『シェルク！シェルクっ！』

まどろみの中で声が聞こえた。
ボクは目を覚まして。
ああ、遠くからお姫様の声が聞こえる。
この感覚。
どうやらボクはシェルクの中にいるようだ。
ボクは…負けてしまったみたいだ。
でも、これでいい気もしていた。
ボクの押し付けたエゴという仮面を脱ぎ捨てて、それで、
それでシェルクが幸せになるなら。
思い出したんだ。全部。
シェルクのためにしてきた、全部を。

『ああ。思い出したよ。全部』

え？

『私とは、こんな奴だったんだな。意地悪く、汚く、弱くて』

誰？

『下劣で、卑怯者で、一生懸命な、馬鹿だった』

え？
どう…して？

『ふふ。私がここにいることが意外か？』

どうしてキミがここに？

『お前の中で、全て見させてもらった』

や、やだ。
嘘だっ！
お前は…違う。
やめて。

『落ち着け』

嫌だ！
落ち着いてなんかいられるかよ！
シェルクはボクの事なんか忘れていいんだ！
じゃないと、じゃないとシェルクが、キミが…汚れてしまうじゃないか…。

『もう汚れていたさ。私はどうしようもなく汚れきってる。お前に、汚いところをすべて押し付けて、それのなに一つを知らないでのうのうと生きてきた。これほど愚かな人間が他にどこにいる？』

それをさせていたのはボクだ。
キミは何も悪くない。

『悪いさ。私はお前だ。汚くて、穢れた、血塗られた勇者、霜月シェルク椿』

やめろ！
忘れて。忘れてよ！
キミは幸せに…。

『お前と、そして私の犯してきた罪を考えると、私は幸せになんてなってはいけない』

キミは何も悪くない！
ボクが、ボクが悪いんだ！！

『もう。目を背けるのはやめにしよう。お互いに。私はお前の罪を受け入れる。お前も、私の罪を受け入れてくれ。二人で、これから償っていこう』

いやだ…。そんなの…。

『逃げるな。決めたんだ。私はもう逃げない』

そんな。
ボクには無理だ。
ボクはキミにはなれない。
ボクは弱くて、情けなくて、汚くて、卑怯で。

『全部私だ。私と同じだ』

ボクは…。

『行こう。みんな、待ってる』

キミを待ってるんだ。
ボクの事なんか…誰も。

『ふぅ…。仕方がない。でも、もう、あまり待ってはやれないぞ』




「シェルク！」
「ん…。なんだ？クリス。喧しい奴め…」
「シェルク！しぇる…どわぁ！？」
「シェルク様！」
「わっ！？に、ニアぁ！？」
「シェルク様！心配しました。僕は…」

珍しくニアが私に抱き着いてきた。
自分の名前を叫びながらだいしゅきホールドをしてくる魔女っ子コスプレショタを撥ね退ける淑女など居るわけがない。

「ぅへへぇ〜ニアぁ〜」
「お〜い。顔がふやけておるぞ？白玉みたいになっておるぞ〜？」
「ハッ！？あ、危ない。久しぶりだったものでつい…」
「……うん。間違いなくシェルクね」
「じゃな」

なんだかクリスとバフォメットに失礼な事を言われた気もするが…。
っと、

「じゃなくて、ここ、どこ？」

私は重要な事を忘れるところだった。
あの後いったいどうなったんだろう。
私たちと、それから魔女たち、
それにフリーギアは…。

「ここは儂専用の竜車の中じゃ」
「魔女の皆さんも無事に撤退完了したようです」
「へぇ〜。ずいぶんとあっさり引けたのね」
「ルキウス王が『兵たちの安全が第一だ』と言って、兵を引かせたようですね」
「なんじゃと！？むむ…何か企んでおるのか？」
「いや。恐らく、私の身柄を一度は聖教府に渡したことで聖教府への義理は果たしたという事だろう」
「そう言えば、いつの間にかルキウス王、いなくなってたわよね」
「そうじゃのう。どこかの負け癖のついた姫がお空眺めてお昼寝しとるうちに、のぅ」
「あ、あれは…その…」
「ふふ。クリス、私に負けたのはアレで2度目ね」

