ゴミバコグラトニー
僕のバイト先のスーパーで、最近つまらない噂が出回っているらしい。
なんでも、夜の廃棄用ゴミ庫にはもったいないお化けが出るだとか。
「イズミ惣菜スタッフだろ? どう? それっぽいもん見たことある?」
喫煙室の片隅にて、好奇心旺盛な先輩は他人事のように笑いながら聞いてくるが……。
こちらとしてはあまり愉快な話ではないのである。
「もし目撃したら絶対捕まえてくださいよ先輩、そいつ本当に迷惑してるんです」
「お、おう? なんかあったんか?」
なんか、どころではない。
マイセンの火を消し、僕は一息に先輩にぶちまけた。
「あいつのせいでゴミ庫がめちゃくちゃ臭いんです! グロサリーの先輩はあそこ行かないから分からないかもしれませんがこの時期は本っ当に臭いんです! ガンッガンに冷房までかけてるのに蠅まで湧くし……! そんなところで生ゴミぶちまけられてて更に処分するのはほとんどウチらなんですよ、腹立ちますよホント!」
「さ、さよか……」
これが本当に迷惑な話なのである。
そのもったいないお化けとやらは、まるでホームレスのようにゴミ庫の、それも総菜コーナーの生ゴミばかりを執拗に狙っているのだ。おかげさまで後処理までこっちのスタッフが被り、しかもほとんどの処理は夜遅くまで残る僕がやらされている。
「だいたい監視カメラとかないんですか、とっ捕まえましょうよマジで!」
「あー、監視カメラはちゃんと付いてるらしいぞ? 店長も困ってるみたいだから愚痴ってたよ」
「じゃあ「あー待て待て、こっからが面白い話でな」
日頃の鬱憤を晴らそうとばかりの僕をなだめ、先輩がピッと人差し指を立てる。
何ですか? と露骨にジロリと目を細めると、可愛げねぇなぁと苦笑いされた。
あいにくと、まだまだ反骨精神バリバリの若造なんですが、何か?
「いやな、その監視カメラの映像見たわけじゃないんだが、なんでも人間じゃないみたいなんだ」
「………………は?」
思わず、何言ってんだコイツ? みたいな目になってしまったが先輩は続ける。
「夜間だから暗視機能も付いてるはずなんだが、早すぎてブレッブレなんだよ、犯人」
「それ、監視カメラの機能がクソなんじゃないですか?」
「ヒトが走ってるくらいなら、普通に録れる性能らしいぞ?」
何だ……それ?
い、いやいやいや、おかしいだろう?
「で、でも通ってるのは見えてるんでしょ? じゃあすぐに取り押さえに行けば……」
「ここも変な話でよ、ウチのゴミ庫って屋外の広々としたところにあるだろ?」
「そう、ですね。はい」
「一回、店長が独断でとっ捕まえようとゴミ庫に走ったんだよ。すぐ外は見晴らしのいい駐車場だし、捕まえられなくても姿形くらいは確認できるだろうって」
――でも、まったく見つからなかったんだ。
まるでホラーテイスト稲川淳二よろしくおどろおどろしく言う先輩に、ひくっと喉が鳴った。
ゴミ庫には僕もよく行くから、その見晴らしの良さは知っている。
あそこから逃げるとなると、店内か駐車場しかない。
しかも、店内に逃げるとすればすぐそこに店長室があったハズだ。
「ご……ゴミ庫に隠れてたとかは?」
「うんにゃ? 社員数名と探したらしいけど、まず隠れられるようなとこにはいなかったらしい」
「………………」
「それこそ壁抜けでもするか、空でも飛ばなきゃ絶対にかち合うハズなんだよなぁ」
……それは確かに、もったいない『お化け』なんて噂が流れても仕方のない話だろう。
いやでもお化けなんて非科学的じゃないか。いくら夏だからってそんな、ねぇ?
