読切小説
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氷の精霊グラキエスさんの警備日記
一月一日  天気 吹雪
いつも通りに私の管轄である宮殿の周辺をパトロールしたが、特に異常はなし。
初めて日記というものを書いてみたが、これ以上は書くべき事柄が思いつかない。



一月二日 天気 粉雪
今日も特に異常はなし。
雪の勢いが弱まっていたために視界を確保しやすく、手早く巡回を終わらせることができた。
それにしても、何故このような命令を下したのか、氷の女王様の真意が掴めない。
しかし、私はただ与えられた役割をこなすだけだ。



一月三日 天気 晴れ
今日は、この雪原では非常に珍しい晴れ模様であった。
だからであったのか、いつも通りに雪原を飛んでいると、奇妙な雪の盛り上がりを発見した。
不審に思い接近してみると、どうやら雪に埋もれた人間の男であったらしい。
体温が著しく減少していたため、女王様の『人を殺してはならない』という命に従い、背負って宮殿内の私の部屋へと運んだ。
現在は、人間の生活形式を模して部屋に設置されたベッドで寝かしつけている。
私達精霊にとって睡眠とは精を温存する手段でしかないので、ベッドを占領されていることに問題はないが、人間の身体に合わせて魔力で気温を調整し直したこの部屋は私にとっては少々熱くて、落ち着かない。
だが、日記を書き始めて三日目になるが、ようやくここに記録しておくべき事が出来たことは喜ばしい。



一月四日 天気 豪雪
今朝方に男の様子を確認したところ、体温こそ回復していたが目を覚ます気配は一向にない。
このような事態にどう対処してするべきか不明だったので女王様へと尋ねたところ、『目を覚ましたら事情を聞いておくこと』と言われた。
だが、パトロールが終わってもその男は結局この日に目を覚ますことはなかった。
そのため、話を聞くのは明日にまわすことにする。
しかし、久しぶりに会った人間であったので、吸精だけはしておいた。



一月五日 天気 吹雪
男が目を覚ました。
真っ先に目に入った私の姿に男は最初こそ驚いていたが、状況を説明してやると何故か喜んでいた。
事情を聞いたところ、男は学者であるらしい。グラキエスの生態、特に人間の中では未だ謎に包まれている氷の宮殿を調査しようとこの雪原へと赴いたが、途中で食料も尽きて遭難してしまったのだと説明していた。
だが、事情を把握したところで、この宮殿は見せ物ではない。
だから、私は早々に立ち去るように促したのだが、男は私の部屋から出て行こうとしたところで倒れてしまった。
氷の精である自分の身体が熱を持っていないせいでその時まで気づかなかったが、その男の体温は健全な人間に比べて明らかに高くなっていた。
ここで雪原に放り出しては、女王様の命に背くことになる為に、この日記を書いてある今も仕方なく私のベッドに再び寝かしつけてある。
人間の世話など面倒でしかないが、こうなってしまっては仕方がない。
看病をしてやる代わりにこの男には、体調が回復するまで毎日私の精の供給源になってもらおう。



一月六日 天気 吹雪
人間という生き物は予想以上に弱かった。
半日以上は活動らしい活動もなく寝ていたというのに、男はまだろくに歩くことさえもできなかった。
その為か、せっかく食料もキャベツ、玉葱、人参、茄子と様々な物を用意してやったというのに、パトロールから帰ってきてもあまり手をつけていなかった。
腹の虫が盛大に鳴っていたというのに、理解に苦しむ。
人間は野菜よりも肉の方が好きだと聞くが、わざわざそんなものを獲ってやる義理はない。
だが、男が衰弱してしまっているのも確かで、今日は精を吸収する気になどならなかった。
……このままにしておくわけにもいかない、か。



一月七日 天気 吹雪
……こうして書いてみると、この雪原は吹雪があまり止まないのだということをはっきりと実感する。これが女王様の狙いなのだろうか。
さて、本日の日記に移るとしよう。

今朝、男に野菜の何が気に食わないのか尋ねたところ、どうやら人間というのは野菜をそのままでは食べることが出来ないらしい。
どこまで面倒な生き物なのだ、と嘆息せずにはいられなかった。
だが、飢え死にされても困るのでどうすればいいのかを尋ねたところ、温かい湯の中に刻んだ野菜を長時間浸し続ければいいのだと言っていた。
その行為の事を、男は『煮る』と言っていた。
だが、宮殿には女王様の戯れで設置された厨房はあれど、火を付ける薪は存在しないので、パトロールの傍らで調達をすることになってしまった。
それに加えて、全く経験の無い野菜を煮るという行為に手間を取らされてしまい、今日のパトロールは定刻よりも大幅に終了が遅れてしまった。
女王様は寛大な御心で許してくださったが、このようなことは二度と無いように心がけねば。
その代わりに、男が食料を食べるようになったのは大きな収穫である。
おかげで、寒気による体調の悪化を気にせずに搾精をすることができた。

