なんで来ないのよ?
夕陽の眩しい商店街に威勢のいい声が響く。
「らっしゃーせー! 今なら揚げたてコロッケ98円! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
雑踏に負けじと、青年はまるで競りのように声を張り上げていた。
彼の名は篠宮 康介。篠宮精肉店の跡取り息子にして、齢はたったの18歳。
既に代替わりした、なんてわけではなく、卒業間もない春休みゆえの店番である。
若いとはいえ、小学校の頃から康介は両親の手伝いをしてきた。
慣れた手つきでフライヤーから取り出したコロッケを、お客さんによくみえるようショウケースへ置く。
こじんまりとした精肉店から香ばしい揚げ物の香りが漂い、道行く人々の空きっ腹に残酷な攻撃を仕掛ける。夕飯時のこの香りは、殺人的とも言えるだろう。
「今なら揚げたて、揚げたて、…………とにかく揚げたてだよー! お買い得だよー!」
揚げたてしか押し所はないのか、と向かいの八百屋の親父は笑いを堪える。
ちらりと康介を見た女子高生はクスクスと微笑ましそうだった。
だが、店の前まで足を運ぶ人……すなわち客は意外となかなか来ない。
「ぐぬぬ……!」
悔しそうに歯噛みする康介。
だいたい、こうやって彼が一際騒いだら渋々割引のシールを貼るのはこの商店街の常識だ。
みんな、それを待っているだけである。
「何でや、コロッケ揚げたてのが美味いやろ!?」
お手頃価格には勝てなかったよと、虚しい絶叫である。
「相変わらずこの時間は繁盛してないねー、コウちゃん」
そんな風に人目も憚らずに騒がしい彼に、にゅっとレジに乗り出す一人の男。
康介は、そんな突然の来訪にぎょっと目を丸くした。
「うぉう!? お、驚かせんなツカサ!」
「はろはろー。元気してるー?」
ツカサ、菜摘 司は康介の幼馴染だ。
幼馴染と言うよりは腐れ縁と言った方がしっくりくるかもしれない。
幼稚園から小学校、一個駆け上って高校まで康介は司と同じだったのだから。
もはや熟成を通り越して腐敗である。BLではない。
「へへ、見ての通りだよ。そういうお前はちょい眠そうだな」
「んー? あー、最近ちょっとソーシャルゲームに嵌ってさぁ。ホラ、春休みって暇だし」
重たそうな瞼をぐしぐしと拭う司に、康介ははてと首を傾げる。
ソーシャルゲームとは何ぞや? と、顔に書いてあった。
「あぁ、コウちゃんは携帯ってメールと電話ぐらいしかしないもんね。……っと、これこれ」
そう言って司が取り出したガラパゴスケータイ。
パカッと開いて見せた画面には、何やらピンクっぽい感じのデザインフォント。
『マモノタイムオンライン』
字のすぐ下には、頭に猫耳やら角を生やしたヒトっぽいキャラが並んでおり、中には少し人間という原型からかけ離れた一つ目や触手がにょろにょろしているのもいる。
「へぇ、なんかオタクっぽいな」
わいのわいのと並ぶキャラクターはどれも女の子。
それも、ちょっと可愛らしい萌えキャラっぽいデザインだった。
あまりそういった文化に明るくない康介は、率直な意見を言う。
「まぁちょっとそれっぽい所もあるけど、けっこう面白いゲームだよ」
「ふーん? どんなゲームなんだ?」
「大雑把に言うと、このタイトル画面に並んでる……魔物娘って言ってモンスターをモチーフにした女の子と色々するゲームかな? ストーリーはアンチヒーローもので、RPGで言う感じの魔王側で、魔物娘と勇者を倒すんだって」
「……なんかどっかにありそうなゲームだなぁ」
興味なさげに適当なことを言う康介。
そんな彼に、司はいやいやと指を振る。よほど推したいゲームのようだ。
「これが結構フクザツなんだよ〜? パートナーの魔物娘のステータス管理が難しいの」
「ステータス管理? レベルを上げて物理で殴ればいいじゃねーか」
「チッチッチッ……このゲームに初めからレベルなんて概念はなかったんだよ!」
ドヤァァァァ。
「……………………お、おう」
いまいち司のテンションについていけない康介は、気のない返事くらいしかできなかった。
戸惑う様子が伝わったのか、司も恥ずかしそうに少し赤面する。
「……こ、コホン。えっと、このゲームは敵を倒して経験値を稼ぐって言うシステムじゃないの」
「え? じゃあどうすんの?」
「魔物娘をね、一人パートナーに選んでスキンシップして魔物娘のやる気を引き上げるの。言うなれば親密度なんだけど、ここがミソなんだよなぁ」
しみじみと言う司に、康介はいまいちどういうことなのか呑みこめない。
実際に見てもらった方が早いかも、と司は携帯をポチポチと操作する。
少しして、康介に見せるべく彼が持ち上げた携帯の画面には、女の子の立ち絵があった。
ミノタウロス、というデカデカとした文字の下に、まるで闘牛のように荒々しい女の子が。
「僕のお気に入りのミノタウロスちゃん。どう、可愛いでしょ?」
「いやこれはカッコいい系だろ。つか、このおっぱい星人が!」
「はっはっはっは、否定はしない!」
商店街に下衆な会話が響く。
道行く人の冷たい視線にさすがに二人ともクールダウンし、しおしおと縮こまる。
項垂れる司は、器用に画面を康介に向けたまま携帯を操作する。
「……で、例えばこんな感じに……」
カーソルが『ごはん』に合わさり、ポンっと画面に原始人が食べそうな感じの骨付き肉が出る。
それに気付いたようにミノタウロスが反応し……。
『お、気が利くじゃねぇかツカサ。あんがとよっ!』
と、快活な笑顔で骨付き肉を手に取る。
そのままワイルドにかぶりつくアニメーションまで流れ、康介は感心したように息を漏らした。
「ほー。意外とよくできたゲームじゃん。あんな綺麗な骨付き肉なんか現実にはないけど」
「そ、そこはゲームだから勘弁してほしいかな……」
精肉店の跡取り息子らしい的確なツッコミに、司は呆れたように頬を掻く。
「まぁ、こんな風に魔物娘に食べ物あげたり、一緒に遊んだり会話したりすると親密度が上がっていくんだ。これが地味に良くできてて、変なことすると親密度が下がるらしいんだよね」
「変なことって、例えば?」
「んー……放置とか?」
やったことないけど、とさらりと放った言葉に司がどれだけこのゲームに嵌っているか、康介はなんとなく察した。
「コウちゃんも暇だったらやってみてよ、URLメールで送っとくから」
「え、いや、俺そういうのはちょっと……」
「まま、そう言わずにさ」
「……本音は?」
「フレンド勧誘でもらえるレアアイテムが欲しいの♪」
ちゃっかりしてやがる、と呆れる康介。
登録するからコロッケを買っていけ、と言った彼も大概だった。
店番を終え、夕食を食い、風呂を済ませ、康介は自分の部屋のベッドにボフッと倒れ込む。
充電器に差し込んでいたスマートフォンのランプが点灯しており、早速と司がメールを送ってきているようだった。
「……どんだけ勧めたいんだ、あいつ」
あまりの嵌りっぷりにそら恐ろしいものを覚えるが、約束は約束だ。
康介はメールを開き、添付されていたURLをタッチする。
すると、すぐに『マモノタイムオンライン』の、新規登録者用のページに繋がった。
「メールアドレスに……ニックネームだけでいいのか。こういうのって面倒くさそうなもんだと思ってたんだけど、意外と簡単なんだな」
ポチポチと両手でスマートホンを操作し、難なく登録を完了する。
