憂鬱な空に、紅い虹。
−−−−−−ボクは、たくさんのことを学んできた。
5年しか生きてきてないけど、同じ年の子供と比べたら数十倍勉強してきたと思ってる。
お父さんもお母さんも国の偉い人たちだった。
将来有望な子どもに育てるために、お父さんとお母さんはいろいろな事をボクに教えてくれた。
ボクは国の偉い人たちから「天才」と呼ばれた。
でも、全然うれしくなかった。
お父さんもお母さんもボクの事を褒めてくれない。
ボクにはたったの一言。
『カシオ、がんばりなさい。』
としか言わなかった。
だからがんばった。
でも、お父さんとお母さんは全然褒めてくれない。
褒めてくれるのは国の偉い人たち。
『どうして褒めてくれないんだろう。』
そんな疑問しか、自分の心には残らなかった。
−−−−−−3年、経ってボクは8歳になった。
ボクは世界第一位の国立学院に飛び級で入学した。
相変わらずボクの周りには褒める事しかしない国の偉い他人と、羨みと嫉妬の目で見る「年上の」同級生の子どもしかいなかった。
全然うれしくなかった。
ボクが本当に褒めて欲しいのは
お父さんとお母さん。
『ボク、がんばったよ。まだがんばらなきゃいけないの。』
そんな事しか思わなくなってきた。
−−−−−−
2年後、ボクは10歳になった。
お父さんとお母さんが
死んだ。
流行り病だった。
ひそひそと近くの大人の声が聞こえてくる。
「まだ10歳でしょう?カシオくん、お気の毒にねぇ・・・。」
気の毒・・・。
気の毒・・・?
別に。
何も感じなかった。
『ただ肉親が死んだ。それだけじゃないか。なにがかわいそうなんだ?何が気の毒なんだ?』
それだけしか 思わなかった。
−−−−−−一人でも、寂しくなんて、ない。
そう思った。
でも、そう思えば思うほど。
目から水が止まらなかった。
とにかく家に居たくなかった。
夜、街を出て近くの小高い丘に来ていた。ここにお父さんとお母さんが埋められている。
ただ一人で、墓の前でじっと立っているだけ。
何も話す事なんて無かった。
でも、なぜかここに足を運んでしまった。
「・・・・・・。」
何も言う事も無く、ただただじっと立って墓を見ているだけ。
−−−
どのくらい時間が経ったのだろうか。
5分くらいかもしれないし、5時間のようにも感じられた。
「・・・。」
『こんな所にいても時間の無駄だ。もう帰ろうか。』
そう思っていたら
不意に、背後に気配を感じた。
どうせ学校の教師か国の偉い他人だろう。と思って、振り返ってみた。
目の前に。
『深紅』が立っていた。
−−−
「アンタ。こんな所でこんな時間に何してるんだい?」
『深紅』が話しかけてきた。
いや、よく見てみると、人の形をしている。
だんだんとその紅い色に目が慣れてきた。
全体をよく目を凝らして見てみると
「・・・サラマンダー。」
だった。
「うん?たしかにオレはサラマンダーだけど、それがどうかしたのか?」
・・・オレ?女の癖してオレ。
こいつは変人・・・いや、変な魔物だ。そう思った。
「・・・で、魔物がボクに何かご用ですか。」
さして興味の無い声でそう言った。
「まぁ人影が見えたから興味本位で来ただけだよ。あとムラムラする。」
「・・・。」
やはり魔物。結局は食べる気だ。
「・・・ご自由にどうぞ。」
またもボクはさして興味の無い声でそう言い放った。
「・・・ふぅん。」
と、サラマンダーの声のトーンが少し低くなった気がした。
「オマエ、オレが今から襲うんだぞ?抵抗するとか、最低限、逃げるとかそういうことしないのかい?」
「・・・別に、しませんよ。ボクはもう何もする事も無く、価値の無い存在ですから。」
そう言い放った。
そう、その通りだ。
ボクにはもう価値なんて無い。ただの『頭のいい人間』だ。
ただ無意味に勉強して、無意味に研究して、無意味に人生を過ごして、無意味に死んでいくだけだ。
ボクを、本当に必要としてくれる人は、もう・・・
「もう・・・この世には、いないんだ。」
ガンッ
「痛っ!」
殴られた。
サラマンダーに。
「ふざけんなテメェ!」
「・・・?・・・???」
何がなんだか訳がわからない。なぜボクは殴られたのだろうか?
「何がそんなちっこい体して『ボクを必要としてくれる人はいないんだ〜。』だ!ダホマ!」
「・・・・・・。」
本当の事じゃないか。しかも、サラマンダーには関係ない。何をそんなに怒っているのか本当に訳がわからない。
「〜〜〜〜〜っ!だぁ〜!くそっ!この腑抜け野郎が!」
・・・魔物にいわれる筋合いはない。
「また明日だ!また明日ここに来い!いいな!絶対だぞ!」
それだけ言ってサラマンダーは夜の闇に消えてしまった。
・・・一体なんだったのだろうか・・・。
−−−−−−朝。寝覚めは最悪だった。
訳のわからないサラマンダーに絡まれて帰ってきた時、時間はもう深夜の1時。
学院の始業は7時。朝起きて家事を一人で全て済ます。その後、身支度を整えて家を出るので大体2時間は必要だ。なので5時には起きないと間に合わない。
結果、あの後風呂に入り課題を済ませてから床についたので睡眠時間はたったの2時間。
「・・・なんだったんだ、あの非常識でモラルのかけらも無いようなサラマンダーは。」
愚痴をついても仕方が無い。今日は朝食を軽くしてさっと皿を洗う。そして身支度を整えて家を出た。
また、退屈な一日が始まる。と、少し憂鬱になりながら。
ちなみに家に自分以外は誰もいない。親戚が引き取るとか全寮制の国立学園に編入させるとかいろいろと話が上がっていたらしいが全部断った。元々居心地が悪いとはいえ、学校を変えるのは正直面倒くさかった。
それに、今このレベルの勉強を手放すと、自分の価値がなくなっていきそうで怖かったんだ。
クラスに行くとすでに何人かの生徒が今日の講義や研究テーマについて話し合っていた。しかし、自分はその話に耳を傾けようともせずに自分の定位置に座った。
窓際最後列。ここがボクの学院で、唯一の居場所だった。誰にも邪魔されない、誰も自分を見ない。そんな静かで唯一の場所。
