鍛冶屋『LILAC』と軟派な剣士 前編
グランデムの街の大通りはいつも活発に賑わっていて、特に現時刻、ようやく午後にさしかかったという時間帯の人の数はそれなりに多い。
その通りの中で、どこか活発そうな雰囲気を持つ青年が一人、主に買い物を目的とする周りの人間が歩く向きとは反対方向へと歩を進めていた。
肩にかかる程度に長い特徴的な金髪と、腰に着けた一振りの剣は、周囲よりも彼の存在を際立たせている。
彼の足はやがて大通りを外れて、目的地へと辿り着く。
そこにあったのは店、と言うには殺風景だが民家、とも呼べないような、そんな建物だった。
窓から見える店内の風景を除けば唯一ここが商店であることを象徴していると言ってもいいような、風に揺れる木製の看板を青年は見上げる。
「来んの随分とひっさしぶりだな、ここ……」
感慨深そうに一言言って、青年はその店、鍛冶屋『LILAC』の扉を開けた。
「…いらっしゃい」
「いらっしゃいませ!!鍛冶屋『LILAC』へようこそ!!」
店内に入った青年に、全く対照的な態度の二人の店員の挨拶がかけられる。
無表情にこちらを見つめてくるのは、琥珀色の単眼が特徴のサイクロプス、リラ。
例え店員であっても、もともと感情の変化に乏しい種族の彼女がこのような態度をとることは特に珍しいことでもないのを知っているので、青年はそのことを気にしてはいなかった。
丁寧に応対をしてきたのは、整えられたショートカットの青髪で、箒を持ったやや童顔の青年。
ん?と軽く青年の頭に疑問符が浮かぶ。
一応自分はここの常連客であるのだが、彼の顔を見たことはない。考えられる可能性としては、新たに雇った店員というのが一番妥当だろうか。
「うーっす。ひっさしぶりだな、リラちゃん」
「別に私は、あなたに会いたいとは、思ってなかったけど。ルベルクス」
笑顔での会釈を冷たく返されて、青年______ルベルクス=リークはそれでもあまり動じなかった。
入って早々に女性店員に冷たい態度をされれば普通は多少落ち込むだろうが、彼にとっては彼女が冷たいのはいつも通りのこと。
とは言っても全くダメージがない訳でもなく、疲れ気味にため息を一つ吐く。
「……ところで、こいつは新人かよ?」
半ば強引に話題をずらすと、リラではなく指名された青年の方が返事をする。
「あ、はい。初めまして、ニシカと申します。まだ入って間もない新人ですが、リラさんにも負けないよう一生懸命働こうと思っておりますので、どうかよろしくお願いします」
そのお辞儀のあまりの丁寧さには、少々面食らった。
ここにはいないもう一人の男性店員が思い出すだけでもイラッとくるような馬鹿なので、てっきりその類かと思ったのだが。
昔の彼は清潔感など感じさせないボサボサの髪の引きこもりだったのだが、今の彼はそのような雰囲気は一切見せない。
「俺はルベルクス=リークだ。長ぇからルベルでいい。こっちこそよろしくな」
「それで、ルベルさん。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「……っと。あぁ、そうだな」
その言葉に、ルベルは危うく見失いそうになっていた本来の目的を思い出して、リラの方を向く。
「今日はリラちゃんに頼みてぇことがあるんだ」
「…………一応、内容を聞かせて」
真剣な表情で言うルベルに対して、淡々と返すリラ。
一拍置いて、ルベルは力強く宣言した。
「リラちゃん、俺と…………デートしてくれ!!」
「嫌」
「即決すぎんだろ!?」
渾身の叫びをばっさりと切り捨てられて、思わず突っ込んでしまうルベル。
隣で笑顔のまま待機していたニシカでさえ、ルベルとリラの関係を今のやりとりで大体察して、軽く苦笑いを浮かべるのであった。
「今のやりとり、これで大体、三十回目ぐらい。いい加減に、来る度にデートに誘う、その癖をやめてほしい」