すぐに司が夕方に見せたログイン画面に移り、『始める』というボタンが点滅する。
「……はぁ」
やや抵抗を覚えながらも、康介は小さくため息を吐いてボタンを押す。
画面が読みこまれると、やたらと滑らかに動くアニメーションが始まった。
『ようこそ、マモノタイムオンラインへ! 歓迎しますね、コースケさん!』
デフォルメされたキャラがぴょこんと現れ、そんなテキストが流れる。
さらさらと白い髪とは対照的に黒く露出の多いドレス。
悪魔のような角に白い翼を生やしたこの魔物娘は『リリム』というらしい。
その後、司が説明したようなチュートリアルを、リリムが丁寧に読みあげる。
さすがに一度聞いた話で、康介はポチポチと画面を進めていった。
「なんか、何のためにもならないゲームだな……くぁぁ……」
パズルゲーム好きな康介は、説明文に改めて目を通しても気が進まない。
チュートリアルももはや流し読みで、大きな欠伸を漏らしていた。
『それでは、貴方のパートナーになる魔物を引いてください!』
と、そこで画面がスッと変わる。
俗に言うガチャポンのような機体が画面にアップされ、矢印付きでタッチしてくださいの文字。
「よっと」
康介の指がガチャポンのネジにタッチすると、ガタゴトッと機体が揺れる。
そして、ゴトンと、大きなガチャポン球が転げ出てきた。
またこれも矢印付きでタッチしてくださいと書いてあり、康介は面倒くさそうに再び画面をタッチした。
パアアァァァ
『アンタが私のパートナー? ふんっ、足を引っ張らないでちょうだいよね』
『おめでとうございます! 貴方のパートナーはメドゥーサです! 可愛がってあげてくださいね!』
画面にはツンと澄ましたようにそっぽを向く女の子。
例によって、やはり人間とはかけ離れた姿だが。
髪の毛先はチロチロと舌を出す蛇がワラワラとおり、腰から下は大蛇の尾のようだ。
「……なんか、さっきから露出多くないか?」
ミノタウロス然り、リリム然り、このメドゥーサもまた然り。
先ほどから康介が見た魔物は、揃いも揃って肌成分が多い。
彼が引き当てたメドゥーサに至っては、まるでシャムシールの踊り子のようで胸部に申し訳程度の織布がされているだけだった。
ちなみに、司のミノタウロスとは比べるのも哀れなほどにその膨らみは小さかった。
『ちょ、ちょっと! どこ見てんのよ!?』
そんな康介の視線に気付いたかのように、メドゥーサが胸を両腕で隠してパッと後ろを向く。
「……ん?」
特に何を操作していたわけでもない康介は、その挙動に指が止まった。
――あれ? いま勝手に画面が反応した?
確かめようにも、そのままアニメーションが流れてしまった。
『はい! チュートリアルは以上です! それでは、彼女とのひと時を楽しんでくださいね!』
にこやかな笑顔に、康介は何か誤魔化されたような気がしてならない。
が、もともと大してやる気のないゲームだ。
インターネットのタスクから電話画面に切り替え、康介は司の登録番号をタッチする。
コール音が二度も鳴るまでもなく、ピッと電話はすぐに繋がった。
『はいはーい、登録した? 早いねー』
開口一番、まるで見ていたかのような言葉である。
「チュートリアルはお前から聞いたまんまだったしな。で、フレンド登録ってどうすんだ?」
『あぁ、待って待って。どうせなら何が当たったか聞かせてよぅ』
「ん? ガチャのことか?」
『そうそう! ちなみに僕は最初サハギンってスク水ロリが当たったんだ!』
聞いてもないのに嬉しそうな声だ。
やや司のテンションに引きながらも、康介はなんとか返事をする。
「あー……俺はメドゥーサってキャラだった。なんか目が鋭いの」
『え、マジで!? メドゥーサちゃんマジで!?』
興奮したような司の声に、康介はスマートフォンを耳から離す。
スピーカーに変えるまでもなく、司の声は部屋によく響く。
『すっご! メドゥーサって公式でも当たりにくいって言われてるのに!』
「じゃあ運が良かったんだろ。俺は日ごろの行いがいいからな」
『うわぁ〜! いいなぁ! マジ羨ましい!』
司の興奮は収まる気配がしない。
どうやらよほどレアな魔物娘らしく、康介も少しだけ気分が良くなった。
――そんなに珍しいなら、ちょっとくらいやってみてもいいか。
羨望の声をあげる司に、康介は適当に自慢してスマートフォンの電源を切った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『遅いっ! 何やってたのよ、このノロマ!』
「……開口一番、可愛げないなこいつ……」
翌朝。
司に同じく、暇を持て余していた康介は、自室でマモノタイムオンラインにログインした。
いきなりの罵声に、司のミノタウロスが羨ましくなる康介だった。
『ふんっ、まぁいいわ。そんなことよりお腹減ってるの、さっさと料理の準備しなさい』
ツン、とそっぽを向くメドゥーサ。
――これは、ごはんあげればいいのか?
ごはんの催促とかペットみたいだな、なんて思いながら康介はスマートフォンを操作する。
そして、『ごはん』をタッチした。
『高級魔界豚肉×1 魔界パン×∞』
「うぉ、何だこの選択肢……」
どうやら、ご飯にも種類があるらしい。
昨日、司がミノタウロスに与えていた原始的な骨付き肉と、何の変哲もないパンの絵。
どっちをメドゥーサに与えるか、という選択肢らしかった。
「蛇って肉食だろ。うん」
躊躇いなく、康介は高級魔界豚肉をタッチした。
ポンッと、画面に骨付き肉が現れ、メドゥーサがすぐに反応する。
『わっ、お肉……こ、コホン。ま、まぁ、なかなか気が利くようね。褒めてあげるわ』
骨付き肉に一瞬だけはしゃいだ様子だったが、メドゥーサはすぐにいつもの調子を取り繕った。
やっぱり肉が好きだったのか、と康介もうんうん頷く。
「やっぱ肉の力は偉大だな!」
康介も肉は大好きなのであった。
「確か、ツカサが言うには最初のウチは出撃してアイテムを稼ぐんだったかな……」
『ごはん』の隣のアイコンに『出撃』と赤いボタンがある。
が、ここで康介は司の言っていたシステムを思い返していた。
レベルが強さに直結するのではなく、親密度で魔物娘のやる気を引き上げるのだと。
ともすれば、ほとんど初期状態の魔物娘に出撃させるのは酷とも思えるだろう。
「……や、いいか。今日はよく分かんねぇけど、スキンシップしてやって親密度稼ぎだな」
ゲームとはいえ、女の子が傷つくのはあまり見たくない。
そう思い、康介は『出撃』アイコンの隣の『スキンシップ』のアイコンをタッチする。
『ちょっと、やらしいことはしないでしょうね……?』
と、ジト目のメドゥーサ。
小憎らしいと思えるその視線も、先ほどのごはんを見た康介は反抗期みたいなものなのだろうなと勝手に解釈していた。ツンデレと反抗期は違います。
「うへぇ、いっぱいあるんだな……」
どうやら『スキンシップ』にも色々あるらしい。
さすがに凝り性の司が嵌るだけはあり、色々と豊富だ。
ジャンケンに、オセロに、会話に、中には添い寝とかまであった。
「……ん? そういやスマフォ……」
ふと、康介は思い至った。
スマフォのタッチ機能に。
「うりゃ」
メドゥーサの頭をタッチ。
すると、康介の予想通りリアクションはあった。
『きゃっ!? い、いきなりレディの髪に触らないでよ! バカなの、死ぬの!?』
(か……髪……?)
