教団師団第四部隊研究室
「はいちょっと失礼」
「な、なんだ貴さっ!?」
崖上から飛び降りた私は、崖下にいる男の後ろに着地してすぐに手刀を放ち、男を無力化させる。
気絶させられた男が地面に倒れるのと同時、仲間4人が……若干1名マットを出して着地するというなんとも滑稽な方法を取ったが……同じように地面に着地した。
「さて、この男が例の？」
「ま、そうらしいわね。早速調べてちょうだい」
「了解了解」
マットを使って着地という滑稽な方法を取った星村が、倒れた男のポケットなどを探り、あるものを探す。
「あ、これかな？」
すぐに見つかったそれは、小さな鉄の箱。
星村がそれを見せると、ルゥちゃんが小首を傾げる。
「それが……ローラン君をさらった方たちの？」
「……って、話だよね」
ライカの話では、この小さな鉄の箱が、第四部隊のアジト……研究所……の入口、らしい。
教団内でも第四の研究所を知っている者は少なかったけど、まさか移動可能な異空間型の研究所だったとはね……
まぁとりあえず、調べてみようか。そう言いながら星村は自分のポケットを探って紙を取り出す。
「じゃ、ちょっと離れててね……文章省略メモ使用、発動“パラダイムシフト・ユノ=ルキア”！っと、“逢魔ヶ刻”」
テンポのいい掛け声をあげながら星村は紙……どうやらメモらしい……を空中の放り投げる。
と、メモから黒いなにかが荒れ狂ったように溢れ出し、そして一瞬、私たちの周囲すべてを覆い尽くし、消えた。
『ほい、準備完了っと。人払いもかけといたからしばらくは安心だ』
そう言っている星村は、いつのまにか薄い翡翠色の硝子球体のようなものに包まれていた。なのに、声は逆に澄んでいるかのようにしっかりと聞こえる。
さらに言うなら、黒が溢れたあと、私の目がおかしくなったのか、周囲の風景が、全体的に紫がかっているような感じに見えた……が、おそらく私の目ではなく、周囲が変わったのだろう。たぶん、星村のいっていた人払いの影響……だと思う。
「じゃあ、それの解析、お願いね」
『はいさー“アナライズ”開始〜』
頼むと、何でもないように星村は目を瞑って鉄の箱を宙に放る。
と、箱は宙に浮いたまま静止し、そして星村を覆っている硝子球体の前にまで移動した。
今回の星村の役割は、この小さな箱状の物体の解析、及び解錠。さらにその後で外から私たちの補助をすることだ。
戦えないわけではないのだけれど、やはりバックアップはあった方がいいと考えたための判断だ。
……中が迷路だったりしたら時間がかかるしね……
『うーん、これ自体はさほど難しいものじゃないけど、嫌ぁな感じがするねぇ〜まぁいいや。解錠しますよ〜』
星村がそう言うと、ポテッ、コロコロ……といった感じに箱が地面に転がる。
途端、箱が眩い光を発しながら、薄い正方形状の門のように真ん中に空洞を残して縦横に広がった。
「うわぁ〜すごいわねぇ〜」
「なんというか、私たちの街とは文化が違いますね……」
「そうですね、機械機械しいというか、なんというか……」
『まぁ、研究っていうと僕的にはこっちの機械機械しい方を思い浮かべるんだけどね。ともかく、さっさとその光くぐっちゃってください』
言われて見てみると、箱だった門みたいなものの空洞部分には、白と緑を混ぜたような光が溜まっていた。どうやらここを通ると第四のいる場所に行けるらしい。
「じゃあ、早く行きましょう」
『中に入ったらすぐに通信の確認をとりますね』
「了解」
3人は私に続いてね。と言ってから、私は真っ先に光の中に入る。
感覚的には、水の中を通ったような、そんな感じ。
視界は、白と緑に埋め尽くされる。
音は何も聞こえない……
そんな奇妙な感覚はほとんど一瞬のこと。すぐに私は、敵のアジト……教団師団第四部隊研究所の潜入に成功した。
目に入ったのは、研究所、というにはあまりにも明るすぎるくらいの緑豊かな地面……と、その場所にそぐわない鋼鉄の壁と扉。
どうやら、異空間と言っても、地面の上に建物を建てるという普通な建築方法を取ってるらしい。
しっかし、鉄の門のあとに鉄の扉かぁ……なんというか、面倒くさいわねぇ。
なんて考えていると、星村から通信が入る。
『テステス。デューナさん、聞こえますか？』
「ええ、聞こえるわ。これは……念話かしら？」
『まぁ、そんなものですね。他のみなさんは到着しましたか？』
「えーっと」
確認のために後ろを振り向くと、ちょうど三人が入った時と同じような門から出てくるのを確認できた。