私はクスリと笑った。
が、そんな私の顔をみんなが不思議そうに覗き込む。

「お主、あの時の意識はあったというのか？」
「ああ。私の中で…あいつは。ツバキはまだ拗ねている」
「シェルク様…」
「すまない。ずいぶんと迷惑かけてしまったな。でも、ツバキも私。ううん。ツバキが言うように、本当の私はツバキなんだ。私も、ずっと忘れてたけど」
「……そっか。ツバキ…ていうんだね。あのシェルク」
「うん。ずっと、ずっと、私を護るために戦っていた、もう一人の私。だから、さ。ニア」
「………シェルク様」
「ニアが狙っていたのは私で合ってたんだよ。私が聖教府の人を殺した、罪人だ」
「……僕にどうしろっていうんですか？もう僕は聖教府には帰りませんよ。僕はもうシェルク様について行くって、決めましたから」
「そ、か。ありがとっ。ニア」

私はニアのほっぺに口づけた。
ニアは少し赤くなって俯いた。
かわいい。


こうして、私は救われた。












その後の話をしよう。

一度魔界に立ち寄って、ガラテアに帰ろうとした私たちの元に、驚くべきニュースが飛び込んできた。
なんと、ガラテアが私の、シェルクの死を発表したというのだ。
私たちは慌ててガラテアに帰還したが、そこにはなんと、ルキウスの姿があった。

「ルキウスっ！やはり貴様の仕業か！！なんという事をしてくれたのだ！！？」

私は怒り、奴に掴みかかったが

「ふふ。元気そうで何よりだよ。シェルク。その後、彼女はどうしているかな？」

などと間の抜けた対応をしてきた。
私は怒りのあまりルキウスの頬をぶん殴ったが

「何故君がそうまでして怒るのか、私にはわからないが。いったいどうしたのかな？」
「何が『どうしたのかな？』だ！お前は私の国を」
「『私の国』？不思議な事を言うね。ここは人間の国で、この国の王は元勇者シェルク。じゃないのかな？」
「だから私の国だと！」
「おや？君は確か、サバト所属のバフォメット、シェルク君じゃなかったかな？」
「え？」
「ふふ。冷静になるといい。この国は英雄、勇者シェルクによって守られた。彼女の、ツバキ君の思惑通りにね。そして、我々フリーギアもガラテアとの同盟によって、間接的に魔王軍からの侵略を受けなくて済む。全てはいい方向へ転がったわけだ。私も一安心だよ」
「それが何故私の死を発表する事につながるのだ！？」
「君らしくないね。いいかな？君は今や魔物バフォメットだ。人間の国として独立し、フリーギアと同盟を締結したこの国にとって、王が魔物であることはリスク以外の何物でもないんじゃないかな？」
「な…」
「安心するといい。なにも、フリーギアがガラテアを侵略するわけじゃない。なんせ魔王軍と不戦協定を締結したのはガラテアという国だからね。その利を殺してしまう程、私も愚かではないつもりだよ」
「……くっ」
「それに、申し訳ないけれど、次の王も決まってしまった。まぁ、君たち魔物が不戦協定を破って王位を簒奪するのは勝手だけれど、それは魔王軍にとっても大きな不利益となってしまう。その事は理解しておいてくれないかな？」
「ぐ…お前は、お前というやつは…！」
「ふふ。ちょうど次期国王様がいらっしゃったようだよ」
「何！？どいつが！……って」

私とルキウスの方に歩いてきたのは予想外の人物だった。

「バラガス。お前、いったいこんなところで何を…」
「何をって…それが俺にもどういうわけか…」
「やあ。バラガス王。お目にかかれて光栄だ」
「えぇぇぇぇ！！！？？」

私は驚きのあまり声を上げた。

「おい！ルキウス！てめぇ。どういうつもりだ！？」
「おやおや。穏やかじゃないね。同盟を結んだばかりなのに、もう戦争かな？」
「わぁ〜。だめぇ〜。バラちゃん。待ってぇ〜」
「ん？カロリーヌ！？なんで止めるんだよ？」
「おい、カロリーヌ。これはいったいどういう事だ？」
「あぁ〜シェルクちゃんだぁ〜。よかったぁ〜。無事だったんだねぇ〜」

