連載小説
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前編 おしりを出した子…
お日様が、たくさんの葉っぱの間からちょっとだけ見えた。

「あ痛たたた……」

すり傷や切り傷が手足にできているみたいで、ちくちくと痛んだ。がまんして立ち上がって、辺りを見回してみる。

「ここは…………」

まず目に入ったのが、たくさんの木。おれの身長の十倍はあるんじゃないかと思うほど高くて、深い緑色の葉っぱがよく茂った木があまりにたくさんあるもんだから、葉っぱがかげになって昼間だっていうのに奥の方はうす暗くてよく見えない。ふり向いて見ると、砂でできた高いがけがあった。

…………そうだ。
おれ、みんなとかくれんぼしてて、どこに行こうか考えながら走ってたら、ここから足をふみ外したんだ………。

こんな高いところから落ちたんだな、と思うとぞっとした。足下のいっぱいある木の葉のおかげかな、すり傷だけですんで、ラッキーだったな………

「あれ、そういえばなんか足が寒いような………………って、えぇ!?」

おれ、パンツもズボンも履いてない!?
なんでだよ!?落ちる前はちゃんとはいてたのに!!
…………落ちる前は?

あわてて近くにある木を見上げると、探しているものはすぐに見つかった。
上から強い力で押されたように折れた枝が縦に何本か並んでいるその木のてっぺんに近いところにある枝に、葉っぱにまぎれておれのパンツとズボンが引っかかっていた。

そっか、この木の枝が落ちるおれを受け止めてくれたんだな………って、そんなことどうでもいい!!取りに行かなくちゃ!!
ゴツゴツした木の幹に両手両足を回して、登ろうと力を込める。

「ふんっ…………っと、うわぁ!!」

けど、木登りなんてろくにやったことのないおれは、ちょっと登っただけで手が滑って地面にまた体をぶつける。
ろくに登ってないせいで痛みはそんなになかったけど、ちっともうれしくない。
それから何回も木に登ろうとしては滑るのをくり返したけど、五回やる前にはもうあきらめがついていた。
悔しくて木をにらみつけたり、叩いたりしてみる。もちろん、何も起きない。ちょっと幹が揺れて、数枚の葉が落ちてきたていどだ。

どうしよう……………今日、というよりいつものことだけど、おれ達が遊ぶやつの中には女の子もいるんだ。こんな格好、見られたら………………

「ねぇ君、なんでおしり出してるの?」
「うわぁ!?」

や、やばい!!女の子の声だ!!とりあえず、なにか言わないと!!

「お、おれだって好きでこんな格好してるわけじゃない!!って………おまえ、誰?」

振り向いた先にいたのは、おれと同じぐらいの年に見える女の子。
頭の上にちょこんとある小さな丸い耳、ふかふかしていそうな茶色い毛皮の生えた手足と、そこから伸びる黒い爪。熊と人が混ざったような見かけだ。
名前はたしか……………グリズリー、だったっけ。
いつも一緒に遊んでいるから魔物なんてめずらしくはないけど、おれ達が今いる場所は街からすぐの所にある山を、ちょっと道から外れたところだ。
遊んでいる時におれ達以外の人を見たことがなかったから、知らないやつに会うなんて思わなかった。

「ぼく?ぼくはリベア!!君の名前は?」
「お、おれはコウワだけど」
「ふーん。よろしくね、コウワ!!」

にっこりと、リベアがうれしそうに笑う。
……………可愛いな、なんてちょっとだけ思った。

「ところでコウワ、なんでさっきからずっとおしりだしてるの?」
「え?……あ」

不思議そうにおれの下半身を見るリベアにそう言われて、自分がズボンとパンツをはいてないことを思い出す。
……顔が熱くなるのとほぼ同時に、茂みの中に急いでかくれた。

「こ、これはえっと、ちがくて、こういうの好きとかじゃなくて、すずしいことはすずしいけど、いやそうじゃなくて、えと、そのぉ!!」
「あはっ、コウワって面白いねー」
「わ、笑うなぁ!!」

顔だけ出して、頭の中がぐるぐるして言いたいことが上手くまとまらないまましゃべったら、リベアにくすくすと笑われる。馬鹿にされてるみたいで、余計に顔が熱くなった。

「おれのパンツ今、あそこなの!!」
「えー?上?」
「そうだよ!!それで、木に登って取りにいこうとしたけど駄目で、おれ困ってんだ!!」
「あっ、あれかぁ。へー、なるほどねー」

