連載小説
[TOP][目次]
おにぎり
「そろそろニックネームでも付けようかと思います」
「また突然ですね……」

それは、僕が先輩に半ば強引に入部させられてから半年が経ったくらいの日。彼女は突然そんなことを言ってきた。まぁこの人が突発的に行動するのはいつものことだし、特に理由は聞かないでおく。

「よし、じゃあ星村 空理、略してくー君だ!」
「……それは、名前が三文字なのに略して四文字になったら意味がないじゃないか、というツッコミ待ちですか?」

そうだよ〜。とはにかむ先輩を見て、僕はため息をつく。
何というか、毎回毎回ネタに走らなくてもいいでしょうに……
しかし、彼女は一度自分で決めてしまうとなかなか変更を受け付けようとはしない。結局はずっと、そんな子供扱いされているような呼ばれ方をされていくことを知らないで、僕は先輩に抗議をする。


はずだった。


「ねぇねぇくー君」
「なんですか?」

先輩に呼ばれるが、違和感を覚える。
彼女の声に、なにか雑音のような異物が混じった感覚がした。
いや、それは正確ではないな。
まるで、“先輩二人から声をかけられた”ような、そんな感覚だ。
なんだ?と疑問に思って先輩を見て、そして息を飲む。


金髪で、耳と尻尾を生やした先輩の残像のようなものが、彼女に重なるようにして存在した。


『ねぇ、空理』
『君は、どっちを選ぶのかな?』

そんな問いかけを二人からされたその瞬間、僕の足元の地面がなくなり、落下する。
落ちた先は、闇。何も見えず、何も聞こえない。
残ったのは、ただ落ちていく感覚のみ。

落ちていく


落ちていく




落ちていく……


××××××××××××××××××××××××××××××


「〜っ!?」

全身にうすら寒いものを感じて、僕はバッ、と飛び起きた。
体には、なにも異常はない。夢かなにかで錯覚していたのだろう。なんだいったい……落ちる夢でも見ていたのか……?
そう思いつつ、少しでも思い出そうと努力して……自己嫌悪する。また僕は、昔のことを思い出していたからだ。
なんというか、どんだけ引きずってるんだよ、と自分でも呆れる。
それに……

「僕はどっちを選ぶんだ、か……」

夢の中で問われた、その言葉。それが、とても痛かった。
すでに答えは決まっている。決まり切っている。
だがしかし、これには一つの問題を抱えている。
それは、現在僕がおかれている状況から、その選択しかできないからそうしているのではないか、という疑念だ。
僕は、僕たちは、立宮先輩に想いを告げていない。告げる前に、彼女は卒業して、以降連絡と取る方法を僕が有していなかったからだ。
その状態で、この世界に来て、今のこれだ。引きずっていないと断言できる方がおかしい。
僕は立宮先輩が好きだった。これは変えようのない事実である。でも、今の僕は同僚の美核が、稲荷の美核が好きだ。
気持ちはどうあっても揺らがない。
揺らぐのは、その気持ちの動機。
美核が美核だから、僕は美核が好きである。そう思いたい。しかし、彼女が立宮先輩に似ているから好きだとしたら、それは彼女を傷つけることしか起きないから、そうだったら僕は彼女を愛するべきではない。
思考がどんどん複雑に絡まっていく。答えは、でない。
……せめて、あの子に美核なんて名前をつけてなければな……
なんて、今更な小さな後悔をして、ため息をつく。

「……ん?」

ふと、視線を感じたような気がした。同時に、誰かがニヤニヤと少々下卑た笑みを浮かべているような、言い換えるなら、うざったい、そんな空気を感じる。
周囲を見渡すが、当然部屋には誰もいない。
こんな空気を放つのは……アーシェさんやライカ……世話焼きでお節介な連中だが、流石に野郎の部屋に入って隠れる趣味などないだろう。
気のせい気のせい。と結論を出したちょうどその時に、扉がノックされる。