「いいじゃねぇか別に。リラちゃんって美人だしよ、一度くらい一緒に出かけてみてぇんだよ」
カウンターに肘をついて、ルベルがぼやく。
これでも整った顔立ちを持つルベルが言うとそれだけで惚れてしまいそうな言葉だったが、リラは態度を崩さない。
「いくら世辞を言っても、値下げはしない」
「いや金に困って言ってる訳じゃねぇよ!!これでも冒険者稼業でそれなりに稼いでるっつの!!」
ルベルはカウンターを叩いて、必死に主張する。
「冒険者なら、まともな依頼も、あると思うけど」
そう言いながら、リラはルベルの腰に着いている剣へと視線を向ける。
「例えば、その剣の修理、依頼しに来たとか」
「あぁ、こいつか?そうだな、じゃぁお言葉に甘えて頼ませてもらうわ」
ほらよ、と言って腰に着けた剣をカウンターへと置く。
リラが鞘から抜き取って確認すると、その剣の刀身は痛んでおり、刃はところどころが欠けていた。
「……随分と、ぼろぼろ」
思わず口からそんな言葉をこぼしながら、リラは剣をじっくりと観察し始める。
「そりゃあ、今日はもともと、こいつの依頼目的で来てたからな」
「だったら、最初から、それを言って」
相槌を打ちながらも、リラは刀身から視線を外さない。
それから数秒して、リラの顔があがる。
「これだと大体、二日ぐらいで直せる」
「二日?随分短ぇんだな。四、五日ぐらいかかるんじゃねぇかと思ったんだけどな」
「少し前なら、その位は多分、かかってた。けど今は、ニシカのおかげで、作業効率が、大分良くなって、きてるから」
それは、ルベルが初めて聞くリラの率直な褒め言葉だった。
自分はデートに誘いすぎたせいで若干呆れられている(だからといって誘うのをやめる気はないが)し、もう一人の従業員である、キリュウという男は基本的にリラには怒られてばかりといった有様。
勿論ルベルはただの客で、店以外でのリラ達との付き合いがあるわけでもないから、実際にキリュウが怒られてばかりなのかは不明だが。(ちなみに、実際にキリュウは怒られてばかりである)
隣にいるニシカは先ほどから接客スマイルのままだったが、どことなく嬉しそうだ。
恐らく、それだけこの新人は有能だと言うことだろう。
そんな彼に、いつも冷たい態度をとられる身としては全く嫉妬しない訳でもなかったが、それよりも先に感心の言葉が口から出た。
「へぇ。結構すげぇんだな、お前」
率直な感想を言うと、ニシカは気恥ずかしそうに微笑む。
「えへへ…ありがとうございます。ところでルベルさん、一つ聞いてもいいですか?」
「別に構わねぇけど………何だ?」
「その剣、どうしてそんなに痛んでいるんですか?」
そう言って、ニシカがルベルの剣を指さすと、ルベルは申し訳ない気持ちになって頭をかいた。
確かに鍛冶師としては、ぼろぼろになってしまった剣を見るのはあまりいい気がしないのかもしれない。
「あー………気になっちまうか。わりぃな。乱暴に扱ったつもりはなかったんだけどよ」
反省の意を込めて謝罪すると、慌てて手をぶんぶんと振りだす。
「あ、いえ!!そういう意味じゃ無いんです!!ただ、何かあったのかなぁって………………」
どうやら純粋な好奇心だったらしく、ルベルは内心で安堵する。
「別に特別なことがあった訳じゃねぇよ。ただ、依頼で色々とあって…………」
そこまで言って、顎に手を当てて何かを考え込んだ後、ルベルは口を開いた。
「そうだ。その時の話、せっかくだしお前にも聞かせてやるよ。リラちゃんもいいだろ?」
「そもそも、あなたが話す、話はいつも、あなたが勝手に、話し出しているだけ。私は、聞きたいって、言ったつもりはない」
「……?何の話ですか?」
話の流れがよくわからず、ニシカは疑問符を浮かべる。
