第二十二話 王女として…
私は
一人、部屋の中でシーツにくるまっていた
もう涙は止まってた
ニアくん達はシェルクを救い出す作戦を考えると言って、お城の会議室に篭ったままだ
リスティア姉さまとの話はもう纏まっているって言ってたから
きっと今日か明日にはみんなはガラテアのお城に帰っちゃう
そうしたら私はもう…
「まだ落ち込んでるの〜?」
「…姉さま…」
いつの間にか、後ろに姉さまが立っていた
少し困ったような、優しい微笑みで
「クリスちゃんはもう危ない事なんてしなくていいのよ〜。私がずっと守ってあげるからね〜」
背中に
ふわりと
姉さま、暖かい…
「姉さま…私は…間違っていたのかな?……みんなが魔物になって、好きな人と結ばれて、それが幸せな世界だって、思ってた」
「そうねぇ〜。それはきっと幸せな世界ね。私も、クリスちゃんとこうしていると、とっても幸せ」
姉さまは肯定も否定もしてくれない
分かってる
でも
私はきっと
「ねぇ。教えて、姉さま。私はどうしたらいいの?私のせいでシェルクが…シェルクが死んじゃうかもしれないの…」
『今すぐ助けてあげなさい』って
そう言ってほしかった
でも
「放っておけばいいんじゃない?そのシェルクっていう人が、自分でクリスちゃんを利用して、自分で捕まったんでしょ?クリスちゃんは何も悪くないわ」
ゾクリとするような
氷の言葉
「クリスちゃん。大人はね、自分で起こしたことの責任は自分で取らなくちゃいけないの。だから、シェルクっていう人も、自分でなんとかしなくちゃいけない。あなたはまだ子供なんだから、お姉ちゃんが守ってあげるわ」
え
ちがう
「私は大人よっ!」
「クリスちゃんは子供よ」
振り向いて反論しようとした
そこで、姉さまの顔を見てしまった
「ひぃっ…」
姉さまの目
真っ赤に光ってて
怒ってる
誰に?
私に…
「もうクリスちゃんを危ない目には合わせないわ。私がいつまでも守ってあげる。大丈夫よ。私の傍にいてくれるなら、もう辛い事も悲しい事も全部全部お姉ちゃんが壊してあげるから」
「ち、ちがう…わたしは……」
「クリスちゃんは私の妹よ?可愛い可愛い私のクリスちゃん」
姉さまの赤く燃えるような目が私を見つめる
や
ちがう
私は…もう…
「クリスちゃんが欲しいものはなんだって手に入れてあげる。クリスちゃんが怖い思いをするなら、そんな奴ら、みんなみんな壊してあげる。クリスちゃんは私の胸の中で、最高に幸せで絶対に安全で、優しい世界の中で生きていいのよ?」
「やさしい…せかい……」
「そうよ。私と一緒にいれば、クリスちゃんはみんなから優しくしてもらえる。みんなみんな優しい世界。私がクリスちゃんを世界一幸せな女の子にしてあげるわ」
「しあわせな……」
あ…れ……
あたま…ぼぉ…として…
せかいいち……しあわせ……
おねえさまと…しあわせ……
おねえさま…あったか…
ふわふわ……
しあわ…せ……
…
「これ、また甘やかすでないのじゃ…」
なにか…きこえ…
――ぎゅ
あ、おねえさまにつつまれて…
あ…しあわせぇ……
「リスティア、その娘を放してやってはどうじゃ?」
「……バフォメットちゃん?なぁに?何か言いたいことでもあるの?」
「お主が甘やかしておったから今回のようなことになってのではないのか?」
「そうね。クリスちゃんが危ない目にあったのは全部私の所為。認めるわ。だから、もう二度と離さない。目が覚めてご飯を食べて、お茶を飲んで。遊んで、お昼寝して、ご飯を食べて、眠るまで。全部全部私が面倒を見てあげる。私がこの子を幸せにしてあげる。私の命令をちゃんと聞いてくれるかっこいい旦那様も見つけて、赤ちゃんには最高のお洋服を着せて、いつまでもクリスちゃんが幸せでいられるように、全部私が面倒を見てあげるわ」
「……その娘を“支配”するつもりか?」
「いいえ。自由にさせてあげるわ。私の目の届くところで、なんでもさせてあげる」
「それを支配じゃと言っておるのじゃ」
「この子はまだ子供だから仕方ないのよ。だからお姉ちゃんの私が面倒を見てあげなくちゃ…」
「第3王女のセリフとはとても思えんのう…。その娘はもう大人になったのじゃ。成人の儀はとっくに終わったじゃろうが」
――ゴゴゴゴ
世界が歪む
景色が崩れ
