連載小説
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後編 人間っていいな

リベアと遊ぶようになってから、一ヶ月経った。
その間には特別なことなんて何もなかった。川で水浴びをしながらリベアに魚を捕るところを見せてもらったり、かくれんぼ以来やってみたくなった木登りをリベアに教えてもらいながらみんなでチャレンジしてみたり。
リベアがいることはおれにとって当たり前になっていて、そんな特別じゃない、けど楽しい毎日はあっという間に過ぎていった。

今だって、ついさっきリベアと会ったばかりような気がしているのに、もう夕方。赤くなった空は、今日も一日の終わりをおれ達に知らせてくれていた。

「んー…今日はこの辺で終わり、かな」

ライバが空と時計を交互に見ながら、つぶやく。

誰も何も言わなかったけど、それはみんなもそう思ってるからで、さびしがっているからというわけじゃなかった。
最初の頃は終わりの時間がくる度にしずんでいたリベアも、最近はおれ達が毎日来ることを全く疑わないようになったのか、笑顔のままでいてくれるようになった。
ただ、今笑っているのはそれだけではないと思うけど。

「また明日な、リベア」
「うん!!バイバイ!!」

ライバが代表してあいさつして、おれ達はリベアと別れた。
リベアがおれ達の帰る時必ず使ってた「また明日」っていうあいさつを使わなかったことの意味に気づいたのは、おれだけだった。



「あーっ!!」

しばらく歩いたところで、急にさけびだしたおれに、みんながびっくりしながら目を向けてくる。

「ご、ごめん!!みんな、先に帰ってて!!」
「おい、どうしたんだよコウワ?」
「わすれ物しちゃったんだよ!!取りに行ってくるから、みんなは先に行って!!」
「なんだよ、そんなことか?いいよ、少しぐらいなら待っててやるよ」

やれやれ、と肩をすくめながらライバは優しく言ってくれるが、その優しさはおれにとってもどかしいだけだった。手をぶんぶんふって、いらないことを態度にして表す。

「ううん、別に今日はいいよ!!とにかく、みんなはもう早く帰れよー!!」

返事を待たないでみんなに背を向けて、おれは一気にリベアと別れたところへと走りだした。

「なんだあいつ。ま、あぁ言ってるしオレ達はもう帰ろうか……ん?何くすくす笑ってんだ、ロッサ?」
「べっつにー?早く町に帰ろ!!…………リベアちゃんのためにも、ね」
「ロッサぁ、わたしよく聞こえなかったんだけど最後何て言ったの?」
「何でもなーい♪」





「ふぅ……」

後ろから誰もついてきていないことをかくにんして、ほっとする。
わすれ物なんか、してなかった。そもそも、おれは山に遊びに行く時に何かを持ってきたことなんかないし。さっきはちょっと強引だったかもしれなかったかな……誰にもばれてないといいんだけど。

「おーい!!コウワー!!」

…ばれてるのかなぁ、とっくに。
遠くから、笑顔のリベアが大声で呼ぶ声が聞こえてきて、冷や汗をかきながらおれは走るスピードを上げた。

「よかったー!!コウワが」
「り、リベア!!お願いだから…静かに……」

自分でもおどろくスピードでリベアのそばまで一気に近づいて、息もたえだえにお願いすると、はしゃいでたリベアはハッとする。

「そっか、みんなにはないしょなんだよね。ごめんね」
「はぁ…多分みんな帰っただろうから、いいけど…ちょっと、きゅうけいさせて…」

言い終わるよりも先に、おれの体は草っ原にたおれこんでいた。
背中につぶされた地面の草が、なんだかくすぐったく感じる。

「ちょっとだよ?ちょっとだけ休んだらすぐ行こうね、コウワのお家!!」
「わかってる、よ……はぁ……」

楽しそうにはしゃぐリベアを横目に、おれはため息を一つ吐き出した。




今日、おれの家にリベアが泊まりに来る。そんな話が出たのは、昨日のことだった。
特にやりたいこともなかったのでみんなバラバラに遊んでいた時に、おれは一人でリベアに呼び出された。

