連載小説
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たい焼き
「…………」
「ん?どうしたの?」

部屋に入ってすぐ沈黙した僕に美核はキョトンと声をかけてきたが、とりあえずその声に答える前に状況の確認をしよう。
列車に2時間揺られて伍宮に到着した僕たちは、すぐに旅館に入って(どうやら予約をしていたらしい)、まだ体を洗ってないから、とライカから混浴で入る上での注意を聞いて、みんなで温泉に入った。まぁ、そこまではいいだろう。うん。
ここまで行けばもうオチなんて見えてるし最初から今の状況を語ってしまっているから必要ないのだが、とりあえず全部流れを確認してみよう。
温泉に入って温まっていた僕だけど、荷物を片付けたかったし、少々疲れも溜まっていたので早めに寝たいと考えて、ライカから部屋の場所を聞いてそこへ向かうと……

「部屋に美核がいたなう、と……」
「……えっと、なにを言ってるの……?」
「ん?いやなんでもない」

まぁ、そういうことである。
僕か美核が部屋を間違えたという可能性があるけど、それは絶対に違うだろう。
どう考えてもライカが関わってますね本当にありがとうございました。
さて、美核と一緒の部屋というのは嬉しくないといえば嘘になるが、非常に、とまではいかなくてもそこそこ気まずいものだ。特に今の状況では。
なにかあったら困るし、ここは別の部屋でも……

「私としては、空理と一緒の部屋がいいかなぁ、って思うんだけど……」
「え……?」

僕の考えを読んだかのように、美核がそう言ってきた。

「別になにか問題が起こるわけじゃないでしょ?私からなにかするつもりはないし、空理だって、まだ昔のこと気にしてるだろうし……」
「……ごめん」
「別に責めてるわけじゃないわよ。問題が全部片付くまで、私は待つってことが言いたかったの。でも、一緒の部屋で寝るくらいのわがままは聞いてくれるでしょ?」
「……そうだね、うん。じゃあお言葉に甘えて」

そう言いながら、僕は部屋に入って畳に腰を下ろし、荷物を置いて必要そうなものを出しておく。
まったく、美核にはいろいろと助けられてばかりだな……いつか、きちんとその想いに応えていかないとね。

「そう言えば美核、お風呂には入ったの?」
「ううん、まだ入ってないわ。ちょっといろいろとやっておきたいことがあったから。布団敷いたり、着替え用意するために荷物片付けたり……」
「そっか、まぁたしかに、冬だから布団準備してる間に体が冷えちゃいそうだもんね……」
「じゃあ、私もお風呂入りにいってきちゃうね」
「うーい、いてらさーい。僕はそのまま寝ちゃうね〜」
「うん、了解。おやすみ空理」
「おやすみ〜」

美核はお風呂に行くそうなので、僕は美核と一緒の部屋ということを意識して眠れなくなる前にさっさと寝てしまうことにした。

「……悪いかよ?へたれなんて言うなし……」

なんとなく、誰に言ってるかわからない独り言を呟きながら。


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「……ふぅ〜、あったかぁい……」

ちゃぽん、と誰も見当たらない露天風呂に入って温まりながら、私は軽くため息をつく。なんというか、温泉っていいなぁ〜。家のお風呂と違って広いし、気持ちがゆったりするし……

「ふにゅぁ〜」
「また可愛らしい声ね、美核ちゃん」
「ふぁにゃっ!?」

誰もいないと思ったところで声をかけられたので、私は驚いて変な声を出しながらその声がする方向を見た。

「あ、あなたでしたか……どうも」
「ん〜、なんか呼び方が若干よそよそしい感じがするけど……まぁしょうがないか」
「ごめんなさい……」
「いやいや、気にしなくていーよ。それよりなんでこんな遅くにここに?みんなと一緒に入ったんじゃないの?」
「いえ、荷物を片付けたり、布団を敷いたりしてましたから」
「むぅ、話し方も少し硬いよ?もしかして、警戒してる?」
「どう、でしょうね……?」

警戒、してるのだろうか?
私は、わからない。この人にどう接すればいいのかが。敵でもなくて味方でもなくて、知り合いでもなかったのに他人でもなかったこの人を、どう認識すればいいのかわからない。
私は……この人をどう思えばいいのだろうか?

