読切小説
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アメシストス
季節が夏から冬に移り変わる。
この地方に秋という季節は明確には存在せず、短い雨季が終われば途端に北の山から極寒の風が舞い降りてくる。
私はその風を受けて凍えるような左手を手綱から離し羊のフェルトでできた安っぽいコートに収めた。
山の上に黒い雲が見える。
急がなければ。
この盆地を降れば港町ロッソルが見える。





アメシストス





ゴロゴロと雷が鳴り響く。
滝のような雨が私の顔を濡らす。
私は馬を急がせ馬車を飛ばす。
私はふと迷う。
この先を右に行けば深い森に、左に行けば高い山に。
この雨の中で山道は危険すぎる。
私は右に手綱を切った。

森に入ると深い木々は屋根となって雨を防いでくれた。
私は思いの外早く着けそうだと安堵した。
しかししばらく行った時だった。
ガコン という大きい音とともに馬車が止まる。
急ぎ馬車を降りて原因を探ると、木製の車輪が欠けてしまっていた。
まいった。
修理しようにも材木などは積んでいない。
もともとロッソルは2,3日で到着する予定であり、それほどの備えはしていなかったのだ。
私は仕方なく馬車に車止めを咬ませ、馬を木の下に停めると簡易式のテントを張った。
幸いなことに空も見えないほどに生い茂った木々が私たちを雨から防いでくれる。

「雨の中よく頑張ったな。リオン」

私はゴワゴワとした乾いたタオルでリオンの背中を拭いてやる。
リオンの呼吸に合わせてゆっくりと上下する背中。
適度にその体を拭いてやると ヒヒン と彼も気持ちよさそうに声を上げる。
私が奴隷商人から逃げ出し、商人となって初めて手に入れた相棒だ。
彼はずいぶんと年老いているがいまだに足腰は強く、道もよく覚えている。
私は弱まってくる雨音を感じ、馬車の荷台から乾いた麦束といくらかの薪を取り出して薪を焚いた。
火がしっかりとついたのを見届けると、私は暗い森の中に入り一抱えほどの枝などを拾う。
湿ってはいるが、乾かせば使えそうだった。
私は拾った枝を薪のそばに並べ乾かすと濡れた服を脱ぐ。
この雨の中こんな寂れた街道を行くのは私ぐらいだろうと人目も気にせず裸になった。
暗い森の中で焚火の炎だけが私の体を照らす。
白く細い手足は母がよく褒めてくれた。
鞭の痕の残る背中や腹、父譲りの黒くまっすぐな髪がぼんやりとオレンジ色に浮かぶ。
彼らにとって、私は何だったのだろうか。
ふいに様々な光景を思い出す。
私はそれらを振り払うとテントに入り、獣くさい毛布をかぶって横になった。
しかし馬車を早く何とかしないと。
ここまでの3カ月の旅が無駄になってしまう。
ゴール目前でみすみす大金をはたいた積荷を捨てて行くわけにはいかない。
まぁ、それは明日にならなければどうしようもない…か。
私はまぶたを閉じた。

次の日の朝は チュンチュン という鳥の声で目を覚ます。
あれほど暗かった森は木漏れ日の優しさに包まれ、燻ぶったたき火は未だにぱちぱちと音を立てていた。
驚くほど気持ちのいい朝だ。
昨日の雨がまるで嘘のような青空が木々のわずかな隙間から見える。
私は乾いた枝を何本か日の上に乗せると森に歩き出す。
私は途中で裸であることに気付いたが、肌寒くも心地よい森の空気に、もう少しこうしていたいきになった。
どうやら今日は北風が吹いていないらしい。

「くしゅん!」

…とはいってもやはり寒い。
私は適当な石を一抱えほど拾うとキャンプに戻った。
干してある服に触ると、まだ小湿っている。
まぁ、このままでも焚火にあたっていれば問題ないだろう。
私はキャンプから毛布を引きずって取ると、それを軽く羽織った。
薪の周りに石を積み上げる。
そうしてできた簡易性の竈の上にフライパンを乗せてよく温める。
鉄に染み付いた油の温まるにおいを感じると油を薄く引き、3日前に商売をした村で手に入れた卵を焼いた。

ジュー

っといいにおいと音がする。
私はころ合いを見計らうとフライパンを切ったパンの上にひっくり返した。
その上に軽く塩を散らしてパンを乗せれば特製のエッグサンドの出来上がりだ。
港町が近いこともあり、この辺りでは安く塩が手に入るので助かる。

「頂きま〜」
――ぎゅるるるるるるるるるる
「…す?」

私が口を開いた瞬間にどこからともなく腹の音がする。
私ではない。
私は恐る恐る後ろを振り向いた。

「…………?」
「………(ぎゅるるるるるるるるる)」
「……………!?」

私はその姿を確認するとあわてて後ろに飛び退いた。

「あ〜〜〜」

私がエッグサンドを持ったまま遠ざかったためか、声の主の視線はわたしの動きについてくる。
正確にはエッグサンドについてくる。

「貴様、魔物か!?」
「ん〜〜〜〜〜ボクのごはん〜〜」

{ダークスライムAがあらわれた}

声の主は宝石のような紫の瞳でこちらを見ている。
いや、瞳というより、全身がそうだった。
朝日を受けてキラキラと光る体はアメシストのような紫色で、彼女が動くとその体は流動体特有の流れを見ることができる。
そして人であるなら心臓があるべき胸の中心には黒く輝く高い黒真珠のような球が埋まっている。