「人間の生活が知りたい?」
「うん!!ぼく、君たちと会うまで人間はお父さんしか知らなかったし、お父さんの家には遊びに行ったことないから……人間ってどんなおうちに住んでるか、気になるんだ!!」
「でも、なんでおれなんだよ?ほら、エネシャとかロッサとかなら同じ魔物だし、そっちの方がいいと思うけど」

向こうの方で楽しそうにおいかけっこをしている二人を指さしたけど、リベアは首を横にふった。

「ううん。ぼく、コウワのおうちがいい」
「な、なんでおれ?」

ちょっとだけ、リベアがもしかしたらおれのこと好きなんじゃないかって期待しながら聞くと、何故かリベアはしまった、って顔をして言葉につまった。

「あ…そ、それは、えっと…そうだよ!!今日、コウワかけっこで一等賞だったでしょ?あれすごかったなぁって思って、だからだよ!!うん、だから何となく!!」

何だそれだけか、ってがっかりした。
かけっこっていっても今日やったのはただのかけっこじゃなくて、岩の上を飛んだり茂みにもぐったりするしょうがい物きょう走だ。
これだけはおれが得意な遊びで、山の中に住んでるリベアにだって負けなかった。
すごいってほめてくれたのはうれしいんだけど、おれをえらんだ理由がそれだけじゃなんか、しゃくっていうか……

「と、とにかく!!コウワ、ぼくは君のおうちに行きたいの!!いいでしょ?」

まぁそれはともかくとして、リベアが来るのはおれとしてもいやじゃないし、きっと楽しいだろうと思う。だから、おれが返事するのに大した時間はかからなかった。

「おれはいいけど……お母さんにも聞かなきゃいけないから、明日まで待ってt」
「やったぁ!!明日行くから約束だよ、コウワ!!」

おれの言葉を途中でじゃまして、リベアは笑顔でさらっと無茶なことを言った。

「ちょっと待って、明日!?いくらなんでも早すぎるよ!!」
「駄目なの?ぼく、せっかくだから早く行きたいんだけど…」
「んー…お母さんに一応明日でもいいか聞いてみる。けど、明日なんて無理って言われると思っていなよ?」
「うん、わかった!!明日、楽しみだなぁ!!」

リベアには悪いけど、明日なんて絶対お母さんがOKしてくれないだろうな。
その日家に帰るまで、おれはそんな風に思っていた。




「まさか、いいってあっさり言ってもらえるなんてなぁ……」
「コウワのお母さん、いい人でよかったね!!」
「そうかなぁ……怒るとこーんな顔するんだぞ、おれのお母さん」

人差し指二本で角をつくって頭にのっけて、ウシオニの真似をする。いや、本気のお母さんウシオニより怖いかも……

「ふーん。でも、ぼくコウワのお母さんに会うのも楽しみだよ!!」
「おれはけっこう心配だけど……あ、おれんちだ」

話をしている内に、おれの家の前まで着いてしまった。家のドアの前に立つと、今さらになって女の子を家に入れるということにどきどきしてきた。毎日開けているドアもずっしりと重くなったかのように感じて、開けるのがゆっくりになる。

「どうしたの?早く入ろうよ!!」
「え?ちょっ……!!」

心のじゅんびができてないのに横にいたリベアに半開きのドアの内側から押されて、強引にドアが開く。
玄関から右にあるキッチンで料理をしていたお母さんが、ドアの開く音に気づいて振り返った。

