連載小説
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前編
「おい見ろよ、あれ、都心の兵士じゃないか?」
「何だ何だぁ? 穏やかじゃないな」

木陰で一休みにサンドイッチを食べていると、そんな会話が耳に入ってきた。
何とはなしにその兵士とやらを探してみると、一目見てすぐに分かってしまった。
ウチみたいな辺境の村には不釣り合いなほどに立派なチェーンメイルが眩しい。
警備兵ですら皮鎧ばっかのこの村では、異様とも言える豪華さである。

「珍ひぃなぁ……」
「お、美味そうなもん食ってんなノイ坊」

話し合っていたおっちゃんたちに混じり、まじまじと兵士を観察する。
まるでお上りさんのようにきょろきょろと落ち着きがない。

「ウチに本土の兵士が来るなんてよっぽどだよなぁ……、戦争とかじゃねぇといいんだが」
「そりゃねぇって」

即座に否定すると、おっちゃんがこっちを向く。
何でそう言いきれるんだ、と顔に書いてあるのは見るまでもない。

「わざわざこんな端っこの村に、戦争なんて非常時に戦力たる兵士を割いてまで報告に来るわけねぇじゃん」
「……おぉ、そりゃそうだ」

ちょっと考えたら分かるでしょうに……。
だがまぁ、その都心の兵士さまがわざわざ来るって言うことは、きっとロクでもことないんだろうなとは思う。少なくとも兵士が縁起いいものではないのは確かだし。

「そういやノイ坊よ、領主さまがお前さんを見かけたら呼んでくれと言っておったぞ?」
「え、マジで?」

別に大事ではない、そう安心したのかおっちゃんはパッと思いついたようにそう言った。
少し面食らいこそしたものの、別に珍しいことではない。
領主さまに名指しで呼ばれる、なんてことも稀にあるといえばある。
何せ小さな村だし、ちょくちょく村内を見回りにくる領主さまだし。
それに、一応まぁ俺のお得意様だし。

「それってすぐ?」
「まぁ早い方がいいんじゃねぇか?」

いい加減なおっちゃんの返答に、うーむと少し悩んでみる。
もうちょっとあの兵士ら見てたかったんだが……。

「仕方ねぇか、うん。ちょっくら行ってくる」
「おう、失礼のねぇようにな!」

ぶんぶんと元気に手を振るおっちゃんにひらひらと手を振り返し、領主邸へと小走りで向かう。





「領主さまー、来たぜー」

コンコンとノックして、執務室のドアを開ける。
ギギッと建てつけの悪いドアを強引に押し、中に入ると領主さまは難しい顔で羊紙皮とにらめっこしていた。どうやら俺が入ってきたのに気付いてないらしい。
そっと近づいて、羊紙皮を覗き込もうとして、ようやくこちらに気付いたのか、こらこらと相好を崩してパッと後ろに隠す。