身体が押しつぶされそうじゃ…
まったく…
「私こそがこの子の幸せなの。私がこの子の世界なの。私の中にいればみんな幸せになれる。私の中でみんな幸せにしてあげる」
真っ赤に光る眼が
白銀に輝く髪が
ゆらゆらと揺れて
真っ暗な闇のような魔力が部屋中を覆いつくし
儂すらも飲み込もうとしてくる
誰よりも愛が深く
誰よりも甘い
腐ったようなこやつの考え
「バフォメットちゃん…人が望むものってなんだと思う?」
「…そんなもの、本人に聞いてみなければわからんのう」
「いいえ。もっと根柢の話よ。人はみんな心の奥深くで“飼われること”を望んでいるのよ。私の元で、護られて、包まれて、幸せになることを望んでいるの」
「何を言い出すのかと思えば…。そんなおこがましい事、神にだって許されはせんのじゃ」
「じゃあ私が神様も飼ってあげればいい。みんなみんな私が飼ってあげる。私が、みんなを幸せにしてあげる」
「今回の事で少しは反省したかと思えば…。こんな小娘一人手懐けられんお主には不可能じゃ」
「ええ。そうね。私は甘かった。やっぱり、ちゃんと繋いでおくべきだったのよ。だから、もう離さないわ。私が鎖で縛りつけてでも、もう、この子を離さない」
「そうやって、その小娘の心までもしばりつけて、か?」
「そうよ。心を持つが故に絶望に向かうなら、心すらも縛ってしまえばいい。簡単な事じゃない。ほら、バフォメット、いいえ、“サタナキア”あなたも私が飼ってあげる…」
ゾワリ と
背筋が凍りそうになる
泥水の様な魔力が儂を包み込んでくる
「リスティア。お主は馬鹿者じゃな」
「え?なぁに?」
「自由なき支配など…」
「完全な支配のもとで人は完全な自由を得られるの」
「お主は引きこもりすぎじゃ。もっと世界を知らねばならぬ」
「世界なら知ってるわ。争いと混沌。悲劇と惨劇。そんな世界。私が壊して見せる。そして、私の支配で世界は永遠の平和と、完全な自由を」
「それではお主一人の部屋と何も変わらぬな」
「…何が言いたいの?」
「お主は他人を信じておらぬ」
「自分と違う考えを持つ者をどうやって信じろっていうの?」
「…それ故の支配か」
「世界を私が支配し、教育し、導いてあげるの。そうすれば争いは起きないわ。みんなが幸せになれるの」
「それでは人は明日へは向かえぬ」
「どんな日だって明日は来るわ」
「今日と同じ日が繰り返されるだけの世界にどんな意味があるというのじゃ?」
「それは今だって同じでしょ?争って争って、戦って戦って。傷ついて傷つけて。そんな世界を私が幸せに満ちた楽園に変えてあげるの」
「人の心を奪って、みんなを自分と同じにして、自分ばかりの閉じた世界に君臨して。ふぉふぉ。まるでお人形遊びじゃな」
「………貴女は…」
――ゴゴゴゴゴ
世界が揺れる
リスティアの怒りに呼応して
「…すまぬのう…お主をそんな風にしてしまったのは儂の責任じゃ。お主は昔から人一倍優しかったが、人一倍潔癖じゃった。世界から目を背けようとするお主に、無理やりにでも世界を見せてやるべきじゃったのじゃ」
「世界なら知ってる!人間と魔物の争いの歴史を!愚かな神に支配される哀れな人々を!だから私が救うの!お母様の甘いやり方じゃだめなの!それは今回の事でもよくわかった。お母様や貴女達が思っている以上に人間たちは愚かで、世界はずっとずっと汚れてるの!私が綺麗にしなくちゃいけない!私が全部管理して、支配して、全てを私が!」
「…最善と最悪しか見ないのは、愚か者のやることじゃ。その小娘を見てみよ。そやつは自分の足で世界に踏み出した。自分の目で、世界を見た。その結果、失敗はしてしまったが、今、まさにそ奴は大きなことを学ぼうとしておる」
「それでこんなに傷ついて、かわいそうなクリスちゃん」
「くっく…かわいそうなリスティアちゃん…」
儂はあまりにもリスティアが哀れでからかってしまう
それを聞いた瞬間
「サタナキアァァァァ!!!」
リスティアは普段の優しげな甘ったれた表情から一変し
心の全てを黒い感情に支配された様な形相で儂を睨みつける
リスティアの目が闇に包まれ、その闇の中で怒りの炎が燃え上がる
言葉と共に衝撃波のような魔力が飛んできて
儂の身体を吹き飛ばそうとする
城が軋み、大地が揺れる