「……やっぱり、不安?」
「………………」

不意にそう質問され、私は黙りこんでしまった。肯定はしない。けど、否定もできない。私は、ライカさんの“計画”の行く末に、不安を抱いていた。

「ま、無理もないわね……でも大丈夫よ」
「えっ?」
「シナリオは、もう全部決まっちゃってるから」
「ど、どういう意味で……」
「さて、じゃあ私はそろそろ上がるわね」
「あっ……」

問いただす前に、彼女はザバッとお風呂から上がり、脱衣所に戻ってしまった。
……この空気は、少し前に、今日の夕方に感じたことがある。脱衣所に戻って聞くこともできるだろうけど、きっとなにも教えてもらえないだろう……

「……よしっ!」

とりあえず、気にしていてもわからないのだからしょうがない。私は私のすべきことをしていくとしよう。
目下の目標は……明日を存分に楽しむこと、かな?
この表現は少しおかしいのだろうけど、ともかく……

「頑張っていこう!」


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「おーい、空理〜。朝だよ〜?」
「ん……ぁに……あ、うん、おふぁよ……ふぁあ……」

なにか聞こえて目が覚めたので、僕は布団を退けて体を起こす。少し周りを見渡してみると、近くに誰かがいたのでその人が起こしたのだろう、と完全起動前ながらも理解して挨拶をする。
とりあえず、頭を動かさないと……と背伸びをしていると……

「うーん、なんというか寝起きの空理って初めて見るけど、なんかちょっと子どもっぽいわね……」
「あ……美核か……子供っぽいってなにさ……ふぁふ……」

クスクスと美核に笑われてしまって、若干恥ずかしくなった。
まぁともかく、意識がだんだんとはっきりしていて昨日までのことと今の状況を思い出した。そういえば、僕と美核は一緒の部屋だったな。で、その同室の美核はというと、すでに布団もたたんで着替えもすまして僕の隣に座っていた。

「……まぁとりあえず改めて……おはよう美核」
「うん、おはよう」
「で、なんで僕の隣にいるの?」
「いちゃだめだった?」
「いや、そういう意味ではなくて……」
「まぁあれよ。寝顔の観察」
「野郎の寝顔なんて見ても面白くないだろうに……」
「そうかしら?結構可愛かったわよ?」
「それはあまり褒め言葉になってないよ……」

とりあえず、着替えるからちょっと後ろ向いててと頼むと、別に私は気にしないのに、と言いながら美核が外の景色を見ていてくれたので、ちゃっちゃと着替えてしまう。まぁ下着やらを和装で揃えているわけじゃないし、時間はかからない。

「よし、準備完了。今日はどうしようか……」
「あ、私甘味処に行こうと思うんだけど一緒にどう?」
「ん、まぁ特にやりたいこともないし、一緒に行こうか」
「せっかくの旅行なのになにもやりたいことないの?」
「出不精なもので」
「あーうん。なんとなくわかるわそれ」

だろうね。いつも美核が誘ったり買い出しに行く以外で外に出るのは月に一回あればいいほうだからね。なんて思いながら僕は財布やらいろいろと準備する。
と、バッグからあるものを発見する。忘れていたわけではないけど、そういえばまだ渡してないんだよね……

「あ、美核。これをどうぞ」
「ん、これって?」
「簪だよ。あの雑貨屋で換金してる時に見つけたんだ」
「へぇ……開けても?」
「どうぞどうぞ」

興味深そうに箱に入ったそれを取り出して見た美核は、嬉しそうに顔を輝かせた。うんよかった。買った甲斐があったね。

「綺麗ね。ありがたくもらうわよ。……あ、じゃあちょっと待ってて」
「うん?まぁいいけど……」

ちょっと待ってて、ということはつまりそういうことなのだろう。さてさてどうなるかな……と楽しみにしながら僕は美核から視線を外して準備に戻る。
……とりあえず、美核の準備が終わる前に彼女を見るのはあれだし、ゆっくり時間をかけて準備をするとしよう。