指差して一気に説明したら、リベアはわかってくれたみたいだ。けど……………うぅ。口に出してみると、おれすごい格好悪い……………

「それじゃあ、コウワはあのパンツが欲しいの?」
「そうだけど………………この木、すっごく滑るし無理なんだよ…………」
「そうなの?うーんと…………これなら余裕かな?」

リベアは熊の手でしばらくペタペタと木の幹をさわった後、おれの方を向いて言った。

「ぼくに任せて!!パンツとズボン、すぐに持ってきてあげる!!」
「え?だから、この木登れないんだって……………」

おれが言い終わる前にリベアはジャンプして木の幹にしがみつくと、そのままひょいひょいと手足の爪を使って器用に登り始めた。
その動きがあんまりにも速いものだから、おれはぽかんとしてリベアの動きを目で追っていた。

「コウワー!!ぼくここだよー!!見えるー!?」

十秒ぐらいで半分近く登ったリベアが、おれに向かって大声を出しながら楽しそうに手を振るのを、おれは首をたてに振って返すことしかできなかった。そこからリベアがおれのパンツとズボンをあっさりと手につかむのは、三十秒もかからなかったと思う。
すっげえ…………おれが何回やっても登れなかったあの木を、あんなにあっさりと登っちゃうなんて。
そのまま、それらの服をわきにはさみながら、リベアはするすると降りてきた。

「はい、これ!!コウワのパンツとズボン!!」
「あ、ありがとう……」
「どういたしまして!!」

差し出された二つを茂みから手を伸ばして受け取りながら礼を言うと、リベアはまた楽しそうに笑う。おれとしては、男の子なのに女の子にこうやって助けてもらったのが悔しいやら恥ずかしいやらで、むしろちょっと落ち込んでいたんだけど。

まぁ、いいや。まだかくれんぼ続いてるだろうし、とりあえずパンツはかないとな…………

「……………(じーっ)」
「り、リベア?」

さっきからずっとだったんだけど、なぜかリベアはおれの顔をまじまじと見ている。おれは茂みに隠れてるし、別にこれから脱ぐわけじゃないけど、見られながらパンツはくのはなんか落ち着かないっていうか…………それががまんできなくて、名前を呼ぶ。

「ねぇ、コウワってもしかしていつもここで遊んでる?」
「え?あ、うん。おれ、よくここで友達と遊ぶけど」
「ホント!?ホントに!?」
「ホントだよ」

なんで知ってるんだろ、と思いながら質問に答えると、リベアはとてもうれしそうにぴょんぴょんとジャンプした。

「あのね、あのね!!ぼく、コウワにお願いがあるの!!聞いてくれる!?」
「お願い?うーん…」

一瞬悩んだけど、リベアはおれにとってはパンツとズボンを取ってきてくれた恩人(恩魔物って言うべきなのかな?)だ。ここで断るのは、男の子として間違ってるよな。

「いいよ。リベアのお願い、おれに言ってみろよ」
「わーい!!それじゃあ、ぼくのお願いなんだけどね……………」

そこまで言うと、リベアはまるでこれから言うセリフを失敗したくないかのように深呼吸する。なんだろ?どんなお願いなんだ?

「あのね、ぼく…………君達と一緒に遊んでいい?」






「ぼく、リベア。みんなよろしくね!!」

リベアが元気よくあいさつすると、みんなはそれに負けじと明るく答えた。

「わたしはエネシャ!!それで、こっちが仲良しの…」
「ロッサだよ!!エネシャとは、みんなの中で一番仲のいい友達なんだ!!」
「ボクはニコ。こっちこそよろしくね、リベア」

そのまま流れで四人仲良くわいわいと話し始めたのを、おれは少し離れたところでこの中じゃたった一人の男友達、ライバと一緒に見物していた。

「女子って仲良くなるの早いなー…………」
「女子っていうか、全員魔物だよな」

そういえば、とライバの言葉で気がつく。
遊んでる時そんなに気にしたことなかったけど、エネシャはアリスだしロッサはワーラビットだ。ニコに至ってはサキュバス…………じゃなかった。えっと、アルプだったかな?男だったニコがある日突然角と尻尾生やしてきたから、結構びっくりした。もちろん、そんなことじゃおれ達は仲間外れにしたりなんかしなかったけど。