「大丈夫よ、全員来たわ」
『そうですか、なら一旦全員に繋ぎましょう。みなさん、聞こえますか？』
「はい、聞こえます」
「大丈夫です」
「聞こえるよ〜」
『なら、大丈夫ですね。こちらはこの空間の情報を集めながら今回の目標に関して説明するんで、各自アップをしながら聞いてください』
そう前置きを置いて、星村は説明を始めた。
『今回の目標は大きく分けて2つ。まず1、これは絶対優先事項。ローラン君の救出』
「当たり前よ。もしあいつらがローランになにかやっていたなら、その時は……！」
「デューナさん、少し落ち着いてください」
「星村さん、2つ目はなんですか？」
『2つ目は、ここにいる教団師団の完全無力化。教団に今後こんなことがないように釘を刺すためにこれをやります。まぁ、この面子なら問題はないでしょうけどね。で、その目標を達成する上で禁則事項が一つ』
「というと？」
私が聞くと、星村は特にデューナさんは守るようにお願いします、と忠告してきたので、なんとなくその禁則事項とやらの内容はわかった。
『人を殺すこと、です。絶対に、どんなに憎くても、人は殺さないでください。これは命を大切にするため、とかそんな綺麗事のために言ってるわけじゃありません。教団の説得材料として使うのはもちろんのこと、情報を可能な限り吐かせて少しでもこちら側に有利にすること、研究内容を知ることで教団側の兵器などに対する反撃方法などを入手すること……まぁ、挙げればキリがありませんが、なにより……殺したら、罰になりませんからね』
「「「「っ!?」」」」
最後の、殺したら罰にならない、という台詞に、いつもの星村らしくない、濃く昏い感情を感じて、私たちは背筋を冷たくした。
しかし冷たくさせた本人である星村は、冗談ですよ？などとさらっと流して、話を続ける。
『ともかく、なんであれ人は殺さないでください。と、とりあえずアナライズは終わったんで突入を開始できるんですが、その前に注意です。まず、今から戦う相手が人間の筆頭である教団、だということをちゃんと意識してください。人間は自分の力でなんとかならない時は、なんでも使います。悪魔だろうと、化け物だろうと、なんでもです。だから、せめてそれだけは、心に止めておいてください』
「了解よ。あいつらが手段を選ばないのは、十分に理解しているわ」
そう言いながら、みんなの様子を見てみると、一人を……私でさえも化け物と認める彼女……を除いて、全員が覚悟を決めて気を引き締めた顔をしていた。
神奈さんだけが、いつものようにニコニコ顏だ。
「そしたら、もう始めてもいいのね？」
『ええ。目の前の扉は、あと1分もあれば開きます。そのあとは、ローラン君のいるところまで案内を……』
「1分も待ってられないわ」
『えっ？いやでもこれ魔法障壁があるからスキルは効かな……』
星村の言葉も聞かずに、私は構えに入る。
物理障壁でスキルが効かない？結構結構。それだけ、全力になれるわけだ。
まずは、制限解除。
「……“十割”……」
氣を練りながら、構えて出すのは、突き。
「全員、私の周りから少し離れなさい」
それだけ言って、私はそのまま練った氣を腕に集中する。溜まった氣が、蒼い光を放ちながら小さな雷のように腕の周りに漂う。
技は、私の使える最高クラスのモノ。貫通属性我流一点集中型“プララヤ・点”。
全員が巻き込まれない位置にいるのを確認してから、私はそれを、10割の全力で放つ。
「……“神罰の矢”」
私の技量でも点に収め切ることのできないほど膨大な量の氣が、青白い閃光となって鉄の扉に放たれる。
一瞬、扉にぶつかった時に空間が歪んだように感じたが、私の放った一撃はそんな変化を物ともせずに、扉を通り抜けて地面を削りながら風穴を開け、通った跡に真っ黒な焦げ目を残し、蒼いスパークを飛び散らせていた。
『物理無効の魔法障壁をスキルで潰すとは……なんというか、いつものごとく化け物じみてますね……』
「あなたたち魔法使いにそう言われるなら光栄ね」
星村の呆れ声にそう返してから、私は驚いたり、目を輝かせたりとそれぞれの反応を見せる三人を見て、さぁ、行きましょうと言ってから、研究室の内部に突入した。
「そういえば星村さん、敵の規模はどの程度なんですか？」
パイプやらなにやらがごちゃごちゃと壁一面に通っている機械機械しい通路を通りながら、後ろについてきているサラさんが星村に敵の規模を聞く。
