第八章「別れの時」
…………目覚めると、見覚えのある、しかし見慣れてはいない天井……洞窟の岩肌を、僕は見ていた。
ここは……たしか…………そう、”大蛇の洞窟”という名前だったはずだ……
…………何のひねりもない名前だなぁ…………
なんとなくそんなことを考えながら、上半身を起こす。
と、そこで僕は隣にフィスが寝ていたことに気がついた。
すぅ……すぅ……と、穏やかな寝息が聞こえてくる。
昨日のような大人びたところは微塵もない、見た目相応の、可愛らしい寝顔だった。
よく寝てるし、起こしてちゃ悪いから、僕はフィスを起こさないようにゆっくりと部屋を出た。
部屋の外は、広い大空洞となっていて、僕はその大きさにほぅ、とため息をついた。
「あら?ルシア君。おはよう」
声をかけられたのでその方向を見ると、ラナさんがこちらに向かってきていた。
「ああ、ラナさん。おはようございます」
「もう体の方は大丈夫そうね。…………昨日は、お楽しみだったようだし……」
「!?」
なんで知ってるんだ?
フィスはちゃんとラナさんが去るのを確認していたし…………
もしかして………………
「…………戻ってきてたんですか?」
「……まさか本当にヤッてるとは…………よく半月も寝たままだったのに動けたわね…………」
「……?違うんですか?」
飽きれたように言うラナさんを見たところ、どうやら違ったようだ。
ラナさんは、僕の顔を指差し、答えた。
「あなたの顔。かなり疲れたような感じがするわよ?……それも、夜ずっと寝てないような、ね……」
「ああ、なるほど…………そんなに疲れて見えましたか…………それなら、戻っていなくても分かりますね…………」
「まぁ、そう言うことよ。…………と言っても、誰かさんは…………クスクス…………」
「…………?誰かさん?」
「あ、いや、こっちの話よ。気にしないで。あ、そうだ。朝食持ってきたんだった。フィスちゃんと一緒に食べよ?」
「あ、はい。いただきます」
見ると、ラナさんの腕には、パンやら何やらが入った大きめのバスケットがあった。
僕は快くラナさんを部屋に入れた。
…………そして、部屋の中には、ふてくされているフィスがいた。
「………………………………」
「ああ、フィス。おはよう。起きたんだね」
「朝食、持ってきたんだけど…………って、どうしたの?そんな顔して」
「………………なんで、起こしてくれなかったの?」
恨めしそうに僕のことを睨みながら、フィスは言う。
「いや、気持ち良さそうに寝てたから、起こしたら悪いな、と思って」
「………………また、気付かないうちに飛んじゃったって思っちゃったじゃない………………」
「………………………………」
そう言ったフィスの目から、涙が流れていた。
そうだった…………
また会えたことに浮かれていた…………
フィスは……いついなくなってしまってもおかしくないのだ…………
「………………ごめん、フィス…………浮かれてた…………」
「…………もういいわよ……ちゃんとここに居たんだから………………。…………それよりも!!」
涙を拭い、ふてくされた顔に戻ったフィスは、ベットから降りて僕に詰め寄ってきた。
いったいなんだろう、と考えていると、フィスはラナさんのことを指差して…………
「なんで、私のこと置いてってラナさんと一緒にいるわけ!?」
…………なんだ。いつもの嫉妬か…………
少し安心しながら、僕は苦笑する。
もしかしたら、何か嫌われることでもしてしまったんではないかと心配したのだ。
そして、嫉妬してくれることを少しだけ嬉しく思いながら、僕はフィスを安心させるように答えた。
「いや、フィスを起こさないように部屋を出たらラナさんがちょうど良く朝食を持ってきてくれてね。折角だから三人で食べようってことになったんだよ」
「…………ふぅん……本当かしら…………?」
「本当よ。ルシア君が出てきたの、さっきだったしね…………」
「………………一応、信じるわ…………」
じぃ〜っとフィスはラナさんのことを見ていたが、諦めたように椅子を並べ始めた。
「あ、そうだ。もう一人呼んでもいいかしら?」
「…………もしかして、アーシェ?」
用意し始めると、不意にラナさんが提案をしてきた。
それを見て、フィスは少しだけ嫌そうな顔をしたのを僕は見逃さなかった。
「……?フィスって、アーシェさんのこと嫌いなの?」
「………………嫌い……じゃないけど……なんか、嫌な感じがするの…………なんというか、女の勘?」
「ふぅん…………そうなんだ…………」