そしてはっと気づいた。
まずい。私は無防備にも裸のままであった。
毛布は飛び退いた拍子に彼女の足元に落ちてしまっている。

{ミランダ しょくぎょう:しょうにん そうび:みわくてきなからだ ステータス:ねおき}

魔物の中には女を襲う者もいると聞く。
私は警戒を強めた。

{ミランダはまもりをかためた}

「あ〜〜う〜〜。ボク悪いスライムじゃないよぉ〜」

私が警戒しているのを見て、魔物があわあわと話しかけてくる。

「お前のどこが悪くないというんだ!」
「え?…えと………」

{スライムはあたまをかかえてかんがえこんだ}

「そ、そういえばボクなんか何一ついいところなんてないじゃないか…。ああ、どうせボクなんて」

私が答えるとスライムはうずくまって地面に「の」の字を書き始めた。

{ダークスライムAはおちこみはじめた}

「………」

私があっけにとられていると。

「ああ、ボクなんて…。昼寝してたら魔界のスライムに襲われて魔物にされるし。でものろまだから人間を襲うこともできずに倒されちゃうし。汗臭い戦士に無理やり押し倒されて散々弄ばれた揚句捨てられる。ああ、なんてボクはだめな魔物なんだ…。そうだ、人間だった時も今でもボクは何一ついいところなんてないじゃないか…。ああ、ボクは悪いスライムなんだ」

彼女はどんどんと落ち込んでいった。

「あ、えっと…。ほ、ほら、君、そ、そんなに落ち込まなくても…」

私は彼女の落ち込みっぷりがあまりにも激しいので思わず励ましてしまう。

{ミランダはこんらんした}

「じゃあ、ボクのいいところって、なんでしょう?」
「え、えと…。ほ、ほら、君、かわいいじゃない?」
「そうですか?でも、ボク、胸も小さいし、鼻も低いし…。ああ、どうせボクなんて」
「そ、そんなことないわよ。髪もふわふわだし、顔もとっても可愛らしいと思うわ」

{ミランダのはげます}
{ダークスライムAのじしんが3かいふくした}

「そ、そうですかぁ?な、なんかうれしいな」

彼女の頬が心なしか赤くなった気がする。
そしてもじもじとし始めた。
しかし、

「(ぎゅるるるるるるるるる)」

彼女のお腹から大きな音が鳴った。

{ダークスライムAのおなかがなった}
{ダークスライムAのくうふくが5あがった}

「………たべる?」

私は彼女にエッグサンドを差し出した。

{ミランダはダークスライムAにエッグサンドをつかった}

すると彼女は素早く体の一部を伸ばすとそれを受け取って満面の笑みでかぶりついた。

{ダークスライムAはおいしそうにたべはじめた}
{ダークスライムAのたいりょくがぜんかいふくした}
{ダークスライムAのなつきどが68あがった}
{ダークスライムAはミランダになついた}
〜てれれれてってって〜♪
{ミランダは1のけいけんちをえた}
{ミランダは“えづけ”をおぼえた}

「はうぅ〜こんなおいしいのひさしぶりですぅ〜」
「そう、それはよかったわ。でも、スライムって固形物も食べられるのね。初めて知ったわ」
「………え?」
「え?」
「………え?普通のスライムって、人間のごはん食べなかったりするのですか?」
「…私の知る限りでは」
「…………あわわわわ」

彼女は途端に慌てだした。
頭を両手で押さえておろおろとしている。
なんとなく、その姿がかわいらしい。

「っぷ。あははははははは」
「あうぅぅぅぅ。ボク、笑われてます…」
「ふふふふふふ。ごめんなさい。だって、あんまりあなたがかわいいから、つい」
「あわわわわわわわわ」

彼女は目に見えるくらい顔を赤くして照れ始めた。

「ふふ。あなた、全然魔物っぽくないわね」
「ううう…。ボクも好きで魔物になったんじゃないです…」
「え?」
「さっきも言ったとおり、ボクほんとはこの森できこりをしたたんです。でも、4年前におじいちゃんが死んじゃったから、僕一人になっちゃって、ボク、もともとこの森に捨てられた捨て子だったですよ」
「そう。それが何でスライムなんかに?」
「1年前、ボクが寝てたら突然魔界のスライムだって人が来て、そのまま押し倒されて…」
「魔界のスライム?」
「はい。ボクみたいな紫のスライムで、とってもきれいな人でした。その人にキスされて、気持ち良くなって……気が付いたらこんな姿に。スライムさんもどっか行っちゃうし…」
「…何も変ったことはないの?」
「ん〜〜〜〜〜〜〜〜。時々、森の中で男の人を見るとおしっこのところが熱くなって…その…エッチなことがしたくなっちゃいます」

彼女はそう言ってうつむいた。
スライムなのに人間の心を持っているということなのだろう。
私はそんな彼女が少しかわいそうに見えた。
見れば、彼女は普通のスライムと違って足もとにスライムが溜まっていない。
それは彼女が飢えている状態であるということだ。
彼女はスライムになってしまっても人間を襲うことをためらって餌をとらずにいたのだろう。
人間の食べ物を食べるのもそのせいなのかもしれない。
本来なら彼女たち魔物には人間の食べ物なんてそれほど栄養にもならないだろうに…。

「さっきはごめんなさい。あなた、ほんとにいいスライムみたいね」
「…そうですか?」
「ええ。私、人を見る目には自信があるのよ」
「ありがとうございます。そう言ってもらえるととっても嬉しいです」

