第二話 平兵卒の日常
「ふわぁ〜。今日もいい天気だ」
決戦の朝になった。
といっても、俺の決選じゃない。
カデナ隊長の恋の決選だ。
約束しちゃったしなぁ。
仕方ない。
でも、もしカデナ隊長が失敗したら、俺にもチャンスが出るって訳で。
うん。失敗すればいいのに。
まぁ〜。たぶんくっついちゃうんだろうなぁ〜。
あのおっぱい…。
おしい事をした…。
「あ。おふぁよ〜ございます」
「む、リアンか…」
集合場所に今日は集合時間に集まった俺。
どこかしら緊張してカチンコチンな隊長。
ん〜?おかしいなぁ。
隊長はたぶん緊張して失敗しちゃうだろうから、作戦の事は伝えてない筈なんだけどなぁ…。
「やぁ、おはよう、リアン君。今日もいい具合に力が抜けてるね」
「あ、ウェルキン中尉。お久しぶりです」
「うむ。今日はこの3人で巡回だな…」
隊長が固い。
あ、そうか。
ウェルキン中尉がいるから…。
そうか。
隊長が中尉と巡回のペアを組む時はいつも2人だけだったのはこの様子を他の隊員に見られない様にする為だったのか…。
まぁ、今日は俺も入ってるけど。
昨日、隊長に言って俺も組に入れてもらったんだ。
隊長には「相手(ウェルキン中尉)の情報も集めなきゃいけないですし」と言ってある。
隊長もよもや今日が決戦当日だとは思っていないだろう。
「さて、そろそろ定時だね。ユミ君、リアン君、行こうか」
「く、「君」はやめてよ!」
「はは。すまないね。どうも士官学校からの癖が抜けないね。カデナ大尉」
う〜ん。やっぱり隊長は好きな人の前だと素直になれない乙女の様だ。
こんな風に隊長がツンケンしちゃうもんだから鈍い事に定評のあるウェルキン中尉は自分が嫌われてるとか思ってるんだろうなぁ。
これじゃあお互いに4年も片思いしちゃうわけだ。
「そういえば、ウェルキン中尉とカデナ隊長は士官学校時代からの同期と伺いましたが」
「リアン君。ウェルと呼んでもらって構わないよ。 そうだね。僕とユミ君は士官学校の入学時代から一緒でね。彼女は初めから目立つ生徒だったよ。東洋の血が混じっている綺麗な黒髪に、あの華麗な武勇だ。でも、実は勉強は苦手でね。僕が良く教えて」
「ご、ゴホン!」
「おっと…」
ウェルキン中尉がにこやかに話していると隣から大きな咳ばらいが聞こえた。
まったく…。
まぁ、でも今の話で何となく分かった。
たぶん隊長達は士官学校からお互いに想いを寄せていたんだろう。
「はは。僕がこんな事ばかり言ってるからかな。彼女には少し嫌われてるみたいでね」
「そうですかねぇ?」
わぁ、鈍い。
今時恋愛小説でもこんな鈍い主人公居ないよ。
中尉は困った様に微笑んでいるけど、その後ろで隊長は耳まで真っ赤にしながら中尉の一挙手一投足までを気にしているようだ。
っと、そろそろか?
俺たちは俺の仕掛けた策のポイント付近にやってきた。
俺が路地裏の建物の陰で待機していた仲間に合図を出す。
「キャァァァァァ!!」
と、途端に路地裏の方から悲鳴が上がる。
路地裏の廃倉庫に準備した仕掛けが動き出した。
後は作戦通りうまく行けば…。
「なんだ!?」
真っ先に異変に気付いたのは隊長だった。
いや、真っ先にかかったと言った方がいいかな?
