連載小説
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アップルジュース
月は変わって二月。寒さも絶好調なこの月の朝、ライカ邸の前にたくさんの人が集まっていた。

「よし、じゃあ人数確認するけど、面倒だから各枠組みごとに確認するよー。じゃあまずアーネンエルベ」
「うん、僕、マスター、美核、全員揃ってるよ」
「次、方丈家」
「あはい、全員揃ってますが、まだ籍いれてないんで方丈家じゃないですよ〜」
「関係ないよ。はいククリス君〜」
「孤児院側も子供たちを含めて全員いるよ。でもこんなに人数いて大丈夫なのかい?」
「大丈夫大丈夫。はい次ファルロス家」
「僕たちもまだ籍入れてないですよ。全員揃ってます」
「さっさと入れてね〜。リース君」
「こっちも全員……と言っても私とジルだけだけど、いるわ」
「おっけおっけ。じゃあルーフェ君、ラキ君」
「いるわ。というかなんでひとくくりなのよ」
「どうでもいい。じゃあラスト。しゃ……凍丸君と、神奈」
「いるわよ〜」
「ライカさん、それ絶対わざと間違えかけてますよね……ちゃんとバッチリ準備してきましたよ」
「よし、全員いるね」
「なんていうか、レギンスさんちが来れないのが残念よね。レンカちゃんと親子で温泉行けたのに……」
「まぁ、都合が合わないんだからしょうがないさ」
「で、人数確認はしたけど、いったいどうやって移動するのさ?歩き?それとも神奈さんの転送魔術?」
「いや、どっちでもないよ」
「……?」

人数の確認をした後、移動方法を聞いたのだが、予想とは違ったライカの回答に、僕は首をかしげた。

「まったく、旅行っていうのは、船旅なんかを楽しむことも含めるだろう?なのに転送魔術陣なんて無粋なもの、使いわけがないじゃないか。だからと言って、歩くわけでもないけど」
「じゃあどうするのさ」
「まぁ、すぐにわかるよ。とりあえず、マスター、ククリス君、星村、ついてきてくれるかい?」
「わかった」
「ああ……そういうことね」
「?あ、うん。了解」

なにがなんだかわからないけど、とりあえずライカについていく。
向かうのは、屋敷の中。
いったい、なにを準備して……

「……おいライカ」
「なんだい?」
「もしかして、これを?」
「うん、そういうこと。できるでしょ?」
「……まぁ時期的に取ってたからいけるにはいけるけど……」
「じゃ、お願いね」
「僕はこっちでいいのかな?」
「うん、孤児院側はそっちでお願い」
「了解了解」

そんな会話をしてから、僕は四台用意されているソレに乗り込み……そして、エンジンをかける。
一台目はライカ、二台目はマスター、三台目は僕、四台目の大っきいやつはククリスさんが運転する。
前のマスターについていくように、僕も前進させ、みんなの前にその移動手段をお披露目する。

「うわ、なにこれ凄いわね……」
「な、なんでこんなものがここにあるんですか!?」
「ふむふむなるほど、魔導四輪か。なかなか珍しいものを引っ張ってきたな」

全員がそれぞれ違った反応を見せながら注目しているそれは……この世界でいう魔導四輪。つまりは魔力で動く車だ。
しかも、3台がワンボックスカーで残り1台がバスっていうね……
とりあえず僕は、みんなに、誰の車に乗るか相談するように、と車に降りて伝えるライカのとこへいき、話しかける。

「ライカ、ちょっと話あおうか」
「なんだい?」
「なんでこれを用意したし」
「旅行と言ったらこれかなぁって」
「お前はどこの現代人だ。あとこれ整備されてない地面走って大丈夫なの?」
「うん、交易用に道があるし、悪路でも走れるように治樹君がいじってくれたから大丈夫だよ」
「うわぁお……」

なんというか、なんて用意周到な……

「ちなみにバスの方はマスター達がお墓参りに行ってる時に毎回使ってるものだよ。お墓に行ったあとは、他の場所では本当は預かれない子達を回収しに行ったりしてるからね」
「さいですか……」

いや、墓参りで一週間はおかしいと思ってたから疑問はないけど、なるほど、だからマスターとククリスさんが呼ばれたのか……

「あなた〜一応決まったわよ〜」
「ん、了解。じゃあいきますか。向かうのはアリュートだから、とりあえず僕の車両についていけば大丈夫かな」
「ん、わかった」

とりあえず、運転席に戻って人が乗り込むのを待つ。
僕の車両に入ってきたのは、美核、ルーフェさん、ラキ、ルシア君、フィスちゃん、アーシェさんの6人。この車両は8人乗りだから、まぁそこそこのこみようかな?

