第二十五話 シェルク
煌々と燃えていた。
いや。
まるで燃えているようだった。
「シェルク…様?」
ニアくんは驚いた顔で固まったように動かなかった。
いや、ニアくんだけじゃない。
私と、それからバフォメット。
そして数人の魔女がその異変に気づいて動きを止めた。
異変の正体は処刑台の上にいる一人の魔物。
シェルクだった。
「クヒ。どうしたの?ニア。ずいぶんと驚いたような顔をして。キミの大好きなシェルクだよ?」
シェルクはシェルクとは思えないほど歪んだ笑みを浮かべて立ち上がる。
――ミシ…カラン…カラン…
そして、その身を拘束していたはずの手枷と足枷をまるで小枝を折るように簡単に砕き外した。
「あなたは…誰ですか?」
ニアくんが目を見開き、尋ねる。
その表情を見てそいつはニタリと嗤って。
「クヒヒ。あれぇ〜?どうしてバレちゃったのかな?」
「それは、変装術ですか?」
「変装?ヒッヒ。おかしなことを聴くね。キミは分かるはずだよね?この身体は正真正銘、誰の物でもないボクのもの。シェルクの身体だよ?キミとこうして話しているのはボクだけれど、キミにこうして声を届けているのはシェルクの身体さ」
「ルキウス。お前か!お前がシェルク様に何か!?」
ニアくんは恐ろしい形相で目の前にいたルキウス王を睨んだ。
「違うよ。それは間違っているよ。彼は初めから彼女の中にいた筈だよ。もっとも、これまではシェルクの意識がない時だけ彼は表に出てこれたようだから、きっとシェルク自身も気が付いていなかったことだろうね」
「クヒ。ニぃ〜アぁ?ダメだよ。ダメ。信じたくないキミの気持ちも分からなくもないけどさ。キミも薄々察しがついてるんだろ?だって、ボクの存在こそがキミがここにいる理由なんだから、さ?」
「…やはり」
「そっ。 ボクはシェルクの中に住むもう一人の人格。いや。ホントはシェルクを生み出したシェルクの元人格さ」
「お前がシェルク様を生み出した?」
「そぉ〜だよぉ〜?クヒッ。だってさ、考えてもごらんよ、あんな完璧で強くて優しくて弱くて脆くて、誰からも好かれるような人間がこの世にいると思う?いないよ。シェルクはボクがボクのいいところ全てを削りだして、汚れたもの、不完全なものを全てボクが受け入れて出来上がった、理想の勇者だったんだよ」
「そんなのは世迷言です。そんなことできるわけがない」
「信じられない?まぁ、そうだよね。ボクも信じられない事だと思うよ。でも、ボクはそうして生きてきたんだ。今までずっと。ずっとずっとずっとずっと…。シェルクを完璧な勇者にするためだけに生きたきた。シェルクのためにボクはシェルクの中だけで生きる事を選んだ。シェルクのために全てを彼女に与えてきた。シェルクのために彼女の身に降りかかる邪魔者を片づけてきた。シェルクのために彼女の汚い部分をボクは取り込んできた。
今まで誰一人ボクの存在には気が付かなかった。シェルク自身も。そして、聖教府からシェルクを監視するために送り込まれた刺客である君さえも」
「えっ!?」
私は思わず声をあげてしまった。
ニアくんが聖教府の刺客?
それってどういう事?
「あれれぇ?お姫様。気づかなかったの?っていうか、おかしいと思わなかったの?ニアは別に勇者のパーティとしてシェルクに連れ添ってきたわけでもない。ただガラテアに仕官してきただけの青年だよ。なのにどうしてこれほど優秀で、これほど強いのか。どうして魔力の性質すら変容させるほどの高度な変装術が使えるのか。まぁ、天才。なんて言っちゃえばそれまでなんだろうけどさ。それでもこの変装術はこんな若い青年が数年やそこらで考案して身に着けられるものじゃないよ」
確かに、言われてみれば不思議だった。
ニアくんの見た目の割に落ち着いた態度。
そして、姉さまの魔力に対しても顔色一つ変えずにいられる強さ。
シェルクの近くにいるから当たり前だって思ってた。
でも、バラガスさんやカロリーヌさんと比べてもニアくんはどこか異質だった。
「クヒ。ニアルディ。キミの事は知ってるよ。クレアと同じ、聖教府特務第13部隊、通称“死神の巣”出身のアサシン。だよね?