予定通りカデナ隊長は廃倉庫へ向かって走り出した。
「中尉!俺たちも追いかけましょう!」
「ん?ああ。そうだね」
「?」
中尉は何やら周囲を警戒しているようだった。
何かしら感づかれたのだろうか。
侮れない人だ…。
いや、待て。こうして隊長を1人に出来たのはむしろ好都合だ。
俺は屋根の上で待機していた仲間に手でプランBの合図を出す。
これで恐らくは作戦はプランBに移行できるはずだ。
「きゃぁぁぁぁぁ!」
倉庫の中からカデナ隊長の悲鳴が聞こえた。
よし、成功だ。
恐らく隊長は仲間達から説明を受けて、作戦に加入したんだろう。
「ユミ君!?」
隊長の声を聞いて中尉が突然速度を上げて走り出す。
お。スイッチが入ったのかな?
これはどうやら脈ありの様だ。
後はこのまま…。
「ゥオギャアアアアアアアアアアいやあぁぁぁぁぁ!」
「のわぁぁぁぁ!!!」
え?あれ?
何でまた悲鳴が?しかもなんか尋常じゃない感じ…。
それにもう一つのは、ジャックの悲鳴?
2人の悲鳴が工場の中から響いてきた。
そして。
「ユミ君!」
「隊長?」
隊長が逃げ出る様にして工場から出てきてしまった。
あれ?こんなの作戦にないぞ?
どういう事だ?
「ウェルくぅ〜〜ん!ふぇ…」
「え?ユミ…くん?」
しかもなんだか隊長が子供みたいに泣きじゃくって中尉に抱きついてる…。
え?何これ?
「こわかった。怖かったよぅ…」
「…ユミ君……」
あれ?しかもなんかいい感じに…。
あ、ジャック。
「おい、ジャック。何があったんだよ?つかなに?その目」
「おいぃ〜リアン〜〜!???話が違うじゃねぇか!」
目に殴られた痕の様な痣を作ったジャックが不満ありげに俺に文句を言ってきた。
そして、ジャックと俺の仲間達はポカーンとした表情でこっちを見ている。
「なに?なにがあったの?」
「わけわかんねぇよ!あの女、いきなり悲鳴を上げたかと思ったら俺を殴って逃げ出しやがった」
「え?」
意味が分からない。
確かにジャックは悪人面だが、そんな無条件で殴られる程酷い顔でもない筈だけど…。
俺はふと視線を隊長と中尉に向けた。
「うぅ…うぇるくん」
「…ユミ君。何があったんだい?」
「出たのよ…」
「え?」
「アレよ!口にするのもおぞましいあの黒い虫がぁぁぁ!!しかも特大サイズぅぅ!!怖かったよぉぉぉ!!!」
ああ。そうか。
そういうことか。
俺は倉庫の中に居る仲間達を見回した。
俺の仲間達は俺が移り住んできた時に最初に友達になったスラムの子供たちだ。
この国は10年程前まで魔物は一切の入国を制限されていた。
それが10年前、俺と母さんが移り住んできたちょっと前に魔物も一部が労働者として入国及び居住が許された。
そのせいで未だに人間と魔物では激しい差別運動があり、法律上は魔物も人間と同じ扱いではあるが、就職や生活面でどうしても差別され、人間と比べて随分と貧しい暮らしを強いられている。
彼女等はそんな魔物達の子供で、俺も最初の頃は森から移り住んできたって事と、母さんの髪や瞳の色のせいで魔物の親子だとか言われて辛い生活をしていた。
そんな時に仲良くなったのがこいつらだった。
そして、そのメンバーの中に、
ワーキャットのミーナ。ゴブリンのリューア。そして、デビルバグのジーコ。
隊長は恐らく、倉庫の中でデビルバグのジーコの姿を見つけ、ゴキブリ嫌いのあまりパニックに陥り手近に居たジャックを殴って逃走したのだろう。
「うぅ…あたし、ゴキブリ違うのに…ぐす…うぅ…」
あ、ジーコが泣き出した…。
お気の毒に…。
「くすん…うぅ…怖かった……」
「………」
「うぅ…ゴキブリ違うよぉ〜〜〜びえぇぇぇ〜〜〜」
「………」
倉庫周辺では2人の女性の泣き声がこだましていた。
なんだこれ?
