第三章 流し合い、絡み合い、暖め合い:竜泉郷「龍泉苑」
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竜泉郷。ドラゴニア皇国の隣、ドラゴニア東部に位置する広大な温泉地のことだ。遠い東の異国ジパングの風習を取り入れたここの歴史は古く、ドラゴニア建国時にジパングからやってきた「龍泉さま」によって形を成したらしい。いまではその娘たちである龍が様々な温泉宿の女将となり、この地を活気づかせている。
当然観光客やドラゴニア国民は多く、すれ違う魔物娘やその夫たちのほとんどがジパング独自の独特な服、浴衣を着ていた。至るところにある温泉から立ち上る湯気は夜の温泉街にまで届き、魔宝石の灯る街灯に重なって、霧がかった独特な雰囲気を醸している。
父さんと母さんに連れられ、おれと呈がやってきたのはその温泉宿の中でも一番の規模を誇る「龍泉苑」だ。かの龍泉さまが大女将を務める最大最古の旅館である。
とは言っても宿泊するわけではなく入浴のみ。いつもはもっと小さなところに行っている。今回は呈がいるからだろう。
魔物娘夫婦の二人きりの時間を守るため、浴場のほとんどが貸切制だ。なのにおれたちみたいな入浴だけの客が入れるのは、それだけここの温泉宿は広域に渡って点在しているからだである。
ただし、男女で脱衣所が分けられてないけど。あとほぼ全て混浴。混浴でないところに入ってもなんやかんや混浴になる。
だから、うん。横に呈がいる。
「やっぱり、親睦を深めるには一緒にお風呂に入るのが一番だ」
「ふふ、セルヴィスくんのときもそう言って連れて行ってたよね」
なんて言ってもう脱いでいるお二人。二人の裸はこの三年幾度も見ているのでどうとも思わない。が、真横に呈がいるのは如何ともしがたい。今日会ったばっかりで早速一緒に温泉に入ることになっているんだけども。
いや、ドラゴニア的にごく自然というか割とよくあることらしいけども、それはガイドが魔物娘に対して独身男性の場合であって、ガイドが独身男性の場合はないから。というかこの国におれ以外の独身男性ガイドがいるのか。まだ子供だからおれが独身でいられているだけのような気もする。
「……」
風呂に入ってもいないのにのぼせたかのように、どうでもいいことが頭の中でぐるぐると回る。
しゅるりと衣擦れの音が響いた。つい、いや、もはや引き寄せられるように顔を呈の方へと向けてしまう。彼女の羽織が籠へと収められて、肩を大きく露出させた白い和装の姿になった。それも帯と紐を解いていき、するすると身にまとう和装をその身から落としていくにつれて、仄かに朱を帯びた白い柔肌が露となっていく。うなじから肩、傷ひとつないなだらかな腕に手首にはおれがプレゼントしたブレスレット。手折れてしまいそうなほどの細い指。首から鎖骨、そして小さくも確かな起伏を持つ――。
真っ赤に顔を染める呈と、目が合った。
「っ……!」
やばい。やばいやばい。完全に見蕩れてしまっていた。今まで色々と魔物娘の裸を見ることはあったけど、こんな風に思ったことなかったのに。
しゅるしゅると足首に呈の白蛇が絡む。
前を簡単にタオルで隠した呈が、恥ずかしがるようにおれと視線を合わせず、しかし言葉を紡いだ。
「す、スワローも、早く、脱いで……」
側頭部を勢いよく殴られたかのような衝撃だった。
ろくな返事もできず、黙々と脱ぐ。これもまた誰かに見られてもどうとも思わなかったのに、呈に見られていると思うと非情に恥ずかしい。タオルをすぐに腰に巻いて少なくともあそこは見られないようにする。
動きがカクカクなおれたちは並びながらも互いを見ないようにしつつ、生暖かい笑みを浮かべている親二人についていく。