そこでいつも講義の内容を聞きながら、自分の研究テーマについて研究するのが日課だった。
講義が始まっても自分は適当に講義の内容を聞き流す程度だ。
この学院は最高レベルの学術を持っているらしいのだが、自分はそれを8歳の時に論破してしまった。
だから自分はある程度自主的に研究が出来る。むしろその研究テーマが今後の講義にもなるくらいだ。
今日の講義は適当にノートを取って、後は自分の研究テーマについて進めよう。そう思った。
−−−今日の講義が終わったので帰ろうと思った。
そのときに、ふとあのサラマンダーの言葉を思い出す。
『また明日ここに来い!絶対だぞ!』
「・・・。」
考えるまでもない。
「行かないよ。面倒くさい。それに、義理もない。意味も無い。」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやいて、家に向かった。
−−−−−−朝。寝覚めは最高だった。
昨日が昨日だったからか、よく眠れ、すっきり起きられた。
ゆったりと朝食を取って身支度を整え、家を出る。
また、退屈な一日が始まる。と、憂鬱になりながら。
講義も退屈そのものだった。今日は自分の研究テーマに全く関係のないものだったのでノートも取らずに、自分の研究の没頭していた。と、横から女生徒達の会話が聞こえてきた。
「ねぇ聞いた?昨日国立墓地で紅い魔物がいたんだって。」
「へぇ、それで国は退治したの?」
「ううん。詳細はよくわからないんだけど、朝までずーっとカシオくんのご両親のお墓の前で座ってたらしいんだって。」
「・・・。」
明らかに女生徒達が自分のほうを見ているのがわかる。でも自分はそれにわざと気がつかない振りをした。
「じゃあ、もしかしてカシオくんって・・・。」
「そこの生徒二人!私語と余所見は厳禁だ!なにか質問があるのか?」
注意を受けて女生徒二人はそれ以上は何も話さなかった。
「・・・。」
まさか、ね。
−−−−−−夕方。講義が終わったので帰ろうと思った。
が、今日は少し寄っていくところがある。そう、墓地だ。
あれから丸一日が経過しているんだ。待っているはずないだろう常識的に考えて・・・。
そう思っていた。しかし
「おっせーぞ!どんだけ待たせる気だよ!」
いた。
深紅の髪に真紅の炎。
サラマンダーだ。
「・・・。」
ありえないだろ・・・。なんで丸一日こんな所で待ってるんだ・・・。
「まぁいいや。結果的には来たんだからよしとするか!」
歩み寄ってきてボクの頭を乱暴に撫でる。
「や、やめてくださいよ!」
「なんだ?照れてるのか?ホレホレ♪」
さらに乱暴に頭を撫でる。正直痛いからやめて欲しい。
「・・・それで、ボクに何のようですか。」
自分から話を切り出す。さっさと済ませて帰りたかった。
「そうだった。用があるんだった。えーっと・・・なんだっけ?」
「・・・。」
それをボクに聞かれても困る。鳥頭か、このトカゲは。
「うーんと・・・。そうだそうだ!聞きたい事があるんだが、この墓、オマエの親のか?」
「・・・そうですけど、何か?」
「家族はほかにいないのか?」
・・・本当に何なんだこの魔物は。人の個人事情にずかずか土足で入り込んできて・・・。
「・・・いませんけど。」
「そうか、よっしゃ!決めた!」
いきなりサラマンダーは何か閃いたような声を出して、そしてボクにこう言った。
「オレがオマエの姉になってやるよ!」
「結構です。」
即答で切り返した。
「な!もう少し考えてから何か言えよ!」
「結構です。」
「何でだよ!家族が増えるんだぞ!やったね!だろ!」
「・・・。」
魔物が家族に。そんなの、非常識すぎて考えるのもばかばかしい。
「魔物が人間の家族になれるわけないじゃないですか。」
「じゃあオマエがインキュバスになればいいんじゃね?」
「馬鹿ですかあなたは。」
「今馬鹿って言ったか!?言ったよな!」
・・・ほんと、何なんだこのトカゲは。
「・・・寂しく、ないのかよ。」
「全然。人はいつか死ぬんです。それが早くなっただけでしょう?」
「・・・確かに・・・そうだけどさ・・・。」
むしろ寂しい、なんて思わない。ただ親が死んだだけだ。
「・・・それで、結局あなたはボクに何の用があるんですか。」
「だから、オマエの姉に!」
「結構です。」
「何でだよ!」
「だから・・・〜。」
このやり取りが何回か続いた。物分りの悪すぎる魔物だ。物事を理論的に考えられないのか?この魔物は・・・。
「無理なものは無理です。」
「なんで無理ってわかるんだよ。」
「は?」
「まだ何もしていないだろ?行動も起こさずになんで無理ってわかるんだよ。」
理論的に考えて無理だろ。いや、常識的にも考えて無理だろ。
「行動を起こすまでもなくわかるからです。」
「ありえないね。」
「少し考えればわかります。」
「・・・。ホント、頭の固いぼっちゃんだな、オマエ。」
「それこそありえませんね。学者は頭をやわらかくして物事を考えなくてはいけないからです。」
「・・・。」
「・・・。」
沈黙。ボクとサラマンダーは立ったまま動かずに、じっと黙っていた。
「なぁ・・・。」
沈黙を破ったのはサラマンダーだった。
「なんでしょうか。」
「『考える』って、そんなに大切か?」
当たり前だろ、常識的に考えて。
「そんなの当たり前でしょう。仮定から道筋を作って、結論を出す。それが成り立ってはじめて行動に移して、成功するんです。」
「じゃあ、成功しなかったら?」
「また一から仮定を作ります。その繰り返しです。」
「ふぅん・・・。」
また沈黙。さっきから何が言いたいのか・・・。このサラマンダーは。
「・・・まぁいいや。今日はもう帰るわ。じゃな。」
「・・・。」
サラマンダーはまたいつかと同じように夜の闇に消えていった。
辺りはいつの間にか真っ暗になっていた。
−−−−−−今思うと不思議でしょうがなかった。
なぜあのサラマンダーにあそこまでボクの事を話したのか。
「・・・。」
こればかりは考えても結論は出なかった。
「・・・ご飯食べて寝よう。今日は疲れた。」