…そういえば食料を初めて口にした際に、おいしいね、と小さく呟いていたが、どういう意味だったのだろうか。



一月八日 天気 曇り時々灰雪
『美味しい』とは食料に対する賛辞の言葉であるらしい。つまり、私の作った野菜入りのお湯(スープ、というのだそうだ)を、もっと食べてみたいと思ったということなのであろう。
二日目ともなると作る時間も大分短縮できるようになってきたため、パトロール自体は問題なく終了した。
夜に食べさせてやった時、今度はありがとうと笑顔で言われた。
ありがとう、は感謝の言葉というのは知っている。もっとも、こちらも見返りに精を貰っているのだから礼を言う必要は本来ないのであるが。



一月九日 天気 晴れ
ようやく、自分で食事を取ることができる程度には回復したらしい。
今までは私がスプーンを口に運んで食べさせていたのだが、今日は上半身を起こして自分で食器を持っていた。
この様子であれば、あと数日の内には回復するであろう。
精の供給源はいなくなってしまうが、また見つければいいだけの話だ。

…だから、すぐにいなくなるこの男に気を遣う道理など、ないはずだったのだが。何故だか、今日は精をもらう前に一言断りを入れていた。
男は「あぁ、道理で無性に人恋しくなると思ったら……」と、私が精をほぼ毎日貰っていた事に薄々感づいていたようだ。
直前にスープを飲んで穏やかな表情になっていたからか、その顔はとても寂しそうだった。
あんな風に精を吸った後の男の表情を直視したのは、初めてだったかもしれない。

…こうして思い出していると、胸が締め付けられるように感じるのは、気のせいであろう。



一月十日 天気 吹雪
男はようやく体調が完全に回復した。
本来ならばすぐにでも宮殿を出て行ってもらうところではあるが、生憎とこの吹雪では殆どの装備を無くした人間ではひとたまりもない。
そのために、吹雪が止むまでという条件の下、もうしばらく男を私の部屋に住まわせる事にした。
勿論、自由に宮殿を歩き回る許可などは与えていないが、男は私と話ができるだけで充分らしい。
寂寥感を毎日与えているせめてもの罪滅ぼしに、この日の夜は付き合ってやることにした。

…書いていて、自分の文に違和感を覚える。私は、男に罪悪感を抱いているのか?



一月十一日 天気 粒雪
……私は、どうかしてしまったのだろうか。
男の頼みを素直に受け入れて、宮殿内を案内してしまうなど……
幸い、男は宮殿の場所を把握していないから悪意ある者に襲われるようなことはないものを。
だとしても、宮殿の警備を任される者としてはあるまじき行動だ。

あの男が来てからというものの、どうも自分の思考には不可解なものが多く、日記の内容も自然と男が中心になってしまう。
特に、私の拙い説明に懸命に耳を傾け、目を輝かせて無邪気に笑う男を見ている時に沸き上がった思いはなんだったのか。
もっと話をしてみたい、彼の笑顔が見たいというこの気持ちは……何なのか。

だが、私達の関係は所詮太陽が出るまでの一時的なものでしかない以上、その日が来ればもう悩まされることもないのであろう。
それに……私の予想が正しければ、それは明日になる。



一月十二日 天気 晴れ
私の予想は的中した。
昨晩日記を読み直してみると、この雪原では天候が晴れとなる前には必ずその兆候として雪の勢いが弱まっていることに気がついたのだ。

私は約束通りに、男を宮殿より帰すことにした。
陽射しの強い昼間の内に男を抱きかかえて飛んだのだが、毎日精をいただいている私には容易いことであった。
その際、宮殿の場所が知られないようにするために男の顔を胸部に抱き寄せて視界を防いでおいた。
……何故か、その時の私の頬に熱が集中していたのだが。
それと関連があるのか、男は随分と奇妙なことを言っていた。
何でも、氷の精である私の体が、まるで人肌のように暖かかったのだと。
人間に近づいている内に、私に一時的に熱でも移ったのだろうか。

とにかく、出会った地点から数十キロは離れた場所に位置する村へと男を送り届ける作業も無事に終わり、私の部屋は久しぶりに静寂を取り戻した。

……だが、私の昨晩の思惑は外れてしまっていた。
男が去っても、私の不調はまだ続いていた。

スープを作ったところでもう食べる人間がいないことに気がついたのは、パトロールが終わると同時に向かった厨房で既に煮込まれたスープを前にしてのことだった。
人間に合わせ高めに設定していた部屋の温度を以前と同じぐらいに下げても快適さは無く、むしろグラキエスとしてはあり得ない、寒気というものを感じる程であった。
結局、スープの鍋は今でも厨房に放置されているし、部屋の温度も昨日と同じになるように上げてある。