そう言って彼女はまた照れた。
その顔は人間の女の子とおんなじで、とってもかわいい。

「そういえば、名前を聞いてなかったです」
「名前?」
「はい!こんなにおいしいエッグサンドをくださった方の名前ぐらい覚えておきたいです」
「ん?さっきから何度か出てた気がs…むぐぅ!」
「そそそ、それは言ってはダメです!ボク達登場人物には見えていないという設定です!」
「むぐぅ…ぷは!そ、そうなの?」
「暗黙の了解というやつです」
「ふ〜ん。じゃあ、私はミランダよ。ミランダ・ルクシオン・バースタイン・フォン・ハッヘ・ベルタ・ルイズ……」
「………あ〜う〜。やっぱりボクは駄目なスライムだ。恩人の名前も覚えられないなんて…」
「ふふ。ミランダでいいわよ」
「あ、ボクはアルタです」
「ああ〜。それでダークスライムAってn…むぐぅ!」
「それは言わない約束です!」

彼女は私の事情を聴くと、馬車を修理したいと言い出して、私を彼女の家まで案内してくれた。
ペタンペタンと彼女の人ではない足音が静かな森に響く。
その間にいろいろな話を彼女は自分からしてくれた。
優しいおじいさんのこと。
人間だったころの自分のこと。
おじいさんのように他人に優しく強い人になりたいということ。
魔物になってしまったせいで今までのように薪などを町に売りに行くこともできず、食べ物を買うこともできず困っていること。
などなど。
彼女の話は彼女の人の良さがにじみ出たようなものばかりだった。

彼女の家はまさに山小屋といった感じでこじんまりとして、隅のほうに木材を加工する器具などが置いてあった。
床には散らばった大鋸屑などが落ちていたが、それもところどころ足跡や這ったような跡が残っている。
おそらく魔物になってからも彼女はここに住んでいるのだろう。

「ん〜。これと、これ、くらいでいいかな?」

彼女は何やらごそごそと隅に置いてある棚からいくつかの工具を取り出していた。

「あとは木材があれば…あ、そか。この間集めた分は悪い商人さんに騙されて盗られたんだった…。あうあう〜。どうしましょう?」
「だ、大丈夫よ。ちゃんと直んなくてもいいんだもん」
「あ、それなら適当に森で取ってくれば次の街ぐらいは持ちますね。ほっとくと歪んじゃったりしますけど」
「ありがと」
「いえいえ。命の恩人にこんなことぐらい」
「大げさね」

私が呆れていると、彼女は工具を自分の体の中にしまい始めた。
半透明な彼女の身体に工具が浮かんでいる。

「へぇ。なんかすごい」
「あ、あんまり見ないでくださいよぅ…。その…一応裸ですし」
「あ、ごめんなさい。 服は着ないの?」
「服を着て工具をポケットに入れたりすると…。肩からこう、ぐにぃっと体が変形しちゃって…」
「以外と不便ね…」
「靴も脱ごうとした時に奥のほうに足の一部が張り付いて取れなくなって、無理に引っ張ったら、こう、ぶちぃっとなっちゃったり…」
「人間だったらスプラッタものね」
「やっぱり、ボク。人間じゃなくなっちゃったんだなぁって…」

彼女はぽろぽろと涙を流し始めた。
彼女の身体よりも薄い色の紫色の水玉がぽろぽろとこぼれていく。

――…ひぐ……ぐすん…。
――いくら泣いてもお前を救うものなどおらん。お前はもはや人間ではなく家畜なのだ。

私の頭に忌まわしい記憶が思い出される。
気がつけば私の頬を冷たい涙が流れていた。

「ごめん。ごめんね」

私は思わず彼女の小さな体を抱きしめていた。
服に染み渡る彼女の冷たい体の感触が伝わる。
彼女の柔らかな液体の手触りを頬と手に感じる。

「み、ミランダ、さん?」
「冷たかったんだね。寒かったんだね。誰も助けてくれなくて。誰も…」

もう私は何に泣いているのかわからなかった。
ただ、ただ、彼女が、自分が。
私はその時感じた。
彼女を助けたい。
あの時助けられなかった自分を、救いたい。

「ねぇ。一緒に行かない?」
「え?」
「一人よりも、2人のほうが、きっと暖かいよ。楽しいよ」
「え?でも、ボク、スライムだし…」
「ううん。あなたはアルタでしょ?私はミランダ。ミランダ・ルクシオン・バースタイン・フォン・ハッヘ・ベルタ・ルイズ・カミュ・マスティミリア」
「………えと…。ミランダさんで…」
「ミラって呼んで」
「ここからずっと南東のほうに、魔物と人間が共存している王国があるの。そこに行きましょ」
「え?」
「そこならあなたは人として生きていけるわ。魔物ではなく。人間ではなく。アルタとして」
「…ミランダさん…。ありがとうございます…」
「そのかわり!タダというわけにはいかないわ」
「え!?」
「私の話し相手になって。馬のリオンじゃ会話にならないの」
「…ほ。 あ、でも。ボクが魔物だってバレたら、ミランダさんも教会の人たちに酷い目にあわされちゃうかも…」
「大丈夫よ。あなたをもっと南のほうから来た異教徒のシスターということにすれば、顔も身体も隠したまま大体の街へは入れるわ」
「……ほんとに…いいんですか?」
「もちろんよ。そのかわり。なるべく人間は襲っちゃだめよ」
「は、はい!もちろんです」
「今まで、どうやって生きていたの?」
「えと…しばらくは人間の食べ物で。でも、途中でこの小屋の蓄えもなくなっちゃったので、その…旅人を」
「襲ってたの?」
「襲おうとしたら返り討ちにされて、そのまま押し倒されて…」
「……わかったわ。それもあとで考えましょう」
「ありがとうございます」