そしてまた不思議なことに、寝るときになって疲れが心地よく感じた。
−−−−−−朝。寝覚めはよかった。
だが、気持ちは複雑だった。なぜ、昨日はあんなにも疲れたのにこんなに心地よく目が覚めたのか。
そして、まだ起きたばかりなのに「今日もあの墓地に行ってみよう。」と、無意識に考えているボクがいる。
朝食を取って身支度を整える。そして家をでて学院に向かう。
また退屈な一日が始まる。
といった憂鬱な気持ちもなぜかなくなっていた。
学院にて連絡事項があった。「最近、国立墓地に魔物が出るようになった。生徒は特別な用事がない限りは立ち寄らないように。」だそうだ。
「・・・。」
間違いなくあのサラマンダーだよな・・・。
そして講義行く途中に主任の教師に呼び出された。
「カシオ君。聞きたい事があるのだが、最近墓地に魔物が出るようになったのは、朝の連絡事項で聞いているね?」
「はい。それがどうかしましたか?」
「いや、その魔物が必ず君のご両親のお墓の前に立っているからね・・・。何か心当たりがないか、聞きに来たのだよ。」
「・・・。」
ない。といえば嘘になる。
というか、その魔物に直接かかわりがある。しかし、そんな事を言ったら何をされるかわかったもんじゃない。
「・・・いえ、何も。」
「・・・そうか。呼び出してすまなかった。今度の研究テーマの論文、楽しみにしてるよ。」
「・・・光栄です。失礼します。」
−−−−−−夕方、墓地。
またここに足を運んでいた。今日は別に呼び出しもない。約束もない。
なのにまたここに来ていた。自分の意思で。
そして、深紅の髪、真紅の炎がお墓の前に座って、待っていた。
「よ。今日は早かったじゃねぇか。」
「・・・別に。ちょっと時間が余っただけですよ。」
「ふーん・・・。ほれ、食うかい?」
そういって一つのりんごをボクに差し出してきた。
「どうも。」
ボクはそれを受け取って、隣に座った。何も躊躇もせずに。
不思議な気持ちだった。なぜボクはこのサラマンダーの前だとこんなにもすらすらと『気持ち』が出てきて、行動が出来るのか、と。
「怪しい薬とか入ってませんよね?」
「そんなモン入れるかアホ!」
「あなたにアホと言われたらお仕舞いですね。」
そんな感じに、ごく自然に言葉が、気持ちが出てくるのだ。
「学校、楽しいかい?」
「別に。ただ研究してるだけですし。」
「何の研究?」
「・・・大した事ありませんよ。面白くもない内容ですし。」
「なんだよ〜教えろよ〜。」
「あなたに言ってもきっと理解できないでしょうから。」
「・・・バカにしてるだろ、オマエ。」
「えぇ。というか馬鹿でしょう?あなた。」
「なんだと!この〜!」
「痛っ!頭を乱暴にかき回さないで下さい!」
そんなやり取りが−−−
「・・・でさ、オレが剣を抜いたらその剣士腰抜けでさ〜!」
「へぇ。」
「・・・すっごい興味なさそうだな。」
「学者ですから。」
「関係なくねぇ?」
「えぇ、関係ありませんね。」
ガンッ
「痛っ。」
そんな、意味も何もない無駄なやり取りが−−−
『楽しい。』そう、無意識に思い始めてた。
ような気がする。
−−−−−−朝。寝覚めはなぜか最高だった。
朝食を取ろうとしたときに、ふと思った。
『あいつ・・・朝もあの墓地にいるのかな・・・?』
そう思った。ボクは朝食をサンドイッチにし、いつもより少し多めに作って身支度をしてとある場所へ向かった。
−−−墓地。
深紅の髪、真紅の炎は、そこにいなかった。
「・・・あれ?朝はいないのか・・・。」
ちょっと待ってみようか。考えていたら−−−
後頭部に強烈な痛みが走った。
「っ・・・!?」
ボクは、目の前が真っ暗になった。
−−−−−−・・・。
目を開ける。まず目に入ってきたのは、薄汚れた石畳だった。
「・・・。」
後頭部が痛い。その痛みで思考がかき混ぜられてうまく回転しない。
「・・・どこ・・・だ・・・?ここ・・・。一体・・・何・・・が・・・。」
そう考えていたら、コツ。コツ。と、石畳を踏む音が聞こえてくる。
その石畳を踏む音は徐々に大きくなってきた。
誰かが来る・・・。
「お目覚めですかな?カシオ君。」
「・・・学院・・・長・・・?」
そう、学院長だ。国立学院の学院長。
その学院長が自分に何のようだろうか・・・。いや、まずは・・・。
「ここは・・・どこなんですか・・・?」
周りを見渡すと、一面石造りで高い位置に通気孔のような窓が開いている。端には簡素なベッドにトイレ。そして何よりも目立つのが−−−
自分と学院長の間にある、『鉄柵』だ。
こんなの・・・まるで・・・。
「見てわからないかね?牢屋だよ。と、言っても勘違いしないでもらいたい。君を犯罪者などという事で牢屋に入れているわけではないのだ。」
意味がわからなかった。牢屋?何で自分がこんな所にいるのだ?
「ここはこの学院・・・いや、この街である意味でもっとも安全な所だ。」
「ではなぜ私はその安全な所に入れられているのですか?」
全く持って見当がつかない。・・・いや、一つだけ心当たりがある。
「それはだな・・・カシオ君。」
「私が魔物と接触していたから。ですね。」
「・・・。」
無言の肯定。自分はその沈黙をそう受け取った。
「君はこの国・・・いや、人類に必要な逸材だ。魔物と接触をして、万が一のことがあってはならん。」
万が一の事・・・。自分が死ぬか、魔物のものとなる事だろう。
「そう、君は人類にとって救世主となれる。その類稀なる知性が、世界を救う鍵となるのだ。」
「・・・。」
・・・意味がわからない。世界を救う?何にも、誰にも必要とされていない自分が、か?
「したがって、心苦しいが魔物が討伐されるまで君はここに隔離される事となった。後は我々に任せてくれたまえ。」
「なん・・・だと・・・?」
討伐・・・だって?
あの・・・サラマンダーが・・・討伐される?
「・・・ダメです。」
「・・・?何かな?カシオ君。」
「ダメです。あのサラマンダーを討伐しては。」
「・・・それはどうしてかな?」
「それは・・・。」
−−−それは・・・なぜだ?