「さてと、じゃあ行きますか……」
「へぇ、空理こんなの動かせるんだ?」
「まぁ、一応故郷で資格取ったしね」
「そういえば、星村さんの故郷ってどこなんですか?」
「え?異世界だけど」
『は?』
「僕の世界では日本って言う場所だね。この場所で雰囲気が近いのは、やっぱりジパングかな?かなーり前の時代になるけど」
「いやいやいやいや、え?ちょっと、異世界って、本当に?」
「ええ、そうですよ。ラインの特性を考えればそれほどおかしいことじゃないでしょう?」
「いやまぁそうだけど……うん、なんというか、あんた今までずっと自分について話そうとしなかったわよね……」
「でも、なんとなくこれで星村さんが普通とは変わってるのに納得がいったような気がしますね……」
「それは、異世界の人はみんな変人だと思ってるってことかな?それとも文化が違うから僕が変わって見えるってことかな?」
「あ、変人だってことは否定しないのね」
「まぁ、それは今更な話じゃからの。前々から否定しておらなんだし」

と、全員乗り込むなりすぐさまそんな感じで雑談に興じながら、僕たちは港町“アリュート”に向かうのだった。


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「さて、とりあえずアリュートの到着だね」
「うぅ……んっ!ふぅ。なんというか、すっごく早くついたわね」
「まぁ、それが車の役割だしね。で、ライカ、これとかはどこに置いておけばいいんだ?」

アリュートに到着して、あとは船の出港時間まで自由ということなので、みんなそれぞれのグループで時間を潰しにいった。
しかし、僕たち運転手と、美核や神奈さんなどの一部の人は車を止めた場所にまだいる。というのも、やっぱり車をその場に放置していいのか迷ったからだ。駐車場なんてあるわけないし、ほんと、どうするんだろ……

「ああ、うん、とりあえずまた少し移動するんだけど……」
「あ、おーい、ライカ君、いらっしゃ〜い」

ライカがなにか言いかけるけど、少し離れたところからの声にインターセプトされてしまった。
声の方向を見ると、そこには……水槽が、こちらに向かって来ていた。

「あのさ空理、私、目、おかしくなったかな?」
「いや、大丈夫だと思うよ、僕にも同じものが見えるから」

とりあえず、アレがなにかは置いておいて、僕たちはコロコロ近づいてくる水槽を待った。
水槽はガタガタと危なっかしく揺れて、あわわわわ、のわふぅっ、などという変な声をあげながらもきちっと僕たちの前で止まった。

「……ライカ、これはお前の知り合いか?」
「ああ、うん。彼女はイーリス。この街の領主だよ」
「はじめまして〜。シービショップのイーリスです。この街の領主兼アリュートギルドのマスターをしてます〜」

そういいながら水槽からパシャンっ!とそのイーリスさんと言うらしい人が顔を出して挨拶をしてきた。
とりあえず、こちらも挨拶をしておく。

「はじめまして、星村です」
「美核です。はじめましてイーリスさん」
「……よろしく頼む」
「ククリスです。こちらは……まぁ、マスターと呼んであげてください」
「は〜い、皆さんよろしくね。そして今日はうちへの依頼ありがとうね〜」
「依頼?」
「ああ。アリュートギルドは主に船の運航を取り仕切っているところなんだ。今回の旅行は彼女のギルドに頼んで船を出してもらう。さてイーリス、車を置く場所、案内してくれるかい?」
「はいは〜い。じゃあ車動かしてついて来てね〜」

そう言いながら、彼女は不意に右手を水槽から出して、くるくると円を描くように指を振る。すると、青い魔力で作られた道が空中に出来上がり、イーリスさんは同じく魔力で作ったスロープを登って道の上に乗った。……正確には、イーリスさんじゃなくて彼女の入った水槽が、だけど。というか、最初からそうやってこちらに来ていればよかったんじゃ……?