「見ても何も面白いものではないぞ?」
「面白いかどうかは見てから決めるもんだぜ。というわけでちょいと拝見……」
「ダメに決まっておろうが」

覗き込もうと回り込むが、呆れたようにこちらに背を向けない領主さま。
よっぽど見せたくないらしい。

「ま、そっちはいいや。で、何の用ですか?」
「あぁ、お前を呼んだのは追加注文だ。少し多めにロウソクを頼む」

こりゃまた珍しい。
今日の分のロウソクは、実を言えばもう十分すぎるほど納品している。
追加注文、ということは、まぁ何かあったと見て間違いない。

「会議ですか?」
「……お前は本当に察しがいいから困る……」

そう苦笑いする領主さまに恐縮ですとニヤニヤ笑う。
本土から来た兵士、何やら面倒くさそうな羊皮紙、そして追加の会議。

「あぁそうだ、この村に魔物が逃げ込んできたらしい……」

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

魔物。
なんでも俺たち人類の敵で、かなり凶悪な存在だとか子供の頃に教わった記憶がある。
曰く鋸のような牙で人をかみ殺し、剣のように鋭い爪で人を切り裂くとか。
だが、生憎と俺はその魔物とやらを未確認生命体とかそんなくくりで捉えている。
理由は単純、見たことがないからだ。
恐らく俺だけでなく、この村の人は全員が魔物といわれてもピンと来ないだろう。
なんか犬を大きくした感じかな程度の認識である。
都心のような魔物とバリバリ戦ってる連中ならともかく、ウチみたいな貧乏領地はそんないるかどうかも知らない連中より明日のメシである。
どちらかというと、収穫期のイナゴとか盗賊とかのがまだ恐ろしい。

領主さまの話を聞くかぎり、信憑性も怪しい。
本土の兵士の報告では、ドラゴンとかいうトカゲもどきが来たとか要領を得ないもので。
問題はないだろうが領民に不安を広げるわけにはいかないと、口止めするまでもなさそうだが一応された。報告を受けたからには対策を考えないといけないのが領主らしい。
まるで他人事のようだが、本当に他人事なのである。
別に俺は魔物と戦う兵士ではなく、夜の必需品であるロウソクを作るただの領民なのだ。

「材料は確かまだ獣脂が余ってたよなぁ……」

本土の兵士より珍しい、魔物とやらが村の中に潜んでいると聞いても、考えることは飯の種だ。
侘しい思考だと思えるかもしれないが、生きるのに必死なだけである。

「ただいまー」

既に両親も他界し、誰もいない家だが癖でそんなことを言う。
村外れのちょっとぼろい家でパッと見、人が住んでいるようには見えない(村人談)。
これでもちょいちょい修復しながら誤魔化してるんだがなぁ。



ゴトッ



我が家の容体に頭を掻いてると、そんな音が奥の部屋から聞こえた。
改めて言い直すが、両親はとっくに他界して、今は俺しか住んでいない。
加えて村外れであるため、わざわざ村人が来ることもそうそうない。

……つまりアレか。はぐれの賊か。

ウチに盗まれて困るようなものはないが、わざわざ野放しにしてやる必要もない。
親父の愛用だった木剣を手に取り、忍び足で部屋の前へ行く。
これでも、警備団とたまに一緒に訓練するため、剣にはそこそこ自信がある。
不意を突けば、取り押さえるくらい余裕だろう。

「……いち……にの…………さんっ!」

ドアノブを捻り、一気に開く。
さぁぶちのめそう。そう思ったが、そこにいたのは賊ではなかった。
太陽が出ていないせいか、薄暗い室内には、どでんと大蛇のような体が伸びている。
だが、それは蛇なんかとは決定的に違うところがある。
鱗だ。今朝見た兵士のチェーンメイルなんかとは比べるべくもなく硬そうな鱗。
まるで鉱石のようで、ゴツゴツとしている。

「…………」

木剣で叩いていたら、間違いなく木剣が折れていただろう。
危うく親父の形見をおじゃんにしてしまうところだった。

はぐっ……がぶっ、バリっ……

巨大なその蛇腹っぽいのに呆気にとられていると、部屋の奥からそんな音が聞こえた。
まるで、何かを貪っているような……。

(これって……もしかしてやばい?)

もしかしなくてもヤバい。
一目見て分かった。きっとこいつが件のドラゴンとかいう魔物だろう。
未確認生命体なんて舐めくさっていたが、いざ目撃すると恐怖に足がすくむ。

(……気付かれないように戻って、報告しねぇと……)

そう思って後退る。
が、ここでウチのオンボロさ加減が仇となった。
築30年、両親曰く念願のマイホーム。
死ぬがよいと言わんばかりに、板の間がギシィッと大きく軋んだのだ。

ピタ

あ、これ死んだ。
何かを食うような音が止まり、ずるりと蛇腹が這いずる。
この巨体だ。きっと、全力で逃げれば何とかなるはずなのだ。
頭でそう言い聞かせても、恐怖ですくんで、本当に足が動かないのだ。

