第二十一話 ルキウスの策略
――魔王城を含む世界最大の魔界北西部 ソフィーリア城
「ちくしょうっ!切れやがった!おい!優男!さっさとシェルクを返しやがれ!」
「…無駄ですよ、バラガスさん。それは向こうからの音声振動を受信するだけの装置ですから…」
「ちっ!」
その城中に響き渡りそうなバラガスさんの大声
それとは対照的にニアくんとカロリーヌさんはずっと難しそうな顔をしていた
私はシェルクの無事な声を聞いて安心しつつもどうしていいかわからずにあたふた
「カロリーヌさん。どう思います?」
「難しいところですねぇ。まだ相手の今後の出方を伺わない限りぃ〜、何とも言えないんじゃないでしょ〜かぁ?」
「ねぇ、ちょっと。いったいどういう事なの?シェルクは大丈夫なの!?」
私は思案している二人を呼び止める
魔女の服を着替えて、未だ帽子だけは被ったニアくんがこちらを見て
「わかりました。とりあえず一旦状況を整理するためにも順を追って我が国の現状、そして考えられるフリーギアの狙いを確認していきましょう」
「お願い…」
私、そしてバラガスさんがニアくんに注目する
「まずはガラテアの現状です。先の戦で負傷した兵、そして魔界やガラフバルへ連れて行かれてしまった兵を除いて、現在の兵力はおよそ3500。北部の兵をかき集めても精々5000です。
対するフリーギア軍はガラテアに最も近い都市、首都フューゲルの首都防衛軍だけで6000。その上今回の戦でガラテアへ派遣された兵3000のうち首都に残留している兵を合わせれば現段階でもガラテアの総兵力を上回る兵力を持っています。フリーギアの総兵力は軽く5万と言われていますから、戦いが長引けばその分だけこちらが不利になります。その上にこちらは城下町、およびガラフバルに近い街の市民を、それも女性や子供ばかりを4万人近くも人質に取られている状態です。 この状況で戦を仕掛けることはできません」
「市民が囚われている場所は?」
バラガスさんが先ほどとは打って変わって落ち着いた口調で尋ねた
「フューゲルの北部に位置するガラテアにも隣接した中規模の街ですね。しかし、厄介なことにガラテア側には高い城壁が築かれています。かつて魔界からの侵攻を長きに渡って退けてきた要所とも言える場所です」
「ちっ。人質を奇襲解放するのも難しいってわけか…」
「ええ。それに先ほどのルキウス陛下の話が本当ならばクレアさんはガラテアのおよそ半分の領土をフューゲル城にいながらに監視することができるということになります…。そもそも奇襲自体が通じないでしょう」
「そいつは厄介だな…」
「そこで戦以外の方法で市民、そしてシェルク様の返還を求めるしかなくなるわけですが…。そこに問題があります」
「ん?どういうことだ?」
「敵の狙いが不明瞭だという事です。ルキウス陛下、いや、フリーギア側が今回の戦で最も欲しがっていたものはガラテアとの友好です。ガラテアと同盟を結び強固な関係を築くことでガラテアが今回の戦で勝ち取った魔王軍との不戦協定を自国にも有効なものとするのが何よりの戦果であるはず。それが、この様な手段に出てしまってはガラテアとの友好などとても…」
「ん?んん?どういうことだ?なんだかよくわからねぇんだが…」
「あのねぇ〜、バラちゃん。フリーギアはぁ〜本当ならうちと仲良くなるためにぃ〜、私たちのぉ、機嫌を取らなきゃいけないところなのよぉ〜?なのに、シェルクちゃんやみんなを人質に取ったりしたらぁ〜、ほらぁ〜バラちゃんも私たちも、それにぃ〜みんなだって怒っちゃうわよねぇ〜?」
カロリーヌさんがゆったりとした口調で分かりやすく解説してくれた
と、そこで引っかかったことがあった
「あれ?でも、まだフリーギアは表立って民を人質にしたわけでも、シェルクを人質にしたわけでもないのよね?」
