中編
「くそっ、くそっ、くそ……っ!」
苛々を露わに、まるで人でも殺しそうな鋭い目つきの男が仰々しく歩いていた。
ぶつぶつと暗い呪詛は敵意をむき出しに、後ろをついていく自分としては苦笑いだ。
こんな奴と警邏なんて災難だなー、と顔に書いてあるのは口にまでは出せない。
「落ち着きましょうよロス隊長。たかが子供の戯言なんでしょー?」
「お前は、我々の苦労も知らぬ僻地のガキに馬鹿にされて何とも思わんのかッ!!」
いや僻地だから仕方なくねー? と思わずにはいられない。
そも、かの部隊長ロスさんこそ偉ぶるばかりで礼儀を知らない。
熱心なのは結構だが、押し付けがましい奴はそりゃウザがられますがな。
……なんて言おうものなら首が飛びかねないほど物騒な男なのは、よく知っている部下Aでーす。
「まぁ私は馬鹿にされてませんし? つーか、そんなの聞き流しましょうよ」
「聞、き、な、が、せ、る、かッ!! 我ら神兵の同胞全てへの冒涜だぞッ!!」
うわー仲間思いだなー泣けるなー憧れちゃうなー……。
どうすりゃそこまで熱心になれるのやら……。
「じゃあもうパパッと魔物討伐して見返してやりゃーいいじゃないですか。実際にやってみせりゃー子供なんですから『うわーあの兵士△』みたいに目ぇ光らせますよ」
「……む」
そうでもしないと穏便に終わらん。
この人、下手するとその子供に大人げなく剣向けそうだし。
良かったな名も知らぬ少年。おじさんが上手く助けてやったぞ。
「そうすりゃシュシンさま? の信仰も改めて煽げますし一石二鳥じゃねーですか?」
「なるほど……我ら教団の威光を思い知らせるわけか」
「そーそー」
もうそれでいいよ。
「まぁ今回は隊長含め腕利きも揃ってますし、パパッと済ませましょうや」
「お前の意見はよき訓示であったが、油断は感心しないぞ。相手は下位とはいえ魔物だ」
「ぶっちゃけ追い払うのが精々ですもんねー毎度」
もしくは全滅。
綺麗さっぱり帰ってこないか、何人もの犠牲の末にやっと追い返すか。
魔物との戦いは、隣にいた同僚がいつの間にか神隠し然と消えているなんてザラだ。
その後、その消えたやつがどうなったのかが分からないのが、何よりも恐ろしい。
「……此度の遠征は、誰一人の欠員なく帰還するぞ」
ロス隊長、それフラグです。
「でも、やられた奴らってどうなってんですかね?」
「さぁな。運が良ければ馬車馬奴隷、悪ければもう腹の中やもしれん」
「個人的にゃー奴隷の方が嫌ですわー……」
「だが、まだ助かる可能性はある。何にせよ、生きているなら可能性があるなら捨て置けん」
……まだ生きているなら、待遇次第で恐ろしい限りなんですけどね。
希望に満ち満ちてる隊長に、こりゃ言えんわな……。
「もしかしたら魔物とよろしくやってるかもしれませんがねー☆ ホラ、あんな感じで美人ですし」
と、都合よく歩いてきたジパング風の旅商をダシにおどけてみる。
足袋に草鞋、浅葱の着物、背籠に編笠。着物からちらりと覗く肌は色白で、線も細い。
咄嗟に冗句で美人と言ったけども、改めて見りゃその一言で済ますのが失礼なくらい美人だった。
「んぁ? ウチ?」
編笠をくいっと持ち上げ、旅商が顔を晒す。
とろんとした目尻に、どこかのんびりとしているが端正な顔立ち。
……ジパング万歳!
「バカ、他人様を指差すやつがあるか……! 申し訳ない、部下が無礼を……」
「やぁ、別に気にせんしえぇよ。ちゅーか、美人やなんて口の上手い部下でんなぁ」
いやいや本心ですよ?
お姉さんマジ美人っすね。
「あ、せや。ほいじゃあ詫び代わりにちぃっと聞きたいことあるんじゃけど、構へん?」
「何なりとー、私で答えれる範囲なら幾らでも構いませんよ♪」
……下心隠すのって難しいな……。
シラフシラフ、経験則から格好つけるとがぶり寄ってるのがバレる……!
後ろでロス隊長がため息吐いてるのが聞こえるけど気にすんな!
「ウチな、この辺りに来るん初めてやけぇ何が有名なんかサッパリ知らへんのやけど、良かったらあんさんの独断と偏見でオススメとか教えてくれへんか?」
「つまり……特産品とかですか?」
「平たく言やそんな感じかにゃあ? 何かある?」
……本土で暮らしてた分、このド田舎の不便さにオススメもクソもないんだよなぁ……。
メシは質より量だし、酒も安いのばっかだし……。
特筆するもんなんて何にもなかったような――。
「…………あぁ、ロウソクとかどうだ?」
「へ?」
「作戦会議のときに使ったロウソクだ。火も弾けないし、かなり明るかった」
……いや、ロス隊長?