すでに敵に私たちの存在は感知されていて、研究所内はアラートでうるさいことになっていた。
私の予想では、部隊一つにつき約100人……おそらく、第三のあの子たちもいるだろうから、200人、といったところか。
『敵人数約250人……いや、これは人って言うべきでしょうか……？』
「どういうことですか？」
『いえ、200人くらいは普通の人間の反応なんですけど、残りの反応がどうも変で……なんていうか、旧世代の魔物みたいな……』
「おそらくジンの言ってた、人間の限界を超えた兵士ってやつでしょうね。おおかた魔術やらなにやらで過剰強化した強化兵でしょう」
『だけだと、いいんですけど……一つだけ、さらにそいつらとも比べ物にならない力を持ってるのがいるんですよね。忠告するなら、絶対戦うなと言いたいレベルの。アレは、今のデューナさんと同じレベルの強さですよ……!!あ、そこは左に曲がってください』
「……私と同じレベルの、それの心当たりなら、あるわ」
やっぱり、あいつもいるのね……これは少し……キツイかもね。
それでも、ローランのことは返してもらうけど。
『っと、敵30人、次の十字路右側から来ます！急いで真っ直ぐ通過してください！』
「これって、誰かが足止めに残ったほうがいいのではないのでしょうか？」
「いえお嬢様、人数を考えると、足止めはもう少々……せめて5、60人は引きつけてからの方が効果的です」
「見つけたぞ！侵入者だ！」
私が十字路を走り過ぎたちょうどその時に、後ろの誰かが目視されたのか、そんな声が聞こえた。
『どうやら視認されたようですね。できればそのままその人たちを誘導しながら先に進んでください』
「まぁ、完全に制圧したいならそれがいいわよね〜。ちなみにこれで戦闘不能にした人たちはどうするの〜？」
『僕が外まで転送して拘束します。可能であれば気絶させてください』
「りょうか〜い」
『次、また十字路で正面、及び右から20人ずつ、計40人です！』
「それならば、そこで私たちが足止めをしましょう。お嬢様、よろしいですか？」
「ええ、私もそうするつもりでした」
「じゃあ、よろしくお願いするわね。神奈さん、少しスピードあげますよ」
「いいよ〜」
そしてナイトフィア家の二人が足止めを買って出たため、私と神奈さんは、十字路に入って左に曲がってすぐに、遠慮なしの全力で走り出した。
「あそこだ！」
「……来ましたね。サラ、血をください」
「かしこまりました。どうぞ」
「血を吸ってる……！魔物、しかもヴァンパイアだっ！全員注意しろ！」
「……んくっ……ありがとう、サラ」
「いえ。それでは、始めましょうか」
『ルゥさん、サラさん、一応支援しておきますね。“ヒートライザ”』
「あら、ありがとう星村さん。……さて、こんな真夜中に、人間が起きて何をしようというのかしら？今は私たち夜の種族の時間よ。人間は眠りにつきなさいな……ナイトフィア家次期頭首ルゥ・ナイトフィアが貴方たちを悪夢へ誘ってあげる」
「ほざけ侵入者。我ら教団師団第三部隊、貴様らごときに遅れはとらんっ！」
「第三部隊というと、たしか部隊長はこちらで身柄を預かっておりますわね。まぁともかく、ナイトフィア家次期頭首付き侍従、サラ、私も参ります！」
「ジンさんが……！全員こいつらを拘束しろ！捕まえたあとでジンさんの救出に向かう！」
『応っ!!』
××××××××××××××××××××××××××××××
『そういえば、ルゥさんは血を飲むと性格が少し変わるんでしたよね』
「いきなりどうしたの？」
『いえ、お二人が交戦状態に入ったので少し』
「どっちのルゥちゃんも可愛いよ〜」
『呑気なものですね神奈さんは。次、前方に10人です』
「了解。追い越してから誘導でいいのよね？」
『はい。そのまま気絶させても大丈夫です』
「ならそれを先に言いなさいよ。最初からそうすればよかったわ」
『しかし、今デューナさんか神奈さんが攻撃をしたら、通路が崩れて時間が取られるんじゃ？』
「……まぁ、そうね」
「そしたら私がいくよ〜」
「構え！撃てぇっ！」
星村の言ったとおり、前方に10人、教団の人間がおり、様々な攻撃魔術を放ってきた。
「はいは〜い。“喰魔鏡”、“パラライズニードル”っ！」
いつものように軽い調子で神奈さんは手元に細い針と小さな鏡を出し、そして……その場から姿を消した。
急いで、私は神奈さんの姿を追う。
神奈さんは、攻撃魔術に対して鏡を投げ当てながら、流れるような動きで敵の合間を、相手が認識できないほどの速さで通る。