「ん〜?でモォ〜、それって同じことよねぇ〜?時間が経っちゃったらぁ〜、家族と無理やり引き離されちゃったみんなは当然怒るわけだしぃ〜…」
「………いや、待ってください」
私の言葉にカロリーヌさんが説明を付け加えようとした、その時
ニアくんがさらに難しそうな顔をして話を遮った
どことなく大きな帽子のつばに隠された表情は青ざめているようにも見える
「クリスさんの言う通りです…。確かにガラテアの民は未だガラテアの現状を把握していない。その上フリーギアは“表向きは”「まだガラテアが魔界からの侵略を受ける可能性があるから」ともっともらしい理由を付けて民を保護している」
「何言ってるのよ!魔物は一度した約束を破ったりしないわ!」
私は思わず大きな声を上げてしまった
「ええ。クリスさん…それはわかっていますよ。でも、民や多くの臣下はそんな事実を知らずに魔物を恐れているのです…。特に何度も魔界からの侵攻を受けてきたこの国の民は…」
「そんな……」
「おい、ニア。ちょっと待て。例えそうだとしてもそれとさっきまでの話と、何が違うってんだ?」
「大きく違うんですよ。4万の民の命は未だフリーギアに握られたままです。しかし、そのことを民は知らない。しかし一部の臣下、そして僕たち、誰よりもシェルク様にとっては人質と何も変わりはしなかった」
「ん?」
「つまり、4万の人質は初めからシェルク様1人を捕まえるための餌でしかなかったのです」
「な……そりゃぁいったい……」
「恐らく僕の予想が当たっているなら、この魔王軍との不戦協定が正式に結ばれたときに4万の命は無事に解放されるでしょう。そしてガラテアには一見平和が訪れるわけです。しかし、その裏では国中のほとんどの民が知らないところで、国を治めるべき王が囚われている」
「なっ!?」
「で、でも私たちが国民に伝えたらそんなの意味ないわよね?」
「いえ…。僕らは誰一人その事実を伝えることができません」
「なんでだよ!?」
「…囚われたシェルク様が“魔物 バフォメット”だからですよ…」
「な……ぁ……なんてこった……」
バラガスさんが今まで見たこともないほどショックを受けてその場に膝をついた
私も喉が震えて、膝も震えて、今にも崩れ落ちそうだった
「シェルク様は“女王シェルク”としてではなく“バフォメットのシェルク”として捕えられてしまった。もしそれがフリーギアによって“魔界の幹部、バフォメットを捕縛した”なんて発表されてしまったなら、もう取り返しのつかないことになってしまいます。大物の魔物を捕縛したことに民は喜ぶでしょう。そうなればシェルク様を救おうと僕らが動くことは世間にとっては悪として映ってしまう。その上、実際は魔王軍とは何もつながりのないシェルク様が処刑されるとしても、魔王軍に助けを求めることもできない。シェルク様は魔物として処刑され、この国は誰にも知られぬまま偉大なる王を失う。そして、指導者の居なくなったこの国を、あのルキウス王は友好という名の浸食によっていずれは侵略するでしょう。それが…恐らくはルキウス王の狙い…」
誰もが言葉を失った…
真実を話したニアくんでさえ唇を震わせ、まるで怯えるように立ち尽くしていた
私はまるで金槌で頭を殴られたように目の前を白黒させて
何も言えずに、何も考えられずにいた
「う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その静けさを打ち破ったのはバラガスさんだった
「お前のせいだ!お前のせいでシェルクは!お前が魔物なんかにしなけりゃ!畜生!なんでシェルクが死ななけりゃいけねぇんだよ!あいつは勇者だ!俺たちの勇者なんだぞ!」
バラガスさんが恐ろしい形相で私の胸ぐらを掴んできた
私は、もう、本当に何も考えられなかった
ただ、ただ、どこまでも胸が痛くて
立っているのか、浮いているのかもわからないような状態で
――ドッ!