「それで、あいつをオレ達の仲間にしたいんだっけ?いいぜ、オレは。メンバー増えるのは大歓迎だ」
「ライバ…………ありがとう」

ライバになんて言われるかに一番どきどきしてたけどよかった、ライバがあっさり許してくれて。ライバはおれ達の間ではリーダーみたいなもので、何して遊ぶか決めるのもいつもライバなんだ。



おれはあの後すぐに、その時のオニだったライバのところへ(もちろん、ズボンとパンツはちゃんとはいて。おれが注意したら、リベアは『あははー、ごめんね』なんて笑って離れてくれた)リベアを連れて、事情を説明したんだ。……………リベアにズボンとパンツを取ってきてもらったことは言わなかったけど。それからしばらくして、ライバが他のみんなを見つけて、こんなことになっている。ちなみに、おれはしっかりとビリ扱いだった。ちぇっ。

「そいじゃあ、あいつもなじんできたみたいだし……………お前ら、集まれー!!」

ライバが声を張り上げると、みんなは話すのをやめてこっちの方へと集まってくる。リベアもきょとんとした顔だけど、みんなの後をちゃんとついてきた。

「みんな聞いてると思うけど、そこにいるリベアってやつがオレ達と遊びたいんだそうだ。みんな、問題ないかー!?」
「「「おーっ!!」」」

魔物三人が元気よくげんこつを作った手をあげる。リベアはその後ろで顔を少し赤くしながらも、嬉しそうにはにかんでいるのがおれには見えた。

「よぉし!!そんじゃ、新しいやつも増えたしもっかいかくれんぼやるぞ!!お前ら、準備いいかー!!」

「「「「「おーっ!!」」」」」

今度は、おれもリベアも一緒に、五人でげんこつを振り上げた。これは、おれ達にとって恒例のあいさつみたいなもんだ。ライバは全員が上げているのを確かめて、ニカッと笑う。

「じゃ、オニはさっきビリだったコウワからで…………」
「あ、ねぇねぇちょっと待って!!」

そこで、声をあげたのはリベアだった。

「オニって、みんなを捕まえるんだよね?」
「え?そうだけど……お前オニも知らなかったのかよ」
「うん!!それならさ、最初はぼくにオニ、やらせてくれない?」
「「えぇ?」」

おれとライバが同時にすっとんきょうな声をだした。だって、そりゃあそうだ。おれはオニなんて、すすんでやりたくない。……………ひょっとして、おれをかばって?なんて考えがちらりと頭に浮かぶ。

「いや、別にオレはいいけどさ…………いいのか?」
「なんで?オニってすっごく楽しそうだよ?」

ライバが恐る恐る聞くと、リベアはそれが当たり前であるかのように首をかしげた。
うん、わかってたよ?会ったばっかのおれをかばったりなんか、するわけないよな………はぁ。

「あれ?そういえばさ、この山ってけっこう広いよ?ぼく、この山に住んでるんだけど、流石に全部探すのはできないかなぁ……」

リベアがふっと、思いついたように質問をする。確かにそれは、もっともな質問だな。けど、ライバはその質問を待ってましたと言わんばかりにニヤリと笑った。

「おぅ、いいところに気づいたな、新入り!!お前が無理なように、俺やここにいるみんなだって勿論そんなのは無理だ!!だからな、俺達はいつもちゃんと隠れる場所を決めてんだ!!」
「へぇ、それってどこ?」
「それはな……」
「『オニの大声が聞こえる所』だよ、リベア」
「あーっ!!コウワ、それオレの台詞だぞ!!」

なんか、もったいつけた態度が少々じれったかったので、大事なところを代わりに説明してやる。まぁライバは考案者なんだから、じまんしたいっていうのはよくわかるけどさ。
リベアはおれの言いたいことがよくわかっていないのか首をかしげていた。

「じゃあライバ、あとよろしく」
「そもそも最初からオレだったんだぞ……コホン!!じゃあオニがわからない新入りに一から説明しよう。まず、オニはその辺の木で目隠しして百数えるんだ」

