外伝その2 混沌
――――――陽介たちの部屋
「んぅ・・・?」
めがさめてみるとゆいはまっくらなおへやにいました。かけてあったおふとんをどけてまわりをみてもははさまやととさまどころか、ににさままでいません。
「ににさま・・・?」
よんでみてもににさまのへんじはありません。ゆいはだんだんふあんになってきました。
「ににさま、ににさまぁ・・・!」
さっきよりもおっきなこえでよんでみてもまっくらなへやのどこからもへんじはありませんでした。なにもみえないおへやはこわいです。でも、みんないないのはもっとこわいです。
「ににさま・・・ふみゅっ!?」
びっくりしました・・・。ゆいがねていたのはせのたかいおふとんだったようです。おちたときにてをうってしまったみたいで、ひりひりします。・・・もしかしてすてられてしまったのでしょうか・・・?
「ふえぇ・・・。」
いたくいのとこわいのでめになみだがたまってきましたがここはがまんです。いたくてもににさまをみつけるのがさきです。おへやにどあがあるのはとうぜんです。なのでどあをさがすためにまっくらなおへやをまっすぐいくと、かべにぶつかりました。そこからすこしいくと、でこぼこにぶつかりそのさきがいまゆいがいるところとはちがってひんやりしていました。ここがどあなのでしょうか。どあがあればあのくるっとまわるのもあるはずなのでてをのばしてあのくるっとまわるのをさがしました。するとおにいさんゆびのさきにどあよりもひんやりとしたなにかがあたりました。
「う・・・んしょっ・・・!」
せのびをしてつかんでみるとそれはあのくるっとまわるやつでした。それをふたつのてでくるっとまわすと、どあがゆっくりとあきました。おそとのひかりがまぶしいですがいまはそんなことよりもににさまをさがすほうがだいじです。どあをでてかべにてをつけてゆっくりと
バタン!
「ひゃうっ!?」
おっきなおとにびっくりしたのでうしろをみてみると、どあがしまっていました。・・・だれがしめたんでしょうか。まわりをみてもだれもいないのに。・・・まさか、おばけ・・・?
「ににさまぁ・・・!」
おへやのなかでしたようにににさまをよんでもへんじはありません。みちはまだまだありましたがこわくてうごけませんでした。もしうごけばおばけがくるようなきがするのです。みちのむこうになにかくろいものがみえました。あれがおばけなのでしょうか。そのくろいのはだんだんおっきくなってゆいにちかづいてきました。
「ふえ、ぇ、に、ににさまぁ・・・!」
ゆいはこわいのでからだをひくくしました。このあいだははさまがこうすればいいとおしえてくれたからです。
・・・こわいですこわいです・・・!ににさまたすけて・・・!
「え、唯?何してんのそこで。」
「ふぇ・・・?」
あたまをあげると、さっきまでおばけのいたところにはににさまがいました。ににさまのかおをみたら、なぜかなみだがとまらなくなってきました。
「に、ににさまーーーー!」
――――――
「に、ににさまーーーー!」
「うわっ!?」
何故か床で蹲っていた唯に声を掛けると、突然大きな声を出しながら俺に飛びついてきた。
「ど、どうした?何かあったか?」
「ふえええぇえぇえん!」
腰にしがみ付いた唯を抱きかかえ理由を聞くも、俺の胸に顔をこすり付けて泣くだけ。一体何があったのだろうか・・・。
「よしよし、もう怖くないからな?」
「ふうっ・・・、ふぇっ・・・。」
背中を叩いてやると、唯は少し安心したのか大声で泣くのをやめる。いつの間にか唯は下半身を俺の鳩尾回りに巻きつけていた。強い力で締め付けてくるため地味に痛い。
「・・・で、何があったの?」
「ぐすっ・・・まっくら・・・ひっく・・・おへや・・・。」
「・・・・・・。」
「ふえっ・・・おそと・・・くすん・・・おばけぇ・・・。」
・・・多分言ってる事から察するに、起きたら真っ暗で誰も居ない部屋にいたから怖くて外に出たらお化けがいた・・・でいいのだろうか。一体部屋から此処までの数メートルの間でどんな大冒険を・・・。