話し相手だったから?
りんごをくれたから?
姉になってやるといったから?
殴られたのをいつかやり返したいと思ったから?
・・・楽しいって・・・思ったから・・・?
『考えるって、そんなに大切か?』
・・・大切だろ、常識的に考えて。
『寂しく、ないのかよ。』
・・・そんなこと、考える暇もなかったからな。
『オレがオマエの姉になってやるよ!』
・・・姉・・・か。
・・・家族・・・。
あいつは・・・どう思ってるのかな・・・。
−−−「・・・家族。」
「家族?カシオ君の家族は確か人間の父親と母親だけだった気がするが。」
そうだったな。あいつは・・・。
「あのサラマンダーも、ボクの家族と同じなんです!」
「・・・。」
学院長の、冷ややかな、またはまるでごみを見るような蔑んだ目で自分を見つめて、言い放った。
「カシオ。君はやはり反逆者だったようだ。」
「・・・っ!」
学院長の脇に立っていた近衛兵が牢屋に入ってくるとスラリ、と剣を抜く。そしてその剣の先を自分の首の上に持ってきた。
「残念だよ。とても。君もやはりあの父の息子というわけか・・・。」
「・・・?どういう・・・意味だ。」
なぜここでお父さんが出てくるのか。意味がわからない。
「そうか、君は知らないのか・・・。君の父が殺された理由が。」
・・・待て、今、何て言った・・・?
「殺・・・された?」
「そうだ。君の父は・・・。」
「新魔物国家に寝返り、わが国の名誉を汚したので処刑したよ。」
・・・そんな・・・嘘だ・・・。
「だって・・・お父さんもお母さんも・・・流行り病で・・・。」
「見せかけた毒殺だ。」
「・・・そんな・・・。」
・・・信じられなかった。まさかお父さんとお母さんを殺した相手の懐で生活していただなんて・・・。
「さて、昔話はここまでだ。私も君には苦しんで欲しくはない。一思いに、首を落とそう。」
そう学院長が言うと、近衛兵は剣を振りかぶる。そしてその姿勢で停止した。
「何か、誰かに言い残す事は無いかね?私が伝えておいてあげよう。」
恐怖で言葉が出なかった。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、嗚咽が漏れる。
「・・・そうそう、君の研究だが、安心したまえ、後は我々が継いでおくよ。」
もうなにも考えられなかった。
これから死ぬ。それが怖い。死にたくない。そんな考えがぐるぐる頭の中を回っていた。
そして何よりも。言葉はこれしか出てこなかった。
「だずげでーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「無事かーーー!チビーーー!」
ガァン!と大きな音がして扉が壊される。
そしてそこから転がり込んできた『色』に目を見張った。
深紅と真紅。
サ・・・
「サラマンダーーーーーーーーーーーー!」
「わりぃ。今度はオレが遅刻しちまったみてぇだな。」
学院長はわなわなと震えている。目の前で何が起こっているのか信じられないと言った感じだ。
「き・・・きさまっ!衛兵どもはどうした!」
「あ〜ん?あんなよわっちぃザコどもが束になってかかってきてもオレの前じゃおがくず同然だぜ!」
意味わかんないよ。
「ぐ・・・蛮族めが・・・。」
近衛兵が剣を構え、サラマンダーと対峙した。
「お?アンタが相手かい?ちったぁ出来るんだろうな?」
「・・・。」
近衛兵は何も答えない。
「でも今のオレはちっとばかしキてるぜ?大切な弟をこんなにされちゃあ姉としてガマンできねぇってか・・・。」
「カクゴ出来てんだろうな、あぁ!?」
チンピラか。
それよりも、さっきから学院長の姿が見えない。
「まさか・・・。サラマンダー!学院長がもしかしたら増援を呼ぶかもしれない!」
「マジかー。んじゃ、とっとと終わらせますか・・・ねぇ!」
と、サラマンダーが叫ぶ。口から黒煙を吐いて辺りは全く見えなくなった。煙幕、というやつか。
「・・・!」
近衛兵は煙幕のせいでサラマンダーを見失ってしまったようだ。というかボクも何も見えない。
「ちょっと・・・ボクも何もみえな・・・げほっげほっ!」
「おぉ?悪い悪い。んじゃ、こんな所はすたこらさっさだぜ!」
といって、天井近くの窓から脱出。
というかどんな身体能力してるのか、このトカゲは。
−−−−−−
「・・・今頃、街は大騒ぎだろうな。」
「そうかねぇ・・・?」
いやいや、あんたが騒ぎ起こしたんだからね?
「・・・これからどうしよう。」
「・・・なぁ。・・・えーっと・・・。」
「・・・?」
サラマンダーが珍しく言葉に詰まってる。どうかしたのだろうか?