「はい、どうぞー」
「お邪魔するわね。おはよう、空理」
「ああ、美核か。おはよう」

入って来たのは、問題の美核であった。少々気まずい気がするが、特に後ろめたいことをしていたわけではないので問題ない。

「もうそろそろ到着しそうだってライカさんが言ってたわ。あと、ジパングのお金を持ってない人は船を降りたらついてくるように、とも言ってたわね」
「ああ、やっぱり向こうじゃお金が違うのか。……で、それは?」
「おにぎりよ。起きたばかりなら食べるかなって」
「うん、いただこうかな」

ん。じゃあはいどうぞ。と美核から二つおにぎりの乗ったお皿を受け取る。
手軽に食べれるし、ちょうどいい朝ごはんだな。と感謝しながら食べ始める。

「いただきます。……ん、鮭だー!」
「……いきなりなに奇声をあげてるのよ、と思ったけど、そう言えばあんた鮭好きだったわよね」
「まぁねー。と言っても、生は食べられないけどね」
「ん?空理の故郷ってジパングと同じような文化だったのよね?お刺身とかは食べなかったの?」
「いや、文化としては食べてたけど……個人としては苦手でね。美核はどうだい?」
「んー、そもそもお刺身自体食べたことないからな〜?」

なんて、朝食を取りながら食べ物の好き嫌いの話をしている内に、僕たちはジパングに到着するのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


ジパングの港町、倭光(わみつ)。
大陸との交流が盛んであり、大陸風な建物が立っていたり、大陸のものが売っていたり、ジパングにはいない魔物がいたりと、ジパングにしては大陸の文化が多く取り入れられた町である。もちろん、ここがジパングであることには変わらないので、ジパングの魔物の割合が高かったり、ジパング特有の店があったりもする。
特産品が魚で、寿司屋や魚屋が多かったり、交易した大陸の商品を扱う雑貨屋らしきものを多々目にしたりするのだが、花屋や飲食店、酒場に銭湯と、様々な種類の店が建っていて生活に足りない部分はなさそうな充実した町である。
そんな町でまず僕たちがライカに連れられてやってきたのは、一軒の雑貨店、「たぬたぬ雑貨」だ。

「いらっしゃ〜い!!っと、ライカさんやないか!久しぶりやね!」
「お久しぶりだね、小豆さん。お店の方はどうだい?」
「ぼちぼちや!んで、今日はどんな用……って、たしか梯梧がライカさんが来るからこっちの貨幣集めとけって言ってたな。もしかして両替か?」
「そのとおり。今日はこっちにきたみんなの分のお金を替えて欲しいんだ」
「みんなゆうとそこの連中かいな?ひぃふぅみぃ……また仰山おるなぁ!」
「できるかい?」
「できるに決まってるやろ!きちんと準備してる。とりあえず、レートの確認でもしよか」
「了解」

そんな会話があったあとに、ライカと刑部狸の小豆さんとやらはいろいろと話をまとめていく。
普段はまったく気にしていないことだったけど、そういえばライカの領主としての仕事って主に交渉とかだったよな……と今更ながらに思ってその手際のよさに感心した。

「……ん?これは……」

どうせ話がまとまるまで暇だし、美核もルーフェさんと話し込んでるし、と店の中を見て回っていると、ふとあるものに目が留まる。
見つけたものは、碧色の宝石……おそらくは翡翠を飾りとした簪。どことなく涼しげ落ち着いたような雰囲気のそれに、僕はどこか惹かれていた。

「お、翡翠の玉簪か。お客さんいいもんに目をつけたね!どうする?今買うんやったら少しまけとくよ?」
「うーん、買うのもいいんですけど、まだお金を替えてないからなぁ……」

