連載小説
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第マイナス 一話 忘れられたボク

それ以来、ボクはシェルクの中から、シェルクのために、生きる事を選んだ。
いつしか、シェルクがボクの生きる目的になっていた。
シェルクを生かすために時には盗みをした。
シェルクを生かすために人を脅した。
シェルクを勇者にするために人殺しもした。
シェルクが苦しんだり悲しんだりしなくていい様に嫌な事はぜんぶボクが受け止めて、シェルクには汚い記憶を残さないようにした。
ぜんぶ、全部シェルクのために。
そうしていく内に、ボクはいつの間にか汚れてしまっていた。
ううん。
汚れが、穢れがボクの形をして生きていた。
そうだ。
ボクは、ボクはボクを、殺そう。
シェルクがガラテアを救って、人間の英雄になって、人々の心に残る様になったら、ボクは、シェルクの中に残る最後の穢れを、祓ってしまおう。
そうすれば、シェルクはボクの目指していたものになれる。
そうすれば………。
ボクは…どうなるんだ…。
ボクは…。






『シェルク王。初めまして。私はルキウス=ユリアスだ。父の件では迷惑をかけてしまったようだね』

そんな時、彼が現れた。
純粋なシェルクは気づかない。
こいつは危険だ。
ボクは直感した。
今までの奴らと違う。
こいつは、本物だ。
シェルクとは違う。
本物の…。

だから、殺そうと思った。
当時王をしていたルキウスの親父とは何かと話が合わず、シェルクはしょっちゅうフリーギアと会議をしていた。
会議の後、フリーギア城に客として迎えられたシェルク。
ボクはシェルクが寝静まった後、シェルクの身体を借りて、あいつの所に向かった。

『おかしいね。外には近衛兵が待機していたと思うのだけれど』
「近衛兵っていうのは高いびきかいて眠ってる奴を言うのか?それとも、私に気付かず私を素通りさせてくれた優しい紳士を言うのか?どっちにしてもあんまり役に立たない奴らだな」
『…君は…。ふふ。初めまして。ルキウス=ユリアスだ』
「……何を言っている?」
『シェルク王のフリはあまりうまくないようだね。モノマネは苦手かな?』
「ちっ。なんでわかったのさ?」
『私の知っている彼女はこんな時間に私の部屋に無断で入っては来ないさ。それに、それほどギラギラとした目はしていないよ。まるで殺し屋のような眼だ』
「ああ。ボクはキミを殺しに来たんだから、当然だろ?」
『ふふ。それは困ったね。私はこれからベッドで眠りにつくところだった。君のお仕事はその後でも構わないかな?』

そいつは自分の命が狙われてるっていうのに、まるで気にもしないかのような対応だった。
そんな奴の姿を見て、ボクは思わず笑ってしまった。

『ふふ。私のユーモアを理解してくれたようで嬉しいよ。さて、聴かせてもらえるかな?君の目的は何だい?』
「はぁ!?だから言ったじゃないのさ。ボクはキミを殺しに来たの」
『違うよ。君の本当の目的を、さ。人を殺すにはそれ相応の理由があるはずだよ。その理由を聞かせてはくれないかな?』
「お前…やっぱり本物だな…」
『本物?…すまないね。私は自分の偽物には出会ったことがないんだ。良ければ見分け方を教えてもらえると嬉しいね』
「クヒヒっ。いい。キミは最高だ。決めた。殺すのはやめた」
『そうか。それは助かる話だ』
「そのかわり。ボクに協力してよ」
『面白い話なら聞いておくよ。お茶は用意できないけれど、そこにこの城で一番大きなベッドがある』

その日、ボクはシェルクの初めてをそいつにあげた。
これは恋とは違う。
でも、ボクはルキウスの事を、少なくとも気に入っていた。
ルキウスを味方につけることは、ボクにとっても、シェルクの未来にとっても重要な事だと思ったから。
シェルクはそれをフリーギアとの戦争の戦後処理のためだと思い込んだみたいだった。


シェルクの物語は順調だった。
後は魔物が攻め込んできて、それに打ち勝てば、話はハッピーエンドで閉じられる。
もしシェルクが負けても、ルキウスという味方が居れば、バッドエンドは避けられる。
はずだった…。

でも、まさかあんなことになるなんて。
シェルクは、勝ちはしたけれど、魔物になってしまった。
ガラテアにとっては最高のシナリオの一つ。
でも、シェルクの物語にとってはバッドエンドへのルートだった。
いくらシェルクが本物の勇者になっても、魔物になってしまっては聖教府にその存在を消される。
後の世で、シェルクという名前は永遠に登場しなくなってしまう。
だから、
だからこうするしかなかった。


でも、今になって思えば。それは、ボクにとってのバッドエンドに過ぎなかった。
シェルクは、
ボクの仮面から生まれたはずのシェルクは、その仮面を脱ごうとしていた。
ボクの無理やりに押し付けた仮面を息苦しいと、脱ごうとしていた。
でも、ボクはそれが許せなかった。
ボクはシェルクのために生きると決めた筈だった。
なのに、ボクはシェルクがボクの手から離れるのが許せなかった。
ボクは…。
ボクは。
いったい何者になってしまったんだろう。

もう。
自分も、シェルクも。
どちらも“ボク”を忘れてしまっていたんだ。

14/04/21 00:38更新 / ひつじ
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■作者メッセージ
ルキウスとツバキの関係は少し特殊かもしれません。
恋人というにはドライで、
友人というよりは強固で。
なので共犯者にしました。
ルキウスは心がないわけではないのですが、きっと人間として重要な何かを欠損しているんでしょう。
でも、それ故に王様としてはこれ以上なく優れている。
人並みの心がなくても、他人の心を理解してやれる器があれば王様はできます。
むしろ、自身の心がない方が様々な心を持った人々をまとめるにはいいのかもしれません。
最近はそんなふうに思います。

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