後編
「俺は……お前の事が好きだ。だから、その……お、俺の恋人になってくれ!!」
何かを決意していた健人は、私に向かってそう言ってくれた。
その顔は真っ赤で、それを見ていると思わずクスリ、としてしまう。
大人の男女が同じ家に住んでいたにも関わらず、私達の間では今まで何も起こらなかった。
それは、一重にこの男が趣味に生きるようなやつだったからだろう。
いつも仕事で各地を飛び回っていて、家のことなんかは寝床ぐらいにしか考えてなくて。
その癖、家だといつもだらしないこの男の世話をするのが楽しくなったのは、いつからだったっけ。
仕事に行く前に残してくれるありがとうって書き置きを見る度に、私の胸が熱くなるようになったのはいつだっけ……
なんで気づかないのかなぁ、この鈍感男は。
「うん、いいよ。私も、健人の事が好きだったから」
だけど、そんな関係ももう終わりなんだ。ただのルームメイトから、私達は恋人になる。
よほど予想外だったのか、私の返事を聞いた健人は驚いて目を見開いた。
「ほ…ホントか、それ!?な、なんで……!?」
「もう……健人、鈍すぎ。一緒に住みたいって言い出したのは私なんだよ?その時点で気づいてよね」
「そ、そっか……そう、だよな……」
呆れ半分に私が言うと、健人は顔を更に真っ赤にしてうつむいた。
「は、はは……よかったぁ……断られたら、どうしようかって……」
ふふ……こんな姿見てると、なんでもできる優等生って言うのが嘘みたい。
涙を堪えている健人にそっと近寄って、そっと私の唇を彼のものに重ねる。
「断らないよ。ずっと、この日を待ってたんだから……だから、ね?私を、好きにしていいんだよ……?」
唇を離してそう言うと、健人は爽やかに笑った。
「あぁ。わかったよ……光」
そして、私は健人の胸の中に抱きしめられて……
私は…
わたし、は…
わたし?俺は、私じゃなくて……俺、は…………
「……はっ!?はぁ、はぁ……」
寝覚めは、なぜだか息苦しかった。
まるで何かにまとわりつかれているかのように体が重く、心なしか熱まであるようだ。
そのせいか、自分が居るのは見慣れた自分の部屋だというのに、全く知らない他人の部屋ではないのかと錯覚さえしてしまう。
そう、だ……昨日は、妙な女に手玉に取られて……それで……
「……だーっ!!くそっ!!」
まさか俺が、あんな女に逆レイプまがいのことをされるなんてよ……!!
昨日の事を思い出すだけで悔しさが込み上げてきて、頭を掻きむしる。
そして、その感触に違和感があった。
……?俺の髪、こんなに触り心地良かったか……?
それに、長さもおかしい。長い髪にするのは嫌いだったから、肩まで届く長さになっているわけが……
「何だ、これ……っ!?」
思わず自分の喉から出た声に、愕然とする。
自分の喉を振るわせて出たのは、俺の声よりもオクターブが高い、女のような声だった。
一度気づいてしまうと、腕がやたら綺麗になっている事もわかってしまう。
ど、どういうことだ……!?これじゃあまるで、俺が女にでもなったみたいじゃ……!?
「ば、馬鹿馬鹿しい!!」
きっと、体調が悪いから少し変な風に見えたり、聞こえたりするだけだ!!
それなら、自分の顔見りゃいくらなんでも何も変わってないことぐらいわかるだろ……!!
少しふらつく頭を抑えて立ち上がり、部屋に置いてある全身を映せる鏡の前へと向かう。
得体の知れない不安はあったが、それが全て解消されることを俺は全く疑いもしなかった。
しかし、俺の姿を映した筈の鏡に、俺の姿は映らなかった。
「は……?」
代わりに立っていたのは、昨日の女に負けず劣らずの美女。
肩まで伸びた明るい茶髪に、男物のシャツの下で透けて微かに存在を主張している胸。
どこか凛々しく、けれど女性らしくもある引き締まった顔立ち。
そして何より、その女が身につけているのは、少しぶかぶかな男物のTシャツとトランクスだけという、何ともシュールな格好だった。
鏡に映る女の顔は驚愕と混乱で彩られている。それが俺の表情だというのは、最早間違いなかった。
そこでガクン、と膝をつく。
現実を受け入れられなかったショックもあるが、それ以上に体に力が入らなかった。
「はぁ……はぁっ……」
体が、熱い……
どこか熱っぽかったのは気のせいではなかったらしい。
息苦しくて、呼吸をする度に熱が上がっていくみたいだった。
胸を手で押さえるとそこに柔らかさを感じたが、それさえ気にするだけの余裕が無い。
よく、わかんねーけど……一旦寝た方がいい、か……
こんな体調では職場に電話をかけるのもままならないだろうし、それなら落ち着いてから連絡を取ればいい。
この時の俺は、職場の人間に会っても俺だと気づいてもらえない可能性が高いことに頭が回らないぐらいに、疲れきっていた。
熱に浮かされる体でベッドまで寄って、そこに思い切り寝転ぶ。
けれど、おかしなことにベッドで眠ろうとすると、余計に息苦しさが増した。
いつも寝ている場所のはずなのに、他人の家のベッドで許可も無く寝ているように気分が全く落ち着かない。
いや、他人の……と、いうよりこれは男の……俺の、匂い?
言葉にするなら、そういった表現が最も的確に思えた。
今までは意識すらしていなかったものなのに、鼻腔は敏感にそれを感じ取るようになっている。
これも……こんな体になっちまったからだっていうのかよ……!?
一番匂っているこれは、勿論俺のものなんだろうが……他に漂ってるのは、何だ?
多分、俺がこの部屋で抱いた女、なのかな……だって、そんなに濃厚でも、美味しそうな香りでもないし……って、な、何考えてんだよ、俺……
「はぁ……はぁっ……んっ……」
きゅん……と、下腹部に甘い痺れが走る。
そこは今まで、鏡で自分の顔を見た後でさえ、見るのを躊躇っていた箇所で……でも、あるはずの物がないことは、嫌でも内股の感触でわかっていた。
だから、トランクスを引きずり降ろすのに躊躇いはなかった。
そこには、予想通りに俺の自慢の逸物は無かった。
ただ、毛という毛が抜け落ちてしまったそこには、その代わりに一本の筋のようなものが引いてある。
そして、その周囲はわざわざ触って確かめるまでも無く、内側からじわりと漏れてきた液体によってしっとりと濡れていた。
やっぱり、ないのか……。
予測していたことではあっても、実際に目で見ることでの動揺はやはり別物だった。
けれど、そんな感傷に浸る事さえも、長くはできなかった。
体が、また火照り出す。
自分が変わってしまったことを一度意識してしまうと、その火照りは一層強くなった。
まさか、俺は……興奮してるのか!?
自分が男だったころの、匂いで……い、いや、違う!!俺は今だって男だ!!そんなの、望んでるわけねぇだろ!!
あの変態女みてぇに男の上で腰を振る、なんて……それで膣内に男の大事な所、何度も擦りつけて、気持ちよくなってもらって……精子、子宮にいっぱい出してもらって……♥
……だ、だから違うだろ!?何で、こんなことばっか考えちまうんだよ……!!やっぱり、この匂いが原因なのか!?
駄目だ……この部屋にいたら、マジでおかしくなっちまいそうだ……
パンツを履き直してよろよろとベッドから起き上がり、逃げるように部屋から出る。
けれど、ここは毎日使っている俺の家の中なのだ。ベッド程ではないにしても、当然俺の匂いはどこにだって染みついていて、俺の胸の動悸は廊下に出たところで収まりはしなかった。
くそっ……こんなんじゃ、休める場所なんてないじゃねぇかよ……!!