蛇じゃん、とはメドゥーサのキャラ的に康介は突っ込まなかった。
――へぇ、良くできてるな。
恐らく、ガラパゴス携帯電話の司は知らない機能に康介は感心する。
「まぁ、いきなり女の子相手にタッチとかやるべきではなかったよなぁ、うん」
きっと親密度は下がったのだろうと、康介は適当に予測する。
案の定、画面のメドゥーサも頬を赤くして頬を膨らませている。
『ま、全く、もうちょっとタイミングとか色々あるでしょーが……』
思いのほかチョロインだった。
が、康介はこりゃ嫌われたなーとヘラヘラ笑うばかりである。
「さって、まぁオセロとかミニゲームも豊富だし、いろいろやってみっかな!」
気を取り直して、康介はオセロのアイコンをタッチする。
気乗りしなかったゲームの筈だったが、康介はとっぷり夕方までスキンシップを堪能した。
「コウちゃーん! 店番頼んでもいいかしらー!」
「うぉっ! もうそんな時間か!?」
時間を忘れて没頭していた康介は、慌てて時計を見る。
ゲームを始めたのが朝の11時ごろで、既に時計の針は4時を指していた。
たっぷり五時間である。
「人のこと言えねぇなこりゃ……!」
スマートフォンをベッドに放り、康介は慌ててエプロンを羽織る。
「わりぃお袋っ! いま行くー!」
バタバタと慌ただしく、康介は部屋から出ていく。
部屋には、電源を切り忘れたスマートフォンが残された。
『あ、行っちゃった……』
スマートフォンの画面から、見送るように康介を目で追っていたメドゥーサがぽつりと呟く。
誰もいない部屋に、寂しげな呟きが残り、メドゥーサはハッとする。
『べっ、別に寂しくなんかないわよっ!! いーっだ!!』
悔し紛れのようなそんな言葉を残し、プッとスマートフォンの電源が落ちる。
すぐに、下の階から「らっしゃーせー!」と威勢の良い掛け声が空しく響いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『で? で? その後の調子はどう?』
数日後、据置型電話にて。
受話器を通して聞こえる司の声は、やたらと弾んでいる。
「あー……えー……」
『何だよ何だよぅ、もったいぶらずに教えてよぅ』
というか、テンションが更に鬱陶しくなっていた。
康介と同い年だと言うにその童顔で、猫撫で声まで出している。
言い寄られるのが男の身としては、康介的にキモイの一言だった。
しかし、それでも頼るべきは司しかいないので、康介はきまずくも言葉を紡ぐ。
「いや、その……」
『ん? 歯切れ悪いね? なんかあったの?』
「スマホ失くした」
『は!?』
「はっはっはー……」
素っ頓狂な声に、康介は笑って誤魔化した。
普段から携帯していなかった携帯電話を持つようになり、康介は1日経たずで失さしてしまったのだった。だからアレほど物を大事にしなさいと。
「いや、見つかると思って適当に探してたらもう4日も経っちゃっててな……、そろそろ充電も切れる頃でやべぇし、悪いんだけど俺のスマホに電話かけてくれねぇ?」
『まったく……、そういうのはもうちょっと早めに言いなよ』
持つべきものは友である。
ちょっと待ってね、という言葉を残し通話が切れ、康介は申し訳なく電話を拝んでおいた。
そして待つこと数十秒、ピロリロと初期設定の呼び出し音。
「あれ、けっこう近い?」
ピロリロピロリロと、それは本棚から聞こえた。
康介が腰を屈めて本棚を覗くと、参考書の上で液晶がパァッと光っている。
充電残量は10%と、本当にギリギリだった。
「っぶねぇ……!」
康介は慌てて、スマートフォンを取り、通話のボタンをタッチする。
『あ、見つかった?』
「おう……ただ、バッテリーやべぇからすぐ充電するわ」
『あららら、まぁ4日も放ってりゃ何もしてなくてもそんなもんだよね』
じゃあまた後で連絡してねー、と通話が切れる。会話時間15秒である。
――あとで礼言っとかないといけねぇな。
康介はホッと一息つき、自分の部屋に戻りスマートフォンを充電器に差し込む。
「けっこう放置しちゃったな……」
早速とインターネットのタスクを開きながら、康介はメドゥーサの第一声を思い出す。
遅い、何やってたのよこのノロマ。
きっとまた罵倒されるんだろうなぁ、と彼はマモノタイムオンラインを開いた。
「ん?」
そこで、康介は違和感を覚えた。
以前に見たタイトル画面が、やけに殺風景になっていたのだ。
マモノタイムオンラインのタイトルロゴは相変わらずだが、下に並んでいた魔物娘の数がごっそりと減り、見たところメドゥーサ一人しかいない。
おまけに、『始める』とアイコンがあった場所には、意味不明なテキストがあった。
『フラグを 達成 しました』
「……ふ、フラグ?」
フラグ。フラッグ。旗である。
意味不明な文章に、康介は疑問符しか浮かばない。
旗を達成とは新手の洒落か? これ如何に? と見当違いも甚だしい。
そんな彼に構わず、画面がヴヴっとぶれる。
アニメーションの演出かと康介が疑うまでもなく、画面にはポンとハートのアイコンが浮かぶ。
まるで、タッチしてくれと言わんばかりに点滅までして。
「……これは……、ツカサに聞くべきか?」
なんとなくだが、康介はこのアイコンに変な予感がしてならない。
ネタバレすると、その予感は当たっているが。
「まぁ、いっか」
だが、康介は深くは気にしなかった。
所詮はゲームだ。取って食われるもんじゃない、と。
康介の指が、ハートのアイコンをタッチした。
その瞬間だった。
パアアァァァ!!
スマートフォンの画面から、異常なまでの光が溢れだす。
明度が上がっているのではなく、文字通り画面から光が放たれているのだ。
「ちょ、まさか爆発……!?」
※このスマートフォンは安心・安全のジパング産です
そうこうしている内に、康介の危惧した爆発は生憎とおきず、直視すれば目が潰れそうなほどのまばゆい光は徐々にその勢いを収めていく。
強烈な光のギャップに、ようやく目が慣れた康介は薄目を開いた。
「…………う?」
特に、何も起きていなかった。
スマートフォンは無事で、部屋の様子もまったくもって変わっていない。
「な、何でぇビビらせおってからに……」
ふぅ、と安堵したように息を吐く康介。
が、その背後で、ずるりと何か大きなものが這いずる音がした。
「ん?」
反射的に振り返った瞬間、ガシッと康介の手が掴まれる。
その手の先を辿ると………………
「なんで来ないのよぉぉ……!」
涙ぐむメドゥーサがいた。
「あばぁ!?」
康介の口から変な声が出た。
そりゃそうだ。まるで、最近やったゲーム『マモノタイムオンライン』のパートナーと寸分たがわぬ姿のメドゥーサが目の前に現れたら、誰でも正気を疑う。
ゲームと現実を履き違えるほど、康介は電波さんになった覚えはない。
「ずっと、ずっと待ってたのにぃ……!」
ずっと待ってたらしい。
が、康介は返事もできないほど混乱していた。
「今日はいつ来るのかしらって身嗜み整えてたら日が暮れて、もしかして怒られたのかなって思って謝ろうとしても全然ログインしてくれないしぃ……!」
ゲーム画面のツンとした佇まいは何処やら。
まるで子供のようにべそをかくメドゥーサ。
「あ、い、いや、それはスマンかった……携帯失くしてて……」
まだ脳みそが現状に追いついていない康介も、なんとか彼女に応えれた。
さすがに泣いている女の子が目の前にいて、呆然とはできなかったようだ。
が、一瞬で泣き止んで康介の気遣いはすぐに終わった。
親の仇でも見るような目で睨みつけられたが。
「すぐに見つけなさいよ! フツー無くなったケータイ4日も放置とかする!?」
「ふ、ふだん使わねぇから……あははー……」
笑って誤魔化しながら、康介は改めて彼女を見直す。
シューシューと鳴く髪の蛇はどうみても本物で、ぶんぶんとまるで犬の尻尾のように振られる大蛇の体もやっぱり作り物のようには見えない。
「ちょっと、聞いてるの!?」
(これ……モノホン?)