「た、ただいま」
「おじゃましまーす!!」

条件反しゃであいさつしたおれと、元気いっぱいにあいさつするリベア。
お母さんはおれたちを目にしたとたん、うれしそうにほほえんでこっちにやってくる。

「あらあら、いらっしゃい!コウワが友達連れてくるって言うからどんな子かと思ったら、こんな可愛らしい子なんて!」
「はじめまして、リベアです!!コウワ君にはいつもお世話になっています!!」
「いえいえ、こっちこそいつもコウワと遊んでくれてありがとう。これからも仲良くしてね」
「はい!!」

こういうの何て言うんだろう……恥ずかしくて背中がむずむずするというか、早くここからはなれたい……

「……あら?二人とも、随分汚れてるわねぇ」

言われて自分の服を見てみると、たしかに土とか葉っぱとかがいっぱい付いて、汚くなっていた。リベアの方も、おれと大体似たような感じだ。
転んだりしたわけじゃない。多分、今日もやったしょうがい物きょう走のせいだ。

「もう沸いてるから、先に二人でお風呂に入っちゃいなさい。服はお母さんが用意しておいてあげるから」
「お風呂!?入る入る!!」

お風呂という言葉に真っ先に食いついたのはリベアだ。山にはそんなのないだろうから、きっとそれを心待ちにしてたんだろうな、っていうのはわかる。けど、問題はそこじゃない。

「ちょっとお母さん!!二人でって、そんなの……!!」
「そのままのあんたもリベアちゃんも家にあげるわけにいかないでしょ?家が汚れちゃうわよ」

おれだって、いいかげんに女の子といっしょに風呂に入って何も思わない年じゃないんだ。だから反対したかったけど、お母さんの言うことは正しくて何も言い返せなかった。

「ほら、いいから入った入った!!」
「うわ!?」
「わーい!!お風呂だお風呂だー!!」

お母さんに背中を押されて、何か言う時間すらもないままおれとリベアは脱衣所に連れ込まれた。

「はい、これ体に巻くタオル。体拭くタオルはこっちの籠の中にあるやつを使ってね。お母さんご飯の準備してるから、頭と体はしっかりと洗うのよ」

てきぱきと指示しながらおれ達にタオルをわたすと、お母さんは脱衣所のとびらを閉めてさっさとキッチンに引っ込んでしまった。

「コウワのお母さん、すごいねぇ……」
「だなぁ……それじゃあ、おれ後ろ向いてるから早く服脱いじゃえよ」
「あ、うん。そうだね」

かべの方を向いているおれの耳にシュルン、と布とはだがこすれる音が届く。
おれの後ろでは今、リベアが……いやいやいやいや!!これ以上考えちゃだめだ!!
変な想像をしないよう必死になりながら、なんとか服を脱いで、こしにバスタオルを巻き付けた。

「タオル、巻くってこうでいいのかな……コウワ、できたよー。入ろ?」
「そ、そうだな、うん」

振り向くと、身につけているのはタオルだけのリベアがそこにいた。
あんまり見ないように心がけながら、お風呂場の戸をあける。とたん、むわっとしたじょう気が中からいっぱい出てきた。

「す、すごーい……中ってあったかいんだねぇ……」

となりのリベアは、まだ入ってもいないのにもう感動してるみたいで、目をキラキラさせている。
すると、リベアはそのままお風呂の中に飛び込もうとした。

「ストップ!!」
「え?どうして?」

あわてて止めると、リベアは何がなんだかわからないという顔でおれの方を向いた。本当に、何も知らないんだなぁ……

「あのね、リベア。お風呂に入る前にはね、まず体を洗わないといけないんだよ」
「あ、そうなの?ごめんね」
「一応聞くけどさ……体の洗い方わかる?」
「ぜんぜんわかんない!!」

