連載小説
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そのにじゅうなな
〜〜これまでのあらすじ
俺とデルエラが組んだ地獄タッグの活躍によりポローヴェに平和が戻った〜〜


世直しの旅を終え、折り返してレスカティエに戻る、帰り道。
俺の思考の大部分をしめているのは、ミミルに氷の魔術を駆使して作ってもらった
冷蔵装置にしまってある北氷海ヨーグルトの熟成についてだった。
「そんなもん手塩にかけてるとかまるで独身童貞のオヤジみたいだな」などと
教官に笑われたりしているが、今では衣食住に費やす時間や努力がほぼなくなってるので
どうにも暇なんだから仕方ない。なかば余生のような人生である。
「遠出するとロクなことあらへんのは、何でなんやろ……」
「力ある者がすべき務めと思って諦めるしかないよ」
「せやなぁ……」
人間だった頃からそういう人生を歩んでいた――というより、歩むしかなかった今宵とマリナが
ぼやいていた。代役のいない重要なポジにいたせいで
すっかり諦観が板についてしまっている。
そして、お前が死んでも代わりはいるものポジだった俺のスタンスは妥協。
欲張らず『それなり』の生活で満足し、幸も不幸も少なめの、波風立たぬ生涯を送る。
つまり現状の真逆だ。
「大きな被害が出る前に収拾がついてよかったじゃない」
「それは不幸中の幸いやったけど、よその国の尻拭いまでやるんは
できればもう勘弁してほしいわ。レスカティエにも不穏な火種はあるんやし」
魔力塊に犯されるという精神的ダメージをこうむった者達も
多少のトラウマを残しつつ全員なんとか立ち直り、元凶であるスピリカ女史へのペナルティも
一年間研究費五割カットという落としどころでポローヴェでの事件はほぼ解決した。
今後は無難な研究にいそしんでほしい。
「あ、そういえば……火種といえば、このことを教えるの忘れてたわ。
あのね、貴方が打ち倒したザネットが再戦を希望してるようなの。そのうち挑戦状を片手に
殴りこんでくるかもしれないから、気をつけなさい」
「気をつけてどうなるっていうんだ…」
「前もって首を洗っておけるでしょ」
俺は戦いとは縁のない生き方を模索してるんだからほっといてくれよ頼むから。

……ボォウンッ………!ドンッ……!

心中で愚痴をこぼしていると前方からモクモクと黒煙があがり、爆発音が聞こえてきた。
「やれやれ、またか」
トラブルメーカーならぬトラブルエンカウンターだな俺は。


〜〜〜〜〜〜


「……おー、やってるやってる」
だだっ広い平原で教団兵と魔物のこぜりあいが発生していた。よくある光景だ。
魔王が代替わりする前までは、双方が殺る気満々で
戦場は当然ながら血なまぐさいものだったが、現在は違う。環境が従来と変わっていない
人間側はその姿勢を断固として崩していないが、魔物側は頂点である新たな魔王さんの
「男は性的に食べるべし。女はレズって仲間にすべし」というグロフィナーレ宣言の影響により
できるだけ殺生をしない生態へと都合よく変化し、精神面も、ガンガン殺ろうぜから
命を大事にへと切り替わっている。
今の魔物にとって人間とはツンがデレになる手前の存在なのだ。
(それでも自分や家族、あるいは恋人の生死がかかっている状況ならば
やむなく人間を殺すこともあるが、よほどの緊急事態でなければ、その選択はない)
敬虔な主神信者からすればそれは死よりもつらいことだろう。もっとも、一度堕落してしまえば
信心が足りてようと足りてなかろうと、モラルや理性などあっさり吹き飛んで
肉欲こそ至高の至福と感じる存在へ生まれ変わるのだが。
まあ、当然俺様は違うという確固たる自信の程はあるがね。