そう言って近くの木に寄って、腕をくっつけるとそこに顔を寄せる。

「それで、数える時はできるだけ大声をあげるんだ。いーち、にー、さーん、よーん!!……こんな風に」

ライバの張り上げた声が、広い山の中に一瞬ひびいて、すぐに消えていく。それだけの事で、話を聞いていたリベアの顔がぱあっとかがやく。

「わぁっ、すごいすごーい!!ライバって声おっきいんだねぇ!!」
「だろ!?オレ、このルールでたくさんやってるから、これぐらい朝飯前だ!!」

手を叩いて喜ぶリベア。ライバは親指で自分を指しながら、すっかり得意げだ。………おれだって、あれぐらいできるのに。

「ねぇねぇ!!今の、もう一回やって!!」
「いいぜ新入り、すぅーっ……いーち!!」
「ちょ、ちょっと待ってライバ!!早く説明してよ!!」

話が段々と違う方向にずれていっているので、慌ててストップをかける。

「えー、いいじゃねぇかよ別にー」
「あたしからもお願い……こんなに近いと耳、キンキンするぅ……」

ライバが口を尖らせると、今度はロッサが耳を押さえながらおれに同意してくれた。
そっか、ロッサってワーラビットだから耳がいいんだったよな。

「ライバ、ロッサも嫌がってるし早くしようよ」
「ボクも早く遊びたいなぁ……」

それから続いてエネシャにニコも文句を言うもんだから、何かブツブツつぶやきながらも流石にライバはやめてくれた。

「ちぇー…それで、オニは百まで数えたら、『もういいかい?』って大声で言うんだ。そしたら『もういいよ』って返事が返ってくるからその声を頼りにして、隠れたみんなを探すんだ。制限時間は三十分。見つけたら大声で『みーつけた!!』って名前もいっしょに言うんだぞ。隠れる側はオニが百数えた後は動くの禁止だから、気をつけろよ。ルールはこんなもんだけど……大丈夫か?」
「えっと、えっと……うん、大丈夫だよ!!」

リベアは頭の上で人さし指をたてた手首をくるくると回した後、コクンと頷く。その仕草の意味がよくわかんないけど、頭の中の片づけでもしてたのかな、と適当にアタリをつけた。

「いい返事だ、じゃあ説明も終わったところで改めて……お前ら、準備いいかー!?」
「「「「「おー!!」」」」」

全員で、二回目の号令。なんだか、リベアがここにずっと前からいたのように感じるぐらい、リベアはもう俺達の中になじんでいた。この時にはもう、リベアがなんでおれ達のことを知っていたかなんて、気にならなくなっていた。

「よし、新入りは目を隠して百数えろ!!みんな、かっくれろー!!」

そのライバの声を合図におれ達はいっせいにかけだして、リベアを含めたかくれんぼが始まった。







「エネシャ、あっちいこ!!」
「わかった!!それじゃあね、みんな!!」

じゅう、と聞こえたぐらいのところで、ロッサとエネシャはおれ達と違う方向に走る向きを変えた。
ロッサはワーラビットだけあってメンバーの中で一人だけ耳がすごくいいから、隠れる時はいつもエネシャかニコがついていって、オニの声が聞こえなくなる大体の位置を教えるようにしている。
だから、その二人のどっちかが見つかると十中八九近くにロッサがいるんだ。ロッサが言うには、「あたし一人じゃさみしいから、近くにいてくれた方がうれしい」からそのことは気にしていないらしいんだけど。

「さんじゅー……さんじ…ちー………んじゅ…にー」
「よし…大体このぐらいのところだな」

そこからさらに走ってからのライバの言葉を合図に、おれ、ニコ、ライバの三人は走るのをやめた。

「はぁ、はぁ、ふぅ……お前ら、どうする?おれはここにしようかなって思ったけど…」

そう言っておれが指差したのは、かがめば人一人ぐらいなら入りそうな茂みだ。
かんたんに見つかりそうだなってちょっとは思うけど、音が聞こえるギリギリのここだったら逆に見つからないんじゃないかな、という作戦だ。

「そうだな、オレは…………あ、そうだ。ニコ、ちょっとこっちついてこい」
「え、ボク?うん、わかった……」

少し考えてからライバは、ニコを引っぱって来た道を引き返す。
その時の、何かをたくらんでるようなライバのにやけた顔になんだかいやな予感を感じたおれは、時間もまだよゆうがありそうだったのでその後を追いかけることにした。