「ふえっ・・・ににさまぁ〜っ・・・!」
「はいはい、怖かったね〜。」
――――――同刻・巡査本部玄関
「・・・なあ。」
「ん?何だ?」
「俺達も運が無いよな・・・。」
「どうしたんだよ、いきなり。」
「だってこんな反魔物地区にある巡査本部の門番だぜ?いつ死んでもおかしくねぇだろ・・・?」
「こ・・・のご時世、何処も雇っちゃくれないんだ。職があっただけ良いじゃねぇか・・・。」
「そうだけどよ・・・。ん?」
門番をしていた男性二人が話をしていると、道の向こうから十数人ほどの団体が見えた。
「誰だ?こんな時間に・・・。」
「・・・おい、何かおかしいぞあいつら。」
片方が懸念していると、その団体はどんどん近付いてくる。どこかへ行く途中だと思っていた門番達は異変に気付いた。
「・・・おい、巡査長に連絡を。」
殺気が尋常ではない。まるで此処を落としに来たかと紛うほどの殺気に、片方がもう一人に中に伝達に行かせようとした。
その時団体の中の一人、戦国時代の武将の様な格好をした男が走り出した。
「早く行――」
「居合『帝釈天』」
次の言葉を発する前に門番の体が真っ二つに裁断された。血が雨のように降り注ぎ、武士風の男の甲冑を赤く染める。
「俺は・・・」
男は一言呟くと、伝達に向かっていたもう一人の門番に向かって剣を構えた。
――――――数分後・巡査本部2F廊下
「落ち着いた?」
「・・・はい。」
唯がだいぶ落ち着いてきたので、ゆっくりと床に下ろしてやる。
「・・・さ、行こうか。」
「・・・・・・。」
部屋に戻ろうと手を差し出すと、唯は両手で握り返してくれた。まだ微かに震えているその手を引いて、部屋の鍵を開けてドアノブを捻る。ドアを開けると、真っ暗な部屋に廊下の明かりが射す。壁にあるスイッチを操作して豆電球を点ける。
「・・・一人で寝れる?もう怖くないか?」
「・・・こわいです・・・。」
小さな体を震わせながら唯が答える。・・・まあ、どんなお化けをみたのか知らないけど無理も無い、か。
「じゃ、一緒に寝よう。それなら怖くない?」
「・・・・・・。」
唯が小さく頷く。ベッドの前まで唯の小さな手を引き、抱きかかえてベッドの上に乗せてやる。
ビーーー!ビーーー!
突然、警報の様な大きな音が建物中に響いた。
「!?」
「ひうっ!?」
唯が肩を跳ねさせて驚くのとほぼ同時に、鉄製のドアから激しいノック音がした。
「おい坊主、あっしじゃ!芳養荷栖じゃ!」
敵では無いと断定は出来ないので箪笥に立て掛けておいた刀を取って鞘から刀身を抜いてからドアを開ける。そこには肩で息をしながら左肩を押さえた芳養荷栖さんが立っていた。押さえている左肩からは血が溢れ、彼の手も自身の血で真っ赤に染まっていた。
「は、芳養荷栖さん!?どうしたんですかその怪我!」
「ん?ああ・・・。少し油断してのう。隙を突かれたわい。」
「大丈夫なんですか!?」
「・・・今はあっしよりもお主や唯ちゃんを安全な場所へ移動させるのが先決じゃ。付いて来い!」
そう言って、芳養荷栖さんは右方向へと走り出した。唯を連れ出そうと後ろを振り向くと、唯は小さく蹲って震えていた。
「唯!早く来なさい!」
「・・・怖いよう・・・!」
「坊主、何をしておる!早ようせんか!」
曲がり角から芳養荷栖さんが顔を出し、俺達を急かす。
「は、はい!」
「ふえ・・・!?」
「唯、走るからしっかり捕まってな!」
部屋の中に入り唯を刀を持っていない左手で抱きかかえ、芳養荷栖さんのほうへと向かう。曲がり角を曲がると、芳養荷栖さんがエレベーターに乗って待っていた。俺達がエレベーターに乗ると同時に、芳養荷栖さんが扉を閉めた。
「一旦下へ降りる。多少危険じゃがあっしがこの命にかけて守ろう。着いたらとにかく左へ走れ、防護用シェルターがあるからのう。」
「・・・でも、芳養荷栖さん。」