物を売る機会を逃さないように、小豆さんがこっちに向かってそう声をかけてきた。が、やっぱり買うのは両替してからじゃないとダメだろう、と僕は思っていたのだが……

「いやいや、別にそっちのお金……円やったよね?それでもこの街でなら買い物できるで?」
「え?そうなんですか?じゃあなんで両替を……?」
「まぁそりゃあここが旅行の目的地じゃないからね。ここ以外の場所だと円が使えない場所が多いんだよ」
「え?でもここって結構いろいろとお店があるじゃないか?ここでも十分だと思うけど……」
「僕たちが向かうのは伍宮(いつみや)っていうところの、ここらでは有名な温泉宿だよ。あそこの温泉は露天で景色も綺麗でね。ぜひ一回行ってみたいと神奈と話していたんだよ」
「そうなんだ……そしたら買わせてもらおうかな?」
「おおきにー!」

そんな流れで、僕はその翡翠の玉簪を購入する。
……たぶん、彼女によく似合うだろうな……
なんて考えてると、隣でライカがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべる。

「ところで、それはいったい誰へのプレゼントかなぁ?」
「そんなの……分かり切ってるだろ?お前の場合は」
「ほう……言うようになったねぇ〜」
「それはともかく、神奈さんはどうしたよ?いつもならお前の隣にいるだろう?」
「ああ、神奈なら小腹が空いたって団子を買いに行ってるよ」
「呼んだ?」
「オウフ……」

噂をすればなんとやら。神奈さんが突如出現し、ライカの背中に飛びついてきた。

「あ、小豆ちゃん久しぶり!」
「久しぶりやね、神奈ちゃん。元気そうでなによりやわ!」
「うん!おかげさまでね!!花梨ちゃんと梯梧さんは元気?」
「梯梧は元気やで。今は商談に遠出してるわ。花梨は……どうやろな?商人修行で旅に出とるからわからんけど……まぁ、平気やろ」
「そっかぁ〜」

なんでもないように会話をする神奈さんと小豆さん。
ふむ、なんというか……

「なぁライカ。なんとなくライカたちと小豆さんたちが知り合いなのはわかるんだけど、いったいどんな関係なのさ?」
「ああ、小豆さんたちは僕たちの恩人だよ。昔ジパングに滞在した時にいろいろと力を貸してくれてね……今は僕の紹介でアリュートと交易をしてもらってるんだ」
「なるほどな……」
「おーいライカさん、とりあえずこんなもんでどうや?」
「ん〜まぁ、それで手を打とうかな?」

そう言えば神奈さんはジパングの人らしいし、その時にいろいろとお世話になったんだろう。あと、ジパングのものってここから来てたのか……
なんて勝手に納得していると、ライカたちと小豆さんは雑談を交えながら両替の話をまとめていくのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


「ほら、これなんてどう?」
「ん〜、少し派手過ぎやしないかな?」

小豆さんのお店でお金を両替してもらったあと、僕と美核、方丈家とファルロス家の人たちはみんなそろって呉服屋で着物を見ていた。
なんでも、せっかくジパングにきたのだから、その風習にあった服装をしていきたいとのことだ。
……普段からよく着物を着ているし、今だって薄桃色の無地の着物を着ているため、美核は別にここにいる必要はないのだが、どうやら僕に同じ格好をして欲しいらしく、僕のことをここに連れてきてさっきから似合いそうなものを探している。
とりあえず、あまり目立たないものがいいわけだけど……

「……お、これはいいな……」

などと考えていると、藍色で無地の着物が目に止まった。綺麗だし、変な色でもなし、これはいいな……

「ねぇねぇ空理、これはどう?」

良さそうな着物の発見と同時に、美核も良さげなものを見つけたらしく、僕に見せにきた。
持ってきたのは、濃い緑色と白の縦縞模様の着物。派手な色ではなく、かといって地味すぎる柄ではなく、やはり女性は服のセンスがいいんだなぁなんて考えさせられるチョイスだった。
だがしかしそれを見たん瞬間に思った僕の感想は次のようなものだったが。

「……宇治金時?」
「いや、わからなくはないけど……」

シロップの緑色にかき氷の白、どうみても宇治金時です本当にありがとうございます。
まぁそれはともかく、さて、藍色と緑に白の縦縞模様、どうするべきか……

「よし、じゃあ二つとも買いますか」
「いや、二つともって、お金大丈夫なの?」
「まぁいっぱい買うかもしれないからって結構もってきたしね。お金も結構貯めてるし」
「……まぁ、それならいいけど……」