さらに、その動きの中で、通り過ぎた全員に一本ずつ、手元の針を刺していた。
そのまま、神奈さんは全員に針を刺し終え、減速して私の方を振り向く。
途端、やっと時間が追いついたのか、すべての魔術は鏡に当たった途端に消滅し、針を刺された教団の人間は声も出せずに床に倒れた。
「相変わらず化け物じみてるわね……」
「そんなことないよぉ。デューナちゃんだって“見えた”でしょ〜？」
「まぁ、ね……」
だから別に普通だよぉ〜と、神奈さんはまた私と一緒に走り出すのだが、そういうことを平然と当たり前のように言えるのは、普通じゃないわよ……と心の中で嘆息する。
『では動けないのはこちらで回収します。……っ！次、前方25、左右約10ずつ！うち40は例の強化兵です！』
「ん〜、星村君、残りはどんくらいなの〜？」
『ええと……大半は目的地付近に集まってますね』
「なら、私が今こっちに来てる子たちを止めるよ〜。それとも、目的地まで行った方がいい？」
「いえ、いいわ。100人程度、私一人でなんとかなる」
「さっすがぁ〜。じゃあ、次でデューナちゃんだけでよろしくね〜」
言ってる間に、前方に敵が見えた。見た感じではわからないけど、確かになにか感覚が違うものが何人か混じっている。
「まぁいいわ。じゃあ、お先に失礼」
「いってらっしゃ〜い」
神奈さんに言ってから、私はスピードを上げて敵集団をくぐり抜けようとする、が……
「……っ！」
「なっ!?」
本来なら反応が遅れてしまうようなスピードで移動しているのも関わらず、一人が反応し、私に向かって剣を振り下ろしてきた。
「ダメだよ〜。“フィジカルミラー”ほいっと」
「っ!?」
「ありがとう神奈さん！」
「はいは〜い、いってらっしゃ〜い」
当たる、と思ったのだが、振り下ろされた剣は、神奈さんの投げた何かに当たって逆方向に弾かれた。
攻撃を受けずに済んだ私は、そのまま敵集団を抜け、先に進む。
「……っ！」
「ダメダメ〜行かせないよ〜。“ウォールオブアダマン”」
「………………」
「あなたはいったい何者です？」
「ん〜ライン領主夫人、鶴城・T・神奈よ〜」
「そうですか……全員、敵を排除しなさい。生死は問いません」
「…………」
「うーん、生死を問わないって、怖いなぁ〜。無表情に構えられたら、特にねぇ〜。でも、人相手じゃ、負ける気はしないかな〜」
「安心しなさい。ソレはもう人じゃない。人の能力を超えた強力な兵力ですから」
「……私からしたら、指示してる君の方が人間じゃなく感じるんだけどね〜。星村君」
『なんですか？』
「できるだけこの子たちの情報を集めて頂戴。あとでリースちゃんやアーシェちゃんと相談してみるわ」
『……了解です』
「……実験兵、全員……行きなさい」
「じゃあ、ちょっと遊んでもうわよ〜」
「……っ!!」
××××××××××××××××××××××××××××××
「星村、残りの兵力は？」
『人間94、強化兵9、怪物1、それ以外は神奈さんかルゥさん、サラさんと交戦中です』
「そう。その中に第三は？」
『一人もいません』
「なら遠慮はいらないわね。星村、私が戦う人間に対して、補助をかけることは可能？」
『可能です。……っと、ちょっと待ってください』
「……？」
もう少し、と言ったところで、星村は通信を切る。
今のところは直進していればいいそうだからいいけど、なにかあったのかしら……？
少しの間待っていると、通信が戻った。
『お待たせしました。あと、ローランに関してはもう救出の目処が立ちました。デューナさんは目的地に向かうだけでいいです。……で、なぜ敵に補助する必要が？』
「そう……あー、うん。ちょっと本気だすから、星村には敵の命の保証をして欲しいの。そうね……プロテスを5、6重にかけてちょうだい」
『全員にそんなにかけるんですか？』
「ええ。最低でも3重は必要よ。6重で10割をギリギリ耐えられるくらいよ」
『……まぁ、わかりました。調整しておきます』
「ん、ありがと」
『次を右に曲がって部屋にはいれば目的地です。では、こちらは準備に入りますね』
「了解。頼んだわ……“電光石火”！」
それで会話を一旦やめて、私は見えた十字路を指示通り右に曲がり、そしてスキルを使ってスパートをかける。
あとは、直進で扉をぶち抜くだけ。
さぁ、覚悟なさいよ、第四！
そして、私の身体は、そのまま扉を破って部屋に突入するのだった。