父さんが戸を開けた瞬間、湯気がおれたちを出迎えた。天然の黒い岩が続く道の上には、確か竹と言ったか、それが重ねられた屋根がありここはもう外であるようだった。道は幾つか分かれていて、他にも湯船があるがまずは基本の岩風呂。もうもうと立ち込める湯気の先にそれがあった。黒い岩石に、竜のオブジェの口から吐き出されるたっぷりのお湯が、なみなみと溢れてもなお注がれ続けている。そして、岩風呂の先には竜泉郷を一望できる夜景。湯気に滲んだ魔宝石の色とりどりの灯火が幻想的だ。
入る前にするのはかけ湯。ここは源泉垂れ流しとのことで基本的に身体を洗う必要はなく、汚れをかけ湯で流す程度でいいらしい。岩風呂の脇の竹棚に置かれた木桶でお湯を掬い、汚れを流していく。軽くタオルでも拭き取りつつ、足から心臓へと順に、そして頭から何度かお湯をかぶっていく。
呈はさすがジパング育ちなのか。おれが何も言わずとも、同じように実践していた。
「……っ!」
お湯で透けた白いタオル。それに張り付いた起伏と肌の色、そしてうっすらと浮かぶ淡い桃色の。
やばい、目に毒すぎる。いや毒じゃないけど。ある意味では猛毒だ。おれの思考を呈のみにする程度には。
「もうこのくらいでいいだろう。さぁ入ろう」
父さんの言葉でおれたち四人、輪を描くように円形の岩風呂へと入る。呈、おれ、父さん、母さんという並び方でおれと呈、父さんと母さんがそれぞれ近い。というか、肩が触れそうなくらい。
「……」
さすがにきついので離れようとしたら。
「……」
母さんの尾で邪魔された。にっこり笑っているけど有無を言わせない表情。
「はぁ、やっぱり竜泉郷の湯はいいなぁ。ジパング的には生き返るって言うんだったかな」
「だねぇ。この湯を知らない人は人生の半分は損してるよ〜」
呑気に湯を堪能している二人。おれは緊張しているせいかただ熱くしか感じられない。膝を折り曲げ抱えて座っているおれには緊張がほぐれようもなかった。
「スワロー、お前が緊張してたら呈ちゃんも安心できないだろ。ほらリラックスリラックス」
と言いながら父さんは母さんを抱き寄せて、その豊満な胸に手を添える。それをやれと?
「で、できるかっ」
「お前も男なんだ。器を大きく広げて、女の子を抱きとめてやらないと」
「あれれ〜? それをウェントが言うかなぁ?」
と意地悪い笑みを浮かべたのは母さん。
「私を口説くのにずいぶんと時間かかってたじゃない。しかも結局私から犯したし」
「リム……ここでそれ言うかなぁ」
苦笑いを浮かべる父さん。これは馴れ初めというやつか。初めて聞いた。
「気になるって顔ね、呈ちゃん」
母さんの視線はおれの隣の呈へ。興味津々に目を見開いて母さんのことを見ていたが、母さんの言葉に恥ずかしそうに「い、いえ」と口ごもる。
おれはそのまま視線を落としかけてすぐにあげる。水滴が溜まった鎖骨辺りを見ただけで、なんとも言えない感情がふつふつと沸いてくる気がして自分が怖い。
「遠慮しないしない。まっ、聞きたくなくても私が話したいから話すけどね」
「リ、リム……」
むしろ父さんの方が聞きたくないと言わんばかりの表情。今日はやられっぱなしだったからいい気味だ。
「確かもう十年前だよね。ウェントが流浪の旅人だった頃にドラゴニアに来たのは」
「そうだね。まぁもうどうせ全部言われるだろうから僕が言うけど、そのときにたまたまガイドをしていたリムを見かけてね。一目見ただけで胸の高鳴りを感じたんだ」
いわゆる一目惚れというやつ。……おれの場合はどうだったんだろう。呈を見たときの感情。あれは一目惚れだったのだろうか。
「当時私は竜騎士団と提携しているドラゴニア観光案内所のガイドをしていてね。そのときはドラゴニアに訪れていた友達の新婚夫婦にドラゴニアの名所を案内してあげてたの」
呈を中心に水面が揺れる。下は見ないで横顔だけを見ると、小首を傾げていた。