「お主がどれだけ手練だろうと、子供を抱えて本当の実力が出せるかの?」
「うっ・・・。」
やはりこの人は読心術か何かが使えるのだろうか。
「さ、着くぞ。とにかく全力で走れ。絶対に振り返ってはならん。ええの?」
「・・・はい。」
「・・・ににさま?」
胸にいる唯が心配そうに此方を見上げてくる。
「・・・唯、暫らく目を瞑っていなさい。後耳も。」
「・・・・・・。」
唯は黙って頷くと、俺の胸板に顔を押し付けて両手で耳を押さえた。
ピンポン。
エレベーターが一階に着き、扉が開く。それと同時に目に入ったのはまるで戦争。生気を感じない人間のようなモノが十数人、巡査本部になだれ込んでいた。その内の数人が此方に気付き、ナイフを片手に走ってきた。
「行け!」
「はい!」
芳養荷栖さんの合図と共に、俺は左手で唯をしっかりと抱きかかえ走り出す。それと同時に芳養荷栖さんもエレベーターから降り、敵を迎え討つ。武器も持って無いのにどう戦うのかは気になったが、今は防護シェルターに唯を届ける事が先決だ。エレベーターを出てすぐに左へと曲がり、一心不乱に走る。
「うわっ!?」
「・・・・・・。」
突然、目の前にあの人間モドキが立ち塞がった。どうやら後ろからジャンプしてきたらしい。・・・まさか、芳養荷栖さんはやられてしまったのだろうか。振り返ろうにも、今にも襲ってきそうな人間モドキから目が離せない。よく見てみると、体には手術をしたような縫い傷が幾つもある。そして何より、死臭がする。それだけで人間で無いことは容易に分かった。
「・・・・・。」
人間モドキは無言でナイフ振りかざしながら突然襲い掛かってきた。紙一重の所で切っ先をかわして二歩後ろに下がる。進行方向に敵がいる以上、そう簡単には進めない。気絶でもさせて無理やりにでも進むのが得策だろう。
「うおおおおおおっ!」
「・・・・・・!」
気合と共に踏み込み、右手だけで刀を振り人間モドキの腕を斬りおとす。怯んでくれればそれでいい、と思った攻撃だったが想像よりもよく効いたのか人間モドキは血も出さずにその場に崩れ落ちた。
倒れている人間モドキに目もくれずに通路を突っ走る。すると、奥にそれらしいドアが見えた。あれが防護シェルターなのだろうか。ドアに手が掛かるか否か、という時に、背中に激痛が走った。
「うあ゛っ・・・!?」
「ににさま・・・!?」
「だ、大丈夫・・・。唯はそのまま目を瞑っていなさい・・・。」
心配して声を掛けてくれた宵を窘めたが、痛みで思わず床に膝がついた。刀を離し、背中を確認するとナイフのような物が突き刺さっていた。嫌な予感がして振り返ると、先程とは違う人間モドキが数人走って来ていた。内一人はナイフを持っていない、こいつがボウイナイフの様に投げてきたらしい。
立ち上がろうとするが体が言う事を聞かない、何とか刀を掴もうとした時不意にすぐ後ろから声が聞こえた。
「おいおい・・・着いてみりゃなんだ、この騒ぎは?」
「どうやら一歩遅かったみたいですね。」
「え・・・?」
振り返ってみると、転移魔法独特の光から黒い長袖の服を着て無精髭を生やし、大鎌を背負った男性と巫女服を着たぬれおなごが立っていた。
「ん、どうした小僧・・・!!」
男性が此方に振り向き、珍しい物を見るような目で俺を見つめてきた。そして、今度は目の前にいる人間モドキに目を向けると背中の大鎌に手を掛ける。
「おい、お前・・・聡世さんの息子さんの陽介だな?」
「は、はい。」
何故この人は俺の名を知っているのだろうか。
「よし、援護してやる。すぐにそこに入って癒雨さんにその傷を手当てして貰え。」
そういいながら、男性が鎌を構える。
「え・・・。」
「ここは卓さんにお任せして、私達は行きましょう。」
何が何だか分からないまま、俺はぬれおなごに支えて貰いながら防護シェルターの中に入った。
「大丈夫ですか?」
シェルターに入ってすぐ、ぬれおなごが心配そうに声を掛けてきた。
「・・・はい。それよりも、外のあの人が・・・。」