「ななじゅうさんー……ななじゅうよんー……ななじゅうごー……」

二人は、人差し指ぐらいの大きさでリベアの姿が見えるようなところまで戻ってきた。
何があるかわかんないけどこんなところじゃ、すぐに見つかっちゃうんじゃ……………ま、まさか…………

「よし、ニコ!!飛べ!!」
「おっけー!!」

ああもう、やっぱりだよ!!
ニコは背中のコウモリみたいなつばさを大きく広げると、ばさばさと飛んで近くにある木の半分ぐらいの高さまで飛んで、手近な枝の上に着地した。

ライバの考えたルールは、『隠れられるのはオニの声が聞こえるところ』。それは言いかえれば、『オニの声さえ聞こえるなら、どこにでも隠れてよい』っていう言い方もできる。だから、ニコの隠れた場所は反則にはならない…………というへりくつを、「お前なんかにはニコを絶対見つけられないからいいぜ?時間をのばしてもなぁ!!」と、もう見つかったライバにケンカを売られて結局三十分どころか二時間探しても見つからなくてべそをかいて帰ってきたところでニヤニヤしながらライバに連れてこられた木の上からおりてきたニコに怒ろうとした時に、ライバから聞いた。

つまり、おれもかつて痛い目をみたやり口というわけで……そもそもあれ、二度とやらないって言ってたじゃないか!!

「ちょ、ちょっとライバ!!」
「ん?なんだ、コウワか。お前、隠れたんじゃなかったか?」
「それより!!いくらなんでも、初めてであれはひどくない!?」

リベアに聞こえないように注意しながら、木の上のニコを指差す。下から見上げると、たくさんの葉っぱのせいでニコの姿なんてほとんど見えない。

「いくら初めてだからって、手を抜かれるのはいやだろ?」
「でも……!!」
「コウワ、そろそろ隠れなくていいのか?」

やれやれ、と肩をすくめたライバによゆうを持った言い方で返されて、ようやくリベアの声が耳に届いた。

「はちじゅうはちー……はちじゅうきゅー……」

や、やばい!!急がないと、隠れられないままでカウントが終わっちゃう!!

「あぁもう!!後でリベアが泣いてたらお前のせいだからなー!!」

後ろを見ないままそれだけ叫んで、おれはさっき見つけた隠れ場所へと全速力で走り出した。

「ふっふっふ……これでこの後、ニコを見つけられなかったリベアに本当はニコの隠れた場所はオレが教えてあげたんだって言えば、リベアはきっと、オレのことを頭のいい人って感心して、またほめてくれるぞ!!さっきみたいに……オレのことほめてくれる女の子なんて初めてだったな……よっしゃー!!後は、オレの隠れ場所を考えないとな……えっと……」

「ひゃーく!!もーいーかーい!!」
「「「「もーいーよー!!」」」」


「………………あ」

『ライバみーっけ!!』というはずんだ声が聞こえてきたのは、リベアが数え終わってすぐのことだった。
ライバ……ニコだけじゃなくて自分の隠れ場所も考えなよ……






一方おれはというと、なんとかさっきの茂みの中にすべり込んでいた。
とりあえず、これで一安心かな………ふぅ。
かくれんぼは他のゲームと違って一度隠れちゃえばあとはやることがないから、リベアがここにこないことを祈るだけだ。
どくんどくんっていうしんぞうの音や風が葉っぱをゆらすざわざわという音が、やけに大きく聞こえてきて、そのせいで自分のいる所がばれちゃうんじゃないか、と思ってしまう。
その音にまじった、足下の草を踏みつける音………

「きた……」

リベアだ。きょろきょろと首を動かしながら、ゆっくりと近づいてくる。

「コウワー?あとはえーっと……名前は……まぁいいや。みんなー、どこー?」

おれの名前を呼びながら探すその姿は、オニというよりもまるで迷子だ。
てゆうかロッサにエネシャにニコだよ……
そう言いたくてつい飛び出してしまいそうになったが、ぐっとこらえた。
リベアの足はおそかったけど確実に、おれの方向へと向かっていたから。