「はいはい落ち着いて落ち着いて」
俺はフード状の魔力塊を羽織って顔を隠すと、視線の火花がぶつかりまくる
両者の中間に割って入り、仲裁することにした。
なぜ顔を隠したのかというと俺の面が割れている可能性が大きいからだ。
うかつに正体を判明させたりしたら、向こうに旧レスカティエの残党が混じっていた場合、
怒りの火に油をそそぎかねない。
「……えぇと、その、どちらも引くに引けない事情があるのかもしれないが、
この場は、そこにいる魔界の第四皇女の顔に免じて刃をしまってくれないだろうか」
無駄だとは思うが、一応、デルエラの名前を盾になだめてみる。
武器ではなく言葉のやりとりで解決できるのならそれが最善なのだ。

「う〜む……」「やめよっか?」「だけどさ、こっちはやめても向こうはやめないでしょ」
基本的に人間の血が流れるのを好まない魔物達は了承しそうだ。
夫のいない者は、せっかくの旦那ゲットチャンスをフイにするのも嫌だが
あのリリムの顔に泥を塗るような訳にもいかないので仕方ない、という感じだが。
なにせ『求婚してきた魔物娘を六回チェンジしたら
激おこプンプン丸のデルエラが来たでござるの巻』という笑えないネタがあるくらい
魔物達から畏怖と尊敬の念を向けられているくらいである。
しかし。
「誰が魔物の甘言に惑わされるものか!」「その首を切り落としてくれる!」
こっちはやっぱり『引きません!媚びへつらいません!反省しません!』という感じの
後退のネジが外れている返事がきた。どうやら奴らは重度の主神信者らしい。
会話はしてくれても理解はしてくれないのだ。
「交渉は決裂ね。わかりきっていたけど」
「いや、デルエラ、ちょっと待て」
「お喋りはもういいでしょう?これからは、楽しい肉体言語の時間よ」
振り返るとデルエラが手足を伸ばして準備体操していた。こいつもやる気満々だ。
「魔法じゃなくて物理攻撃メインでやる気か」
「リリムとして産まれた身の上とはいえ、魔力だけに長けていても
偏りすぎだと思ってね。これからは、体力も底上げしていくことにしたの」
いったい何のために底上げするのだろう…………もしかすると
俺にリベンジしようと企んでいるのは、こいつもなのか?
想定外の事態だったとはいえ旅先で俺の胴体をぶった切っておいて
まだやり足りないというのだろうか。だとしたら執念深すぎる。
「さあ、戦わないなら、そこをおどきなさいな」
「……やむをえまい」
こうなると、俺のやるべきことは一つしかない。
勧告を拒絶した時点でお前らはもう詰んでいたと体で理解させるのを見ながら
過激派リリムたちとの再戦の予感に頭を悩ませるだけだ。
「骨のある子が多いと嬉しいのだけど……こればかりは運次第ね」
死ななきゃある程度は何をしてもいいとか考えてないか、このリリム。