「お、ビビった?」
「び、ビビってなんかねぇですよ」
そんなのにイチイチビビってたら夜間バイトなんかできねーし。
そもそも僕お化けとか信じてねーし。っていうか本当にいたらお目にかかりたいくらいだし。
「盗られるゴミの量もかなり多いらしくてなぁ、よっぽど飢えてんだろうなぁ。あまりの飢えに、いつかゾンビみたいにヒトに食らいかかるんじゃってスタッフの中で噂になっててよ」
「僕が怖がってるの分かったうえで怖がらしにかかるの止めやがれください先輩!!」
掴みかかろうと手を伸ばす僕をひょいとかわし、先輩はぷぇーぷぇーと適当にあしらう。
そんなふうに、他愛のない休み時間は無駄に終わった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「悪いなイズミくん、残業させちゃって」
「いえ、大丈夫です。どうせ家に帰ってもやることないですし」
惣菜バックヤードのセッティングを終え、チーフはグッと背を伸ばす。
何でも三連勤だったらしく、もしかしたら疲れているのかもしれない。
「あとはもう廃棄だけなので、後始末は僕一人でも出来ますよ」
「ん? あ、あー……悪いなぁホント。じゃあ頼んじゃっていいか?」
「はい、お疲れさまです」
バツが悪そうに頭を掻くチーフに頭を下げ、僕もパパッと作業を終える。
ゴミ袋を結び、ダストカートに放りこむ僕に、チーフはひらひらと手を振った。
「じゃあお疲れさん。気をつけて帰りよー」
「はい、お疲れさまでしたー」
……二回も言っちゃったよ。
チーフを見送り、僕もダストカートを引っ張る。
もう閉店ギリギリの10時50分だし、とっとと終わらせないと面倒くさい。
「いらっしゃいませー、ありがとうございまーす」
ダストカートを引くがさすがに蛍の光が鳴りだす時間ともなれば客もまばらだ。
店内を歩くお客さまに会釈し、そのままバックヤードへ入る。
店長室の前を通り、ふとそう言えばと昼休みのアレソレを思い出す。
「…………夏だからって安直だよな、うん」
そもそも人を襲うような凶悪犯だったらお客さまにも何かしら被害が出てるはずだ。
そう思いきり、バックヤードからゴミ庫へのスイングドアを押し開ける。
「……月が」
さすがに日付変更線1時間前ともなれば月もだいぶ高い。
とりあえず、と手探りで照明スイッチを探す。
あ、あった。
カチッ
「…………?」
カチッ、カチッ。
あ、あれ?
スイッチを押しても電灯がつかない。
何度もカチカチと押しなおすが、一向に照明がつく気配はない。
……故障にしても間が悪すぎるだろ……。
「仕方ねぇ……」
どうせ通り慣れた道だ。幸いにも月明かりもそこそこで、明かりなしでも出来ないことはない。
さっさと済ませて帰ろう。そう思ってダストカートを押す。
「………………ん?」
ゴミ庫のすぐ近くまで寄ると、ふと足が止まってしまった。
紙ゴミ置き場はキッチリと閉まっているのに、生ゴミ置き場の扉は閉め忘れたかのようにうっすらと明かりが漏れている。
ていうか、こっちの照明はついてるのかよ。
「……………………」
鮮魚スタッフ……だよな! うん!
ガサガサとゴミ袋をいじる音が聞こえるが、きっと鮮魚スタッフの社員に違いない。
今日は忙しい日だったから、きっと遅くまで残らされたのだろう。
ガツガツと何かを咀嚼するような音が聞こえる気がするが、確実に気のせいだ!
「…………………」
いや、んなわけあるか。
そっと息を潜め、生ゴミ庫の扉へとすり足で忍び寄る。
そうそう、お化けなんているわけないだろ、ホームレスか何かがイタズラしてるに違いない。
大体おかしいのだ。お化けが廃棄食品あさりなんて。
なんて、心の中であーだこーだと虚勢を張って、僕はそっと扉の隙間からゴミ庫を覗き見た。
「勿体ないねぇ、これお好み焼き? まだ食べられるじゃん……うまうま」
そこには、ヒトではないヒトっぽい何かがいた。
お好み焼きの半切れを、大きく口を開けてむぐむぐと頬張る、小さな女の子が。
鉤爪のように鋭い手をソースで汚し、まるで巨大な蛾のような翅がピコピコと揺れている。
お尻からはまるでウスバカゲロウのような尻尾(?)が伸び、大きな蠅のようだ。
…………えーと、なに? コスプレ浮浪者?
「アタシ広島風の方が好みなんだけどなぁ……関西風ばっかだよここ」
悪かったな広島風作るの難しいんだよ。
「まったく、ニンゲンたちは食べものに対する感謝ってものを知らないの? これもまだまだ食べられそうじゃない」
そう言ってゴミ袋から取り出したるは竜田揚げ。
もうすっかり冷めて美味しくないであろう竜田揚げにかぶりつき、実に美味そうに食べる少女。
不覚にも、その笑顔がちょっと可愛いなと思ったのは内緒だ。
(…………ていうか、これどうしよう)
コスプレショックがなかなか大きかったが、さすがに我に返る。
ホームレスか野犬か、いずれにせよ捕まえてやろうと思っていたがさすがにこれは反応に困る。
というか、あれはコスプレなのか?