各国にある聖教府立の孤児院から選抜された才ある子供たちを超一流の死神に育て上げるための組織。クヒヒ。キミはボクとおんなじさ。
穢れない聖教府のために穢れを祓う影。ボクがシェルクを勇者にするために、ジパング嫌いのジジイどもを何人か殺したからね。
ジパング出身で勇者になることは稀だ。それも、シェルクが勇者になることに反対していた奴らが次々と謎の死を遂げたわけだから疑念を抱く奴らも少なからずいただろうね。
でも、ジパングで何百年も磨かれ続けた朔夜紫電流の暗殺術は完璧だ。どこを探しても証拠なんて出やしない。
その中で、突如独立国を作ってその王位についた異色の勇者。キミが送り込まれたのも頷けるよ。ボクが逆の立場だったとしてもそうするだろうしね。
でも、キミは何年もシェルクを監視し続けたが何一つシェルクに怪しい事はなかった。当たり前だよね。だって、シェルクはボクの事なんて知らないんだから。
朔夜紫電流も表向きはジパングに数多くある剣術流派の一つに過ぎないし、それも大きな流派ではないしね。全ての技術は口伝のみで伝えられて何一つ資料もない。
歴史の陰に隠れて依頼されるままに暗殺をしてきた君たちと同じってわけさ。シャルクだって朔夜紫電流は単なる居合術中心の剣術流派だって思ってるよ。
クヒヒ。馬鹿だよね。禁忌技まで会得しているっていうのに、実はその剣術の本当の目的すらシェルクは知らないんだぜ?ボクはそんなシェルクが哀れで可愛くて仕方ないんだ。
シェルクは本気で信じてるんだぜ?自分の剣で世界は平和にできるってさ。
だからいつも一生懸命で真っ直ぐで、愚かで哀れで、何も知らない。
ボクがシェルクのためにどれだけの命を奪ってきたのかも。
ボクがどれだけシェルクのために汚れた事をしてきたのかも。
何一つ知りはしないんだ。
いや、シェルクだけじゃないよね。
バラガスもカロリーヌもシェルクは穢れ無い真の勇者だって信じてる。
お姫様。キミだってシェルクにあこがれを抱いているんだろ?
そしてニア。キミもだ。キミもシェルクに惚れ込んで、聖教府を裏切り、シェルクの下に付いた。
まぁ、そんな君たちだからシェルクは心の底からキミたちを信頼したし、キミたちもまたシェルクを信頼したんでしょ?
キミたちはそうやってボクが作った穢れひとつない綺麗なシェルクと物語を展開してきたわけだ。
そのシェルクの裏側にどんな奴がいてどんな世界があるかなんて知りもしないでね。
……分かってくれたのはルキウスだけだった。
同じように闇で生きてきた彼だけはシェルクの中に隠れ潜む僕の存在に気付いた。
驚いたよ。
ボクとシェルクが別々の人格になって以来初めての事だった。
だからボクは彼に共犯者になってもらった。
“完璧な勇者”シェルクをこの世界に作るための、世界を欺く共犯者にさ」
真実を語り終えたそいつは、少しさみしそうな顔をして、それから、
またニタリと歪んだ笑みを浮かべた。
「なのにさ。なのになのになのにさぁ?キミたちは邪魔をした。
シェルクは魔物に堕ちてしまった。
もう王を続ける事も、勇者に戻ることもできなくなっちゃった。
だからさ。
だから、シェルクにはここで死んでもらう。
勇者として、偉大な王として、ガラテアに平和をもたらして、魔物バフォメットを捕えた英雄として、死んでもらうのさ。
ルキウスはそのために色々と手を回してもらった。
きっと、ボクとシェルクが死んだあとにはこう発表されるだろうね。
『勇者シェルクは勇敢に魔物に立ち向かったが、その時の傷が元で命を落とした』
クヒヒヒ。きっとシェルクは英雄になるよ。
後世まで語り継がれる伝説の英雄さ」
「そんな事、させません!!」
ニアくんの姿が消えシェルクのいる処刑台の前まで移動する。
しかし、
「くっ。クレアさん。そこを退いていただけませんか?」
「無駄です。私もあなたと同じ死神。私を倒さない限りここは通しません」
クレアさんも瞬時に移動してニアくんを阻む。
二人の動きはまるで人間とは思えないものだった。
そんな2人の様子を見下ろして、そいつはニタリと嗤い、今度は私の方を向いて口を開いた。