奴の気が世界を覆い、大気を怒りに燃え上がらせる
「ふぉっふぉ。爽快な魔力じゃな」
「私の、私のどこがかわいそうだ!私は、私はぁぁぁぁ!」
「なんじゃ?可愛そうだと言われて怒っておるのか?ふぉっふぉ。何とも器の小さい奴じゃ。そんな小物が「世界を支配する」などとほざいておったのか?世も末じゃのう」
「黙れぇぇぇ!許さない。私は、私は王女だ!私が世界を護らなくちゃいけないんだ!」
「ほほぅ…。その“重荷”がお主をそこまで歪めてしまった原因かのう?」
「黙れぇぇぇ!お前なんかが、お前なんかに私の何が分かる!」
「全てじゃ」
儂の言葉にリスティアが驚きの表情を浮かべる
何とも哀れな小娘じゃ…
「お主のような小娘の考えなぞ、角の先から尻尾の先まで透けて見えるのじゃ。お主がそれほどまでに支配に固執する理由も、そうやって怒り狂う理由もたった一言で言ってやれるのじゃ」
「……言ってみろ…。そんなこと、できるわけがない。私がこれほど考え、これほど悩んでいるというのに!そんなことができるはずが!」
「お主はただ、「寂しかった」だけじゃ」
「な………」
リスティアは意表を突かれたように驚き
そして、目を泳がせて思案し
その挙句に固まった
「お主はクリステアが大人になって、自分から離れていくのが怖かったのじゃ。寂しかったのじゃ。それをあんなに横行な言い訳をくっつけおって…。まぁ、同じように、自分から離れていく妹たちを何人も見てきたお主じゃ、その寂しさは身に沁みついておったのじゃろう。それに、何より、お主は昔から一人で考えるのが好きな子じゃった。父も母も、お前だけをかわいがってやることもできなかった。お主はただ、ずっと寂しかっただけなのじゃ」
「そんな…ちが…私はみんなのお姉ちゃんだから…」
「その前に、お主は2人の姉の妹でもあるのじゃ。まぁ、あ奴らはお主よりも数段賢く、大人じゃからな、甘えにくかったのは仕方がないのじゃ。お主は、こう言ってはなんじゃが、あまり頭のいい方ではない。力だけは人一倍じゃが、まだそれを御するだけの心ができておらんのじゃ。安心するのじゃ。お主も、まだまだ先は長いのじゃ。そのうち、心が身体に追いつく時が来るのじゃ。そうすれば、その小娘の気持ちもわかってやれる時が来る」
「違う…私は、私はお姉ちゃんなの!この子のお姉ちゃんなの!私がしっかりしなくちゃ…いけないの……」
「お主が思っておるよりも、その小娘はもう大人になりつつあるのじゃ。見届けてやるのじゃ。それも、よき姉の務めじゃ…」
「う、うぅ…やだよ…私…クリスちゃんがいないと…う…うぅ……」
「……はぁ…。なんじゃ、単にお主がそやつに甘えておっただけではないか…」
「ふぇ?……あ、あうぅ…どうしよぉ…私…おねえちゃん失格だ……う…うえぇぇぇぇん」
膨大な魔力をまき散らしながら、涙を流す小娘
儂はその身体を抱きしめ
「大丈夫じゃ。お前ほど妹思いな姉はおらん。誇ればいい。立派な妹たちを持って、幸せだと、誇ってやればいいのじゃ」
「う、うぇぁぁぁぁん。“お姉ちゃぁぁぁぁん”…」
「ふぅ…呼び方が昔に戻っておるぞ?」
「うえぇぇぇぇん。だって、わたし…おねえちゃんと…」
「『大人になったら、もう“お姉ちゃん”から卒業する』んじゃなかったのか?ふぉふぉ。まだまだ、お主は子供じゃのう…」
儂は、子供に戻って泣きじゃくるリスティアを“おねえちゃん”として、慰めてやった
「ほれ、もう泣き止むのじゃ。クリステアに泣き顔を見られては姉の面目も立たんであろう?」
「う…ひぐ…うん…。ぐず…」
「ほれ、自分の部屋へ戻れ。泣いておっても仕事はなくならんのじゃ。お主の妹がやらかした戦、姉のお主が責任を取ってやるのじゃろう?」
「う…うん。私、お姉ちゃんだから…」
「儂の方で必要な書類は揃えておいたのじゃ。後はお主がサインをするだけじゃ。その後は、この小娘と一緒に、存分に父に怒られてくるといいのじゃ」
「うん……わかった…。 ねぇ、バフォメット…」
「なんじゃ?」
「ごめんね…」
「良いのじゃ。 …また、辛くなったら、いつでも儂に甘えればよいのじゃ」
「うん…。 ねぇ、最後に…ううん。もう一度、おねえちゃんって、呼んでもいい?」
「ふぉふぉ。甘えん坊め…」
「お姉ちゃん。大好き!」
――ぎゅ〜〜〜〜〜!