その後、アルタに馬車を直してもらう。
アルタは言葉の割に腕はよく、乾いてもいない木材を器用に加工して車輪を直してしまった。
私たちはひとまず港町ロッソルに向かった。
貿易の要所ということだけあって、検閲は厳重だったけど、アルタには空の樽の中に入ってもらって無事通過することができた。
宿に着くと、アルタを残して私は商会に行った。
そこで一通りの売り買いをした。
思ったとおり、山間部の香辛料は驚くような高値で売れた。
集落の人間はイノシシやシカを主食としていたので臭み抜きとして大量の香辛料を作っている。当然、そういった村ではそれらは安く手に入り、逆に、こういった貿易を主柱とした街ではそれらには大きな価値がつく。
当然、短い道のりではなかったけど、香辛料は腐ることはないので、手間さえかければ大きな利益を得られる。
それに、途中途中の立ち寄った村や町での交易もそれなりに儲けがあったので、今回はとてもおいしい旅だったといえるだろう。
まぁ、時々こういった長い旅では途中で大暴落などが起きてしまい大損することもあるのだが、そこは私の商人としての腕の見せ所だろう。
何より、盗賊に出くわさなかったのが幸運であったといえる。
大きな商売には大きなリスクが付きまとうのだ。

私が意気揚々と空になった馬車を引いて商会を出ると、見渡す限りの市場が並んでいた。
さすがは貿易都市だ。
私は一度そのわきを通り過ぎて加治屋に向かった。
アルタが直してくれたといっても応急処置だ。それにアルタはきこりであり、鍛冶屋ではない。
ついでにリオンの蹄鉄も頼んでおく。
ずいぶんと長い間取り替えてなかったから。
私は馬車とリオンを預けると、市場に向かった。
この町には4,5日滞在するつもりでいる。その間に次の行き先や商売する商品もそろえなければならない。
私は金貨も数枚入った重い財布から必要な分の銅貨を取り出すと携帯用の財布に入れ替え、金貨の入ったほうの財布は厳重に懐の奥へ入れる。
ふと見るとその光景を鼻の下をのばしてみている店主がいた。
どうやら服や毛皮を扱っている店のようだ。
私はちょうどいいと思い、にっこりと笑ってみせる。
表情はなるべく妖艶に。
こういうのは奴隷商人に買われていたころに身につけさせられた技術であるが、こうやって商談にも時折使える。こういうところだけは感謝してやってもいいのかもしれない。

「ねぇ、私の服はどうかしら?」
「え、ええ。よくお似合いで」
「そう?」
「いや、しかし。あなた様にはもう少し似合う服があると思います」
「そう。それはどんなのかしら?」
「こ、これなんてどうでしょうか?もとはさる貴族の使用人のために作られたということで、サイズも豊富ですし、きっとあなたにピッタリなものがあるかと。作りも裏地がほら、このようにしっかりとしておりますし」
「そう。じゃあ一つ見せて」
「はい。この辺りなぞ、あなた様でも着れるかと」
「ああん。少しウエストが太いわ。もう2周り小さいものを」
「はい。そのサイズもございます」
「う〜ん」
「どうでございましょう?少し小さいですかな?」
「いいわ。あと、少し長旅をするのでそれに見合った外套と裸足でも履けるような靴をこのサイズで見繕ってちょうだい」
「はい!ただいま」

そういうと店主はそそくさと店の奥に入っていく。
ふぅ。
私はため息をつく。
この線で値切りを付けていこうか。
どうやら店主は相当ノリ気な様ではあるし。
すると店主が戻ってきた。

「お待たせいたしました。この3点ならばきっと良くお似合いになるでしょう。まぁ、少し、あなた様にはかわいらしいといった感じはありますが」
「確かにそうね」

店主の揃えた服は私の体系には少し幼く見えるようなデザインだった。
しかし、店主は最初に持ってきた服のデザインに合わせて見立てたのだろう。
外套も靴も服ととてもよく合っていた。
どうやらこの店主、腕は確かなようである。

「でも、ちょうどいいわ。お値段はいかほどかしら?」
「はい、このように」

店主は木製の計算機をこちらに見せる。
値段はこの服に対してはやや安めなくらいである。

「あら。いい線ね。でも、私には可愛らしすぎると言っていた服をこの値段であなたは売るのかしら?あなたはもっとお優しい方かと」
「そ、そう言われてしまうと…。しかし当店ではこのサイズではこれ以上あなたに似合う服は…」
「じゃあ、そこの服も合わせて、これくらいでどうかしら?」

私はそう言って1着の服を取ると計算機の球を2つはじいた。

「はい。…よろしいかと」
「ありがとう。やっぱりあなたは優しい人ね」

私はそう言ってウインクをした。
店主の選んだ服3点と最後に私の選んだ服の4点でこの値段ならお買い得すぎるくらいだ。

「きっとお似合いになります」

店主はういういしく頭を下げる。

「ええ、きっと娘にはとても似合うと思うわ」
「え?」
「あら?言ってなかったかしら。ごめんなさいね。ありがとう。またくるわ」

私はそうからかって店を出た。

宿に戻るとアルタはすやすやと眠っていた。
私は買ってきた料理をテーブルに置くと、彼女の眠る足元に買ってきた服を置いておいた。
ベッドは一つしかない。
私は靴を脱ぐと上着を掛けてある他の隣へ入った。
すぅすぅとかわいい寝息が聞こえる。
私は少し迷うと、残った服をその場で脱ぐと裸でアルタに抱きついた。
毛布のチクチクとした感触、アルタの滑らかな身体の感触。
それらが直に感じられる。
こうしているとほんとに娘か妹みたい。
アルタはとてもかわいい。