「え、えっと……竜騎士団が観光案内していたんですか?」
「ええ。いまもやっているわよ? 竜騎士団はいつも人手不足だから。どうしてかっていうと、一つは竜騎士団のアピールね。次に竜騎士の勧誘。そして、最大の目的は一人身の騎竜のパートナー探し。これが一番重要。パートナーがいないと一人前の騎竜にはなれないもの。パートナーを得ることができたら訓練生として、竜騎士と一緒に色々ドラゴニアのことを学んだり、街でデートして絆を深めたりして、正式な竜騎士と騎竜になるの」
母さんが自身の胸に手を当てている父さんの右手首にあるものを、竜翼の翼爪でなぞる。それは銀色をした金属の腕輪。一本の槍がうねるように手首に巻きついている形状をしていた。
「竜騎士は槍を肌身離さず持つのを義務付けられていてね。僕は、こうしてアクセサリー状に形状変化させて持ち歩いているんだ」
呈は熱に浮かされたようにぼうっと放心しながら、しばらく逡巡するように頭が揺らすと、ようやく合点がいったように目を見開いた。
「二人は竜騎士団だったんですか」
「しかも第一空挺部隊の分隊長だよ」
おれが付け加えると呈が驚くように二人を見たあと、また縮こまった。言わない方が良かったか。恐縮しているみたいだ。
「竜騎士団って言ってもそんな堅いイメージないから気にしないでくれよ。この槍を武器として使うのだって有事のときくらいだし。その有事もここ数年一度もないくらいだからさ。僕たちの本分はドラゴニアの民たちのために奔走すること」
「恥ずかしがってなかなか触れ合えない男の子と女の子をくっつけたり、とかね」
一瞬間があって、おれと呈が顔を向き合わせあって、そして母さんの言葉の意図を同じタイミングで理解した瞬間、おれたちは同じように俯いた。不意打ちも甚だしかった。
「か、母さん、話、脱線してるから」
おれが苦し紛れに言うと、二人はより身体を密着させていちゃつきながら笑い、「ごめんね」と全く悪びれずに言う。ちくしょう。
「まぁ僕はリムのことを一目惚れしたわけなんだけども……」
昔話再開。父さんはそこで口ごもる。
「ウェントったらすっごい奥手なの。私がガイドしているのをこそこそ着いてきてね」
「え……?」
「ガイドが終わったあとも話しかけずにずっとついてきて、私が寮に帰ったら今度は手紙を渡そうとするの。それも直接じゃなく友達の騎竜を介してね」
父さんは母さんの背中に顔を埋めて隠れている。耳がうっすらと赤いのは多分温泉のせいじゃない。
「さすがに怪しいから友達も捕まえようとしたんだけど、父さん意外とすばしっこくて逃げ切っちゃのよね。友達は仕方なく私に手紙を届けたんだけど、これがまた意味がわかんなくて」
「なんだったの?」
「『月が綺麗ですね』とか『ドラゴニアの風景は心温まります』とか変な文章なの。その上、名前なし」
「そ、それは……」
さすがの呈も苦笑いだった。確かに意味がわからない。
「まぁ悪いことを考えた手紙じゃないってのはわかったから二回目も友達介して受け取ったし手紙に名前も書かれるようになったけど、一向に私と直接会おうとしない。色々プレゼントもくれたり、手紙の文章も長くなっていって、『ああ、私のこと想ってくれているんだなぁ』って察したわよ」
でもよ!? と母さんは豹変する。目つきが鋭く、獰猛な竜のソレになる。湯船の中で尻尾が父さんのアソコに絡みついているそぶりをしているのが見えた。
「好きになったんなら、直接私に好きって言いなさいよ! 顔も見せずにうじうじうじうじと! 私まどろっこしいのと女々しい男は大ッ嫌いなの!」
「うっ!?」
母さんの腰がわずかに浮いたかと思うと、振り下ろされた。同時に父さんの呻き声。ああ、母さん完全にスイッチ入ったなこれ。口調も変わってるし。