翅や尻尾の質感が、まぁ見ただけじゃ何とも言えないが作り物には到底見えない。
いや、うん。それは今はどうでもいい。
今は、僕はこのあとどうすればいいのか、ってことなんだが……。
(………………………どうすればいいの?)
さっぱど分がんね……。
どうしたものか、人を呼ぶべきか、さすがに手を出しあぐねる。
というか、人を呼んだらこの不思議少女はどうなるのだろう。
やはり警察に突き出されちゃったりするのだろうか。
なんて、悶々と悩んでいた時だった。
「うわ、こんな高そうなものまで……もったいない」
…………ん?
高そうな?
ちらりと顔を上げると、そこには器用に鉤爪で寿司を掬う蠅少女。
…………………………寿司?
「す、寿司は止めといた方がいいです!」
「ぴゃっ!?」
さすがに見てられず、思わず声が出てしまった。
誰もいないと思っていたのか、吃驚したように飛び跳ねて寿司をポロリと落とす少女。
ギギギギ、とまるでブリキ人形よろしく振り返る彼女に、自分から首を突っ込んでおいてなんだが何を言えばいいのかとものすごく困っている自分がいる。
いやね? 彼女も十二分に不審者だと思うよ?
でもね? 電気もつけずに扉の隙間からゴミ庫を覗き見る成人男性ってどうよ?
たぶん向こうもかなりビビってる。
「あの、お寿司は生ものなので、衛生面に著しい問題があると思うので、止めといた方が……」
「アッハイ……どうも……」
……いや、そうじゃなくない?
「…………最近ウチのゴミ庫荒らしてるのは貴方ですか?」
「ご、ご馳走になってますです……」
どうやら、というか現行犯だが、やはり彼女が犯人だったらしい。
……うん、いや、犯人なのはもう、言うまでもなく見ての通りなのだ。
…………本当に、僕はどうすればいいの? マニュアルにこんなときの対応書いてなかったよ?
「あの、できれば生ゴミ荒らすの止めてほしいんですが……」
っていうか何で僕は下手に出てるんだろう。
「あ、荒らしてないし! まだ食べられるのを、もったいないからアタシが食べてるだけだもん!」
世間ではそれをゴミ荒らしと言うのだが。
「いえ、あの……食べない方が……その、お客さま……? の為でもあるかと……」
「何がよっ!」
「……冷蔵庫で保存していたならまだしも、それらの廃棄処分は一晩常温で置いていた商品なのですが……」
「だから何!?」
「…………おなか、壊しますよ?」
寿司に限らず、お好み焼きや竜田揚げも、こんなところで食べるものではない。
常温放置も然ることながら、夏も盛りのゴミ庫には蠅がブンシャカブンしている。
鮮度以前に衛星に著しい問題があるのだ。
「るっさいなぁ! 別に大丈夫だし!」
「えぇー……」
大丈夫じゃねぇよ!
お前それでウチの商品で腹壊したってクレームが来てみろ!
怒られたチーフが当たるのはバイトの僕なんだぞ!
「……お腹減ってるんですか?」
「減ってなかったらこんな隠れて食べないもん!」
「………………じゃあ、ご飯があればウチのゴミ庫荒らさないですか?」
「……えっ? そりゃ他に食べれるものがあるならそうしてあげてもいいけど……」
…………よし。それならよし。
いや、僕個人がどうこうせず、店長に言ってとっ捕まえるのが一番いいんだろう。
でもまぁ、穏便に済ませられるならそっちの方がいい。
いくら迷惑なやつでも、頭ごなしに叱りつけるのはバツが悪い。
……………別に、女の子だったから許すとか、そんなんじゃない。断じてない。
「じゃあ、僕もうこれでバイト終わりだからさ、ウチに来いよ」
「えっ?」
