魔物に生まれ変わったために神の加護を失いはしたが
人間より上位の存在になって技量も魔力も勇者だった頃からさらに高まったマリナ。
副作用というか魔物の本能が芽生えて色ボケになったのが欠点であるが
戦闘時にはさして問題はない。なぜなら、旧魔王時代に比べれば
かなり弱まってはいるが、魔物は強い闘争本能も持ち合わせているからである。
（ドラゴン系種族がその最たるものだ）
つまり、魔物は子作りにも戦いにもきわめて意欲的という、兵士として
実に優秀な生物…なのだが、反面、異種姦による繁殖でしか
子孫を残せないので、その出生率は決して高くはない。
しかも伴侶を得ると戦線どころか世間から退いて
愛の巣で延々と交わり続ける者が後を絶たないため、安定した兵力の維持ができない。
人と魔の勢力図が一進一退している主な理由がこの二つだ。
激しい情欲を宿したことで魔物は過去に例のない
平和よりの繁栄をとげたものの、それが同時に大きな足枷になったのである。
あちらを立てればこちらが立たずか。


そういう訳で、これから始まるというか対峙した時点でもう始まっている
二刀流勇者ジュナードＶＳ魔界勇者ウィルマリナの一本勝負は
過程を吹っ飛ばして結果だけ残しても別にいいんじゃないかというくらいの鉄板だ。

「…………ヒュッ！」
鋭い錐のような息を吹き、敵の胸板めがけて本気の突き刺しをマリナが放つ。
ガキィイインッ！！
「ぬぐぐっ！」
ジュナードが×の字に剣を交差させ、必殺の一撃をかろうじて防ぐ。
どうやらこの勇者、己への自信は山盛りだが戦闘センスはないらしい。格上相手に
そんな戦い方で勝てるはずがないこともわからないのか。
二刀という構えは、基本的に、力か速さか技量のいずれかが
敵を上回ってないとなんの意味もない。敵の攻撃を片方の剣だけで防げるか、
速度で勝っているので回避できるか、難なく読みきれるか。
他には、素手の敵を相手にした場合も有用だが、それは武器全般に該当する事である。
どれも無理ならさっさと一本捨てて残りを両手持ちするか
ここぞというタイミングでどちらかを投げつけ虚を突くしかない。
ないのだが、双剣という呼び名に過剰な誇りを持っているような輩が
その誇りを投擲するような行為に及ぶとも思えない。
防戦に回らざるをえないのなら盾で防いだほうが安全だし
反撃もしやすいのだ。あんな危なっかしい防御ではいつ致命的なダメージを負うか
わかったものではない。
もしくは威力を度外視してとにかくスピードに重点を置いた
ナイフの二刀流か。当然だがそのナイフの刃には毒を塗っておくか呪いをかけておく。
付かず離れずでチクチクやって当たるまでやる持久戦だ。

「これでどうだぁぁぁ！！」
今や焦りを隠そうともしなくなったジュナードが、振り上げた二つの刃を
叩きつけるようにマリナの脳天めがけて垂直に振り下ろす。
ギギイイィィン！！
「むんっ！」
マリナは冷静に、頭上に掲げた魔剣の腹でその刃を受けとめた。
「……一足す一は二になるけど、片手剣の一撃足す片手剣の一撃は
両手持ちの一撃にはならないのよね……」
諭すように皮肉るリリム。
要するに二歳児が十人いても二十歳の大人一人と互角に戦えないのと同じだ。
計算の上では同じ意味でも質という意味では雲泥の差である。
「才能と神の加護の上にあぐらをかいて、武術の本質に目を向けようとしなかった。
だからそれしきの理屈も頭に入っていない。つくづく無様な勇者だ」
剣や槍の腕前が決して褒められたものではなかった
二流兵士だった俺でさえ理解してる常識が欠落しているのだから
無様以外のなにものでもない。
「手厳しいんだから」
「お前ら魔物娘が全てにおいて甘すぎるだけだよ、デルエラ」
「あら、嬉しいことを言ってくれるわね。どういう風の吹き回しかしら？」

