連載小説
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そのにじゅうご
『魔界国家レスカティエにて内紛勃発』
『皇女派と君主派による権力闘争はついに武力による激突へ』

「…………………………ぬぬぬぬぬ」
「おにーちゃん、大丈夫ー?」「おててがプルプルしてるよー?」
「二人とも、そっとしておいてあげなさい」
サーシャ姉の優しさが心にしみる。
「いえっさーです!」「そっとしますー!」
手刀をこめかみあたりにビシッと当てて、ロリロリが満足げに直立不動のポーズをとった。
「……あ、あの、特に危険視もされない傀儡女王で、申し訳ありません」
いやあんたは悪くない。


……俺は絶望的な内容の文字列が書かれた文書を食い入るように読んでいた。
この文書は主に、魔界と化した地域や親魔物国家に流れたものだが、
おそらく、教団の力が強い地域や反魔物国家ではさらにどぎつく脚色された内容が
広まっていることだろう。口コミも含めればどこまで過剰に脚色されるか想像もつかない。
動揺と憤慨で手が震えていささか読みづらいが、それどころではない。
事前に決めてあった三対三の勝ち抜きルールそっちのけで俺と魔界の第二十二皇女が
ルール無用の時間無制限一本勝負をしたのは覆しようのない事実だ。
で、その結果、俺が脳筋リリムを下して、経緯はどうあれ勝負は勝負ということで
過激派が妥協して大人しくなる事になったのも間違いない話だ。
だから内紛ではない。そもそも俺は権力に興味がない。
しかし、世間の目からしてみれば、まごう事なき内紛にしか見えないだろう。
歴史的には非の打ち所のない誤解だが社会的には真実となっている。
「クーデター成功おめでとうだね」
他人事だと思って言ってくれるじゃないかマリナさん。
嫁じゃなかったらバリスタで撃つところだ。
「そ、そんな厳しい目で見ないで…………し、子宮がキュンキュンしちゃうよ」
「うわぁ、真性のドMや。これは重症やわ」
呆れる今宵のぼやきを聞いて、思わず、この中に誰かお医者様はいませんかと
言いたくなったがやめておいた。


魔物への一方的で独善的な憎悪を絶えずつのらせている教団から
このレスカティエへ吹きつける風当たりは熱波と化して日々強さを増している。
各地に潜り込ませたスパイ達から舞い込んで来る報告は
どれも苦々しくて糖分が欲しくなってくることうけあいだ。
最近では、いかなる議題の場でも
締めの言葉は「ともあれレスカティエの忌々しい魔物どもは必ず滅ぼすべきである」だというから
どれだけ我々が恨まれているのか想像もつかない。
その『我々』のうち、俺が占める割合がどのくらいなのか……
……考えるだけで寝込みたくなってしまう。
教団のレスカティエ憎悪派を100人の村だとするなら50人が俺を恨んでいて
30人がデルエラを恨んで残りが俺とデルエラの双方を恨んでいると思えばわかりやすい。
うそ、大げさ、まぎらわしいの三拍子そろった今回の騒動を聞いて
今頃は「つぶしあえー」と喝采しているだろう。
敵対勢力の内輪もめほどありがたいものはないからな。
しかし現実は、強硬で迅速な侵攻から真綿で首を絞める侵攻に変わっただけであって
適切でかつ柔軟な対応策を取らねば奴らに明るい未来はない。
レスカティエでの敗北を糧にせず、単なる汚点としている限りなかなか無理だろうが……。

一方、魔界や親魔物国家の住人が俺へ向けている印象は多様だ。
理由は単純明快。堕ちた嫁達がノリノリで俺を魔の領域へ引きずり込んだ事実を隠蔽するため
『勇者喰い』などという架空の魔物を教団がでっちあげたためである。
そのため、下級兵士から君主にのしあがった俺と
古代の強大な魔物である俺という、矛盾する二つのイメージが広まってしまい、
遠方の地域では真偽について議論や検証まで行われ、それに触発されたらしい物書きが
ついに小説まで出してしまった。
ニコニコしながら今マリナが抱きしめているのがそれだ。
『折れた聖剣』という不吉なタイトルのこの一冊、若い魔物娘の間では
超がつくほどの大人気小説なのだとか。
「読んでみる?」
あまり乗り気ではないが…………断ってスネられても面倒くさい。
適当に目を通してみるとしよう。