「…………ッ」

せめて、死ぬ前に一矢くらいは……。
逃げれないなら、迎えうつ。虚勢を張って、木剣を構え直す。
確か、クマなら鼻面が弱点と聞いたが、ドラゴンならどこを狙えばいいのか。
そうこう無い知恵を絞っていると、ついにその魔物の姿が露わになった。

「……………は?」

目が、点になった。
女だ。巨大な蛇から女の上半身がすっぽんぽんで生えていた。
いや、これだけでは正確な描写とは言い難い。
血色がよく艶めかしい肌に、まだあどけなさの残る端正な顔立ちには食べかすが付いている。
そして、何よりも目を引くのは迫力さえ感じ取れるその乳房。
身も蓋もない言い方をすればおっぱい。男の性か、目が離せないのは仕方ない。
たわわに実ったその双丘は、ウチの村ではそうそうお目にかかれまい。

「………………ハッ!」

我に返る。そうだよ、おっぱい見てる場合じゃねぇ!
慌てて顔を上げると、その魔物と目があった。
もごもごと、何か食ってた。食べかすから察するに、たぶんキャベツ。

「んぐんぐ……ごくん」

…………襲ってくる気配は……ないっぽい?
子どものような無垢な瞳は、じーっとこちらを捉えているが、まるで敵意は感じられない。
木剣を向けているこっちが間違っているんじゃないかと勘違いするほどだ。
それどころか、彼女(?)はまだ何かを食べたいのか、手近に置いてあった鍋を掴む。

「あ、ちょっ」

止めるもなく、そいつはそれを掻っ込んだ。



「ぶふぉうぇ!?」



そして、盛大に噴きだした。
……そりゃそうだ。それ、ロウソク用の獣脂だし……。

「ま、まじゅいぃ……うぇぇ……」

脂鍋を放り出して、涙目で彼女はえづいている。
……子供の頃に俺もやったことがある分、何とも言えない気分にさせられた。

「……あー……」

どうすればいいのだろうか、これは。
ちょっと予想とは違ったが、こいつは間違いなく魔物というヤツだろう。
反魔物国民として、俺には領主さまに報告する義務がある……のだが……。

「……と、とりあえずまず口ゆすげ。あとで口直しに蜂蜜やるから……」

目の前の、大きな子供をほっとけなかった。
別に、こんなのなら後で報告したんでもいいだろう……。

「うぎゅぅぅ……」
「ほら、これ飲んでペッしなさい」

コップに水を注いで出してやると、素直に口に含んでうべぇと吐き出してくれた。
何度かそうやって口をゆすがせてやると、何とか落ち着いたみたいだ。

「なにアレぇ……、不味かったよぅ……」
「あーハイハイ。いいからこれ飲め、こっちは美味いから」

まだグスグスと泣きべそをかく彼女に、今度はコップに蜂蜜を注いで差しだす。
現金なもので、その甘い香りに反応し、すんすんと鼻をヒクつかせる。
そして、ちびりと蜂蜜に口をつけ、パァッと輝かんばかりの笑顔である。

「あまぁ〜い!」

……子供かこいつは。
恐ろしいとも思える巨大な体躯の割に、どうにも言動が幼いというか……。

「ねぇねぇ、これなに!?」
「え、は、蜂蜜だが……」
「はちみつ! おぼえた! はちみつ、あまい!」

無邪気にキャッキャッと蜂蜜の入ったコップを振り回す。
……なんか、魔物というレッテルに未だに残っていた警戒心が一気に剥がされた。
こいつは、アレだ。化物じゃなくて、ただの子供だわ。