「・・・名前。」
・・・そういえば、互いに名前知らないな・・・。
「・・・カシオ。」
「そうか!カシオって名前なのか!よろしくなカシオ!」
サラマンダーがすごい笑顔になった。なんだか、この笑顔を見てるとすごく・・・『安心』する。
「そういえばサラマンダーの名前は?」
「ん?ん〜・・・そういえばオレ名前ってないな・・・。」
「ないの!?」
これには素直に驚いた。
「ないな。」
「うーん・・・じゃあ何て呼べばいいのか・・・。」
「そんな事よりも!とりあえずこれからどうするか。な!カシオ!」
何でうれしそうなのか。訳がわからない。しかも名前の事もそんなことで片付けられた・・・。
「・・・どうしようか。」
考えてみる。でもこれはもう答えが出る事じゃない。答えなんてない。そう、思った。
「まずは腹ごしらえだな!カシオ、なんか採りに行こうぜ!」
・・・。本当に、何を考えているのか。この・・・−−−
「・・・そうだね。行こうか・・・−−−」
「ねぇさん!」
−−−姉は。
−−−−−−
「そういえばねぇさん。」
「ん〜?」
「どうしてボクがあそこに捕まってるってわかったの?」
「勘。」
「えー・・・。」
「なんだ!その残念そうな声は!」
「いや・・・まぁいいや・・・。」
「そうだな・・・まぁなんて言うんだろう・・・。」
「こういうもんじゃない?最後に愛と勇気が勝つストーリーって、さ。」
5年しか生きてきてないけど、同じ年の子供と比べたら数十倍勉強してきたと思ってる。
お父さんもお母さんも国の偉い人たちだった。
将来有望な子どもに育てるために、お父さんとお母さんはいろいろな事をボクに教えてくれた。
ボクは国の偉い人たちから「天才」と呼ばれた。
でも、全然うれしくなかった。
お父さんもお母さんもボクの事を褒めてくれない。
ボクにはたったの一言。
『カシオ、がんばりなさい。』
としか言わなかった。
だからがんばった。
でも、お父さんとお母さんは全然褒めてくれない。
褒めてくれるのは国の偉い人たち。
『どうして褒めてくれないんだろう。』
そんな疑問しか、自分の心には残らなかった。
−−−−−−3年、経ってボクは8歳になった。
ボクは世界第一位の国立学院に飛び級で入学した。
相変わらずボクの周りには褒める事しかしない国の偉い他人と、羨みと嫉妬の目で見る「年上の」同級生の子どもしかいなかった。
全然うれしくなかった。
ボクが本当に褒めて欲しいのは
お父さんとお母さん。
『ボク、がんばったよ。まだがんばらなきゃいけないの。』
そんな事しか思わなくなってきた。
−−−−−−
2年後、ボクは10歳になった。
お父さんとお母さんが
死んだ。
流行り病だった。
ひそひそと近くの大人の声が聞こえてくる。
「まだ10歳でしょう?カシオくん、お気の毒にねぇ・・・。」
気の毒・・・。
気の毒・・・?
別に。
何も感じなかった。
『ただ肉親が死んだ。それだけじゃないか。なにがかわいそうなんだ?何が気の毒なんだ?』
それだけしか 思わなかった。
−−−−−−一人でも、寂しくなんて、ない。
そう思った。
でも、そう思えば思うほど。
目から水が止まらなかった。
とにかく家に居たくなかった。
夜、街を出て近くの小高い丘に来ていた。ここにお父さんとお母さんが埋められている。
ただ一人で、墓の前でじっと立っているだけ。
何も話す事なんて無かった。
でも、なぜかここに足を運んでしまった。
「・・・・・・。」
何も言う事も無く、ただただじっと立って墓を見ているだけ。
−−−
どのくらい時間が経ったのだろうか。
5分くらいかもしれないし、5時間のようにも感じられた。
「・・・。」
『こんな所にいても時間の無駄だ。もう帰ろうか。』
そう思っていたら
不意に、背後に気配を感じた。
どうせ学校の教師か国の偉い他人だろう。と思って、振り返ってみた。
目の前に。
『深紅』が立っていた。
−−−
「アンタ。こんな所でこんな時間に何してるんだい?」
『深紅』が話しかけてきた。
いや、よく見てみると、人の形をしている。
だんだんとその紅い色に目が慣れてきた。
全体をよく目を凝らして見てみると
「・・・サラマンダー。」
だった。
「うん?たしかにオレはサラマンダーだけど、それがどうかしたのか?」
・・・オレ?女の癖してオレ。
こいつは変人・・・いや、変な魔物だ。そう思った。
「・・・で、魔物がボクに何かご用ですか。」
さして興味の無い声でそう言った。
「まぁ人影が見えたから興味本位で来ただけだよ。あとムラムラする。」
「・・・。」
やはり魔物。結局は食べる気だ。
「・・・ご自由にどうぞ。」
またもボクはさして興味の無い声でそう言い放った。
「・・・ふぅん。」
と、サラマンダーの声のトーンが少し低くなった気がした。
「オマエ、オレが今から襲うんだぞ?抵抗するとか、最低限、逃げるとかそういうことしないのかい?」
「・・・別に、しませんよ。ボクはもう何もする事も無く、価値の無い存在ですから。」
そう言い放った。
そう、その通りだ。
ボクにはもう価値なんて無い。ただの『頭のいい人間』だ。
ただ無意味に勉強して、無意味に研究して、無意味に人生を過ごして、無意味に死んでいくだけだ。
ボクを、本当に必要としてくれる人は、もう・・・
「もう・・・この世には、いないんだ。」
ガンッ
「痛っ!」
殴られた。
サラマンダーに。
「ふざけんなテメェ!」
「・・・?・・・???」
何がなんだか訳がわからない。なぜボクは殴られたのだろうか?
「何がそんなちっこい体して『ボクを必要としてくれる人はいないんだ〜。』だ!ダホマ!」
「・・・・・・。」
本当の事じゃないか。しかも、サラマンダーには関係ない。何をそんなに怒っているのか本当に訳がわからない。
「〜〜〜〜〜っ!だぁ〜!くそっ!この腑抜け野郎が!」
・・・魔物にいわれる筋合いはない。
「また明日だ!また明日ここに来い!いいな!絶対だぞ!」
それだけ言ってサラマンダーは夜の闇に消えてしまった。
・・・一体なんだったのだろうか・・・。
−−−−−−朝。寝覚めは最悪だった。
訳のわからないサラマンダーに絡まれて帰ってきた時、時間はもう深夜の1時。
学院の始業は7時。朝起きて家事を一人で全て済ます。その後、身支度を整えて家を出るので大体2時間は必要だ。なので5時には起きないと間に合わない。
結果、あの後風呂に入り課題を済ませてから床についたので睡眠時間はたったの2時間。
