第1話 英雄となる者の日常 これが未来の勇者パーティだ!
〜新魔王歴1019年 親魔領ヒアット〜
さらに月日が経って20年後。
初めて勇者育成計画が執行された魔物領の都市「ヒアット」。
そこにある訓練所では春の陽気と晴天の下、彼らを指導する魔界勇者と新たな勇者候補4人が鍛錬を励んでいた。
担当教官は人間の女性で、頭には羽根の大きいクリーム色のリボン、体には淡いピンク色の服を身に纏った麗しくも愛らしい雰囲気だ。
「はい!そこ!そこです!そうですよ!その調子です!」
“愛の伝道師 クーク・ミミー“
教え子の1人目は、人間の男子で体つきは長身で筋肉質、紺色と黄緑色のカラーリングの部道着を着ている。
彼が力を込めて殴りつけたサンドバッグは、殴られた部分が赤熱化した後に大爆発を起こして爆発四散した。
「ドォウッ!デェラァッ!」
“見習い武道家 アルム・オブシディア”
2人目は純白の鎧を身につけた氷の女王で、冷気を纏う琥珀色のサーベルを振るい、白銀のマントをたなびかせて舞うように…標的のタルに攻撃を仕掛けていく。
わずかな間に数十回も切り刻まれたタルはビシリビシリと切れ込みが入ってゆき、そこから氷柱が突き出して破裂する。
「フン。」
“見習い剣士 ベル・ブリザロス“
3人目はの海のように青いローブを着た人間の男子で、背は1人目の候補生アルムよりも少し高いものの、体つきはスリムで顔も女性的だ。
魔法で宙に浮かせた的に向かって、右手から水の力で生み出した高水圧のムチを放って真っ二つに割り、続いて呪文を詠唱して自分の周囲に雷の塊を複数を作り出す。
そして、その塊を真っ二つになった的に向かって放って消し飛ばした。
「…………ハッ!」
“見習い魔術師 ルキア・ライブリッツ“
そして4人目は…………黒と赤のカラーリングの剣士服を着た中肉中背のヘルハウンドだが、漆黒の西洋剣を振り上げて木偶人形に斬りかかっている……………が、素っ頓狂な掛け声を上げてまで放つ全力の攻撃は全部空振り三振…それどころか十振くらいという有様。
木偶人形には傷一つ付いておらず、新品と見間違う程である。
「てぇぇぇぇぇぇ…えあっ!?う、うわぁっ!」
そしてついに思い切り振りかぶった勢いで足を取られ、そのまま頭からズデンとすっ転んでしまった。
全くの素人である者から見ても危なっかしい体勢だったが、やはりこうなる他なかったようだ。
「うー…いててててて…」
“見習い「勇者」 ドラゴルフ・ジオーガ“
上記の二つ名にあるように、彼女はパーティーの要である「勇者」だ。
それなのに、この情けない体たらくなのである。
「みなさん相変わらず良くできていますねー!ハナマルですっ!」
3人の華麗な技と1人の無様な姿を見てクークはふっくらとした笑みをこぼす。
全員が精一杯頑張っている姿を、まるで自分の成長のように喜ぶ様はまさに教育者の鏡だ。
「皆さん、今日の訓練はここまでですよ!お疲れ様でしたー!」
「ハイッ!ありがとうございましたッス先生!」
「次のご指導もよろしくお願いしますね、先生。」
「先生、本日はご指導ありがとうございました。」
「はーい!みなさん気をつけて寮に戻ってくださいね〜…………ドラゴルフさん。もう止めて良いですよ。大丈夫です。」
訓練終了の報告をして、3人からの感謝を聞き届けたクークは解散の合図をする前に………まだ1人必死になって練習を続けているドラゴルフに声をかける。
「でぇーい!やー!」
「あのー…そこまで、そこまでですよ。」
何度外しても諦めずに標的に突撃していくドラゴルフの健闘も虚しく、剣は木偶人形に一回も当たらず、またしても頭から派手にずっこけてしまった所で彼女は名残惜しげに手を止めた。
「す、すいません!クーク先生…」
「良いんですよ。ドラゴルフさんがよく頑張っているという事は私は分かっています。」
「はい…………」
クークに慰められ、シュンと項垂れているドラゴルフ。
哀愁漂うその姿はこのクラスの「日常風景」と化している。
「ドラゴルフ…お前という奴は相変わらずの鈍さだな。本当にあのヘルハウンドなのかと疑問に思うぞ。あれで勇者になろうなどと………舐めているのか?」