滅多に俺が使わないような、そんな場所なんてこの家のどこにも……
「……ある、な」
そうだ。一カ所だけあるじゃねぇか。
……健人の部屋だ。
あそこなら俺はたまに掃除で入るくらいだし、健人本人でさえろくに利用していない。
いくらなんでも、あそこなら匂いが染みついているなんてことはないはずだ。
そうだ……体調治るまで、あいつの部屋で休ませてもらうか……
健人の部屋が俺の部屋の隣だったのは、幸いだった。
ふらふらと部屋の前まで辿り着いた俺は、そのままためらうことなく一気に、そのドアを開けた。
「ねぇ……私でよかったの?」
意地悪な質問だとは思うし、卑怯だとも思う。けれども、私はこの質問に健人がどう答えるか知っているから、彼に甘えてつい聞いてしまうのだ。
「あぁ。俺はお前じゃないと駄目だ。優しくて、いつも俺の事を考えてくれて、俺を気遣ってくれる光の事が大好きだ」
健人の言葉は私の中に染みこむようにして入ってきて、嬉しくて泣いてしまいそうだった。
でも、胸が高鳴ってきたのは多分、それだけが理由じゃない。
「健人……お願い。私のこと、抱いて欲しいの……」
健人の顔は、また赤くなってしまっていた。ここは健人の部屋で、ベッドに二人で腰かけていると言うのに、まだ心のふんぎりがつかないらしい。
さっき、いいよって言ってくれたばっかじゃない……恋愛になると、奥手なんだから。
それが少し焦れったくて、私は目を逸らそうとする健人の手を掴む。
そして、その手を引っ張って私の胸に押しつけた。
そのせいで、元々赤かった顔は更に茹で蛸のように真っ赤になった。
「なっ、ひ、光……!?」
「ねぇ、わかる?私の心臓、今すっごくドキドキしてるんだよ……?」
手を握りしめたまま、私は健人に尋ねる。
「私だって健人と一緒だよ。初めてなんだから……怖い気持ちも、ある。けど、それでも、初めてはあなたにもらってほしいの。あなたじゃないと駄目なの。だから……お願い」
「……あぁ、わかったよ」
ゆっくりと、健人は私に向かって頷いてくれる。
顔は真っ赤なままだったけれど、健人はもう私から目を逸らそうとはしなかった。
「また、お前に気を遣わせちゃったな……」
「気遣いってだけじゃないよ。だって、ほら……ここ」
健人の手を離して、私は身につけているスカートと下着を彼の目の前で下ろす。
そして、健人がまだ何もしていないのに濡れた私の秘部を、惜しげもなく晒して見せた。
「触られただけで、もうこんなにぐちょぐちょなんだよ……だからね、本当は我慢できなかっただけだよ……」
健人がいない間にこっそり健人の部屋に入って、自分を慰めることを繰り返してる内に、私の体はすっかり淫らになってしまったらしい。
だけど、そんなもどかしい事をするのは二度とないに違いない。
だって、私のことを好きって言ってくれた健人だって、私を凝視しながらあそこを固くしちゃってるもんね……♥
私の優しいところが好きだって言ってくれた……健人は……私の……わた、しの……
「すっかり遅くなってしまったな……」
腕時計の針を見ると、11時を過ぎたところを指していた。
家に暗くなる前に帰ることができないのは慣れていたが、できればもう少し早く帰りたかったものだ。
光には最低一ヶ月はかかると言って出ていったのだが、その予定よりも一週間も早く帰ってくることができたのだ。だから、家で留守番でもして光を驚かせてやりたかったのだが、中々上手くいかないものである。
……まぁ、早く帰れた理由というのが、予定していたスケジュールが実は一週間先のものだった、なんて光に話したら鼻で笑われそうなものなんだけどな。
でも、予定外のこととはいえ、一週間も休暇が出来たのは有り難いことではある。
いつもいつも、光には家のことで世話、かけっぱなしだしな。この機会に、少しの間でも家事を手伝ってやりたい。
それに……あの憎まれ口も、また聞きたくなってきたところだ。
あいつとの何気ないやりとりを思い出して笑みを自然とこぼしつつ、久しぶりに自宅の玄関の扉を開けた。
「ただいまー…って、あれ?光、いないのか?」
もう夜も遅いと言うのに、珍しく家の中には明かりがついていなかった。
この時間だったら、明日の朝食の準備してるかと思ったんだけどな……疲れて寝てしまったのかな?
荷物をとりあえず居間に置いて、俺と光の部屋のある2階へと上がる。
……ん?俺の部屋だけ明かりがついてる?光、俺の部屋にいるのか……?
多少不可解に思いつつも、それについて深く考えるようなことはせずに、俺は自分の部屋のドアを開ける。
そして、目を疑った。
「はぁ……はぁっ……」
部屋の真ん中で、女性が倒れていた。
顔を真っ赤にしたその女性は呼吸が荒く、とても苦しそうだった。
「なっ……だ、大丈夫ですか!?」
だから俺は、何故俺の部屋に女性がいるのかとか、そういう細かい疑問は投げだして女の人の身体を抱きかかえた。
女の人は、男物のTシャツしか上には着ていなかった。
そのせいで、汗をびっしょりとかいていた彼女の胸部は少し透けて見える。
この人、下着もつけてない……!?
ますますわけがわからなくなってくるが、とりあえずは女性の体調を回復させるのがこの場合は先だ。そう思い、女性を抱えるために片方の手を下半身に回すと、そこで気づく。
この人のはいているトランクスは、汗とは違う液体で湿っていた。
その液体は、手で触れると軽く粘り気を帯びていて……これって……!?
「う……」
俺がそれを何であるのかに気づくのと同時に、女性がぱちり、と目を覚ました。
自然に、見下ろす形で俺はその人と目がばっちり合うことになる。
初めてちゃんと見るその顔は、異性の目から見ればかなり綺麗だったのだが…何故だろう。
よく見てみると、不思議とどこかで会ったような気がするんだが……いや、見とれている場合じゃないな。
「あっ……すいません。倒れていたので、僕のベッドに寝かせておこうかと思ったんですが……」
真っ先に、勝手に女性の身体を触ってしまったことを謝る。いくら突飛な状況ではあっても、まさか初対面の男に触られて嬉しい女性などいるわけがないのだから。
けれどこの女性は、俺が謝る姿をきょとん、とした目で見ると、とろけたような表情で笑った。
「……あ、健人だぁ♥」
そして、彼女は自分の顔を俺の方へと近づけて……俺の唇が、綺麗な桜色をした唇と触れ合った。
「……!?!?」
突然の事でも体は正直で、頬に熱が集中する。きっと、今の俺は火が出そうな程真っ赤な顔になっているのだろう。
俺から顔を離すと、悪戯が成功したかのような顔で女性は微笑む。
「えへへ……健人の、味がする……♥」
え?な、なんだ、何があった?
い、今……この人が俺に、き、キスした、のか……?
それに、なんで俺の名前、知って……?
突然の展開についていけずに動揺して固まっていた俺に対し、女性の行動はとても早かった。
俺の肩を両手で掴んで、そこに力を込める。俺は床に押し倒され、受け身も取れずに後頭部を強かに打ち付けた。
「あたた……って、何してるんですか!?」
下半身の辺りから聞こえるカチャカチャという音に慌てて頭を起こすと、女性がズボンのベルトを外そうとしているところだった。
「や、やめてくださ……!!」
「うるさいなぁ。いいから、大人しくしててよ」
止めようとする俺に、女性は片手を伸ばす。
そして、その手は俺の脇腹をなぞるように軽く撫で回し始めた。
「……っ!!あは、あはははははははははは!!」
それだけのことなのに、脇腹から発生したくすぐったさに耐えられず、俺は大きな声を上げて笑ってしまった。
よりにもよって、俺が一番弱い箇所を……!!
撫でられてしまっているせいで抵抗することができない内に、ズボンとパンツが下ろされてしまい、俺の下半身は見知らぬ女性に露出することになってしまった。
暴れればなんとかなるかもしれないけど……!!でも、見知らぬ女性に万が一怪我させるようなことがあったら……!!
どうすることもできないままでいると、不意にくすぐっている手の動きが止まる。
けれど、それを安心する時間は無かった。
「あ……健人の、すっごくあったかい……♥」
俺の愚息が、白い指に包み込まれるようにして握られた。
「うっ……!?」
「震えちゃって……可愛いんだから……♥」
そのまま、その手は上下に運動を始める。
その動きには、自分の身体にない物に触れるぎこちなさはなく、よくそうしているかのように的確に俺のモノを刺激する。
まるで男が自分で慰めているかのような手つきなのに、滑らかな指の感触は間違いなく女性特有のもので、俺の愚息はみなぎるように固くなっていく。
「っはぁ、やめ……!!」
「やだ♪だってここ、いいにおいしてきたんだもん……♥♥」
必死に漏らした俺の懇願も聞き入れずに女性がそっと先端に触れると、透明な液体が彼女の指にくっついた。
「そろそろ……良さそう……♥」
それをうっとりとした目で見つめると、満足げに微笑んで俺の上に馬乗りをする。
同時にするり、と彼女が履いてたトランクスが下ろされ、俺はそれを直視することになってしまった。
入り口がぴっちりと閉じた赤い唇のようなそこは、トランクスを濡らしていたものと同じ粘ついた液体で濡れそぼっていた。
「わかる……?ほら、ここすっごく濡れてるんだよ……?だから……」
「もう、やめろ……光!!」
耐えられずに、目の前の女性―――光に、叫んでいた。
冷静になってみれば、彼女が脇腹を撫でるだけというのは明らかに変だった。
くすぐるならともかく、あんな手の動きだけで黙らそうとするなんて、俺の脇腹が弱いことを知っていなければおかしい。けれど、俺が脇腹弱いことを知っている奴なんて、家族以外じゃ光しかいないはずなのだ。
一度それを意識してしまうと、彼女にどこか光の面影を感じる気がして、見れば見るほどに光にしか見えなくなっていった。
「え……なんで……?私とするの、嫌なの……?」
けれど、叫んだ後に光が見せた顔は、光が今まで一度も浮かべたことのない弱々しい表情だった。
そんな顔を見ていると、罪悪感が湧いてくるけれど……それでも、こんなのは間違ってる。
「なぁ、お前はそんなことする奴じゃないだろ……?俺とお前はあくまで友達同士で、こんなことをする関係じゃなかったじゃないか……なんでお前がそんな身体になってるのかはわからないけど、それでも……自分を、見失わないでくれよ……」
そうだ。もしかしたら、俺がいない間に、光の身に女の身体にならないといけないような『何か』があって、光はそれに心を追い詰められてしまったのかもしれない。
だったら、光の助けになってあげたい。俺が今まで支えてもらった分を、こいつに返してあげたい。
そんな想いを込めて伝えた、俺の言葉で……光の目に、涙が浮かんだ。
「……何、言ってるの……?私は……自分を見失ったりなんか、してないよ……!!ちゃんと、健人と繋がりたいって思うから私は……!!」
「そうじゃなくて……!!俺が言いたいのは、こんなことを光とする理由なんかないってことで……!!」
「あるよ!!私は、健人のことが好きだもん!!」
……え?本当に、光……だよな?光が……俺のことを、好きだって?
……いや、落ち着け。こいつは、あの光だぞ?女遊びばっかしていた光だぞ?
その光が、こんなこと言い出すなんて……そんなに、お前は辛いことがあったのか……?