「あ、そうだ。美核ちゃん、車を止めたら少しついてきてもらってもいいかな?星村、少し彼女を借りてもいいよね?」
「あはい、いいですけど……」
「美核に用事?珍しいね。なにをするんだ?」
「いやね、ちょっと会わせたい人がいてね……」

会わせたい人?美核に関係あるのかな?そしたら……ジパング関係の人だろうか?
思うところはあったけど、イーリスさんが早くしてください〜。いっちゃいますよ〜?と急かしてきたため、とりあえず僕は車にのって駐車場に向かうのだった。


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とりあえず、イーリスさんの案内で駐車場……という名の大型倉庫に車を置いていった後、美核に行き先を告げて僕は本屋の中をうろうろしていた。
とは言っても、ライカに頼んでおいた向こうの本が届いたら本棚すべて埋まっちゃうんだよなぁ……
新しく買うことを考えようかな……?
……本というものは非常に便利である。そこに筆者の心、または世界の知識を、読むだけで吸収することができるからだ。これを通して僕は、先輩から教わった“基準”をさらに発展させて、よりエラーの少ない人格となることができた。
……それでも、いくらその系統の本を読んでも、理解できなかったのが、恋愛という感情である。
僕が一度壊れたあの日から、少しだけ理解できたような気がするが、それでもまだ、足りない。言葉では表せない何かが、エラーを引き起こしてしまうのだ。
……早く、彼女のためにもこの問題をどうにかしたいものだ……

「お、いたいた。空理、お待たせー」
「ああ、話し終わったんだ?いったい誰に会ってきたんだい?」
「えと……なんていうか、私と縁の深い人……だったかな?」
「へぇ〜」

縁の深い人か……妖狐だったり、稲荷だったりかな?もしかして美核の母親だったり……?

「そんなことよりさ、ライカさんからチケットもらったんだけど、ちょっと行ってみない?」
「うん?まぁいいけどいったいなんのチケット?」
「ピアノコンサートだって。この街の中央のホールでやるらしいよ。船がでるまで十分余裕があるから空理と行ってきたらどうだいって」
「ピアノコンサートか……」

ライカめ……悪趣味なものを寄越したものだ。
まぁ、あいつが知らないで送ったという可能性もあるだろうが……いや、ないな。あいつがこうやってちょっかいかける時はいつだって企んでたんだ。知らないわけがない。
まぁいい。せっかく美核といっしょに聞きにいけるんだ。少しくらいあいつの思惑に乗ってやるとするか。

「あ、もしかして苦手だった?」
「いや全然。時間は……ああ、今から行けば十分間に合うね。じゃあ行こうか?」
「うん!」

手を差し出すと、美核は嬉しそうに手を繋ぐ。
とりあえず、美核の嬉しそうな顔が見れて僕は幸せです。


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「うわぁ……ここ、すごくよく見えるね〜」
「ライカのやつ、なに二階席取ってんだか……」

アリュートの中央に位置する大規模多目的ホール、歌劇場“ハーモニア”、今回のピアノコンサートの会場ホールの二階席に、僕と美核は座っていた。

「ん?なにかマズいことでもあったの?」
「いや、そんなにないかな?ただちょっと個人的な事情があってね……」
「高所恐怖症とか?」
「大丈夫、僕馬鹿だから高いところはむしろ好き」
「高いところが好きなのと馬鹿なことって関係あるの?」
「一部地域ではそのようだよっと、そろそろ開始の時間だね」

話していると、ホール客席側の照明が落ち、暗幕が上がった。
なんとか話題をすり替えてやり過ごすことのできた僕は、若干ホッとしながら美核といっしょにピアノの音色を楽しむことにする。
曲のチョイスは主にクラシック。らしいが、音楽についてはあまり学のない僕がわかった曲は、「月光」であったり、「エリーゼのために」であったりと有名な数曲だけである。
というか、この世界にも僕の世界の音楽というものがあるんだなぁ……いや、ラインが異世界貿易街であるからして、さほど不思議なことではないが。
……しかし、ピアノコンサート、か。懐かしい……