「実家から野菜がいっぱい送られてきてて、一緒に食うような相手もいなくて困ってたんだ」
冷蔵庫からはみ出たサツマイモなんか芽が伸びて来てる始末である。
「アタシいっぱい食べるぞ〜? ホントに大丈夫〜?」
イタズラっぽく、いけ図々しくニヤリと笑う蠅少女。
僕も彼女に合わせて、ニヤッと笑ってみせた。
……いや、マスクしてるから見えないだろうけど。
「食えるもんなら食ってみろ……、です」
「へへっ、楽しみにしてるねん♪」
ブブッ、と彼女の背中の翅が震える。
そのまま浮きあがり、彼女は嫌らしく笑いながら空へと飛んでいった……。
おい、ゴミ片付けてから行けや。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「………………」
キッチンにて作り置きのカレーを煮込みつつ、ちらりと後ろを見やる。
ご機嫌に、とりあえずと買って帰った半額弁当にパクつく彼女。
相変わらず、翅も尻尾も本物のように動いていて、少し疑問を覚える。
どうやって動かしてんだよそれ。
「ほら、カレーあったまったよ」
「わぁ、美味しそう!」
お皿に盛りつけたカレーライスを卓袱台に置く。
さっそくガッツこうと言わんばかりにカレーライスに手を伸ばす彼女。
「ストーップ! ほらスプーン! あといただきますくらい言って!」
「いっただっきまーす!」
調子いいなぁ……。
毒を食らわば皿まで、文字通り皿まで食べかねない勢いで、少女はカレーライスをかっ込む。
気持ちのいい食いっぷりに僕も苦笑して、遅い晩御飯に手をつける。
「美味しい! 美味しいよおにーさん!」
「そいつは光栄なことで。あぁ、あと僕の名前はイズミな」
「ありがとイズミ!」
呼び捨てですかそうですか……。
「私はグラァ! というかイズミ、魔物見ても驚かないの?」
「魔物? はっ、ドラクエじゃあるまいしさ」
あれはコスプレである。お化けとか魔物とか認めない。
認めるのはUFOだけである。
「どらくえ……? なにそれ、おいしいの?」
「あーうん、知らんなら別にいいよ。ていうか食べるの早いなグラァさん」
……まるでグラサンみたいだな、グラァさんって。
既にグラァのカレーライスはほぼ無くなってて、本当によく食べる娘らしい。
幸いにも作り置きのカレーはまだまだある。
「おかわりいる?」
「いるいる! 大盛りでお願い!」
満面の笑みでやはり図々しくお皿を突きだすグラァ。
頼もしいなぁオイ。
お皿を受けとり、白飯をよそいながら、さすがに苦笑いが隠せない。
「あ」
と、グラァが不意に声をあげる。
何か変なものでもあったのか、そう思って彼女の方を向いたときだった。
ペロっ
「ほっぺ、米粒ついてたよ?」
………………え。
何か温かいものがなぞり上げた感触に、思わず頬を触る。
やや生臭い、ちょっと冷たく濡れた感触があった。
「な、おまっ!? な、なにやったの!?」
「え? お米ついてから舐めただけだよ?」
「舐めた!?」
自分でも顔が赤くなってるのが分かる。絶対に、熱帯夜だからとかそんなんじゃない。
「お、女の子がそんなはしたないことしちゃいけません!」
「えぇー? でもイズミいいヤツだし、別にいいじゃん」
「いいや……べ、別にいいヤツじゃねーから!!」
こいつ……何の恥ずかしげもなく……!
あぁいかん、顔が暑くて汗がダラダラ出てきた。
自分でもテンパってるのが分かるし、これは一回逃げた方がいい。
「あぁ、もうっ! ちょっと汗かいたしシャワー浴びてくる!」
ったく、痴女かこいつは……!
戦略的撤退だ戦略的撤退!