「ぐっ……ニ…ア…てめぇ…どういうつもりだ!?」
鈍い音と共に、バラガスさんがうずくまる
その脇には拳を握ったニアくんが、見たこともないような怖い顔をして立っていた
「あなたはそれでも男ですか?彼女は何も悪くないだろ?自分の不甲斐無さを他人の所為にするな」
プラチナブロンドの前髪の隙間からマリンブルーの鋭い眼光がバラガスさんを見下ろしていた
「く…ふざけやがって……。出会ってたかが数年の小僧に何が分かるっ!!?」
「…たかが数年シェルクと居ただけの僕に分かって、なんであなたには分からない?こんな光景を見た彼女がどれだけ傷つくのか…何故分からないんだっ!!?」
普段からは想像もつかないようなニアくんの激しい言葉、表情
そのあまりのニアくんの変貌にバラガスさんが黙り込む
「…………ぐ…。…悪かった…。頭ぁ、冷やしてくる…」
バラガスさんはバツが悪そうに部屋を出て行った
「あ、バラちゃん!」
その後を追うカロリーヌさん
そして
部屋には私とニアくんだけが残された
「すみませんね。クリスさん。バラガスさんに悪気はないんです。ただ、あの人は頭に血が上ると心にもない事を言ってしまうところがあって…」
ニアくんが、呆然としていた私の前に来ていつもの微笑みをくれた
その瞬間だった
――パキ
胸の奥で何かが割れるような音がした
「あ、あぁあ…ど、どうしよう…私…私のせいでシェルクが…あ…シェルク……あ、あああ…あああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!」
もう、限界だったんだと思う
後悔とか
悲しさとか
罪悪感
全部全部痛くて、訳が分からなかった
声が出てるかどうかも分からないくらい
お腹から声を吐き出して
でも
どれほど涙を流しても
どれほど大声を出してもずっとずっと痛くて
もう
どうしようもなかった
「……大丈夫ですよ。シェルク様はきっと助けられます。いいえ。絶対に僕らが助けるんです。考えましょう。ルキウス王が言った1週間。お恐らくはこちらの不戦協定の調印にかかる時間を見越しての事でしょう。逆に言えば、まだそれだけ時間があるんですから…」
ニアくんが励ましてくれている
でも
私の耳にはそんな言葉も
自分の叫び声も
何も入ってこなかった
ただ、
ただ、
自分が犯してしまった罪と
シェルクを失ってしまうかもしれないという悲しみが
胸を締め付けた
「ちくしょうっ!切れやがった!おい!優男!さっさとシェルクを返しやがれ!」
「…無駄ですよ、バラガスさん。それは向こうからの音声振動を受信するだけの装置ですから…」
「ちっ!」
その城中に響き渡りそうなバラガスさんの大声
それとは対照的にニアくんとカロリーヌさんはずっと難しそうな顔をしていた
私はシェルクの無事な声を聞いて安心しつつもどうしていいかわからずにあたふた
「カロリーヌさん。どう思います?」
「難しいところですねぇ。まだ相手の今後の出方を伺わない限りぃ〜、何とも言えないんじゃないでしょ〜かぁ?」
「ねぇ、ちょっと。いったいどういう事なの?シェルクは大丈夫なの!?」
私は思案している二人を呼び止める
魔女の服を着替えて、未だ帽子だけは被ったニアくんがこちらを見て
「わかりました。とりあえず一旦状況を整理するためにも順を追って我が国の現状、そして考えられるフリーギアの狙いを確認していきましょう」
「お願い…」
私、そしてバラガスさんがニアくんに注目する
「まずはガラテアの現状です。先の戦で負傷した兵、そして魔界やガラフバルへ連れて行かれてしまった兵を除いて、現在の兵力はおよそ3500。北部の兵をかき集めても精々5000です。
対するフリーギア軍はガラテアに最も近い都市、首都フューゲルの首都防衛軍だけで6000。その上今回の戦でガラテアへ派遣された兵3000のうち首都に残留している兵を合わせれば現段階でもガラテアの総兵力を上回る兵力を持っています。フリーギアの総兵力は軽く5万と言われていますから、戦いが長引けばその分だけこちらが不利になります。その上にこちらは城下町、およびガラフバルに近い街の市民を、それも女性や子供ばかりを4万人近くも人質に取られている状態です。 この状況で戦を仕掛けることはできません」