『……不思議に思った?私がこんなところに来て?」
「……別に不思議でもなんでもないですよ。人の趣味は人それぞれですからね……」
「……え?」

聞き慣れたようでここ3、4年は聞いていない幻聴に無意識に答えてしまってから、僕はしまったと後悔する。
美核の方を振り向いて見ると、彼女は不思議そうな顔で僕の顔を見ていた。
その髪が、その瞳が、一瞬、ほんの一瞬だけ……漆のように艶のある黒色に見えて……

「……ごめん。どうやらまだ過去を引きずってるみたいだから頭冷やしてくる。すぐ戻るよ」
「え……?あ、うん……」

自己嫌悪。僕は席を立ち、お手洗いに向かうことにした。


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顔を洗い、濁った意識をはっきりさせる。

「……はぁ、なにやってんだよもう……」

よりにもよって、美核の隣であの人のことを思い出すなんて……いや、美核が隣にいたからこそかもしれない。が、それでも最低なことには変わらない。
気をつけないと。また彼女を泣かせないように。

「……よしっ!」

二度ほど頬を叩いてから僕はお手洗いを出た。
と……

「あ……」
「頭は冷えた、空理?」

僕が出てくると、出口付近で待っていた美核が声をかけてきた。

「美核……すぐ戻るって言ったのに……」
「向こうで話すにはちょっとマズそうなこと、聞こうと思ってさ」
「……あー、なるほど」

とりあえず、話すなら座ろうか、と近くにあった長椅子に僕たちは腰掛ける。
なんとなく美核の意図はわかった。ので、聞かれる前に吐いておくことにする。

「お察しの通り立宮先輩のことを思い出したんだよ」
「まぁ、あんたの過去、って言ったらそれくらいしか私にはわからないしね。で、もしかしてその立宮先輩といっしょに、しかも二階席でピアノコンサートを聴きに行った?」
「理解の早いことで……まぁ、ここは謝るべきだよね。隠し事してごめん」

あの事件は僕がずっと嘘をついたことで起きた。美核も、誤魔化されるのが一番嫌だと答えた。
だから誤魔化さず、はっきりと肯定する。

「まぁ、その通り。僕と先輩はコンサートを聴きに行ったよ。正確には、僕じゃないけど」
「あー、うん。なんとなくわかった」

案外すんなりと話を理解してもらえた。
先輩と実際に聴きに行ったのは、僕じゃなくてもう一人、オリジナルの方の星村空理だ。目的は、感情を生み出すこと。
当時ほとんどなにも経験したことのなかった僕に音楽なんかで伝わる感動と言うものを伝えたかったらしい。
……数少ない、先輩とのデートの記憶である。

「なんというか、君の隣で昔好きだった人のことを思い出すとか、最悪だよね……」
「さぁ?そういう一般的なことはわからないけど……私としては、ちょっと嬉しかったかな?」
「……え?」

美核の言葉に、僕は目を丸くする。
しかし、続く言葉を聞いた途端、僕の中で、何かが弾けたような、そんな衝撃が駆け抜けた。

「だってさ、それって空理が立宮先輩に恋をしてたってことでしょ?君にちゃんと恋する感情があるんだってわかったから、私は嬉しいよ?」
「……っ!!」

よく考えれば、その通りだった。
僕は立宮先輩のことが好きだった。おそらくは、美核に会う前から。
その感情は、恋ではなかったのだろうか?そんなことはないはずだ。だって、彼女に感じていたものと、今美核に感じているものは、同じものなんだから。

「……なんていうかさ、空理は自分に制限をかけすぎてるんだと思うよ。確かに、空理は立宮先輩に作られた人格なのかもしれない。でもね、それでも君は一人の人なんだよ?自分の足で立って、自分でいろんなことができるんだよ?感情を学んでないから使えないなんてことはない。空理の感じたことは、全部正しくて、なに一つ間違ってることなんてないんだよ」
「……うん、そう……かもしれないね……」

言われて、その言葉を反芻して、それが体に染み渡って……僕の中の凝り固まったなにかが、ほぐれて消えたような気がした。
重荷がなくなった、そう表現できる何かが、起きたような気がした。
僕は作られた人格だ。
それでも、一人の人間だ。
そうだ。
その通りだ。
わかってたつもりだった。気がついていたつもりだった。
でも、美核に言われてやっと、理解できた気がした。