それ、女の子に勧めるもんじゃないですよ?
「お? 聞くからに綺麗そうでんな?」
「かつての賢人はロウソク職人を『光の細工師』などと謳っていたそうだが、成るほど言い得て妙だ。貴女の言う通り暗闇によく映え、綺麗なのは確かだった」
「光の細工師……! 何やそれ、浪漫感じるでぇ……!」
詳しく詳しくと詰め寄る旅商。
渋い顔をしながら、満更でもなさそうに彼女と話すロス隊長
……ファッキュー。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「ノイノイ〜……くさい〜……」
溶けた獣脂の悪臭が部屋に満ち満ちる、爽やかな昼下がり。
いつもなら慣れたものなのだが、約一名(匹?)がソファでぐったりとしていた。
「悪いけど我慢してくれよ……、お前が外に出ると色々と面倒くさいんだ」
くさいと面倒くさいを掛けた高度な洒落は、生憎とミリューには通じない。
ぷぅっと頬を膨らませて、しかし素直に言うことを聞く辺りは可愛げがある。
物々しいとさえ思えたその巨体も、大きな子供と思えばなんてことはない。
「………………」
「う? ミリューのかお、なんかついてる?」
いやいや何もついてませんとも。
……個人的には何もついていないことが大いに悩みどころなのだが。
(これは……領主さまに報告した方がいいのか……?)
流れでかくまってしまったが、この娘がきっと魔物ってやつなんだろう。
大人しい、というよりも凶暴性皆無すぎて忘れていたが……本来ならば天敵というやつで……。
仮にも反魔物領民の一員たれば、俺には彼女を報告する義務があるはずだ。
それにきっと、ミリューをここに軟禁したまま報告すれば何らかの褒賞も与えられる。
悪い話どころか、俺に得しかない話なんだが……。
「……何でもないよ」
「???」
ははは、いや考えるまでもなかった。
女の子売った褒美なんかいけしゃあしゃあと受けとったら、死んだ両親にどやされる。
やれ、面倒くさいことにはなるだろうが全く以て吝かじゃない。
「ミリュー、何か食いたいもん言ってみろよ」
「えっ!? ノイノイ、つくる!? ミリュー、おにくがいい!」
「いや聞いてみただけ」
「いじわるだった!?」
ガーンとショックを受けるミリュー。愛い奴だよホント。
あとでおっちゃんから肉買っとこう。
「ぶぅー……っ!」
「まぁ、むくれんなって。お肉な、お肉」
頬を膨らませるミリューの頭を撫でる。
まったく、こんな子供をぶっ倒そうなんてどうかしてるぜ。
コンコン
「!」
ノック音に思わず我に返る。
「やべ、ミリュー隠れろ!」
「わぷっ!」
慌ててミリューを部屋の奥へと押し込む。
生憎と、こんなバカでかい娘を隠しとおせるようなタンスなんかない。
とりあえず置物のようにと、ミリューに毛布をかぶせたが……誤魔化しきれるだろうか……。
「ミリュー、しー、な?」
「…………ぶぅ」
「あとでたらふくお肉食わせてあげっから」
「しー、ね! がんばる!」
元気な返事に安堵する。
やはり悪い娘ではない、そう思っているなら尚のこと守らなければ。
コンコン
「あー、はいはい! すぐ出ます!」
急かすようなノックに、慌てて扉へ駆け寄る。
ていうか、わざわざウチまで足運ぶっていったい誰だ?
ガチャ
「む」
「あ」
「ほ」
綺麗に間の抜けた声が連なる。
一番目に、昨日さんざん虚仮にした神兵(笑)。二番目が、分かりやすく俺である。
三番目は、まるでジパングの旅商のように編笠を目深に被った女の人だ。
……割と本気で、なぜこんなとこまで足を運んだのか理解できない。
「先日の……? 貴様、なぜこんな所にいる」
「そりゃ……、ここに住んでるからですよ。兵士さんこそこんな所に何用で……?」
「私はこちらの方をロウソク工房に案内に……」
そこで、ハッとしたように兵士が顎に手をやる。
(……こんな村外れで、一人暮らし? ……両親は?)
「???」
穴が開くほどにじっと覗きこまれ、何とも反応に困る。
はて、顔に食べかすでも付いてたっけ?
「……先の件は済まなかったな、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
「……は、はぁ」
……なんかガシッと肩掴まれて真顔で言われた。
昨日の今日で訳が分からん……。
と、そこで同じように穴が開きそうな視線が刺さっていることに気付く。
「………………」
「………………?」
『こちらの方』とやらが、目を丸くして俺を見ていた。
それこそ文字にすると、じーっ、と言いたげに。
「あの……こちらの方は?」
「ジパングから来た旅商だそうだ。ここのロウソクに興味があるらしく、案内した」
「そうですか……」
旅商だか何だか知らないけど、タイミング悪いにも程があるだろ……!
部屋の奥にはミリューがいるし、ここは丁重にお引き取り願うべきか……?