「な、なんだ貴さっ!?」
崖上から飛び降りた私は、崖下にいる男の後ろに着地してすぐに手刀を放ち、男を無力化させる。
気絶させられた男が地面に倒れるのと同時、仲間4人が……若干1名マットを出して着地するというなんとも滑稽な方法を取ったが……同じように地面に着地した。
「さて、この男が例の？」
「ま、そうらしいわね。早速調べてちょうだい」
「了解了解」
マットを使って着地という滑稽な方法を取った星村が、倒れた男のポケットなどを探り、あるものを探す。
「あ、これかな？」
すぐに見つかったそれは、小さな鉄の箱。
星村がそれを見せると、ルゥちゃんが小首を傾げる。
「それが……ローラン君をさらった方たちの？」
「……って、話だよね」
ライカの話では、この小さな鉄の箱が、第四部隊のアジト……研究所……の入口、らしい。
教団内でも第四の研究所を知っている者は少なかったけど、まさか移動可能な異空間型の研究所だったとはね……
まぁとりあえず、調べてみようか。そう言いながら星村は自分のポケットを探って紙を取り出す。
「じゃ、ちょっと離れててね……文章省略メモ使用、発動“パラダイムシフト・ユノ=ルキア”！っと、“逢魔ヶ刻”」
テンポのいい掛け声をあげながら星村は紙……どうやらメモらしい……を空中の放り投げる。
と、メモから黒いなにかが荒れ狂ったように溢れ出し、そして一瞬、私たちの周囲すべてを覆い尽くし、消えた。
『ほい、準備完了っと。人払いもかけといたからしばらくは安心だ』
そう言っている星村は、いつのまにか薄い翡翠色の硝子球体のようなものに包まれていた。なのに、声は逆に澄んでいるかのようにしっかりと聞こえる。
さらに言うなら、黒が溢れたあと、私の目がおかしくなったのか、周囲の風景が、全体的に紫がかっているような感じに見えた……が、おそらく私の目ではなく、周囲が変わったのだろう。たぶん、星村のいっていた人払いの影響……だと思う。
「じゃあ、それの解析、お願いね」
『はいさー“アナライズ”開始〜』
頼むと、何でもないように星村は目を瞑って鉄の箱を宙に放る。
と、箱は宙に浮いたまま静止し、そして星村を覆っている硝子球体の前にまで移動した。
今回の星村の役割は、この小さな箱状の物体の解析、及び解錠。さらにその後で外から私たちの補助をすることだ。
戦えないわけではないのだけれど、やはりバックアップはあった方がいいと考えたための判断だ。
……中が迷路だったりしたら時間がかかるしね……
『うーん、これ自体はさほど難しいものじゃないけど、嫌ぁな感じがするねぇ〜まぁいいや。解錠しますよ〜』
星村がそう言うと、ポテッ、コロコロ……といった感じに箱が地面に転がる。
途端、箱が眩い光を発しながら、薄い正方形状の門のように真ん中に空洞を残して縦横に広がった。
「うわぁ〜すごいわねぇ〜」
「なんというか、私たちの街とは文化が違いますね……」
「そうですね、機械機械しいというか、なんというか……」
『まぁ、研究っていうと僕的にはこっちの機械機械しい方を思い浮かべるんだけどね。ともかく、さっさとその光くぐっちゃってください』
言われて見てみると、箱だった門みたいなものの空洞部分には、白と緑を混ぜたような光が溜まっていた。どうやらここを通ると第四のいる場所に行けるらしい。
「じゃあ、早く行きましょう」
『中に入ったらすぐに通信の確認をとりますね』
「了解」
3人は私に続いてね。と言ってから、私は真っ先に光の中に入る。
感覚的には、水の中を通ったような、そんな感じ。
視界は、白と緑に埋め尽くされる。
音は何も聞こえない……
そんな奇妙な感覚はほとんど一瞬のこと。すぐに私は、敵のアジト……教団師団第四部隊研究所の潜入に成功した。
目に入ったのは、研究所、というにはあまりにも明るすぎるくらいの緑豊かな地面……と、その場所にそぐわない鋼鉄の壁と扉。
どうやら、異空間と言っても、地面の上に建物を建てるという普通な建築方法を取ってるらしい。
しっかし、鉄の門のあとに鉄の扉かぁ……なんというか、面倒くさいわねぇ。
なんて考えていると、星村から通信が入る。
『テステス。デューナさん、聞こえますか？』
「ええ、聞こえるわ。これは……念話かしら？」
『まぁ、そんなものですね。他のみなさんは到着しましたか？』
「えーっと」
確認のために後ろを振り向くと、ちょうど三人が入った時と同じような門から出てくるのを確認できた。
「大丈夫よ、全員来たわ」