「だから手紙に残った精の匂いを辿って、泊まってる宿屋突き止めて、逃げようとするウェントをふんじばって犯してやったわ!」
もう隠そうともしない。腰を振るっている。父さんのを自分のに挿れている。目の前に呈がいるんですけども。
「もう竜騎士団とかどうでもいいわ。この人に一生跨って犯しぬいてやるって決心したわよ」
なすがままだった父さん。しかし、父さんの手がゆっくりと母さんの胸と秘部に伸びる。直後、母さんの動きではなく、父さんの動きで二人の腰は上下した。
「んんっ! はぁあ……でもね、三日目くらいに、父さんが豹変してね……私に馬乗りになって犯してくれたの。子宮こじ開けてね、ペニスでグリグリして、精液をドプドプ注ぎまくってくれたんだよ。すっごく激しくって、私一瞬で堕ちてメストカゲになっちゃった」
また口調が変わり、言葉の端々が蕩けていた。
「いまはもうセックスじゃあ、お父さんに敵わないの。最初はね、責められるんだけどすぐにこうやって……ああッ! いか、イカされる、のぉ」
呈の前でヤリ始めるの勘弁してくれよ……。おれが恥ずかしい。
「これが私たちの……アンッ、馴れ初めぇ。んん、呈ちゃん」
「は、はい……!」
「変わった息子だけど、よろしくね」
呈が返事するよりも早く、母さんがおれに視線をやる。覚悟を決めろ、と言わんばかりに力の篭った視線。
そして、呈は返事の代わりなのか。ゆっくりとおれの足に尻尾を絡ませてきた。
「て、呈……」
「……」
返事はない。けど、さっきまであったおれたちの距離を呈は縮めようと身体を寄せてくる。そして肩がコツンと当たり、呈がこれまで以上に身近になった。手を伸ばせば、身体を動かせば呈の身体のどことでも触れ合うことができる。おれだけが呈を。誰にも邪魔されることなく。
でも、この湯船は少し広すぎる。
「私たち、邪魔みたい」
「だね。二人とも……こっちだ。良いところに案内するよ」
対面に母さんの向きを変え繋がりあったまま、二人は湯船から上がる。頭がふわふわとしていたおれはその言葉に誘われるがまま、呈とぴったりくっついて二人に着いていった。
二人に案内された場所はとても小さな個室。しかし外に面していて開放感はある。なにより目を引くのが湯船。
巨大な壺の形状をした丸口の湯船だった。竜のオブジェから絶え間なく温泉が注がれていて、壺口から溢れていた。竜壺湯。竜泉郷でもメジャーな入浴形式のひとつだ。
「じゃあ、二人とも仲良くごゆっくり〜」
「僕たちは隣の竜壺湯にいるから気にせず楽しんでくれ」
父さんたちはさっさと出ていった。多分、二人仲良く続きをするんだろう。
残されたおれたちは肩も触れるほど密着したままその場に硬直。目の前の夜景から吹き込んでくる風に頭が冷やされて、いま置かれている状況が理解できるようになってくる。けど不思議と高揚は治まらない。湯の効能のせいなのか。しかしいままで何度も竜泉郷に来たけど、こんな風になったことはなかった。
逡巡しかけて、やめた。
もう理由はわかりきっているんだよな。母さんの言ってた通り、覚悟を決めよう。
それに。
「身体冷えるし、入ろうか」
「……うん」
「その、いいんだよな? 一緒でも」
「ぼくはもちろん。スワローはいいの?」
「おれも。その、よくわからんけど。呈と一緒に入りたい」
顔も見合わせない。きっといま呈の顔を見たら、顔から火を噴く自信がある。
えっと、どう入ろう。
「ぼくから入るね。ぼくの方が下半身が長いから」
「お、おれが乗っかることになるけど、大丈夫か?」
壺は狭いし、呈の長い白蛇の尾は底にびっしりとなりそうだ。
「大丈夫。むしろ、スワローに乗られたいから。それに考えもあるし」