そんなことだろうとは予想してたけど、笑顔で言わないでよ……しょうがないなぁ。体洗わないで出ちゃったら、それこそお母さんに怒られそうだし。

「そこ、すわって。おれが洗ってやるからさ」
「うん!!」

おれの言うとおりいすにすわったリベアはわくわくしているのか、左右に体がゆれている。

「お湯かけるから目、閉じて」
「ひゃぁ!?」

ザバァーン、と手おけですくったお湯をかけてやると、リベアは飛び上がりそうないきおいでおどろいた。

「体と頭、どっちから洗う?」

目をこすり、顔にはりついたかみの毛を手ではらいながらリベアが答えた。

「ん……コウワの好きな方でいいよ」
「じゃ、頭で」

見下ろすと真っ先に目に入った頭から洗うことにして、風呂場のたなにあったシャンプーハットをリベアの頭につける。

「何これ?」
「シャンプーハット。頭洗う道具みたいなもの、かな。さ、洗うよ」

ハットのへりをつかんで上下させているリベアの頭に、ぬらしてからシャンプーをつけた右手をあてた後、両手でごしごしとこする。シャンプーはすぐに泡だって、リベアの茶色いかみの毛に白い色がまざりだした。

「かゆいところはございませんかー?」
「かゆいっていうか変な感じだなぁ……ぼくのかみの毛がコウワにあやつられてるみたい……」
「ぷっ!おれがリベアを?」

よく行く床屋さんのマネをして感想を聞いてみると、面白い例えをしてくるのでついつい笑ってしまった。

「うん!!でも気持ちいいね、これ!!ぼくも、毎日やってみたいなぁ」
「いや、リベアには必要ないと思う……」
「そうかなぁ?」

だって、洗ってないはずなのにすっごくサラサラしてるんだよ、リベアのかみの毛。おれのかみの毛をちょっとさわって比べてみたけど、こんなにすべすべしてないし。
おまけに、ちょっといいにおいするし……はちみつかな、このにおい。

そんな事を考えながら頭を洗っていると、ふとリベアの耳が目に入った。かみの色と同じ、茶色いふわふわした熊の耳だ。さっきからそこの周りはよけて洗ってたけど…洗った方がいいのかな、これ。

「んぅっ…」

泡まみれの手で軽くさわると、リベアの体はびん感に反応して、びくんとふるえた。

「や、やめてよ!!ぼく、耳は弱いの!!」
「ご、ごめん!!もう洗い終わったから、流すよ!!」
「もう……いやじゃ、ないけど……」

お湯を、今度はびっくりしないようにさっきよりもゆっくりとリベアの頭に流していくと、半分白かったリベアの頭は、また明るい茶色一色に戻っていった。
お湯の流れる音でよく聞こえなかったけど最後に何か言ってたような……気のせい、かな?




「はい、手と手を合わせて…」
「「いただきまーす!!」」

風呂から上がった時には、もうすっかりお母さんの用意が終わっていたので、そのまま夕飯を食べることになった。
メニューは、特製ソース付きハンバーグと、ご飯のセット。えいようのバランスも考えているみたいで、お皿にはポテトサラダと甘いにんじんがついている。
おれの好きなメニューの一つだ。しかも、いつも一個のハンバーグが今日は二個にふえている。
お母さん、多分リベアが来るからはりきってたんだろうなぁ……まぁ、二個も食べられるならいいや。

「ねぇコウワ、これって何?」
「それはスプーンだよ。えっとね、まずその持ち方は違うよリベア」

となりの席のリベアはスプーンの丸い方を人間でいうところの親指と人差し指の爪で器用にはさんで、細い方をぶらぶらさせて遊んでいる。

「リベアちゃんスプーン知らないの?ごめんね、パンとかの方がよかったかしら」
「ううん!!ぼく、これの使い方覚えたい!!」

ピッ、とリベアは向かいのお母さんにスプーンの細い方をつきだす。

「だから持ち方違うって……こうだよ、こう」
「えっと、こう?うーんと、あれ?」

リベアにスプーンを持ったおれの右手を見せるけど、中々上手く持てないみたいで、ちゃりん、と音を立ててスプーンがテーブルに落ちた。
うーん……上手く持てないのは熊の手だから、なのかな。