何よりも、私達グラキエスにとって人間に与えるものであり自分達では決して感じない筈のもの――――寂しさを今、私は感じている。

あの男がいなくなれば何もかもが解決すると思ったのに、むしろ体調は悪化するばかりだ。
こんなことになるぐらいだったなら、いっそ……帰さなければよかった。







1−13 天気 吹雪
私は今まで、何をしていたんだろう……

昨日手つかずのままに厨房へと放置した、野菜のスープ。
初めて作ったあの日から毎日同じ手順で作られたスープは、試しに口にしてみたら何の味もしなかった。
人参は固かったし、キャベツも芯がそのまま浮かべてある。
他にも、食べていて『嫌だ』と思うことがいくつかあって、その度に思い出すのは『美味しいね』と言ってくれた彼の笑顔。

生で野菜を食べられない人間がこれを食べて、何とも思わない訳がないのに。
立ち上がれない彼は、文句も言わずに笑顔を浮かべてくれていたんだ。

それなのに私は、ろくに味も確かめずに同じスープを……

『美味しい』という言葉があるのなら、きっとその反対の言葉もあるのだろう。
そして、それは正にあのスープへと当てはまる言葉に違いない。

それを思うだけで、人間を模して存在するだけで全く機能していない心臓が、酷く痛んだ。
この痛みは、どうすればなくせるのだろうか。
明日、女王様に尋ねておかなければ……

























1―15 
……『愛』。
私があの男に抱く気持ちの名称を、女王様は教えてくださった。
それを自覚した瞬間、私の中に一つの思いが溢れてくる。



彼に、また会いたい……会いたいよぉ……!!




























1―16

(このページには、何も書かれていない)


































一月十七日 天気 吹雪
……ようやく落ち着いた。
昨日は日記を全く書かなかったので、今日は昨日のことも含めて書き記すことにする。

昨日の空は、抜けるような青さをした晴れ模様だった。
その空に、彼と初めて出会った時のことを思い出しながら、任務であるパトロールを続けていた私が、思い出の場所まで飛んでいった時。
……最初は私の見間違いかと思った。


そこに、私に向かって手を振る彼の姿があった。


わからなかった。宮殿の調査は終わっている筈の彼が、どうしてそこにいるのか。
思わず口をついてこぼれ出た疑問に、彼は優しく答えてくれた。


調査結果の発表なんて、どうでもよくなった。そんなことより、君の傍にいさせてくれ。


……その言葉を聞いた時に、私の瞳からは『涙』がこぼれ落ちた。
初めて聞くその言葉の意味を教えてくれながら、彼は私をそっと腕の中へと引き寄せてくれた。
その体は暖かくて、そのぬくもりは私の氷を溶かしていくようで。
それからしばらく、私は彼の腕の中で泣き続けていた。



……そして、今。彼はベッドの中で幸せそうな顔をして眠っている。
かくいう私も、とろけそうな程の多幸感に包まれているわけだが。

これも、試しに実行した新しい精の摂取方法のおかげであろう。
イエティやゆきおんながやっているのをパトロールの最中に何度も見た、その方法。
寂しさも冷たさもそこにはなく、あるのは互いに愛する者と一つになれる幸せ。
そうやって摂取した精の味は、たまらなく甘美であった。

今もなお、私の中には彼の精が息づいている。
だけれども、まだまだこんなものでは足りない。
彼に冷たくしてしまった分も、私は彼と深く繋がりたい。

だから、女王様には悪いけれど、この日記も書くのも今日で終わりにしようと思う。
人間を殺さないように私達グラキエスに厳命するほど人間のことが大好きな女王様だ、きっと許してくれるだろう。


これからは、書かなくても鮮明に思い出せる彼との思い出を、たくさん作っていくのだから。



13/01/03 15:38更新 / たんがん

■作者メッセージ
おまけ
君のスープと僕の気持ち


――――そうか。君も、料理に調味料を使うようになったんだねぇ……っておいおい、怒らないでくれよ。
確かに、あの時君が作った『スープ』は、人間にとっては料理なんて呼べない代物だったけれど……本当に、美味しかったんだから。
そりゃあ、初めて食べた時は空腹という最大の調味料も理由の一つだったけど……それ以上に、あのグラキエスが僕の為に作ってくれたのが嬉しかったんだよ。
僕は君達のことを、氷のように冷たい性格をしていることしか知らなかったから……まさか、男の憧れである『あーん』までしてくれるとは思わなくてね。
君にとっては大したことじゃないのかもしれないけど、僕みたいな独身男性にとってはそれだけで女性に魔法のように惹かれていくものなんだ。
きっと、僕はあの頃から君が好きになったんだろうねぇ……だから、『美味しかった』のさ。

……ん?君も、随分と人間らしい顔をするようになったね。
無表情な君も、綺麗だったけど……赤くなっている君は、もっと綺麗だよ。


後書き
明けましておめでとうございます、たんがんです。

新年一発目は、魔物娘最強のクールビューティーなグラキエスさんを書かせていただきました。
……本当は、2012年内に終わらせるつもりでクリスマスから書いてたんですがww

人間に興味ないということで、割と人間の常識に無知な所があったら可愛いなというたんがん的萌えポイントを全力で詰め込みましたが、いかがだったでしょうか?

それでは、ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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