「ねぇ?姫様?キミは純真無垢なシェルクの心にずかずかと踏み込んで、挙句の果てにシェルクを魔物に貶めてさぁ?まるで自分は良い事をしましたって顔でシェルクの傍で笑ってやがった。そんなことが許されると思うの?許されるわけがないよね?キミはシェルクの夢を奪ったんだよ?勇者として、王として、これから輝かしい未来を歩いていくはずだったシェルクの明日を奪い取ったんだよ?」
口元だけはニヤリと笑ったまま、赤黒く濁った瞳で私を睨みつけてきた。
「違う!私は確かにシェルクを魔物にした。その所為でシェルクが王様を辞めなきゃならなくなっちゃったことも分かってる。でも、そんなのは違うの。シェルクはホントはもっと他にやりたいことがあったはずなの。なのに、全部全部我慢してみんなのためにたった一人で頑張ってきた。だから。私はシェルクを助けようと…」
心に痛みが走った。
でも、言った。
何度も、私は自分がやったことを後悔しそうになった。
でも、私はもう逃げない。
私は私がやったことを間違っているなんて思わない。
じゃなきゃ、シェルクが魔物になって、そして見せてくれた心の声を、シェルクの想いを嘘にしてしまう事になるから。
「まるでシェルクの事を知ってるみたいな言い方だね。何も知らないくせにさ。キミは出会って高々1週間やそこらでシェルクの全てを知った気になっているみたいだけどさ。そんなはずないよ?君は知るはずもない。勇者として生きてきたシェルクの事を知るはずがない。その時にシェルクが胸に秘めていた想いを知る由もない。なのにずいぶんと自分勝手な言い分を並べるじゃないか。認めなよ。キミは魔物だ。シェルクという か弱い女の子の心と体を弄んだ悪魔だよ。キミのせいでシェルクは処刑されなきゃいけなくなったんだよ?
キミのせいでシェルクは長年かけてやっと叶った夢を見る事無くこの世界からいなくなろうとしてるんだよ?
キミは許されるべきじゃない。
キミの事はボクが許さない」
どろりと、濁った瞳が私の心を見透かすように覗き込んでくる。
もうその口元は笑っていなかった。
ただ、私を攻めるために私を見つめていた。
痛い。痛い痛い。
心臓に何本も悔いが撃ち込まれたみたいに痛む。
くじけそうになる。
どうしよう。
どうしたら…。
「ふん。小娘が偉そうなことを抜かすななのじゃ」
その時、私の肩に、暖かい手が触れた。
「さっきから聞いておれば自分の事を棚に上げて随分と酷い事を言っておるのぅ。この娘に罪はない。この娘はシェルクを助けたいと願っただけじゃ。大切な者を助けたいと願う気持ちのどこに罪があるというのじゃ。なのに貴様ときたら…。まったく。お主もさんざん自分のためにシェルクを良い様にしてきたのじゃろう?シェルクの穢れを祓うために穢れを背負った?ふん。笑わせるな。貴様がシェルクに自分の理想を押し付けてきただけではないか。自分の理想、自分の夢を自分の中に作り出したシェルクに全てを押し付けて、辛い思いから逃げ回っておるだけではないか」
バフォメットがそいつに向かって言い放つ。
そいつは、シェルクの顔をしたそいつは、その言葉を聞いて、口元を歪めた。
「ち…。クソババアが…。偉そうな説教垂れないでくれないかなぁ?確かに、ボクはお姫様の気持ちなんて理解もしてないけどさ。でも、それはアンタだって同じだろ?ボクの気持ちなんて理解できるわけない。ボクが生まれて、どうやって生きてきたかなんてわかるわけもない。分かってくれたのはルキウスだけだった」
「ふん。阿呆が。わしの思う限り、そのルキウスと言う小僧はお前の心など理解しておらぬぞ?そういう眼を儂は他に知っておる。そやつは自分の好奇心を満たすためだけにお主と言う“面白い観察対象”を観察しているだけじゃ。お主も分かっておるのじゃろ?」
「…ち。まったくさぁ。まったくさぁ。気にくわないんだよ。お前みたいに全部見透かしたようなことを言うやつはさぁ。ルキウス。アレはもう出来上がってるんでしょ?貸してくれない?」
「ふふ。言い負けたから今度は暴力に訴えるのかな?君らしいね」
「ちっ。まったく。どいつもこいつもさぁ…」
「ほら、扱いには気を付けるんだよ。加減を間違えて街を壊されては私が困ってしまうのだからね」
