連載小説
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第二部 1話 落ち込む男

「まいったなぁ…どうしようか…」

俺は木箱に腰掛け、途方に暮れていた
いっそこのまま逃げてしまおうか?
いやいや、そんなことをしたら追われる身になってしまう…

「まいったなぁ…」

俺は先日のことを思い出す



俺は王都の門番兵で、商人たちの荷物を検査する検査官の仕事をしていた
孤児院にいたころから魔力の素養のあった俺は独学で魔法学を学び、ある程度の呪法や、占術、魔法を使うことができた
その甲斐あって門番兵の中でも割かし給料も高い検査官を務めることができているのだ
まぁ、検査官なんて言っても、やってることは同僚と一緒に荷物を調べ、怪しいものがあったら、俺が占術を使いそれが安全かどうかを見る、なんて程度の仕事でしかないのだが
しかしこの国は平和だ
魔物たちが大人しくなった今の時代では他国との戦争はもうずいぶんと起こっていない
国内の内乱にしたって二十年以上も前に1度起こったっきりだ
いや、5年ほど前に1度あったか…
でも、あの時は大きな戦争になる前に現王が白銀の竜を呼び寄せて敵を一網打尽にしたとか…
まぁ、そんな夢物語みたいな話は信じちゃいないが…
しかし、それを機に3年ほど前に即位したリアン1世は他国にも名を響かせる名君との噂だ
その噂の賜物なのか、それとも本当に善政の成果なのか、今ではこの国は周辺諸国でも有名な平和国家になった
事実俺が門番兵になって2年、これまで一度も密輸やテロ目的の危険物の持ち込みも見つかってはいなかった
先輩たちは関税のバランスがよく、密輸なんてしなくても商人たちは有効な商売関係が結べるからだとか言っていた
俺は政治のことはよくわからない
そもそも俺は孤児としてこの町へ流れ着いて、物心ついてからというものこの町を一度も出たことがないのだ
他の国との違いなんて全然分からない
そんな平和な日常がずっと続いてたんだ、あんなことがあるなんて予想できるはずもなかった

あの日も午後に入るまではいつもと変わらない一日だった
俺は兵舎で軽い昼食を取り、先輩と世間話や上司への愚痴などをこぼしたりしながら、午後の任務に就いていた
そんな平和ボケを絵にかいたような日だ、少しぐらい魔がさしても仕方がないだろう?
そいつは今までに何度か見たことのある商人だった
特別親しいわけでもないが、雑談や、商売の愚痴などを聞きながらいつも通り荷物を検査していた
しかし、俺が荷車の端においてある木箱を調べようとした時だった

「おい、エリオ、まだかよ?次がつっかえてるぜ?」

そう後ろから呼びかけてきたのは、普段あまり話をしないコルト先輩だった
見れば検査をしている荷車の後ろには4台ほどの荷馬車が見える
特段混んでいるというわけでもなかった
しかし、混んでいなくもない
俺は少し不思議には思ったが
先輩から急かされたので

「なぁ、そこの箱には何が入ってるんだ?」

と商人に問いかけ

「霧の大陸から伝わった壺です。偶然隣町で手に入れましてねぇ。決して怪しいもんじゃありませんよ」

と、商人に言われ、ちゃんと検査もせずに、通してしまったのだ
今思えば、なんであんなことをしたのだろうか?


事態が動き出したのはその2日後だった
いつものように俺は兵舎で眠っていると

「おい、エリオット=アイヴズ。扉を開けなさい!」

突然大声とともに、ドアを壊さんばかりにノックする音が聞こえた
俺は飛び起きてドアを開けると、そこには近衛兵の格好をした騎士が3人立っていた

「お前がエリオット=アイヴズか?」
「は、はい」

俺は正直に答えた
と、同時に、両腕を2人の騎士に掴まれ、部屋から引きずり出された

「痛っ!な、なんですか!?いったい!?」
「詳しくは後から聞こう、とにかく付いてきなさい」
「え?え!?」

そのまま連れて行かれたのは、王都の騎士たちが働く建物だった
俺は驚きのあまり、自分が寝間着姿だということも忘れ、何をしたのかもわからないまま

「俺じゃない!俺は何も知りません!!」

と叫び続けていた
今思えば、逆に怪しさ100倍だ
そうして突然鉄格子付きの窓のある部屋に入れられ

――ドスン

「ぐへっ」

固い椅子に無理やり座らされたのだった

――カツ カツ カツ

そうしてあたふたとしている俺の目の前にずいぶんと高そうな服を着た騎士が現れた

「エリオット=アイヴズ検査官だね?間違いはないかい?」

にこやかにほほ笑みながらそいつは言った

「は、はい。こ、これはなんなんですか!?なんで俺はこんなところに連れてこられたんですか!?」

気が動転していた俺はそう答えた

「まずは落ち着いて話を聞いてほしい」
「こ、こんな状況で落ち着いてられませんよ」
「はは。確かにその通りだ。誰か、水をいっぱい持ってきてあげてくれ」

そいつが言うと、しばらくしてコップに入った水が運ばれてきた
俺はすがりつくようにそれを口にした
異様にのどが渇いていたのだ

「さて、単刀直入に聞こう」
「な、何をですか?」

俺は水を飲みながら答えた

「君は陛下に対して殺意を抱いたことはあるかな?」

――ブッ!