『そうですか、なら一旦全員に繋ぎましょう。みなさん、聞こえますか？』
「はい、聞こえます」
「大丈夫です」
「聞こえるよ〜」
『なら、大丈夫ですね。こちらはこの空間の情報を集めながら今回の目標に関して説明するんで、各自アップをしながら聞いてください』
そう前置きを置いて、星村は説明を始めた。
『今回の目標は大きく分けて2つ。まず1、これは絶対優先事項。ローラン君の救出』
「当たり前よ。もしあいつらがローランになにかやっていたなら、その時は……！」
「デューナさん、少し落ち着いてください」
「星村さん、2つ目はなんですか？」
『2つ目は、ここにいる教団師団の完全無力化。教団に今後こんなことがないように釘を刺すためにこれをやります。まぁ、この面子なら問題はないでしょうけどね。で、その目標を達成する上で禁則事項が一つ』
「というと？」
私が聞くと、星村は特にデューナさんは守るようにお願いします、と忠告してきたので、なんとなくその禁則事項とやらの内容はわかった。
『人を殺すこと、です。絶対に、どんなに憎くても、人は殺さないでください。これは命を大切にするため、とかそんな綺麗事のために言ってるわけじゃありません。教団の説得材料として使うのはもちろんのこと、情報を可能な限り吐かせて少しでもこちら側に有利にすること、研究内容を知ることで教団側の兵器などに対する反撃方法などを入手すること……まぁ、挙げればキリがありませんが、なにより……殺したら、罰になりませんからね』
「「「「っ!?」」」」
最後の、殺したら罰にならない、という台詞に、いつもの星村らしくない、濃く昏い感情を感じて、私たちは背筋を冷たくした。
しかし冷たくさせた本人である星村は、冗談ですよ？などとさらっと流して、話を続ける。
『ともかく、なんであれ人は殺さないでください。と、とりあえずアナライズは終わったんで突入を開始できるんですが、その前に注意です。まず、今から戦う相手が人間の筆頭である教団、だということをちゃんと意識してください。人間は自分の力でなんとかならない時は、なんでも使います。悪魔だろうと、化け物だろうと、なんでもです。だから、せめてそれだけは、心に止めておいてください』
「了解よ。あいつらが手段を選ばないのは、十分に理解しているわ」
そう言いながら、みんなの様子を見てみると、一人を……私でさえも化け物と認める彼女……を除いて、全員が覚悟を決めて気を引き締めた顔をしていた。
神奈さんだけが、いつものようにニコニコ顏だ。
「そしたら、もう始めてもいいのね？」
『ええ。目の前の扉は、あと1分もあれば開きます。そのあとは、ローラン君のいるところまで案内を……』
「1分も待ってられないわ」
『えっ？いやでもこれ魔法障壁があるからスキルは効かな……』
星村の言葉も聞かずに、私は構えに入る。
物理障壁でスキルが効かない？結構結構。それだけ、全力になれるわけだ。
まずは、制限解除。
「……“十割”……」
氣を練りながら、構えて出すのは、突き。
「全員、私の周りから少し離れなさい」
それだけ言って、私はそのまま練った氣を腕に集中する。溜まった氣が、蒼い光を放ちながら小さな雷のように腕の周りに漂う。
技は、私の使える最高クラスのモノ。貫通属性我流一点集中型“プララヤ・点”。
全員が巻き込まれない位置にいるのを確認してから、私はそれを、10割の全力で放つ。
「……“神罰の矢”」
私の技量でも点に収め切ることのできないほど膨大な量の氣が、青白い閃光となって鉄の扉に放たれる。
一瞬、扉にぶつかった時に空間が歪んだように感じたが、私の放った一撃はそんな変化を物ともせずに、扉を通り抜けて地面を削りながら風穴を開け、通った跡に真っ黒な焦げ目を残し、蒼いスパークを飛び散らせていた。
『物理無効の魔法障壁をスキルで潰すとは……なんというか、いつものごとく化け物じみてますね……』
「あなたたち魔法使いにそう言われるなら光栄ね」
星村の呆れ声にそう返してから、私は驚いたり、目を輝かせたりとそれぞれの反応を見せる三人を見て、さぁ、行きましょうと言ってから、研究室の内部に突入した。
「そういえば星村さん、敵の規模はどの程度なんですか？」
パイプやらなにやらがごちゃごちゃと壁一面に通っている機械機械しい通路を通りながら、後ろについてきているサラさんが星村に敵の規模を聞く。
すでに敵に私たちの存在は感知されていて、研究所内はアラートでうるさいことになっていた。