「光。俺とお前は、男同士じゃないか……今、お前がどうなっているかなんて関係ない。だから、好きとか嫌いとか、そういうことじゃなくて、こんなことするのは……」
「……なんで……?なんで、そんなことばっかり言うの……?なんで、お前は……そんなことしか言わねぇんだよ!!」
……その力強い声は、間違いなく光のものだった。
「男だからとか、ヤケは嫌だとか、さっきから綺麗事ばっかりじゃねぇか!!そんなことが聞きたいんじゃねぇよ!!俺は……お前の気持ちが、聞きたいんだよ……!!なぁ……男がこんなこと言うのが気持ち悪いって思うなら、はっきり言ってくれよ……!!どうせ、ホントの女と比べれば俺なんて、全然可愛げねぇのはわかってんだよ……!!」
ぼろぼろと、目から大粒の涙をこぼしながらの彼女の言葉は、俺がよく知る光の言葉で、けれどいつも捻くれたことばかりで言ってくれなかった光の本当の気持ちで。
俺の顔に落ちてくる涙の冷たさが、本当なんだと教えてくれた。
……間違っていたのは、俺の方だったみたいだな。
まさか、お前の口からそんな言葉が聞けるなんてな……
やれやれ……これはずっと、胸の中にしまっておくつもりだったんだが……
「……なぁ、光。お前と初めて会った時のこと、覚えているか?」
「……ひっ、ぐす……え?」
光の名前を初めて聞いたのは、高校の頃にクラスメイトの女子が俺に泣きついてきた時。付き合っていた彼氏に二股かけられて悔しい、文句を言ってやりたいけど一人じゃ怖い、そんな聞いただけでも最悪の第一印象をつけてきての紹介だった。
「お前は覚えてないかもしれないけど……あの時、お前は言ってたよな。俺のことを『あんなブスの為に一週間もストーカーしてる奴』って」
「……忘れて、ねぇよ。馬鹿にすんな。それが、何だって……」
「実はさ、お前の言ったことは、ちょっと違うんだ」
「……は?」
そして、その女子に案内されるままについていった教室に、光はいた。
そいつは、俺の抱いた第一印象と違って、クラスの中心でクラスメイト達に囲まれて笑っていて……そして、どこか寂しそうなその笑顔が、俺の心に焼き付いた。
「本当は、用があったのはお前だったんだ。初めてお前を見た時、なんでか俺には心の底から笑ってないように見えて、その顔が忘れられなくて……俺はただ、お前にそんな顔してほしくなかった」
「それじゃぁ、お前のクラスメイトのことは……」
「あぁ。ただの口実だよ。本当はな、最初に喧嘩を売ったときにあの子は満足してくれてたんだよ」
『あぁ、やっと気持ち悪い笑顔を見なくて済んだ』。あの時の俺の言葉は、心からの安堵だった。
一週間あいつの元を訪れ続けて、ようやくそんな顔を俺だけに見せてくれたことが嬉しくて……もっと、俺だけに向ける表情を見たくなってしまった。その表情を、独り占めしたくなってしまった。
「……馬鹿じゃ、ねぇの……それじゃぁ、お前本当にホモだったみたいじゃねぇか……」
そういえば、その前にこいつは言っていたんだったっけ。
『暇さえあればべたべたしやがってホモかお前は!!』
「……あぁ。結局、お前があの時言ったことが、正解だったのかもな」
あの時、光に会った時からずっと……そうだった。
「俺は……お前のことが好きだ、光。捻くれてて、口が悪くて、だけど俺のことを支えてくれる、そんなお前のことが好きなんだ」
「たけ、と……健人ぉ……」
光はまた泣きそうになったけど、その前に目をゴシゴシとこすって涙を拭く。
「それなら……最初っからそう言えよ、ばかぁ……」
「……ごめんな。お前がこんなに俺のこと思ってくれるなんて、知らなかった」
「さっきから、言ってるだろ……?俺は……お前と、こうしたいんだよ……」
俺に寄りかかるようにして倒れると、光はもぞもぞと体を動かす。
まだ固さを保っていた俺の愚息が、くちゅりと音を立てて柔らかいものに触れた。
「もう、いいだろ……?ここ、挿入れて……健人と、繋がりたいんだよ……お願い……!!」
目にじんわりと涙を浮かべて、光は俺を誘う。
その姿は、今まで会ったどんな女性よりも女性らしく、魅力的で……どうして光が女になってしまったのかとか、些細な疑問はもう、どうでもよくなった。
俺は返事をせずに、代わりに腰を突きあげることで応える。
ずぷり、と絡みつく壁をかきわけながら、肉棒が奥へ奥へと入っていった。
「っあ!? あっ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」
大きな声をあげたのは、光の方だった。唇をぎゅっと噛んで、痛みに必死に堪えようとしているようにも見える。
結合部を見ると、赤い血が滲んでいるのが見えた。
「い、痛いのか……!?」
途端に心配になって慌てると、光は体を震わせながら返事をする。
「ち、違うの……気持ち、いいの……男より、ずっと……♥♥もっと、もっとぉ♥♥」
その言葉を合図に、光が腰を下ろすと、まるで生きているかのようにぎゅうっと膣が締め付けられた。
「…!?あ、ぐあぁ!?」
「あっ♥♥すごい、すごいよぉ♥♥健人が、入ってくるぅ♥♥ずぶずぶするぅ♥♥」
包み込まれる快楽に、意識が焼かれそうになる。
体は満足に動かせず、繋がっている部分の感覚だけに自分の全てを支配されたようであった。
「あひゃぁぁぁ!?」
深く膣内へと侵入した肉棒の先端がこつり、と子宮に触れると、光が一際高い叫び声をあげる。
「な、何、これぇ♥♥奥突かれるの、気持ち、良すぎるぅ……♥♥おかしく、なっちゃ……や、やぁぁぁぁっっっ♥♥」
それは生えてきた、という言葉が一番似つかわしかった。
光の叫びに合わせるかのように突然、バサ、と光の背中で黒いものがはためいた。
「なっ……!?お、お前それ、翼……!?」
「え……?何……?」
すっかり蕩けきった表情の光には、何があったのかわからないようだった。
光の異変は背中から生えた翼だけではなかった。
頭には山羊を連想させるような二対の黒い角が生え、耳は横にピンと伸びている。背中からは蝙蝠のような翼だけでなく、先端がハートの形をした尻尾が垂れていた。
その姿は、まるでおとぎ話に出てくる悪魔のようだった。
「ほ、ほら……だから、これ……!!」
光に自分の身におきた事態を理解してもらおうと、手近にあった尻尾を掴む。
その時、ブルリと光の体が震え上がった。
「っ!?そ、それ、駄目……駄目ぇぇぇぇぇぇ!!」
「なっ、うあぁ!?」
きゅうっと締め付けが一際きつくなる。
その刺激は、ただでさえ満足な行為の経験のない俺にとって、とても耐えきれるものではなかった。
「ひ、光……ごめん……!!俺、もう……!!」
「え、ま、待って、休ませてぇ……♥♥んぁぁぁぁぁぁぁ♥♥」
子宮口にぴったりと先端をくっつけたまま、俺は絶頂を向かえた。
どくん、と俺の肉棒が脈動し、膣内に俺の欲望をぶちまける。
登山家としての仕事に夢中で、自分で処理をすることもろくになかった分だけあって、吐き出されたそれは量も、それに伴う快楽もすさまじかった。
それを受け止めながら、光の身体は歓喜に震えるかのようにビクビクと痙攣する。
光もきっと、達してくれたのだろう。
けれど、いつまでも続くような錯覚さえしたその時間もやがては終了し、全身の力を抜かれたような虚脱感だけが後に残った。
「あっ……うぁっ……た、健人ぉ……♥♥それ、離してぇ……♥♥」
光に言われてようやく気がついたが、俺の手はさっきからずっと尻尾を掴んだままになっていた。
よくわからないが、光は息を荒くして辛そうにしていたので、言われるままに手を離す。
「はぁっ……はぁっ……」
「だ、大丈夫か……?」
悪魔のような姿になってしまった光はこくん、と首だけ動かすと、ずるずると腰を引き抜き始める。
初めての性行為で、喋るのも億劫になるくらいに疲れたんだろうな……いくら光が男としての経験は数多くあったところで、こうして貫かれるのは初めての経験だろうし……
まぁ……俺だって、初めてには違いないけど。
しかし、俺のその予想は全く正反対だったことには、光によってすぐに気づかされることになった。
俺のモノがいよいよ引っこ抜かれるその直前になって、光の腰が突然に落ちる。
急激な速さで俺の愚息は肉壁に擦られて、背筋に電流が走った。
「うぁぁぁぁっ!?ひ、光!?」
それだけに留まらず、光は俺の上であえぎながら腰を振る。
ぱちゅん、ぱちゅんと淫らな音がして、先端が何度も子宮の入り口を叩きつける度に、視界が白く染まった。
「あはぁっ♥♥この体、すごいっ♥♥女の人って、すごいぃぃ♥♥」
「お、お前……!!疲れてたんじゃ、ないのか……!?」
「ふっ、私は、大丈夫だよ、ふぁっ♥♥さっき、うなづいたでしょ、んぁっ♥♥」
あ、あれはそういう意味での肯定だったのか……!!