「……はいっ、お待たせ空理っ!」
「意外と早かったね……っと、うん、似合ってるよ。買った甲斐があったってもんだ」
「ありがとう。大切にするわね」

のんびり準備をしているうちに声がかかり、終わったようなので彼女の方を振り向いてみると、そこには早速僕の上げた簪を使って髪をお団子にまとめた美核の姿があった。
素直な感想を言ったところ、彼女は嬉しそうにはにかむ。

「さて、こっちも準備が終わったことだし、早速出かけるとしますか」
「そうね」

ということで、僕と美核は一緒に甘いものを食べに宿を出る。
……途中でライカやククリスさん、ラキなんかに出会ってニヤニヤされたことは……言うまでもない。


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「はい、きんつばと最中、どら焼きに芋羊羹お待ちどうさま!」
「よしきたっ!」
「じゃあ、いただきまーす!」

甘味処でお茶をすすりながら美核のリクエストがやってきたので、早速いただくことにする。
全部美核のリクエストだったとは言え、もちろん僕も和菓子を食べる。と言っても、芋羊羹を半分いただくだけだけど。

「本当にそれだけでいいの?よければ他のも分けてあげるけど……」
「うん、これで十分だよ。正直な話、あんこはあまり好きじゃないからね……食べられるのはこれだけなんだ」
「そうなんだ……もったいない」
「ま、人の好みはそれぞれということで」

と話を区切ってから僕は一口サイズに切られた羊羹を頬張る。

「うん、甘くて美味しい」
「こっちも餡がいい感じの甘さで美味しい〜!しかもふわっと来る!」
「来た甲斐はあったようだね」
「うん!十分!……そういえば、空理って結構お菓子とか食べてるけど、和菓子だとなにが好きなの?」
「そんなに食べてるわけじゃないけど……そうだね、和菓子だったらこの芋羊羹とか……金平糖、御手洗団子、煎餅……そしてなにより、和三盆が好きだね」
「和三盆って、また高級なものを……」
「あ、やっぱり知ってた?」
「ライカさんのとこでたまに見るだけよ。ただの砂糖菓子にしては高すぎるから買ってないわ」
「それは惜しいことをしてるね。あれはとても美味しいのに。あのふわっと溶ける甘みは病みつきだよ。そっか、ライカのとこにあるのか……今度見に行ってみようかな……買った時は一緒に食べようよ」
「まぁ……そうね。空理が買ったらね」
「おっけ。見つけたら絶対に買ってこよう。あ、話は戻るけどカスタードクリームの入ったやつならたい焼きとか人形焼きもいけるよ」
「あー、たしかに中身あんこじゃなくなるもんね。……そういえば、たい焼きとかの生地ってどうやってつくるのかしら?」
「ん?ホットケーキとかと変わらないんじゃないかな?小麦粉と砂糖、あと重曹で作るんじゃない?まぁ分量に関してはからきしわからないけど」
「………………」
「ん?どうしたの?」
「いや、なんであんたそんないろいろと知ってるの?」
「それは美核の言うことかな?君の方が知ってることが多いだろうに」
「いやそれは昔いっぱい図書館通ってたし……でも、空理ってなんかそういう勉強してるって感じが……」
「えっと、それは貶してるのかな?」
「うん」
「酷ぇ……」
「いや、冗談冗談ただ空理のイメージ言っただけだよ」
「ならいいけど……」

と、誰に邪魔されるわけでもなく気ままに他愛もない話をしながらゆっくりと菓子を食べていく。
二人っきりの暖かい安らかな時間。……の、はずなんだけど……

(ん〜……見られてるのかな?これは)