「…………で、呼んでもいいかしら?」
「…………いいよ。呼んでも。ルー君がお世話になったそうだしね……」
「あはは……僕は覚えてないんだけどね…………」
ということで、アーシェさんを交えた4人で、朝食を取ることとなった。
「………………昨日はお楽しみだったようじゃのう?ルシア」
「ブッ!?」
部屋に入り、僕を見たアーシェさんの一声がそれだったため、僕は吹いてしまった。
アーシェさん、あなたもそのことを言いますか…………
「クスクス…………どうしたのアーシェ?顔が変なことになってるわよ?」
「うるさい。ほっとけ…………」
ムッスリとしたような顔をしているアーシェさんを見て、ラナさんは面白そうに笑った。
「……というか、お主はよくそうもそんな態度を取れるな……ルシア、好みなんじゃろ…………?」
「いや、あそこまでイチャイチャされたら、流石に諦めるわよ………………」
そして、それを見て不機嫌そうになったアーシェさんは、プイと顔を反らしながら、小さな声で何かを言った。
しかし、僕のいる距離からはちょうど聞こえないくらい小さな声だったので、いったい何を言ったのか、僕にも、フィスにも分からなかった。
「…………まぁ、それは置いといて、早く食べましょうよ」
「そうだよ。アーシェにラナさん。食べようよ」
「…………そうじゃの」
「ええ、そうね。結構お腹減ってるし……」
とりあえず、みんなお腹減っているようなので、僕達は朝食を食べることにした。
「…………さてと、ルシア君、食べながらでもいいけど、私の話を聞いてくれるかしら?」
「…………?ええ。構いませんよ……?」
パンを頬張りながら、ラナさんはそんなことを訊いてきたので、僕は何がなんだか分からないが承諾した。
「ええとね、ルシア君。君、ここ二ヶ月の記憶が…………ないのよね?」
「…………みたいですね。そもそも、記憶がないという自覚すらないですからね」
「ということで、私達からここ二ヶ月のことを教えようと思うんだけど、どうかな?」
「…………いいんじゃないですか?お願いします」
そんなわけで、僕は……僕達は二人から僕の二ヶ月間の話を聞いた。
僕とアーシェさんの話や、大蛇の洞窟での日々、そして…………フィスの呪いが解けるかもしれないこと…………
「…………え?じゃあ僕はもう旅を…………」
「………………する必要がないかもしれない!!」
その話を聞いて、僕と一緒にフィスも喜んでいた。
ってあれ?
「フィス、そのこと知らされてなかったの?」
「うん。私が知っていたのはルー君がここにいるってことだけ。まだその時はこの呪いが解けるなんて思ってなかったわ…………」
「…………でも、そこで話は終わらないのよね……」
はぁ……とため息をつきながら言うラナさん。
その言葉にフィスは反応し、少し厳しい顔をした。
「…………ルー君が“イレイス”を使うことになったっていう、あの時の話ね…………」
「……ええ。あなたの呪いが解けるかもって喜んでた矢先に、そいつがこの洞窟に侵入してきたのよね…………二ティカ……私の腹心が他の魔物達を非難させてたんだけど、その侵入者……勇者に襲われてね……私達三人が助けたんだけど…………その時に…………」
「………………そうなの…………それは…………」
「ちょっ!?フィス!?落ち着いて!!」
僕は大人しく話を聞いていたのだが、侵入者の話になると、フィスから黒いオーラのようなものを感じて慌てて宥めた。
…………フィスって、戦えないんだけど、怒ると何よりも怖いんだよな…………
「でも、そいつらの所為でルー君が…………!!」
「いやいや!!その前にその人達ここにはいないから!!ね?落ち着いて!?」
「…………そうじゃの。落ち着けフィス。何よりまずその男はもうこの世に人格を残していないのじゃろう?ルシアが“イレイス”を使ったのは、その男なんじゃから…………」
「…………そうね…………ありがとう……」
何か普通とは違う言い方でアーシェさんが言うと、フィスはその何かに気がついたようで、落ち着いてくれた。
……でも、なんだろう…………アーシェさんの……暗さ……というか……なんというか…………
「さて、じゃあルシア君。この後の予定、聞かせてもらおうじゃないの?」
「…………え……?」
「ああ……そういえば、“フィスの情報が届くまで、ここに滞在する”。そんな約束だったのぅ…………」
「ええ。本来なら足止めのためのだったからね……でも、こんなんじゃ諦めるしかないし……だから、私に未練がない内に出発してもらえれば嬉しいかなぁって…………」