いや、でもわざわざはるばるジパングからきてウチのロウソクを見たいって仰ってるし……。
「ふぅん……、なるほどぉ。ふんふん……」
と、俺を見つめながら何か納得したように頷く旅商さん。
端正な顔立ちにまじまじと覗きこまれ、思わずたじろいでしまった。
なんでジパング人こんな美人なん?
「あー……何でしょうか?」
「いやぁ、坊ちゃん若いのにすごい腕前らしいやん? ちょっと珍しゅうてねぇ」
親父の真似事だから、別にすごくはねぇんだけどなぁ……。
そんなヤツよりも、ジパングからこんな僻地にきたアンタの方がすごいと思うんだけどねぇ。
……いや、まぁ、褒められて悪い気はしないけど。
「あー……えー……んー……」
しかし……ウチに上げていいのか?
部屋に入れたらボロが出る以前にボロボロな隠蔽がバレかねない……。
何せ部屋の奥に押し込んで毛布被せただけのお転婆ドラゴンである。
思春期が春本隠す方がまだ頭を捻っている。
「あ、兵士のお兄さん。道案内おおきにな!」
「また困ったことがあったら何でも聞いてくれ。私たちは領主邸に駐在している」
そんなこんな悩んでいる内に、兵士も手を振ってにこやかに去ってしまった。
いやまぁお前にバレるのが一番ヤバいからそれはそれでいいんだけど……!
「……ふー、やぁっと行ったか……」
と、そこで旅商さんが息を吐く。
まるで厄介者がやっと去ったと言いたげなそのため息に、ん? と違和感を覚える。
もしそうだとすれば…………、やっぱり都会の女子ってこえぇ。
「坊ちゃんも大変でんなぁ、あんな石頭に目ぇつけられて」
へらっ、と笑いながら言ってのける旅商。
『兵士のお兄さん』が一気に『あんな石頭』である。裏表ってどころじゃねー……。
「あははー……えー、はい」
何がはいなんだろう。
じゃなくて、こんな胡散臭い人やっぱ追い返さなきゃ。
「あー……その、えーと、いま部屋ん中すっごい散らかってて……」
「別に気にせんよ?」
「獣脂溶かしてる最中だから、臭いもかなりヤバくて……」
「構へん構へん、職人魂溢れとるっちゅーことやろ?」
やべぇこの人帰る気サラサラねぇ……。
のらりくらりと何だかんだこのまま家ん中に入ってきそう……。
そんな風に、如何にして旅商さんを断ろうかと悩んでいた時だった。
「あ、もしかして気付いてへん?」
ポン、と旅商さんが手を打った。
そこで、彼女はおもむろに頭の笠をそっと外す。
そこには、ぴょこんともふもふの三角耳。
「ウチ、魔物やで?」
噴いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アメちゃん食べはる?」
「たべるー!」
……なんだこの状況は。
ここ反魔物領だよな……、なんで二人も魔物がウチにいるんだ……。
「……えーと、粗茶だけど、いります?」
「おぉー、どーもおおきに。ちょうど喉渇いとったんよ」
そして俺はなんでまた呑気に迎えいれているのか。
いやもうこの際あれだけどな、毒を食らわば何とやらだけどな。
もはやヤケクソである。
「あ、自己紹介が遅れたね。ウチはカガリ。坊ちゃんは?」
「えっと……ノイ、です。こっちは……」
「ミリュー!」
元気に手をあげるミリューに、俺はやれやれと諦めて肩をすくめる。
そんな様子を、じーっとカガリが覗き込んでいた。
「……なにか?」
「いや、反魔物領の人にしてはアッサリ受け入れとるなー思て」
「売られた喧嘩は買うけど、懐いてきた猫を蹴っ飛ばす趣味はねーんです」
この場合はドラゴンだけど。
「それにお姉さんの場合はお客さまでしょ? これもまた蹴っ飛ばす道理なんかねーでしょ」
そこら辺は、同じ客商売としての見解の一致だろう。
なるほど、と納得したように頷くカガリさんの口元は若干吊り上がっていた。
どこか胡散臭いいやらしい笑みだった。
「ふんふん……なるほどなるほど。いい考え方やなぁ」
「まぁ、ぶっちゃけると女の子には優しくしなさいってのがウチの家訓でして」
何たって厳しくする度胸がないからな。
「というか、魔物がこんなホイホイ反魔物領にいていいんですか……こいつ然りあなた然り」