「卓さんなら大丈夫です、あのような敵にやられるお方ではありませんから。」
「は、はあ・・・。」
「ににさま・・・。もういいですか・・・?」
胸で細かく震えていた唯が弱々しく声を掛けてきた。呆気に取られていてすっかり忘れてた。もう外は見えないし、この子を怖がらせる物も無いだろう。
「ああ、もう良いよ。」
「・・・・・・。」
胸に押し付けられていた顔が、震えながらも俺をしっかりと見つめる。優しく頭を撫でてやると、唯は安心したように体の強張りをゆっくりと解いていった。
「・・・では、傷の手当てを始めましょう。」
「え・・・。」
「少し、痛いですよ。」
「ッ!!」
激痛が走り、ズルリという嫌な音と共に俺の背中からナイフが引き抜かれる。その様子を見て、唯が更に心配した顔で俺の顔を覗き込んできた。
「服を脱いでください。治癒魔法を使った後、これを巻きますので。」
「はい・・・。」
そう言って後ろにいたぬれおなごは何かを取り出すと脇に置いた。指示の通りに服を脱ぐと、ぬれおなごは小さな呪文のようなモノを唱えだした。徐々に痛みが和らいでくる。そして呪文を唱え終わると、脇に置いたそれを俺の胸に巻き始めた。
「ににさま、だいじょうぶですか・・・?」
「あ、ああ。唯は?何処も怪我してないか?」
「はい。ゆいはだいじょうぶです。」
「・・・これで良し。」
会話をしている内に巻き終わったのか、ぬれおなごが背中を軽く叩いて治療の終わりを示してくれた。
「あ、あの・・・。」
「はい?」
「もう、動いても大丈夫ですか・・・?」
俺が尋ねると、ぬれおなごは少し呆れたようにため息をついた。
「・・・止めても、行かれるのでしょう?」
「・・・ええ、まあ。」
「では、ご武運を。」
「ありがとうございます。」
ぬれおなごの言葉を合図に、入り口近くに置いてきた刀を手に取りシェルターの扉を開け放った。
「んぅ・・・?」
めがさめてみるとゆいはまっくらなおへやにいました。かけてあったおふとんをどけてまわりをみてもははさまやととさまどころか、ににさままでいません。
「ににさま・・・?」
よんでみてもににさまのへんじはありません。ゆいはだんだんふあんになってきました。
「ににさま、ににさまぁ・・・!」
さっきよりもおっきなこえでよんでみてもまっくらなへやのどこからもへんじはありませんでした。なにもみえないおへやはこわいです。でも、みんないないのはもっとこわいです。
「ににさま・・・ふみゅっ!?」
びっくりしました・・・。ゆいがねていたのはせのたかいおふとんだったようです。おちたときにてをうってしまったみたいで、ひりひりします。・・・もしかしてすてられてしまったのでしょうか・・・?
「ふえぇ・・・。」
いたくいのとこわいのでめになみだがたまってきましたがここはがまんです。いたくてもににさまをみつけるのがさきです。おへやにどあがあるのはとうぜんです。なのでどあをさがすためにまっくらなおへやをまっすぐいくと、かべにぶつかりました。そこからすこしいくと、でこぼこにぶつかりそのさきがいまゆいがいるところとはちがってひんやりしていました。ここがどあなのでしょうか。どあがあればあのくるっとまわるのもあるはずなのでてをのばしてあのくるっとまわるのをさがしました。するとおにいさんゆびのさきにどあよりもひんやりとしたなにかがあたりました。
「う・・・んしょっ・・・!」
せのびをしてつかんでみるとそれはあのくるっとまわるやつでした。それをふたつのてでくるっとまわすと、どあがゆっくりとあきました。おそとのひかりがまぶしいですがいまはそんなことよりもににさまをさがすほうがだいじです。どあをでてかべにてをつけてゆっくりと
バタン!
「ひゃうっ!?」
おっきなおとにびっくりしたのでうしろをみてみると、どあがしまっていました。・・・だれがしめたんでしょうか。まわりをみてもだれもいないのに。・・・まさか、おばけ・・・?