「ルベルクスは、冒険者だから。いつも、店にくる度に、自分の冒険の、話をするの」
「そんで、その話をお前にも聞かせてやろうってわけだ。ま、聞きたきゃだったらでいいけどな。馬鹿キリュウはいつも話そうとするとどっか行っちまうし」
馬鹿キリュウ、と言ったところでニシカは軽く苦笑いしながらも、その提案を快諾する。
「そうですね……でしたら是非、聞かせてもらいたいです」
「おう。んじゃ、どっから話したもんかな………………あれは確か、カティナトの方へ行った時だったかな………」
そして、彼は語り始めた。
グランデムではそれなりに名の知れた冒険者、ルベルクス=リーク。
依頼から始まる彼の様々な冒険譚、そのほんの一端を。
それは、彼と、彼の仲間による、剣と魔法が織りなす物語。
「ふぅ………………」
ニシカは一旦槌を振り下ろす作業を中断して額の汗を手で拭い、何の気はなしに隣で作業しているリラへと視線を移す。
「あ、それ……ルベルさんの剣ですね」
そこで、彼女が槌を振り下ろしている真っ赤になった刀身が、今日訪れたお客様の剣のものであることに気づく。
横に置いてある柄には見覚えがあるし、間違いない。
「ニシカ…………ルベルのこと知ってるんですかい?」
ふと、作業を見学していた従業員の、キリュウが呟く。
彼はまだ鍛冶師としての技術には未熟な点が多い為、基本的にはこういった作業に関しては見学することの方が多い。
「えぇ、まぁ。今日店に来られたので、ちょっとお話しちゃいました。面白い人でしたよ」
言いながら、ルベルが話してくれたことを思い出す。
彼は冒険者にはそれぐらいよくあることだ、と言って笑っていたが、ニシカにとってはまさに子供の頃に聞いた冒険者の物語そのものだった。
それを楽しそうに語るルベルクスに、気がつけばニシカは夢中になって聞き入っていた。
彼には冷たいリラでさえ、話を遮ることはせず終始無言のままでいた。
つい顔をほころばせると、キリュウはやれやれ………のポーズをとって溜息を吐く。
「はぁ……ニシカ、あんな奴のこと信じちゃ駄目でさぁ」
「え?どうしてですか?普通にいい人ですよ?」
「そんなん師匠のことを狙ってるからに決まっていますぜ!!あんにゃろう、来る度来る度『でーと』に誘いやがって、ぜってー師匠のこたぁ女として、いや体しか見てねぇに違ぇねぇ!!」
そのあまりにも決めてかかった物言いに、ニシカは苦笑いをせざるをえなかった。
どうしてルベルがキリュウを馬鹿呼ばわりしていたのか、わかった気がする。それは多分、デートに誘ってばっかのルベルにキリュウが突っかかって喧嘩しているだけの、実に単純な話だったのだ。
「どうせ今日だって『げへへー、このサイクロプス相変わらずいい胸しやがって』とか思ってたに違いnあ痛ぇ!!」
「うるさい。気が散る」
喋っているうちに段々とヒートアップしていくキリュウの頭に、その辺に落ちていた屑鉄がクリーンヒット。
投げた張本人は黙々と刀身に槌を振り下ろす作業を再開させているので、ニシカも作業に戻ることにした。
しばらくは二人共無言で作業していたが、おもむろにニシカが口を開く。
「リラさん、ちょっといいですか?」
「………何?」
「ふと思ったんですけど………一回ぐらいルベルさんとデート行ってもいんじゃないですか?」
「ぶっ!?」
その爆弾とも言えるような発言に、キリュウが思いっきり吹き出す。
「な、何言ってんですかいニシカ!?正気ですかい!?」
「急に何を、言い出すの?」
にわかに焦り出すキリュウと怪訝そうに聞いてくるリラに、ニシカは落ち着いたまま話を始める。
「いえ、僕が言いたいのはリラさんもたまには羽を伸ばしてみてはどうですかっていうことです。ほら、リラさんってあまり休まないじゃないですか。この前もせっかくの定休日なのに仕事してましたし」