というわけで、僕は藍色と縦縞宇治金時の両方を同じ布の帯と一緒に買う。そして、せっかく買ったのだから、と少し店の奥のスペースを借りて美核が選んでくれた宇治金時の方を着させてもらった

「うん、やっぱり似合うわね!」
「ううむ、やっぱり洋服に慣れてると少し動きずらい……」

しかも、靴を草履に履き替えたとはいえ、着物を着ているのに肩にバックを下げているところに少し違和感があるし……

「そこは慣れていけばいいのよ。でもやっぱり荷物がなぁ……まぁ、宿を取ったら置いて出かければいいし、よしとしますか」
「そう言えば、宿ってどうするんだろう?今日はここで取るのかな?」
「いや、ジパングでは主に伍宮で滞在する予定だよ」
「せいやっ!」
「よっと」

僕たちが話していると、突然ライカが僕らの後ろにPOPしたため半ば無意識に後ろに向かって肘打ちをかましたのだけれど、何でもないようにライカはそれを受け止める。

「チッ、なんだライカか。どうしたの?」
「僕だとわかって舌打ちするのかい君は……ああ、少し頼みたいことがあってね」
「美核の次は僕か……とりあえず、服を買ったら団子を食べにいこうって決めてたから、話は歩きながらにしよう」
「ああ、構わないよ」

長々とここに居ても邪魔だろうし、僕たちは方丈君たちを置いて先に外に出る。まぁ、あっちはあっちで楽しんでるだろうし、そっとしておくのがいいだろう。

「ふむ、しかしあれだね、意外と和服が似合うものだね、君は」
「まぁ、一応ルーツ的にはここと同じ文化の場所に生まれたからね。と言っても、大昔のことだけど。というか、神奈さんどうした神奈さん。二回も神奈さんと一緒にいないお前を見るなんて明らかに異常だろう」
「え?僕たち四六時中一緒にいるようなイメージなの?」
「なにを今更?」
「……いや神奈はそうだけど……まぁいいや。神奈は今は……うん、おつかいって表現した方がいいかな?買い物をしにいってるよ」
「おつかいってことは、なにかライカさんが頼んだんですか?」
「うん、まぁちょっと、ね?」
「あぁ、なるほど。そういうことですか」

なんて言いながら、ライカがアイコンタクトのようなものをしたのに気がついたのだが、その意味を理解できたのは美核だけだった。
……この二人、何か企んでるのか……僕が悪いとはいえ、僕たちが隠し事でマズイことになったことを美核は覚えているのだろうか?いやまぁいいけど。どうせ主犯はライカだろうし。
でもまぁ、釘刺すくらいはしておかないとな。

「企みごとは結構なことだけど、あまり巻き込まないでくれよ?」
「大丈夫。今回の被害は多くて三人だけだから」
「最低は」
「一人、必ず不幸になる」

こいつ……
まぁ、理想ばかりを唱えてるわけではないからいいのだが……
やはりこいつは警戒しておかないとなぁ……なんて、毎度のことながら20ほど年が上なこの男のことをこいつ呼ばわりしつつ考えていると、僕たちは本題に入らないまま甘味所に到着するのだった。

「すみませ〜ん、団子6本とお茶3杯くださ〜い!」
「お代は僕が持つよ」
「だからって交換条件で引き受けるつもりはないぞ?プラスには考えとくけどね」
「まぁ、それでいいさ。どうせ星村は引き受けてくれるだろうからね」
「若干嫌な予感がするんだが……」
「まぁまぁ。まだ話は聞いてないでしょ?」

美核はそうなだめるのだけれど、こいつの頼みごとはほとんどろくでもないものばかりだからなぁ……
待つこともなく僕らの元にやってきた団子とお茶を受け取って食べながら、僕はライカの頼みごとを聞く。