―くちゅ

アルタの粘液の身体に抱きつくと私はゆっくりと目を閉じた。
アルタの身体は冷たいのに、不思議と触れているところは火照ったように熱かった。

どれくらい眠っただろう。
汗をかくほどの暑さに目を覚ましてしまった。
窓の外からは昼間の活気が消えて真っ暗になっていた。
私は毛布から出て木製の窓をきっちりと閉じた。
外気が汗でぬれた肌を急激に冷やす。
なのに何だろう。
体の芯だけが異常に熱をもって、心臓がどくどくと音を立てている。
私はこの感触を知っている。

「…私、発情しているの?」



忌まわしき過去に経験した様々な性的な調教。
最初のうちこそ耐えてはいたが、親に捨てられ誰も助けてはくれないと実感したあたりから、その快感は諦めとともに私の身体に染み渡っていった。
不思議なことに私を買った商人は私を売ることはなく、娼婦などに調教させることこそすれど自分からは決して私を抱くことはしなかった。
彼はいつも無精髭の生えた顎を指でなぞり、不思議な瞳で私の痴態を見ていた。
今思えば彼は相当にいい男だ。
商売の腕も確かで表向きには様々な商売仲間からの信頼も厚い男だった。
しかし夜になると私を娼館に連れて行き、さまざまな攻めを娼婦にさせて、彼はいつもそれをじっと見ているだけだった。
私が快楽の余り喘ぎくるっても、私が鞭で打たれ泣き叫んでも一切何をするでもなくそれを見ているだけだった。
そして娼婦が私の身体を傷つけようとも怒りも喜びもせず、息も絶え絶えな私の傷跡をそっと指でなぞりじっと見ていた。
時には錬金術師の薬なども使い私を狂わせる。
そんな毎日を乗り越えていくうちに私の身体は女としては恥ずかしいほどに魅力的に育っていった。
しかし、彼は私に客を取らせたり、売ったりすることはなく変わらず私を見ていた。
私の身体は同年代と比べとても大人びていて、もともと身長は高いほうであったが、それが伸びるにつれて男の視線を集めるようになっていった。
すると、ある時から彼は私を従者のように扱い、仕事や身辺の世話をさせるようになった。
今私が商人として生きているのはその時に仕事を覚えたからだ。
そして、私が二十歳になったとき、とうとう彼は私を抱いた。
しかしその態度は紳士的で、自分で私のことを家畜だと言っておきながら、人間の、それも高貴な女を相手にするかのように優しかった。
開発されつくした私の身体は彼に何度も何度も導かれ、安らぐような気持で彼に抱きついていた。
そうして彼が初めて私の膣内に出したあと、彼はぽつりと言った。

「私が生を感じたのは、今が初めてだ。私は、物心ついたころから何に振れても何を食っても何も感じられなかった。お前を初めて見たとき、私はなぜかお前がほしくなった。しかし、いざ買い取ってみれば、また私の感覚は奪われてしまった。そして、今日、また感覚が甦った。私は生きているのだな」

理解できないはずの彼が少し分かった気がした。
私は彼の胸に顔をうずめ、眠った。
目覚めたときには服を着せられ馬車にゆられていた、私の懐には見たこともないほどのお金が入った袋が入っていた。
それには手紙が添えられて、こう書いてあった。

「私がお前の最初で最後の客だ。それはお前の初めて自分で稼いだ金だ。好きに使え、好きに生きろ」

ただそれだけ。
私は馬車のたどり着いた西のはずれの村に下ろされ、そこから私の第3の人生が始まった。
貴族に生れ、親に捨てられ彼に買われ、そして彼は私を買って私を手放した。
私は彼のお金を元手に決心とともに商人になった。
いつか、彼のような商人になる。
どうしてそう思ったのかわからない。
でも、彼にはその後は会っていない。
名前だけは大きな町に行けば聞くことはある。
しかし、それは遠く離れた大商人として、だ。
そしていつか彼と肩を並べたら聞きたい。
あなたにとって私は何なのか、と。

――ずくん

傷口が疼くように心臓が跳ねる。
私の心は思い出から現実に引き戻される。

「何?これは何?」

股にぬるりとした感触を感じる。

「え?」

そこに意識を向けてしまったとたんに抑えられなくなる。
ずくずくと湧き上がる劣情。

「や…だめ、アルタがいるのに…」

――くちゅ

それでも私の手は操られるように下腹部に伸びていく。

――くちゅくちゅ

「ひ…んん…」

私は耐え切れず声を出してしまう。

「なんで? どうしてぇ?」

なんでこんなに気持ちいいの?
私の身体は性的な刺激に慣れている。
それでもここまで感じたことはほとんどない。
まるで何度も何度も絶頂に上り詰めて気絶する寸前のような快感。
それがはっきりとした頭でずっと感じられてしまう。
あのころを思い出したから?
でも、今まではこんなことはなかった。

「だめぁ…こんな」

流されてしまう。

――んぐ

私は最後の抵抗で床に落ちていた私の脱いだ下着をかみしめて声を殺した。

「ん…んんっ…うぅ…」

――くちゅくちゅ

気持ちいい。
ダメ…もう…

「んんんんんんんっ!」

―――――はぁ、はぁ。

だめ、余韻に浸る間もなく次の波が押し寄せてくる。
まだ、膣は痙攣してびくびくとしているのに。
…だめ

「んんんんっ!!」

恐ろしいほど敏感になったそこに触れる自分の指。
分かっていても止められなかった。
私の視界が白黒に点滅する。
それでも指だけが私のコントロールから離れたように快楽をむさぼる。