「だからぁ、もっとしようよぉ♥♥私、一発じゃ全然、足りないんだから、やぁっ♥♥」
完全にスイッチが入ってしまったのか、今の光には前みたいに意地を張ったつれない態度は欠片もなく、それこそ人間の魂を狙う悪魔のように貪欲に俺のことを求めて腰を振ってくる。
けれど……俺には、変わり果てたその姿がたまらなく愛しかった。
体を動かす気力はすっかりないけれど、肉棒だけは膣内でどんどん固さを取り戻していく。
俺は悪魔のようになってしまった光に、すっかり魂を抜かれてしまったのだろう。
最初に射精してから間もないというのに、次に果てるのはそう時間がかからなかったのだから。
「あっ♥♥また、来た♥♥健人の濃いの、なかにいっぱい来たぁ♥♥」
さっきと負けず劣らずの量の精が放たれても、光はそれを全て受け止めてくれる。
歯止めが利かなくなったのか、それでも光の腰の動きは止まらなかった。
「まだぁ♥♥まだ健人が欲しいのぉ♥♥もっと、もっとぉ♥♥」
一体、いつになったら光は解放してくれるのだろうか。それとも、俺はこのまま淫らな悪魔に骨抜きになるまで犯されてしまうのだろうか。
あぁ……もう、骨抜きにされているから、何も変わらないか。
光のことしか、考えられない。
光と繋がっている感覚以外が、全て遠く感じていく。
光を感じながら、快楽の中へと堕ちていく……
女になってから、代わる代わる見るようになった夢。
それは、光という女と健人の、恋人となってからの生活。
そして……俺自身の、望み。
あの夢の中の『光』は、元から女だったことと恋人になることを除けば全てが俺と同じだった。
俺が、あいつの世話を焼くのを心のどこかで楽しんでいたことも……共同生活を最初に言い出したのが俺であったことも。
昔からいつも、他人に褒められるような生き方をしていた。
そうすれば、周りには沢山の人が寄ってくるから。そうすれば、周りからつまみ出されるようなことがなくて済むから。
けれど、そうやって周りに沢山の人がやってきても、他人の顔をいつも窺うのは息苦しいだけだった。
それならばもっと大切な人さえいれば、と彼女を作ろうとした。
顔色を窺うのが複数の人から一人になっただけだったから、それは非常に簡単だった。
そうして初めての彼女を作ってから、気づく。
結局、それは相手に見せたくもない笑顔を見せる行為でしかなかったのだと。
それから別れては付き合ってを何回も繰り返したところで、何も変わらなかった。
どんな女も、俺の上っ面しか見てはくれない。俺が少しわがままを言えば、それだけで機嫌を損ねる。
それに嫌気がさしながらも、自分の生き方を変えることは今更できなかった。
そんな日々を、ただ退屈に重ね続けて……俺の前に、健人が現れた。
あいつは、俺がどんなに暴言を吐こうが、嫌そうな顔をしようが、俺から離れることはなかった。
クラスに友達がいたにも関わらず、わざわざ帰りには俺を待って一緒に下校してくれた。
健人といる時は、俺は何をしてもよくて、何を言っても笑ってくれて……それは、とても心地よくて。
だからそれ以来、大学を卒業するまではずっと、俺は一度も特定の女と関係を持ったことはなかった。
けれど……あいつは、趣味を追いかけて、登山家になってしまった。
その後、共同生活をすることにはなっても、帰ってくるのは一ヶ月に一度ならば早い方。
相変わらず、健人以外の人間の顔色を窺うことを続けていた俺は、気がつけば唯一の居場所になっていたものを、唐突に失ってしまった。
それからは、仕事の合間に女を自分の家に連れ込むことを繰り返す日々に逆戻りする。
それでも、健人以上の居心地の良さを味わえる女など、どこにもいなかった。
……結局のところ、俺はあいつに依存していた。
健人が俺のことを好きだったのと同じくらいに……俺は、健人のことが好きだった。
そんな風に自覚できるようになったのも、こんな身体になったおかげ……なんだろうな。
朝の日差しが差し込んでくる健人の部屋の中で、俺と繋がったまま寝ている健人の寝顔を眺めながら、そう思えた。
今もまだ、俺が包み込んでいるこの熱の感触が、たまらなく心地良い。
まぁ……このまま健人が目を覚ましたら、そのまま寝る前の延長戦に入ってしまいそうだから、抜かないとな……
「んっ……♥」
腰を浮かすと、健人と俺が繋がっていた部分は粘ついた物をこぼしながらも離れた。
その軽い振動で、健人がピクンと身体を動かす。
「……光?」
起き抜けに呼んだのは、俺の名前。
そこにいたから呼んだだけで、深い意味なんて無いんだろうが、それだけでも胸の中に安心感が広がる。
「……なんだよ。俺で間違いねぇぞ」
けど、俺の口から出るのは、相変わらず素直ではない言葉。
健人は上半身を起こして、まじまじと俺の顔を見る。
「うん。やっぱり、女性になっても光だ。けど……悪魔みたいな翼とかは、どうしたんだ?」
「あれか?朝起きたら、なくなってた」
あっさりと答えてやると、健人は怪訝そうな顔をする。だが、実際にそうとしか言いようがないのだから仕方がない。
「そ、そんな簡単なものだったのか?また出てきたりは……」
「んー……わかんねぇ。消えたって感じはしねぇけど……まぁ、そこは心配しなくても大丈夫だろ。なんとなく、そんな気がすんだよ」
「そうなのか?お前がそう言うなら俺は構わないけど……」
あの角や尻尾は念じれば出せる、というものでもないみたいだが、迷惑なタイミングで出てくることは無さそうな気がする。
健人に言ったようになんとなく、でしかないのだが、確信のようなものが俺の中にあった。
そう言えば、俺をこんな身体にしたあの女は去り際に、自分の気持ちに素直になれば、後は全て身体が教えてくれると言っていた。
ひょっとしたらこれも、その内の一つであるのかもしれない。
……あの女、か。
また会うことがあったら……お礼、言いたいな。
「それにしても、喋り方はそのままなんだな」
「別に……昨日は気がついたらあんな喋り方になっちまっただけで、好きで使ってたわけじゃ……」
『まだぁ♥♥まだ健人が欲しいのぉ♥♥もっと、もっとぉ♥♥』
……………。
「〜〜〜っ!!」
俺のあられもない痴態が唐突に脳内にフラッシュバックすると、かぁっと頬に熱が集中した。
「あ、あれは違う!!あれは、お前が尻尾なんか触るからおかしくなっちまっただけで……!!あんなの、俺じゃない……!!」
健人に尻尾を掴まれている間は、まるで全身を愛撫されているかのような気持ち良さが体中に広がっていくようだった。手を離されてその快楽が消えた時、そこで俺のスイッチのようなものが入ってしまい、そこからはただ本能に突き動かされるままにこいつの上で腰を振っていた。
だから、あれは尻尾なんか触った健人が悪いわけで……お、俺は、あんな性格じゃ……!!
「あれ?確か光は、俺が尻尾を掴む前からあんな喋り方をしていなかったか?」
「そ、そんなことない!!ど、どうせお前、俺とヤリすぎたせいで記憶がぶっ飛んだんだろ!!この変態!!ムッツリスケベ野郎!!」
なんでこいつ、こういう時は鋭いんだよ……!!俺をほっといて登山家になっちまうぐらいニブチンのくせに……!!
バレバレの嘘を暴言で誤魔化すのは我ながら子供のようだと思ったけれど、健人はそれを聞きながらもいつもの憎らしいぐらいに爽やかな笑顔で笑った。
「はは、別にどっちでもいいんだけどな。俺は、口が悪くても光のことが大好きだぞ」
「〜〜〜っ!!う、うるさい変態っ!!ホモだったくせに……!!」
こいつはまた、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことばっかり……!!
か、顔がまた赤くなってるのは、この身体のせいだきっと!!
大好きだ、とか男の時は散々女から言われた台詞で、俺が嬉しくなるなんてそんなこと……!!
「……それで、お前はこれからどうするんだ?」
不意に、健人は真剣な顔つきになって俺に尋ねてくる。
その質問は、俺にとっても避けては通れないものだった。
そりゃぁ、男が急に女になっちまったんだから、これからやらなきゃいけないことも多いわけで。
……そういえば、言わなきゃいけないことがあったな。
「まずは、職場の人に連絡の一つも入れないといけないだろう。それは、どうするつもりだ?」
「あぁ、それなんだけどよ……仕事、クビになった」
俺の言葉で、健人は驚いた表情になる。
……なんせ、こんな身体になったあの日以降一度も出勤していないんだから、当然と言えば当然であろう。
それは、俺が出勤しても気づいてもらえなかったとかそういうことではなく……あれからは、一日の殆どを健人の部屋で過ごしていただけなのだ。
俺の部屋よりも匂いが少ないだろうと思って入った、健人の部屋。
そこには、確かに俺の部屋みたいに濃い匂いはなかったけれど、健人の匂いというものはちゃんと残っていた。
それを嗅いでいる内に、健人がまるでこの部屋にいてくれるみたいに思えて……気がついたら、自分の手を健人の手に置き換えて体中をいじくり回していた。
それは、女の快楽を知らない俺にはとても気持ちよくて、その行為に夢中になって、何回も達して、潮を吹いて……上司からのクビを切られる電話が鳴るまで、数日も経っていたことにすら気がつかなかった。
まぁ、仕事を失ってからは、余計にお構いなしにやってたんだけど……
健人が帰ってこなかったら、後どれだけ続けてたことか……
元々、稼ぐ以外の事を考えて仕事をしていたわけではなかったから、辞めされたところで未練はなかった。
けど、健人の収入に甘えることになるのも嫌だから、やっぱり手に職はつけておきたい。
「……そうか。それなら、どうするんだ?仕事のあてはあるのか?」
「あては、ねぇけど……やりたいことなら、ある」
「そうなのか?なら、いいんだが……何か、手伝えることはないか?俺にできることがあるなら何でも言ってくれ」
……俺が何をやりたいのか、把握してるわけでもないのにな。
けど、今はすごく、その言葉がありがたかった。
「それなら……よ。お前に、色々教えてもらいたいんだけど……いいか?」
「色々ってなんだ?俺がそんなに詳しく知ってることなんて……」
俺はもう、健人に置いていって欲しくない。健人の傍から、片時だって離れたくはない。
今なら、ちゃんとそう思えるから……だったら、やりたいことは一つだ。
「と……登山家に、なりたい、から……色々、教えて欲しいんだ……」
いざ口にすると、まるでそんな気持ちを告白してるみたいで、すごく恥ずかしかった。
けれど、健人はそんな俺を決して馬鹿にしないで、嬉しそうにあの憎らしい程に爽やかな笑みを見せてくれる。
……この笑顔が、大好きだから。
それがどんなに大変だったとしても、健人と一緒の道を進みたいと思った。
家族でも、親戚でも、友人でもない。
ルームメイトは、俺にとっての特別な恋人。
何かを決意していた健人は、私に向かってそう言ってくれた。
その顔は真っ赤で、それを見ていると思わずクスリ、としてしまう。
大人の男女が同じ家に住んでいたにも関わらず、私達の間では今まで何も起こらなかった。
それは、一重にこの男が趣味に生きるようなやつだったからだろう。
いつも仕事で各地を飛び回っていて、家のことなんかは寝床ぐらいにしか考えてなくて。
その癖、家だといつもだらしないこの男の世話をするのが楽しくなったのは、いつからだったっけ。
仕事に行く前に残してくれるありがとうって書き置きを見る度に、私の胸が熱くなるようになったのはいつだっけ……
なんで気づかないのかなぁ、この鈍感男は。
「うん、いいよ。私も、健人の事が好きだったから」
だけど、そんな関係ももう終わりなんだ。ただのルームメイトから、私達は恋人になる。
よほど予想外だったのか、私の返事を聞いた健人は驚いて目を見開いた。
「ほ…ホントか、それ!?な、なんで……!?」
「もう……健人、鈍すぎ。一緒に住みたいって言い出したのは私なんだよ?その時点で気づいてよね」
「そ、そっか……そう、だよな……」
呆れ半分に私が言うと、健人は顔を更に真っ赤にしてうつむいた。
「は、はは……よかったぁ……断られたら、どうしようかって……」
ふふ……こんな姿見てると、なんでもできる優等生って言うのが嘘みたい。
涙を堪えている健人にそっと近寄って、そっと私の唇を彼のものに重ねる。
「断らないよ。ずっと、この日を待ってたんだから……だから、ね?私を、好きにしていいんだよ……?」
唇を離してそう言うと、健人は爽やかに笑った。
「あぁ。わかったよ……光」
そして、私は健人の胸の中に抱きしめられて……
私は…
わたし、は…
わたし?俺は、私じゃなくて……俺、は…………
「……はっ!?はぁ、はぁ……」
寝覚めは、なぜだか息苦しかった。
まるで何かにまとわりつかれているかのように体が重く、心なしか熱まであるようだ。
そのせいか、自分が居るのは見慣れた自分の部屋だというのに、全く知らない他人の部屋ではないのかと錯覚さえしてしまう。
そう、だ……昨日は、妙な女に手玉に取られて……それで……
「……だーっ!!くそっ!!」
まさか俺が、あんな女に逆レイプまがいのことをされるなんてよ……!!