「本当にスプーン持ったことがないのねぇ……そういえば、お風呂はちゃんと入れたの?」
「うん!!お風呂、とっても気持ちよかった!!」
「そう、それはよかったわ」

ちゃんと……ねぇ……
体を洗うのは、まだよかった。流石におれがやるわけにもいかなかったから、泡立てたタオルをリベアに渡したら、意外にしっかりできていた。リベアが言うには、「お母さんと川で水浴びよくやるから!!」ということらしい。
問題は……風呂の中でリベアがばた足をやっちゃったせいで、お湯の量がすごくへっちゃってることなんだよなぁ……
けどお母さんはにこにこしてるし、だまっていよう……それより、今はスプーンだ。

「イメージはこう、中指と人差し指と親指ではさんで……そう、それでハンバーグをはじっこから切って上にのっけるの」

あきらめずに教え続けて五分、なんとかしてぷるぷるしているリベアのスプーンの上に、ハンバーグの欠片をちょこんとのっけることに成功する。
そのままゆっくりと、リベアの口の中へとスプーンは運ばれていった。

「あむっ、んむんむ、んっ……これ、すっごくおいしい!!」

もぐもぐごっくん、という音が聞こえてきそうなぐらいに味わった後、リベアはまたスプーンをテーブルに落としているのにも気づかないで、おどろきと感動がまざったような声をあげた。

「ねぇ、これ何て名前なの!?」
「これ?ハンバーグだよ」
「ハンバーグ…ハンバーグ…ハンバーグって、木になってるの!?それとも、魚!?」

どうやら、リベアはハンバーグのことが相当気に入ったみたいだ。きょうみしんしんに聞いてくるその表情を見ていると、おれも教えたかいがあってうれしいな。
おれもお母さんとくせいハンバーグをスプーンですくって、口に運ぶ。
かむ度にじゅわ、って肉のうまみが口いっぱいに広がる。デミグラスソースとの組み合わせも、ばつぐんだ。スプーン持たせるのに手間取ったせいでちょっと冷めてるけど、そんなの気にならない。うん、やっぱりお母さんのハンバーグは最高だ。

「リベアちゃん、ハンバーグは木の実でも魚でもないのよ。それはね、牛の肉から作ったの」
「肉!?これ、肉なの!?すっごーい!!」
「まだまだあるから、どんどん食べていいのよ」
「ほんと!?ありがとう、コウワのお母さん!!」

ハンバーグをよっぽど好きになったらしい。スプーンを拾うと、さっきまでたどたどしかった手つきが何かのじょうだんだったみたいにリベアはスプーンを上手に使い、おれが一個食べ終わる頃にはハンバーグどころか全部食べ終わっていて、おかわりをたのんでいた。

「おかわり!!」
「はいはい、たくさん食べてね」

おれはぽかん、としてそれをながめていた。今まで家族の中では一番食べ終わるのが早かったし、お母さんにも食べるのが早いのねぇ、なんて言われていたから、女の子に食べるスピードで負けるなんて思わなかった。
い、いや!!さっきはちょっとリベアがスプーン落とさないか不安でちょっとぼんやりしてただけだ!!ちゃんと食べることに集中すれば、こんなことには……

なんて、勝手におれの頭の中で始まった対決は、リベアの勝ちで終わった。

「ごちそうさま!!あれ、コウワまだ食べ終わってないの?」
「あ、まぁ、リベアがスプーン落とさないか心配してたからさ…うん」

結局、さっき考えてたことをそのまま口にするおれ。うん、どう考えても言い訳だこれ……

「あ、そうなの?でももう大丈夫だよ!!ほら、ぼくもうスプーンちゃんと持てるんだ!!」

けど、そんなおれの気持ちなんか全く知らずにそう言って、満足げにスプーンを持った右手をおれに見せびらかすリベア。
今の気持ちをそのまま表したようなその笑顔を見ていると、どっちが早く食べ終わったか、なんてことはもうおれの中でどうでもよくなるのだった。




「これだ!!……よっしゃあ!!」

リベアの手の中から引いたカードはハートの2。おれの手のスペードの2と合わせて捨てて、おれの勝ちだ!!