なでり
「きゃっ!?」
無意識のウチに、康介の伸ばした手はメドゥーサの頭を撫でていた。
二股に分かれた舌をチロチロと出す蛇がいそいそと絡みつき、康介は悟る。
本物の感触である。
(ふ、フツーならビビるんだけど……)
指から掌へ、そのまま腕へ絡みついてスリスリと、なんだか人懐っこい蛇だった。
鱗の感触はどうしようもなく本物で、康介も本音を言えばちょっと怖い。
だが、それ以上に可愛いと思ったのもまた本音だった。
「ちょ、アンタたち……こら、言うこと聞きなさい!」
すり寄ってきた蛇たちが、メドゥーサに無理くり引っぺがされる。
まだちょっと愛でたかったが、メドゥーサの鋭い目つきに言い出せない康介であった。
「と、とにかくっ! アタシを放置した罪は重いんだから―――」
ぐぐぅぅぅぅ
腹の虫は、空気を読まない。
かぁっとリンゴのように頬を赤くするメドゥーサに、康介は若干の罪悪感を覚えた。
よくよく考えてみれば、彼女はゲームの中で4日前にお肉を食べてそれっきりだったのだ。
「ちょ、調子に乗るんじゃないわよ!? アンタが放置した時間、どれだけ寂しかったか―――」
ぐぐぅぅぅぅ
腹の虫は、やっぱり空気を読まない。
「今からコロッケ揚げるからよ、まぁとりあえず食ってけよ」
「……………………」(ぶすっ)
子供のように頬を膨らませてぶんむくれるメドゥーサに、康介はもはや微笑ましい限りだった。
頭の蛇はシューシューと鳴きながらこっちの様子を興味津々に窺っているのが愛らしいのだ。
「よっと」
フライヤーの中にあらかじめ衣をつけておいたコロッケを投入。
じゅわあ、という音とともに、室内に香ばしい揚げ物のかおりが漂いはじめ、メドゥーサの蛇の目がきらりと光る。心なしか、チロチロと出し入れする舌に涎が滴っているようにも見える。
「別に食べ物なんかで許したりしないわよ……?」
「まぁまぁ。騒ぐと空きっ腹に響くぜ、っと。出来た出来た」
サッと網で掬い、慣れた手つきで油を切り、康介はコロッケを盛り付ける。
キツネ色の衣が眩しく、メドゥーサはごくりと喉を鳴らした。
「ど、どうしてもって言うなら食べてあげないことも……」
「おうっ、食ってくれや。熱いから気ぃつけてな」
メドゥーサの向かいの席に座り、康介はフォークを彼女に渡す。
少し躊躇いながらも、彼女はフォークを受けとる。
そして、ザクッとコロッケに突き刺した。
「……ま、まぁ食べてみないことには何とも言えないわよね」
そして、一口。
「ふはぁ……♪」
ほっぺたを押さえて、実に美味そうに咀嚼する。
ほふほふと口から湯気が零れ、口元にはコロッケの衣の欠片までついている。
「ハッ!? べ、別に美味しくなんかないわよ!?」
「ははは、そりゃ光栄なこって」
「美味しくないって言ってるでしょー!?」
抗議の声をあげるメドゥーサ。が、フォークに刺したコロッケを啄む蛇からその信憑性はない。
分かりやすいにも程があった。
「じゃあ下げるか?」
「うっ……、も、勿体ないし、全部食べるわよ、勿体ないし」
そう言って、もう一口。
「ふはぁ……♪」
分かりやすいにも程があった。
その後も文句を言いながらも、しっかりメドゥーサはコロッケを完食した。
口元をナプキンで拭きながら、凛々しさを装いきれていない様子が微笑ましい。
「ま、まぁ……コースケにしては上出来なんじゃない?」
「嬉しいこと言ってくれるけど……俺、名前言ったっけ?」
「ゲームやるときに入力したでしょ? ハン、鈍いわねぇ……」
厭味ったらしくやれやれと肩をすくめるメドゥーサ。
その口元にはまだ揚げカスがついていたが、康介は笑いを堪えながらあえて突っ込まなかった。
「ほ、ホントにゲームん中から出てきたのかよ……」
「ふふん、驚いた?」
ドヤァ。
と、出会ったときの泣き顔が嘘のような渾身のドヤ顔である。
だが、康介は全くもって別の心配をしていた。
「もっぺんゲームの中に戻れないの?」
「え、も、戻すの……?」
ショボン。
分かりやすくしょげた。
「あ、い、いや、別に戻って欲しいわけじゃない! ただ、お袋とかになんて説明すりゃいいか分かんねーし、お前の住む場所とかどうすればいいのかなって……」
不安げな眼差しに、康介は慌てて言葉足りなかった部分を説明する。
さすがに、「この娘ゲームから出てきたの、よろしくね」なんて言ったら正気を疑われる。
そんな康介の意図が分かったのか、メドゥーサは安心したように胸を撫で下ろした。
「よ、良かった……って、驚かせないでよねっ! それなら別に大丈夫よ、認識阻害の魔法が働いて、他の人からのアタシの認識を書き換えるはずだから」
「…………ま、魔法とかまたファンタスティックな……」
「目の前に魔物がいるんだから、それくらい信じなさいよ」
魔物がいるから魔法がある。暴論である。
康介は小さな溜め息を吐いて、むりやり納得した。
「じゃあ、別にお前の心配はしなくていいんだな?」
「……ミリー」
「……は?」
「お前じゃなくて、ミリーよ。アタシにだって、ちゃんと名前あるのよ?」
名前で呼べ、とミリーの目が脅しかける。
一拍して、康介はその言葉の真意が分かったのか、ポンと手を打つ。
「可愛い名前なんだな、ミリー」
「かわっ……!?」
ぼふっ、とミリーの顔が真っ赤になる。
茹でダコも真っ青なイリュージョンに、康介は呑気におおとか感心していた。
が、その悠長の調子も長くは続かなかった。
「か、可愛いとか言うなぁ!」
カッ。と、ミリーの金色の目が康介の目を捉えて光る。
メドゥーサの目による、石化だ。
感心したように口を開いたまま、康介はピシッと動かなくなってしまった。
「はぁ……っ、はぁ……っ、も、もぉ怒った……! さっきからアタシをバカにして……!」
ぐるっと、巨大な尾で康介を巻き取る。
直立不動のまま抱かれた彼に、ミリーはニヤッと口元を釣り上げる。
割と邪悪である。
「どっちの立場が上か……分からせてやるんだから♥」
淫靡な禍々しい微笑みは、正しく魔物のそれだった。
ずるずると大蛇の体を引きずり、康介はミリーに彼の寝室へと連れ去られてしまった。
このあと滅茶苦茶セックスした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『あら、いらっしゃいませ! 新規登録の方ですか?』
『最近はフラグ達成する人も増えて、私うれしい限りです!』
『あなたは、誰のフラグを建てるのか』
『悪趣味ですけど、ちょっと楽しみにしてますね♥』
「らっしゃーせー! 今なら揚げたてコロッケ98円! 寄ってらっしゃい見てらっしゃい!」
雑踏に負けじと、青年はまるで競りのように声を張り上げていた。
彼の名は篠宮 康介。篠宮精肉店の跡取り息子にして、齢はたったの18歳。
既に代替わりした、なんてわけではなく、卒業間もない春休みゆえの店番である。
若いとはいえ、小学校の頃から康介は両親の手伝いをしてきた。
慣れた手つきでフライヤーから取り出したコロッケを、お客さんによくみえるようショウケースへ置く。