甘味処に着いてから、かそれより前からか、どこからか視線を感じているのだ。
こんなところで恨みを買うようなことはしてないし、僕たちをこんな監視するようなことをする人間には一人しか心当たりがない。しかもそいつだったらすぐ神奈さんとかでわかるだろうし……
ん〜、と考えようとするが、今重要なのは美核とのお喋りとお菓子だ。とやめておく。
ま、なにかあったら何とかすればいいだろう。
どうでもいい。これに限る。
なんて結論を出して僕はあっさりと思考を放棄して美核とのお喋りを楽しむのであった。


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さて、いい感じにお菓子を全部食べて今度は食後の運動の散歩かなぁなんて話になったんだけど……

「ん〜、美核のやつ遅いなぁ……」

美核は先にお手洗いを済ませると店のお手洗いを借りに行ってるため、僕は彼女が出てくるまで近くの店を見て回っていたのだけれど……
いっこうに美核が店から出てくる気配がない。
ふむ、長い方にしても遅すぎる時間だと思うんだけど……何かあったんだろうか?
気になったので店の方に戻ってみると、案の定、なにやらトラブルが起きていた。
店の中で美核が三人の柄の悪い男に絡まれているのだ。
なにやら美核は美核で文句を言ってるみたいだけど、男たちは聞く耳を持ってない。
ま、これは助けにいくべきだろう。

「んー、こういう時はどうするんだっけ?」

自然にそんなことをつぶやきながら、僕はどこからともなく本を手元に出現させる。自分の知識、想像の本化である。まぁ別にこれを出したからって自分の記憶がなくなるわけじゃないけど。

「えーっと、脅すのにちょうどいいのはぁっと……」

怒るわけでもなくペラペラとページを流して見ながら、僕はいい手がないか思案してみる。
脅しっていっても僕自身はそこまで恐怖を与えるような見た目じゃないから、言葉だけじゃダメだろうなぁ……
敵でもないし面白そうな人でもない。ただの興味の湧かない他人だし、心の底からどうでもいいからやっちゃってもいいんだけど、それやると美核に嫌われちゃいそうだし……

「まぁ、とりあえずこれでいこうか……」

そう言って僕は使う文章の頭を指でつついて本から切り離し、世界に溶かしていく。
やっぱり本を作ってる一人としては文章が欠けるのってなんか抵抗があるなぁ……まぁだからメモに文章写して使うことが多いんだけど。
頭痛によるちょっとした倦怠感を感じながらも僕は本を消して代わりに少し大きめの布を……風呂敷を手に持つ。これで準備も完了。話を聞く必要もないし、一石二鳥だね。

「じゃあ行きますか」

そうつぶやいてから、僕は店の中に入り、そして美核に声をかける。

「美核さんや、遅いから様子を見にきたんだけどトラブルかい?」
「あ、空理……ごめんちょっと絡まれちゃって……」
「あ?お前こいつのつ……」
「“ふぁんふぁんくろす”〜」

美核に絡んでいた男の一人が何か言おうとしてたけど、その言葉がなにかわからないうちに男たちは三人とも僕の持っていた風呂敷に包まれ、そして消えた。
男たちを包んだ風呂敷はというと、なにかを包んで入れているように端が縛られ、手のひらサイズまで小さくなって僕の手元に収まった。
柄の悪い男たちが女性を囲んでいる、という状況に緊張の糸が張って温度の下がっていたいた場の空気が、さらに冷えたように感じる。

「え、空理……?なにやったの?」
「なにって……お片づけだけど?邪魔だったでしょ?」
「いやまぁ、そうなんだけどさ……」
「あー、店員さん、すみませんね営業の邪魔みたいなことして。すぐに出てきますんで勘弁してください」

僕の言葉を聞いて、店員さんは、あ、いえそんなことは……とかなんとか言ってたけど、このままここにいるとめんどくいことになりそうなので美核の手を引いて僕はすぐにお店をあとにした。
大通りに出ると、やはり温泉街……観光客が多い場所だからかたくさんの人で賑わっていた。