「おいベル!良い加減にしろよ!アイツだって一生懸命にやってんだよ!」
ドラゴルフに向かって冷淡に言い放つベルに対し、アルムが割って入る。
努力と健気さを何よりも重んじる彼は彼女の発言に意を唱えたが、当のベル本人はどこ吹く風。謝罪や撤回は勿論しない気だ。
「一生懸命だからどうしたというのだ。頑張ったけど何もできませんでした……で済ませられるほど勇者は甘くない。」
「でもよぉ…………」
「勇者は子供向けの絵本や冒険物語のヒーローとは違う。所詮、上辺の活躍だけ見て勇者を志願した馬鹿者故に何か勘違いでもしているのだろう。」
ベルの辛辣すぎる発言を近くで聞いていたドラゴルフは萎縮し、その様はジパングの諺である「青菜に塩」という言葉が似合うほどである。
“普通”のヘルハウンドならここでベルに食ってかかるか、気にせず無視する筈なのだが、彼女はとて繊細かつ真面目な性格である故に真に受けてしまっていた。
(そうだよね…だって僕は……ただあの人の…クーク先生の…優しくてカッコイイところにだけ憧れて入っただけだもん……皆のように、誰かを守りたいだとか、国に仕える仕事がしたい…って訳じゃないんだ…)
そうだから仕方ないと心の中で吐露こそはしていたものの、腹の底では何もできていない自分が情けなくて、悔しくて仕方がなかった。
パーティーをまとめあげる勇者だというのに、何もできない有様。
その苦しさに泣こうにも、あんな言葉をぶつけられたのは自分の不甲斐なさが原因であるため泣くことすらおこがましいとして堪える。
周りに迷惑をかけてばかりで、そんな悪癖を無くせない自分がたまらなく嫌いだったのだ。
「お前の言うことも一理あるが、だからといってドラゴルフが全く成長しないという事もない筈。アイツの事をもう少し長い目で見たらどうだ?」
争う2人と落ち込むドラゴルフを見かねたルキアが、沈黙を破ってドラゴルフの前に出る。
あくまでも中立思想の彼だが、この時ばかりはベルのあんまりな言い分からドラゴルフを庇う事にした。
「そうだそうだ!俺たちもそうだがアイツは先生の弟子になってまだ1週間しか経ってない!まだまだこれからの時期なんだよ!」
「あくまでも私は一個人として事実を述べたまで。アイツが成長すると信じているのならばお前らで勝手に信じるが良い。まぁ…無理だろうがな。」
「んだとテメェ!それでも仲間か!」
「よせアルム!ベル!今争っても何もならん!やめろ!」
売り言葉に買い言葉。ベルの態度に堪忍袋の緒が切れたアルムは拳を彼の心境を表すかの如く赤熱化させて殴りかかり、それを迎撃するべくベルもレイピアを構えてアルムの懐へと突進していく。
しかし、2人の技と技がが激突するそれを見かねたクークがすんでの所で割って入り2人を止めた。
普段ののほほんとしたいわゆる「ゆるふわ」系の雰囲気からは想像がつかないえほどの素早い動きで2人の間へと移動し、アルムの拳に向かって突き、ベルのサーベルから放たれた氷の斬撃には火を纏った手刀をぶつけ、いずれの攻撃も相殺する。
「人間」の身であるにも関わらず、この訓練場でトップクラスの実力に入る2人の攻撃を受け流してしまう彼女は只者でない事が伺える。
「アルムさん、ベルさん、今は演習の時間ではございません。それに………ケンカはめっ!ですよ!」
「あわわっ!すいませんッス!」
「………申し訳ありません。」
ふわふわした笑顔からは、人を安心させる暖かいオーラと人を黙らせる冷酷なオーラが混じった気が滲み出ており、それを受けた2人は怒りを収めて彼女に頭を下げた。
その様子をドラゴルフとルキアは畏敬の念を抱いてただ呆然と眺めている。
「皆さんがドラゴルフさんの事を大切な仲間と考えている事は先生わかってます。」
「私は…そんな事などない…」
「ベルさん…貴方は元・魔界勇者にして現在は国王であるお父様を持っているから「人の上に立つ者」のプレッシャーや痛みを人一倍分かっている………だから、勇者になる事への覚悟と責任をドラゴルフさんに自覚させる為にあえてあんなに冷たく当たっているんですよね?」