「……おかわり、いるか?」
「うんっ!」

元気よく頷くその姿に、ちょっとだけ、可愛いなと思ってしまった。



「で、さ」
「うに?」

さすがに蜂蜜だけじゃ体に悪かろうと、即席で作ったホットサンド。
それが乗っていたお皿をぺろぺろと舐める魔物に、ようやく話を切り出す。

「まずお前の名前聞いていい? 呼びづらくて仕方ねぇんだが」
「…………なまえ? なにそれ、おいしいの?」

……もうやだこの腹ペコリーナ。
蜂蜜を瓶一本あけて、ホットサンドもぺろりと5つ平らげ、まだ食欲があると申すか……。
いや、まぁそこも充分なんだが……。

「……名前ってのは、まぁ、俺とか、お前とかのための言葉だよ。例えば、お前がさっきまで食ってた蜂蜜とか……俺の名前で、ノイとか……」

改めて説明するとなると難しいものだ。
自分を指差したり、彼女を指差したり、蜂蜜の入っていたコップを指差したり。
たどたどしい説明に、彼女は分かっているのか分かっていないのか、恐らく後者で首を傾げる。

「…………俺、ノイ」

自分を指で差して説明しなおす。
しかし、彼女は相変わらずきょとんとしたままだ。

「のい?」
「そう、俺、ノイ」

ゴツゴツとした鱗に覆われた、手と思しきものがこちらを指差す。
それに合わせて、名乗りなおす。
……これで分かってくれるだろうか?

「ノイーん」

うん、分かってねぇ。

「ノイーんじゃない。ノイ」
「ノイー?」

あ、イントネーションがちゃんとしてきた。
意外とやってみるもんだ。

「そうそう、俺の名前がノイって言うの。分かった?」
「わかった!」

……名前教えるだけでこんな苦労すると思わなんだ……。
いや、まぁ理解してるかどうかも疑わしいけど。

「ノイノイー!」
「うぉわ!?」

ガバッと、何の脈絡もなく抱きつかれ本気でビビる。
その物々しい体から、きっと恐ろしい膂力なのだろうと思っていたが、加減しているのかベアハッグとか鯖折とかでなく、本当にただの抱擁だった。
だが、生憎とこの状況の安心できるほど俺の心臓は丈夫じゃない。
抱きつかれて思い出したが、この子まだすっぱだかのである。

「ちょ、おま、柔らけぇ! 放せこら!」
「うにぃ〜!」

なぜか全力で俺に頬擦りしてくる彼女をひっぺがそうと力を込めるが、これがビクともしない。
胸には薄い布1枚を隔てて、弾力のある柔らかい感触がグッと押してくる。
それだけじゃない。彼女の長い蛇腹が、ぐるぐると巻きつき始める。

「ノイあったかーい!」
「い、いや、あったかいとかじゃなくて……!」

さすがに、ここまで女の子に密着されるとしどろもどろにもなる。
そりゃ、巻き付く蛇腹こそ異形ではあるものの、いま俺を抱きしめている柔肌は人の温もりだ。

「くぁ……ふぅ……」

と、そんな俺に構わず、彼女は大きな欠伸を漏らす。
あまりに大口を開けたので、一瞬食べられるのかと思ってしまった。
しかし、彼女はむにゃむにゃと目元を擦り、こてんと僕の胸に頭を預けた。

「おやすみぃ……」
「……………………え、いや、おい?」

何の冗談だと疑ったが、彼女はそのまま俺の胸を枕に穏やかな寝息をたてはじめる。
…………ホッとしたというべきか、がっかりしたというべきか……、反応に困った。

「……ていうか、俺、ロウソク作らねぇといけねぇんだが……」

がっしりと拘束されてますがな。
両腕は背中に回されて、下半身は蛇腹に巻きつかれて指くらいしか動かない。
そして、何よりも動けない理由が、この寝顔。
さっきから早鐘のような心音がやかましいだろうに、そんなのお構いなしに心地よさそうにすやすやと……、なんとも微笑ましい寝顔なのだ。

「…………はぁ」

正直、一緒に寝れそうにはない。
だがまぁ、そっとしておいてやろう。
別に、いつまでに届けろとは注文されてないのだ。
この子が起きた後に作れば、それでいいだろう。

「ったく、人の気も知らねぇで……おやすみ」




と、ここで終わればいい話だったのだが。
この子が起きたのが6時間後で、とっぷりと日が暮れた後。
一人で彼女に寝るよう説得すること1時間、慌ててロウソクを作ること1時間で、領主邸に届けると領主さまにたっぷり小突かれた。
てへぺろ。