「「………………ああ……なるほど…………」
突然のラナさんの言葉に、しかし何か共感したらしい二人が納得したように頷く。
なんというか…………女性って不思議だなぁ……
なんて、全く何も伝わらない僕はそんなことを考えていた。
「………………そしたら、私としては早めに出たいわね……この呪いが解けるのなら、一刻も早く解きたいからね」
「………………そうだね。僕も賛成。今日中に出てこうと思う。アーシェさんはどうしますか?」
とりあえず、僕とフィスの方針は決まった。
あとは、最近まで僕と一緒に行動していたというアーシェさんだけだ。
僕個人としては、もし襲われた時に戦力になるアーシェさんがいると心強いと思っている。
ふむ……とほんの少しだけ考えたアーシェさんは、僕が思ったよりも早く答えを出した。
「うむ。わしも同行しよう。まだルシアの魔法のことを全て知れたとは言えんし、何より“二人が”心配じゃからの」
「そうですか。ありがとうございます」
「………………………………………………」
アーシェさんの同行が決まって僕が内心で喜んでいると、フィスは何故かアーシェさんのことを睨んでいた。
「……?どうかしたの、フィス?」
「…………!?う、うん!?なんでもないよ!?」
「…………?」
気になったので訊いてみると、フィスはハッとしたように答えた。
「どうかしたのか、フィス?体調が悪いなら言うのじゃぞ?」
「…………ありがとう、アーシェ…………でも、大丈夫よ」
「……ならいいんだけど…………アーシェさんに心配かけたりしちゃうから、体調が悪かったらすぐ言うんだよ?」
「ありがとうルー君」
………………とまぁ、そんな感じで時間も食べ物も減っていき、僕達は朝食を食べ終わった。
「ご馳走様でした…………と、……じゃあ、荷物でもまとめますかね…………」
「そうじゃの。出発は午後になると思うが……二人とも、いいかの?」
「ええ。僕は大丈夫です」
「私も大丈夫よ」
「…………じゃあ、出発する時は私に言って頂戴。見送りくらいはしたいからね」
そう言って、ラナさんは部屋を出ていってしまった。
アーシェさんとフィスも、荷物をまとめるために部屋を出ていった。
………………にしても、フィスのあの顔はいったいなんなんだろうか……
荷物をまとめながら、僕は考える。
……なんというか、敵意みたいな感じなんだけど…………フィスは嫌いじゃないって言ってたし…………
…………ふぅむ……………………
分からんなぁ…………
××××××××××××××××××××××××××××××
「…………じゃあ、気をつけてね。三人とも」
洞窟の外で、ラナさんと、二ティカさんという人が見送りにきてくれた。
「はい。ありがとうございました」
「ラナさん、お世話になりました」
「うむ。約一ヶ月、何から何まですまなかったな」
「いいのよ。…………少しだけイレギュラーもあったけど、ほとんどが楽しかったと思ってるんだから、お礼なんていらないわ」
「……でも、寂しくなってしまいますね。お三方が去ってしまうとなると…………」
「…………あ、私も少ししたらちょっと遠出するわよ?」
「えぇ!?」
二ティカさんが感慨深そうに言うと、ラナさんが爆弾発言をしたので、涙目になりながら二ティカさんはラナさんの方を向いた。
「ちょっと待ってください!?出かけるっていったいどういうことですか!?」
「いや、ちょっと婿探しにね…………?」
「ここでも出来るじゃないですか!?それに、その間は誰がここの管理を…………」
「「「「それは二ティカ(さん)がいつもやってるじゃないの(ないですか・おろうが)?」」」」
「そ…………そんなぁ…………」
僕達四人が同時に言い、二ティカさんが困ったような顔をしたので、みんなして笑ってしまった。
…………うん。この様子を見ると、ここでの生活はとても楽しかったんだろうな…………
そんなことを考えながらも、僕はそろそろ別れの言葉を口にする。
「じゃあ、そろそろ…………」
「ええ。楽しい時間と、情報。ありがとねルシア君」
「ラナさん、二ティカさん、また会おうね?」
「ええ。また会いたいわね」
「はい!!私もまた会いたいです!!」
「では、行こうかの?」
アーシェさんがそう締めて、僕達は歩き出すのだった。
…………目的地は、アーシェさんのお母さんのサバト、“ミラーサバト”。
やっと、やっとフィスの呪いが解ける…………!!