「ににさまぁ・・・!」
おへやのなかでしたようにににさまをよんでもへんじはありません。みちはまだまだありましたがこわくてうごけませんでした。もしうごけばおばけがくるようなきがするのです。みちのむこうになにかくろいものがみえました。あれがおばけなのでしょうか。そのくろいのはだんだんおっきくなってゆいにちかづいてきました。
「ふえ、ぇ、に、ににさまぁ・・・!」
ゆいはこわいのでからだをひくくしました。このあいだははさまがこうすればいいとおしえてくれたからです。
・・・こわいですこわいです・・・!ににさまたすけて・・・!
「え、唯?何してんのそこで。」
「ふぇ・・・?」
あたまをあげると、さっきまでおばけのいたところにはににさまがいました。ににさまのかおをみたら、なぜかなみだがとまらなくなってきました。
「に、ににさまーーーー!」
――――――
「に、ににさまーーーー!」
「うわっ!?」
何故か床で蹲っていた唯に声を掛けると、突然大きな声を出しながら俺に飛びついてきた。
「ど、どうした?何かあったか?」
「ふえええぇえぇえん!」
腰にしがみ付いた唯を抱きかかえ理由を聞くも、俺の胸に顔をこすり付けて泣くだけ。一体何があったのだろうか・・・。
「よしよし、もう怖くないからな?」
「ふうっ・・・、ふぇっ・・・。」
背中を叩いてやると、唯は少し安心したのか大声で泣くのをやめる。いつの間にか唯は下半身を俺の鳩尾回りに巻きつけていた。強い力で締め付けてくるため地味に痛い。
「・・・で、何があったの?」
「ぐすっ・・・まっくら・・・ひっく・・・おへや・・・。」
「・・・・・・。」
「ふえっ・・・おそと・・・くすん・・・おばけぇ・・・。」
・・・多分言ってる事から察するに、起きたら真っ暗で誰も居ない部屋にいたから怖くて外に出たらお化けがいた・・・でいいのだろうか。一体部屋から此処までの数メートルの間でどんな大冒険を・・・。
「ふえっ・・・ににさまぁ〜っ・・・!」
「はいはい、怖かったね〜。」
――――――同刻・巡査本部玄関
「・・・なあ。」
「ん?何だ?」
「俺達も運が無いよな・・・。」
「どうしたんだよ、いきなり。」
「だってこんな反魔物地区にある巡査本部の門番だぜ?いつ死んでもおかしくねぇだろ・・・?」
「こ・・・のご時世、何処も雇っちゃくれないんだ。職があっただけ良いじゃねぇか・・・。」
「そうだけどよ・・・。ん?」
門番をしていた男性二人が話をしていると、道の向こうから十数人ほどの団体が見えた。
「誰だ?こんな時間に・・・。」
「・・・おい、何かおかしいぞあいつら。」
片方が懸念していると、その団体はどんどん近付いてくる。どこかへ行く途中だと思っていた門番達は異変に気付いた。
「・・・おい、巡査長に連絡を。」
殺気が尋常ではない。まるで此処を落としに来たかと紛うほどの殺気に、片方がもう一人に中に伝達に行かせようとした。
その時団体の中の一人、戦国時代の武将の様な格好をした男が走り出した。
「早く行――」
「居合『帝釈天』」
次の言葉を発する前に門番の体が真っ二つに裁断された。血が雨のように降り注ぎ、武士風の男の甲冑を赤く染める。
「俺は・・・」
男は一言呟くと、伝達に向かっていたもう一人の門番に向かって剣を構えた。
――――――数分後・巡査本部2F廊下
「落ち着いた?」
「・・・はい。」
唯がだいぶ落ち着いてきたので、ゆっくりと床に下ろしてやる。
「・・・さ、行こうか。」
「・・・・・・。」
部屋に戻ろうと手を差し出すと、唯は両手で握り返してくれた。まだ微かに震えているその手を引いて、部屋の鍵を開けてドアノブを捻る。ドアを開けると、真っ暗な部屋に廊下の明かりが射す。壁にあるスイッチを操作して豆電球を点ける。
「・・・一人で寝れる?もう怖くないか?」
「・・・こわいです・・・。」
小さな体を震わせながら唯が答える。・・・まあ、どんなお化けをみたのか知らないけど無理も無い、か。
「じゃ、一緒に寝よう。それなら怖くない?」
「・・・・・・。」
唯が小さく頷く。ベッドの前まで唯の小さな手を引き、抱きかかえてベッドの上に乗せてやる。
ビーーー!ビーーー!