ちゃぷと水音が耳へと響く。湯が大きく溢れ、岩床を打つ音が残響した。呈の湯の熱さを堪え、その堪えた先にある湯の快感を漏らす声が、おれに呈の裸姿を幻視させてくる。
「スワロー、いいよ」
呈のわずかばかりにほぐれた声音が、おれを誘った。
覚悟を決めろ、スワロー。大丈夫、呈は湯に使っている。湯船は狭いし屈折もするから、見ようとしなければ見てしまうことはない。
深呼吸。そして、意を決して呈のいる湯船に向き合った。
呈が下半身だけ湯に浸かり、竜壺湯の縁に腰掛けていた。
タオルで前も隠さず。そのタオルはドラゴンの視線を隠すようにオブジェに乗せられていた。
「……は」
声が出ない。白蛇の鱗。それに負けない白い肢体。首筋から伝う水は鎖骨に溜まっていき、溢れ伝い落ちる水は乏しくも確かな膨らみに弧を描いた。
手にちょうど収まる小さな、だけどおれの視線を釘付けにするには充分すぎる呈のそれ。おっぱい。呈のおっぱい。小さな双丘にちょこんと添えられた淡いピンクの粒。
呈は隠すどころか、おれに見せつけるように前身を晒していた。
多分、いままでのおれなら慌てて視線を逸らしたリ、身体を反転させていたと思う。呈じゃなくとも、母さん以外の女性ならいまこの瞬間でも顔を背けていた。
だけど、呈のあられもない姿を見て、おれの視線は完全に奪われていた。呈の曝け出した全てにおれの意識は全部持って行かれていた。
きっとこれが、魅了される、ということなのだろう。初めて理解した。
おれは呈に魅了されていた。
「来て……」
呈の誘惑。蛇の口が開いている。おれはそこへ自ら踏み入った。
タオルを取り払い、ドラゴンのオブジェへと視線を隠すように乗せる。熱い湯が出迎える。湯船の中に立つと、腰の辺りまで湯が浸かった。おれはもう羞恥を取り払って、呈の全身をその瞳に収める。
首筋から鎖骨の窪みへ落ちていく雫。溜まった雫は双丘の坂を下り、淡い桃粒に潤いを与え、さらに下方へと沈んでいく。呈のおっぱいよりも膨らみはないけれど、しかし指が沈み込みそうなお腹を滑っていった雫はおへその穴へと呑み込まれていた。そして、呑み込まれた雫は溜まり終えるとともに溢れ出し、最後は何ものにも覆われていない一筋の薄い窪みへと誘われて、白い蛇の尾が沈む湯面へと消えた。
余すことのない呈の全身。真っ白な耳の先から、白蛇の尾先まで。何も身に纏わない無垢な白の具現に相応しい呈の身体を、おれは視界に収めた。
「ど、どう、かな?」
「おれは、お世辞は言わない」
前置く。その上で言う。
「多分、月並みのセリフだけど……綺麗だ。その、すごいおれにとって魅力的だから」
覚悟は決めたけども、こうやって実際に言葉にするのはすごく恥ずかしい。こんな恥ずかしい言葉を惜しげもなくぶつけまくっている魔物娘夫婦はどういう神経回路をしているのだろうか。
「嬉しいよ、ぼく。その、褒められたこともだけど……スワローに、こうして見てもらえてることが、嬉しい」
でも、こうして呈が溢れんばかりの笑顔をおれに向けてくれている。これを見るためなら、幾らでも恥ずかしい言葉を宣いたい。そう思わざるを得ない。
そしてこんな顔を見せられたら、どうしても触ってしまいたくなる。
「ぁ……」
首筋に右手の指先が触れると、呈が小さく息を漏らす。眉はひそめられているけど、目尻は下がっていて蕩けているような表情。指を下にゆっくりと這わせていく。張りがあり包み込むようにもっちりとした柔肌。鎖骨を超え、双丘の膨らみの手前まで指先は迫った。
嫌がってくれたら、止めてと言ってくれたらいつでもやめる。おれの熱に浮かれた頭に待ったをかけてくれと、求めるように呈の視線を捕まえると、呈はおれに近い年とは思えないほど、一匹の魔性のように妖艶に笑んだ。
そして、おれと同じように呈もおれの身体にその細い指先を、蛇のように這わせた。
双丘の片割れ。その膨らみがおれの指先に触れた。