師に図星を突かれ、頬を赤らめて目を逸らすベル。
いかに冷酷な彼女とて魔物娘。心の中は相手を思いやる愛情に溢れているのだ。
「それで…あんな態度なんか取ってやがったのか…」
「ベル…お前という奴は…」
先ほどまで怒り心頭だったアルムは真相を知るや否や、心の奥底に残っている怒りを完全に消失させた。
彼は良くも悪くも単純で情に流されやすい男ではあるが、今はそれが良い方に働いたようである。
ルキアも普段の冷静な彼からは想像もつかない驚愕と感心の表情を浮かべて舌を巻くばかり。
「…………僕なんかの為に…ありがとう…ベル。」
勇者として鍛錬を積むようになった当初より、自分に冷たく当たっているベルの真意を知ったドラゴルフは感極まって泣き出しそうになる。
しかし、これからパーティを引っ張る勇者である自覚を思い出して堪えた。
彼女なりの、ベルに対するせめてもの感謝だ。
「ドラゴルフさん、皆さんがそうなように、私も貴方のことを信じています。ドラゴルフさんははただ考え方ややり方が皆さんとは少し違うだけ…それ故に周りと比べて自分はできないと感じているんだと思うんです。そう自分を責めないでくださいな。」
柔らかく、温もりに溢れた手がヘルハウンドの少女の頭を慈しむよう撫で回す。
「それに、貴方は勇者になりたい理由として「私のようにカッコよくて優しい人になりたい」…と言っていましたね?」
「はい…皆みたいに「人の役に立つ」という立派なものでもなく、ただのちっぽけな理想です…」
クークのわしゃわしゃとした手つきは犬にじゃれつく子供みたいな幼さを感じさせるが、全てを肯定して受け入れる母性にも溢れていた。
「………そんな立派な目標をちっぽけだなんてとんでもない。せっかくできた頑張る目標を自分でダメだと言ってしまうなんて…そんなの悲しいです。」
「あんな目標でも…良いんですか…?」
「ええ、良いんです。ちゃんと頑張れるなら…それで…良いんですよ!」
「せ、先生…」
棒立ちで頭を撫でられていたドラゴルフは、自然とクークへと抱き着いた。
クークは背丈が160cmちょっとなのに対し、彼女は170cm半ばもあるのでひざを折って中腰になる形でしがみついている。
「ドラゴルフさんはまだまだ成長している途中の身。だから、今こそ勇者としてはまだまだですが、ちゃんと頑張っていれば貴方が望んでいるように立派な勇者になれますから!」
「そうだぜドラゴルフ!絶対勇者にはなれる!自分を信じな!」
「俺達は仲間だ。いつだって相談にも乗ってやるし、なんだったら特訓にも付き合おう。」
「…すまなかったな。ドラゴルフ・ジオーガ。お前の情熱は…本物だったのだな。」
「うっ…………ううううっ……………………!」
尊敬する師匠、同門の仲間であるアルムとルキア、そして3人の中で1番自分の事を想ってくれていたベルからの激励を受け、ドラゴルフの涙腺は限界を迎えた。
「うわああああああああああああん!あ゛りがどうっ!あ゛りがどうっ!先生!み゛んなあ゛あああああああああああ!」
全力で号泣したことにより、心の中に溜まっていたありとあらゆる負の感情が一気に流されたようで彼女の顔は非常に晴れやかな笑顔となっている。
そんなドラゴルフの顔を見られて、クークも3人も満足そうに笑う。
これにて一件落着といったところだ。良かった良かった。
「さーて皆さん、訓練でお疲れのようですが、良ければ私の部屋でお菓子でも食べませんか?お茶も出しますよ!紅茶や緑茶もありますからね!」
「はいっ!僕お菓子食べたいですっ!」
「ちょうど腹減ってたんスよ!お願いします!」
「俺も、お言葉に甘えて一口貰いましょうか。」
「私は…………別に…いい…」
他の3人が続々とティータイムへの参加表明を示しているが、ただ1人ベルだけは反抗期真っ只中の中学生のように遠慮しようとするが…
『グギュウーーーーー……………』
大きな腹の音が出てしまった。これは言い逃れできない。
やはり体は正直者………欲望に忠実な魔物なら尚更であろう。