「ふう。巡回終わりっすね」
「そうだね。良かったよ。一時はどうなるかと思ったよ」
「うぅ…リアン……(ギロ)」
「ひぃ!鬼だ!中尉の後ろに鬼が立っている!」
隊長はあの後からずっと俺の事を睨んでいた。
それでもまだ怖いのか、中尉の手をずっと握っている。
中尉も手を離さないあたり、まんざらではないのだろう。
「ん〜。それにしても、あれはなんだったんだろうね?」
「さ、さぁ、何なんでしょうね…」
作戦は失敗に終わった。
でも、どうやら結果オーライなのだろう。
その日の夕暮、俺は無理やり隊長に引っ張られていつもの飲み屋に連行された。
「リィ〜アァ〜ンン!?!?」
「ひい!な、なななな、何でしょうか!?」
いきなり隊長は威圧たっぷりに急接近する。
俺はたまらずたじろいだ。
でも次の瞬間、
「ありがとぉぉぉ!!!」
――むにゅぅ
――ポヨン
おっぱい、キターーーーーーー!
って、ぅお。
そうじゃない。
殴られるものとばかり思ってたのに…。
「リアン!あなたのおかげよ!ウェルにあの後告白出来たわ!」
「そ、そりゃよかったですねぇ」
――ぽよん
――たゆん
う。たわわなおっぱいが俺の胸に押し付けられて…。
正直、たまりません!
「ウェルも私の事を好きだって。うれしぃ、うれしぃよぉぉぉ!!」
――たゆんたゆん
――ぽにょんぽにょん
嬉しさのあまり子供の様に俺に抱きついて喜ぶ隊長。
「わ、隊長。ま、まぁ、嬉しいのも分かりますが…他のお客さんもいますし」
『ぎゃははは。お熱いね、お二人さん!』
「ね?」
「う……(恥)」
隊長はどうやら周りに注目されている事に気がついたのか、俺から身体を離した。
――ぽよん
あ、離れた拍子にまたおっぱいが…。
「あなたには何かお礼をしないといけないわね…」
「はは。良いですよ。気にしなくても」
「そういうわけにはいかないわ!そうね。後日また考えとくわ」
「はは。期待して待ってますよ」
その日、終始隊長は上機嫌だった。
酔っぱらった隊長に何度もおっぱいを押しつけられて、それだけで俺は十分なご褒美をもらえた気分だった。
「ただいまぁ〜」
「おかえりぃ〜」
「うわっ!?なにこれ?鹿の丸焼き?」
「えへへ〜。すごいでしょ〜? 久しぶりにとってきてみたぞ」
「…だから、こんなに食べられないってば…」
「気にするな。私はいくらでも食える。 おか〜さんはくいしんぼ〜だからね〜。 誰が食い意地が張っているだと!?」
「言ってないって…。ってかなんで夕食がこんなにすごいの?」
「だってぇ〜。このあいだ、ジャックちゃんが遊びに来た時、2人でなんか作戦立ててたでしょ〜? これはその作戦の成功祝いだ!」
「失敗したらどうするつもりだったのさ?」
「ありえん!リアンは私の子だぞ。失敗なんてものはない! おか〜さん、信じてるも〜ん」
「はぁ…」
相変わらず過保護というか…。
ってか、母さん、ホント何者だよ。
ここから森まで半日はかかるってのに、こんな鹿を丸丸…。
やっぱりまだ母さんには敵わないか…。
そんな事を想いながら、今日も腹が破裂しそうになりながら夕食を終えた。
「うぐ…ごちそうさま…」
「ごちそ〜さまでした〜」
うわぁ…すげぇ…ほんとにほとんど1人で鹿丸1頭を…。
母さんの胃袋は穴でもあいてるんだろうか?
「よ、良くお腹壊さないね…」
「えへへ〜。 私の腹はそんなやわではない。昔なら10頭はいけたぞ」
「う…。ちょっとお風呂行ってくる…」
母さんなら冗談じゃなさそうだから怖い…。
あのおっぱいにはブラックホールでも入っているんだろうか?
母さん、恐るべし…。
10/11/11 13:22更新 / ひつじ
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