―――――――――――――――――――――――――――――――――――

「ノイノイー、何してるー?」

翌日の朝。
仕事であるロウソクを作るべく、獣脂と水の入った鍋を火にかけていると、ひょいっと後ろから顔を覗かせる。が、鍋の中からの悪臭に、トラウマスイッチが入ったようだ。

「まずいやつ! ノイ、それまずいやつ!」
「……別にこれが朝飯じゃないから安心しなさいな……」

この子には美味いか不味いかしか基準がないのかねぇ?
……ちなみにこの子、実はまだマッパ。何でか知らないけど、とにかく服を着てくれない。もしかしたら魔物というのは裸族の出身なのだろうか?
それ以前に、そんな姿にたった一日で慣れてしまった自分の適応力にビビらされた……。
まぁ、それはさておいて……。

「昨日さ、ちょっと考えたんだ」
「う゛ぅー……なにぃ?」

鍋に対して警戒しているかのように唸っていたが、話しかけるとケロッと首を傾げる。
こういう挙動を見ていると、村の子供の面倒を見ているみたいで、なぜか微笑ましい。

「いや、さすがに『お前』ばっかじゃアレだし、昨日お前の名前考えてたんだ」
「……なまえ?」

自分を指差しながら、彼女はきょとんと眼を丸くする。
どうやら名前の意味はそれなりに理解してくれていたらしい。

「そっ。で、おまえさん竜だし、けっこう綺麗だから、『ミリュー』ってのはどう? ないセンス絞って考えたんだが……」
「みりゅー?」
「おう、ミリュー」

自分を指差す彼女に、頷いて見せる。
ぽけーっと、何を考えているか分からない呆けた表情の彼女。
三拍ほどして、チーンと彼女の中で合点がいったのか、パァッと表情が輝いた。

「ミリュー! かわいいなまえ! ミリューはミリューでいい!」

おぉ、気に入ってくれたみたいだ。
だせぇとかそんな感じで一蹴されたらどうしようとちょっとドキドキしていたためホッとする。
よほど気に入ったのかミリューミリューと鳴き声のように連呼するので、内心むず痒いものがあるが。

「ノイはノイー、ミリューはミリュー♪」

ご機嫌に指をくるくる回して、俺と自分を交互に指差すミリュー。
……女の子って可愛いもんだったんだなぁ……。

「っと、そろそろいいかな」

水に浮いた獣脂を掬うと、途端にミリューはぴゃっと俺の背後に隠れる。
……胸が背中に当たってるが、黙っておくことにした。

「う゛ぅ〜……!」

なんか威嚇してるが放っておく。
あらかじめ芯を結んでおいた型に、脂を注ぎ込むさなかもミリューはジト目でそれを見ていた。
まぁ、邪魔しないでいてくれるのは助かる。単純に見えて、これが繊細な作業なのだ。

「よっ、と」

型を閉じ、日陰に置く。あとは脂が固まるまで放置。
ロウソクは脂の溶け具合とか、芯が途中で折れたりしないよう注ぐと指先の作業が要求される。
たったこれだけの作業でも、一度で正確にロウソクを作れるようになるまで結構かかった。

「ノイ〜、そんなのどうするの〜?」

そんな匠の技などお構いなく、ミリューはすごく嫌そうな顔でロウソクの型を見ている。
一応、これでも俺も職人の端くれだ。
小さなプライド(獣脂製)に火が付いた。

「ふふん、ミリュー。こいつを見てみな」

棚に置いていたロウソクを一つ手に取り、手近な燭台に置く。
一見普通のロウソクで、ミリューも怪訝に覗き込む。
だが、そこは色気より食い気。すんすんと鼻をヒクつかせて、その表情が輝く!