つい先日、『ニシカのおかげで、うちにも大分、余裕ができた。だから、ニシカには、お礼も兼ねて、休んで欲しい』ということで鍛冶屋『LILAC』は一日休業ということになったのだが、ニシカがふらりと顔を出してみると、リラはいつも通りに工房で汗を流しながら鉄を打っていたのだ。
「偶には思いっきり遊ばないと、リラさんも倒れちゃうかもしれませんよ?」
茶化すような口調で言うニシカ。リラは作業している手を止めて、ニシカの近くにやってくる。
ニシカが体を強張らせると、くしゃり、と頭を撫でられる。心地よい感触が頭から伝わってきた。
「私を心配、してくれるのは、とても嬉しい。だけど、心配しなくて、いい。私は、魔物だから。あなた達より、体力には、自信ある。それに、ニシカが来る前は、休みなんて、一日もなかった。だから、休まなくても、大丈夫」
子供をあやすように優しく微笑みながら言われる。どうやら、リラには自分の心の内が見透かされているようだった。大丈夫、と言われてしまえばニシカには何も言い返せない。
やっぱりすごいな、とニシカは再認識する。鍛冶師としての力量、という意味ではなくてもこの人は自分では及ばない領域にいる。
そして、それがちょっとだけ悔しくもある。だから、ニシカは適当な軽口を叩いて、この話題をやめようと思った。リラの優しさに応じるために、なにより尊敬する人に対して、これ以上くだらない感情を抱かないために。
「そうですか………実はこの前、街で『冒険者と鍛冶師が一緒にデートするとその鍛冶師の経営する鍛冶屋は繁盛する』という情報を聞いたので、ちょうどよかったので実践してほしかったんですが………非常に残念です」
繁盛、という言葉にぴくり、とリラの肩が揺れ、琥珀色の眼が大きく見開く。
そして、彼女の腕がニシカの肩を思いっきり掴んだ。
「そういうことなら、する。ルベルクスと、デート」
「…………へ?」
軽く流されるだけの冗談のつもりだったので、その反応に理解が追いつかなかった。
その通りの中で、どこか活発そうな雰囲気を持つ青年が一人、主に買い物を目的とする周りの人間が歩く向きとは反対方向へと歩を進めていた。
肩にかかる程度に長い特徴的な金髪と、腰に着けた一振りの剣は、周囲よりも彼の存在を際立たせている。
彼の足はやがて大通りを外れて、目的地へと辿り着く。
そこにあったのは店、と言うには殺風景だが民家、とも呼べないような、そんな建物だった。
窓から見える店内の風景を除けば唯一ここが商店であることを象徴していると言ってもいいような、風に揺れる木製の看板を青年は見上げる。
「来んの随分とひっさしぶりだな、ここ……」
感慨深そうに一言言って、青年はその店、鍛冶屋『LILAC』の扉を開けた。
「…いらっしゃい」
「いらっしゃいませ!!鍛冶屋『LILAC』へようこそ!!」
店内に入った青年に、全く対照的な態度の二人の店員の挨拶がかけられる。
無表情にこちらを見つめてくるのは、琥珀色の単眼が特徴のサイクロプス、リラ。
例え店員であっても、もともと感情の変化に乏しい種族の彼女がこのような態度をとることは特に珍しいことでもないのを知っているので、青年はそのことを気にしてはいなかった。
丁寧に応対をしてきたのは、整えられたショートカットの青髪で、箒を持ったやや童顔の青年。
ん?と軽く青年の頭に疑問符が浮かぶ。
一応自分はここの常連客であるのだが、彼の顔を見たことはない。考えられる可能性としては、新たに雇った店員というのが一番妥当だろうか。
「うーっす。ひっさしぶりだな、リラちゃん」
「別に私は、あなたに会いたいとは、思ってなかったけど。ルベルクス」
笑顔での会釈を冷たく返されて、青年______ルベルクス=リークはそれでもあまり動じなかった。
入って早々に女性店員に冷たい態度をされれば普通は多少落ち込むだろうが、彼にとっては彼女が冷たいのはいつも通りのこと。