「だめ、だめぇ!」

下着が口から落ち、声を抑えられなくなってしまう。

「あぁぁぁああぁぁぁぁ!」

3度目の絶頂。
その時だった。

――私がもっと気持ち良くしてあげる。

耳元で聞こえた彼女の驚くほど蠱惑的な声。
一瞬別人かと思うほどに。
そして鼻孔を突く腐るように甘い匂い。
そうして背中にひんやりとした感触を感じた瞬間。

「あひぃ!!」

触れたところから電気のように快楽が流れてきた。
その時わかった。
私がこうなってしまったのは彼女に触れていたせいだと。

「大丈夫です。力を抜いてください」

彼女が耳元でささやくと、それだけで私を操っていた糸が切れたように全身の力が抜ける。

「あ、ああ…」

私は彼女が怖くなった。
しかし震える私に構うことなく彼女は私の手を取ると解けるようにその手を包み込んでしまう。

「ほら。こうするともっと気持ちいいですよ」

そして彼女に包まれたまま私の手は彼女の力で動き、私の秘部に触れる。

「んんんんんんんんっ!」

――ビクンビクン

飛び跳ねるように私の身体が仰け反る。
その一撃だけで気が飛びそうになった。

「ふふふ。触っただけでこんなに感じちゃうなんて。ミランダさんは淫乱だなあ」

私の身体は確かにほかの女性よりも淫乱なのかもしれない。
それでも、こんなに感じるはずがない。
間違いなくこの快感は彼女のせいだ。

「いや…違う…」
「何が違うです?ほぉ〜ら、こんなに糸引いてますよ?」

そう言って彼女が手を持ち上げると彼女の身体と溶け合うように私のみだらな体液が銀色の糸を引いていた。

「ミランダさんが望めばもっともっと気持ち良くなれますよ」
「いや…こんな…」

私の言葉を聞くと、彼女は右手も伸ばしてきて、今度は私の胸を押さえつけるように抱え込む。
それと同時に彼女の右腕は溶けて、私の身体の上に広がり、私の上半身のほとんどが彼女に包まれるような形になった。

「ほぉ〜ら、こうするとどうですぅ?」
「いひぃぃぃぃ!! やぁ…だめ、こんなの…きもちよふぎる・・・」

彼女の身体は私の上半身を流れるように、揉むように、つつくようにうごめいて、私に絶え間ない快楽を送り込んでくる。

「大丈夫ですよぉ。ほら。力を抜いて。私と一緒になりましょ。好きです。ミランダさん」
「助けて……」

私の意識はそこで途切れた。

目覚めたとき、私は覚悟していた。
アルタの話だと私もアルタのようにスライムにされ、魔物になっている可能性がある。
わたしは恐る恐る目を開けた。
私の手を見る。
ちゃんと人間の手だった。

「ほ…」

私は軽く息をついて体を起こした。

「…………………(すぅすぅ)」

ベッドに寄りかかるようにしてアルタが眠っていた。
その身体からは昨夜の甘いにおいは消え、いつものアルタに戻っているようだった。
それを見下ろすとちょうどおでこに乗るような大きさの板のようになっていた彼女の手が私の額からポロリと落ちた。
私はどうやらずいぶん長いこと寝込んでいてしまったらしい。
そしてアルタはその間ずっと看病していてくれたのだろうか。
まぁ、もとはと言えばアルタのせいなんだけど。
なんというか、あんなことがあった後だけど、アルタの寝顔は天使のように見える。
頬がでろ〜んとつぶれてむにっっとなっている。
しかもよだれがベッドシーツにしみこんでいた。
私は何気なくその頭を撫でる。
滑らかな手触り。ひんやりとした感触。

「んみゅ…」
「あ、ごめん。おこしちゃった?」
「あ、ミランダさん… っ!  ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい」

私の顔を見るなりアルタは猛烈な勢いで謝り始めた。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
「も、もういいわよ!頭をあげて。それに、なんか文脈もホラーなことになってるし」
「ででででででででもぼく。ミランダさんにあんなひどいことを!!」
「別に大したことじゃないわ。気持ち良かったし」
「でもでもでもでもでも。もう少しでミランダさんまで魔物にしちゃうところで…」
「ん〜ま〜。そうね。それはちょっと困るわね。私も商人を続けづらくなるし」
「そ、それだけですか?」
「ええ。そうね。あの手の凌辱とかは昔もっとひどいの受けたこともあるし。気持ち良かったから別に私的には問題ないよ」
「うぅ、う、う、うえぇぇぇぇぇん」

するとアルタは大きな口をあけて泣き出した。

「ちょ、ちょ、どうしたのよ?!」
「ふえぇぇ、だ、ぐす…だって、ミランダさんが優しくするから…ひっぐ…」
「別にそんなことないわ。いちお魔物にされるのはいやだっていったし」
「でも、でも、ボク、ミランダさんのオマンコとか、おっぱいとk…むぐぅ」
「しっ!声が大きいわ。」
「でも、でもぉぉぉ」
「…はぁ。魔物なんだもの。あれぐらいは仕方ないわ。でも、アルタはそれを抑え込んでくれたんでしょ?だから私が魔物にならずにすんでる。違うかしら?」
「…そうでしゅ…ずず…ぐす…、けど」
「それに、私のこと看病してくれてたんでしょ?その手間も考えてこの話は貸し借り無しよ」
「うう……。でも、それだけじゃないんです…」
「え?」
「ミランダさん…胸のところ、見てください…」
「え…」