「はちみつっ!」
「ちょっと違うんだなぁ、これが」

正確には蜜蝋である。で、ついでに早速かじりつこうとしてたので取り上げる。
当たり前だがこれも美味しくありません、あしからず。

「ぶぅー、ノイのいじわる……」
「言っとくがこれも不味いぞ?」

そう忠告すると、ずざっとミリューが後退った。
考えることはやっぱり子供の頃の俺と一緒である。

「こいつは俺の趣味の特別製だ、ちょい待ってな」

マッチで火をつけると、パァッと作業場が明るくなる。
同時に、ほんのりとした甘い香りが室内に漂いはじめ、ミリューがおぉっと感嘆の声を漏らす。
蜜蝋キャンドルに少し蜂蜜を混ぜた、ノイ式ハニーキャンドルである。

「いいにおい……」
「ふはははは、どうだ悪くねぇだろ?」

こんな辺境では売り物にならない嗜好品のため、滅多に晒すことのない試作品だ。
どうやら気に入ってくれたようで、職人冥利に尽きる。

「いつか、この手のロウソクを売ってみたいんだよな」

生活必需品としてでなく、生活嗜好品として。
これがいいあれがいいと、活き活きとした顔で買い求めてくる客に。
ちょっとでも喜んでほしいと試行錯誤する。
そりゃまだ、アロマキャンドルとしては未熟も未熟だが……。

「ノイ〜、おなかへったぁ」
「って結局それかい!」

なんて、青臭いことを考えていると台無しにされた(笑)
やはり花より団子である。

「しゃあねぇな……、ちょっとパンと肉買ってくるから、ウチで大人しく待ってな」
「あいっ! わかった!」

元気な返事をするミリューの頭を撫で、よっと腰をあげる。
さてさて、この大食漢はどんだけ食ったら満足するんだろうか。



「お、ノイ坊、珍しくお寝坊さんじゃねぇか!」
「仕事してたんだっつの。思った以上に城でロウソクがいるみてぇでよ」

村の農場まで足を運び、おっちゃんが豪快に笑いながら出迎える。
普段なら寝起きに障る声なのだが、さすがに目もすっかり覚めていて問題ない。

「いつも通り、パンと干し肉でいいかい?」
「あー、普段の三倍で。ちょいしばらくウチにカンヅメするわ」

サラッと嘘を吐いた自分にそら恐ろしくなるが、おっちゃんは疑う様子もなく商品を用意する。
機会があればこの村の危機意識について領主さまにそれとなく言っておくべきかもしれない。

「おい、そこの小僧」

ボーっとそんな他人事を考えていると、不躾な声が背後から響いた。
振りかえると、昨日見た本土の兵士。
今日も物々しくチェーンメイルに身を包み、腰にはこんな辺境には似つかわしくない物騒な剣。
吊るしていた干し肉を取るべく梯子に登っていたおっちゃんも、何だ何だと降りてくる。

「……ん? 俺?」
「そうだ、お前だお前」

あらまー礼儀のなってないことで。
初対面の若造に向かって高圧的とか、絶対陰口いわれるタイプだよこの人。
降りてきたおっちゃんも、あ? とちょっと喧嘩腰である。

「ノイ坊になんか用かい?」
「些末な質問だ。店主には関係ない」

一方的な言葉に、おっちゃんはムッとしかめっ面になる。
まるで眼中にないとでも言いたげに、そんなおっちゃんすら無視して兵士は俺に詰め寄る。

「風の噂で聞いたがお前は一人暮らしだろ? そんな大量の食糧、どうするつもりだ?」

風の噂て……、まぁ十中八九、領主さまだろうなぁ。
個人情報の危機意識についてもちょっと言うべきかもしれない。

「聞いてなかったんですか、しばらく家に籠るんですよ」
「何の為にだ」

……いい加減、イラついてきたな。
こんな無駄な質問で威張り散らして、本土のやつはみんなこうなのか?
……いや、もしかしたらこれは新手のジョークなんじゃないか?
ほら、俺いなか者だし。都会ではこれが普通なのかもしれない。
なら、俺もウィットに富んだジョークで返すだろう。