こじんまりとした精肉店から香ばしい揚げ物の香りが漂い、道行く人々の空きっ腹に残酷な攻撃を仕掛ける。夕飯時のこの香りは、殺人的とも言えるだろう。
「今なら揚げたて、揚げたて、…………とにかく揚げたてだよー! お買い得だよー!」
揚げたてしか押し所はないのか、と向かいの八百屋の親父は笑いを堪える。
ちらりと康介を見た女子高生はクスクスと微笑ましそうだった。
だが、店の前まで足を運ぶ人……すなわち客は意外となかなか来ない。
「ぐぬぬ……!」
悔しそうに歯噛みする康介。
だいたい、こうやって彼が一際騒いだら渋々割引のシールを貼るのはこの商店街の常識だ。
みんな、それを待っているだけである。
「何でや、コロッケ揚げたてのが美味いやろ!?」
お手頃価格には勝てなかったよと、虚しい絶叫である。
「相変わらずこの時間は繁盛してないねー、コウちゃん」
そんな風に人目も憚らずに騒がしい彼に、にゅっとレジに乗り出す一人の男。
康介は、そんな突然の来訪にぎょっと目を丸くした。
「うぉう!? お、驚かせんなツカサ!」
「はろはろー。元気してるー?」
ツカサ、菜摘 司は康介の幼馴染だ。
幼馴染と言うよりは腐れ縁と言った方がしっくりくるかもしれない。
幼稚園から小学校、一個駆け上って高校まで康介は司と同じだったのだから。
もはや熟成を通り越して腐敗である。BLではない。
「へへ、見ての通りだよ。そういうお前はちょい眠そうだな」
「んー? あー、最近ちょっとソーシャルゲームに嵌ってさぁ。ホラ、春休みって暇だし」
重たそうな瞼をぐしぐしと拭う司に、康介ははてと首を傾げる。
ソーシャルゲームとは何ぞや? と、顔に書いてあった。
「あぁ、コウちゃんは携帯ってメールと電話ぐらいしかしないもんね。……っと、これこれ」
そう言って司が取り出したガラパゴスケータイ。
パカッと開いて見せた画面には、何やらピンクっぽい感じのデザインフォント。
『マモノタイムオンライン』
字のすぐ下には、頭に猫耳やら角を生やしたヒトっぽいキャラが並んでおり、中には少し人間という原型からかけ離れた一つ目や触手がにょろにょろしているのもいる。
「へぇ、なんかオタクっぽいな」
わいのわいのと並ぶキャラクターはどれも女の子。
それも、ちょっと可愛らしい萌えキャラっぽいデザインだった。
あまりそういった文化に明るくない康介は、率直な意見を言う。
「まぁちょっとそれっぽい所もあるけど、けっこう面白いゲームだよ」
「ふーん? どんなゲームなんだ?」
「大雑把に言うと、このタイトル画面に並んでる……魔物娘って言ってモンスターをモチーフにした女の子と色々するゲームかな? ストーリーはアンチヒーローもので、RPGで言う感じの魔王側で、魔物娘と勇者を倒すんだって」
「……なんかどっかにありそうなゲームだなぁ」
興味なさげに適当なことを言う康介。
そんな彼に、司はいやいやと指を振る。よほど推したいゲームのようだ。
「これが結構フクザツなんだよ〜? パートナーの魔物娘のステータス管理が難しいの」
「ステータス管理? レベルを上げて物理で殴ればいいじゃねーか」
「チッチッチッ……このゲームに初めからレベルなんて概念はなかったんだよ!」
ドヤァァァァ。
「……………………お、おう」
いまいち司のテンションについていけない康介は、気のない返事くらいしかできなかった。
戸惑う様子が伝わったのか、司も恥ずかしそうに少し赤面する。
「……こ、コホン。えっと、このゲームは敵を倒して経験値を稼ぐって言うシステムじゃないの」
「え? じゃあどうすんの?」
「魔物娘をね、一人パートナーに選んでスキンシップして魔物娘のやる気を引き上げるの。言うなれば親密度なんだけど、ここがミソなんだよなぁ」
しみじみと言う司に、康介はいまいちどういうことなのか呑みこめない。
実際に見てもらった方が早いかも、と司は携帯をポチポチと操作する。
少しして、康介に見せるべく彼が持ち上げた携帯の画面には、女の子の立ち絵があった。
ミノタウロス、というデカデカとした文字の下に、まるで闘牛のように荒々しい女の子が。
「僕のお気に入りのミノタウロスちゃん。どう、可愛いでしょ?」
「いやこれはカッコいい系だろ。つか、このおっぱい星人が!」
「はっはっはっは、否定はしない!」
商店街に下衆な会話が響く。
道行く人の冷たい視線にさすがに二人ともクールダウンし、しおしおと縮こまる。
項垂れる司は、器用に画面を康介に向けたまま携帯を操作する。
「……で、例えばこんな感じに……」
カーソルが『ごはん』に合わさり、ポンっと画面に原始人が食べそうな感じの骨付き肉が出る。
それに気付いたようにミノタウロスが反応し……。
『お、気が利くじゃねぇかツカサ。あんがとよっ!』
と、快活な笑顔で骨付き肉を手に取る。
そのままワイルドにかぶりつくアニメーションまで流れ、康介は感心したように息を漏らした。
「ほー。意外とよくできたゲームじゃん。あんな綺麗な骨付き肉なんか現実にはないけど」
「そ、そこはゲームだから勘弁してほしいかな……」
精肉店の跡取り息子らしい的確なツッコミに、司は呆れたように頬を掻く。
「まぁ、こんな風に魔物娘に食べ物あげたり、一緒に遊んだり会話したりすると親密度が上がっていくんだ。これが地味に良くできてて、変なことすると親密度が下がるらしいんだよね」
「変なことって、例えば?」
「んー……放置とか?」
やったことないけど、とさらりと放った言葉に司がどれだけこのゲームに嵌っているか、康介はなんとなく察した。
「コウちゃんも暇だったらやってみてよ、URLメールで送っとくから」
「え、いや、俺そういうのはちょっと……」
「まま、そう言わずにさ」
「……本音は?」
「フレンド勧誘でもらえるレアアイテムが欲しいの♪」
ちゃっかりしてやがる、と呆れる康介。
登録するからコロッケを買っていけ、と言った彼も大概だった。
店番を終え、夕食を食い、風呂を済ませ、康介は自分の部屋のベッドにボフッと倒れ込む。
充電器に差し込んでいたスマートフォンのランプが点灯しており、早速と司がメールを送ってきているようだった。
「……どんだけ勧めたいんだ、あいつ」
あまりの嵌りっぷりにそら恐ろしいものを覚えるが、約束は約束だ。
康介はメールを開き、添付されていたURLをタッチする。
すると、すぐに『マモノタイムオンライン』の、新規登録者用のページに繋がった。
「メールアドレスに……ニックネームだけでいいのか。こういうのって面倒くさそうなもんだと思ってたんだけど、意外と簡単なんだな」
ポチポチと両手でスマートホンを操作し、難なく登録を完了する。
すぐに司が夕方に見せたログイン画面に移り、『始める』というボタンが点滅する。
「……はぁ」
やや抵抗を覚えながらも、康介は小さくため息を吐いてボタンを押す。
画面が読みこまれると、やたらと滑らかに動くアニメーションが始まった。
『ようこそ、マモノタイムオンラインへ! 歓迎しますね、コースケさん!』