私は自分の身体を見下ろす。
私の大きめの乳房の間に、黒く光る拳大の半球が埋まっているのが見えた。

「え?」

…これって…。

――ツン

「ひゃぁうっ!!」

指先でそれに触れた瞬間一気に快楽が流れる。

「こ、これって…」
「あ〜う〜…。ミランダさんのこと…半分だけ魔物にしちゃったです…」

アルタはそれを言うとうつむいてしまった。

「えぇぇぇ!?」


その後、私達はすっかり冷えてしまった昨夜のミートパイを食べた。
心なしかアルタの身体が昨日までよりツヤツヤしてる。
私は、胸にできてしまった異常なほど敏感な性感帯と格闘していた。
場所が場所なので服とこすれるだけでも感じてしまうのだ。
しからなく柔らかな布で胸のところを縛ることでどうにかこすれるのを抑えることができた。
そのせいで少し胸が苦しい。
しかしそれ以外に特に変わったことは見受けられない。
手足も人間のままだしどこかがスライムになったわけでもない。

「ん〜どうしてなのかしら?コレ」
「…たぶん、ボクが魔物になった時もそうだったんですけど、スライムさんに全身を包まれて気持ち良くなって、ボクの胸にその珠ができたあと、体が溶けてしまったですよ。そして気が付いたらボクまでスライムに…」
「ふ〜ん。ってことは、私もあのままアルタに溶かされてたらこの珠から魔物になっちゃってたのね…」
「はい〜。たぶん、それを途中で僕が止めちゃったからミランダさんは中途半端に…」
「ま、見た目が完全にスライムになっちゃうよりは良かったわ」
「え!? そ、それって…」

アルタがうるうると涙目になる。

「大丈夫よ、そういう意味じゃないわ。アルタ1人なら隠すことができても、私までスライムだとどう隠しても怪しいもの。ただそれだけの意味よ。あ、それに、商人は基本的に顔を見せないきゃ正当な商売にならないし」
「ほ…」

アルタが安堵の息を吐く。
私はその顔を見るとなんだか落ち着いた気持ちになった。
その時、ふと思い出した。

「あ、そういえばアルタ。これ、あなたの服よ」

そう言って私はベッドの下に落ちてしまっていた昨日買った服をアルタに手渡した。

「え?でも」
「大丈夫よ、着て見なさい」

そう促すとアルタはおずおずと着替え始めた。
しばらくすると誂えたようにぴったりな服を着た可愛いアルタが現れた。
アルタの体液で白い布は薄紫に染まってしまったけど、それでもとてもかわいい。

「ふふ。やっぱり。ぴったりね。とってもかわいいわ、アルタ」
「あうう〜…」

するとアルタは涙をぽろぽろとこぼし始めた。

「!? どうしたの?気に入らなかった?」
「…ぐず…。ううん。ボク、ボク、こんなかわいい服、着たことなくて、それに、服を着ると、僕も化け物じゃないんだって…。それで、それで…」

ぐすぐすと泣きじゃくるアルタ。
私はその小さな体を抱きしめた。

「大丈夫よ。アルタは化け物なんかじゃないわ。それに、そんなこと言ってると魔物の人たちに失礼よ。これから私たちが向かうところは魔物も人間も分け隔てなく人として迎えられる土地なんだから。そこには魔物は居ても化け物はいない。アルタが人間でもスライムでも、アルタはアルタでしょ?」
「うん。うん。ありがとう。ミランダさん」
「……ふふ。ミラって呼んで」
「…ありがとう。ミラ」


外套をすっぽりとかぶるとアルタは人間と変わらなくなった。
うん。どうやらこれなら問題なく旅ができそう。
靴もサンダルのようになっているのでこれなら脱ぎ履きがしやすいだろう。

「アルタ、体が見えないように気を付けてね」
「うん。わかったです」

視界が利かないのかアルタの足取りはぎこちない。
まぁ、しばらくすれば慣れるだろう。
そのまま私たちはしばらく街を見て回り、私は次の商売の算段を立てていた。

私たちが宿に戻ったのは夕方だった。
そこで二人で名物のピザを食べていた時にアルタが突然言い出した。

「あの…その…。娼館とかで、その…お客とかとってみちゃ、だめですかね?」
「え!?」

突然の訴えに私は驚いた。

「あの、だって、ボク、またお腹すいちゃったらミラのこと、襲っちゃうかもしれないし…」
「ん〜。それは意外といい考えかもしれないわね」
「え!?」
「なに?その意外そうな顔。もしかして止めてほしかった?」
「え…いや…その」
「ふふ。大丈夫よ。スライムなら男とヤっても子供はできないし。アルタ際良ければだけど。アルタのごはんも、ついでにお金も稼げて意外といい考えかもしれないわ」
「……」

アルタは自分で言い出したことだけどしばらく考え込んでしまった。

「大丈夫よ。私も娼館にいたこともあるけど、ちゃんとしたところなら危ないことはないわ。男と寝て、それで気持ち良くしてあげたらお金がもらえる。それだけだから」
「で、でも…」
「あ、そっか。となると、裏のほうに行かなきゃいけないわね」
「裏?」
「ええ。アルタは魔物だから、魔物専門で取り扱ってるお店が裏に行けばいくらかあるわ。それこそこの時代だもの、余程の人間主義の国じゃない限りそういうお店はどこだってあるわ」
「…ミラ、やけにくわしいです…」
「ふふ。私、どっちかっていうと女の子のほうが好きなのよ。だからムラムラきた夜はたまに、ね」
「…意外です〜」
「仕方ないわよ。アルタとおんなじで、私はそういう身体にされちゃったんだもの。それも人間に、ね」