俺は思わず水を吹き出してしまった

「そ、そんなことあるはずがありません!王様なんて雲の上の人」
「…ふむ、そうか。失礼、突拍子もない質問だったね。では次の質問だ」

そういいながら騎士は紙に何かをメモしていた

「君は検査官をしているね?」
「はい」
「検査官という仕事をしていると、他国の商人たちとも少なからず縁があることと思う」
「は、はぁ。まぁ少しは」
「その商人の中に、陛下のことをよく思っていない人間はいるかな?」
「え!?」

俺は動転した頭で質問の意図を考えた
そうか、王都に入った商人の中に、王様に向かって弓を引いたものが出たらしい
そしてなぜか俺はその件に関して、何らかの容疑がかけられているんだ

「わ、わかりません。商人たちはいつも商売のことばかり考えて話をしていますから」

俺はそう答えた

「ふむ…。では次の質問だ」
「ちょ、ちょっと待ってください」

騎士の言葉を遮るように俺は質問を投げかけた

「いったい何があったんですか?どうやら俺は何かの事件の犯人にされているような気がするんですが?」

動揺のあまり、少しイラついたような口調になってしまった

「ん?知っているんじゃないのかい?」
「俺は何も知りません!俺は何もやってない!」
「そうか、それは済まない。いいだろう。昨日、王宮で陛下が襲われた」
「え!?」
「犯人は不明だが、商人からの上納品に紛れ、古い魔物が封じられた壺が送られてきたんだ。いやぁ、まいったよ。この時代になってあんな怪物を目にすることになるとはね」
「え?え!?」
「壺には呪術が掛けられていて、陛下が近づくと壺から怪物が飛び出す仕組みになっていたらしい」
「そんな…」
「とはいっても、我が陛下はただの人ではない。怪物の不意打ちを躱し、右腕に怪我を負っただけで命に別状はない。怪物の方も偶然そばを通りかかった陛下の母君が拳一つで殴り殺s…ゴホン。退治召されたからよかったものの…」
「だ、だれがそんなことを!?っていうか、母君すごくね!?」
「ふむ…。正直に言おう。私たちはこの事件に関して、門番兵と容疑者の商人たちのいずれかの間に関係があったのではないかと思っている。そして門番兵の中での一番の容疑者が…」
「私…ですか……」

俺はその言葉を聞いて、驚きを隠せなかった
正直頭は混乱の頂点だった
陛下が襲われたという事件
そして容疑者は王宮に上納を行った商人で
壺から怪物…
それを通した検査官の俺にも容疑がかかっている
っていうか、拳一つで怪物を蹴散らす母君って…
最近の仕事ぶりを思い返してみる
思い返しても、何も浮かばない
最近も昔も、俺の仕事はずっと平和そのものだったんだ

「意地悪を言って済まない。別に君を困らせようとして言っているわけではないんだ」
「は、はぁ…」

にこりとほほ笑む騎士
しかしその眼は、暗に俺の自白を待っているようだ

「よし、わかった。こちらも少し秘密の情報を出そう」
「え?」
「言いにくいことを言ってもらおうとしているんだ。こちらも言いにくいことを言わなければフェアじゃないね」
「?」
「君の同僚、名前は何と言ったかな…。そうだ。コルト君だったか…」
「コルト…」

コルト…
――!
その瞬間思い出した
そうだ、一昨日のあの時だ
あの時コルト先輩が急かしたから…

「コルト君が面白い話を聞かせてくれてね。容疑者の中のとある商人と、君が以前からとても懇意だったと証言している。そして面白いことに君がその商人の荷物を自分の権限で正規の検査をせずに通していたとか…」

騎士のにこやかの口調から聞こえてきた話は、まさに陰謀の塊のような話だった
コルト先輩、いや、コルトは自分の罪を俺になすりつけて、俺をハメようとしているんだ

「違います!そいつです!コルトがあの時俺を急かして、」
『急かして』どうしたのかね?」

俺が弁明しようとしたその瞬間、これまでにこやかだった騎士が信じられないほど恐ろしい口調で聞いてきた
俺は思わず黙り込んでしまった
すごい威圧感だ

「おっと、すまない。面白そうな話だね。ちゃんと聞かせてくれるかい?」
「は、はい…」

俺は声が震えていた
おそらく上位の騎士なのだろう、そいつの見せたオーラは、まさに俺のような一般市民から見れば怪物のようなものだった
俺は蛇ににらまれた蛙のように縮み上がってしまった
俺は震えるような声でその日の出来事を話して聞かせた