デフォルメされたキャラがぴょこんと現れ、そんなテキストが流れる。
さらさらと白い髪とは対照的に黒く露出の多いドレス。
悪魔のような角に白い翼を生やしたこの魔物娘は『リリム』というらしい。
その後、司が説明したようなチュートリアルを、リリムが丁寧に読みあげる。
さすがに一度聞いた話で、康介はポチポチと画面を進めていった。
「なんか、何のためにもならないゲームだな……くぁぁ……」
パズルゲーム好きな康介は、説明文に改めて目を通しても気が進まない。
チュートリアルももはや流し読みで、大きな欠伸を漏らしていた。
『それでは、貴方のパートナーになる魔物を引いてください!』
と、そこで画面がスッと変わる。
俗に言うガチャポンのような機体が画面にアップされ、矢印付きでタッチしてくださいの文字。
「よっと」
康介の指がガチャポンのネジにタッチすると、ガタゴトッと機体が揺れる。
そして、ゴトンと、大きなガチャポン球が転げ出てきた。
またこれも矢印付きでタッチしてくださいと書いてあり、康介は面倒くさそうに再び画面をタッチした。
パアアァァァ
『アンタが私のパートナー? ふんっ、足を引っ張らないでちょうだいよね』
『おめでとうございます! 貴方のパートナーはメドゥーサです! 可愛がってあげてくださいね!』
画面にはツンと澄ましたようにそっぽを向く女の子。
例によって、やはり人間とはかけ離れた姿だが。
髪の毛先はチロチロと舌を出す蛇がワラワラとおり、腰から下は大蛇の尾のようだ。
「……なんか、さっきから露出多くないか?」
ミノタウロス然り、リリム然り、このメドゥーサもまた然り。
先ほどから康介が見た魔物は、揃いも揃って肌成分が多い。
彼が引き当てたメドゥーサに至っては、まるでシャムシールの踊り子のようで胸部に申し訳程度の織布がされているだけだった。
ちなみに、司のミノタウロスとは比べるのも哀れなほどにその膨らみは小さかった。
『ちょ、ちょっと! どこ見てんのよ!?』
そんな康介の視線に気付いたかのように、メドゥーサが胸を両腕で隠してパッと後ろを向く。
「……ん?」
特に何を操作していたわけでもない康介は、その挙動に指が止まった。
――あれ? いま勝手に画面が反応した?
確かめようにも、そのままアニメーションが流れてしまった。
『はい! チュートリアルは以上です! それでは、彼女とのひと時を楽しんでくださいね!』
にこやかな笑顔に、康介は何か誤魔化されたような気がしてならない。
が、もともと大してやる気のないゲームだ。
インターネットのタスクから電話画面に切り替え、康介は司の登録番号をタッチする。
コール音が二度も鳴るまでもなく、ピッと電話はすぐに繋がった。
『はいはーい、登録した? 早いねー』
開口一番、まるで見ていたかのような言葉である。
「チュートリアルはお前から聞いたまんまだったしな。で、フレンド登録ってどうすんだ?」
『あぁ、待って待って。どうせなら何が当たったか聞かせてよぅ』
「ん? ガチャのことか?」
『そうそう! ちなみに僕は最初サハギンってスク水ロリが当たったんだ!』
聞いてもないのに嬉しそうな声だ。
やや司のテンションに引きながらも、康介はなんとか返事をする。
「あー……俺はメドゥーサってキャラだった。なんか目が鋭いの」
『え、マジで!? メドゥーサちゃんマジで!?』
興奮したような司の声に、康介はスマートフォンを耳から離す。
スピーカーに変えるまでもなく、司の声は部屋によく響く。
『すっご! メドゥーサって公式でも当たりにくいって言われてるのに!』
「じゃあ運が良かったんだろ。俺は日ごろの行いがいいからな」
『うわぁ〜! いいなぁ! マジ羨ましい!』
司の興奮は収まる気配がしない。
どうやらよほどレアな魔物娘らしく、康介も少しだけ気分が良くなった。
――そんなに珍しいなら、ちょっとくらいやってみてもいいか。
羨望の声をあげる司に、康介は適当に自慢してスマートフォンの電源を切った。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『遅いっ! 何やってたのよ、このノロマ!』
「……開口一番、可愛げないなこいつ……」
翌朝。
司に同じく、暇を持て余していた康介は、自室でマモノタイムオンラインにログインした。
いきなりの罵声に、司のミノタウロスが羨ましくなる康介だった。
『ふんっ、まぁいいわ。そんなことよりお腹減ってるの、さっさと料理の準備しなさい』
ツン、とそっぽを向くメドゥーサ。
――これは、ごはんあげればいいのか?
ごはんの催促とかペットみたいだな、なんて思いながら康介はスマートフォンを操作する。
そして、『ごはん』をタッチした。
『高級魔界豚肉×1 魔界パン×∞』
「うぉ、何だこの選択肢……」
どうやら、ご飯にも種類があるらしい。
昨日、司がミノタウロスに与えていた原始的な骨付き肉と、何の変哲もないパンの絵。
どっちをメドゥーサに与えるか、という選択肢らしかった。
「蛇って肉食だろ。うん」
躊躇いなく、康介は高級魔界豚肉をタッチした。
ポンッと、画面に骨付き肉が現れ、メドゥーサがすぐに反応する。
『わっ、お肉……こ、コホン。ま、まぁ、なかなか気が利くようね。褒めてあげるわ』
骨付き肉に一瞬だけはしゃいだ様子だったが、メドゥーサはすぐにいつもの調子を取り繕った。
やっぱり肉が好きだったのか、と康介もうんうん頷く。
「やっぱ肉の力は偉大だな!」
康介も肉は大好きなのであった。
「確か、ツカサが言うには最初のウチは出撃してアイテムを稼ぐんだったかな……」
『ごはん』の隣のアイコンに『出撃』と赤いボタンがある。
が、ここで康介は司の言っていたシステムを思い返していた。
レベルが強さに直結するのではなく、親密度で魔物娘のやる気を引き上げるのだと。
ともすれば、ほとんど初期状態の魔物娘に出撃させるのは酷とも思えるだろう。
「……や、いいか。今日はよく分かんねぇけど、スキンシップしてやって親密度稼ぎだな」
ゲームとはいえ、女の子が傷つくのはあまり見たくない。
そう思い、康介は『出撃』アイコンの隣の『スキンシップ』のアイコンをタッチする。
『ちょっと、やらしいことはしないでしょうね……?』
と、ジト目のメドゥーサ。
小憎らしいと思えるその視線も、先ほどのごはんを見た康介は反抗期みたいなものなのだろうなと勝手に解釈していた。ツンデレと反抗期は違います。
「うへぇ、いっぱいあるんだな……」
どうやら『スキンシップ』にも色々あるらしい。
さすがに凝り性の司が嵌るだけはあり、色々と豊富だ。
ジャンケンに、オセロに、会話に、中には添い寝とかまであった。
「……ん? そういやスマフォ……」
ふと、康介は思い至った。
スマフォのタッチ機能に。
「うりゃ」
メドゥーサの頭をタッチ。
すると、康介の予想通りリアクションはあった。
『きゃっ!? い、いきなりレディの髪に触らないでよ! バカなの、死ぬの!?』
(か……髪……?)