座布団から立ち上がり、逃げるように洗面所へ向かう。
が、急に手を引っ張られた。
「逃がさないよ♪」
そんな蠱惑的な囁き声と共に、グラァの身体が背中に押しつけられる。
れるっ
「うぁ……!?」
首筋を舐められ、思わず変な声が出てしまった。
ゾクゾクと背筋に鳥肌が立つような感覚に、上擦ってしまった。
「カレーも美味しいけどさぁ、イズミの方が美味しそうだから、頂いちゃっていーい?」
「は!? い、いや、意味が分かんな……!」
はむっ
「ぃう……!」
今度は耳たぶを唇で挟まれ、コリコリと生温かい歯でいたぶられる。
先ほどに頬を舐めた舌がじゅるじゅると嫌らしい音を立てて、耳がしゃぶられる。
「おま……、止めぇ……!」
「止めてほしいの? こっちはおっきくなってるよ♥」
「うぁ……!」
グラァの鉤爪が、不可抗力と言わせてほしい勃起を掴む。
きゅうっと絶妙に握られ、変な声が漏れてしまった。
「じゃあ、メインディッシュいただくね、イズミ♥」
そう、いやらしく耳元に囁きかけるグラァ。
彼女の手が、嫌らしく肉棒を擦り始めた……。
このあとメチャクチャ犯された。
なんでも、夜の廃棄用ゴミ庫にはもったいないお化けが出るだとか。
「イズミ惣菜スタッフだろ? どう? それっぽいもん見たことある?」
喫煙室の片隅にて、好奇心旺盛な先輩は他人事のように笑いながら聞いてくるが……。
こちらとしてはあまり愉快な話ではないのである。
「もし目撃したら絶対捕まえてくださいよ先輩、そいつ本当に迷惑してるんです」
「お、おう? なんかあったんか?」
なんか、どころではない。
マイセンの火を消し、僕は一息に先輩にぶちまけた。
「あいつのせいでゴミ庫がめちゃくちゃ臭いんです! グロサリーの先輩はあそこ行かないから分からないかもしれませんがこの時期は本っ当に臭いんです! ガンッガンに冷房までかけてるのに蠅まで湧くし……! そんなところで生ゴミぶちまけられてて更に処分するのはほとんどウチらなんですよ、腹立ちますよホント!」
「さ、さよか……」
これが本当に迷惑な話なのである。
そのもったいないお化けとやらは、まるでホームレスのようにゴミ庫の、それも総菜コーナーの生ゴミばかりを執拗に狙っているのだ。おかげさまで後処理までこっちのスタッフが被り、しかもほとんどの処理は夜遅くまで残る僕がやらされている。
「だいたい監視カメラとかないんですか、とっ捕まえましょうよマジで!」
「あー、監視カメラはちゃんと付いてるらしいぞ? 店長も困ってるみたいだから愚痴ってたよ」
「じゃあ「あー待て待て、こっからが面白い話でな」
日頃の鬱憤を晴らそうとばかりの僕をなだめ、先輩がピッと人差し指を立てる。
何ですか? と露骨にジロリと目を細めると、可愛げねぇなぁと苦笑いされた。
あいにくと、まだまだ反骨精神バリバリの若造なんですが、何か?
「いやな、その監視カメラの映像見たわけじゃないんだが、なんでも人間じゃないみたいなんだ」
「………………は?」
思わず、何言ってんだコイツ? みたいな目になってしまったが先輩は続ける。
「夜間だから暗視機能も付いてるはずなんだが、早すぎてブレッブレなんだよ、犯人」
「それ、監視カメラの機能がクソなんじゃないですか?」
「ヒトが走ってるくらいなら、普通に録れる性能らしいぞ?」
何だ……それ?
い、いやいやいや、おかしいだろう?
「で、でも通ってるのは見えてるんでしょ? じゃあすぐに取り押さえに行けば……」
「ここも変な話でよ、ウチのゴミ庫って屋外の広々としたところにあるだろ?」
「そう、ですね。はい」
「一回、店長が独断でとっ捕まえようとゴミ庫に走ったんだよ。すぐ外は見晴らしのいい駐車場だし、捕まえられなくても姿形くらいは確認できるだろうって」
――でも、まったく見つからなかったんだ。
まるでホラーテイスト稲川淳二よろしくおどろおどろしく言う先輩に、ひくっと喉が鳴った。
ゴミ庫には僕もよく行くから、その見晴らしの良さは知っている。
あそこから逃げるとなると、店内か駐車場しかない。
しかも、店内に逃げるとすればすぐそこに店長室があったハズだ。
「ご……ゴミ庫に隠れてたとかは?」
「うんにゃ? 社員数名と探したらしいけど、まず隠れられるようなとこにはいなかったらしい」
「………………」
「それこそ壁抜けでもするか、空でも飛ばなきゃ絶対にかち合うハズなんだよなぁ」
……それは確かに、もったいない『お化け』なんて噂が流れても仕方のない話だろう。
いやでもお化けなんて非科学的じゃないか。いくら夏だからってそんな、ねぇ?