「もうっ!いいから貸してよっ!」
お互いに毒づいてそしてルキウス王がそいつに1振りの剣を投げた。
「ねぇ?お姫様、それからお婆ちゃん。キミたち2人はシェルクに敗けちゃって悔しい思いもしたんだろ?だからさ、ボクが代わりにリベンジマッチをしてあげるよ。大丈夫。今度はちゃんと殺してあげるからさ。それに、その後はボクもシェルクと一緒に死んであげる」
そいつはまたニタリと嗤ってルキウスから受け取った剣を腰に構えた。
途端、そいつの身体からどす黒い魔力が赤黒い焔のように立ち上った。
ヤバい。
そう思った。
シェルクの声、シェルクの顔。
シェルクの身体なのに、その魔力は全然別物だった。
シェルクの真っ直ぐで鋭い魔力とは違う。
まるで触れるもの全てを喰らい呑み込むような魔力。
その量もシェルクとは桁外れに大きい。
私は意識を集中して、身体の隅々まで自分の魔力を行き渡らせた。
隣でバフォメットも大鎌を構える。
「クヒヒヒ。今度はちゃんと、ボクを救えるかな?お姫様?」
いや。
まるで燃えているようだった。
「シェルク…様?」
ニアくんは驚いた顔で固まったように動かなかった。
いや、ニアくんだけじゃない。
私と、それからバフォメット。
そして数人の魔女がその異変に気づいて動きを止めた。
異変の正体は処刑台の上にいる一人の魔物。
シェルクだった。
「クヒ。どうしたの?ニア。ずいぶんと驚いたような顔をして。キミの大好きなシェルクだよ?」
シェルクはシェルクとは思えないほど歪んだ笑みを浮かべて立ち上がる。
――ミシ…カラン…カラン…
そして、その身を拘束していたはずの手枷と足枷をまるで小枝を折るように簡単に砕き外した。
「あなたは…誰ですか?」
ニアくんが目を見開き、尋ねる。
その表情を見てそいつはニタリと嗤って。
「クヒヒ。あれぇ〜?どうしてバレちゃったのかな?」
「それは、変装術ですか?」
「変装?ヒッヒ。おかしなことを聴くね。キミは分かるはずだよね?この身体は正真正銘、誰の物でもないボクのもの。シェルクの身体だよ?キミとこうして話しているのはボクだけれど、キミにこうして声を届けているのはシェルクの身体さ」
「ルキウス。お前か!お前がシェルク様に何か!?」
ニアくんは恐ろしい形相で目の前にいたルキウス王を睨んだ。
「違うよ。それは間違っているよ。彼は初めから彼女の中にいた筈だよ。もっとも、これまではシェルクの意識がない時だけ彼は表に出てこれたようだから、きっとシェルク自身も気が付いていなかったことだろうね」
「クヒ。ニぃ〜アぁ?ダメだよ。ダメ。信じたくないキミの気持ちも分からなくもないけどさ。キミも薄々察しがついてるんだろ?だって、ボクの存在こそがキミがここにいる理由なんだから、さ?」
「…やはり」
「そっ。 ボクはシェルクの中に住むもう一人の人格。いや。ホントはシェルクを生み出したシェルクの元人格さ」
「お前がシェルク様を生み出した?」
「そぉ〜だよぉ〜?クヒッ。だってさ、考えてもごらんよ、あんな完璧で強くて優しくて弱くて脆くて、誰からも好かれるような人間がこの世にいると思う?いないよ。シェルクはボクがボクのいいところ全てを削りだして、汚れたもの、不完全なものを全てボクが受け入れて出来上がった、理想の勇者だったんだよ」
「そんなのは世迷言です。そんなことできるわけがない」
「信じられない?まぁ、そうだよね。ボクも信じられない事だと思うよ。でも、ボクはそうして生きてきたんだ。今までずっと。ずっとずっとずっとずっと…。シェルクを完璧な勇者にするためだけに生きたきた。シェルクのためにボクはシェルクの中だけで生きる事を選んだ。シェルクのために全てを彼女に与えてきた。シェルクのために彼女の身に降りかかる邪魔者を片づけてきた。シェルクのために彼女の汚い部分をボクは取り込んできた。
今まで誰一人ボクの存在には気が付かなかった。シェルク自身も。そして、聖教府からシェルクを監視するために送り込まれた刺客である君さえも」
「えっ!?」
私は思わず声をあげてしまった。
ニアくんが聖教府の刺客?