「・・・なんだったんだ、あの非常識でモラルのかけらも無いようなサラマンダーは。」
愚痴をついても仕方が無い。今日は朝食を軽くしてさっと皿を洗う。そして身支度を整えて家を出た。
また、退屈な一日が始まる。と、少し憂鬱になりながら。
ちなみに家に自分以外は誰もいない。親戚が引き取るとか全寮制の国立学園に編入させるとかいろいろと話が上がっていたらしいが全部断った。元々居心地が悪いとはいえ、学校を変えるのは正直面倒くさかった。
それに、今このレベルの勉強を手放すと、自分の価値がなくなっていきそうで怖かったんだ。
クラスに行くとすでに何人かの生徒が今日の講義や研究テーマについて話し合っていた。しかし、自分はその話に耳を傾けようともせずに自分の定位置に座った。
窓際最後列。ここがボクの学院で、唯一の居場所だった。誰にも邪魔されない、誰も自分を見ない。そんな静かで唯一の場所。
そこでいつも講義の内容を聞きながら、自分の研究テーマについて研究するのが日課だった。
講義が始まっても自分は適当に講義の内容を聞き流す程度だ。
この学院は最高レベルの学術を持っているらしいのだが、自分はそれを8歳の時に論破してしまった。
だから自分はある程度自主的に研究が出来る。むしろその研究テーマが今後の講義にもなるくらいだ。
今日の講義は適当にノートを取って、後は自分の研究テーマについて進めよう。そう思った。
−−−今日の講義が終わったので帰ろうと思った。
そのときに、ふとあのサラマンダーの言葉を思い出す。
『また明日ここに来い!絶対だぞ!』
「・・・。」
考えるまでもない。
「行かないよ。面倒くさい。それに、義理もない。意味も無い。」
そう自分に言い聞かせるようにつぶやいて、家に向かった。
−−−−−−朝。寝覚めは最高だった。
昨日が昨日だったからか、よく眠れ、すっきり起きられた。
ゆったりと朝食を取って身支度を整え、家を出る。
また、退屈な一日が始まる。と、憂鬱になりながら。
講義も退屈そのものだった。今日は自分の研究テーマに全く関係のないものだったのでノートも取らずに、自分の研究の没頭していた。と、横から女生徒達の会話が聞こえてきた。
「ねぇ聞いた?昨日国立墓地で紅い魔物がいたんだって。」
「へぇ、それで国は退治したの?」
「ううん。詳細はよくわからないんだけど、朝までずーっとカシオくんのご両親のお墓の前で座ってたらしいんだって。」
「・・・。」
明らかに女生徒達が自分のほうを見ているのがわかる。でも自分はそれにわざと気がつかない振りをした。
「じゃあ、もしかしてカシオくんって・・・。」
「そこの生徒二人!私語と余所見は厳禁だ!なにか質問があるのか?」
注意を受けて女生徒二人はそれ以上は何も話さなかった。
「・・・。」
まさか、ね。
−−−−−−夕方。講義が終わったので帰ろうと思った。
が、今日は少し寄っていくところがある。そう、墓地だ。
あれから丸一日が経過しているんだ。待っているはずないだろう常識的に考えて・・・。
そう思っていた。しかし
「おっせーぞ!どんだけ待たせる気だよ!」
いた。
深紅の髪に真紅の炎。
サラマンダーだ。
「・・・。」
ありえないだろ・・・。なんで丸一日こんな所で待ってるんだ・・・。
「まぁいいや。結果的には来たんだからよしとするか!」
歩み寄ってきてボクの頭を乱暴に撫でる。
「や、やめてくださいよ!」
「なんだ?照れてるのか?ホレホレ♪」
さらに乱暴に頭を撫でる。正直痛いからやめて欲しい。
「・・・それで、ボクに何のようですか。」
自分から話を切り出す。さっさと済ませて帰りたかった。
「そうだった。用があるんだった。えーっと・・・なんだっけ?」
「・・・。」
それをボクに聞かれても困る。鳥頭か、このトカゲは。
「うーんと・・・。そうだそうだ!聞きたい事があるんだが、この墓、オマエの親のか?」
「・・・そうですけど、何か?」
「家族はほかにいないのか?」
・・・本当に何なんだこの魔物は。人の個人事情にずかずか土足で入り込んできて・・・。
「・・・いませんけど。」
「そうか、よっしゃ!決めた!」
いきなりサラマンダーは何か閃いたような声を出して、そしてボクにこう言った。
「オレがオマエの姉になってやるよ!」
「結構です。」
即答で切り返した。
「な!もう少し考えてから何か言えよ!」
「結構です。」
「何でだよ!家族が増えるんだぞ!やったね!だろ!」
「・・・。」
魔物が家族に。そんなの、非常識すぎて考えるのもばかばかしい。
「魔物が人間の家族になれるわけないじゃないですか。」
「じゃあオマエがインキュバスになればいいんじゃね?」
「馬鹿ですかあなたは。」
「今馬鹿って言ったか!?言ったよな!」
・・・ほんと、何なんだこのトカゲは。
「・・・寂しく、ないのかよ。」
「全然。人はいつか死ぬんです。それが早くなっただけでしょう?」
「・・・確かに・・・そうだけどさ・・・。」
むしろ寂しい、なんて思わない。ただ親が死んだだけだ。
「・・・それで、結局あなたはボクに何の用があるんですか。」
「だから、オマエの姉に!」
「結構です。」
「何でだよ!」
「だから・・・〜。」
このやり取りが何回か続いた。物分りの悪すぎる魔物だ。物事を理論的に考えられないのか?この魔物は・・・。
「無理なものは無理です。」
「なんで無理ってわかるんだよ。」
「は?」
「まだ何もしていないだろ?行動も起こさずになんで無理ってわかるんだよ。」
理論的に考えて無理だろ。いや、常識的にも考えて無理だろ。
「行動を起こすまでもなくわかるからです。」
「ありえないね。」
「少し考えればわかります。」
「・・・。ホント、頭の固いぼっちゃんだな、オマエ。」
「それこそありえませんね。学者は頭をやわらかくして物事を考えなくてはいけないからです。」
「・・・。」
「・・・。」
沈黙。ボクとサラマンダーは立ったまま動かずに、じっと黙っていた。
「なぁ・・・。」
沈黙を破ったのはサラマンダーだった。
「なんでしょうか。」
「『考える』って、そんなに大切か?」
当たり前だろ、常識的に考えて。
「そんなの当たり前でしょう。仮定から道筋を作って、結論を出す。それが成り立ってはじめて行動に移して、成功するんです。」
「じゃあ、成功しなかったら?」
「また一から仮定を作ります。その繰り返しです。」
「ふぅん・・・。」
また沈黙。さっきから何が言いたいのか・・・。このサラマンダーは。