「うに?」
きょとんと首を傾げるミリューはさておいて、カガリはおかしそうにぷっと噴きだす。
こうして見ると、その耳と尻尾以外は何て事のない人間にしか見えない。
普通に駄弁って、普通に茶ぁ飲んで、普通に笑ってる。
「割とどこにでもおるよー、ウチらは。坊ちゃんの家の裏に森があるやん?」
「ん? そうですね」
「そこにもいっぱい潜んどるで?」
「マジで!?」
思わずバッと振向き、窓から森を覗き込む。
もちろん、何の変哲もない普段通りの森だ。
ざわざわと葉鳴りの音が響き、しかしどこか鬱蒼として見えるのはカガリさんの言葉のせいか。
「……いちおー聞きたいんですけど、別に魔物って人を取って食ったりしませんよね?」
「失敬な、何でんなことせなあかんねん」
いやだってそう教わってんだもん。
「まぁ、ミリューのおかげでおおよその察しはついてたけど……」
「えっへん!」
褒めてない。
(つか、家の裏にそんな魔物いたのかー……)
正直に言えば、こっちの方が驚きである。
ゾッとしない、というか、ザル警備の教団に不信感が募る。
お前らホントに神兵(笑)か。
「ままっ、そーゆー話はどうでもええねん。それより仕事の話しよや」
「仕事……? あぁ、ロウソクですか?」
と言われても……ぶっちゃけると気乗りしない。
ウチのロウソクは貰い物の獣脂とその辺で拾った葦と、品質が非常に悪い。
世界各国を渡り歩く行商人の目からすれば、さぞかし詰まらないものだろう。
「あの兵士さんがどう勧めたか知りませんが、ウチのロウソクは基本的に品質クソですよ?」
「え、そーなん? でもあのお兄さん、お城のロウソクが綺麗やった言いよったで?」
あぁ、なるほど。
お城に納品するやつはそりゃ大金はたいて絹使ってるからな、そりゃ。
「領主さまに納めるものはまた別ですので……よろしければそちらのロウソクを用意しますか?」
「おー頼む頼む! あとついでになんかおもろいもんとかない?」
無茶ぶりだなオイ。
ありません、そう口を開こうとした時に背後からミリューが抱きついてきた。
「うおっと」
「これこれー♪ カガリんこれおもしろい〜?」
そう言いながらミリューが持ってきたのは昨日に見せたハニーキャンドルだ。
……って、いや、オイ。
子供の頃の青臭い落書きを、プロの芸術家に見られるようで恥ずかしいから止めてくれ。
それ全然ホンキじゃねーから。実力の10分の1も出してねーから。いやマジで。
「うん? 何やこれ?」
「あー……試作品でして。いや、超適当に作ったんですが、まぁ、アロマキャンドルもどきです」
「あまくておいしそう!」
でも不味いです(経験者)。
我ながら言い訳がましく手抜きを主張するも、カガリさんは真剣にハニーキャンドルを覗き込む。
上から、下から、時おり鼻をすんすんと鳴らして、まるで品定めするように。
「ふむ……」
何がふむなんですか。
「なんやおもろいもんあるやん」
「おもろー!」
……え、そう? マジで?
六角の、ちょっと黄色がかったロウソクが、そんな面白いものだろうか。
……いや、まぁ、素直に言えばお気に召したみたいでちょっと嬉しいんだけど。
「なぁなぁ、ノイはんやったっけ?」
「あ、はい。何でしょう?」
「キミのロウソクとウチの商品、物々交換せぇへん?」
藪から棒にそう言いながら、カガリさんは返事も聞かずに荷籠をゴソゴソと漁る。
いや、まぁたかがロウソクだから別にいいけど……また何で?
「この魔界の花蜜と交換で、これでアロマキャンドル作ってみてや」
「え」
おもむろに取り出されたのは、瓶詰の蜜液。
花蜜と言っていたが、そこいらで獲った蜂蜜なんかよりもドロリと濃そうだ。
というか、魔界の花蜜?
「おいしそう……!」
「甘いでぇ? あとで一口舐めてみや♪」
いや、というか。
どう考えても、これは物々交換として釣り合ってないだろ。
かたや粗悪ロウソク、かたや良質(?)な花蜜。
これは……、一商人としてはちょっと認めがたい。
「あの、カガリさん?」
「あぁ、みなまで言いなや。これは一つの先行投資やけん、ありがたく受けとってや?」
せ、先行投資……?