「うわー、ぼくの負けかー…これで何勝何敗?」
「6勝5敗で、おれの勝ちこし!!よし、もう一回やろうぜ!!」

今おれ達がいるのは、2階にあるおれの部屋。夕飯を食べ終わってからは、リベアがハンバーグの作り方をお母さんにならっているのを手伝ったりもしていたけど、それが終わってからは部屋でのんびりとしていた。トランプは、たまたま見つけたから始めてみたけど、これがけっこう盛り上がって今も続いている。

「うん、じゃあもう一回……ふわぁ……やりたいけど、ねむくなってきた……」
「えぇ、もう?まだぜんぜん……うわ、もうこんな時間だ」

部屋の時計を見てみると、針は11時を回っていた。楽しい時間はあっという間にすぎていっちゃうのは知ってたけど、まさかこんな時間になってるなんて思わなかった。
ふわぁ……おれも、リベアのあくびがうつっちゃったみたいだ。

「じゃあ、そろそろねよっか。リベア、布団しくからちょっとそこどいて」
「そうするー……むぅ……布団って、なぁに〜……?」

リベアはごしごしと目をこすりながら、部屋のすみっこにゆっくりと歩いていった。
多分、眠くてもう限界なんだろうな。
押し入れから、普段使わないおれの布団をひっぱりだして、パンパンとうでを上下にやって布団を軽くはたいてから床にしく。

「ほらリベア、これが布団だよ。人間はここで寝るの」
「へぇ〜、そうなんだ〜……むにゅう」

ふらふらとした足取りで布団によると、おれがまくらや毛布を出すより先にこてん、と横になってしまった。

「もう、まだ説明してないのに……」

しょうがないな、と思いながらもそっと上に毛布をかけてあげる。
あおむけで寝ているリベアは、心地よさそうにすやすや寝息をたてていた。
そういえば……リベアの寝顔、初めて見るな……当たり前か。おれ達が会うのは昼間から夕方までの間だけなんだから、おれはもちろん、エネシャにロッサやニコ、ましてやライバだって見たことあるわけがないんだ。
誰も見たことがない、リベアの寝顔をおれだけが知っているんだ。
……なんか、いけないこと考えちゃった気がする。うちで色々なことしたからつかれてるんだ、だからだよきっと。

「おれも……ねよ……」

部屋の明かりを消して、リベアが寝ている布団のとなりの、ベッドの中にもぐりこむ。
目をつぶったら、眠くなるのはあっという間だった。
明日の朝起きたら、リベアは布団見てなんていうかな……






「コウワ……起きて……」
「ん……リベア……?」

黒色しか見えない世界の中で、リベアの声が聞こえる。体をゆすられて、まだ頭はぼんやりとしていたけれど目は覚めた。

「あ、よかったぁ。コウワ、ちゃんとここにいる」
「何だよリベア……まだ夜だぞ……」

顔がはっきりと見えないリベアに向かって言うと、申し訳なさそうな声が返ってきた。

「うん、そうなんだけど……こわくて、目が覚めちゃったの……だから……」

おれの毛布が持ち上げられて、もぞり、と中に温かい何かが入ってきた。
ぎゅっ…と背中とおなかにまわってきたものは、ふわふわしてやわらかかった。
それがリベアの手なんだ、ってことに気がついて、目が一気に覚めた。

「え……リベア……!?」
「ぼくね……いつもは、お母さんと寝てるの……だから、このままで……いさせて……」

おれのことを抱きしめる手の力が、ぐっと強くなる。
リベアの顔が目と鼻の先にあって、真っ暗な中でもはっきりとわかった。

「い、いいけど…おれはもう、寝るからな!!」
「あ……」

すぐ近くにあるリベアの顔を見るのがなんだかすごく駄目なことの気がして、体をひっくり返してリベアに背中を向ける。
そしたら今度は、ふわりと、はちみつみたいな甘いにおいを感じた。
さっきはかみの毛からだと思ってたけど、これは右手からするのかな。ひっくり返ったせいで、リベアの手は今おれのむねの辺りにあった。

このにおい、なんだか落ち着くな……あれ、まぶたが、あがらなく…………






……………………

「コウワ……起きてる?寝てる……よね……」

ん……リベア……?