「・・・まぁいいや。今日はもう帰るわ。じゃな。」
「・・・。」
サラマンダーはまたいつかと同じように夜の闇に消えていった。
辺りはいつの間にか真っ暗になっていた。
−−−−−−今思うと不思議でしょうがなかった。
なぜあのサラマンダーにあそこまでボクの事を話したのか。
「・・・。」
こればかりは考えても結論は出なかった。
「・・・ご飯食べて寝よう。今日は疲れた。」
そしてまた不思議なことに、寝るときになって疲れが心地よく感じた。
−−−−−−朝。寝覚めはよかった。
だが、気持ちは複雑だった。なぜ、昨日はあんなにも疲れたのにこんなに心地よく目が覚めたのか。
そして、まだ起きたばかりなのに「今日もあの墓地に行ってみよう。」と、無意識に考えているボクがいる。
朝食を取って身支度を整える。そして家をでて学院に向かう。
また退屈な一日が始まる。
といった憂鬱な気持ちもなぜかなくなっていた。
学院にて連絡事項があった。「最近、国立墓地に魔物が出るようになった。生徒は特別な用事がない限りは立ち寄らないように。」だそうだ。
「・・・。」
間違いなくあのサラマンダーだよな・・・。
そして講義行く途中に主任の教師に呼び出された。
「カシオ君。聞きたい事があるのだが、最近墓地に魔物が出るようになったのは、朝の連絡事項で聞いているね?」
「はい。それがどうかしましたか?」
「いや、その魔物が必ず君のご両親のお墓の前に立っているからね・・・。何か心当たりがないか、聞きに来たのだよ。」
「・・・。」
ない。といえば嘘になる。
というか、その魔物に直接かかわりがある。しかし、そんな事を言ったら何をされるかわかったもんじゃない。
「・・・いえ、何も。」
「・・・そうか。呼び出してすまなかった。今度の研究テーマの論文、楽しみにしてるよ。」
「・・・光栄です。失礼します。」
−−−−−−夕方、墓地。
またここに足を運んでいた。今日は別に呼び出しもない。約束もない。
なのにまたここに来ていた。自分の意思で。
そして、深紅の髪、真紅の炎がお墓の前に座って、待っていた。
「よ。今日は早かったじゃねぇか。」
「・・・別に。ちょっと時間が余っただけですよ。」
「ふーん・・・。ほれ、食うかい?」
そういって一つのりんごをボクに差し出してきた。
「どうも。」
ボクはそれを受け取って、隣に座った。何も躊躇もせずに。
不思議な気持ちだった。なぜボクはこのサラマンダーの前だとこんなにもすらすらと『気持ち』が出てきて、行動が出来るのか、と。
「怪しい薬とか入ってませんよね?」
「そんなモン入れるかアホ!」
「あなたにアホと言われたらお仕舞いですね。」
そんな感じに、ごく自然に言葉が、気持ちが出てくるのだ。
「学校、楽しいかい?」
「別に。ただ研究してるだけですし。」
「何の研究?」
「・・・大した事ありませんよ。面白くもない内容ですし。」
「なんだよ〜教えろよ〜。」
「あなたに言ってもきっと理解できないでしょうから。」
「・・・バカにしてるだろ、オマエ。」
「えぇ。というか馬鹿でしょう?あなた。」
「なんだと!この〜!」
「痛っ!頭を乱暴にかき回さないで下さい!」
そんなやり取りが−−−
「・・・でさ、オレが剣を抜いたらその剣士腰抜けでさ〜!」
「へぇ。」
「・・・すっごい興味なさそうだな。」
「学者ですから。」
「関係なくねぇ?」
「えぇ、関係ありませんね。」
ガンッ
「痛っ。」
そんな、意味も何もない無駄なやり取りが−−−
『楽しい。』そう、無意識に思い始めてた。
ような気がする。
−−−−−−朝。寝覚めはなぜか最高だった。
朝食を取ろうとしたときに、ふと思った。
『あいつ・・・朝もあの墓地にいるのかな・・・?』
そう思った。ボクは朝食をサンドイッチにし、いつもより少し多めに作って身支度をしてとある場所へ向かった。
−−−墓地。
深紅の髪、真紅の炎は、そこにいなかった。
「・・・あれ?朝はいないのか・・・。」
ちょっと待ってみようか。考えていたら−−−
後頭部に強烈な痛みが走った。
「っ・・・!?」
ボクは、目の前が真っ暗になった。
−−−−−−・・・。
目を開ける。まず目に入ってきたのは、薄汚れた石畳だった。
「・・・。」
後頭部が痛い。その痛みで思考がかき混ぜられてうまく回転しない。
「・・・どこ・・・だ・・・?ここ・・・。一体・・・何・・・が・・・。」
そう考えていたら、コツ。コツ。と、石畳を踏む音が聞こえてくる。
その石畳を踏む音は徐々に大きくなってきた。
誰かが来る・・・。
「お目覚めですかな?カシオ君。」
「・・・学院・・・長・・・?」
そう、学院長だ。国立学院の学院長。
その学院長が自分に何のようだろうか・・・。いや、まずは・・・。
「ここは・・・どこなんですか・・・?」
周りを見渡すと、一面石造りで高い位置に通気孔のような窓が開いている。端には簡素なベッドにトイレ。そして何よりも目立つのが−−−
自分と学院長の間にある、『鉄柵』だ。
こんなの・・・まるで・・・。
「見てわからないかね?牢屋だよ。と、言っても勘違いしないでもらいたい。君を犯罪者などという事で牢屋に入れているわけではないのだ。」
意味がわからなかった。牢屋?何で自分がこんな所にいるのだ?
「ここはこの学院・・・いや、この街である意味でもっとも安全な所だ。」
「ではなぜ私はその安全な所に入れられているのですか?」
全く持って見当がつかない。・・・いや、一つだけ心当たりがある。
「それはだな・・・カシオ君。」
「私が魔物と接触していたから。ですね。」
「・・・。」
無言の肯定。自分はその沈黙をそう受け取った。
「君はこの国・・・いや、人類に必要な逸材だ。魔物と接触をして、万が一のことがあってはならん。」
万が一の事・・・。自分が死ぬか、魔物のものとなる事だろう。
「そう、君は人類にとって救世主となれる。その類稀なる知性が、世界を救う鍵となるのだ。」
「・・・。」
・・・意味がわからない。世界を救う?何にも、誰にも必要とされていない自分が、か?
「したがって、心苦しいが魔物が討伐されるまで君はここに隔離される事となった。後は我々に任せてくれたまえ。」
「なん・・・だと・・・?」
討伐・・・だって?
あの・・・サラマンダーが・・・討伐される?
「・・・ダメです。」
「・・・?何かな?カシオ君。」
「ダメです。あのサラマンダーを討伐しては。」
「・・・それはどうしてかな?」
「それは・・・。」
−−−それは・・・なぜだ?
