵で緩むその顔は、目元が潤んでいた。
そんな表情を見ていると、あの首無し騎士の魔の手から自分を助け出してくれた毅然とした姿が、まるで嘘のようで。
改めて、その顔を覗き込む。
「あ、あの……隊長、なんですか……?」
「……私を、そう呼ばないでください」
その問いかけに、淫魔―――エルダは、寂しそうに目を逸らした。
「私には、その資格がありません。……私は、良かれと思って全てを独断し、その結果として貴方達全員を追い詰めてしまいました。貴方を一人残して逃げ延びたあげくに、私は人であることさえやめてしまいました。……そんな私が、どうして隊長を名乗れると言うのですか?」
「そ、そんなこと……!!隊長は、俺達の事を思っていたからそうしたのでしょう!?今だって、こうして俺みたいな下っ端の所に来てくれたじゃないですか!!貴方が部下を大切にしているのは……!!」
「……それは、違いますよ」
自らを責めるエルダの言葉が辛くて、必死に否定するネイワに、静かにエルダは首を振る。
「私が来たのは……貴方達の為ではありません」
「じゃ、じゃあ、なんで俺の所へ……!!」
言いたいことがよくわからずに狼狽えるネイワへ、エルダは背けていた目を合わせて、穏やかに微笑んだ。
「……貴方の為ですよ」
「…………えっ?」
ほのかに、エルダの頬が桃色に染まる。
恥じらうその顔はまるで、告白をした女性のようで。
「私が隊長としていられたのは、貴方のおかげです。貴方は、私がいくら態度を変えようとも私に意見するのをやめなかった。隊長として、強い自分を振る舞うしかなかった私の身を案じて、私が無茶をしようとするのを止めようとしてくれました。私は……それが、嬉しかった……貴方がいてくれたから、私はがんばれた……」
自分を通してどこか遠くを見ているかのような、語り。
うっとりとしたその表情に見入って、ネイワは目が離せない。
「だから……他の部下なんて、どうでもいい。貴方を、私のものにしたい……」
エルダがぐっ、とその顔を寄せる。
ネイワの事だけを見つめた、紅い瞳。
流れるようなクリーム色の髪から生えた角。
膨らみを主張する胸元の奥には、黒ずんだ紫色の翼と、尻尾。
そこに、かつてネイワが目標としていた騎士団長エルダ=リカルドの面影は、もう無い。
「私はもう、心まで魔物になってしまいました。貴方さえいれば、私はそれで……!!」
「――――――なんだ。やっぱり、エルダ隊長のまんまじゃないですか」
それでも、ネイワは呆れたように笑って、そう言った。
「他の部下なんてどうでもいい?じゃあ、何で隊長はわざわざそんなことを俺に言ったんですか?本当にどうでもいいなら、さっきのあいつみたいに、さっさと俺を襲っちゃえばいいじゃないですか」
「そ、それは……」
言い淀むエルダに、ネイワはくすり、と微笑む。
「隊長は、いつもそうだ。冷たく突き放すような言い方をしておいて、俺達のことを誰よりも大切にしてくれる。あの時……初めて俺が文句を言いに行った時だってそうだ。隊長、あの日は俺の訓練にずっと、付き合ってくれたじゃないですか」
それは、ネイワがエルダに初めて不満をぶつけた日の翌日のこと。
定例報告の後、ネイワは約束通りに訓練所に残っていた。
『それでは、訓練を始めましょう』
そう言って、エルダが剣を構える。
『……はい?あの、俺の訓練じゃないんですか?』
『えぇ、そうです。貴方と、私の訓練ですよ』
『……えぇ!?な、なんで隊長までご一緒するんですか!?これは俺の罰じゃ……!!』
『貴方に指摘されたとおり、私は今まで隊としての規律をわきまえない、愚かな隊長でした。それなのに……貴方一人に押しつけて、私が罰を受けないわけにはいかないでしょう?』
心なしか、その顔はわずかに笑っているようだった。
ネイワの心が、高鳴った。