「……で、結局あんたは何をしたのさ?」

人ごみに紛れて空気が落ちついたのを見計らって、美核が質問する。まぁこれといって後ろめたいことじゃないし、簡単に説明してしまおう。

「えっと、“ファンファンクロス”っていうある物語の能力を再現して、このちっちゃくなってる風呂敷の中にさっきの男たちをしまっちゃいました。って感じだね」
「……助けてもらったからあまり文句は言えないんだけどさ、空理の行動が突然過ぎてかなり驚いたわよ……」
「まぁ、あそこで説得とかするのめんどくさかったし」
「まぁ、たしかにね……私も説得できなかったし、なによりあいつら話を聞く気がなかったからね……」
「なるほど、話を聞く気がなかったのはお互い様か……あ、ちょっとここで待っててくれる?しまったこいつら捨ててくるから」
「あ、うん。わかった。そこの角でいいのかな?」

わかった。すぐ終わせてくるよ。と言って、僕は美核と別れ、少し暗めの小道に入って行く。
さてと、解放した時に襲われたら困るけど、どうしようかなぁ……時間はかけられないし、気絶させるだけでいっか。
風呂敷の中で喚いているであろう男たちに、聞こえるかどうかわからないけど、僕は囁く。

「……運が良かったね。どこも欠けずに解放されるなんて。でも、次はないからね?」



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辺りは、見渡す限りの緑。
無論、色の意味ではなく、自然という意味での緑だ。
現在僕たちがいるのは街から少し離れた竹林である。と言っても、獣道を探して通ってるとかそういうのじゃなくて、普通に整備された道を散歩しているだけだ。街の方は結構回ったし、少し外を回ってみようか、という話の流れでここにいる。

「ん〜!やっぱり緑に囲まれた場所っていうのは落ち着くわね〜」
「まぁ、ラインには北通りにしかないもんね。しかもだいたい針葉樹だし」
「空理の故郷はどうだったの?こういう場所はあった?」
「なんで僕の故郷の話に……?」
「君があまり自分のことを話さないから、気になっただけ」
「ああ、なるほど……そうだね、あるにはあったかな。森林みたいな場所なんだけど、実際には人が手を加えて保護してるんだ」
「人が手を加えて森を保護してるの?」
「そう。逆に言うとそうしないと自然がなくなってしまうような場所なんだよ、僕の故郷は。まぁ、そうはいってもそれは都市部とか開発された場所だけの話なんだけどね。ちょっと遠出をすればここみたいな自然の多い場所もあるよ」
「えーっと、ごめん。私から聞いておいてなんだけど、ちょっとよくわからなかったわ。要するに?」
「一番近いのは、やっぱりラインかな?誰もいじることのない森林はあるけど、それ以外は道に整備されてたりするだろ?」
「ん〜、なんとなくわかった、かな?」

ちょっと誇張して行ってる気がするけど、まぁそんな感じの世界だよな、あそこは。
しかし竹林かぁ……懐かしいな。部活のメンバーと一緒に旅行に行った時にサバゲーもどきやったっけなぁ……文芸部なのに。

「ははは……懐かしいなぁ……」
「懐かしいって、なにが?」
「ん?昔ね、故郷の仲間と一緒にこんなところに来たんだよ」
「故郷の仲間って、立宮先輩……たち?」
「いや、あの頃はもう先輩はいなかったよ。あの人は……卒業してたから」
「…………」
「どうかしたの?」
「いや、まさか空理が立宮先輩以外と出かけたりしてたのが意外で……」
「うわ酷いなそれ……あの頃は僕はちゃんとみんなと仲良くしてたんだよ?」

……無論、“僕は”、なんだけどね……
なんて心の中だけでつぶやいていたのだが、ふと視界に明らかに自然のものではないものが写った。

「ん?あれは……」
「看板……かな?」

看板というより立て札だけど、道の端に木でできたそれがあった。
よく見ると、その立て札の脇には小道があるように見える。
なにが書いてあるのかな?なんて興味を持って美核が小走りに立て札を見に行ったので、僕もその後ろをついてゆく。