話し相手だったから?
りんごをくれたから?
姉になってやるといったから?
殴られたのをいつかやり返したいと思ったから?
・・・楽しいって・・・思ったから・・・?
『考えるって、そんなに大切か?』
・・・大切だろ、常識的に考えて。
『寂しく、ないのかよ。』
・・・そんなこと、考える暇もなかったからな。
『オレがオマエの姉になってやるよ!』
・・・姉・・・か。
・・・家族・・・。
あいつは・・・どう思ってるのかな・・・。
−−−「・・・家族。」
「家族?カシオ君の家族は確か人間の父親と母親だけだった気がするが。」
そうだったな。あいつは・・・。
「あのサラマンダーも、ボクの家族と同じなんです!」
「・・・。」
学院長の、冷ややかな、またはまるでごみを見るような蔑んだ目で自分を見つめて、言い放った。
「カシオ。君はやはり反逆者だったようだ。」
「・・・っ!」
学院長の脇に立っていた近衛兵が牢屋に入ってくるとスラリ、と剣を抜く。そしてその剣の先を自分の首の上に持ってきた。
「残念だよ。とても。君もやはりあの父の息子というわけか・・・。」
「・・・?どういう・・・意味だ。」
なぜここでお父さんが出てくるのか。意味がわからない。
「そうか、君は知らないのか・・・。君の父が殺された理由が。」
・・・待て、今、何て言った・・・?
「殺・・・された?」
「そうだ。君の父は・・・。」
「新魔物国家に寝返り、わが国の名誉を汚したので処刑したよ。」
・・・そんな・・・嘘だ・・・。
「だって・・・お父さんもお母さんも・・・流行り病で・・・。」
「見せかけた毒殺だ。」
「・・・そんな・・・。」
・・・信じられなかった。まさかお父さんとお母さんを殺した相手の懐で生活していただなんて・・・。
「さて、昔話はここまでだ。私も君には苦しんで欲しくはない。一思いに、首を落とそう。」
そう学院長が言うと、近衛兵は剣を振りかぶる。そしてその姿勢で停止した。
「何か、誰かに言い残す事は無いかね?私が伝えておいてあげよう。」
恐怖で言葉が出なかった。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになり、嗚咽が漏れる。
「・・・そうそう、君の研究だが、安心したまえ、後は我々が継いでおくよ。」
もうなにも考えられなかった。
これから死ぬ。それが怖い。死にたくない。そんな考えがぐるぐる頭の中を回っていた。
そして何よりも。言葉はこれしか出てこなかった。
「だずげでーーーーーーーーーーーーーーっ!」
「無事かーーー!チビーーー!」
ガァン!と大きな音がして扉が壊される。
そしてそこから転がり込んできた『色』に目を見張った。
深紅と真紅。
サ・・・
「サラマンダーーーーーーーーーーーー!」
「わりぃ。今度はオレが遅刻しちまったみてぇだな。」
学院長はわなわなと震えている。目の前で何が起こっているのか信じられないと言った感じだ。
「き・・・きさまっ!衛兵どもはどうした!」
「あ〜ん?あんなよわっちぃザコどもが束になってかかってきてもオレの前じゃおがくず同然だぜ!」
意味わかんないよ。
「ぐ・・・蛮族めが・・・。」
近衛兵が剣を構え、サラマンダーと対峙した。
「お?アンタが相手かい?ちったぁ出来るんだろうな?」
「・・・。」
近衛兵は何も答えない。
「でも今のオレはちっとばかしキてるぜ?大切な弟をこんなにされちゃあ姉としてガマンできねぇってか・・・。」
「カクゴ出来てんだろうな、あぁ!?」
チンピラか。
それよりも、さっきから学院長の姿が見えない。
「まさか・・・。サラマンダー!学院長がもしかしたら増援を呼ぶかもしれない!」
「マジかー。んじゃ、とっとと終わらせますか・・・ねぇ!」
と、サラマンダーが叫ぶ。口から黒煙を吐いて辺りは全く見えなくなった。煙幕、というやつか。
「・・・!」
近衛兵は煙幕のせいでサラマンダーを見失ってしまったようだ。というかボクも何も見えない。
「ちょっと・・・ボクも何もみえな・・・げほっげほっ!」
「おぉ?悪い悪い。んじゃ、こんな所はすたこらさっさだぜ!」
といって、天井近くの窓から脱出。
というかどんな身体能力してるのか、このトカゲは。
−−−−−−
「・・・今頃、街は大騒ぎだろうな。」
「そうかねぇ・・・?」
いやいや、あんたが騒ぎ起こしたんだからね?
「・・・これからどうしよう。」
「・・・なぁ。・・・えーっと・・・。」
「・・・?」
サラマンダーが珍しく言葉に詰まってる。どうかしたのだろうか?
「・・・名前。」
・・・そういえば、互いに名前知らないな・・・。
「・・・カシオ。」
「そうか!カシオって名前なのか!よろしくなカシオ!」
サラマンダーがすごい笑顔になった。なんだか、この笑顔を見てるとすごく・・・『安心』する。
「そういえばサラマンダーの名前は?」
「ん?ん〜・・・そういえばオレ名前ってないな・・・。」
「ないの!?」
これには素直に驚いた。
「ないな。」
「うーん・・・じゃあ何て呼べばいいのか・・・。」
「そんな事よりも!とりあえずこれからどうするか。な!カシオ!」
何でうれしそうなのか。訳がわからない。しかも名前の事もそんなことで片付けられた・・・。
「・・・どうしようか。」
考えてみる。でもこれはもう答えが出る事じゃない。答えなんてない。そう、思った。
「まずは腹ごしらえだな!カシオ、なんか採りに行こうぜ!」
・・・。本当に、何を考えているのか。この・・・−−−
「・・・そうだね。行こうか・・・−−−」
「ねぇさん!」
−−−姉は。
−−−−−−
「そういえばねぇさん。」
「ん〜?」
「どうしてボクがあそこに捕まってるってわかったの?」
「勘。」
「えー・・・。」
「なんだ!その残念そうな声は!」
「いや・・・まぁいいや・・・。」
「そうだな・・・まぁなんて言うんだろう・・・。」
「こういうもんじゃない?最後に愛と勇気が勝つストーリーって、さ。」
12/03/29 12:48更新 / サガク