それってどういう事?
「あれれぇ?お姫様。気づかなかったの?っていうか、おかしいと思わなかったの?ニアは別に勇者のパーティとしてシェルクに連れ添ってきたわけでもない。ただガラテアに仕官してきただけの青年だよ。なのにどうしてこれほど優秀で、これほど強いのか。どうして魔力の性質すら変容させるほどの高度な変装術が使えるのか。まぁ、天才。なんて言っちゃえばそれまでなんだろうけどさ。それでもこの変装術はこんな若い青年が数年やそこらで考案して身に着けられるものじゃないよ」
確かに、言われてみれば不思議だった。
ニアくんの見た目の割に落ち着いた態度。
そして、姉さまの魔力に対しても顔色一つ変えずにいられる強さ。
シェルクの近くにいるから当たり前だって思ってた。
でも、バラガスさんやカロリーヌさんと比べてもニアくんはどこか異質だった。
「クヒ。ニアルディ。キミの事は知ってるよ。クレアと同じ、聖教府特務第13部隊、通称“死神の巣”出身のアサシン。だよね?
各国にある聖教府立の孤児院から選抜された才ある子供たちを超一流の死神に育て上げるための組織。クヒヒ。キミはボクとおんなじさ。
穢れない聖教府のために穢れを祓う影。ボクがシェルクを勇者にするために、ジパング嫌いのジジイどもを何人か殺したからね。
ジパング出身で勇者になることは稀だ。それも、シェルクが勇者になることに反対していた奴らが次々と謎の死を遂げたわけだから疑念を抱く奴らも少なからずいただろうね。
でも、ジパングで何百年も磨かれ続けた朔夜紫電流の暗殺術は完璧だ。どこを探しても証拠なんて出やしない。
その中で、突如独立国を作ってその王位についた異色の勇者。キミが送り込まれたのも頷けるよ。ボクが逆の立場だったとしてもそうするだろうしね。
でも、キミは何年もシェルクを監視し続けたが何一つシェルクに怪しい事はなかった。当たり前だよね。だって、シェルクはボクの事なんて知らないんだから。
朔夜紫電流も表向きはジパングに数多くある剣術流派の一つに過ぎないし、それも大きな流派ではないしね。全ての技術は口伝のみで伝えられて何一つ資料もない。
歴史の陰に隠れて依頼されるままに暗殺をしてきた君たちと同じってわけさ。シャルクだって朔夜紫電流は単なる居合術中心の剣術流派だって思ってるよ。
クヒヒ。馬鹿だよね。禁忌技まで会得しているっていうのに、実はその剣術の本当の目的すらシェルクは知らないんだぜ?ボクはそんなシェルクが哀れで可愛くて仕方ないんだ。
シェルクは本気で信じてるんだぜ?自分の剣で世界は平和にできるってさ。
だからいつも一生懸命で真っ直ぐで、愚かで哀れで、何も知らない。
ボクがシェルクのためにどれだけの命を奪ってきたのかも。
ボクがどれだけシェルクのために汚れた事をしてきたのかも。
何一つ知りはしないんだ。
いや、シェルクだけじゃないよね。
バラガスもカロリーヌもシェルクは穢れ無い真の勇者だって信じてる。
お姫様。キミだってシェルクにあこがれを抱いているんだろ?