「なんて書いてあった?」
「えっと、足湯?とかなんとか書いてあるんだけど……」
「足湯かぁ……またこんなところにあるなんて珍しい……」
「そうよね。普通は街中だったりにあると思うんだけど……」
「もしかしたら天然物だったりして。いやまぁだったら普通に温泉にしろよって話だけど」
「出てくる量が少なくて足湯にするしかなかったとか、そんな感じだったりして。ねぇねぇ空理、ちょっと入ってみない?」
「うん?まぁいいけど……」

タオルとか拭くもの持ってきてないんだけどな……と考えていると、じゃあ決定!と美核はさっさと小道に入って行ってしまった。

「……まぁ、どうとでもなるか」

取りに戻るには時間がかかりすぎるし、仕方が無い。と諦めて、僕も小道に入って足湯のある場所に向かうのだった。


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「ふゆぅ……足がぬくい……」
「だねぇ……湯加減もちょうどいいし、来てみてよかったよ……」

足湯のある場所は小道に入ってからすぐの場所にあった。
雨が降っても大丈夫なように簡単な小屋状の囲いを作ってあり、下履きを脱いで置いておく場所もあった。旅路の疲れを癒すために入るにはいい場所に違いない。
まぁ、それにしては人が少ない場所だけど。というか、僕たちだけの貸切状態だし。

「ん〜、やっぱり人が少ないね」
「まぁ、その分ゆっくりできるし、いいんじゃない?」
「まぁね〜」

……そういえば、美核が御手洗いに行っている時に小耳に挟んだのだが、ここ最近ゴロツキが集まって旅人を襲ったりすることがあったらしい。そのことと関係あるのかな?なんて考えたけど、美核を不安にしかねないので言わないでおく。まぁ、襲われてもなんとかすればいいし。

「足がじわじわ温まるなぁ……」
「寒いの苦手な空理としては嬉しい感じかな?」
「そうだね〜。まぁ僕の場合は暑いのも苦手だけどね」

なんてゆるーく温まって談笑しながら、僕は美核のことをちらりと見る。
ん〜狙ったわけじゃないけど、美核に簪を渡したのはいい効果が出てるなぁ……
簪を身につけてる美核は、昨日よりも、一昨日よりも、きちんと美核であると認識することができるのだ。
……あの人は、そんなものに気を使わないからなぁ……
しかしあれだね、自分のプレゼントを使ってもらえるというのは、思ったより嬉しいものだね。
そしてなにより……着物姿の女性のうなじが見えるというのは、またいいものだなぁ〜……

「どうしたの?じっとこっちを見て?」
「ん〜、簪、やっぱり似合ってるなぁと思って」
「そ、それは……ありがと」

何というか、自分で言っておいてあれだけど、さっき僕の口から零れた言葉に、少し驚いた。
少し前までなら、そんなこと言ったりするわけなかったのにね……
やっぱり、僕はきちんといい方向に変わっていってるんだね……

「さて、十分温まったし、そろそろ上がりますか」
「そうね……あ……」
「あっ、ってもしかして……」
「濡れた足を拭くもの、持ってきてなかった……」
「……だと思ったよ……ちょっと待ってなさい」

予想したとおりだったので若干あきれながらも、僕は紙と黒い塊を出して“タオル二枚”と書いてそれを出す。

「ほい、これで拭いちゃって」
「ん、ありがと」

まぁやっぱり慣れというものは恐ろしいものだ。なにもないところからタオルが出てくるなんて普通なら驚くべき異常事態なんだけど、すでに彼女は僕の魔法を何回も目にしているため、自然に状況を飲み込んで対応していた。