不可解な解釈をするリリムはさておき、勇者対決は
しまりのない展開を繰り広げていた。
精神的にも肉体的にも疲弊の色を濃くして膝をついているヒューマン勇者に対して
我らがサキュバス勇者は余裕の表情を崩していない。
「負けないで！」「お、お前は、こんなとこでつまづくような奴じゃ…ないだろぉ！？」
「ジュナード、あきらめるな！あきらめたらそこで終了だぞ！」
希望に満ちた声援が、焦りを含んだ応援へと変わり、絶望をにじませた懇願へ。
この悲劇的な流れを彼らは脳裏にわずかにも浮かばせなかっただろうが
最初からわかっていた俺やデルエラには自覚のない道化達が演じる喜劇にしか見えない。
切ない笑いだ。
「…………諦める、だと？」
道化達の希望が、自嘲するかのように笑うと、ゆっくり立ち上がり、
「もし、お前たち全員の心が折れて、全てを諦めても、俺は諦めないさ。
むしろ激しく叱咤する。それが本当の勇気であり、そういう戦士こそが勇者というものだ。
だから俺は、決して――諦めたりはしない！！！」
などと、大見得を切った。
「実に勇者らしい振る舞いだ。感動的だな。だが無意味だ」
「観客に無駄な期待なんてさせないで、早く私達の軍門に
下ったほうがいいのにねぇ。それとも焦らしプレイのつもりなのかしら？」
「はぁ……負けを認めへん男って、ホンマにくどくて嫌やわぁ……」
俺、デルエラ、今宵。
三者三様の愚痴が耳に入ったらしく、マリナの気配が
底冷えするものへと変わった。文句が聞こえてきたのでそろそろ決着をつけるみたいだ。
「こちら側の観客が飽きてきてるみたいですし、もう貴方の実力の底も
見えてるようなので、さっさと終わらせちゃいますね」
マリナの剣が黒く輝きだした。これはもしや。
「やあああぁぁぁっ！！」
エロ勇者が気合一閃に放った漆黒の衝撃波が、疲れ気味の勇者に迫り来る！
「馬鹿な、これはまさか……っ！
うわっ、あああああああああああああーーーーーーっっ！」
双剣が砕け、主人と共に、魔の輝きへと呑まれていった。

「な、なんなんだ、なんなんだよ今のは！！」「なぜ魔に堕ちた者があれを使えるのだ！」
理解していない者もしている者も、教団側は等しく困惑していた。
そう、マリナが今使ったのは、高い力量と聖なる力を兼ね備える者しか会得できないために
使えるということ事態が真の勇者の証明とも言われている、『輝光』だ。
教団や反魔物国家の連中は、主神から神通力が与えられてないと使用できないと
思っているようだが、別になくとも使える。そして会得済みの元勇者達は
聖なる力がなくなったので代わりに自前の魔力で代用していた。
魔物らしく節操のない話である。
「なんか凄かったな！元人間のわりにやるじゃねーの、あのサキュバス！」
「キラキラドカーン！」「…魔法のアイテムで、実用化できるか、調べてみたいな…」
魔物側はお祭り気分だな。
ともあれ、これで後はモチベーション下がりまくりの敵さん達を
お掃除してしまえば丸く収まる。
「…………諦めないぜ」「ええ、そうね、みんな」「ここで白旗あげたんじゃ
天国に行った時にジュナードに怒られちまうからな」
いや、その本人はまだ生きているんだが。
「フッ……死ぬにはいい日だ」「やれやれ、ここで終わりとは、つくづく私も運が悪い」
なんだか様子がおかしい。まるで消える直前のロウソクを眺めているような……。


『ウオオオオオーーーーーーーーーーーーーーーーッッッ！！！』

なんと、勇者ジュナードを失った教団兵達の行動は――全軍突撃！！


「ウオオオオーーーーッ！！」「ウオオオオーーーーッ！！」「クズがあっ！！」
どいつもこいつも、さっきまでとは目つきが違っている。
まるで十年も二十年も修羅場をくぐってきたようなスゴ味のある目つきだ。
そして怯まない。仲間が倒れ、敗戦がはっきりと決まっても
誰一人として後ろに引かずに突き進んでくる。
「ちょ、ちょっと、どうしたのこの人たち！？」「ふふっ、面白くなってきたじゃない！」
魔物たちは応戦しつつ、このクレイジーぶりに引いたり歓喜している。
「…ど、どうなっとるんや。こんなん、まるでサツマの連中みたいやないか…」
似たようなのがゴロゴロいるとかジパングすげえな。
「困ったわね。すっかり乱戦の場になっちゃってるわ。魔法を撃ち込んで
巻き添えが出るのは好ましくないわね」
「死にはしないから構わんだろ」
「命にかかわらなくても痛みは残るのよ？
あの子達をそんな目に合わせる方法なんて、論ずるまでもなく却下ね」
そう言うとデルエラは横目で睨んできた。
「魔法で麻痺させたり性欲を刺激したりして無力化するのは？」
「あの興奮状態じゃ、効果は期待できないわ。
それに、あの子達だって動けなくなるんだから、危険極まりないわよ」

バシュウウウッ！！

「ぬっがああああああぁ！」「あうっ！」「がふうううう！！」
相談していた矢先に、教団兵が三人ほどマリナの『輝光』で吹っ飛ばされていった。
「な、なんでアタイまで…！」「ふにゃあああーーーー！」
ワーウルフとワーキャットらしき魔物も二人ほど吹き飛んていた。
「……一刻も早く終わらせて、敵も味方も犠牲を最小限にするのが先決です！
だから多少痛くても我慢して下さい！」
マリナは開き直っていた。

「どうする？」
「……まあ、彼女ばかりに汚れ役をさせるわけにもいかないわね」
「堪忍してや……」
デルエラがため息をつき、今宵が小声で周囲に詫びる。
二人の身体から放たれる魔力が、濃く激しいものとなっていく。


俺はこれ以上の悪名トッピングの増加を避けたいので、少しずつ少しずつ
後ずさりしながら、その場から離れていったのだった――

■作者メッセージ
なお、どさくさにまぎれて勇者は救出されたらしく
全てが終わった後の戦場にその姿はありませんでした。