突然、警報の様な大きな音が建物中に響いた。
「!?」
「ひうっ!?」
唯が肩を跳ねさせて驚くのとほぼ同時に、鉄製のドアから激しいノック音がした。
「おい坊主、あっしじゃ!芳養荷栖じゃ!」
敵では無いと断定は出来ないので箪笥に立て掛けておいた刀を取って鞘から刀身を抜いてからドアを開ける。そこには肩で息をしながら左肩を押さえた芳養荷栖さんが立っていた。押さえている左肩からは血が溢れ、彼の手も自身の血で真っ赤に染まっていた。
「は、芳養荷栖さん!?どうしたんですかその怪我!」
「ん?ああ・・・。少し油断してのう。隙を突かれたわい。」
「大丈夫なんですか!?」
「・・・今はあっしよりもお主や唯ちゃんを安全な場所へ移動させるのが先決じゃ。付いて来い!」
そう言って、芳養荷栖さんは右方向へと走り出した。唯を連れ出そうと後ろを振り向くと、唯は小さく蹲って震えていた。
「唯!早く来なさい!」
「・・・怖いよう・・・!」
「坊主、何をしておる!早ようせんか!」
曲がり角から芳養荷栖さんが顔を出し、俺達を急かす。
「は、はい!」
「ふえ・・・!?」
「唯、走るからしっかり捕まってな!」
部屋の中に入り唯を刀を持っていない左手で抱きかかえ、芳養荷栖さんのほうへと向かう。曲がり角を曲がると、芳養荷栖さんがエレベーターに乗って待っていた。俺達がエレベーターに乗ると同時に、芳養荷栖さんが扉を閉めた。
「一旦下へ降りる。多少危険じゃがあっしがこの命にかけて守ろう。着いたらとにかく左へ走れ、防護用シェルターがあるからのう。」
「・・・でも、芳養荷栖さん。」
「お主がどれだけ手練だろうと、子供を抱えて本当の実力が出せるかの?」
「うっ・・・。」
やはりこの人は読心術か何かが使えるのだろうか。
「さ、着くぞ。とにかく全力で走れ。絶対に振り返ってはならん。ええの?」
「・・・はい。」
「・・・ににさま?」
胸にいる唯が心配そうに此方を見上げてくる。
「・・・唯、暫らく目を瞑っていなさい。後耳も。」
「・・・・・・。」
唯は黙って頷くと、俺の胸板に顔を押し付けて両手で耳を押さえた。
ピンポン。
エレベーターが一階に着き、扉が開く。それと同時に目に入ったのはまるで戦争。生気を感じない人間のようなモノが十数人、巡査本部になだれ込んでいた。その内の数人が此方に気付き、ナイフを片手に走ってきた。
「行け!」
「はい!」
芳養荷栖さんの合図と共に、俺は左手で唯をしっかりと抱きかかえ走り出す。それと同時に芳養荷栖さんもエレベーターから降り、敵を迎え討つ。武器も持って無いのにどう戦うのかは気になったが、今は防護シェルターに唯を届ける事が先決だ。エレベーターを出てすぐに左へと曲がり、一心不乱に走る。
「うわっ!?」
「・・・・・・。」
突然、目の前にあの人間モドキが立ち塞がった。どうやら後ろからジャンプしてきたらしい。・・・まさか、芳養荷栖さんはやられてしまったのだろうか。振り返ろうにも、今にも襲ってきそうな人間モドキから目が離せない。よく見てみると、体には手術をしたような縫い傷が幾つもある。そして何より、死臭がする。それだけで人間で無いことは容易に分かった。
「・・・・・。」
人間モドキは無言でナイフ振りかざしながら突然襲い掛かってきた。紙一重の所で切っ先をかわして二歩後ろに下がる。進行方向に敵がいる以上、そう簡単には進めない。気絶でもさせて無理やりにでも進むのが得策だろう。
「うおおおおおおっ!」
「・・・・・・!」
気合と共に踏み込み、右手だけで刀を振り人間モドキの腕を斬りおとす。怯んでくれればそれでいい、と思った攻撃だったが想像よりもよく効いたのか人間モドキは血も出さずにその場に崩れ落ちた。
倒れている人間モドキに目もくれずに通路を突っ走る。すると、奥にそれらしいドアが見えた。あれが防護シェルターなのだろうか。ドアに手が掛かるか否か、という時に、背中に激痛が走った。