「市民が囚われている場所は?」
バラガスさんが先ほどとは打って変わって落ち着いた口調で尋ねた
「フューゲルの北部に位置するガラテアにも隣接した中規模の街ですね。しかし、厄介なことにガラテア側には高い城壁が築かれています。かつて魔界からの侵攻を長きに渡って退けてきた要所とも言える場所です」
「ちっ。人質を奇襲解放するのも難しいってわけか…」
「ええ。それに先ほどのルキウス陛下の話が本当ならばクレアさんはガラテアのおよそ半分の領土をフューゲル城にいながらに監視することができるということになります…。そもそも奇襲自体が通じないでしょう」
「そいつは厄介だな…」
「そこで戦以外の方法で市民、そしてシェルク様の返還を求めるしかなくなるわけですが…。そこに問題があります」
「ん?どういうことだ?」
「敵の狙いが不明瞭だという事です。ルキウス陛下、いや、フリーギア側が今回の戦で最も欲しがっていたものはガラテアとの友好です。ガラテアと同盟を結び強固な関係を築くことでガラテアが今回の戦で勝ち取った魔王軍との不戦協定を自国にも有効なものとするのが何よりの戦果であるはず。それが、この様な手段に出てしまってはガラテアとの友好などとても…」
「ん?んん?どういうことだ?なんだかよくわからねぇんだが…」
「あのねぇ〜、バラちゃん。フリーギアはぁ〜本当ならうちと仲良くなるためにぃ〜、私たちのぉ、機嫌を取らなきゃいけないところなのよぉ〜?なのに、シェルクちゃんやみんなを人質に取ったりしたらぁ〜、ほらぁ〜バラちゃんも私たちも、それにぃ〜みんなだって怒っちゃうわよねぇ〜?」
カロリーヌさんがゆったりとした口調で分かりやすく解説してくれた
と、そこで引っかかったことがあった
「あれ?でも、まだフリーギアは表立って民を人質にしたわけでも、シェルクを人質にしたわけでもないのよね?」
「ん〜?でモォ〜、それって同じことよねぇ〜?時間が経っちゃったらぁ〜、家族と無理やり引き離されちゃったみんなは当然怒るわけだしぃ〜…」
「………いや、待ってください」
私の言葉にカロリーヌさんが説明を付け加えようとした、その時
ニアくんがさらに難しそうな顔をして話を遮った
どことなく大きな帽子のつばに隠された表情は青ざめているようにも見える
「クリスさんの言う通りです…。確かにガラテアの民は未だガラテアの現状を把握していない。その上フリーギアは“表向きは”「まだガラテアが魔界からの侵略を受ける可能性があるから」ともっともらしい理由を付けて民を保護している」
「何言ってるのよ!魔物は一度した約束を破ったりしないわ!」
私は思わず大きな声を上げてしまった
「ええ。クリスさん…それはわかっていますよ。でも、民や多くの臣下はそんな事実を知らずに魔物を恐れているのです…。特に何度も魔界からの侵攻を受けてきたこの国の民は…」
「そんな……」
「おい、ニア。ちょっと待て。例えそうだとしてもそれとさっきまでの話と、何が違うってんだ?」
「大きく違うんですよ。4万の民の命は未だフリーギアに握られたままです。しかし、そのことを民は知らない。しかし一部の臣下、そして僕たち、誰よりもシェルク様にとっては人質と何も変わりはしなかった」
「ん?」
「つまり、4万の人質は初めからシェルク様1人を捕まえるための餌でしかなかったのです」
「な……そりゃぁいったい……」
「恐らく僕の予想が当たっているなら、この魔王軍との不戦協定が正式に結ばれたときに4万の命は無事に解放されるでしょう。そしてガラテアには一見平和が訪れるわけです。しかし、その裏では国中のほとんどの民が知らないところで、国を治めるべき王が囚われている」
「なっ!?」
「で、でも私たちが国民に伝えたらそんなの意味ないわよね?」
「いえ…。僕らは誰一人その事実を伝えることができません」
「なんでだよ!?」
「…囚われたシェルク様が“魔物 バフォメット”だからですよ…」
「な……ぁ……なんてこった……」
バラガスさんが今まで見たこともないほどショックを受けてその場に膝をついた
私も喉が震えて、膝も震えて、今にも崩れ落ちそうだった