蛇じゃん、とはメドゥーサのキャラ的に康介は突っ込まなかった。
――へぇ、良くできてるな。
恐らく、ガラパゴス携帯電話の司は知らない機能に康介は感心する。
「まぁ、いきなり女の子相手にタッチとかやるべきではなかったよなぁ、うん」
きっと親密度は下がったのだろうと、康介は適当に予測する。
案の定、画面のメドゥーサも頬を赤くして頬を膨らませている。
『ま、全く、もうちょっとタイミングとか色々あるでしょーが……』
思いのほかチョロインだった。
が、康介はこりゃ嫌われたなーとヘラヘラ笑うばかりである。
「さって、まぁオセロとかミニゲームも豊富だし、いろいろやってみっかな!」
気を取り直して、康介はオセロのアイコンをタッチする。
気乗りしなかったゲームの筈だったが、康介はとっぷり夕方までスキンシップを堪能した。
「コウちゃーん! 店番頼んでもいいかしらー!」
「うぉっ! もうそんな時間か!?」
時間を忘れて没頭していた康介は、慌てて時計を見る。
ゲームを始めたのが朝の11時ごろで、既に時計の針は4時を指していた。
たっぷり五時間である。
「人のこと言えねぇなこりゃ……!」
スマートフォンをベッドに放り、康介は慌ててエプロンを羽織る。
「わりぃお袋っ! いま行くー!」
バタバタと慌ただしく、康介は部屋から出ていく。
部屋には、電源を切り忘れたスマートフォンが残された。
『あ、行っちゃった……』
スマートフォンの画面から、見送るように康介を目で追っていたメドゥーサがぽつりと呟く。
誰もいない部屋に、寂しげな呟きが残り、メドゥーサはハッとする。
『べっ、別に寂しくなんかないわよっ!! いーっだ!!』
悔し紛れのようなそんな言葉を残し、プッとスマートフォンの電源が落ちる。
すぐに、下の階から「らっしゃーせー!」と威勢の良い掛け声が空しく響いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『で? で? その後の調子はどう?』
数日後、据置型電話にて。
受話器を通して聞こえる司の声は、やたらと弾んでいる。
「あー……えー……」
『何だよ何だよぅ、もったいぶらずに教えてよぅ』
というか、テンションが更に鬱陶しくなっていた。
康介と同い年だと言うにその童顔で、猫撫で声まで出している。
言い寄られるのが男の身としては、康介的にキモイの一言だった。
しかし、それでも頼るべきは司しかいないので、康介はきまずくも言葉を紡ぐ。
「いや、その……」
『ん? 歯切れ悪いね? なんかあったの?』
「スマホ失くした」
『は!?』
「はっはっはー……」
素っ頓狂な声に、康介は笑って誤魔化した。
普段から携帯していなかった携帯電話を持つようになり、康介は1日経たずで失さしてしまったのだった。だからアレほど物を大事にしなさいと。
「いや、見つかると思って適当に探してたらもう4日も経っちゃっててな……、そろそろ充電も切れる頃でやべぇし、悪いんだけど俺のスマホに電話かけてくれねぇ?」
『まったく……、そういうのはもうちょっと早めに言いなよ』
持つべきものは友である。
ちょっと待ってね、という言葉を残し通話が切れ、康介は申し訳なく電話を拝んでおいた。
そして待つこと数十秒、ピロリロと初期設定の呼び出し音。
「あれ、けっこう近い?」
ピロリロピロリロと、それは本棚から聞こえた。
康介が腰を屈めて本棚を覗くと、参考書の上で液晶がパァッと光っている。
充電残量は10%と、本当にギリギリだった。
「っぶねぇ……!」
康介は慌てて、スマートフォンを取り、通話のボタンをタッチする。
『あ、見つかった?』
「おう……ただ、バッテリーやべぇからすぐ充電するわ」
『あららら、まぁ4日も放ってりゃ何もしてなくてもそんなもんだよね』
じゃあまた後で連絡してねー、と通話が切れる。会話時間15秒である。
――あとで礼言っとかないといけねぇな。
康介はホッと一息つき、自分の部屋に戻りスマートフォンを充電器に差し込む。
「けっこう放置しちゃったな……」
早速とインターネットのタスクを開きながら、康介はメドゥーサの第一声を思い出す。
遅い、何やってたのよこのノロマ。
きっとまた罵倒されるんだろうなぁ、と彼はマモノタイムオンラインを開いた。
「ん?」
そこで、康介は違和感を覚えた。
以前に見たタイトル画面が、やけに殺風景になっていたのだ。
マモノタイムオンラインのタイトルロゴは相変わらずだが、下に並んでいた魔物娘の数がごっそりと減り、見たところメドゥーサ一人しかいない。
おまけに、『始める』とアイコンがあった場所には、意味不明なテキストがあった。
『フラグを 達成 しました』
「……ふ、フラグ?」
フラグ。フラッグ。旗である。
意味不明な文章に、康介は疑問符しか浮かばない。
旗を達成とは新手の洒落か? これ如何に? と見当違いも甚だしい。
そんな彼に構わず、画面がヴヴっとぶれる。
アニメーションの演出かと康介が疑うまでもなく、画面にはポンとハートのアイコンが浮かぶ。
まるで、タッチしてくれと言わんばかりに点滅までして。
「……これは……、ツカサに聞くべきか?」
なんとなくだが、康介はこのアイコンに変な予感がしてならない。
ネタバレすると、その予感は当たっているが。
「まぁ、いっか」
だが、康介は深くは気にしなかった。
所詮はゲームだ。取って食われるもんじゃない、と。
康介の指が、ハートのアイコンをタッチした。
その瞬間だった。
パアアァァァ!!
スマートフォンの画面から、異常なまでの光が溢れだす。
明度が上がっているのではなく、文字通り画面から光が放たれているのだ。
「ちょ、まさか爆発……!?」
※このスマートフォンは安心・安全のジパング産です
そうこうしている内に、康介の危惧した爆発は生憎とおきず、直視すれば目が潰れそうなほどのまばゆい光は徐々にその勢いを収めていく。
強烈な光のギャップに、ようやく目が慣れた康介は薄目を開いた。
「…………う?」
特に、何も起きていなかった。
スマートフォンは無事で、部屋の様子もまったくもって変わっていない。
「な、何でぇビビらせおってからに……」
ふぅ、と安堵したように息を吐く康介。
が、その背後で、ずるりと何か大きなものが這いずる音がした。
「ん?」
反射的に振り返った瞬間、ガシッと康介の手が掴まれる。
その手の先を辿ると………………
「なんで来ないのよぉぉ……!」
涙ぐむメドゥーサがいた。
「あばぁ!?」
康介の口から変な声が出た。
そりゃそうだ。まるで、最近やったゲーム『マモノタイムオンライン』のパートナーと寸分たがわぬ姿のメドゥーサが目の前に現れたら、誰でも正気を疑う。
ゲームと現実を履き違えるほど、康介は電波さんになった覚えはない。
「ずっと、ずっと待ってたのにぃ……!」
ずっと待ってたらしい。
が、康介は返事もできないほど混乱していた。
「今日はいつ来るのかしらって身嗜み整えてたら日が暮れて、もしかして怒られたのかなって思って謝ろうとしても全然ログインしてくれないしぃ……!」
ゲーム画面のツンとした佇まいは何処やら。
まるで子供のようにべそをかくメドゥーサ。
「あ、い、いや、それはスマンかった……携帯失くしてて……」
まだ脳みそが現状に追いついていない康介も、なんとか彼女に応えれた。
さすがに泣いている女の子が目の前にいて、呆然とはできなかったようだ。
が、一瞬で泣き止んで康介の気遣いはすぐに終わった。
親の仇でも見るような目で睨みつけられたが。
「すぐに見つけなさいよ! フツー無くなったケータイ4日も放置とかする!?」
「ふ、ふだん使わねぇから……あははー……」
笑って誤魔化しながら、康介は改めて彼女を見直す。
シューシューと鳴く髪の蛇はどうみても本物で、ぶんぶんとまるで犬の尻尾のように振られる大蛇の体もやっぱり作り物のようには見えない。
「ちょっと、聞いてるの!?」
(これ……モノホン?)