そんな期待を胸に膨らませながら、僕は歩くのだった。
ここは……たしか…………そう、”大蛇の洞窟”という名前だったはずだ……
…………何のひねりもない名前だなぁ…………
なんとなくそんなことを考えながら、上半身を起こす。
と、そこで僕は隣にフィスが寝ていたことに気がついた。
すぅ……すぅ……と、穏やかな寝息が聞こえてくる。
昨日のような大人びたところは微塵もない、見た目相応の、可愛らしい寝顔だった。
よく寝てるし、起こしてちゃ悪いから、僕はフィスを起こさないようにゆっくりと部屋を出た。
部屋の外は、広い大空洞となっていて、僕はその大きさにほぅ、とため息をついた。
「あら?ルシア君。おはよう」
声をかけられたのでその方向を見ると、ラナさんがこちらに向かってきていた。
「ああ、ラナさん。おはようございます」
「もう体の方は大丈夫そうね。…………昨日は、お楽しみだったようだし……」
「!?」
なんで知ってるんだ?
フィスはちゃんとラナさんが去るのを確認していたし…………
もしかして………………
「…………戻ってきてたんですか?」
「……まさか本当にヤッてるとは…………よく半月も寝たままだったのに動けたわね…………」
「……?違うんですか?」
飽きれたように言うラナさんを見たところ、どうやら違ったようだ。
ラナさんは、僕の顔を指差し、答えた。
「あなたの顔。かなり疲れたような感じがするわよ?……それも、夜ずっと寝てないような、ね……」
「ああ、なるほど…………そんなに疲れて見えましたか…………それなら、戻っていなくても分かりますね…………」
「まぁ、そう言うことよ。…………と言っても、誰かさんは…………クスクス…………」
「…………?誰かさん?」
「あ、いや、こっちの話よ。気にしないで。あ、そうだ。朝食持ってきたんだった。フィスちゃんと一緒に食べよ?」
「あ、はい。いただきます」
見ると、ラナさんの腕には、パンやら何やらが入った大きめのバスケットがあった。
僕は快くラナさんを部屋に入れた。
…………そして、部屋の中には、ふてくされているフィスがいた。
「………………………………」
「ああ、フィス。おはよう。起きたんだね」
「朝食、持ってきたんだけど…………って、どうしたの?そんな顔して」
「………………なんで、起こしてくれなかったの?」
恨めしそうに僕のことを睨みながら、フィスは言う。
「いや、気持ち良さそうに寝てたから、起こしたら悪いな、と思って」
「………………また、気付かないうちに飛んじゃったって思っちゃったじゃない………………」
「………………………………」
そう言ったフィスの目から、涙が流れていた。
そうだった…………
また会えたことに浮かれていた…………
フィスは……いついなくなってしまってもおかしくないのだ…………
「………………ごめん、フィス…………浮かれてた…………」
「…………もういいわよ……ちゃんとここに居たんだから………………。…………それよりも!!」
涙を拭い、ふてくされた顔に戻ったフィスは、ベットから降りて僕に詰め寄ってきた。
いったいなんだろう、と考えていると、フィスはラナさんのことを指差して…………
「なんで、私のこと置いてってラナさんと一緒にいるわけ!?」
…………なんだ。いつもの嫉妬か…………
少し安心しながら、僕は苦笑する。
もしかしたら、何か嫌われることでもしてしまったんではないかと心配したのだ。
そして、嫉妬してくれることを少しだけ嬉しく思いながら、僕はフィスを安心させるように答えた。
「いや、フィスを起こさないように部屋を出たらラナさんがちょうど良く朝食を持ってきてくれてね。折角だから三人で食べようってことになったんだよ」
「…………ふぅん……本当かしら…………?」
「本当よ。ルシア君が出てきたの、さっきだったしね…………」
「………………一応、信じるわ…………」
じぃ〜っとフィスはラナさんのことを見ていたが、諦めたように椅子を並べ始めた。
「あ、そうだ。もう一人呼んでもいいかしら?」
「…………もしかして、アーシェ?」
用意し始めると、不意にラナさんが提案をしてきた。
それを見て、フィスは少しだけ嫌そうな顔をしたのを僕は見逃さなかった。
「……?フィスって、アーシェさんのこと嫌いなの?」
「………………嫌い……じゃないけど……なんか、嫌な感じがするの…………なんというか、女の勘?」
「ふぅん…………そうなんだ…………」
「…………で、呼んでもいいかしら?」
「…………いいよ。呼んでも。ルー君がお世話になったそうだしね……」