昨日の事を思い出すだけで悔しさが込み上げてきて、頭を掻きむしる。
そして、その感触に違和感があった。
……?俺の髪、こんなに触り心地良かったか……?
それに、長さもおかしい。長い髪にするのは嫌いだったから、肩まで届く長さになっているわけが……
「何だ、これ……っ!?」
思わず自分の喉から出た声に、愕然とする。
自分の喉を振るわせて出たのは、俺の声よりもオクターブが高い、女のような声だった。
一度気づいてしまうと、腕がやたら綺麗になっている事もわかってしまう。
ど、どういうことだ……!?これじゃあまるで、俺が女にでもなったみたいじゃ……!?
「ば、馬鹿馬鹿しい!!」
きっと、体調が悪いから少し変な風に見えたり、聞こえたりするだけだ!!
それなら、自分の顔見りゃいくらなんでも何も変わってないことぐらいわかるだろ……!!
少しふらつく頭を抑えて立ち上がり、部屋に置いてある全身を映せる鏡の前へと向かう。
得体の知れない不安はあったが、それが全て解消されることを俺は全く疑いもしなかった。
しかし、俺の姿を映した筈の鏡に、俺の姿は映らなかった。
「は……?」
代わりに立っていたのは、昨日の女に負けず劣らずの美女。
肩まで伸びた明るい茶髪に、男物のシャツの下で透けて微かに存在を主張している胸。
どこか凛々しく、けれど女性らしくもある引き締まった顔立ち。
そして何より、その女が身につけているのは、少しぶかぶかな男物のTシャツとトランクスだけという、何ともシュールな格好だった。
鏡に映る女の顔は驚愕と混乱で彩られている。それが俺の表情だというのは、最早間違いなかった。
そこでガクン、と膝をつく。
現実を受け入れられなかったショックもあるが、それ以上に体に力が入らなかった。
「はぁ……はぁっ……」
体が、熱い……
どこか熱っぽかったのは気のせいではなかったらしい。
息苦しくて、呼吸をする度に熱が上がっていくみたいだった。
胸を手で押さえるとそこに柔らかさを感じたが、それさえ気にするだけの余裕が無い。
よく、わかんねーけど……一旦寝た方がいい、か……
こんな体調では職場に電話をかけるのもままならないだろうし、それなら落ち着いてから連絡を取ればいい。
この時の俺は、職場の人間に会っても俺だと気づいてもらえない可能性が高いことに頭が回らないぐらいに、疲れきっていた。
熱に浮かされる体でベッドまで寄って、そこに思い切り寝転ぶ。
けれど、おかしなことにベッドで眠ろうとすると、余計に息苦しさが増した。
いつも寝ている場所のはずなのに、他人の家のベッドで許可も無く寝ているように気分が全く落ち着かない。
いや、他人の……と、いうよりこれは男の……俺の、匂い?
言葉にするなら、そういった表現が最も的確に思えた。
今までは意識すらしていなかったものなのに、鼻腔は敏感にそれを感じ取るようになっている。
これも……こんな体になっちまったからだっていうのかよ……!?
一番匂っているこれは、勿論俺のものなんだろうが……他に漂ってるのは、何だ?
多分、俺がこの部屋で抱いた女、なのかな……だって、そんなに濃厚でも、美味しそうな香りでもないし……って、な、何考えてんだよ、俺……
「はぁ……はぁっ……んっ……」
きゅん……と、下腹部に甘い痺れが走る。
そこは今まで、鏡で自分の顔を見た後でさえ、見るのを躊躇っていた箇所で……でも、あるはずの物がないことは、嫌でも内股の感触でわかっていた。
だから、トランクスを引きずり降ろすのに躊躇いはなかった。
そこには、予想通りに俺の自慢の逸物は無かった。
ただ、毛という毛が抜け落ちてしまったそこには、その代わりに一本の筋のようなものが引いてある。
そして、その周囲はわざわざ触って確かめるまでも無く、内側からじわりと漏れてきた液体によってしっとりと濡れていた。
やっぱり、ないのか……。
予測していたことではあっても、実際に目で見ることでの動揺はやはり別物だった。
けれど、そんな感傷に浸る事さえも、長くはできなかった。
体が、また火照り出す。
自分が変わってしまったことを一度意識してしまうと、その火照りは一層強くなった。
まさか、俺は……興奮してるのか!?
自分が男だったころの、匂いで……い、いや、違う!!俺は今だって男だ!!そんなの、望んでるわけねぇだろ!!
あの変態女みてぇに男の上で腰を振る、なんて……それで膣内に男の大事な所、何度も擦りつけて、気持ちよくなってもらって……精子、子宮にいっぱい出してもらって……♥
……だ、だから違うだろ!?何で、こんなことばっか考えちまうんだよ……!!やっぱり、この匂いが原因なのか!?
駄目だ……この部屋にいたら、マジでおかしくなっちまいそうだ……
パンツを履き直してよろよろとベッドから起き上がり、逃げるように部屋から出る。
けれど、ここは毎日使っている俺の家の中なのだ。ベッド程ではないにしても、当然俺の匂いはどこにだって染みついていて、俺の胸の動悸は廊下に出たところで収まりはしなかった。
くそっ……こんなんじゃ、休める場所なんてないじゃねぇかよ……!!
滅多に俺が使わないような、そんな場所なんてこの家のどこにも……
「……ある、な」
そうだ。一カ所だけあるじゃねぇか。
……健人の部屋だ。
あそこなら俺はたまに掃除で入るくらいだし、健人本人でさえろくに利用していない。
いくらなんでも、あそこなら匂いが染みついているなんてことはないはずだ。
そうだ……体調治るまで、あいつの部屋で休ませてもらうか……
健人の部屋が俺の部屋の隣だったのは、幸いだった。
ふらふらと部屋の前まで辿り着いた俺は、そのままためらうことなく一気に、そのドアを開けた。
「ねぇ……私でよかったの?」
意地悪な質問だとは思うし、卑怯だとも思う。けれども、私はこの質問に健人がどう答えるか知っているから、彼に甘えてつい聞いてしまうのだ。
「あぁ。俺はお前じゃないと駄目だ。優しくて、いつも俺の事を考えてくれて、俺を気遣ってくれる光の事が大好きだ」
健人の言葉は私の中に染みこむようにして入ってきて、嬉しくて泣いてしまいそうだった。
でも、胸が高鳴ってきたのは多分、それだけが理由じゃない。
「健人……お願い。私のこと、抱いて欲しいの……」
健人の顔は、また赤くなってしまっていた。ここは健人の部屋で、ベッドに二人で腰かけていると言うのに、まだ心のふんぎりがつかないらしい。
さっき、いいよって言ってくれたばっかじゃない……恋愛になると、奥手なんだから。
それが少し焦れったくて、私は目を逸らそうとする健人の手を掴む。
そして、その手を引っ張って私の胸に押しつけた。
そのせいで、元々赤かった顔は更に茹で蛸のように真っ赤になった。
「なっ、ひ、光……!?」
「ねぇ、わかる?私の心臓、今すっごくドキドキしてるんだよ……?」
手を握りしめたまま、私は健人に尋ねる。
「私だって健人と一緒だよ。初めてなんだから……怖い気持ちも、ある。けど、それでも、初めてはあなたにもらってほしいの。あなたじゃないと駄目なの。だから……お願い」
「……あぁ、わかったよ」
ゆっくりと、健人は私に向かって頷いてくれる。
顔は真っ赤なままだったけれど、健人はもう私から目を逸らそうとはしなかった。
「また、お前に気を遣わせちゃったな……」
「気遣いってだけじゃないよ。だって、ほら……ここ」
健人の手を離して、私は身につけているスカートと下着を彼の目の前で下ろす。
そして、健人がまだ何もしていないのに濡れた私の秘部を、惜しげもなく晒して見せた。
「触られただけで、もうこんなにぐちょぐちょなんだよ……だからね、本当は我慢できなかっただけだよ……」
健人がいない間にこっそり健人の部屋に入って、自分を慰めることを繰り返してる内に、私の体はすっかり淫らになってしまったらしい。
だけど、そんなもどかしい事をするのは二度とないに違いない。
だって、私のことを好きって言ってくれた健人だって、私を凝視しながらあそこを固くしちゃってるもんね……♥
私の優しいところが好きだって言ってくれた……健人は……私の……わた、しの……
「すっかり遅くなってしまったな……」
腕時計の針を見ると、11時を過ぎたところを指していた。
家に暗くなる前に帰ることができないのは慣れていたが、できればもう少し早く帰りたかったものだ。
光には最低一ヶ月はかかると言って出ていったのだが、その予定よりも一週間も早く帰ってくることができたのだ。だから、家で留守番でもして光を驚かせてやりたかったのだが、中々上手くいかないものである。
……まぁ、早く帰れた理由というのが、予定していたスケジュールが実は一週間先のものだった、なんて光に話したら鼻で笑われそうなものなんだけどな。
でも、予定外のこととはいえ、一週間も休暇が出来たのは有り難いことではある。
いつもいつも、光には家のことで世話、かけっぱなしだしな。この機会に、少しの間でも家事を手伝ってやりたい。
それに……あの憎まれ口も、また聞きたくなってきたところだ。
あいつとの何気ないやりとりを思い出して笑みを自然とこぼしつつ、久しぶりに自宅の玄関の扉を開けた。
「ただいまー…って、あれ?光、いないのか?」
もう夜も遅いと言うのに、珍しく家の中には明かりがついていなかった。
この時間だったら、明日の朝食の準備してるかと思ったんだけどな……疲れて寝てしまったのかな?