なでり
「きゃっ!?」
無意識のウチに、康介の伸ばした手はメドゥーサの頭を撫でていた。
二股に分かれた舌をチロチロと出す蛇がいそいそと絡みつき、康介は悟る。
本物の感触である。
(ふ、フツーならビビるんだけど……)
指から掌へ、そのまま腕へ絡みついてスリスリと、なんだか人懐っこい蛇だった。
鱗の感触はどうしようもなく本物で、康介も本音を言えばちょっと怖い。
だが、それ以上に可愛いと思ったのもまた本音だった。
「ちょ、アンタたち……こら、言うこと聞きなさい!」
すり寄ってきた蛇たちが、メドゥーサに無理くり引っぺがされる。
まだちょっと愛でたかったが、メドゥーサの鋭い目つきに言い出せない康介であった。
「と、とにかくっ! アタシを放置した罪は重いんだから―――」
ぐぐぅぅぅぅ
腹の虫は、空気を読まない。
かぁっとリンゴのように頬を赤くするメドゥーサに、康介は若干の罪悪感を覚えた。
よくよく考えてみれば、彼女はゲームの中で4日前にお肉を食べてそれっきりだったのだ。
「ちょ、調子に乗るんじゃないわよ!? アンタが放置した時間、どれだけ寂しかったか―――」
ぐぐぅぅぅぅ
腹の虫は、やっぱり空気を読まない。
「今からコロッケ揚げるからよ、まぁとりあえず食ってけよ」
「……………………」(ぶすっ)
子供のように頬を膨らませてぶんむくれるメドゥーサに、康介はもはや微笑ましい限りだった。
頭の蛇はシューシューと鳴きながらこっちの様子を興味津々に窺っているのが愛らしいのだ。
「よっと」
フライヤーの中にあらかじめ衣をつけておいたコロッケを投入。
じゅわあ、という音とともに、室内に香ばしい揚げ物のかおりが漂いはじめ、メドゥーサの蛇の目がきらりと光る。心なしか、チロチロと出し入れする舌に涎が滴っているようにも見える。
「別に食べ物なんかで許したりしないわよ……?」
「まぁまぁ。騒ぐと空きっ腹に響くぜ、っと。出来た出来た」
サッと網で掬い、慣れた手つきで油を切り、康介はコロッケを盛り付ける。
キツネ色の衣が眩しく、メドゥーサはごくりと喉を鳴らした。
「ど、どうしてもって言うなら食べてあげないことも……」
「おうっ、食ってくれや。熱いから気ぃつけてな」
メドゥーサの向かいの席に座り、康介はフォークを彼女に渡す。
少し躊躇いながらも、彼女はフォークを受けとる。
そして、ザクッとコロッケに突き刺した。
「……ま、まぁ食べてみないことには何とも言えないわよね」
そして、一口。
「ふはぁ……♪」
ほっぺたを押さえて、実に美味そうに咀嚼する。
ほふほふと口から湯気が零れ、口元にはコロッケの衣の欠片までついている。
「ハッ!? べ、別に美味しくなんかないわよ!?」
「ははは、そりゃ光栄なこって」
「美味しくないって言ってるでしょー!?」
抗議の声をあげるメドゥーサ。が、フォークに刺したコロッケを啄む蛇からその信憑性はない。
分かりやすいにも程があった。
「じゃあ下げるか?」
「うっ……、も、勿体ないし、全部食べるわよ、勿体ないし」
そう言って、もう一口。
「ふはぁ……♪」
分かりやすいにも程があった。
その後も文句を言いながらも、しっかりメドゥーサはコロッケを完食した。
口元をナプキンで拭きながら、凛々しさを装いきれていない様子が微笑ましい。
「ま、まぁ……コースケにしては上出来なんじゃない?」
「嬉しいこと言ってくれるけど……俺、名前言ったっけ?」
「ゲームやるときに入力したでしょ? ハン、鈍いわねぇ……」
厭味ったらしくやれやれと肩をすくめるメドゥーサ。
その口元にはまだ揚げカスがついていたが、康介は笑いを堪えながらあえて突っ込まなかった。
「ほ、ホントにゲームん中から出てきたのかよ……」
「ふふん、驚いた?」
ドヤァ。
と、出会ったときの泣き顔が嘘のような渾身のドヤ顔である。
だが、康介は全くもって別の心配をしていた。
「もっぺんゲームの中に戻れないの?」
「え、も、戻すの……?」
ショボン。
分かりやすくしょげた。
「あ、い、いや、別に戻って欲しいわけじゃない! ただ、お袋とかになんて説明すりゃいいか分かんねーし、お前の住む場所とかどうすればいいのかなって……」
不安げな眼差しに、康介は慌てて言葉足りなかった部分を説明する。
さすがに、「この娘ゲームから出てきたの、よろしくね」なんて言ったら正気を疑われる。
そんな康介の意図が分かったのか、メドゥーサは安心したように胸を撫で下ろした。
「よ、良かった……って、驚かせないでよねっ! それなら別に大丈夫よ、認識阻害の魔法が働いて、他の人からのアタシの認識を書き換えるはずだから」
「…………ま、魔法とかまたファンタスティックな……」
「目の前に魔物がいるんだから、それくらい信じなさいよ」
魔物がいるから魔法がある。暴論である。
康介は小さな溜め息を吐いて、むりやり納得した。
「じゃあ、別にお前の心配はしなくていいんだな?」
「……ミリー」
「……は?」
「お前じゃなくて、ミリーよ。アタシにだって、ちゃんと名前あるのよ?」
名前で呼べ、とミリーの目が脅しかける。
一拍して、康介はその言葉の真意が分かったのか、ポンと手を打つ。
「可愛い名前なんだな、ミリー」
「かわっ……!?」
ぼふっ、とミリーの顔が真っ赤になる。
茹でダコも真っ青なイリュージョンに、康介は呑気におおとか感心していた。
が、その悠長の調子も長くは続かなかった。
「か、可愛いとか言うなぁ!」
カッ。と、ミリーの金色の目が康介の目を捉えて光る。
メドゥーサの目による、石化だ。
感心したように口を開いたまま、康介はピシッと動かなくなってしまった。
「はぁ……っ、はぁ……っ、も、もぉ怒った……! さっきからアタシをバカにして……!」
ぐるっと、巨大な尾で康介を巻き取る。
直立不動のまま抱かれた彼に、ミリーはニヤッと口元を釣り上げる。
割と邪悪である。
「どっちの立場が上か……分からせてやるんだから♥」
淫靡な禍々しい微笑みは、正しく魔物のそれだった。
ずるずると大蛇の体を引きずり、康介はミリーに彼の寝室へと連れ去られてしまった。
このあと滅茶苦茶セックスした。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
『あら、いらっしゃいませ! 新規登録の方ですか?』
『最近はフラグ達成する人も増えて、私うれしい限りです!』
『あなたは、誰のフラグを建てるのか』
『悪趣味ですけど、ちょっと楽しみにしてますね♥』
14/03/14 09:13更新 / 残骸
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