「ん〜」
「どうしたの、そんなに唸って?」

足を拭きながら、美核は考え事をして唸っているようなので、声をかけてみる。

「いやさ、さっきの見てさ、なんかおかしいなぁって」
「いったいなにがさ?」
「空理のその魔法って、“本に書いてあるもの”を現実に呼び起こすんでしょ?でもさ、さっき出したタオルってさ、“ただの紙に書いた文字”で出してるじゃない?」
「ああ、なるほどね。たしかにそう考えるとおかしいことになるね。あ、拭き終わったらタオル回収ね」

足を拭き終わって、二人とも履物履いて移動できるようになったので、タオルを回収して魔法を解除。タオルは黒い何かになって消えてしまった。
それから、話の続きは歩きながらにしようか。と提案しながら、美核より先に準備を終えて立っていた僕は、座っている彼女に手を差し伸べて繋ぎ、引っ張って立たせてあげた。

「よっと、ありがとね」
「はいはい、どういたしまして。じゃ、話の続きだ。美核は、“オーサー”っていう単語の意味は知ってるかい?」
「ううん。何のことやらさっぱり」
「まぁ、この世界じゃ仕方がないか。オーサーを簡単に訳すと、“作者”って意味になるんだ」
「作者、ねぇ……だから本が関わるってわけかしら?」
「そんなところだね。と言っても、それは正確な言い方じゃないけど」

小道を出て、僕たちは竹に挟まれた砂利道を歩いてゆく。

「美核はさ、本の作者と言ったら何を作っている人だと思う?」
「本、って答えても、どうせ正解じゃないでしょ?そんな聞き方するなら」
「本と言っても一応正解ではあるんだけど、それだと完全ではないんだよね。便宜的に僕は本って言っているけど、正確にはその中身、知識であったり物語であったりが本の作者が作ってるものなんだよ」
「……屁理屈な気もしないではないけど、まぁ確かにそうよね。つまり空理は、オーサーっていう魔法は、何かの物語や知識を現実に呼び起こすものだ、って言いたいの?」
「そういうこと。だから僕は“体を拭くための吸水力の優れた布製品”という知識をタオルという単語に込めて現実に呼び起こすことができたんだよ。一つの言葉に当たり前の知識が込められて説明を省略されることは、物語にはよくあることでしょ?」
「なるほど……ん〜、しかし難しいわね。理解し難いわ……」
「魔法なんて理解するようなものじゃないさ。そういうものだって認識しておけばいいんだよ。理屈じゃ説明がつかないものなんて、たくさんあるだろ?」
「……ま、そうね」
「ということで、これで説明はおわりっ!……久しぶりに真面目に頭を働かせたから痛くなってきた気がするよ……」
「あははは……お疲れ様。でも、なんていうか空理ってものを説明してる時少し生き生きとしてるよね」
「そうかなぁ……?」

話をしているうちに、いつの間にやら街の手前までやってきていた。そんなに距離があるわけではないけど、やはり話していると時間の経過が早く感じるものなんだなぁ……もういい時間だし、旅館に戻ろうか……

「うんうん。昔私が空理に字を教わってた時も、空理楽しそうだったわよ?」
「そうかなぁ……?まぁでもある程度覚えたら美核は図書館の方に通い詰め始めて僕から教わらなくなったけどね」
「あ、あれは……えと……というか、空理教えるの好きなら先生になればよかったのに」
「ん〜、それはないね。意識するほど好きなわけではないし、なによりマスターのところで働く方が居心地よかったし、性にあってたからね」
「そっか」
「……さて、話は変わるけど、ラインに住み始めてから初めて故郷のジパングに来たわけだけど……どうだい?」
「うん、楽しいわよ。私の故郷はこんな場所だったんだって、いろいろ知ることもできて嬉しいわ」
「それはよかったよ」
「特に今日はとても楽しむことができたわ。といっても、それはジパングとか、そういうのとは関係ないかもだけどね」
「ふぅん、そうなんだ……」