〜〜〜〜〜〜


なになに……主人公である『エルト』はリュスカティア教国の若き騎士であり
勇者エルマリアの幼馴染でもあった……

……………………しょっぱなから俺の立場が多めに盛られている。
まあ、これはあくまで実録風ラブロマンス小説であり
一人身の魔物にとっては夜のおかずでもあるので、主人公をいい位置からスタートさせるのは
仕方ないことだろう。むしろこの程度の盛り方ですんでよかった。
「で、主人公はエルマリアを支えようと健闘するんだけど、それをよしとしない
上層部のゴミみたいな連中や、エルマリアに横恋慕してるつまらない馬の骨たちが
汚らしい手を駆使して色々とこざかしい妨害をしてくるの。ゲスすぎるよね」
「私情が混じりすぎじゃねーか?」
眉をひそめて喋るマリナに教官がツッコミを入れた。
「わたしは素直な感想を述べているだけですよ。
それに現実のレスカティエは、こんなものじゃありませんでしたから」
もう聞き飽きた。
「ま、アタシはそういった面倒な化かし合いや策謀と縁のない
肉体労働系だったから、いまいち深刻さがわからないんだけどさ、上の奴らが
なにかと鼻についていたのは同感だな」
「ミミル達をおだてて利用してるのがバッチリ透けて見えてたもんね〜〜。
役に立つ腫れ物扱いか〜、士気向上のための偶像扱いってところかな〜」
…いくら年不相応な知恵の持ち主とはいえ、こんな幼女にまで楽々看破されるあたり
上層部は腹芸すらろくにできない集まりだったようだ…つくづく呆れてしまう。
欲に目が眩みすぎて元も子もなくしてしまってどうする。
「そうだ、二人にも見せ場があるのよ。罠にかかった主人公とエルマリアを助けるため
頼りになるメリーゼ先輩や普段は口うるさい魔術師マルミルが
命を捨てるシーン……このくだりは涙なくして読めないよ。ハンカチ必須ね」
「なにそれひどい」「おい」
小説の中でさえ歴然とした格差社会がある現実にミミルと教官が不満の声を上げた。

だがまだ序の口であった。

エルマリアの母親である僧侶セルシア、セルシアの弟子である
フォリーサとフォリシャの姉妹は、ストーリーにほとんど絡まないモブ状態。
フリアティスカ王女は魔物を心底嫌悪する悪役、プリマは主人公が番犬として飼っている狼。
これはひどい。
圧倒的な魔界勇者一人勝ちの図だ。
「まあ、しょせんは創作なんだし、気にしないでいいって」
当たり前だがプリメーラが一番ショックを受けているようなので慰めの言葉をかける。
焼け石に水だろうが少しは冷えるだろう。
「べ、別に、なんてことないよ。アタシは強い子だもん。
こんなことで落ち込まない。落ち込まないです!しんぱい、入りません!」
後半が敬語になったり言葉がおかしくなったりとわかりやすいなお前。
「これ、マリナお姉ちゃんが作者の目の前に金貨山積みでもしたんじゃないの〜」
やさぐれミミルが股間をポリポリかきながら悪態をついた。
「そんな資金力があるわけないでしょ」
「しらばっくれちゃってもぉ〜〜。良家の財をここぞとばかりに流し込んだんでしょ〜〜?
今ならまだ白状したらお兄ちゃんも許してくれるって〜〜〜〜」
「してません」
疑わしきは罰せずか。


「……意外とデルエラの出番も多いな」
堕落という名の救済を教国にもたらすリリム『ウェルリア』という重要な設定上
それは当たり前かもしれないが、それにしてもおいしいシーンが多い。
例えば、魔物娘を古びた教会に追い詰めた人間の兵士達が
「お前を助けてくれる奴はどこにもいないぜ」と嘲笑した後、お約束のように

「いるわよ、ここにひとりね!」

と言って、ステンドグラス越しに武器を天にかかげたシルエットで
現れたりする。普通これって主人公のやることじゃね?
「……ちょっといいかしら?」
「かまわないよ」
噂をすれば何とやら。
最近残念な点が見え隠れしだしたデルエラが、魔力塊に何冊もの本を乗せて現れた。
「貴方たちに是非ともオススメしたい一冊があるのだけれど」
「もしかしてこれか?」
俺は今読んでいたウィルマリナ信者感涙の一品を左右に振って見せた。
「あら、既に入手していたのね……。なら、話が早いわ。私はまだ読んでないのだけれど、
わざわざ取材のためにこの国に長期滞在までしただけあって、いい出来栄えみたいよ。
私もインタビューを受けた甲斐があったというものね」
嬉しそうに含み笑いするデルエラを見て、俺達十人は納得した。
恐らく、それとなく遠まわしに見せ場を要求したのだろう。姑息な手を使うものだ。


しかし姑息なのは一人だけではなかった。
予想をはるかに超えるベストセラーに舞い上がった作者が、
「実は、レスカティエに滞在中に偶然出会った水色の髪をした若いサキュバスの
アイデアが、この本の執筆において大きな助けになった。実に感謝している」
などと言ってお礼をするために来訪したのだ。
そのため全ての事実が判明。
怒りのサーシャ裁判長に弁解無用のギルティかまされたマリナは
一週間おちんぽ抜きの刑に処され、その間、俺に中出しされた嫁達の股に吸いついて
精液のおこぼれにあずかりながら自慰をするのであった――


なお、今宵を元ネタにしたキャラはいなかった。
13/05/12 15:52更新 / だれか
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■作者メッセージ
稲荷を超えた稲荷「折れた聖剣は回収、回収や!」

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