「んー?こっちの方向から声が聞こえてきた気がしたけどこの辺りって……ぼくの声、聞こえるのかなぁ?」

ちょっと立ち止まって、うんうんと頭をひねるリベア。
………こういう風に考えちゃうから、ギリギリに隠れるのはけっこう有効なんだ。
おれもこのルールで大分やってきたけど、声が聞こえるところって言うのはあいまいでわかりづらいからオニをやるのはまだ苦手だし、あんま好きじゃない。
ましてや、リベアはかくれんぼそのものの初心者なんだ。こう考えると、ニコの隠れ場所だけじゃなくてリベアにオニやらせるのも止めた方がよかったかな……

「ま、いいや!!とりあえず、探してみよっと!!」

……え?ちょ、ちょっと、止まって!!こっちには誰もいないから!!ここ声なんか聞こえないから!!お願い……

「あっ……コウワみーっけた!!」

そんなおれの祈りもむなしく、茂みに狙いを定めたらしく一気にこっちに向かってきたリベアにがさがさと茂みをかき分けられ、おれもあっさり見つかってしまうのだった。
大人しく、茂みから外へと出る。

「あはは……こんなに早くみつかるなんて思ってなかったな……」
「だってコウワ、さっきも茂みの中に入ってたよね?だからぼく、そこから探してみたんだ!!」

……そういえばそうだった。おれの馬鹿……

「あと残ってるのは……」
「エネシャ、ロッサ、ニコね。名前ぐらい覚えなよ」
「あ、それそれ!!その三人!!」

ぽんっと手を叩いてうんうんとうなずくリベア。やっぱり忘れてたんだな。

「あ…そういえば、ニコに注意してね」
「え?なんで?」
「えっと、それは……」

当たり前だけど、隠れた所をオニに伝えるのは反則だ。だけどあんなの、見つかるわけないし何か言わないと……

「と、とんでもなくむずかしい所に隠れてるんだよ。だから、見つからないかもしれないけど怒んないでほしいんだ」
「むずかしい?ふーん」

できるだけ遠回りに言ってみたけど、リベアはあまり気にとめようとはしてないみたいだ。
まぁ忠告は一応できたし、いいかな。

「それじゃあおれ、スタートに戻って待ってるから」
「あ!!ねぇねぇ、待って!!」

帰ろうとしたところで、リベアに呼び止められた。

「コウワも来てよ!!二人でみんなを探そうよ!!」

あー……リベアはかくれんぼのルール知らないんだった……

「えっと…おれも一緒に行くのは嫌じゃないんだけどさ、駄目なんだよそれ」
「え?なんで?」
「かくれんぼって言うのは、オニはずっと一人で探さないと駄目なんだ」
「えー、そんなぁ……」

少なくとも、おれ達の中ではそういうことになっている。まぁ、二人ならともかく三人や四人だと声の届く範囲なんてあっという間だろうし。
リベアは肩を落として、ものすごくわかりやすいがっかりとした顔をしていた。頭にある小さな耳も、心なしか垂れ下がっているように見える。

「でもぼく、コウワといっしょがいいのに……」
「ん?今なんか言った?」
「え?う、ううん、なんでもない!!あ、そうだ!!こういうのはどう!?」

うつむいてなにかぶつぶつと言っていたかと思えば、突然あたふたとしてぶんぶん手をふるリベア。どうしたんだろ?

「ついてきてくれるだけならいいよね?探すのはぼくだけでやるの!!」
「あぁ、なるほど……」

それなら確かにルール違反じゃない。仮にライバに怒られたって、あっちだって今へりくつこねてニコを隠してるんだから、おあいこだよな。

「それならいいよ。うん、そうと決まったら早く探しに行こう」
「うん!!」

気のせいか、その時のリベアの返事はこれまでで一番元気だったように聞こえた。




しばらくして、ロッサとエネシャの二人は見つかった。

エネシャは地面にたくさんある葉っぱの中に隠れてたけど、その場所だけ明らかにふくらんでたから一発でわかった。
ロッサは、その近くにあった大きな岩の後ろに隠れてた。

「あれ?コウワくんも近くにいたの?」

岩のかげから出てきたロッサはおれのことを不思議そうな目で見てきたので、エネシャと同じようにかんたんに事情を説明した。

「そっかぁ、リベアちゃんが…うんうん、なるほどねぇ」

何かを納得したように笑ってうなずきながら、リベアの方に目線を移す。
リベアは恥ずかしそうにもじもじして、気まずそうに目をそらした。
さっきから、何かリベアは変だ。