とは言っても全くダメージがない訳でもなく、疲れ気味にため息を一つ吐く。
「……ところで、こいつは新人かよ?」
半ば強引に話題をずらすと、リラではなく指名された青年の方が返事をする。
「あ、はい。初めまして、ニシカと申します。まだ入って間もない新人ですが、リラさんにも負けないよう一生懸命働こうと思っておりますので、どうかよろしくお願いします」
そのお辞儀のあまりの丁寧さには、少々面食らった。
ここにはいないもう一人の男性店員が思い出すだけでもイラッとくるような馬鹿なので、てっきりその類かと思ったのだが。
昔の彼は清潔感など感じさせないボサボサの髪の引きこもりだったのだが、今の彼はそのような雰囲気は一切見せない。
「俺はルベルクス=リークだ。長ぇからルベルでいい。こっちこそよろしくな」
「それで、ルベルさん。本日はどのようなご用件でしょうか?」
「……っと。あぁ、そうだな」
その言葉に、ルベルは危うく見失いそうになっていた本来の目的を思い出して、リラの方を向く。
「今日はリラちゃんに頼みてぇことがあるんだ」
「…………一応、内容を聞かせて」
真剣な表情で言うルベルに対して、淡々と返すリラ。
一拍置いて、ルベルは力強く宣言した。
「リラちゃん、俺と…………デートしてくれ!!」
「嫌」
「即決すぎんだろ!?」
渾身の叫びをばっさりと切り捨てられて、思わず突っ込んでしまうルベル。
隣で笑顔のまま待機していたニシカでさえ、ルベルとリラの関係を今のやりとりで大体察して、軽く苦笑いを浮かべるのであった。
「今のやりとり、これで大体、三十回目ぐらい。いい加減に、来る度にデートに誘う、その癖をやめてほしい」
「いいじゃねぇか別に。リラちゃんって美人だしよ、一度くらい一緒に出かけてみてぇんだよ」
カウンターに肘をついて、ルベルがぼやく。
これでも整った顔立ちを持つルベルが言うとそれだけで惚れてしまいそうな言葉だったが、リラは態度を崩さない。
「いくら世辞を言っても、値下げはしない」
「いや金に困って言ってる訳じゃねぇよ!!これでも冒険者稼業でそれなりに稼いでるっつの!!」
ルベルはカウンターを叩いて、必死に主張する。
「冒険者なら、まともな依頼も、あると思うけど」
そう言いながら、リラはルベルの腰に着いている剣へと視線を向ける。
「例えば、その剣の修理、依頼しに来たとか」
「あぁ、こいつか?そうだな、じゃぁお言葉に甘えて頼ませてもらうわ」
ほらよ、と言って腰に着けた剣をカウンターへと置く。
リラが鞘から抜き取って確認すると、その剣の刀身は痛んでおり、刃はところどころが欠けていた。
「……随分と、ぼろぼろ」
思わず口からそんな言葉をこぼしながら、リラは剣をじっくりと観察し始める。
「そりゃあ、今日はもともと、こいつの依頼目的で来てたからな」
「だったら、最初から、それを言って」
相槌を打ちながらも、リラは刀身から視線を外さない。
それから数秒して、リラの顔があがる。
「これだと大体、二日ぐらいで直せる」
「二日?随分短ぇんだな。四、五日ぐらいかかるんじゃねぇかと思ったんだけどな」
「少し前なら、その位は多分、かかってた。けど今は、ニシカのおかげで、作業効率が、大分良くなって、きてるから」
それは、ルベルが初めて聞くリラの率直な褒め言葉だった。
自分はデートに誘いすぎたせいで若干呆れられている(だからといって誘うのをやめる気はないが)し、もう一人の従業員である、キリュウという男は基本的にリラには怒られてばかりといった有様。
勿論ルベルはただの客で、店以外でのリラ達との付き合いがあるわけでもないから、実際にキリュウが怒られてばかりなのかは不明だが。(ちなみに、実際にキリュウは怒られてばかりである)