「ふむ…」
「っと、いうわけなんです。俺はコルトに急かされ、検査をおろそかに…」
「なるほど、わかった。君の言い分には、一応は納得できる。若く経験も浅い君だ、歳も経験もずっと長いコルト君の言葉に焦りを覚えるのも無理はない」

騎士は静かに、紙にメモを取りながら言った

「しかしだ」

騎士は紙を机の上に置くと、俺を見据えてこういった

「君は他の人間にはない能力を買われ、検査官という役職を得ている。それは国が、陛下が君を信用して与えた職だ」
「は、はい…」
「たとえ君が言ったように、そのコルト君の策に君が嵌められ、君がこうなってしまったのだとしても、君は陛下からの信頼を裏切ったことになる」
「……はい」

俺は絶望した
なんということだ
これまでの人生の中で、最も大きな失敗を犯してしまった
それを思うと言葉が出なくなった

「話は分かったよ。…すまないね。話が長くなってしまった。明日は休日だったね。今日は早く帰って仕事に励むといい。今回の件についての最終的な判断は後日行われるだろう。僕も真犯人が見つかることを祈っているよ。でも、君はどちらにせよ大きな失敗を犯してしまった。それなりの罰は覚悟しておくんだよ」

――カツ カツ カツ

石畳の床に騎士の足音が響いた
俺は力が抜けて、固い椅子にもたれかかった



その日はその後何があったのかよく覚えていない
気が付けば俺は検査官の服を着たまま、行きつけの酒場で飲んだくれていた
俺はため息ばかりをつき、いつもは楽しく聞こえる喧騒を背中に、勘定を置いて店を出た
右手には酒瓶が握られ、ふらふらと潮風に導かれて歩く
俺は船着き場の隅に腰掛け、酒瓶を煽った

「まいったなぁ…どうしようか…」

俺は木箱に腰掛け、途方に暮れていた
いっそこのまま逃げてしまおうか?
いやいや、そんなことをしたら追われる身になってしまう…

「まいったなぁ…」

例えコルトが捕まったとしても、俺はきっと左遷されてしまうだろう
今の平和ボケで楽な仕事とは縁遠い、田舎での労働生活が待っているに違いない

「はぁ…それもいいかもな…」

きっと給料は今よりもずっと下がるだろう
ここのような立派な宿舎なんてなく、3,4人で一部屋の汗臭い宿舎での生活になるのだろう
土地も貧しくて、毎日のまずい飯
それを肴に安酒を煽って人生を呪う毎日
そして歳をとった時に若者に向かってこう言うんだ

『俺も昔は王都で立派に働いていたんだぞ』

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああ!!!」

俺は目の前に迫った悪夢に悲鳴を上げた
いや、まて、もしこのままコルトが無罪となってしまえば俺はきっと罪人になる
それも王様を殺めようとした罪だ
きっと待っている罰は死刑だろう

「嘘だ…」

俺は赤煉瓦にもたれかかった
目の前が真っ暗だ
急転直下
まさに足元を掬われた気分だ
ふと、孤児院のころを思い出す
都立の大きな孤児院だった
中には学校があり、何不自由なく暮らせた
周りの奴らも親のいない子供ばかり
みんなで兄弟のように育ち、俺は母親のように慕っていたシスターに魔法をほめられ
それから必死で勉強した
学校の教育よりもずっと先のことを本で読んで学び、シスターに聞いた
兵の養成所でも魔法の成績を認められ、あっという間に検査官になれた
俺はそれをどこかで誇りにしていた
親なんていなかったが、俺は俺一人で立派にやっていけていたんだ
それがなんてこった…

「俺…死ぬのかな?…」

不幸中の幸いというのがあるのなら、きっとそれは俺の死を悲しむ親がいないということだろう
もしも本当に死刑になるのだとしたら、きっと処刑人に看取られ、この首を斧で落とされるんだ

「ああ、そうか。そう考えると孤独に死ぬよりはずっとましかもしれないな」

俺は自嘲気味に笑い
立ち上がった
すっ 、と
気持ちが楽になった
そうだ
これからは死んだ気で生きよう
もう余命がどれくらいかわからないが
もしかしたら明日にも処刑が待っているのかもしれないが
そうだとしたら尚のこと
残りの人生を楽しもう
俺はポケットに手をいて、所持金を確認すると、歓楽街の方へ歩いて行った

12/06/21 19:13更新 / ひつじ
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■作者メッセージ
やっとお話らしくなってきました。
無実の罪を着せられそうな主人公エリオ。彼はこのあと数奇な運命をたどることになっていきます。たぶん
いや、だってまだストック書いてないし、変わるかもしれんやん
しかしこの国の王族は恐ろしいな、王の母ともなると素手で怪物を殴り殺せるらしいぜ
そうなると王はくしゃみで空に穴を開けられるな

リアン1世「いや、母さんが異常なだけに決まってるでしょ」

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