「……………………………。」
「なぁーんだ!やっぱりベルもお菓子食べたいんだねー!…ヒッ!?」
「ドラゴルフ・ジオーガ!…やはり貴様は勇者になる資格などない!」
よりにもよって察してほしくない事をバラしたドラゴルフに怒ってベルがレイピアを向ける。
一方、肝心のドラゴルフ本人は何故自分が怒られたのかが分からず、ウルフ種だけにただ狼狽するばかりだった。
「ええっ!?なんでぇ〜!?」
「貴様という奴は!もう少し人のことを考えんか!」
「人?何言ってるの?ベルは魔物じゃないか!」
「そういう事ではなーーーーーーーーい!」
「ひぃぃぃぃぃ〜っ!助けて〜〜〜〜〜〜!」
「コラーーーーー!待たんかーーーーーーーーーー!」
更に天然ボケまでかまされた事で怒髪天を衝く勢いで怒り狂ったベルは、そのまま逃げ惑うドラゴルフを一心不乱に追いかけ回し始めてしまう。
これには、クークも残された2人もただ呆然とするしかなかった。
「ありゃ…流石に俺も止められねぇぜ…女ってこえー………」
「せっかくのおやつタイムだというのに何をやっているんだ…あいつら…」
「え、えーと!ドラゴルフさーん!ベルさーん!早くしないと先に食べちゃいますよー!」
こうして、訓練所の1日は今日も過ぎていくのだった。
最も、彼らが「卒業」するまでの話ではあるが…
さらに月日が経って20年後。
初めて勇者育成計画が執行された魔物領の都市「ヒアット」。
そこにある訓練所では春の陽気と晴天の下、彼らを指導する魔界勇者と新たな勇者候補4人が鍛錬を励んでいた。
担当教官は人間の女性で、頭には羽根の大きいクリーム色のリボン、体には淡いピンク色の服を身に纏った麗しくも愛らしい雰囲気だ。
「はい!そこ!そこです!そうですよ!その調子です!」
“愛の伝道師 クーク・ミミー“
教え子の1人目は、人間の男子で体つきは長身で筋肉質、紺色と黄緑色のカラーリングの部道着を着ている。
彼が力を込めて殴りつけたサンドバッグは、殴られた部分が赤熱化した後に大爆発を起こして爆発四散した。
「ドォウッ!デェラァッ!」
“見習い武道家 アルム・オブシディア”
2人目は純白の鎧を身につけた氷の女王で、冷気を纏う琥珀色のサーベルを振るい、白銀のマントをたなびかせて舞うように…標的のタルに攻撃を仕掛けていく。
わずかな間に数十回も切り刻まれたタルはビシリビシリと切れ込みが入ってゆき、そこから氷柱が突き出して破裂する。
「フン。」
“見習い剣士 ベル・ブリザロス“
3人目はの海のように青いローブを着た人間の男子で、背は1人目の候補生アルムよりも少し高いものの、体つきはスリムで顔も女性的だ。
魔法で宙に浮かせた的に向かって、右手から水の力で生み出した高水圧のムチを放って真っ二つに割り、続いて呪文を詠唱して自分の周囲に雷の塊を複数を作り出す。
そして、その塊を真っ二つになった的に向かって放って消し飛ばした。
「…………ハッ!」
“見習い魔術師 ルキア・ライブリッツ“
そして4人目は…………黒と赤のカラーリングの剣士服を着た中肉中背のヘルハウンドだが、漆黒の西洋剣を振り上げて木偶人形に斬りかかっている……………が、素っ頓狂な掛け声を上げてまで放つ全力の攻撃は全部空振り三振…それどころか十振くらいという有様。
木偶人形には傷一つ付いておらず、新品と見間違う程である。
「てぇぇぇぇぇぇ…えあっ!?う、うわぁっ!」
そしてついに思い切り振りかぶった勢いで足を取られ、そのまま頭からズデンとすっ転んでしまった。
全くの素人である者から見ても危なっかしい体勢だったが、やはりこうなる他なかったようだ。
「うー…いててててて…」
“見習い「勇者」 ドラゴルフ・ジオーガ“
上記の二つ名にあるように、彼女はパーティーの要である「勇者」だ。
それなのに、この情けない体たらくなのである。
「みなさん相変わらず良くできていますねー!ハナマルですっ!」
3人の華麗な技と1人の無様な姿を見てクークはふっくらとした笑みをこぼす。
全員が精一杯頑張っている姿を、まるで自分の成長のように喜ぶ様はまさに教育者の鏡だ。