「……ごめんね、コウワ。あやまらなくちゃいけないこと、あるの。ぼく、君にうそついてるんだ……」

これは、夢なのかな……リベア、どうしちゃったの……?

「ぼくね……コウワのこと、会う前から知ってたんだ……」

…………え?

「お父さんと、いっしょにお仕事してる人にね……ぼくと同じぐらいの子がいるって話、お父さんが何回もしてくれたの……ともだちと山で、元気いっぱいに遊ぶ男の子のお話……その子に会いたいな、ってぼく、話を聞くときいつも思ってた……」

お父さんが、リベアのお父さんに、おれのことを……?ここにいるのは夢の中のリベア?それとも……本物?

「それで、ある日きみたちが遊んでるところを見つけたの……ああ、この子たちの中の一人なんだなって、すぐにわかった……だけど、ぼく……なんて話したらいいのか、わかんなくて……いつもきみたちのこと、木に登って遠くから見てたの……かくれんぼとか、おにごっことかやるところ、全部……見ることしか、できなかったの……だからね。たまたま会った男の子が、その中の一人だってわかったとき……すっごい、うれしくて……やっと勇気出して、遊びたいって言えたんだよ……」

ああでも、この話が全部、夢だなんていやだ。どうか、おれがリベアをよろこばせたことは本当であってほしい。

「それだけじゃない。コウワはぼくと、遊んでもいいよって言ってくれた……また明日って、ぼくに言ってくれた……だからね、初めて会ったあの日からずーっと……しょうがい物きょう走なんかよりも前から、コウワはぼくにとって”一等賞”なんだよ……」

その後にごめんね、って言葉が続いた。

「寝てるときにしか、こんなこと言えなくて……きらわれるの、こわいから……でもね、次はコウワが起きてるときにちゃんと言うから、待ってて……」
「……リベア」
「……え?」

ずっと背中を向けていた体を、リベアの方にまたひっくり返す。
あと数センチのところに、リベアのおどろいた顔があった。

「コウワ……起きてたの……!?」

これが夢なのかそうじゃないかなんて、関係ない。ちゃんと、言いたいことは言わないと。

「おれさ、リベアと初めて会ったとき、すごいなって思った。木登りが上手で元気いっぱいで、こいつと遊べたらいいなって思ってた。だからさ、リベアに遊んでいいか聞かれたときうれしかったのは、おれもだよ」

リベアの顔が、ほんのりと赤くなる。リベアの手の温かさが、おれのしんぞうをどくんどくん鳴らす。今、おれの顔も赤くなっているのかな。

「最初のかくれんぼだって、リベアは一番遠いおれのこと、すぐに見つけた。それに、見つけたやつといっしょにいたいだなんて、多分おれたちの中じゃリベアにしか思いつかなかったよ。おれにとって、リベアはすごいやつで……いつも、一等賞だった」