「ははは、ご存じなくて?」
「……? 何がだ?」

とびきりの営業スマイルを張り付けて、なるべく朗らかに言う。

「あなた方が報告したあやふやで信憑性の乏しい、いるかどうかも怪しい魔物とやらの対策会議で、無為に消費されるロウソクを作るんですよ。不必要ならキャンセルしますか? 私も無駄な仕事はしたくないので」

毒の加減は間違ってないか、ちゃんとジョークの範囲内に収まっているか。
やや不安になりながら薄目を開けると、目に見えて苛立ちが見える。おこなの?

「がはは、いっちょ前言いやがるぜ!」
「うおっ!」

急におっちゃんが俺の首に腕を回し、バンバンと背中を叩いてくる。
まるで酒でも飲んでるかのようにテンションが高いが……何だ急に?

「貴様……我ら神兵を愚弄するか……!」
「……神兵とか言ってますけど魔物に一度でも勝ったことあります?」

ブチっ。
血管の切れる音が良く聞こえた。
そりゃそうだ、反魔物国家が親魔物国家に勝ったことなんて、一度たりともないのだから。

「こ、このクソガキ……!!」
「おうおう大人げねぇな兄ちゃん。本当のこといわれて切れんなって!」

剣を抜こうとする兵士に、グッとおっちゃんが拳を握る。
痩せた土地を耕すために、毎日のように農具を振るうおっちゃんの腕は丸太のように太い。
図太い血管の浮いた腕が、筋肉で膨らむさまを見てグッと兵士が奥歯を噛む。

「くっ……、し、失礼する……!」
(最初から最後まで失礼一貫じゃねぇか)

彼のプライドのために、最後の言葉だけは飲み込んでおいた。
別に本土と言っても、お伽話の勇者のような立派な兵士ばかりというわけではないようだ。
世も末である。

「がははははは、あぁいう高慢ちきな鼻っ柱を叩き折るのは気分がいいねぇ!」

商品をまとめながらおっちゃんが豪快に笑う。
いい性格してるよアンタも。

「……ん? おっちゃん、何か量多くない?」

麻袋に入ったパンと干し肉。
三倍の量を頼んだのだが、溢れんばかりに詰められたその量はゆうに五倍はある。
持って帰るにも一苦労しそうな重量だ……。

「へへっ、まぁサービスってやつだ。引きこもってばっかで体壊すなよっ!」

……こんだけ一人で食ったら逆に体壊しちまうよ……。
未体験の重さにひぃひぃ言う俺に、おっちゃんは腹立つことに豪快に笑うばかりだった。
ホント、いい性格してるぜ。




「けぷっ……おいしかったぁ……」
「……………」

ざんねん おっちゃんの さーびすは おわってしまった !
麻袋いっぱいのパンと干し肉。
俺がそれを一切れずつ食ったところで、中身が空っぽになった。
……昨日食ったホットサンドだけでも恐ろしかったというに……。
というか、しばらくカンヅメするって言っちまったし、これ、どうしよう……。
14/03/08 01:13更新 / 残骸
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■作者メッセージ
書き方なんて知らないので、やりたい放題やってみました(キリッ

どうも初めまして。秘密結社と申します。
実はこのメッセージ欄、内心ハラハラしながら書いております。
『ワームちゃんはもっと可愛いだろいい加減にしろ』とか『テメェ人様の嫁をなに我が物顔で書いてんだよあ゛ぁん!?』などと言われないか恐ろしい限りなのです。
というのは半分ほど冗談で、普通に初投稿というやつに緊張です。わぁいチキンハート。

一応、本作は三段構成の予定となっております。
もしも次作が気になる、ちょっと気まぐれで見てやってもいいのよ? という方がいらっしゃれば、見に来てくださるとすごく嬉しいです。
そいでは、お粗末さんでした!

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まろやか投稿小説ぐれーと Ver2.33