「でもさ、本当にズルしてない?ヒントあげたりとかは?」
「本当にないって。全部、リベアが自分で見つけたんだよ」

うそなんか言ってない。おれ達が話したのはせいぜいどこに住んでるの、とかいつもは何してるの、とかそんなかくれんぼとは関係ない話ばっかりで、リベアは初めてなのに本当に自分の力だけで二人を見つけたんだ。

「うーん、それならひょっとしてリベアちゃんはかくれんぼの天才なのかもね!!これは手強いライバルになるかも!!」

ロッサはともかくエネシャはすごいかんたんだった気がするけど、リベアがとなりで「そんなことないよぉ」といいながら照れて頭をかいていたもんだから何も言わないでおいた。


そういえば、さっきもルール説明の時にさりげなく言ってたけど、リベアはこの山にあるどうくつの中で、お母さんといっしょにくらしているらしい。
お父さんは街で働いているからたまにしか会えないらしいんだけど、来てくれた時はいっぱい遊んでくれるからさみしくはないって言ってた。
いつもはおかあさんに教えてもらって川で魚を捕ったりとか、アルラウネさんにミツをわけてもらったりとかして過ごしてるんだって。それで、今日はさんぽしていたところでおれをたまたま見つけたんだそうだ。
もしも、リベアが通りかからなかったらおれは今頃……考えるのもこわい。


がんばってねー、と言いながらロッサはぴょんぴょん跳んであっという間に全身が小さく見えるところまで行ってしまった。

さて……最後はニコ、なんだよなぁ……

「よぉし!!あと一人もがんばってみつけよ、コウワ!!」
「う、うん……」

言わなきゃいけないことなんだろうけど反則だし、なによりはりきってるリベアを見ているとそれ以上はなんにも言えなかった。

それからリベアといっしょにあちこち回ってみたけど、もちろん見つかるわけがなかった。

「見つかんないねー……」

時計はライバしか持ってないから正確にはわかんないけど、あと五分ぐらいじゃないかと思う。
その事を伝えると、リベアはうーん、と何かを考え始めた。

「もっと何か、いい方法ないかなー…コウワ、何かない?」
「お、おれもオニは苦手だからわかんないよ」
「うーん…」

真剣になって考えているリベアを見てると、段々申し訳なくなってきた。せっかく楽しんでくれてるのに、あんなところに隠れてるなんて言われたら、きっと悲しむだろうなぁ……

……うん。やっぱり、言わないと駄目だよな。
せっかく『友達』になれたのに、すねて遊んでくれなくなっちゃうかもしれない。そんなのいやだ。
反則だって怒られるだろうけど、がっかりされるぐらいなら………

「コウワが…あ、そうだ!!いいこと考えた!!」

リベアがひらめいたのは、決心したおれが口を開こうとした時よりもちょっと早かった。

「実は……え?」
「木の上から探すんだよ!!それ、反則じゃないよね!?」
「あ…!!」

そっか……それなら木の上に乗っかってるだけのニコはかんたんに見つかる!!下から見上げて見つけることしか考えてなかったから気がつかなかった!!

「さっき、コウワの服を取ってあげたときのこと、思い出したの!!あの時、コウワだけじゃなくて森の中がいっぱい見えたから……」
「うん、そうだね!!それは反則じゃないね!!」

聞こえてない。おしり丸出しにしてたことがきっかけでひらめいた話なんて、おれには聞こえてない。
ルール違反じゃないことを確かめたリベアはアイディアをひらめいたことがよほど嬉しかったのか、もう爪を近くの木の幹にあてていた。

「よぉし!!コウワはここでちょっと待ってて!!ぼくがすぐに見てくるから!!」
「ストップ!!」

木に登ろうとするリベアを、おれはパーの形に開いた手を前に出して止めた。

「え?ぼく何か、まずいことしたかなぁ?」
「そうじゃないよ、ただ……」

……これぐらいだったら、言ってもいいよね?