「……ありがとう美核。いろいろと、楽になったよ」
「うん、役に立てたならよかったわ。って言っても、さっきの言葉はちょっとある人の言葉を借りただけなんだけどね……」
「ある人?」
「さて、話がひと段落したし、早く席に戻ろう!ほらっ!」
「あ、うん……っ!?」

話をはぐらかされたような気がしたが、まぁとりあえず立ち上がろう。と椅子から飛び上がった美核が差し出した手を掴もうとする。
が、手をつかむ一瞬前に、僕はまた美核に立宮先輩の幻想を重ねてしまった。

「どうしたの?」
「いや、なんというか……ごめん、まただ」
「……はぁ……解決したと思ったら、今度はこれかぁ……大変だなぁ
「え?なんて?」
「なんでもないわよ!ほら、いこっ!」
「うおっ!?」

美核にいきなり手を引かれ、前のめりに倒れそうになったが、なんとか体勢を整える。
そのまま僕は、美核に手を引かれてコンサート会場に戻るのだった。
なんか誤魔化された気がするけど、まぁ美核のことだ、そんなに対したことじゃあないだろう。
なにか大事なことを忘れたような気がしながら、僕はそう思うのだった。


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「うーみーはーひろいーなーおおきーいーな〜」
「つーきーがーのぼるーしーひがしーずーむ〜」
「なーに懐かしい歌歌ってんだよマサと星村さんはっ!」
「いやーなんというか」
「不意に思い出してね〜」

甲板で海を見ながら方丈君と懐かしい歌を歌っていると、江村さんがそんなツッコミをしてきた。
現在僕たちがいるのは船の上。ジパングに向けての船旅が開始していた。
ライカの話では、一晩寝て起きた頃には到着しているそうだ。
いやはや、外国まで一日たたずとは……この世界の法則がわからない。しかし、大きい船だよな……コンサートの一件といい、やはり金持ちは恐ろしいものだ。……別に安くても問題ないだろうに。

「あ、そうだ。方丈君、コレを一杯どうかな?」

そう言いながら、僕はバックから水筒を一本取り出す。

「えっと、それはなんですか?」
「りんごジュース。旅行中にみんなで飲もうかなって。どうだい?」
「あじゃあせっかくなんでいただきます」
「オレももらうぜ!ついでに他の連中にも配って行ったらどうだ?」
「そうだね。じゃあ人数分のグラスが必要だね……」

なんて言ってから、僕はバックを置いて中に手を突っ込み、今回の旅行人数分のグラスの入った箱というおおよそそのバックに入らないような質量のものを取り出した。

「え?星村さんそれ……」
「小華月印の四次元バック〜!あ、気にしたら負けだと思うよ?」

日常に若干のギャグ補正がなければ御都合主義なんて成り立たないからねー。なんてどうでもいいことを言って、とりあえず二人にグラスを渡してジュースを注ぐ。

「あ、ありがとうございます」
「どうも!」
「じゃあ僕は他の人たちに配ってくるねー」

二人にそう告げて僕は甲板にいる人たちを回っていく。
テベルナイト夫妻とマスター、ククリスさんはポーカーに興じていて、完全ポーカーフェイスのマスターと常時ギャグ補正な神奈さんがライカとククリスさんから点を搾取していた。
ジルさんリースさん、そしてジェミニさんと凍丸さんは子供たちと戯れている。おお天狗よ、飛んで子供から逃げるとはなさけない。休憩がてら飲まないかと提案してみると、凍丸さんは泣きながら賛成していた。まぁ、気持ちはわからなくはない。さすがに魔術解禁の鬼ごっこはなぁ……
フィスちゃんとアーシェさんはなぜか睨み合っていた。困った顔をしているルシア君に事情を聞いてみると、どちらが先かということで少しもめているらしい。何がとは言わない。ナニがだ。まぁそんな大事ではなく、じゃれあってるようなものらしいので、疲れた時にでもどうぞと三つ渡してきた。
方丈家の江村さんを除いた四人の嫁さんたちはどういうことか方丈君のところに集まるわけではなく、各々やりたいことをやっていた。どうしたことだろうと逆井さんに聞いてみると、どうやら旅行中は方丈君は全員の夜の相手を務めることとなったらしい。そのため、なるべく方丈君の負担にならないよう、取り合ったりしないで一人ずつ方丈君との時間を過ごして行こうとのことだ。まぁなんというか方丈君、頑張れ……なんて心の中で合掌しながら嫁さんたちにジュースを渡すのだった。
さてと、あと渡してないのは……