「シェルク様は“女王シェルク”としてではなく“バフォメットのシェルク”として捕えられてしまった。もしそれがフリーギアによって“魔界の幹部、バフォメットを捕縛した”なんて発表されてしまったなら、もう取り返しのつかないことになってしまいます。大物の魔物を捕縛したことに民は喜ぶでしょう。そうなればシェルク様を救おうと僕らが動くことは世間にとっては悪として映ってしまう。その上、実際は魔王軍とは何もつながりのないシェルク様が処刑されるとしても、魔王軍に助けを求めることもできない。シェルク様は魔物として処刑され、この国は誰にも知られぬまま偉大なる王を失う。そして、指導者の居なくなったこの国を、あのルキウス王は友好という名の浸食によっていずれは侵略するでしょう。それが…恐らくはルキウス王の狙い…」
誰もが言葉を失った…
真実を話したニアくんでさえ唇を震わせ、まるで怯えるように立ち尽くしていた
私はまるで金槌で頭を殴られたように目の前を白黒させて
何も言えずに、何も考えられずにいた
「う、うあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
その静けさを打ち破ったのはバラガスさんだった
「お前のせいだ!お前のせいでシェルクは!お前が魔物なんかにしなけりゃ!畜生!なんでシェルクが死ななけりゃいけねぇんだよ!あいつは勇者だ!俺たちの勇者なんだぞ!」
バラガスさんが恐ろしい形相で私の胸ぐらを掴んできた
私は、もう、本当に何も考えられなかった
ただ、ただ、どこまでも胸が痛くて
立っているのか、浮いているのかもわからないような状態で
――ドッ!
「ぐっ……ニ…ア…てめぇ…どういうつもりだ!?」
鈍い音と共に、バラガスさんがうずくまる
その脇には拳を握ったニアくんが、見たこともないような怖い顔をして立っていた
「あなたはそれでも男ですか?彼女は何も悪くないだろ?自分の不甲斐無さを他人の所為にするな」
プラチナブロンドの前髪の隙間からマリンブルーの鋭い眼光がバラガスさんを見下ろしていた
「く…ふざけやがって……。出会ってたかが数年の小僧に何が分かるっ!!?」
「…たかが数年シェルクと居ただけの僕に分かって、なんであなたには分からない?こんな光景を見た彼女がどれだけ傷つくのか…何故分からないんだっ!!?」
普段からは想像もつかないようなニアくんの激しい言葉、表情
そのあまりのニアくんの変貌にバラガスさんが黙り込む
「…………ぐ…。…悪かった…。頭ぁ、冷やしてくる…」
バラガスさんはバツが悪そうに部屋を出て行った
「あ、バラちゃん!」
その後を追うカロリーヌさん
そして
部屋には私とニアくんだけが残された
「すみませんね。クリスさん。バラガスさんに悪気はないんです。ただ、あの人は頭に血が上ると心にもない事を言ってしまうところがあって…」
ニアくんが、呆然としていた私の前に来ていつもの微笑みをくれた
その瞬間だった
――パキ
胸の奥で何かが割れるような音がした
「あ、あぁあ…ど、どうしよう…私…私のせいでシェルクが…あ…シェルク……あ、あああ…あああっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁああっ!」
もう、限界だったんだと思う
後悔とか
悲しさとか
罪悪感
全部全部痛くて、訳が分からなかった
声が出てるかどうかも分からないくらい
お腹から声を吐き出して
でも
どれほど涙を流しても
どれほど大声を出してもずっとずっと痛くて
もう
どうしようもなかった
「……大丈夫ですよ。シェルク様はきっと助けられます。いいえ。絶対に僕らが助けるんです。考えましょう。ルキウス王が言った1週間。お恐らくはこちらの不戦協定の調印にかかる時間を見越しての事でしょう。逆に言えば、まだそれだけ時間があるんですから…」
ニアくんが励ましてくれている
でも
私の耳にはそんな言葉も
自分の叫び声も
何も入ってこなかった
ただ、
ただ、
自分が犯してしまった罪と
シェルクを失ってしまうかもしれないという悲しみが
胸を締め付けた
12/08/22 00:51更新 / ひつじ
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