「もしもそれでいいもん出来たら、ウチの商会で是非作ってや」
そう言って取り出した名刺を渡されるが、それで納得できるはずがない。
そんな期待をかけられても、応えられる自信がない。
「ほな期待しとるでー、またなー!」
「え、ちょ!?」
言いわけを考えている内にカガリさんはシュタッといつの間にか玄関に立っていた。
まるでニンジャのような身のこなしである、アイエエエ。
「って、行っちまいやがった……」
「カガリんはやーい」
バカなことを思ってる間に、カガリは風のように走り去ってしまった。
強引にも程があるだろ。
「…………はぁ、ったく」
「あれ、ノイノイどこいく?」
「工房。ちょっとロウソク作る」
「うぇ……いってらっしゃい」
獣脂の悪臭をよく知っているミリューは、げーと舌を出している。
まぁ、こと今回に限っては多少なりまともな臭いになるかもしれないが。
「あーあぁ……しゃーない。いっちょ頑張ってみるか」
まぁ、楽しみではあるんだよな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はー、やれやれ。ロス隊長にはドヤされるしかわいこちゃんにはフラれるし散々だぜ」
「さっさとこんな田舎くせぇとこ抜けて本国の酒でも飲みたいもんだねぇ」
「そのドラゴンとやら、とっとと見つかってくんねぇかな……って、ん?」
「……………………………………」
「……あそこの家にいるの、ドラゴンじゃね?」
苛々を露わに、まるで人でも殺しそうな鋭い目つきの男が仰々しく歩いていた。
ぶつぶつと暗い呪詛は敵意をむき出しに、後ろをついていく自分としては苦笑いだ。
こんな奴と警邏なんて災難だなー、と顔に書いてあるのは口にまでは出せない。
「落ち着きましょうよロス隊長。たかが子供の戯言なんでしょー?」
「お前は、我々の苦労も知らぬ僻地のガキに馬鹿にされて何とも思わんのかッ!!」
いや僻地だから仕方なくねー? と思わずにはいられない。
そも、かの部隊長ロスさんこそ偉ぶるばかりで礼儀を知らない。
熱心なのは結構だが、押し付けがましい奴はそりゃウザがられますがな。
……なんて言おうものなら首が飛びかねないほど物騒な男なのは、よく知っている部下Aでーす。
「まぁ私は馬鹿にされてませんし? つーか、そんなの聞き流しましょうよ」
「聞、き、な、が、せ、る、かッ!! 我ら神兵の同胞全てへの冒涜だぞッ!!」
うわー仲間思いだなー泣けるなー憧れちゃうなー……。
どうすりゃそこまで熱心になれるのやら……。
「じゃあもうパパッと魔物討伐して見返してやりゃーいいじゃないですか。実際にやってみせりゃー子供なんですから『うわーあの兵士△』みたいに目ぇ光らせますよ」
「……む」
そうでもしないと穏便に終わらん。
この人、下手するとその子供に大人げなく剣向けそうだし。
良かったな名も知らぬ少年。おじさんが上手く助けてやったぞ。
「そうすりゃシュシンさま? の信仰も改めて煽げますし一石二鳥じゃねーですか?」
「なるほど……我ら教団の威光を思い知らせるわけか」
「そーそー」
もうそれでいいよ。
「まぁ今回は隊長含め腕利きも揃ってますし、パパッと済ませましょうや」
「お前の意見はよき訓示であったが、油断は感心しないぞ。相手は下位とはいえ魔物だ」
「ぶっちゃけ追い払うのが精々ですもんねー毎度」
もしくは全滅。
綺麗さっぱり帰ってこないか、何人もの犠牲の末にやっと追い返すか。
魔物との戦いは、隣にいた同僚がいつの間にか神隠し然と消えているなんてザラだ。
その後、その消えたやつがどうなったのかが分からないのが、何よりも恐ろしい。
「……此度の遠征は、誰一人の欠員なく帰還するぞ」
ロス隊長、それフラグです。
「でも、やられた奴らってどうなってんですかね?」
「さぁな。運が良ければ馬車馬奴隷、悪ければもう腹の中やもしれん」
「個人的にゃー奴隷の方が嫌ですわー……」
「だが、まだ助かる可能性はある。何にせよ、生きているなら可能性があるなら捨て置けん」
……まだ生きているなら、待遇次第で恐ろしい限りなんですけどね。
希望に満ち満ちてる隊長に、こりゃ言えんわな……。
「もしかしたら魔物とよろしくやってるかもしれませんがねー☆ ホラ、あんな感じで美人ですし」
と、都合よく歩いてきたジパング風の旅商をダシにおどけてみる。
足袋に草鞋、浅葱の着物、背籠に編笠。着物からちらりと覗く肌は色白で、線も細い。
咄嗟に冗句で美人と言ったけども、改めて見りゃその一言で済ますのが失礼なくらい美人だった。
「んぁ? ウチ?」
編笠をくいっと持ち上げ、旅商が顔を晒す。
とろんとした目尻に、どこかのんびりとしているが端正な顔立ち。
……ジパング万歳!
「バカ、他人様を指差すやつがあるか……! 申し訳ない、部下が無礼を……」
「やぁ、別に気にせんしえぇよ。ちゅーか、美人やなんて口の上手い部下でんなぁ」
いやいや本心ですよ?
お姉さんマジ美人っすね。
「あ、せや。ほいじゃあ詫び代わりにちぃっと聞きたいことあるんじゃけど、構へん?」
「何なりとー、私で答えれる範囲なら幾らでも構いませんよ♪」
……下心隠すのって難しいな……。
シラフシラフ、経験則から格好つけるとがぶり寄ってるのがバレる……!
後ろでロス隊長がため息吐いてるのが聞こえるけど気にすんな!
「ウチな、この辺りに来るん初めてやけぇ何が有名なんかサッパリ知らへんのやけど、良かったらあんさんの独断と偏見でオススメとか教えてくれへんか?」
「つまり……特産品とかですか?」
「平たく言やそんな感じかにゃあ? 何かある?」
……本土で暮らしてた分、このド田舎の不便さにオススメもクソもないんだよなぁ……。
メシは質より量だし、酒も安いのばっかだし……。
特筆するもんなんて何にもなかったような――。
「…………あぁ、ロウソクとかどうだ?」
「へ?」
「作戦会議のときに使ったロウソクだ。火も弾けないし、かなり明るかった」
……いや、ロス隊長?
それ、女の子に勧めるもんじゃないですよ?