「お、ビビった?」
「び、ビビってなんかねぇですよ」
そんなのにイチイチビビってたら夜間バイトなんかできねーし。
そもそも僕お化けとか信じてねーし。っていうか本当にいたらお目にかかりたいくらいだし。
「盗られるゴミの量もかなり多いらしくてなぁ、よっぽど飢えてんだろうなぁ。あまりの飢えに、いつかゾンビみたいにヒトに食らいかかるんじゃってスタッフの中で噂になっててよ」
「僕が怖がってるの分かったうえで怖がらしにかかるの止めやがれください先輩!!」
掴みかかろうと手を伸ばす僕をひょいとかわし、先輩はぷぇーぷぇーと適当にあしらう。
そんなふうに、他愛のない休み時間は無駄に終わった。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「悪いなイズミくん、残業させちゃって」
「いえ、大丈夫です。どうせ家に帰ってもやることないですし」
惣菜バックヤードのセッティングを終え、チーフはグッと背を伸ばす。
何でも三連勤だったらしく、もしかしたら疲れているのかもしれない。
「あとはもう廃棄だけなので、後始末は僕一人でも出来ますよ」
「ん? あ、あー……悪いなぁホント。じゃあ頼んじゃっていいか?」
「はい、お疲れさまです」
バツが悪そうに頭を掻くチーフに頭を下げ、僕もパパッと作業を終える。
ゴミ袋を結び、ダストカートに放りこむ僕に、チーフはひらひらと手を振った。
「じゃあお疲れさん。気をつけて帰りよー」
「はい、お疲れさまでしたー」
……二回も言っちゃったよ。
チーフを見送り、僕もダストカートを引っ張る。
もう閉店ギリギリの10時50分だし、とっとと終わらせないと面倒くさい。
「いらっしゃいませー、ありがとうございまーす」
ダストカートを引くがさすがに蛍の光が鳴りだす時間ともなれば客もまばらだ。
店内を歩くお客さまに会釈し、そのままバックヤードへ入る。
店長室の前を通り、ふとそう言えばと昼休みのアレソレを思い出す。
「…………夏だからって安直だよな、うん」
そもそも人を襲うような凶悪犯だったらお客さまにも何かしら被害が出てるはずだ。
そう思いきり、バックヤードからゴミ庫へのスイングドアを押し開ける。
「……月が」
さすがに日付変更線1時間前ともなれば月もだいぶ高い。
とりあえず、と手探りで照明スイッチを探す。
あ、あった。
カチッ
「…………?」
カチッ、カチッ。
あ、あれ?
スイッチを押しても電灯がつかない。
何度もカチカチと押しなおすが、一向に照明がつく気配はない。
……故障にしても間が悪すぎるだろ……。
「仕方ねぇ……」
どうせ通り慣れた道だ。幸いにも月明かりもそこそこで、明かりなしでも出来ないことはない。
さっさと済ませて帰ろう。そう思ってダストカートを押す。
「………………ん?」
ゴミ庫のすぐ近くまで寄ると、ふと足が止まってしまった。
紙ゴミ置き場はキッチリと閉まっているのに、生ゴミ置き場の扉は閉め忘れたかのようにうっすらと明かりが漏れている。
ていうか、こっちの照明はついてるのかよ。
「……………………」
鮮魚スタッフ……だよな! うん!
ガサガサとゴミ袋をいじる音が聞こえるが、きっと鮮魚スタッフの社員に違いない。
今日は忙しい日だったから、きっと遅くまで残らされたのだろう。
ガツガツと何かを咀嚼するような音が聞こえる気がするが、確実に気のせいだ!
「…………………」
いや、んなわけあるか。
そっと息を潜め、生ゴミ庫の扉へとすり足で忍び寄る。
そうそう、お化けなんているわけないだろ、ホームレスか何かがイタズラしてるに違いない。
大体おかしいのだ。お化けが廃棄食品あさりなんて。
なんて、心の中であーだこーだと虚勢を張って、僕はそっと扉の隙間からゴミ庫を覗き見た。
「勿体ないねぇ、これお好み焼き? まだ食べられるじゃん……うまうま」
そこには、ヒトではないヒトっぽい何かがいた。
お好み焼きの半切れを、大きく口を開けてむぐむぐと頬張る、小さな女の子が。
鉤爪のように鋭い手をソースで汚し、まるで巨大な蛾のような翅がピコピコと揺れている。
お尻からはまるでウスバカゲロウのような尻尾(?)が伸び、大きな蠅のようだ。
…………えーと、なに? コスプレ浮浪者?
「アタシ広島風の方が好みなんだけどなぁ……関西風ばっかだよここ」
悪かったな広島風作るの難しいんだよ。
「まったく、ニンゲンたちは食べものに対する感謝ってものを知らないの? これもまだまだ食べられそうじゃない」
そう言ってゴミ袋から取り出したるは竜田揚げ。
もうすっかり冷めて美味しくないであろう竜田揚げにかぶりつき、実に美味そうに食べる少女。
不覚にも、その笑顔がちょっと可愛いなと思ったのは内緒だ。
(…………ていうか、これどうしよう)
コスプレショックがなかなか大きかったが、さすがに我に返る。
ホームレスか野犬か、いずれにせよ捕まえてやろうと思っていたがさすがにこれは反応に困る。
というか、あれはコスプレなのか?