そしてニア。キミもだ。キミもシェルクに惚れ込んで、聖教府を裏切り、シェルクの下に付いた。
まぁ、そんな君たちだからシェルクは心の底からキミたちを信頼したし、キミたちもまたシェルクを信頼したんでしょ?
キミたちはそうやってボクが作った穢れひとつない綺麗なシェルクと物語を展開してきたわけだ。
そのシェルクの裏側にどんな奴がいてどんな世界があるかなんて知りもしないでね。
……分かってくれたのはルキウスだけだった。
同じように闇で生きてきた彼だけはシェルクの中に隠れ潜む僕の存在に気付いた。
驚いたよ。
ボクとシェルクが別々の人格になって以来初めての事だった。
だからボクは彼に共犯者になってもらった。
“完璧な勇者”シェルクをこの世界に作るための、世界を欺く共犯者にさ」
真実を語り終えたそいつは、少しさみしそうな顔をして、それから、
またニタリと歪んだ笑みを浮かべた。
「なのにさ。なのになのになのにさぁ?キミたちは邪魔をした。
シェルクは魔物に堕ちてしまった。
もう王を続ける事も、勇者に戻ることもできなくなっちゃった。
だからさ。
だから、シェルクにはここで死んでもらう。
勇者として、偉大な王として、ガラテアに平和をもたらして、魔物バフォメットを捕えた英雄として、死んでもらうのさ。
ルキウスはそのために色々と手を回してもらった。
きっと、ボクとシェルクが死んだあとにはこう発表されるだろうね。
『勇者シェルクは勇敢に魔物に立ち向かったが、その時の傷が元で命を落とした』
クヒヒヒ。きっとシェルクは英雄になるよ。
後世まで語り継がれる伝説の英雄さ」
「そんな事、させません!!」
ニアくんの姿が消えシェルクのいる処刑台の前まで移動する。
しかし、
「くっ。クレアさん。そこを退いていただけませんか?」
「無駄です。私もあなたと同じ死神。私を倒さない限りここは通しません」
クレアさんも瞬時に移動してニアくんを阻む。
二人の動きはまるで人間とは思えないものだった。
そんな2人の様子を見下ろして、そいつはニタリと嗤い、今度は私の方を向いて口を開いた。
「ねぇ?姫様?キミは純真無垢なシェルクの心にずかずかと踏み込んで、挙句の果てにシェルクを魔物に貶めてさぁ?まるで自分は良い事をしましたって顔でシェルクの傍で笑ってやがった。そんなことが許されると思うの?許されるわけがないよね?キミはシェルクの夢を奪ったんだよ?勇者として、王として、これから輝かしい未来を歩いていくはずだったシェルクの明日を奪い取ったんだよ?」
口元だけはニヤリと笑ったまま、赤黒く濁った瞳で私を睨みつけてきた。
「違う!私は確かにシェルクを魔物にした。その所為でシェルクが王様を辞めなきゃならなくなっちゃったことも分かってる。でも、そんなのは違うの。シェルクはホントはもっと他にやりたいことがあったはずなの。なのに、全部全部我慢してみんなのためにたった一人で頑張ってきた。だから。私はシェルクを助けようと…」
心に痛みが走った。
でも、言った。
何度も、私は自分がやったことを後悔しそうになった。
でも、私はもう逃げない。
私は私がやったことを間違っているなんて思わない。
じゃなきゃ、シェルクが魔物になって、そして見せてくれた心の声を、シェルクの想いを嘘にしてしまう事になるから。
「まるでシェルクの事を知ってるみたいな言い方だね。何も知らないくせにさ。キミは出会って高々1週間やそこらでシェルクの全てを知った気になっているみたいだけどさ。そんなはずないよ?君は知るはずもない。勇者として生きてきたシェルクの事を知るはずがない。その時にシェルクが胸に秘めていた想いを知る由もない。なのにずいぶんと自分勝手な言い分を並べるじゃないか。認めなよ。キミは魔物だ。シェルクという か弱い女の子の心と体を弄んだ悪魔だよ。キミのせいでシェルクは処刑されなきゃいけなくなったんだよ?