私の予想では、部隊一つにつき約100人……おそらく、第三のあの子たちもいるだろうから、200人、といったところか。
『敵人数約250人……いや、これは人って言うべきでしょうか……？』
「どういうことですか？」
『いえ、200人くらいは普通の人間の反応なんですけど、残りの反応がどうも変で……なんていうか、旧世代の魔物みたいな……』
「おそらくジンの言ってた、人間の限界を超えた兵士ってやつでしょうね。おおかた魔術やらなにやらで過剰強化した強化兵でしょう」
『だけだと、いいんですけど……一つだけ、さらにそいつらとも比べ物にならない力を持ってるのがいるんですよね。忠告するなら、絶対戦うなと言いたいレベルの。アレは、今のデューナさんと同じレベルの強さですよ……!!あ、そこは左に曲がってください』
「……私と同じレベルの、それの心当たりなら、あるわ」
やっぱり、あいつもいるのね……これは少し……キツイかもね。
それでも、ローランのことは返してもらうけど。
『っと、敵30人、次の十字路右側から来ます！急いで真っ直ぐ通過してください！』
「これって、誰かが足止めに残ったほうがいいのではないのでしょうか？」
「いえお嬢様、人数を考えると、足止めはもう少々……せめて5、60人は引きつけてからの方が効果的です」
「見つけたぞ！侵入者だ！」
私が十字路を走り過ぎたちょうどその時に、後ろの誰かが目視されたのか、そんな声が聞こえた。
『どうやら視認されたようですね。できればそのままその人たちを誘導しながら先に進んでください』
「まぁ、完全に制圧したいならそれがいいわよね〜。ちなみにこれで戦闘不能にした人たちはどうするの〜？」
『僕が外まで転送して拘束します。可能であれば気絶させてください』
「りょうか〜い」
『次、また十字路で正面、及び右から20人ずつ、計40人です！』
「それならば、そこで私たちが足止めをしましょう。お嬢様、よろしいですか？」
「ええ、私もそうするつもりでした」
「じゃあ、よろしくお願いするわね。神奈さん、少しスピードあげますよ」
「いいよ〜」
そしてナイトフィア家の二人が足止めを買って出たため、私と神奈さんは、十字路に入って左に曲がってすぐに、遠慮なしの全力で走り出した。
「あそこだ！」
「……来ましたね。サラ、血をください」
「かしこまりました。どうぞ」
「血を吸ってる……！魔物、しかもヴァンパイアだっ！全員注意しろ！」
「……んくっ……ありがとう、サラ」
「いえ。それでは、始めましょうか」
『ルゥさん、サラさん、一応支援しておきますね。“ヒートライザ”』
「あら、ありがとう星村さん。……さて、こんな真夜中に、人間が起きて何をしようというのかしら？今は私たち夜の種族の時間よ。人間は眠りにつきなさいな……ナイトフィア家次期頭首ルゥ・ナイトフィアが貴方たちを悪夢へ誘ってあげる」
「ほざけ侵入者。我ら教団師団第三部隊、貴様らごときに遅れはとらんっ！」
「第三部隊というと、たしか部隊長はこちらで身柄を預かっておりますわね。まぁともかく、ナイトフィア家次期頭首付き侍従、サラ、私も参ります！」
「ジンさんが……！全員こいつらを拘束しろ！捕まえたあとでジンさんの救出に向かう！」
『応っ!!』
××××××××××××××××××××××××××××××
『そういえば、ルゥさんは血を飲むと性格が少し変わるんでしたよね』
「いきなりどうしたの？」
『いえ、お二人が交戦状態に入ったので少し』
「どっちのルゥちゃんも可愛いよ〜」
『呑気なものですね神奈さんは。次、前方に10人です』
「了解。追い越してから誘導でいいのよね？」
『はい。そのまま気絶させても大丈夫です』
「ならそれを先に言いなさいよ。最初からそうすればよかったわ」
『しかし、今デューナさんか神奈さんが攻撃をしたら、通路が崩れて時間が取られるんじゃ？』
「……まぁ、そうね」
「そしたら私がいくよ〜」
「構え！撃てぇっ！」
星村の言ったとおり、前方に10人、教団の人間がおり、様々な攻撃魔術を放ってきた。
「はいは〜い。“喰魔鏡”、“パラライズニードル”っ！」
いつものように軽い調子で神奈さんは手元に細い針と小さな鏡を出し、そして……その場から姿を消した。
急いで、私は神奈さんの姿を追う。
神奈さんは、攻撃魔術に対して鏡を投げ当てながら、流れるような動きで敵の合間を、相手が認識できないほどの速さで通る。