混乱する私とバラガスを余所に、カロリーヌはいつも通りだった。

「カロリーヌ。説明してくれ。なぜ私が死んだことになって、バラガスが次期国王に！？」
「えぇ〜？だってぇ〜。シェルクちゃんはぁ〜サバトに行っちゃうでしょ〜？これはねぇ〜、シェルクちゃんを助けるためにぃ〜バフォちゃんと約束しちゃったしぃ〜。仕方ない事なのよぉ〜？そしたらねぇ〜、ルキウス王がぁ〜協力してくれるってぇ〜」
「おい！カロリーヌ！お前、こんな奴の口車に乗せられやがったのか！？」
「……。なるほどな。そういう事か」
「ふふ。分かってくれたようで、安心したよ」
「おい！俺は分かってねぇぞ！？どういうことだ！？」
「お前という男は…素直じゃないというか…なんというか」
「私はこれでも約束は守る男だよ。君と、ツバキ君と、そして魔物達。全ての約束を叶えられる最善の選択をしただけだよ」
「…私は、お前を信じてもいいのか？」
「そうしてくれないと困ってしまうね。その証として、君の右腕であるバラガス君…いや、バラガス陛下に王になってもらったのだから」
「私は、お前という男を少し誤解していたよ。ルキウス」
「ふふ。それは悲しいね。でも、誤解が解けたのなら、何よりだよ」
「おい！誰か俺にも分かるようにだな！？」
「バラガス。王さまのやり方はルキウスから習え。性格はこの上なく悪いが、悪い男ではなさそうだ」

私は安心と、諦め、その両方の気持ちでその場を後にする。
その時、背後から声がした。

「シェルク。今までよく頑張ったね。私には人並みの幸せというものが理解できないけれど、きっとそれはクレアやカロリーヌ君が言うほどには素敵な物だと思うよ。君は、これまで人に与えてきた分の幸せを自分のものにするといい。さよなら、シェルク。私のクイーン」
「え？」

私が振り返ると、ルキウスは私とは逆の方向へ歩いていくところだった。
結局のところ、私たちは最後まで奴の掌の上で転がされていたのだ。
しかし、奴もまた、私たちの約束に縛られていた。
最期まで勝つことはできなかった。
それでもまぁ、最後の奴の言葉に私は満足する事にしよう。











ガラテアの戦いの後

勇者シェルクは英雄としてこれから勇者になる者や、多くの人々の希望になった。
その後、ガラテアとフリーギアは何十年もの間、互いに助け合い、平和な時代が続いたという。
バラガス王は多くの子宝に恵まれたが、男児には恵まれず、彼の退位後は軍の優秀な若者が即位したという事だ。
退位後のバラガスとカロリーヌは多くの娘たちとガラテアの隅に牧場を作り、平和に暮らしたそうだ。
一方、ルキウスは長きに渡り名君としてフリーギア、ガラテア両国の発展に貢献した。
彼は後の世にも語り継がれ、彼の統治した時代は楽園の時代と呼ばれたという。

しかし、その陰にあったさまざまな思惑と、強き者たちの戦いの物語を、多くのモノは知らない。








-The Strength- 　 ストレングス　fin

■作者メッセージ
なんとか終わったズラ…。
長い長いお話でした。
気がつけばひつじ史上最長。16万文字。
しかも半分以上は惰性で書き進めた気がする…。
ま、まぁ、これにてストレングスはおしまいですが、シェルクや、その仲間たちのお話はもう少し続きます。
それでもひとまず、これにて戦いのお話は完結です。
ここまで読みすすめてくださった奇特な方々。本当にありがとうございました。
モチベーションにムラっけのあるダメなひつじですが、最後まで書き進められたのは皆様のおかげです。
今後とも、ひつじをよろしくお願いいたします。
ではでは、ではではでは〜