「お? 聞くからに綺麗そうでんな?」
「かつての賢人はロウソク職人を『光の細工師』などと謳っていたそうだが、成るほど言い得て妙だ。貴女の言う通り暗闇によく映え、綺麗なのは確かだった」
「光の細工師……! 何やそれ、浪漫感じるでぇ……!」
詳しく詳しくと詰め寄る旅商。
渋い顔をしながら、満更でもなさそうに彼女と話すロス隊長
……ファッキュー。
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「ノイノイ〜……くさい〜……」
溶けた獣脂の悪臭が部屋に満ち満ちる、爽やかな昼下がり。
いつもなら慣れたものなのだが、約一名(匹?)がソファでぐったりとしていた。
「悪いけど我慢してくれよ……、お前が外に出ると色々と面倒くさいんだ」
くさいと面倒くさいを掛けた高度な洒落は、生憎とミリューには通じない。
ぷぅっと頬を膨らませて、しかし素直に言うことを聞く辺りは可愛げがある。
物々しいとさえ思えたその巨体も、大きな子供と思えばなんてことはない。
「………………」
「う? ミリューのかお、なんかついてる?」
いやいや何もついてませんとも。
……個人的には何もついていないことが大いに悩みどころなのだが。
(これは……領主さまに報告した方がいいのか……?)
流れでかくまってしまったが、この娘がきっと魔物ってやつなんだろう。
大人しい、というよりも凶暴性皆無すぎて忘れていたが……本来ならば天敵というやつで……。
仮にも反魔物領民の一員たれば、俺には彼女を報告する義務があるはずだ。
それにきっと、ミリューをここに軟禁したまま報告すれば何らかの褒賞も与えられる。
悪い話どころか、俺に得しかない話なんだが……。
「……何でもないよ」
「???」
ははは、いや考えるまでもなかった。
女の子売った褒美なんかいけしゃあしゃあと受けとったら、死んだ両親にどやされる。
やれ、面倒くさいことにはなるだろうが全く以て吝かじゃない。
「ミリュー、何か食いたいもん言ってみろよ」
「えっ!? ノイノイ、つくる!? ミリュー、おにくがいい!」
「いや聞いてみただけ」
「いじわるだった!?」
ガーンとショックを受けるミリュー。愛い奴だよホント。
あとでおっちゃんから肉買っとこう。
「ぶぅー……っ!」
「まぁ、むくれんなって。お肉な、お肉」
頬を膨らませるミリューの頭を撫でる。
まったく、こんな子供をぶっ倒そうなんてどうかしてるぜ。
コンコン
「!」
ノック音に思わず我に返る。
「やべ、ミリュー隠れろ!」
「わぷっ!」
慌ててミリューを部屋の奥へと押し込む。
生憎と、こんなバカでかい娘を隠しとおせるようなタンスなんかない。
とりあえず置物のようにと、ミリューに毛布をかぶせたが……誤魔化しきれるだろうか……。
「ミリュー、しー、な?」
「…………ぶぅ」
「あとでたらふくお肉食わせてあげっから」
「しー、ね! がんばる!」
元気な返事に安堵する。
やはり悪い娘ではない、そう思っているなら尚のこと守らなければ。
コンコン
「あー、はいはい! すぐ出ます!」
急かすようなノックに、慌てて扉へ駆け寄る。
ていうか、わざわざウチまで足運ぶっていったい誰だ?
ガチャ
「む」
「あ」
「ほ」
綺麗に間の抜けた声が連なる。
一番目に、昨日さんざん虚仮にした神兵(笑)。二番目が、分かりやすく俺である。
三番目は、まるでジパングの旅商のように編笠を目深に被った女の人だ。
……割と本気で、なぜこんなとこまで足を運んだのか理解できない。
「先日の……? 貴様、なぜこんな所にいる」
「そりゃ……、ここに住んでるからですよ。兵士さんこそこんな所に何用で……?」
「私はこちらの方をロウソク工房に案内に……」
そこで、ハッとしたように兵士が顎に手をやる。
(……こんな村外れで、一人暮らし? ……両親は?)
「???」
穴が開くほどにじっと覗きこまれ、何とも反応に困る。
はて、顔に食べかすでも付いてたっけ?
「……先の件は済まなかったな、困ったことがあったらいつでも頼ってくれ」
「……は、はぁ」
……なんかガシッと肩掴まれて真顔で言われた。
昨日の今日で訳が分からん……。
と、そこで同じように穴が開きそうな視線が刺さっていることに気付く。
「………………」
「………………?」
『こちらの方』とやらが、目を丸くして俺を見ていた。
それこそ文字にすると、じーっ、と言いたげに。
「あの……こちらの方は?」
「ジパングから来た旅商だそうだ。ここのロウソクに興味があるらしく、案内した」
「そうですか……」
旅商だか何だか知らないけど、タイミング悪いにも程があるだろ……!
部屋の奥にはミリューがいるし、ここは丁重にお引き取り願うべきか……?