わからないふりして頷きながら、僕は思う。
たぶん、僕も同じものを感じている。
ただ一緒にいて、歩いて、なんでもないようなことを話して……なんでもない普通のことを一緒にやっているだけのことが、すごく幸せに思えた。
きっと美核も、同じようにこの暖かな気持ちを感じているんだろう。
……願うのであれば、これから先も、こんな気持ちを感じていきたいな。なんて、機嫌良さそうに微笑む美核を横目に見ながら僕は思うのだった。




でも……




あの時の僕は、失念していた。ライカのことや、自分自身のことを。
……まだ、僕の背後には、暗く濃い影がつきまとっている。
そのことを僕は、忘れていたのだった。
……ソレが始まったのは、翌日早朝のことだった。

「うう、さぁっぶい……なんでこんな早くにこんな場所に……!」

美核と一緒に部屋に戻り、夕食を孤児院の子供たちのいる大部屋でみんなと一緒に食べている時に、ライカが……

『ちょっと頼みたいことがあるんだけどね、明日の早朝にこの街の近くの足湯の場所にきて欲しいんだ……内容は……まぁ、あっちに行けばわかるよ』

なんて言ってきたのだ。
何かがあるのは明白なのだが、断ってもどうせライカの好きなようにことを動かされるんだ。いくしかあるまい。
と、そんな感じでここに来たわけなのだが……

「やっぱり人はいないな……」

ここに立ち寄るような人どころか、ライカもここにいない始末だ。
まったく、呼び出しておいてなんなんだよ……
……とりあえず、寒い。

「……足湯で温まってるか……」

もしかしたら、ライカも中にいるかもしれないし、と考えて、僕は足湯のある小屋に入る。
下穿きを脱いで置き、足湯の方を向いて……


そして、時間が止まったような感覚が生じた。


僕の向いた先には、人が一人いた。

しかし、ライカではない。

髪の色は、白ではなく、黒。

黒の、長髪。

まるで漆のような、艶のある、綺麗な黒。

体の線は細く、体型から女性だとわかる。

服はなんでもない、ジパングでは普通の和服。

旅の女性が足休めにここを訪れた。そう考えるのが自然だろう。

でも、僕はそう考えることはできなかった。

そう考えるには、あまりにも、その女性の後ろ姿に見覚えがあり過ぎた。

言うなれば、毎日顔を合わせる、彼女によく似たもの。

いや、彼女であればどんなによかったか……

それは、よく知っていて、しかし約3年間、まったく見るのことのなかったものだった。


「……おや?思ったより早く来たね?もうちょっと遅く到着すると思ったんだけど……」
「……まぁ、時間に余裕を持っておきたいと思ったんで……」
「そっか、そうだったよね。“君は昔からそうだった”。遅刻なんて一回もしたことがなかったっけ」


ふと、彼女も僕に気がついたようで、こちらを振り向いて話しかけてきた。

髪と同じように黒い瞳は澄んでいて、いろんなことを見透かしているように感じさせる。

顔も、体型も、おそらく魔物と言われれば信じられるほどに美しい。

そして僕は、そんな彼女のことを知っている。


「やっほー“くー君”。久しぶりね」


僕の目の前には、僕が日本にいたころの高校の先輩、立宮 美核がいた。
13/01/24 12:15更新 / 星村 空理
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■作者メッセージ
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
ついに……ついにきました(美核にとっての)ラスボス、立宮先輩!
話の流れから彼女の登場を予想していた方は多いと思いますが、驚いてもらえたらいいなぁ、なんて。
そして今回のメインは星村と美核のデート!
と言っても、この駄作者本人には恋愛経験など皆無なんでこんな感じでいいのかわからないのですが……
これじゃないと感じさせてしまったら申し訳ありません……
デートよりその前のほうがニヤニヤできた方も多いかも、ですね……
……反省はここまでにしましょう。
さてさて、次回は立宮先輩とのデート?とついに空理と美核、そして立宮先輩との関係に決着です!
と言っても終章完結まであと二話ほどかかるのですが。
では、今回はここで。
次回も楽しみにしていただけたら嬉しいです。
では、星村でした。

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