「さて、星村には言ったけど、僕たちはこのあとここから伍宮に向かう」
「このあとって、だいたいいつくらいなんだ?」
「そうだね……夕方、だいたい4時5時くらいがいいかな?」
「またずいぶんと遅いですね。この時期だと暗くなってますよ?」
「ああ、そうだね。冬だから5時にはもう真っ暗だろうね」
「……で、結局ライカは僕になにを頼みたいんだ?」
「足を用意して欲しいんだ」
「……は?」

ライカの言葉に、僕は口に団子を運ぶ自分の手を止めた。
言葉の意味は……なんとなく理解できる。
足、つまりは移動手段を用意して欲しい、ということだろう。
わかっても、理解できない。
いろいろと聞きたいことがあるけど、まず気になったのは……

「とりあえず、ここから伍宮まで歩いてどのくらいか教えてくれ」
「一週間以上」
「……は?」
「一週間以上」
「……ごめん、なに言ってるかわからない……」

といいつつ、僕は深くため息をつく。なるほど、たしかに歩きでそれほど時間がかかるなら馬車とかここの移動手段では時間がかかるだろう。僕の時代の乗り物を用意しないと短時間の移動は無理だ。
とりあえず、なぜ、とどうやって、の二つの疑問は解消した。

「まぁいいや。で、なんでそれを僕に頼むわけ?そういうものを出すのは神奈さんが専門でしょうに」
「処分の方法」
「おk、把握した」

これでだいたいの状況は把握した。たしかに処分の方法を考えると神奈さんは呼び出したものを戻せるわけじゃないから僕の方が適任だろう。
さて、では最後の確認だ。

「……準備して欲しい乗り物っていうのは?」
「銀河鉄道スリーn「おいバカやめろ」」

ライカがトチ狂ったことを言い始めたため、それ以上の言葉は言わせない。
とりあえず、列車か……たしかに人数を考えると妥当だが……

「通行人と事故らないか?」
「だから銀河t「理解したからそれ以上言うな」」

なるほど、空飛ぶ列車か。たしかに移動手段にはいいし、みんな喜びそうなものでもある。断る理由はない……と思う。

「わかった、引き受ける」
「ありがとう。列車の外装、内部構想のイメージはこっちで用意してあるから準備する時に渡すよ」
「前準備がいいことで……」

ははは、まぁね。と笑いながら、ライカは団子なんかの代金を置いて立ち上がる。

「用事も終わったし、僕は神奈と合流することにしよう。馬に蹴られて死にたくないからね」

などと茶化しながら、あと、集合する時間と場所は……と必要な連絡事項も忘れずに、ライカは立ち去っていくのだった。
置いていった代金を確認してみると、僕たちの頼んだ分より少し多めのお金が置かれている。
……もう少しここでゆっくりしてけってことかな?

「……美核、団子のお代わりはどうだい?」
「ん〜、そうね、いただこうかしら?」

そんなこんなで、僕はライカから面倒なことを頼まれた以外にはこれといった問題もなく美核といろいろな場所を回っていくのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


「お、きたきた、おーい星村くーん!」
「あ、神奈さん……って、おつかいで結構買いましたね……」

とりあえず、そろそろ時間なので待ち合わせ場所である町の出口付近にいくと、ライカと神奈さんが大きく膨らんだ袋をそれぞれ一つずつ手にぶら下げて僕たちを待っていた。

「いやぁ、まぁ少し入り用のなったものが多くてね」
「いったい何を買ったんですか?」
「えっと、とりあえず着替えやら歯ブラシセットやら生活に必要そうなものを簡単に一通りと、夕飯は移動しながら作るのはどうかってことで、食材をそこそこ……まぁこれがほとんどだけどね」
「だいたい小豆ちゃんのお店で買えたからよかったよ〜」
「あとは……夜の生命線……」
「ライカ……お前……」