翅や尻尾の質感が、まぁ見ただけじゃ何とも言えないが作り物には到底見えない。
いや、うん。それは今はどうでもいい。
今は、僕はこのあとどうすればいいのか、ってことなんだが……。
(………………………どうすればいいの?)
さっぱど分がんね……。
どうしたものか、人を呼ぶべきか、さすがに手を出しあぐねる。
というか、人を呼んだらこの不思議少女はどうなるのだろう。
やはり警察に突き出されちゃったりするのだろうか。
なんて、悶々と悩んでいた時だった。
「うわ、こんな高そうなものまで……もったいない」
…………ん?
高そうな?
ちらりと顔を上げると、そこには器用に鉤爪で寿司を掬う蠅少女。
…………………………寿司?
「す、寿司は止めといた方がいいです!」
「ぴゃっ!?」
さすがに見てられず、思わず声が出てしまった。
誰もいないと思っていたのか、吃驚したように飛び跳ねて寿司をポロリと落とす少女。
ギギギギ、とまるでブリキ人形よろしく振り返る彼女に、自分から首を突っ込んでおいてなんだが何を言えばいいのかとものすごく困っている自分がいる。
いやね? 彼女も十二分に不審者だと思うよ?
でもね? 電気もつけずに扉の隙間からゴミ庫を覗き見る成人男性ってどうよ?
たぶん向こうもかなりビビってる。
「あの、お寿司は生ものなので、衛生面に著しい問題があると思うので、止めといた方が……」
「アッハイ……どうも……」
……いや、そうじゃなくない?
「…………最近ウチのゴミ庫荒らしてるのは貴方ですか?」
「ご、ご馳走になってますです……」
どうやら、というか現行犯だが、やはり彼女が犯人だったらしい。
……うん、いや、犯人なのはもう、言うまでもなく見ての通りなのだ。
…………本当に、僕はどうすればいいの? マニュアルにこんなときの対応書いてなかったよ?
「あの、できれば生ゴミ荒らすの止めてほしいんですが……」
っていうか何で僕は下手に出てるんだろう。
「あ、荒らしてないし! まだ食べられるのを、もったいないからアタシが食べてるだけだもん!」
世間ではそれをゴミ荒らしと言うのだが。
「いえ、あの……食べない方が……その、お客さま……? の為でもあるかと……」
「何がよっ!」
「……冷蔵庫で保存していたならまだしも、それらの廃棄処分は一晩常温で置いていた商品なのですが……」
「だから何!?」
「…………おなか、壊しますよ?」
寿司に限らず、お好み焼きや竜田揚げも、こんなところで食べるものではない。
常温放置も然ることながら、夏も盛りのゴミ庫には蠅がブンシャカブンしている。
鮮度以前に衛星に著しい問題があるのだ。
「るっさいなぁ! 別に大丈夫だし!」
「えぇー……」
大丈夫じゃねぇよ!
お前それでウチの商品で腹壊したってクレームが来てみろ!
怒られたチーフが当たるのはバイトの僕なんだぞ!
「……お腹減ってるんですか?」
「減ってなかったらこんな隠れて食べないもん!」
「………………じゃあ、ご飯があればウチのゴミ庫荒らさないですか?」
「……えっ? そりゃ他に食べれるものがあるならそうしてあげてもいいけど……」
…………よし。それならよし。
いや、僕個人がどうこうせず、店長に言ってとっ捕まえるのが一番いいんだろう。
でもまぁ、穏便に済ませられるならそっちの方がいい。
いくら迷惑なやつでも、頭ごなしに叱りつけるのはバツが悪い。
……………別に、女の子だったから許すとか、そんなんじゃない。断じてない。
「じゃあ、僕もうこれでバイト終わりだからさ、ウチに来いよ」
「えっ?」
「実家から野菜がいっぱい送られてきてて、一緒に食うような相手もいなくて困ってたんだ」
冷蔵庫からはみ出たサツマイモなんか芽が伸びて来てる始末である。
「アタシいっぱい食べるぞ〜? ホントに大丈夫〜?」
イタズラっぽく、いけ図々しくニヤリと笑う蠅少女。
僕も彼女に合わせて、ニヤッと笑ってみせた。
……いや、マスクしてるから見えないだろうけど。
「食えるもんなら食ってみろ……、です」
「へへっ、楽しみにしてるねん♪」
ブブッ、と彼女の背中の翅が震える。
そのまま浮きあがり、彼女は嫌らしく笑いながら空へと飛んでいった……。