さらに、その動きの中で、通り過ぎた全員に一本ずつ、手元の針を刺していた。
そのまま、神奈さんは全員に針を刺し終え、減速して私の方を振り向く。
途端、やっと時間が追いついたのか、すべての魔術は鏡に当たった途端に消滅し、針を刺された教団の人間は声も出せずに床に倒れた。
「相変わらず化け物じみてるわね……」
「そんなことないよぉ。デューナちゃんだって“見えた”でしょ〜？」
「まぁ、ね……」
だから別に普通だよぉ〜と、神奈さんはまた私と一緒に走り出すのだが、そういうことを平然と当たり前のように言えるのは、普通じゃないわよ……と心の中で嘆息する。
『では動けないのはこちらで回収します。……っ！次、前方25、左右約10ずつ！うち40は例の強化兵です！』
「ん〜、星村君、残りはどんくらいなの〜？」
『ええと……大半は目的地付近に集まってますね』
「なら、私が今こっちに来てる子たちを止めるよ〜。それとも、目的地まで行った方がいい？」
「いえ、いいわ。100人程度、私一人でなんとかなる」
「さっすがぁ〜。じゃあ、次でデューナちゃんだけでよろしくね〜」
言ってる間に、前方に敵が見えた。見た感じではわからないけど、確かになにか感覚が違うものが何人か混じっている。
「まぁいいわ。じゃあ、お先に失礼」
「いってらっしゃ〜い」
神奈さんに言ってから、私はスピードを上げて敵集団をくぐり抜けようとする、が……
「……っ！」
「なっ!?」
本来なら反応が遅れてしまうようなスピードで移動しているのも関わらず、一人が反応し、私に向かって剣を振り下ろしてきた。
「ダメだよ〜。“フィジカルミラー”ほいっと」
「っ!?」
「ありがとう神奈さん！」
「はいは〜い、いってらっしゃ〜い」
当たる、と思ったのだが、振り下ろされた剣は、神奈さんの投げた何かに当たって逆方向に弾かれた。
攻撃を受けずに済んだ私は、そのまま敵集団を抜け、先に進む。
「……っ！」
「ダメダメ〜行かせないよ〜。“ウォールオブアダマン”」
「………………」
「あなたはいったい何者です？」
「ん〜ライン領主夫人、鶴城・T・神奈よ〜」
「そうですか……全員、敵を排除しなさい。生死は問いません」
「…………」
「うーん、生死を問わないって、怖いなぁ〜。無表情に構えられたら、特にねぇ〜。でも、人相手じゃ、負ける気はしないかな〜」
「安心しなさい。ソレはもう人じゃない。人の能力を超えた強力な兵力ですから」
「……私からしたら、指示してる君の方が人間じゃなく感じるんだけどね〜。星村君」
『なんですか？』
「できるだけこの子たちの情報を集めて頂戴。あとでリースちゃんやアーシェちゃんと相談してみるわ」
『……了解です』
「……実験兵、全員……行きなさい」
「じゃあ、ちょっと遊んでもうわよ〜」
「……っ!!」
××××××××××××××××××××××××××××××
「星村、残りの兵力は？」
『人間94、強化兵9、怪物1、それ以外は神奈さんかルゥさん、サラさんと交戦中です』
「そう。その中に第三は？」
『一人もいません』
「なら遠慮はいらないわね。星村、私が戦う人間に対して、補助をかけることは可能？」
『可能です。……っと、ちょっと待ってください』
「……？」
もう少し、と言ったところで、星村は通信を切る。
今のところは直進していればいいそうだからいいけど、なにかあったのかしら……？
少しの間待っていると、通信が戻った。
『お待たせしました。あと、ローランに関してはもう救出の目処が立ちました。デューナさんは目的地に向かうだけでいいです。……で、なぜ敵に補助する必要が？』
「そう……あー、うん。ちょっと本気だすから、星村には敵の命の保証をして欲しいの。そうね……プロテスを5、6重にかけてちょうだい」
『全員にそんなにかけるんですか？』
「ええ。最低でも3重は必要よ。6重で10割をギリギリ耐えられるくらいよ」
『……まぁ、わかりました。調整しておきます』
「ん、ありがと」
『次を右に曲がって部屋にはいれば目的地です。では、こちらは準備に入りますね』
「了解。頼んだわ……“電光石火”！」
それで会話を一旦やめて、私は見えた十字路を指示通り右に曲がり、そしてスキルを使ってスパートをかける。
あとは、直進で扉をぶち抜くだけ。
さぁ、覚悟なさいよ、第四！
そして、私の身体は、そのまま扉を破って部屋に突入するのだった。
12/06/21 23:57更新 / 星村 空理
戻る
次へ