とりあえず、僕はライカのその最後の一言に関してそれ以上触れないようにした。なんというか、大変だな……

「と、ともかくだ。早速準備を始めようか。星村、これが列車の図面が」
「ん、とりあえず独特なところは解説よろしくな」
「了解」

ライカから列車の図面を受け取り、目を通す。
僕の魔法“オーサー”は大抵のものを出現させることができるが、前提として本……正確には作品である必要があり、さらにそれをある程度理解している必要がある。でなければ重要な内部が再現されず、すぐに故障したり最悪爆発したりするからしゃれにならない。
列車のような乗り物であればなおさらだ。形だけで誰も乗れない空飛ぶ列車なんて笑い話にもならない。まぁそもそも、ものを作り出すような魔法じゃないからしょうがないけど。
とりあえず図面ならエンジンみたいな重要機関以外は絵を再現するだけで済みそうだからよかった。

「そういえば、神奈さんって一応人間……なんですよね?」
「うん、そうだよ〜」
「いや、何というか……神奈さんって、魔物になる気、ないんですか?」
「……うん、ないよ。なんで?」
「えっと、魔物になれば、ライカさんがインキュバスになって、もっとあの人のこと、求められるんじゃないかな、って……」
「そうだね〜。ライカがインキュバスになっちゃえば、もっといろいろできるよね〜」

おいライカ、お前ちょっとやばいんじゃないか?と思いつつ様子を見てみるのだけれど、ライカのやつ、絶対に聞こえてるはずなのに、素知らぬ顔で解説をしている。

「でもね、私が魔物になっちゃったら、なにもあげられなくなっちゃうから」
「え……?」
「それに、私が魔物になってライカのことを求め続けたら、ライカがインキュバスになる前に枯れちゃいそうだからねー」
「あはははは!たしかにそれはありそうで怖いですね!ライカ、頑張れよ?」
「はいはい、ご忠告ありがとう。気をつけることにするよ。とりあえず、この話はあとが怖いからこれで終了だ」
「は〜い」
「あ……」

最初の神奈さんにはあまり似合わない真剣な、そして仄暗さを感じさせる答えに、美核は少し不思議そうな顔をしたが、その後の努めて明るいあまり洒落にならない冗談を言うという、これ以上は……という神奈さんの暗の意思表示を汲み取って、僕は茶化すように会話に割って入りフォローを入れる。苦笑いをしながらライカが話に入って閉めたため、美核は神奈さんに追求するタイミングを逃した。
そんな美核を見て、珍しく神奈さんは少し申し訳なさそうな顔をして、美核に再び話しかける。

「ねぇねぇ美核ちゃん」
「なんですか?」
「美核ちゃんなら大丈夫だとは思うんだけど、ちゃんと、好きな人の想いに応えられるような子になってね?」
「想いに応えられるような、ですか?」
「うん。求めてるじゃ、いつか駄目になっちゃうから。自分の大切な人に、自分を愛してくれる分だけなにかを返していけるといいなって、ずっとそう思えたら、大切な人とずうっと一緒に入れるだろうから……ね?」
「……はい。頑張ってみます!」
「なんとまぁ神奈さんらしくない大人びた台詞ですね。でもまぁ、説得力はすごくありますね……僕もそれで一回痛い目に合いましたし……」
「そうだよ〜。空理くんも気をつけないとまた美核ちゃんに泣かれちゃうよ〜?」
「……今度こそ泣かせないよう、肝に命じておきます」

なんて、神奈さんの妙に含蓄のありそうな忠告を肝に命じながら、僕は列車を作るための準備を着々と進めていくのだった。


××××××××××××××××××××××××××××××


「ぴーんぽーんぱーんぽーん……当列車は現在伍宮行き、到着時間はおよそ7時となっております。当列車は8両編成となっており、夕食を取りたい方は4号5号の食堂車両、お休みになられる方は6、7、8号の寝台車両をご利用ください。では、伍宮到着まで空中列車からみるジパングの景色をお楽しみください」