キミのせいでシェルクは長年かけてやっと叶った夢を見る事無くこの世界からいなくなろうとしてるんだよ?
キミは許されるべきじゃない。
キミの事はボクが許さない」
どろりと、濁った瞳が私の心を見透かすように覗き込んでくる。
もうその口元は笑っていなかった。
ただ、私を攻めるために私を見つめていた。
痛い。痛い痛い。
心臓に何本も悔いが撃ち込まれたみたいに痛む。
くじけそうになる。
どうしよう。
どうしたら…。
「ふん。小娘が偉そうなことを抜かすななのじゃ」
その時、私の肩に、暖かい手が触れた。
「さっきから聞いておれば自分の事を棚に上げて随分と酷い事を言っておるのぅ。この娘に罪はない。この娘はシェルクを助けたいと願っただけじゃ。大切な者を助けたいと願う気持ちのどこに罪があるというのじゃ。なのに貴様ときたら…。まったく。お主もさんざん自分のためにシェルクを良い様にしてきたのじゃろう?シェルクの穢れを祓うために穢れを背負った?ふん。笑わせるな。貴様がシェルクに自分の理想を押し付けてきただけではないか。自分の理想、自分の夢を自分の中に作り出したシェルクに全てを押し付けて、辛い思いから逃げ回っておるだけではないか」
バフォメットがそいつに向かって言い放つ。
そいつは、シェルクの顔をしたそいつは、その言葉を聞いて、口元を歪めた。
「ち…。クソババアが…。偉そうな説教垂れないでくれないかなぁ?確かに、ボクはお姫様の気持ちなんて理解もしてないけどさ。でも、それはアンタだって同じだろ?ボクの気持ちなんて理解できるわけない。ボクが生まれて、どうやって生きてきたかなんてわかるわけもない。分かってくれたのはルキウスだけだった」
「ふん。阿呆が。わしの思う限り、そのルキウスと言う小僧はお前の心など理解しておらぬぞ?そういう眼を儂は他に知っておる。そやつは自分の好奇心を満たすためだけにお主と言う“面白い観察対象”を観察しているだけじゃ。お主も分かっておるのじゃろ?」
「…ち。まったくさぁ。まったくさぁ。気にくわないんだよ。お前みたいに全部見透かしたようなことを言うやつはさぁ。ルキウス。アレはもう出来上がってるんでしょ?貸してくれない?」
「ふふ。言い負けたから今度は暴力に訴えるのかな?君らしいね」
「ちっ。まったく。どいつもこいつもさぁ…」
「ほら、扱いには気を付けるんだよ。加減を間違えて街を壊されては私が困ってしまうのだからね」
「もうっ!いいから貸してよっ!」
お互いに毒づいてそしてルキウス王がそいつに1振りの剣を投げた。
「ねぇ?お姫様、それからお婆ちゃん。キミたち2人はシェルクに敗けちゃって悔しい思いもしたんだろ?だからさ、ボクが代わりにリベンジマッチをしてあげるよ。大丈夫。今度はちゃんと殺してあげるからさ。それに、その後はボクもシェルクと一緒に死んであげる」
そいつはまたニタリと嗤ってルキウスから受け取った剣を腰に構えた。
途端、そいつの身体からどす黒い魔力が赤黒い焔のように立ち上った。
ヤバい。
そう思った。
シェルクの声、シェルクの顔。
シェルクの身体なのに、その魔力は全然別物だった。
シェルクの真っ直ぐで鋭い魔力とは違う。
まるで触れるもの全てを喰らい呑み込むような魔力。
その量もシェルクとは桁外れに大きい。
私は意識を集中して、身体の隅々まで自分の魔力を行き渡らせた。
隣でバフォメットも大鎌を構える。
「クヒヒヒ。今度はちゃんと、ボクを救えるかな?お姫様?」
14/04/14 01:25更新 / ひつじ
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