「あはは……僕は覚えてないんだけどね…………」
ということで、アーシェさんを交えた4人で、朝食を取ることとなった。
「………………昨日はお楽しみだったようじゃのう?ルシア」
「ブッ!?」
部屋に入り、僕を見たアーシェさんの一声がそれだったため、僕は吹いてしまった。
アーシェさん、あなたもそのことを言いますか…………
「クスクス…………どうしたのアーシェ?顔が変なことになってるわよ?」
「うるさい。ほっとけ…………」
ムッスリとしたような顔をしているアーシェさんを見て、ラナさんは面白そうに笑った。
「……というか、お主はよくそうもそんな態度を取れるな……ルシア、好みなんじゃろ…………?」
「いや、あそこまでイチャイチャされたら、流石に諦めるわよ………………」
そして、それを見て不機嫌そうになったアーシェさんは、プイと顔を反らしながら、小さな声で何かを言った。
しかし、僕のいる距離からはちょうど聞こえないくらい小さな声だったので、いったい何を言ったのか、僕にも、フィスにも分からなかった。
「…………まぁ、それは置いといて、早く食べましょうよ」
「そうだよ。アーシェにラナさん。食べようよ」
「…………そうじゃの」
「ええ、そうね。結構お腹減ってるし……」
とりあえず、みんなお腹減っているようなので、僕達は朝食を食べることにした。
「…………さてと、ルシア君、食べながらでもいいけど、私の話を聞いてくれるかしら?」
「…………?ええ。構いませんよ……?」
パンを頬張りながら、ラナさんはそんなことを訊いてきたので、僕は何がなんだか分からないが承諾した。
「ええとね、ルシア君。君、ここ二ヶ月の記憶が…………ないのよね?」
「…………みたいですね。そもそも、記憶がないという自覚すらないですからね」
「ということで、私達からここ二ヶ月のことを教えようと思うんだけど、どうかな?」
「…………いいんじゃないですか?お願いします」
そんなわけで、僕は……僕達は二人から僕の二ヶ月間の話を聞いた。
僕とアーシェさんの話や、大蛇の洞窟での日々、そして…………フィスの呪いが解けるかもしれないこと…………
「…………え?じゃあ僕はもう旅を…………」
「………………する必要がないかもしれない!!」
その話を聞いて、僕と一緒にフィスも喜んでいた。
ってあれ?
「フィス、そのこと知らされてなかったの?」
「うん。私が知っていたのはルー君がここにいるってことだけ。まだその時はこの呪いが解けるなんて思ってなかったわ…………」
「…………でも、そこで話は終わらないのよね……」
はぁ……とため息をつきながら言うラナさん。
その言葉にフィスは反応し、少し厳しい顔をした。
「…………ルー君が“イレイス”を使うことになったっていう、あの時の話ね…………」
「……ええ。あなたの呪いが解けるかもって喜んでた矢先に、そいつがこの洞窟に侵入してきたのよね…………二ティカ……私の腹心が他の魔物達を非難させてたんだけど、その侵入者……勇者に襲われてね……私達三人が助けたんだけど…………その時に…………」
「………………そうなの…………それは…………」
「ちょっ!?フィス!?落ち着いて!!」
僕は大人しく話を聞いていたのだが、侵入者の話になると、フィスから黒いオーラのようなものを感じて慌てて宥めた。
…………フィスって、戦えないんだけど、怒ると何よりも怖いんだよな…………
「でも、そいつらの所為でルー君が…………!!」
「いやいや!!その前にその人達ここにはいないから!!ね?落ち着いて!?」
「…………そうじゃの。落ち着けフィス。何よりまずその男はもうこの世に人格を残していないのじゃろう?ルシアが“イレイス”を使ったのは、その男なんじゃから…………」
「…………そうね…………ありがとう……」
何か普通とは違う言い方でアーシェさんが言うと、フィスはその何かに気がついたようで、落ち着いてくれた。
……でも、なんだろう…………アーシェさんの……暗さ……というか……なんというか…………
「さて、じゃあルシア君。この後の予定、聞かせてもらおうじゃないの?」
「…………え……?」
「ああ……そういえば、“フィスの情報が届くまで、ここに滞在する”。そんな約束だったのぅ…………」
「ええ。本来なら足止めのためのだったからね……でも、こんなんじゃ諦めるしかないし……だから、私に未練がない内に出発してもらえれば嬉しいかなぁって…………」
「「………………ああ……なるほど…………」
突然のラナさんの言葉に、しかし何か共感したらしい二人が納得したように頷く。