荷物をとりあえず居間に置いて、俺と光の部屋のある2階へと上がる。
……ん?俺の部屋だけ明かりがついてる?光、俺の部屋にいるのか……?
多少不可解に思いつつも、それについて深く考えるようなことはせずに、俺は自分の部屋のドアを開ける。
そして、目を疑った。
「はぁ……はぁっ……」
部屋の真ん中で、女性が倒れていた。
顔を真っ赤にしたその女性は呼吸が荒く、とても苦しそうだった。
「なっ……だ、大丈夫ですか!?」
だから俺は、何故俺の部屋に女性がいるのかとか、そういう細かい疑問は投げだして女の人の身体を抱きかかえた。
女の人は、男物のTシャツしか上には着ていなかった。
そのせいで、汗をびっしょりとかいていた彼女の胸部は少し透けて見える。
この人、下着もつけてない……!?
ますますわけがわからなくなってくるが、とりあえずは女性の体調を回復させるのがこの場合は先だ。そう思い、女性を抱えるために片方の手を下半身に回すと、そこで気づく。
この人のはいているトランクスは、汗とは違う液体で湿っていた。
その液体は、手で触れると軽く粘り気を帯びていて……これって……!?
「う……」
俺がそれを何であるのかに気づくのと同時に、女性がぱちり、と目を覚ました。
自然に、見下ろす形で俺はその人と目がばっちり合うことになる。
初めてちゃんと見るその顔は、異性の目から見ればかなり綺麗だったのだが…何故だろう。
よく見てみると、不思議とどこかで会ったような気がするんだが……いや、見とれている場合じゃないな。
「あっ……すいません。倒れていたので、僕のベッドに寝かせておこうかと思ったんですが……」
真っ先に、勝手に女性の身体を触ってしまったことを謝る。いくら突飛な状況ではあっても、まさか初対面の男に触られて嬉しい女性などいるわけがないのだから。
けれどこの女性は、俺が謝る姿をきょとん、とした目で見ると、とろけたような表情で笑った。
「……あ、健人だぁ♥」
そして、彼女は自分の顔を俺の方へと近づけて……俺の唇が、綺麗な桜色をした唇と触れ合った。
「……!?!?」
突然の事でも体は正直で、頬に熱が集中する。きっと、今の俺は火が出そうな程真っ赤な顔になっているのだろう。
俺から顔を離すと、悪戯が成功したかのような顔で女性は微笑む。
「えへへ……健人の、味がする……♥」
え?な、なんだ、何があった?
い、今……この人が俺に、き、キスした、のか……?
それに、なんで俺の名前、知って……?
突然の展開についていけずに動揺して固まっていた俺に対し、女性の行動はとても早かった。
俺の肩を両手で掴んで、そこに力を込める。俺は床に押し倒され、受け身も取れずに後頭部を強かに打ち付けた。
「あたた……って、何してるんですか!?」
下半身の辺りから聞こえるカチャカチャという音に慌てて頭を起こすと、女性がズボンのベルトを外そうとしているところだった。
「や、やめてくださ……!!」
「うるさいなぁ。いいから、大人しくしててよ」
止めようとする俺に、女性は片手を伸ばす。
そして、その手は俺の脇腹をなぞるように軽く撫で回し始めた。
「……っ!!あは、あはははははははははは!!」
それだけのことなのに、脇腹から発生したくすぐったさに耐えられず、俺は大きな声を上げて笑ってしまった。
よりにもよって、俺が一番弱い箇所を……!!
撫でられてしまっているせいで抵抗することができない内に、ズボンとパンツが下ろされてしまい、俺の下半身は見知らぬ女性に露出することになってしまった。
暴れればなんとかなるかもしれないけど……!!でも、見知らぬ女性に万が一怪我させるようなことがあったら……!!
どうすることもできないままでいると、不意にくすぐっている手の動きが止まる。
けれど、それを安心する時間は無かった。
「あ……健人の、すっごくあったかい……♥」
俺の愚息が、白い指に包み込まれるようにして握られた。
「うっ……!?」
「震えちゃって……可愛いんだから……♥」
そのまま、その手は上下に運動を始める。
その動きには、自分の身体にない物に触れるぎこちなさはなく、よくそうしているかのように的確に俺のモノを刺激する。
まるで男が自分で慰めているかのような手つきなのに、滑らかな指の感触は間違いなく女性特有のもので、俺の愚息はみなぎるように固くなっていく。
「っはぁ、やめ……!!」
「やだ♪だってここ、いいにおいしてきたんだもん……♥♥」
必死に漏らした俺の懇願も聞き入れずに女性がそっと先端に触れると、透明な液体が彼女の指にくっついた。
「そろそろ……良さそう……♥」
それをうっとりとした目で見つめると、満足げに微笑んで俺の上に馬乗りをする。
同時にするり、と彼女が履いてたトランクスが下ろされ、俺はそれを直視することになってしまった。
入り口がぴっちりと閉じた赤い唇のようなそこは、トランクスを濡らしていたものと同じ粘ついた液体で濡れそぼっていた。
「わかる……?ほら、ここすっごく濡れてるんだよ……?だから……」
「もう、やめろ……光!!」
耐えられずに、目の前の女性―――光に、叫んでいた。
冷静になってみれば、彼女が脇腹を撫でるだけというのは明らかに変だった。
くすぐるならともかく、あんな手の動きだけで黙らそうとするなんて、俺の脇腹が弱いことを知っていなければおかしい。けれど、俺が脇腹弱いことを知っている奴なんて、家族以外じゃ光しかいないはずなのだ。
一度それを意識してしまうと、彼女にどこか光の面影を感じる気がして、見れば見るほどに光にしか見えなくなっていった。
「え……なんで……?私とするの、嫌なの……?」
けれど、叫んだ後に光が見せた顔は、光が今まで一度も浮かべたことのない弱々しい表情だった。
そんな顔を見ていると、罪悪感が湧いてくるけれど……それでも、こんなのは間違ってる。
「なぁ、お前はそんなことする奴じゃないだろ……?俺とお前はあくまで友達同士で、こんなことをする関係じゃなかったじゃないか……なんでお前がそんな身体になってるのかはわからないけど、それでも……自分を、見失わないでくれよ……」
そうだ。もしかしたら、俺がいない間に、光の身に女の身体にならないといけないような『何か』があって、光はそれに心を追い詰められてしまったのかもしれない。
だったら、光の助けになってあげたい。俺が今まで支えてもらった分を、こいつに返してあげたい。
そんな想いを込めて伝えた、俺の言葉で……光の目に、涙が浮かんだ。
「……何、言ってるの……?私は……自分を見失ったりなんか、してないよ……!!ちゃんと、健人と繋がりたいって思うから私は……!!」
「そうじゃなくて……!!俺が言いたいのは、こんなことを光とする理由なんかないってことで……!!」
「あるよ!!私は、健人のことが好きだもん!!」
……え?本当に、光……だよな?光が……俺のことを、好きだって?
……いや、落ち着け。こいつは、あの光だぞ?女遊びばっかしていた光だぞ?
その光が、こんなこと言い出すなんて……そんなに、お前は辛いことがあったのか……?