ちゃんとおれ、笑えてるかな。どきどきしてること、かくせてるかな。このかくれんぼには、勝てるのかな。

「だから、リベアがずっとおれ達を見てたこと、いやなんかじゃない。すっごく……うれしいよ」
「……!!コウワぁ!!」

リベアの手におれは抱き寄せられる。やわらかいリベアの体を、はちみつのにおいを、ぬくもりを、おれの全身が感じている。おれ達の間には、何もなかった。

「また、明日も……ううん、大人になってもぼく、コウワと遊びたい……!!」
「そうだね。大人になったら……けっこん、しようよ」

口から、自然と「けっこん」って言葉がでてきた。リベアとだったらそうしたいって、強く思った。

「うん、ぜったい!!ぜったいにぼく、コウワとけっこんする!!約束だよ……!!」
「うん、約束……だ……」

あたたかさとやわらかさが心地良くて、開けていたまぶたがゆっくりとおりていく。目の前のリベアが喜ぶ顔が、少しづつ見えなくなっていく。
結局、夢なのかどうかはわからないまま、おれの記おくはそこでぷっつり切れた。






まどの外から聞こえるすずめの鳴く声に、目を覚ます。

「おはよ、コウワ」

リベアのにっこりと笑う顔が、朝の光でまぶしかった。おれはリベアのうでの中で、向かいあって寝ていた。

あれは夢……だったのかな。

「ねぇリベア、あのさ……」
「コウワ、朝ご飯食べに行こ!!コウワのお母さん、もう用意してあるって!!」

ぱぁっと笑顔になって朝から元気いっぱいの声で言うと、バッと布団をめくって起き上がる。
いつものリベアだ。おれにあやまっていた時の、大人しい口調はどこにもない。

……そうだ。こんなに元気なリベアが、本当はおれ達に声をかけることもできなかったなんて、おかしいよな。
やっぱり……夢か。はぁ。せっかく、けっこんしようって言ったのに、全部夢だなんて。

「コウワ、何ぼーっとしてるの?早く行こ!!」
「ごめんごめん。ちょっと変な夢見ちゃったからさ」

リベアにせかされ、おれも起き上がる。

「そうなの?それより、コウワのお母さんに何て言おっか?」
「ん?何の話?」

お母さんに、何か言わなくちゃいけないことでもあったっけ?
聞くと、リベアは元気いっぱいに答えた。

「だって、ちゃんと言わなきゃいけないでしょ?ぼくたち、大人になったらけっこんするんだって!!」









「……と、ここまでがお父さんがお母さんと結婚を決めるまでの話だよ」

語り終えると、私の膝の上に座っていた娘は、目を輝かせてこちらを見上げた。

「お父さん、すっごーい!!わたしも、お父さんみたいにすてきな男の子と出会いたいなぁ!!」

こういう元気なところは、妻によく似ている。だけれども、できれば娘には下半身まるだしの男の子と出会うのは避けてもらいたいものである……

「二人とも、まだ起きてたの?」
「あ、お母さん!!」

キッチンで、明日の朝食を作っていた妻がエプロン姿でやってきた。香ばしい匂いから察するに、明日はハンバーグになるだろう。

「今ね、お父さんからお母さんと初めてあった時のお話聞かせてもらってたの!!」
「そうなの……でも、今日はもう夜遅いからお父さんと寝なさい。いい?」
「はーい!!」

娘は素直に言うことを聞いてくれる。本当に、いい子に育ったものだ。

「コウワ、ぼくも作り終わったら行くからね」
「ああ、わかってるよ」

ひっそりと、耳元で母としてではなく、リベアとしての言葉を囁かれる。
結婚してからは、毎日妻と同じベッドで寝るようになっていた。娘が出来てからも、それは変わっていない。
だから私も、あの時からずっと変わらない気持ちで、妻を愛することができる。


さぁ、娘を寝かせてあげよう。今日もいい夢が見られることを祈って。




12/05/01 19:19更新 / たんがん
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■作者メッセージ


結論:おしりを出さなくても一等賞でしたとさ。

どうも、たんがんです。

このお話を書き上げようと思ったとき、真っ先に思いついたのは実はベッドのシーンからでした。そこから某国民的な童謡を基に妄想を膨らませた結果、ここまで文字数やら時間やらが長くなったことに、作者本人もびっくりしております。

ここまで読んでいただき、ありがとうございました。

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