……この人は、何も変わってなんかいないのだ。
『それでは、まずは手合わせからです。手加減はいたしませんよ?』
『……はい!!』
威勢良く返事をして、ネイワも剣を構える。
結局その日はコテンパンになるまで叩きのめされ、無様に訓練所に横たわる羽目になってしまった。
「今だって、みんなの心配をしてくれている。あなたは何も、変わってなんかいませんよ。角が生えようが、翼が生えようが、尻尾が生えようが、性別が変わろうが……あなたは、俺の憧れの……大好きな、エルダ隊長です」
「それは……どういう、意味ですか……?」
大好きな、その一言に、エルダは敏感に反応する。
恐る恐る、けれど期待を込めて、エルダは尋ねた。
「……そりゃあ、俺が隊長にそんなに想われていたなんて、最初は驚きましたけど……俺だって、その……」
そこまで言うと、ネイワはもごもごと口ごもる。
彼が思い出すのは、初めてエルダを見た時のこと。
薄い色の髪をなびかせ、鮮やかに剣を振るう、その姿。
頭から離れなかったその人に声をかけられた時、嬉しさと共にあった落胆。
性別も知らずに落ちて、すぐに崩れ去った、彼の初恋。
「隊長が本当に女の人だったらいいなって、ずっと思ってましたから……」
ネイワの顔が、またしても赤くなった。
「だから……俺も、あなたのものになりたいです、隊長」
照れくさそうにして、ネイワも自分の想いを告げる。
一瞬、呆然となったエルダの目が、今にもこぼれ落ちそうな程に潤む。
「ネイワ……ネイワぁっ!!」
涙声になりながら、エルダはネイワの胸に飛び込んだ。
自分を支えてくれたその身体を、ぎゅっと抱きしめる。
「私、魔物なんですよ……?そんなこと言われたらもう、貴方のこと一生離しませんよ……?それなのに……いいんですか、貴方は……?」
「俺だって、元からあなたから離れる気はありません。一生ついていきますよ、エルダ隊長」
大したことでもないかのように言って笑うと、ネイワもエルダの背中に腕を回して抱きしめ返してくれた。
胸元にエルダの顔が埋めるように抱き寄せられて、彼の臭いに全身を包み込まれる。
少しでもエルダに追いつこうとして積み重ねた努力の勲章である彼の身体はたくましくて、感じる体温が暖かくて。
「ありがとう…………大好きですよ、ネイワ……」
その腕の中で、“彼女”は幸せの中へと堕ちていった。
かつて、ある反魔物国家の中で、ある鉱物が発見された。
周囲のあらゆる魔力を打ち消す作用を持つ、特殊なその石は『魔硝石』と呼ばれ、国の裏側では利益を独占しようとする者達の手で密かに軍事転用の為の計画が進められていた。
全ての教団勢力に広まれば、魔界侵攻の際に多大なる成果をあげる世紀の発見と期待されていたそれはしかし、歴史の表舞台にあがることなく姿を消すことになる。
魔硝石の存在が世に公表される予定だったその数日前、その国は魔王軍の手によって侵略を受けた。
国に仕える勇者を総出して教会騎士団はこれを迎え撃ったが、まるであらかじめ部隊ごとの弱点を的確に把握し、対策を立ててきたかのような布陣の魔王軍は、瞬く間に勇者を打ち破って、犠牲者を一人も出さずにその国へ勝利する。
その反魔物国家は、一夜にして魔界へと変貌してしまうこととなった。
その後、魔硝石は魔王の管理に置かれることとなり、反魔物勢力にその名が広まることは二度となかった。
なお、侵攻を受けて魔界となったその国の元騎士団員だった青年は、こう証言している。
曰く、魔王軍の部隊で先陣を切った部隊を率いていた、淫魔とその夫。
その淫魔は、ある任務に赴いて以降消息不明になっていた騎士隊の隊長であった男に瓜二つの容姿をしていた、と。
13/03/11 10:32更新 / たんがん
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