隣にいるニシカは先ほどから接客スマイルのままだったが、どことなく嬉しそうだ。
恐らく、それだけこの新人は有能だと言うことだろう。
そんな彼に、いつも冷たい態度をとられる身としては全く嫉妬しない訳でもなかったが、それよりも先に感心の言葉が口から出た。
「へぇ。結構すげぇんだな、お前」
率直な感想を言うと、ニシカは気恥ずかしそうに微笑む。
「えへへ…ありがとうございます。ところでルベルさん、一つ聞いてもいいですか?」
「別に構わねぇけど………何だ?」
「その剣、どうしてそんなに痛んでいるんですか?」
そう言って、ニシカがルベルの剣を指さすと、ルベルは申し訳ない気持ちになって頭をかいた。
確かに鍛冶師としては、ぼろぼろになってしまった剣を見るのはあまりいい気がしないのかもしれない。
「あー………気になっちまうか。わりぃな。乱暴に扱ったつもりはなかったんだけどよ」
反省の意を込めて謝罪すると、慌てて手をぶんぶんと振りだす。
「あ、いえ!!そういう意味じゃ無いんです!!ただ、何かあったのかなぁって………………」
どうやら純粋な好奇心だったらしく、ルベルは内心で安堵する。
「別に特別なことがあった訳じゃねぇよ。ただ、依頼で色々とあって…………」
そこまで言って、顎に手を当てて何かを考え込んだ後、ルベルは口を開いた。
「そうだ。その時の話、せっかくだしお前にも聞かせてやるよ。リラちゃんもいいだろ?」
「そもそも、あなたが話す、話はいつも、あなたが勝手に、話し出しているだけ。私は、聞きたいって、言ったつもりはない」
「……?何の話ですか?」
話の流れがよくわからず、ニシカは疑問符を浮かべる。
「ルベルクスは、冒険者だから。いつも、店にくる度に、自分の冒険の、話をするの」
「そんで、その話をお前にも聞かせてやろうってわけだ。ま、聞きたきゃだったらでいいけどな。馬鹿キリュウはいつも話そうとするとどっか行っちまうし」
馬鹿キリュウ、と言ったところでニシカは軽く苦笑いしながらも、その提案を快諾する。
「そうですね……でしたら是非、聞かせてもらいたいです」
「おう。んじゃ、どっから話したもんかな………………あれは確か、カティナトの方へ行った時だったかな………」
そして、彼は語り始めた。
グランデムではそれなりに名の知れた冒険者、ルベルクス=リーク。
依頼から始まる彼の様々な冒険譚、そのほんの一端を。
それは、彼と、彼の仲間による、剣と魔法が織りなす物語。
「ふぅ………………」
ニシカは一旦槌を振り下ろす作業を中断して額の汗を手で拭い、何の気はなしに隣で作業しているリラへと視線を移す。
「あ、それ……ルベルさんの剣ですね」
そこで、彼女が槌を振り下ろしている真っ赤になった刀身が、今日訪れたお客様の剣のものであることに気づく。
横に置いてある柄には見覚えがあるし、間違いない。
「ニシカ…………ルベルのこと知ってるんですかい?」
ふと、作業を見学していた従業員の、キリュウが呟く。
彼はまだ鍛冶師としての技術には未熟な点が多い為、基本的にはこういった作業に関しては見学することの方が多い。
「えぇ、まぁ。今日店に来られたので、ちょっとお話しちゃいました。面白い人でしたよ」
言いながら、ルベルが話してくれたことを思い出す。
彼は冒険者にはそれぐらいよくあることだ、と言って笑っていたが、ニシカにとってはまさに子供の頃に聞いた冒険者の物語そのものだった。
それを楽しそうに語るルベルクスに、気がつけばニシカは夢中になって聞き入っていた。
彼には冷たいリラでさえ、話を遮ることはせず終始無言のままでいた。
つい顔をほころばせると、キリュウはやれやれ………のポーズをとって溜息を吐く。
「はぁ……ニシカ、あんな奴のこと信じちゃ駄目でさぁ」
「え?どうしてですか?普通にいい人ですよ?」