「のわぁぁぁぁ!ち、乳に!首がぁぁぁ!!」
「うへへ〜。おねぇ〜ちゃ〜ん♪」
「ちょ、ぎ、ギブなのじゃ!!」
「えへへ〜。ちっちゃなおねえちゃん。いいにおい〜」
「く、首が折れ…あ…………」
「うふふ。またね、お姉ちゃん。私、お仕事頑張るねぇ〜♪」
――バタン
薄れた意識の中
リスティアが部屋を出て行った気がした…
「へぇ〜…。姉さまもあんな顔するのね…」
「…あ…うご………」
「あれ?ちょっと?バフォメット!?大丈夫!?!?」
「きゅ〜〜〜…」
「バフォメットぉぉぉ!!?」
――まぁ…いい奴だったよ……
「まったく…。あやつは自分の乳が凶器だとちゃんと認識するべきなのじゃ!」
「おっぱいに押しつぶされて死亡って…ある意味幸せよね…」
「そんなわけあるか!首がまたもや鞭打ちなのじゃ!」
「ななめ45度に傾いたバフォメット…ある意味ホラーね」
「……お主、案外平気そうじゃのう…」
「え?」
「もっと落ち込んでおるのかと思っておったのじゃ」
「そうね…。死にたいほど落ち込んだわ。でも、いつまでも落ち込んでたって仕方ないし…。それに、姉さまもあんな風に悩んだりしてるんだって、そう思ったら、私も落ち込んでられないわ。だって、シェルクを助けられるのは私たちしかいないんだから…」
「……お主、いったいいつから話を聞いておったのじゃ?」
「ん〜…最初から?」
「……てっきりリスティアに洗脳されかけて意識を失っておったのかと思っておったのじゃ…」
「そうねぇ。姉さまがあんな風に力を使うのは意外だったけど、私もシェルクと会って、自分の力の使い方を知ったから。ずっと心の中で抵抗はしていたの」
「……お主は本当に…狸根入りのうまい奴じゃのう…」
「あはは。それ、シェルクからも言われた」
「この立ち直りの速さ…。全く、誰に似たのかのう…」
「ん?なぁに?」
「いや、なんでもないのじゃ」
儂が感傷に浸っていると
「クリスさん!?」
小僧が飛び込んできた
「ニアくん!? どうしたの?」
「『どうしたの?』じゃありませんよ。なんですか!?さっきの馬鹿げた魔力は…」
「ほほぉ。お主も感づいたか?」
「バフォメット様…。『感づいた』、どころじゃありませんよ。魔力に当てられてバラガスさんは倒れてしまうし、カロリーヌさんも…」
「ほほぉ…流石はリスティアじゃのう」
「リスティア姫!?いったいここで何があったんですか!?」
「ん〜。姉妹喧嘩?」
「ふぉっふぉ。姉妹喧嘩か。その通りじゃのう」
「なっ!?……。姉妹喧嘩で城を壊す気ですか?…廊下で魔物の兵たちも体調を崩しておられるようでしたよ?」
「なんと!?それはまずいのじゃ!」
「あんな膨大な…それも怒りに満ちた魔力を…」
「ニアくんは案外平気そうね」
「僕は昔ちょっと…まぁ、訓練を積んでいますからね」
「へぇ…」
「それより、兵たちはどうなっておるのじゃ!?」
「魔力の質が悪かったようで、狂暴化や暴走はしていないみたいですが、当てられて体調を悪くされているみたいでした」
「それはいかんのじゃ!小僧。儂は皆を見てくる。クリステアを頼むのじゃ」
「頼むって…僕は一応客として招かれてはいますが、人間ですよ?いいのですか?」
「ふむ…。おお、そうじゃ。お主は魔女のルティじゃろ?」
「え゛っ!?」
「あはははは。ルティちゃん。私の事、護ってね♪」
「ふぉっふぉ。そういう事じゃ」
小僧にクリスを押し付け、儂は急ぎ兵たちの元へ向かったのじゃ
背後から小僧の声が聞こえた気がするが、聞こえないのじゃ
12/08/26 16:10更新 / ひつじ
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