って言っても、もう外は暗いし明かりもないからあまり外の景色を楽しむことはできなそうだけどね……なんて心の中で思いながら僕はアナウンスを切った。
現在の時刻は5時ちょっと過ぎ。全員集合を終えて僕の作った列車に乗り込んで次の目的地、伍宮に、文字通り一直線に進んでいる。
僕がいるのは列車の1号車両の機関車。伍宮を視認した際に停車命令を出すために待機しているのだ。
……さて、到着までだいたい2時間だそうだけど、なにをしていようか……
とりあえず移動の時のために暇つぶしの道具をいろいろ用意したのだけれど……とバックの中を探ってみると、四角い小さな箱上のものに手が触れた。
トランプかな?とバックから取り出してみると、出てきたのはそれとは同じようで全く違うもの。

「タロットか……そういえば1セット持ってきたんだっけなぁ……」

まぁせっかく出したんだし、とケースからカードの山を取り出して、小さなテーブルを作り出してそこに置き、ついでに作った椅子に腰掛ける。
……どうせ列車を現出し続けるために頭痛を抑える処置を施しているのだから今更テーブルや椅子を1セット用意するくらい問題ない……
タロットと言ったら、やることは一つだろう。いや、昔はゲームなんかに使っていたそうだが、生憎僕はそのゲームについての知識はないし、おそらくそのゲームも一人でやるようなものではないのだろう。

「さて、なにを占おうか……」

と呟きながら、そういえばと僕と美核が和解してから起こった、ちょっとした変化を思い出し、再確認することにした。
22枚、占いをする時に使うベーシックなカードの組を山から取り出して、シャッフルする。そして、その組の一番上のカードを引いて見る。占っているのは、自分自身。ただ漠然と、それだけ。
……美核と和解する以前であったなら、例えどんな工夫をしようとも、そのカードを組から除かない限り僕の引くカードは必ず“月”のカードであった。
しかし、僕が今引いたカードは……

「……“死神”、か……」

タロットカードの中で、特に直接的に死を暗示させるカード。しかし同時に、清算や再スタート、価値観の崩壊、決着といった意味も持ち合わせている。一度死に、蘇った僕がこのカードを引くのは、まさに運命って感じなのかな?
……これより前にも、何度か僕は自分のことを占った。結果は、このカード以外にも、成功と未熟を示す“魔術師”、希望を示す“星”と、“月”以外のカードも結果に出るようになった。


つまり僕は、もう、感情を寄せ集めただけの“仮面”ではなくなっていたのだ。


その事実を、再び確認できた僕は少しだけ顔に笑みを浮かべる。
僕が人に近づけば近づくだけ、美核の想いにきちんと応えられるようになる。
今度こそ、彼女を泣かさないよう、頑張っていかないとね……
自分が人に近づいたことを喜ばしく思いながら、僕はまた、そう決意するのだった。

「さて、そしたら次は……」

カードを組に戻して、またシャッフルをしながら僕は次はなにを占うかを考える。
ライカの企みごとでもいいし、今日の夕食でもいい。さてさて、なににしようか……

「……ん〜、無難に、ちょっとした未来予測でもしてみようかなぁ〜」

とまぁ本当になんとなーくそう思ってシャッフルをやめて一番上のカードを引く。
カード一枚で判定する占いはとても便利だ。細かい結果は出ないが、その分楽だし、イメージが混ざらないし、なにより当たりやすい。
なにが出るかな?と少しワクワクしながらカードを表にすると……

「……?」

カードの示した結果に、僕は首を傾げる。
ちゃんと近い未来を占っているよな?
シャッフルし忘れたなんてことはないよな?
目の錯覚じゃないよな?
いろいろと自分を疑ってみるが、結果は変わらない。
僕が引いたカードは……


“死神”だった。


××××××××××××××××××××××××××××××


コンコン、と僕たちのいる寝台車両の一室の扉がノックされたので、僕はどうぞ、と扉の向こうにいる人に呼びかける。
ガチャッ、と扉を開けて入ってきたのは、美核ちゃんだった。