いや、でもわざわざはるばるジパングからきてウチのロウソクを見たいって仰ってるし……。
「ふぅん……、なるほどぉ。ふんふん……」
と、俺を見つめながら何か納得したように頷く旅商さん。
端正な顔立ちにまじまじと覗きこまれ、思わずたじろいでしまった。
なんでジパング人こんな美人なん?
「あー……何でしょうか?」
「いやぁ、坊ちゃん若いのにすごい腕前らしいやん? ちょっと珍しゅうてねぇ」
親父の真似事だから、別にすごくはねぇんだけどなぁ……。
そんなヤツよりも、ジパングからこんな僻地にきたアンタの方がすごいと思うんだけどねぇ。
……いや、まぁ、褒められて悪い気はしないけど。
「あー……えー……んー……」
しかし……ウチに上げていいのか?
部屋に入れたらボロが出る以前にボロボロな隠蔽がバレかねない……。
何せ部屋の奥に押し込んで毛布被せただけのお転婆ドラゴンである。
思春期が春本隠す方がまだ頭を捻っている。
「あ、兵士のお兄さん。道案内おおきにな!」
「また困ったことがあったら何でも聞いてくれ。私たちは領主邸に駐在している」
そんなこんな悩んでいる内に、兵士も手を振ってにこやかに去ってしまった。
いやまぁお前にバレるのが一番ヤバいからそれはそれでいいんだけど……!
「……ふー、やぁっと行ったか……」
と、そこで旅商さんが息を吐く。
まるで厄介者がやっと去ったと言いたげなそのため息に、ん? と違和感を覚える。
もしそうだとすれば…………、やっぱり都会の女子ってこえぇ。
「坊ちゃんも大変でんなぁ、あんな石頭に目ぇつけられて」
へらっ、と笑いながら言ってのける旅商。
『兵士のお兄さん』が一気に『あんな石頭』である。裏表ってどころじゃねー……。
「あははー……えー、はい」
何がはいなんだろう。
じゃなくて、こんな胡散臭い人やっぱ追い返さなきゃ。
「あー……その、えーと、いま部屋ん中すっごい散らかってて……」
「別に気にせんよ?」
「獣脂溶かしてる最中だから、臭いもかなりヤバくて……」
「構へん構へん、職人魂溢れとるっちゅーことやろ?」
やべぇこの人帰る気サラサラねぇ……。
のらりくらりと何だかんだこのまま家ん中に入ってきそう……。
そんな風に、如何にして旅商さんを断ろうかと悩んでいた時だった。
「あ、もしかして気付いてへん?」
ポン、と旅商さんが手を打った。
そこで、彼女はおもむろに頭の笠をそっと外す。
そこには、ぴょこんともふもふの三角耳。
「ウチ、魔物やで?」
噴いた。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「アメちゃん食べはる?」
「たべるー!」
……なんだこの状況は。
ここ反魔物領だよな……、なんで二人も魔物がウチにいるんだ……。
「……えーと、粗茶だけど、いります?」
「おぉー、どーもおおきに。ちょうど喉渇いとったんよ」
そして俺はなんでまた呑気に迎えいれているのか。
いやもうこの際あれだけどな、毒を食らわば何とやらだけどな。
もはやヤケクソである。
「あ、自己紹介が遅れたね。ウチはカガリ。坊ちゃんは?」
「えっと……ノイ、です。こっちは……」
「ミリュー!」
元気に手をあげるミリューに、俺はやれやれと諦めて肩をすくめる。
そんな様子を、じーっとカガリが覗き込んでいた。
「……なにか?」
「いや、反魔物領の人にしてはアッサリ受け入れとるなー思て」
「売られた喧嘩は買うけど、懐いてきた猫を蹴っ飛ばす趣味はねーんです」
この場合はドラゴンだけど。
「それにお姉さんの場合はお客さまでしょ? これもまた蹴っ飛ばす道理なんかねーでしょ」
そこら辺は、同じ客商売としての見解の一致だろう。
なるほど、と納得したように頷くカガリさんの口元は若干吊り上がっていた。
どこか胡散臭いいやらしい笑みだった。
「ふんふん……なるほどなるほど。いい考え方やなぁ」
「まぁ、ぶっちゃけると女の子には優しくしなさいってのがウチの家訓でして」
何たって厳しくする度胸がないからな。
「というか、魔物がこんなホイホイ反魔物領にいていいんですか……こいつ然りあなた然り」
「うに?」
きょとんと首を傾げるミリューはさておいて、カガリはおかしそうにぷっと噴きだす。
こうして見ると、その耳と尻尾以外は何て事のない人間にしか見えない。
普通に駄弁って、普通に茶ぁ飲んで、普通に笑ってる。
「割とどこにでもおるよー、ウチらは。坊ちゃんの家の裏に森があるやん?」
「ん? そうですね」
「そこにもいっぱい潜んどるで?」
「マジで!?」
思わずバッと振向き、窓から森を覗き込む。
もちろん、何の変哲もない普段通りの森だ。
ざわざわと葉鳴りの音が響き、しかしどこか鬱蒼として見えるのはカガリさんの言葉のせいか。
「……いちおー聞きたいんですけど、別に魔物って人を取って食ったりしませんよね?」
「失敬な、何でんなことせなあかんねん」
いやだってそう教わってんだもん。