私の顔をアルタが少し驚いたように見上げていた。
私たちは次の日、主に街の裏を中心に魔物専門の娼館を探して回った。
するとどうやらこの街には5つほどの該当があるらしく、それらを一応一軒一軒回って、私が見るに一番よさそうなところにアルタを預けることにした。
驚くころにそこのオーナーは人間に化けたエキドナで、さすがといった感じで慣れており、5日間の契約でアルタを雇ってくれた。
去り際に私はエキドナにこう告げた。

「アルタの個性を引き出すように、しっかりと調教してあげて」
「…あなたも悪いお人ですね」
「…あなたほどじゃないわ」
「「おほほほほほほほほほほほほほ」」

その光景をアルタがビクビクしながら見ていた。

こうして、アルタの精液問題を解決した私はアルタをその娼館にあずけて、次の商売に必要なものを買い集め、きれいに直った馬車へと荷物を運んだ。

それからというもの、アルタは日に日に肌の色つやがよくなり、代わりに足元にできたスライム溜まりのせいで靴は履けなくなった。
まぁ、外套に隠れるので問題はないだろう。
それだけじゃない。
4日目にはアルタは夜遅くに帰ってきたにもかかわらず、物足りなかったと私を押し倒した。
どうやらあの時と違い、意思はしっかりしているようで、私をスライムにしようとはしなかったが、それでもよほどエキドナの調教がうまいのか、私は天国を味わった。
次の日はおかげでまともに旅立ちの準備もできず宿で寝て過ごす羽目になった。
私がそんな状態であるにもかかわらず、アルタは満足そうに宿を出てお店に向かっていった。
人いうのはわからないものだ。
いや、アルタは魔物か。

そして、出発の日の朝を迎えた。

「5日間アルタをありがとう。またこの街に立ち寄った時はよろしく頼むわ」
「うう、オーナー。またよろしくですぅ〜」

余程名残惜しいのか、アルタは涙ぐんでいた。
私はそんなアルタをむっと睨みつけた。

「ふふ。ミランダさん。アルタちゃんを責めないで。私が悪いのだから」
「はぁ。いいえ。私がもっとしっかりとアルタを調教するわ。商売以外では私しか見れなくなるくらい」
「ふふ。それはいい心がけだわ」

私たちが別れのあいさつを交わし、アルタが先に馬車に乗り込む。
すると、私が荷台のロープを確認しているときにエキドナが私のほうに近寄ってきた。

「あなた、自分でも気づいているでしょう?あなたも近いうちに私たちの側の者になる」
「…やっぱりそうなの」
「ええ。たぶん間違いないわ。そして、それは男の精液をとったりすればそれが引き金になって一気に加速してしまう。今のうちに心の準備をしておいたほうがいいわ」
「はぁ…。まさか3回も生まれ変わるなんてね…」
「?」
「私は昔貴族だった。でも親に売られて奴隷商人に買われた。その後はその商人に手放されて商人に。そしてまた魔物に生まれ変わろうとしている」
「あら。楽しそうな人生ね」
「ええ。悲観さえしなければそれなりに楽しめるわ。…少し寂しいものがあるけどね」
「ふふ。大丈夫よ。あなたは強い娘だし、それにアルタちゃん。あの子はきっとあなたの支えになってくれるわ」
「…ありがと」
「ふふ。それはアルタちゃんの調教に対して?」
「それも。 またいずれどこかで」
「ええ。きっと100年でも200年後でもまたそのうち会えるわ」

彼女とはつくづく気が合いそうだった。
次に会う時私はまだ人なんだろうか、それとも…。

「ミラ。次はどんな街ですか?」
「次は広大な運河のある街よ。馬車は街の入り口で預けなくちゃ」
「ふふ。そこにはいい男いるですかねぇ?」
「アルタ、あなたは男にしか興味がないの?」
「……ミラ…」

アルタはそう言って私の服の裾を掴んできた。

「ミラは、いつでも一緒にいてくれるです…」
「ええ。そうね。私はずっとあなたと一緒にいるわ」
「ボクが、男好きの魔物になっちゃっても一緒にいてくれますか?」
「ええ。もちろんよ。どんなになっても、アルタはアルタでしょ」
「はい。いつまでも」

どうやら、私が魔物になってもアルタは私のことを好きでいてくれるらしい。
なら、私がどうなったとしても、安心、かな?

「でもアルタ」
「はい〜?」
「私が一番よ」
「はいっ♪」
09/11/08 18:53更新 / ひつじ

■作者メッセージ
ああ、やってしまったねぇ〜
思いっきりあらすじ文滑ってるよね?
蓮華さん本当にごめんなさい。
彼女の言葉を引用するならば…
ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい。
某たむけんを見るような眼で見てやってください…。

お話の内容の方は僕の中での強い女性(レオナさんとは別方面な)を描いてみました。
ちなみにアルタは僕の描いたお話では幸せの尻尾のヘタイラに続くダメ人間です。
何がダメってかわいいのがいけない。
めんどくさくなる位卑屈な女の子好きです。なんかこう、むくむくといじめたく…。
弱音ハクは至高。
ミラの方はエキドナさんと並べるくらい強い女性。
それはレオナさんみたいな精神力がっていうより、どっちかっていうと図太さがっていうか、そんな感じ
魔物として人間より長い時間を生きるならこれぐらいの図太さが必要だと思います。

2人の旅はまだこれからだ!

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