「ちょっとでも高い木に登った方が、いいんじゃない?」

その後、『ニコ、みーっけ!!』って言う大きな声が山にひびいて、負けちゃったはずのおれは木の上で手を振るリベアにぐっと親指を立てた拳を突き出して、初めての勝ちを二人で喜んだ。






遠くからカラスの鳴く声が聞こえてきた。空を見上げると、ちょっとだけ黒ずんだオレンジ色の空に、雲が点々と浮かんでいた。
もう、こんな時間か………

あれからおれ達は、ずうっとかくれんぼをして遊んでいた。(ちなみに、木に登るのは禁止になった。ライバもちゃんと反省してくれたみたい)

この山に住んでるだけあってリベアは隠れる方でも強かった、らしい。
らしい、って言うのはオニになると一番強いライバが、リベアを見つけるのはすごい難しかったって言ってたからだ。でもなんでだろ?おれがオニだった時は真っ先に見つかったんだけどなぁ……しかも、見つけた後、おれが見つかった時とは逆に『探すの手伝わなければいいんだよね!!』と言って今度はリベアがついてきた。結局、おれとリベアはペアみたいなもんだったなぁ……
リベアを新しいメンバーに加えてやったかくれんぼは今まで以上に楽しくて、空を見上げるまでとっくに夕方になってたことさえ気づかなかった。

「あ……わたし、そろそろ帰らなきゃなぁ……」

オニなったおれが全員をみつけてスタート地点に帰ってきたところで、エネシャが街のある方を見つめながら、ぽつりとつぶやいた。
そうだよな、もうそういう時間なんだよな……

「エネシャがそういうなら、今日の遊びはここまでだな」

ライバがそう言ってみんなの顔を見回すけど、誰も反対しなかった。

「じゃあ、これで終わり……?みんな、帰るの……?」
「まぁそうだな、そろそろ帰らないとオレの母さんと父さんも怒るし」
「そっかー……」

ライバに答えるリベアの声はいっしょにオニになって遊んだやつと一緒とは思えないぐらい小さく、さみしそうだった。正直おれも、まだまだ遊び足りないからちょっとはさみしいとも思う。でもまぁ、別にいいよな。

「また明日な、リベア!!」
「え?また明日って……?」
「おれ達明日もここに来るからさ、また遊ぼう!!」

おれがそう言って笑うと、リベアは予想もしていなかったような顔をして、何回もまばたきをする。

「え…ぼくが?また、遊んでいいの?」
「もっちろん!!」

まだ信じ切れないといったリベアに胸を叩いてオッケーだということを見せつける。
おれに言わせれば、あれだけ楽しかったのにもう遊ばないなんてことの方が、よっぽど信じられない。

「そうだよ!!今日のリベアちゃんとのかくれんぼ、すっごい楽しかったよ!!」
「ボクもまさか見つかるなんて思ってなかったよ!!リベア、かっこよかった!!」
「明日はさ、かくれんぼ以外のことも一緒にやってみたいな!!ねぇ、いい!?」
「こらこら勝手に決めるなー!!リーダーはオレだぞー!!けど、明日もここで遊ぶっていうのはコウワ、お前に大賛成だ!!」

ロッサ、ニコ、エネシャにライバもみんながおれに賛成してくれる。
リベアの返事を聞くまでもなく、また明日リベアと遊ぶことはおれ達の中でもうとっくに決まってるみたいだった。

さっきから元気がなかったリベアはようやく、遊んでるときみたいにまた笑ってくれた。

「うん!!ぼく、明日もここで待ってる!!だから、ぜったい、ぜーったい来てね!!約束だよ!!」
「うん。また明日な、リベア」
「コウワも、また明日ねー!!」

よっぽどその別れのあいさつが気に入ったらしく、リベアは街に帰るおれ達に向かってずーっと「また明日ー!!」ってくり返しながら、手をふっていた。

おれもみんなと一緒に、街へ続く夕焼けで赤くそまった道を、並んで歩いていった。明日はリベアとなにして遊ぼうかな、なんて考えながら。
12/03/30 17:50更新 / たんがん
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■作者メッセージ
こちらに投稿するのは約半年ぶりです。ほとんどの方は初めまして、たんがんと申します。

このお話は、友人の
「国民的なあの歌はどうしておしりを出したら一等賞なのか考えてみよーぜ!!」
という一言を元に、魔物娘で妄想を膨らませた結果できあがりました。
リベアがぼくっ娘なのは歌詞のくまの子=帰ろうとするぼくなんじゃね?という強引な解釈によるものです。

後編はもう少し甘々成分多めにしたいと思います。
最後まで読んでくださり、ありがとうございました。

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33