おい、ゴミ片付けてから行けや。
―――――――――――――――――――――――――――――――――――
「………………」
キッチンにて作り置きのカレーを煮込みつつ、ちらりと後ろを見やる。
ご機嫌に、とりあえずと買って帰った半額弁当にパクつく彼女。
相変わらず、翅も尻尾も本物のように動いていて、少し疑問を覚える。
どうやって動かしてんだよそれ。
「ほら、カレーあったまったよ」
「わぁ、美味しそう!」
お皿に盛りつけたカレーライスを卓袱台に置く。
さっそくガッツこうと言わんばかりにカレーライスに手を伸ばす彼女。
「ストーップ! ほらスプーン! あといただきますくらい言って!」
「いっただっきまーす!」
調子いいなぁ……。
毒を食らわば皿まで、文字通り皿まで食べかねない勢いで、少女はカレーライスをかっ込む。
気持ちのいい食いっぷりに僕も苦笑して、遅い晩御飯に手をつける。
「美味しい! 美味しいよおにーさん!」
「そいつは光栄なことで。あぁ、あと僕の名前はイズミな」
「ありがとイズミ!」
呼び捨てですかそうですか……。
「私はグラァ! というかイズミ、魔物見ても驚かないの?」
「魔物? はっ、ドラクエじゃあるまいしさ」
あれはコスプレである。お化けとか魔物とか認めない。
認めるのはUFOだけである。
「どらくえ……? なにそれ、おいしいの?」
「あーうん、知らんなら別にいいよ。ていうか食べるの早いなグラァさん」
……まるでグラサンみたいだな、グラァさんって。
既にグラァのカレーライスはほぼ無くなってて、本当によく食べる娘らしい。
幸いにも作り置きのカレーはまだまだある。
「おかわりいる?」
「いるいる! 大盛りでお願い!」
満面の笑みでやはり図々しくお皿を突きだすグラァ。
頼もしいなぁオイ。
お皿を受けとり、白飯をよそいながら、さすがに苦笑いが隠せない。
「あ」
と、グラァが不意に声をあげる。
何か変なものでもあったのか、そう思って彼女の方を向いたときだった。
ペロっ
「ほっぺ、米粒ついてたよ?」
………………え。
何か温かいものがなぞり上げた感触に、思わず頬を触る。
やや生臭い、ちょっと冷たく濡れた感触があった。
「な、おまっ!? な、なにやったの!?」
「え? お米ついてから舐めただけだよ?」
「舐めた!?」
自分でも顔が赤くなってるのが分かる。絶対に、熱帯夜だからとかそんなんじゃない。
「お、女の子がそんなはしたないことしちゃいけません!」
「えぇー? でもイズミいいヤツだし、別にいいじゃん」
「いいや……べ、別にいいヤツじゃねーから!!」
こいつ……何の恥ずかしげもなく……!
あぁいかん、顔が暑くて汗がダラダラ出てきた。
自分でもテンパってるのが分かるし、これは一回逃げた方がいい。
「あぁ、もうっ! ちょっと汗かいたしシャワー浴びてくる!」
ったく、痴女かこいつは……!
戦略的撤退だ戦略的撤退!
座布団から立ち上がり、逃げるように洗面所へ向かう。
が、急に手を引っ張られた。
「逃がさないよ♪」
そんな蠱惑的な囁き声と共に、グラァの身体が背中に押しつけられる。
れるっ
「うぁ……!?」
首筋を舐められ、思わず変な声が出てしまった。
ゾクゾクと背筋に鳥肌が立つような感覚に、上擦ってしまった。
「カレーも美味しいけどさぁ、イズミの方が美味しそうだから、頂いちゃっていーい?」
「は!? い、いや、意味が分かんな……!」
はむっ
「ぃう……!」
今度は耳たぶを唇で挟まれ、コリコリと生温かい歯でいたぶられる。
先ほどに頬を舐めた舌がじゅるじゅると嫌らしい音を立てて、耳がしゃぶられる。
「おま……、止めぇ……!」
「止めてほしいの? こっちはおっきくなってるよ♥」
「うぁ……!」
グラァの鉤爪が、不可抗力と言わせてほしい勃起を掴む。
きゅうっと絶妙に握られ、変な声が漏れてしまった。
「じゃあ、メインディッシュいただくね、イズミ♥」
そう、いやらしく耳元に囁きかけるグラァ。
彼女の手が、嫌らしく肉棒を擦り始めた……。
このあとメチャクチャ犯された。
21/12/11 16:44更新 / 残骸