「うあ゛っ・・・!?」
「ににさま・・・!?」
「だ、大丈夫・・・。唯はそのまま目を瞑っていなさい・・・。」
心配して声を掛けてくれた宵を窘めたが、痛みで思わず床に膝がついた。刀を離し、背中を確認するとナイフのような物が突き刺さっていた。嫌な予感がして振り返ると、先程とは違う人間モドキが数人走って来ていた。内一人はナイフを持っていない、こいつがボウイナイフの様に投げてきたらしい。
立ち上がろうとするが体が言う事を聞かない、何とか刀を掴もうとした時不意にすぐ後ろから声が聞こえた。
「おいおい・・・着いてみりゃなんだ、この騒ぎは?」
「どうやら一歩遅かったみたいですね。」
「え・・・?」
振り返ってみると、転移魔法独特の光から黒い長袖の服を着て無精髭を生やし、大鎌を背負った男性と巫女服を着たぬれおなごが立っていた。
「ん、どうした小僧・・・!!」
男性が此方に振り向き、珍しい物を見るような目で俺を見つめてきた。そして、今度は目の前にいる人間モドキに目を向けると背中の大鎌に手を掛ける。
「おい、お前・・・聡世さんの息子さんの陽介だな?」
「は、はい。」
何故この人は俺の名を知っているのだろうか。
「よし、援護してやる。すぐにそこに入って癒雨さんにその傷を手当てして貰え。」
そういいながら、男性が鎌を構える。
「え・・・。」
「ここは卓さんにお任せして、私達は行きましょう。」
何が何だか分からないまま、俺はぬれおなごに支えて貰いながら防護シェルターの中に入った。
「大丈夫ですか?」
シェルターに入ってすぐ、ぬれおなごが心配そうに声を掛けてきた。
「・・・はい。それよりも、外のあの人が・・・。」
「卓さんなら大丈夫です、あのような敵にやられるお方ではありませんから。」
「は、はあ・・・。」
「ににさま・・・。もういいですか・・・?」
胸で細かく震えていた唯が弱々しく声を掛けてきた。呆気に取られていてすっかり忘れてた。もう外は見えないし、この子を怖がらせる物も無いだろう。
「ああ、もう良いよ。」
「・・・・・・。」
胸に押し付けられていた顔が、震えながらも俺をしっかりと見つめる。優しく頭を撫でてやると、唯は安心したように体の強張りをゆっくりと解いていった。
「・・・では、傷の手当てを始めましょう。」
「え・・・。」
「少し、痛いですよ。」
「ッ!!」
激痛が走り、ズルリという嫌な音と共に俺の背中からナイフが引き抜かれる。その様子を見て、唯が更に心配した顔で俺の顔を覗き込んできた。
「服を脱いでください。治癒魔法を使った後、これを巻きますので。」
「はい・・・。」
そう言って後ろにいたぬれおなごは何かを取り出すと脇に置いた。指示の通りに服を脱ぐと、ぬれおなごは小さな呪文のようなモノを唱えだした。徐々に痛みが和らいでくる。そして呪文を唱え終わると、脇に置いたそれを俺の胸に巻き始めた。
「ににさま、だいじょうぶですか・・・?」
「あ、ああ。唯は?何処も怪我してないか?」
「はい。ゆいはだいじょうぶです。」
「・・・これで良し。」
会話をしている内に巻き終わったのか、ぬれおなごが背中を軽く叩いて治療の終わりを示してくれた。
「あ、あの・・・。」
「はい?」
「もう、動いても大丈夫ですか・・・?」
俺が尋ねると、ぬれおなごは少し呆れたようにため息をついた。
「・・・止めても、行かれるのでしょう?」
「・・・ええ、まあ。」
「では、ご武運を。」
「ありがとうございます。」
ぬれおなごの言葉を合図に、入り口近くに置いてきた刀を手に取りシェルターの扉を開け放った。
11/10/21 01:10更新 / 一文字@目指せ月3
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