「光。俺とお前は、男同士じゃないか……今、お前がどうなっているかなんて関係ない。だから、好きとか嫌いとか、そういうことじゃなくて、こんなことするのは……」
「……なんで……?なんで、そんなことばっかり言うの……?なんで、お前は……そんなことしか言わねぇんだよ!!」
……その力強い声は、間違いなく光のものだった。
「男だからとか、ヤケは嫌だとか、さっきから綺麗事ばっかりじゃねぇか!!そんなことが聞きたいんじゃねぇよ!!俺は……お前の気持ちが、聞きたいんだよ……!!なぁ……男がこんなこと言うのが気持ち悪いって思うなら、はっきり言ってくれよ……!!どうせ、ホントの女と比べれば俺なんて、全然可愛げねぇのはわかってんだよ……!!」
ぼろぼろと、目から大粒の涙をこぼしながらの彼女の言葉は、俺がよく知る光の言葉で、けれどいつも捻くれたことばかりで言ってくれなかった光の本当の気持ちで。
俺の顔に落ちてくる涙の冷たさが、本当なんだと教えてくれた。
……間違っていたのは、俺の方だったみたいだな。
まさか、お前の口からそんな言葉が聞けるなんてな……
やれやれ……これはずっと、胸の中にしまっておくつもりだったんだが……
「……なぁ、光。お前と初めて会った時のこと、覚えているか?」
「……ひっ、ぐす……え?」
光の名前を初めて聞いたのは、高校の頃にクラスメイトの女子が俺に泣きついてきた時。付き合っていた彼氏に二股かけられて悔しい、文句を言ってやりたいけど一人じゃ怖い、そんな聞いただけでも最悪の第一印象をつけてきての紹介だった。
「お前は覚えてないかもしれないけど……あの時、お前は言ってたよな。俺のことを『あんなブスの為に一週間もストーカーしてる奴』って」
「……忘れて、ねぇよ。馬鹿にすんな。それが、何だって……」
「実はさ、お前の言ったことは、ちょっと違うんだ」
「……は?」
そして、その女子に案内されるままについていった教室に、光はいた。
そいつは、俺の抱いた第一印象と違って、クラスの中心でクラスメイト達に囲まれて笑っていて……そして、どこか寂しそうなその笑顔が、俺の心に焼き付いた。
「本当は、用があったのはお前だったんだ。初めてお前を見た時、なんでか俺には心の底から笑ってないように見えて、その顔が忘れられなくて……俺はただ、お前にそんな顔してほしくなかった」
「それじゃぁ、お前のクラスメイトのことは……」
「あぁ。ただの口実だよ。本当はな、最初に喧嘩を売ったときにあの子は満足してくれてたんだよ」
『あぁ、やっと気持ち悪い笑顔を見なくて済んだ』。あの時の俺の言葉は、心からの安堵だった。
一週間あいつの元を訪れ続けて、ようやくそんな顔を俺だけに見せてくれたことが嬉しくて……もっと、俺だけに向ける表情を見たくなってしまった。その表情を、独り占めしたくなってしまった。
「……馬鹿じゃ、ねぇの……それじゃぁ、お前本当にホモだったみたいじゃねぇか……」
そういえば、その前にこいつは言っていたんだったっけ。
『暇さえあればべたべたしやがってホモかお前は!!』
「……あぁ。結局、お前があの時言ったことが、正解だったのかもな」
あの時、光に会った時からずっと……そうだった。
「俺は……お前のことが好きだ、光。捻くれてて、口が悪くて、だけど俺のことを支えてくれる、そんなお前のことが好きなんだ」
「たけ、と……健人ぉ……」
光はまた泣きそうになったけど、その前に目をゴシゴシとこすって涙を拭く。
「それなら……最初っからそう言えよ、ばかぁ……」
「……ごめんな。お前がこんなに俺のこと思ってくれるなんて、知らなかった」
「さっきから、言ってるだろ……?俺は……お前と、こうしたいんだよ……」
俺に寄りかかるようにして倒れると、光はもぞもぞと体を動かす。
まだ固さを保っていた俺の愚息が、くちゅりと音を立てて柔らかいものに触れた。
「もう、いいだろ……?ここ、挿入れて……健人と、繋がりたいんだよ……お願い……!!」
目にじんわりと涙を浮かべて、光は俺を誘う。
その姿は、今まで会ったどんな女性よりも女性らしく、魅力的で……どうして光が女になってしまったのかとか、些細な疑問はもう、どうでもよくなった。
俺は返事をせずに、代わりに腰を突きあげることで応える。
ずぷり、と絡みつく壁をかきわけながら、肉棒が奥へ奥へと入っていった。
「っあ!? あっ、あぁぁぁぁぁぁっ!!」
大きな声をあげたのは、光の方だった。唇をぎゅっと噛んで、痛みに必死に堪えようとしているようにも見える。
結合部を見ると、赤い血が滲んでいるのが見えた。
「い、痛いのか……!?」
途端に心配になって慌てると、光は体を震わせながら返事をする。
「ち、違うの……気持ち、いいの……男より、ずっと……♥♥もっと、もっとぉ♥♥」
その言葉を合図に、光が腰を下ろすと、まるで生きているかのようにぎゅうっと膣が締め付けられた。
「…!?あ、ぐあぁ!?」
「あっ♥♥すごい、すごいよぉ♥♥健人が、入ってくるぅ♥♥ずぶずぶするぅ♥♥」
包み込まれる快楽に、意識が焼かれそうになる。
体は満足に動かせず、繋がっている部分の感覚だけに自分の全てを支配されたようであった。
「あひゃぁぁぁ!?」
深く膣内へと侵入した肉棒の先端がこつり、と子宮に触れると、光が一際高い叫び声をあげる。
「な、何、これぇ♥♥奥突かれるの、気持ち、良すぎるぅ……♥♥おかしく、なっちゃ……や、やぁぁぁぁっっっ♥♥」
それは生えてきた、という言葉が一番似つかわしかった。
光の叫びに合わせるかのように突然、バサ、と光の背中で黒いものがはためいた。
「なっ……!?お、お前それ、翼……!?」
「え……?何……?」
すっかり蕩けきった表情の光には、何があったのかわからないようだった。
光の異変は背中から生えた翼だけではなかった。
頭には山羊を連想させるような二対の黒い角が生え、耳は横にピンと伸びている。背中からは蝙蝠のような翼だけでなく、先端がハートの形をした尻尾が垂れていた。
その姿は、まるでおとぎ話に出てくる悪魔のようだった。
「ほ、ほら……だから、これ……!!」
光に自分の身におきた事態を理解してもらおうと、手近にあった尻尾を掴む。
その時、ブルリと光の体が震え上がった。
「っ!?そ、それ、駄目……駄目ぇぇぇぇぇぇ!!」
「なっ、うあぁ!?」
きゅうっと締め付けが一際きつくなる。
その刺激は、ただでさえ満足な行為の経験のない俺にとって、とても耐えきれるものではなかった。
「ひ、光……ごめん……!!俺、もう……!!」
「え、ま、待って、休ませてぇ……♥♥んぁぁぁぁぁぁぁ♥♥」
子宮口にぴったりと先端をくっつけたまま、俺は絶頂を向かえた。
どくん、と俺の肉棒が脈動し、膣内に俺の欲望をぶちまける。
登山家としての仕事に夢中で、自分で処理をすることもろくになかった分だけあって、吐き出されたそれは量も、それに伴う快楽もすさまじかった。
それを受け止めながら、光の身体は歓喜に震えるかのようにビクビクと痙攣する。
光もきっと、達してくれたのだろう。
けれど、いつまでも続くような錯覚さえしたその時間もやがては終了し、全身の力を抜かれたような虚脱感だけが後に残った。
「あっ……うぁっ……た、健人ぉ……♥♥それ、離してぇ……♥♥」
光に言われてようやく気がついたが、俺の手はさっきからずっと尻尾を掴んだままになっていた。
よくわからないが、光は息を荒くして辛そうにしていたので、言われるままに手を離す。
「はぁっ……はぁっ……」
「だ、大丈夫か……?」
悪魔のような姿になってしまった光はこくん、と首だけ動かすと、ずるずると腰を引き抜き始める。
初めての性行為で、喋るのも億劫になるくらいに疲れたんだろうな……いくら光が男としての経験は数多くあったところで、こうして貫かれるのは初めての経験だろうし……
まぁ……俺だって、初めてには違いないけど。
しかし、俺のその予想は全く正反対だったことには、光によってすぐに気づかされることになった。
俺のモノがいよいよ引っこ抜かれるその直前になって、光の腰が突然に落ちる。
急激な速さで俺の愚息は肉壁に擦られて、背筋に電流が走った。
「うぁぁぁぁっ!?ひ、光!?」
それだけに留まらず、光は俺の上であえぎながら腰を振る。
ぱちゅん、ぱちゅんと淫らな音がして、先端が何度も子宮の入り口を叩きつける度に、視界が白く染まった。
「あはぁっ♥♥この体、すごいっ♥♥女の人って、すごいぃぃ♥♥」
「お、お前……!!疲れてたんじゃ、ないのか……!?」
「ふっ、私は、大丈夫だよ、ふぁっ♥♥さっき、うなづいたでしょ、んぁっ♥♥」
あ、あれはそういう意味での肯定だったのか……!!