なんというか…………女性って不思議だなぁ……
なんて、全く何も伝わらない僕はそんなことを考えていた。
「………………そしたら、私としては早めに出たいわね……この呪いが解けるのなら、一刻も早く解きたいからね」
「………………そうだね。僕も賛成。今日中に出てこうと思う。アーシェさんはどうしますか?」
とりあえず、僕とフィスの方針は決まった。
あとは、最近まで僕と一緒に行動していたというアーシェさんだけだ。
僕個人としては、もし襲われた時に戦力になるアーシェさんがいると心強いと思っている。
ふむ……とほんの少しだけ考えたアーシェさんは、僕が思ったよりも早く答えを出した。
「うむ。わしも同行しよう。まだルシアの魔法のことを全て知れたとは言えんし、何より“二人が”心配じゃからの」
「そうですか。ありがとうございます」
「………………………………………………」
アーシェさんの同行が決まって僕が内心で喜んでいると、フィスは何故かアーシェさんのことを睨んでいた。
「……?どうかしたの、フィス?」
「…………!?う、うん!?なんでもないよ!?」
「…………?」
気になったので訊いてみると、フィスはハッとしたように答えた。
「どうかしたのか、フィス?体調が悪いなら言うのじゃぞ?」
「…………ありがとう、アーシェ…………でも、大丈夫よ」
「……ならいいんだけど…………アーシェさんに心配かけたりしちゃうから、体調が悪かったらすぐ言うんだよ?」
「ありがとうルー君」
………………とまぁ、そんな感じで時間も食べ物も減っていき、僕達は朝食を食べ終わった。
「ご馳走様でした…………と、……じゃあ、荷物でもまとめますかね…………」
「そうじゃの。出発は午後になると思うが……二人とも、いいかの?」
「ええ。僕は大丈夫です」
「私も大丈夫よ」
「…………じゃあ、出発する時は私に言って頂戴。見送りくらいはしたいからね」
そう言って、ラナさんは部屋を出ていってしまった。
アーシェさんとフィスも、荷物をまとめるために部屋を出ていった。
………………にしても、フィスのあの顔はいったいなんなんだろうか……
荷物をまとめながら、僕は考える。
……なんというか、敵意みたいな感じなんだけど…………フィスは嫌いじゃないって言ってたし…………
…………ふぅむ……………………
分からんなぁ…………
××××××××××××××××××××××××××××××
「…………じゃあ、気をつけてね。三人とも」
洞窟の外で、ラナさんと、二ティカさんという人が見送りにきてくれた。
「はい。ありがとうございました」
「ラナさん、お世話になりました」
「うむ。約一ヶ月、何から何まですまなかったな」
「いいのよ。…………少しだけイレギュラーもあったけど、ほとんどが楽しかったと思ってるんだから、お礼なんていらないわ」
「……でも、寂しくなってしまいますね。お三方が去ってしまうとなると…………」
「…………あ、私も少ししたらちょっと遠出するわよ?」
「えぇ!?」
二ティカさんが感慨深そうに言うと、ラナさんが爆弾発言をしたので、涙目になりながら二ティカさんはラナさんの方を向いた。
「ちょっと待ってください!?出かけるっていったいどういうことですか!?」
「いや、ちょっと婿探しにね…………?」
「ここでも出来るじゃないですか!?それに、その間は誰がここの管理を…………」
「「「「それは二ティカ(さん)がいつもやってるじゃないの(ないですか・おろうが)?」」」」
「そ…………そんなぁ…………」
僕達四人が同時に言い、二ティカさんが困ったような顔をしたので、みんなして笑ってしまった。
…………うん。この様子を見ると、ここでの生活はとても楽しかったんだろうな…………
そんなことを考えながらも、僕はそろそろ別れの言葉を口にする。
「じゃあ、そろそろ…………」
「ええ。楽しい時間と、情報。ありがとねルシア君」
「ラナさん、二ティカさん、また会おうね?」
「ええ。また会いたいわね」
「はい!!私もまた会いたいです!!」
「では、行こうかの?」
アーシェさんがそう締めて、僕達は歩き出すのだった。
…………目的地は、アーシェさんのお母さんのサバト、“ミラーサバト”。
やっと、やっとフィスの呪いが解ける…………!!
そんな期待を胸に膨らませながら、僕は歩くのだった。
10/10/17 22:37更新 / 星村 空理
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