「そんなん師匠のことを狙ってるからに決まっていますぜ!!あんにゃろう、来る度来る度『でーと』に誘いやがって、ぜってー師匠のこたぁ女として、いや体しか見てねぇに違ぇねぇ!!」
そのあまりにも決めてかかった物言いに、ニシカは苦笑いをせざるをえなかった。
どうしてルベルがキリュウを馬鹿呼ばわりしていたのか、わかった気がする。それは多分、デートに誘ってばっかのルベルにキリュウが突っかかって喧嘩しているだけの、実に単純な話だったのだ。
「どうせ今日だって『げへへー、このサイクロプス相変わらずいい胸しやがって』とか思ってたに違いnあ痛ぇ!!」
「うるさい。気が散る」
喋っているうちに段々とヒートアップしていくキリュウの頭に、その辺に落ちていた屑鉄がクリーンヒット。
投げた張本人は黙々と刀身に槌を振り下ろす作業を再開させているので、ニシカも作業に戻ることにした。
しばらくは二人共無言で作業していたが、おもむろにニシカが口を開く。
「リラさん、ちょっといいですか?」
「………何?」
「ふと思ったんですけど………一回ぐらいルベルさんとデート行ってもいんじゃないですか?」
「ぶっ!?」
その爆弾とも言えるような発言に、キリュウが思いっきり吹き出す。
「な、何言ってんですかいニシカ!?正気ですかい!?」
「急に何を、言い出すの?」
にわかに焦り出すキリュウと怪訝そうに聞いてくるリラに、ニシカは落ち着いたまま話を始める。
「いえ、僕が言いたいのはリラさんもたまには羽を伸ばしてみてはどうですかっていうことです。ほら、リラさんってあまり休まないじゃないですか。この前もせっかくの定休日なのに仕事してましたし」
つい先日、『ニシカのおかげで、うちにも大分、余裕ができた。だから、ニシカには、お礼も兼ねて、休んで欲しい』ということで鍛冶屋『LILAC』は一日休業ということになったのだが、ニシカがふらりと顔を出してみると、リラはいつも通りに工房で汗を流しながら鉄を打っていたのだ。
「偶には思いっきり遊ばないと、リラさんも倒れちゃうかもしれませんよ?」
茶化すような口調で言うニシカ。リラは作業している手を止めて、ニシカの近くにやってくる。
ニシカが体を強張らせると、くしゃり、と頭を撫でられる。心地よい感触が頭から伝わってきた。
「私を心配、してくれるのは、とても嬉しい。だけど、心配しなくて、いい。私は、魔物だから。あなた達より、体力には、自信ある。それに、ニシカが来る前は、休みなんて、一日もなかった。だから、休まなくても、大丈夫」
子供をあやすように優しく微笑みながら言われる。どうやら、リラには自分の心の内が見透かされているようだった。大丈夫、と言われてしまえばニシカには何も言い返せない。
やっぱりすごいな、とニシカは再認識する。鍛冶師としての力量、という意味ではなくてもこの人は自分では及ばない領域にいる。
そして、それがちょっとだけ悔しくもある。だから、ニシカは適当な軽口を叩いて、この話題をやめようと思った。リラの優しさに応じるために、なにより尊敬する人に対して、これ以上くだらない感情を抱かないために。
「そうですか………実はこの前、街で『冒険者と鍛冶師が一緒にデートするとその鍛冶師の経営する鍛冶屋は繁盛する』という情報を聞いたので、ちょうどよかったので実践してほしかったんですが………非常に残念です」
繁盛、という言葉にぴくり、とリラの肩が揺れ、琥珀色の眼が大きく見開く。
そして、彼女の腕がニシカの肩を思いっきり掴んだ。
「そういうことなら、する。ルベルクスと、デート」
「…………へ?」
軽く流されるだけの冗談のつもりだったので、その反応に理解が追いつかなかった。
11/09/09 18:09更新 / たんがん
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