「ん……あ」
沈み込む指に、呈は艷色の声を漏らす。ピンクの粒は硬く勃ち、それに触れると指が痺れたかのように不可思議な感情に錯覚する。おれはピンクの頂点を中心に、呈のおっぱいをその手中に収めた。掌で呈の柔らかな胸の感触を余すことなく味わえる。掌の中心に突起が感じ取れ、なおのこと素晴らしい。友人がおっぱいのサイズをどうこうと言っていたけど、おれはこの大きさが、この掌にちょうど収まる呈のおっぱいが一番だと断言できた。
「服の上からじゃ、全然わからなかったな。スワローって、すごい身体が引き締まっているんだね。硬くて、いいな」
おれの肌に呈が指先を這わせていく。硬くなった胸板を大事そうに触れてくれていた。
「鍛えてるからな。呈の身体は柔らかくて、いいな。触ってないと落ち着かなくなりそうなくらい、なんというか、その、良い」
「嬉しい。ぼくの身体、スワローを喜ばせてあげられてるんだ」
ああ、もう。この気持ち、なんだ。わからない。わからないけど。
「!?」
おれは呈を抱き寄せていた。腰と背中に手を回して、胸と胸を付き合わせて、隙間もできないほどに密着した。
言葉を紡ごうと口を何度もぱくぱくさせるけど思いつかない。そうこうしている間に、呈がおれの背にゆっくりと手を回し、おれの行為に応えてくれるように抱きしめ返してくれた。ああ、嬉しい。それだけはわかる。
白蛇の下半身が足元からゆっくりと這い上がり、おれたちを巻きつけていく。隙間なく、おれたちとの間に何もないことを示すかのように、ゆっくりと締め付けてくる。白蛇の鱗。ザラザラと思っていたけど、肌に触れる感触はつるつる。呈に締め付けられて、いよいよ気持ちが高まる。抱く気持ちの正体がわからずとも言葉にして伝えたくてたまらなくなる。
不格好でも、いいか。伝えたいんだ。
「呈」
「うん」
「おれは、呈のことをどう想っているか、自分でもよくわからない。こんな気持ち、初めてだから」
「うん」
「でも、ただ、これだけははっきりしてるんだ」
「うん……」
「お前を、ジパングに帰したくない」
「……うん!」
「ずっとおれの傍にいてくれ」
その言葉に呈のおれを抱きしめる腕と尾の力が強まった。もう逃さないとでも言いたげに。でも望むところだった。
「……スワロー、ぼくね。実は天の柱にいたの、偶然じゃないんだ」
呈がぽつりと耳元で語る。
「お母さんたちと別れたのはぼくのわがままだったんだ。たまたま天の柱の近くまで行ったとき、スワローの塔を登る姿を見つけて」
不思議と心は穏やかだった。喜ばしいと思えている。
「ぼくはその瞬間にスワローに惹かれてた。だからスワローのところまで行こうとしたんだよ。でも失敗して、落っこちて、危なくなって」
だけど、と呈は言葉を紡ぐ。その声はおれの気持ちと同じで嬉しさに満ちているようだった。
「スワローが来てくれた。ぼくを捕まえてくれた。ぼくの手を取ってくれた」
嬉しかったんだ、と呈は声を上ずらせて言う。
「だから、ぼくも……ぼくが、ジパングに帰りたくないんだ。ずっとスワローの傍にいたいんだ。だから。だから、ぼくはいるよ。ずっと、ずっとずっといるよ。スワローの傍に。大好きな大好きなスワローの傍に」
自分を受け入れてくれた呈。それどころか、おれ以上に想っていてくれていた呈。
そのことがたまらなく嬉しくて。呈の言葉に自分のこの感情が、呈に対する大好きの気持ちだと気づいて。
おれは呈を離さないために強く抱きしめた。
「大好きだ、呈」
告白。たった一日。出会って半日もしない時間で、おれは恋に落ちた。
呈に落ちたのだった。
17/01/11 20:49更新 / ヤンデレラ
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