そして本格的な戦闘が始まった。
「…遅い」「ほれほれ、もうオネンネかい!?情けないねぇ!」
ある者はマンティスの速度に翻弄され、またある者はオーガの拳にノックアウトされる。
教団兵の連中は、信心はともかく力量はそれほどでもないようで、数の有利で
なんとか五分五分の戦況を保っていた。
「んぁっ!」
ところが――
「おい、グラネ、大丈夫かっ!?」
「仲間の心配などしてる余裕などあると思うかっ!」
足を斬られて片膝をついたマンティスを気遣うオーガに、斬撃が見舞われる!
「うがああっ!!」
鎧か盾からひっぺがしたような金属板をへし曲げて
縄で腕に適当にくくっただけの乱暴な篭手が断ち切られ、オーガの腕から鮮血が迸った!
「とどめだ!」
「それはさすがに止めさせてもらおう」
追い討ちをかけようとしていた二刀流の兵士へ、俺は突きつけた指先から
一抱えくらいの大きさの火球を撃ち出した。普通の雑魚兵士ならまず死ぬ火力だが
あれだけの強さの兵士なら当たっても半死でなんとかなるだろう。
死んだら運が悪かったと諦めてくれ。
「水盾!」
楕円状の水の塊が宙に現れ、俺の放った火球とぶつかり、相殺して消えさった。
「ほぉう?」
てっきり避けるか耐えるかのどちらかと思ってたが……水の防御魔法で防ぎきるとは。
「魔法も使いこなせるとは、ただの兵士にしては珍しい。
それにこの場から逃げ出しもしなければ傷も負ってないとは驚きだ」
「ぬかせ、魔物の群れなどにこの勇者ジュナードが臆したり血を流すものか!
敵が魔王の娘であろうと俺は一歩も引かぬ!ましてや貴様のようなインキュバスになど!」
なるほどな。
俺は周囲の兵士へと視線を移した。仲間がやられていっても士気がほとんど下がっていない。
それに、やけにビビらないなと最初から思っていたが、これで納得できた。
そりゃ勇者がいれば強気にもなる。
「実際のところ、インキュバスは魔物じゃなくて人間なんだが」
「…ふっ」
鼻で笑われた。
「よくそこまで出まかせが言えるものだ。誰がそんな世迷いごとを信じる?
それに、たとえ人間であろうと、魔物に与するのであれば
正義と神の栄光のために俺はこの二剣をもって、断罪するのみ。
闇に堕ち、人としての尊厳と理性を失った痴れ者よ、おとなしく我が剣の錆となるがいい!」
「そうだ!」「流石は双剣のジュナード、俺達の希望の星だ!
お前ならやれる、お前ならあの恐るべき魔王でさえきっと倒してくれるぜっ!」
「ああっ、素敵すぎるわジュナード!」
全く聞いたこともない二つ名の勇者が叫んだ威勢のいい声に応じ、
周りの教団兵たちからいくつもの歓声があがった。
それに満足したのか、当の本人は『決まった!』といわんばかりのドヤ顔である。
「うわ……コイツ、しばいていい?」
レスカティエの最強勇者(元)がこめかみに青筋を立てて聞いてきた。
「ほら吹きインキュバスの次は青髪のサキュバスか。
……生意気にも剣など使うようだが、お前のような性欲しか頭にない魔物が
俺とまともにやりあえるとでも思うのか?」
「まあ、まともにやれば勝負にならないでしょうね。だから手加減してあげます」
確かにマリナのことを知らないって時点でなんだか底が見えた気がする。
「ふははっ!
言ってくれるじゃないか。面白い、気に入ったよ。
名前でも聞いてやるから言ってみろ……覚えておくだけの価値があるとは思えないが」
「ウィルマリナ・ノースクリム」
「……………………は?」
無名の勇者が凍りついた。マリナの名前だけは知っていた模様である。
「ですから、ウィルマリナ・ノースクリムです。
ああ、あなたの名乗りはしなくて結構ですよ。耳が汚れますから」
冷え切った表情にそぐわない激情に満ちた魔力を全身から放ち、マリナが
愛用の剣を横薙ぎにふるった。

ズシャアアアァァァッッ!!

ワームが爆走した跡のように地面が抉り取られ、右側の離れた所で鍔迫り合いをしていた
大柄な教団兵とサラマンダーがその余波を喰らって吹っ飛ばされていた。
痛みはあるだろうが魔力混じりの剣圧による一撃なので命に別状はないはずだが、
その豪快な破壊力を目の当たりにし、やつらの希望の星は萎縮しそうになっていた。
「ふ、ふん、抵抗もしないただの地面を削ったからといって
この俺が倒せるという理由には、ならん、ならんそ!」
自分に言い聞かせているような勇者の強がりを無視してマリナは距離を詰めていった。


「そうね……理性を削りきってから女性兵にけしかける……というのはどうかしら」
「じゃ俺は、プライドをへし折るだけへし折った後に魔物たちへポイ、で」
勝つのはわかりきっているので、俺はあの勇者がどういう末路をたどるのか
いい汗かいてきたデルエラと予想し合うとしよう。
13/08/04 15:01更新 / だれか
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■作者メッセージ
今宵「今回ウチは怪我人の救護係や」

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