「だからぁ、もっとしようよぉ♥♥私、一発じゃ全然、足りないんだから、やぁっ♥♥」
完全にスイッチが入ってしまったのか、今の光には前みたいに意地を張ったつれない態度は欠片もなく、それこそ人間の魂を狙う悪魔のように貪欲に俺のことを求めて腰を振ってくる。
けれど……俺には、変わり果てたその姿がたまらなく愛しかった。
体を動かす気力はすっかりないけれど、肉棒だけは膣内でどんどん固さを取り戻していく。
俺は悪魔のようになってしまった光に、すっかり魂を抜かれてしまったのだろう。
最初に射精してから間もないというのに、次に果てるのはそう時間がかからなかったのだから。
「あっ♥♥また、来た♥♥健人の濃いの、なかにいっぱい来たぁ♥♥」
さっきと負けず劣らずの量の精が放たれても、光はそれを全て受け止めてくれる。
歯止めが利かなくなったのか、それでも光の腰の動きは止まらなかった。
「まだぁ♥♥まだ健人が欲しいのぉ♥♥もっと、もっとぉ♥♥」
一体、いつになったら光は解放してくれるのだろうか。それとも、俺はこのまま淫らな悪魔に骨抜きになるまで犯されてしまうのだろうか。
あぁ……もう、骨抜きにされているから、何も変わらないか。
光のことしか、考えられない。
光と繋がっている感覚以外が、全て遠く感じていく。
光を感じながら、快楽の中へと堕ちていく……
女になってから、代わる代わる見るようになった夢。
それは、光という女と健人の、恋人となってからの生活。
そして……俺自身の、望み。
あの夢の中の『光』は、元から女だったことと恋人になることを除けば全てが俺と同じだった。
俺が、あいつの世話を焼くのを心のどこかで楽しんでいたことも……共同生活を最初に言い出したのが俺であったことも。
昔からいつも、他人に褒められるような生き方をしていた。
そうすれば、周りには沢山の人が寄ってくるから。そうすれば、周りからつまみ出されるようなことがなくて済むから。
けれど、そうやって周りに沢山の人がやってきても、他人の顔をいつも窺うのは息苦しいだけだった。
それならばもっと大切な人さえいれば、と彼女を作ろうとした。
顔色を窺うのが複数の人から一人になっただけだったから、それは非常に簡単だった。
そうして初めての彼女を作ってから、気づく。
結局、それは相手に見せたくもない笑顔を見せる行為でしかなかったのだと。
それから別れては付き合ってを何回も繰り返したところで、何も変わらなかった。
どんな女も、俺の上っ面しか見てはくれない。俺が少しわがままを言えば、それだけで機嫌を損ねる。
それに嫌気がさしながらも、自分の生き方を変えることは今更できなかった。
そんな日々を、ただ退屈に重ね続けて……俺の前に、健人が現れた。
あいつは、俺がどんなに暴言を吐こうが、嫌そうな顔をしようが、俺から離れることはなかった。
クラスに友達がいたにも関わらず、わざわざ帰りには俺を待って一緒に下校してくれた。
健人といる時は、俺は何をしてもよくて、何を言っても笑ってくれて……それは、とても心地よくて。
だからそれ以来、大学を卒業するまではずっと、俺は一度も特定の女と関係を持ったことはなかった。
けれど……あいつは、趣味を追いかけて、登山家になってしまった。
その後、共同生活をすることにはなっても、帰ってくるのは一ヶ月に一度ならば早い方。
相変わらず、健人以外の人間の顔色を窺うことを続けていた俺は、気がつけば唯一の居場所になっていたものを、唐突に失ってしまった。
それからは、仕事の合間に女を自分の家に連れ込むことを繰り返す日々に逆戻りする。
それでも、健人以上の居心地の良さを味わえる女など、どこにもいなかった。
……結局のところ、俺はあいつに依存していた。
健人が俺のことを好きだったのと同じくらいに……俺は、健人のことが好きだった。
そんな風に自覚できるようになったのも、こんな身体になったおかげ……なんだろうな。
朝の日差しが差し込んでくる健人の部屋の中で、俺と繋がったまま寝ている健人の寝顔を眺めながら、そう思えた。
今もまだ、俺が包み込んでいるこの熱の感触が、たまらなく心地良い。
まぁ……このまま健人が目を覚ましたら、そのまま寝る前の延長戦に入ってしまいそうだから、抜かないとな……
「んっ……♥」
腰を浮かすと、健人と俺が繋がっていた部分は粘ついた物をこぼしながらも離れた。
その軽い振動で、健人がピクンと身体を動かす。
「……光?」
起き抜けに呼んだのは、俺の名前。
そこにいたから呼んだだけで、深い意味なんて無いんだろうが、それだけでも胸の中に安心感が広がる。
「……なんだよ。俺で間違いねぇぞ」
けど、俺の口から出るのは、相変わらず素直ではない言葉。
健人は上半身を起こして、まじまじと俺の顔を見る。
「うん。やっぱり、女性になっても光だ。けど……悪魔みたいな翼とかは、どうしたんだ?」
「あれか?朝起きたら、なくなってた」
あっさりと答えてやると、健人は怪訝そうな顔をする。だが、実際にそうとしか言いようがないのだから仕方がない。
「そ、そんな簡単なものだったのか?また出てきたりは……」
「んー……わかんねぇ。消えたって感じはしねぇけど……まぁ、そこは心配しなくても大丈夫だろ。なんとなく、そんな気がすんだよ」
「そうなのか?お前がそう言うなら俺は構わないけど……」
あの角や尻尾は念じれば出せる、というものでもないみたいだが、迷惑なタイミングで出てくることは無さそうな気がする。
健人に言ったようになんとなく、でしかないのだが、確信のようなものが俺の中にあった。
そう言えば、俺をこんな身体にしたあの女は去り際に、自分の気持ちに素直になれば、後は全て身体が教えてくれると言っていた。
ひょっとしたらこれも、その内の一つであるのかもしれない。
……あの女、か。
また会うことがあったら……お礼、言いたいな。
「それにしても、喋り方はそのままなんだな」
「別に……昨日は気がついたらあんな喋り方になっちまっただけで、好きで使ってたわけじゃ……」
『まだぁ♥♥まだ健人が欲しいのぉ♥♥もっと、もっとぉ♥♥』
……………。
「〜〜〜っ!!」
俺のあられもない痴態が唐突に脳内にフラッシュバックすると、かぁっと頬に熱が集中した。
「あ、あれは違う!!あれは、お前が尻尾なんか触るからおかしくなっちまっただけで……!!あんなの、俺じゃない……!!」
健人に尻尾を掴まれている間は、まるで全身を愛撫されているかのような気持ち良さが体中に広がっていくようだった。手を離されてその快楽が消えた時、そこで俺のスイッチのようなものが入ってしまい、そこからはただ本能に突き動かされるままにこいつの上で腰を振っていた。
だから、あれは尻尾なんか触った健人が悪いわけで……お、俺は、あんな性格じゃ……!!
「あれ?確か光は、俺が尻尾を掴む前からあんな喋り方をしていなかったか?」
「そ、そんなことない!!ど、どうせお前、俺とヤリすぎたせいで記憶がぶっ飛んだんだろ!!この変態!!ムッツリスケベ野郎!!」
なんでこいつ、こういう時は鋭いんだよ……!!俺をほっといて登山家になっちまうぐらいニブチンのくせに……!!
バレバレの嘘を暴言で誤魔化すのは我ながら子供のようだと思ったけれど、健人はそれを聞きながらもいつもの憎らしいぐらいに爽やかな笑顔で笑った。
「はは、別にどっちでもいいんだけどな。俺は、口が悪くても光のことが大好きだぞ」
「〜〜〜っ!!う、うるさい変態っ!!ホモだったくせに……!!」
こいつはまた、聞いてるこっちが恥ずかしくなるようなことばっかり……!!
か、顔がまた赤くなってるのは、この身体のせいだきっと!!
大好きだ、とか男の時は散々女から言われた台詞で、俺が嬉しくなるなんてそんなこと……!!
「……それで、お前はこれからどうするんだ?」
不意に、健人は真剣な顔つきになって俺に尋ねてくる。
その質問は、俺にとっても避けては通れないものだった。
そりゃぁ、男が急に女になっちまったんだから、これからやらなきゃいけないことも多いわけで。
……そういえば、言わなきゃいけないことがあったな。
「まずは、職場の人に連絡の一つも入れないといけないだろう。それは、どうするつもりだ?」
「あぁ、それなんだけどよ……仕事、クビになった」
俺の言葉で、健人は驚いた表情になる。
……なんせ、こんな身体になったあの日以降一度も出勤していないんだから、当然と言えば当然であろう。
それは、俺が出勤しても気づいてもらえなかったとかそういうことではなく……あれからは、一日の殆どを健人の部屋で過ごしていただけなのだ。
俺の部屋よりも匂いが少ないだろうと思って入った、健人の部屋。
そこには、確かに俺の部屋みたいに濃い匂いはなかったけれど、健人の匂いというものはちゃんと残っていた。
それを嗅いでいる内に、健人がまるでこの部屋にいてくれるみたいに思えて……気がついたら、自分の手を健人の手に置き換えて体中をいじくり回していた。
それは、女の快楽を知らない俺にはとても気持ちよくて、その行為に夢中になって、何回も達して、潮を吹いて……上司からのクビを切られる電話が鳴るまで、数日も経っていたことにすら気がつかなかった。
まぁ、仕事を失ってからは、余計にお構いなしにやってたんだけど……
健人が帰ってこなかったら、後どれだけ続けてたことか……
元々、稼ぐ以外の事を考えて仕事をしていたわけではなかったから、辞めされたところで未練はなかった。
けど、健人の収入に甘えることになるのも嫌だから、やっぱり手に職はつけておきたい。
「……そうか。それなら、どうするんだ?仕事のあてはあるのか?」
「あては、ねぇけど……やりたいことなら、ある」
「そうなのか?なら、いいんだが……何か、手伝えることはないか?俺にできることがあるなら何でも言ってくれ」
……俺が何をやりたいのか、把握してるわけでもないのにな。
けど、今はすごく、その言葉がありがたかった。
「それなら……よ。お前に、色々教えてもらいたいんだけど……いいか?」
「色々ってなんだ?俺がそんなに詳しく知ってることなんて……」
俺はもう、健人に置いていって欲しくない。健人の傍から、片時だって離れたくはない。
今なら、ちゃんとそう思えるから……だったら、やりたいことは一つだ。
「と……登山家に、なりたい、から……色々、教えて欲しいんだ……」
いざ口にすると、まるでそんな気持ちを告白してるみたいで、すごく恥ずかしかった。
けれど、健人はそんな俺を決して馬鹿にしないで、嬉しそうにあの憎らしい程に爽やかな笑みを見せてくれる。
……この笑顔が、大好きだから。
それがどんなに大変だったとしても、健人と一緒の道を進みたいと思った。
家族でも、親戚でも、友人でもない。
ルームメイトは、俺にとっての特別な恋人。
12/08/16 12:41更新 / たんがん
戻る
次へ