「失礼します。ライカさん、夕食はここでいいんですか?」
「ああ、ここで食べるよ。ちょっと待っててね、今テーブルの上片付けるから」

下から擦り出てものをおけるようになるギミックを持ったベッドの手すり(正式名称は知らないから便宜的にこう呼ぶ)兼テーブルの上に広がったトランプを集めて片付けている内に、美核ちゃんは通路においてあるカートから僕たちの分の夕食を取り出して片付け終えた場所に置いていった。

「美核ちゃんの分はいいのかい?」
「あ、はい。空理と一緒に食べようと思ってるんで」
「なるほど、それは邪魔しちゃいけないね……と言いたけど、少し練習がてらに計画の確認でもしようか」
「あ、はい」

彼と一緒に食べるのであればなにもしない方がいいのだけれど、僕の“計画”にとって美核ちゃんは仕上げを行う重要な要素だから念のために計画の確認をするために少し引き止める。
美核ちゃんも、僕の計画が彼女にとっての何なのかを十分理解しているため、断ることなく了承する。
まぁとりあえず適当に座りなよ、と促して、僕は時間をかけないようすぐに本題に入る。

「まずは……そうだね、呼び方の方はどうだい?」
「うーん、やっぱりなれない呼び方なんでちょっと実行するのが不安ですね……空理……じゃなくてく、“くーくん”と一緒にいることが多いからあまり練習もできないし……」
「ん〜、確かに、なれない呼び方って使いにくいわよね〜」
「……まぁ、それは明後日までに頑張ってもらうとしよう。で、あっちはどうなんだい?」
「決まってると言えば決まってますね。臨機応変に変えていく必要はありますけど、それでも方向性は決定しました」
「そうかい、なら十分だね。今日と明日は自由に過ごしてくれて構わないけど、明後日は……」
「わかってます。なるべく見られないように、ですよね?」
「私も場所には気をつけるから、美核ちゃんは楽しんできなさいな」
「はい、そうします」
「さて、じゃあとりあえずはこんなものかな?引き止めてすまないね美核ちゃん。もう星村のところに行っていいよ」
「いえ、問題ないですよ。空理のためにも、私はこの計画に全力を尽くしたいですから。たとえ……」

言いかけたところで、美核ちゃんは言葉を切ってうつむいたが、すぐに顔をあげて、じゃあ、失礼しますね!と立ち上がって部屋を出て行くのだった。

「たとえ、ね……」

言葉の続きは容易に予想がつく。やっぱり不安は拭えない、よね……

「ふぅ、ごちそうさまー!!」

はぁ……こっちも心配になってきたなぁとため息をついていると、今までずっと美核ちゃんの持ってきた夕飯を食べていた神奈がやっと口を開いた。いやまぁ、口を開いたというより食後の挨拶をしただけだけど。

「うん、早いね食べ終わるのが」
「だってあなたが話してる間に食べてたんだもん」
「いやまぁそうだけどさ……」
「別に私はあなたと一緒にいればいいだけなんだから、特にいうべきことはないでしょ?」
「そうだけど……一緒に食べようと思わなかった?」
「お腹空いてた!」
「さいですか……そしたら、僕たちも食べてしまおうか……」

お腹いっぱーい!らいかー!と背中に抱きつきながらじゃれてくる愛しい妻を若干うざったく感じながら、僕たちも夕食を食べるのだった。
12/12/13 22:06更新 / 星村 空理
戻る 次へ

■作者メッセージ
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
……と言っても、今回は中途半端に終わったし、フラグ回なんで大きな山場とかそう言ったものはないですが。
しかし!だがしかし!次回からやっとイベントを解放できる!エンディングが見えた!
そして次回は3日目、4日目、美核との本当の意味でのデート回!……になるはず。
皆様の期待を悪い意味で裏切ったことのある僕なので出来はなんとも言えませんが、頑張って最後まで書かせていただきます。
では、今回はここで。
次回も楽しみにしていただけたら嬉しいです。
では、星村でした。

TOP | 感想 | RSS | メール登録

まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33