「まぁ、ミリューのおかげでおおよその察しはついてたけど……」
「えっへん!」
褒めてない。
(つか、家の裏にそんな魔物いたのかー……)
正直に言えば、こっちの方が驚きである。
ゾッとしない、というか、ザル警備の教団に不信感が募る。
お前らホントに神兵(笑)か。
「ままっ、そーゆー話はどうでもええねん。それより仕事の話しよや」
「仕事……? あぁ、ロウソクですか?」
と言われても……ぶっちゃけると気乗りしない。
ウチのロウソクは貰い物の獣脂とその辺で拾った葦と、品質が非常に悪い。
世界各国を渡り歩く行商人の目からすれば、さぞかし詰まらないものだろう。
「あの兵士さんがどう勧めたか知りませんが、ウチのロウソクは基本的に品質クソですよ?」
「え、そーなん? でもあのお兄さん、お城のロウソクが綺麗やった言いよったで?」
あぁ、なるほど。
お城に納品するやつはそりゃ大金はたいて絹使ってるからな、そりゃ。
「領主さまに納めるものはまた別ですので……よろしければそちらのロウソクを用意しますか?」
「おー頼む頼む! あとついでになんかおもろいもんとかない?」
無茶ぶりだなオイ。
ありません、そう口を開こうとした時に背後からミリューが抱きついてきた。
「うおっと」
「これこれー♪ カガリんこれおもしろい〜?」
そう言いながらミリューが持ってきたのは昨日に見せたハニーキャンドルだ。
……って、いや、オイ。
子供の頃の青臭い落書きを、プロの芸術家に見られるようで恥ずかしいから止めてくれ。
それ全然ホンキじゃねーから。実力の10分の1も出してねーから。いやマジで。
「うん? 何やこれ?」
「あー……試作品でして。いや、超適当に作ったんですが、まぁ、アロマキャンドルもどきです」
「あまくておいしそう!」
でも不味いです(経験者)。
我ながら言い訳がましく手抜きを主張するも、カガリさんは真剣にハニーキャンドルを覗き込む。
上から、下から、時おり鼻をすんすんと鳴らして、まるで品定めするように。
「ふむ……」
何がふむなんですか。
「なんやおもろいもんあるやん」
「おもろー!」
……え、そう? マジで?
六角の、ちょっと黄色がかったロウソクが、そんな面白いものだろうか。
……いや、まぁ、素直に言えばお気に召したみたいでちょっと嬉しいんだけど。
「なぁなぁ、ノイはんやったっけ?」
「あ、はい。何でしょう?」
「キミのロウソクとウチの商品、物々交換せぇへん?」
藪から棒にそう言いながら、カガリさんは返事も聞かずに荷籠をゴソゴソと漁る。
いや、まぁたかがロウソクだから別にいいけど……また何で?
「この魔界の花蜜と交換で、これでアロマキャンドル作ってみてや」
「え」
おもむろに取り出されたのは、瓶詰の蜜液。
花蜜と言っていたが、そこいらで獲った蜂蜜なんかよりもドロリと濃そうだ。
というか、魔界の花蜜?
「おいしそう……!」
「甘いでぇ? あとで一口舐めてみや♪」
いや、というか。
どう考えても、これは物々交換として釣り合ってないだろ。
かたや粗悪ロウソク、かたや良質(?)な花蜜。
これは……、一商人としてはちょっと認めがたい。
「あの、カガリさん?」
「あぁ、みなまで言いなや。これは一つの先行投資やけん、ありがたく受けとってや?」
せ、先行投資……?
「もしもそれでいいもん出来たら、ウチの商会で是非作ってや」
そう言って取り出した名刺を渡されるが、それで納得できるはずがない。
そんな期待をかけられても、応えられる自信がない。
「ほな期待しとるでー、またなー!」
「え、ちょ!?」
言いわけを考えている内にカガリさんはシュタッといつの間にか玄関に立っていた。
まるでニンジャのような身のこなしである、アイエエエ。
「って、行っちまいやがった……」
「カガリんはやーい」
バカなことを思ってる間に、カガリは風のように走り去ってしまった。
強引にも程があるだろ。
「…………はぁ、ったく」
「あれ、ノイノイどこいく?」
「工房。ちょっとロウソク作る」
「うぇ……いってらっしゃい」
獣脂の悪臭をよく知っているミリューは、げーと舌を出している。
まぁ、こと今回に限っては多少なりまともな臭いになるかもしれないが。
「あーあぁ……しゃーない。いっちょ頑張ってみるか」
まぁ、楽しみではあるんだよな。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――
「はー、やれやれ。ロス隊長にはドヤされるしかわいこちゃんにはフラれるし散々だぜ」
「さっさとこんな田舎くせぇとこ抜けて本国の酒でも飲みたいもんだねぇ」
「そのドラゴンとやら、とっとと見つかってくんねぇかな……って、ん?」
「……………………………………」
「……あそこの家にいるの、ドラゴンじゃね?」
14/09/29 21:53更新 / 残骸
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