「っと、いたいた。おーい、ラキ!ルーフェさん!りんごジュースはいかがですかー?」
「あ、うん。じゃあいただこうかな?」
「350円になります」
「お金取るのかよ!」
「冗談冗談。ほいどーぞ」
「ありがと」
「さんきゅー。そういえば、お金ってどうするんかね?たぶん単位違うでしょ?」
「たしか、僕の知る時代だったら銭とか両とかいう単位だったはずだね。ふむ……わからんけど、まぁなんとかなるでしょ。現地で交換、とか?」
「なるほどね……」
「というか二人とも美核のこと知らない?粗方ここを回ったつもりなんだけど、まだ見つからないんだ」
「うーん、私たちも見てないわね……となるといる可能性があるのは船内の部屋か、または船尾の方か……かしら?」
「そっか、ありがとう。じゃあ探してこよっと……」

たしかに、この船は大きいし、まだ船尾の方までま見ていない。探しに行ってみるとするか……
ラキとルーフェさんと別れ、僕は船尾の方に美核を探しに行く。
しかし、なんでみんな行かないような船尾の方へいるのだろうか?いや、船尾にいるとは限らないが、船室にいても誰もいないのは同じだな。
一人になりたかった?または、誰かを探してた?
わからない。
まぁとりあえず、りんごジュースを一緒に飲みながら話を聞くとしよう。
なんて考えてから、さて、どこかね……?とあたりを見回していると……

『……あんまり、女の子を泣かしちゃ駄目だぞ、くー君?』
「っ!?」

不意に聞こえた声に、僕はビクリと反応して、即座に前後左右から上下まで、自分の周囲すべてを見回し確認した。が、誰も発見することはできなかった。
……いや、あの人なら声をかけてから発見されずに逃げ切ることは可能だろうな……
その声は、どうしようもなく聞き覚えがあって、もう二度と聞けるはずのないものだ。
だから、と僕は甲板の手すりに体を預けながら海を見て、波音に耳を傾ける。
だからきっと、波の音を先輩の声だと錯覚して幻聴を聞いたのだろう。

「ん、あれ空理?どうしたのそんなところで?」
「どうしたもなにも、美核を探してたんだよ。りんごジュース、みんなに配ってたんだけど、美核も飲む?」
「あ、うん。いただくわ」

はぁ、なんというか、ここまで引きずってるなんて、かなりの重症かな……?
なんてまた自己嫌悪してると美核の方から僕に声をかけてきた。やっぱり船尾の方にいたのか。

「というかなんでこんなとこにいたのさ?ジュースを渡すだけだったのに結構探す羽目になっちゃったよ」
「あー、うん、ごめんね。ちょっと、ね?」
「まぁ、詳しくは聞かないけどさ。とりあえず、みんなのところに戻らない?」
「そうね。そうしましょう。ああ、そう言えばアーシェさんね、最近相手に視認されなくなる魔術を一般化することに成功したんだって」
「へぇ〜それはまた男どもが喜びそうなものが一般化されたね」
「といってもそう長時間じゃないらしいわよ。せいぜい……」

そんな風に、美核と他愛ない話をしながら僕はみんなの元へ戻る。


その時僕は一つ、大切なことを見落としていた。


例え旅行であっても、それにライカが関わっていることを。


あいつがなんの企みもなしに人を巻き込むことは、ほとんどない。
12/11/13 21:59更新 / 星村 空理
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■作者メッセージ
いかがだったでしょうか?
楽しんでいただけたら幸いです。
今回はアーネンエルベでの空理と美核の物語の終章です。
この終章は二話、または三話ほどに別れることになり、次回はその続きとなります。
次回はジパング到着後のお話。
買い物に行ったり、温泉に入ったり、ジパングの料理に舌鼓をうったり……ただし……
星村たちに波乱がないといつから錯覚していた?
と言った感じで一個大きなイベントを入れたいと思ってます。
さて、星村をきちんと人間と同じにすることもできましたし、あとは美核とくっつけるだけ!
どうやって話が動くのか、楽しみにしていただけると嬉しいです。
ちなみに次回はちょっとしたコラボがあったりなかったりします。
では、今回はここで。
星村でした。

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