「皆さん、今日の訓練はここまでですよ!お疲れ様でしたー!」
「ハイッ!ありがとうございましたッス先生!」
「次のご指導もよろしくお願いしますね、先生。」
「先生、本日はご指導ありがとうございました。」
「はーい!みなさん気をつけて寮に戻ってくださいね〜…………ドラゴルフさん。もう止めて良いですよ。大丈夫です。」
訓練終了の報告をして、3人からの感謝を聞き届けたクークは解散の合図をする前に………まだ1人必死になって練習を続けているドラゴルフに声をかける。
「でぇーい!やー!」
「あのー…そこまで、そこまでですよ。」
何度外しても諦めずに標的に突撃していくドラゴルフの健闘も虚しく、剣は木偶人形に一回も当たらず、またしても頭から派手にずっこけてしまった所で彼女は名残惜しげに手を止めた。
「す、すいません!クーク先生…」
「良いんですよ。ドラゴルフさんがよく頑張っているという事は私は分かっています。」
「はい…………」
クークに慰められ、シュンと項垂れているドラゴルフ。
哀愁漂うその姿はこのクラスの「日常風景」と化している。
「ドラゴルフ…お前という奴は相変わらずの鈍さだな。本当にあのヘルハウンドなのかと疑問に思うぞ。あれで勇者になろうなどと………舐めているのか?」
「おいベル!良い加減にしろよ!アイツだって一生懸命にやってんだよ!」
ドラゴルフに向かって冷淡に言い放つベルに対し、アルムが割って入る。
努力と健気さを何よりも重んじる彼は彼女の発言に意を唱えたが、当のベル本人はどこ吹く風。謝罪や撤回は勿論しない気だ。
「一生懸命だからどうしたというのだ。頑張ったけど何もできませんでした……で済ませられるほど勇者は甘くない。」
「でもよぉ…………」
「勇者は子供向けの絵本や冒険物語のヒーローとは違う。所詮、上辺の活躍だけ見て勇者を志願した馬鹿者故に何か勘違いでもしているのだろう。」
ベルの辛辣すぎる発言を近くで聞いていたドラゴルフは萎縮し、その様はジパングの諺である「青菜に塩」という言葉が似合うほどである。
“普通”のヘルハウンドならここでベルに食ってかかるか、気にせず無視する筈なのだが、彼女はとて繊細かつ真面目な性格である故に真に受けてしまっていた。
(そうだよね…だって僕は……ただあの人の…クーク先生の…優しくてカッコイイところにだけ憧れて入っただけだもん……皆のように、誰かを守りたいだとか、国に仕える仕事がしたい…って訳じゃないんだ…)
そうだから仕方ないと心の中で吐露こそはしていたものの、腹の底では何もできていない自分が情けなくて、悔しくて仕方がなかった。
パーティーをまとめあげる勇者だというのに、何もできない有様。
その苦しさに泣こうにも、あんな言葉をぶつけられたのは自分の不甲斐なさが原因であるため泣くことすらおこがましいとして堪える。
周りに迷惑をかけてばかりで、そんな悪癖を無くせない自分がたまらなく嫌いだったのだ。
「お前の言うことも一理あるが、だからといってドラゴルフが全く成長しないという事もない筈。アイツの事をもう少し長い目で見たらどうだ?」
争う2人と落ち込むドラゴルフを見かねたルキアが、沈黙を破ってドラゴルフの前に出る。
あくまでも中立思想の彼だが、この時ばかりはベルのあんまりな言い分からドラゴルフを庇う事にした。
「そうだそうだ!俺たちもそうだがアイツは先生の弟子になってまだ1週間しか経ってない!まだまだこれからの時期なんだよ!」
「あくまでも私は一個人として事実を述べたまで。アイツが成長すると信じているのならばお前らで勝手に信じるが良い。まぁ…無理だろうがな。」
「んだとテメェ!それでも仲間か!」
「よせアルム!ベル!今争っても何もならん!やめろ!」
売り言葉に買い言葉。ベルの態度に堪忍袋の緒が切れたアルムは拳を彼の心境を表すかの如く赤熱化させて殴りかかり、それを迎撃するべくベルもレイピアを構えてアルムの懐へと突進していく。
しかし、2人の技と技がが激突するそれを見かねたクークがすんでの所で割って入り2人を止めた。
普段ののほほんとしたいわゆる「ゆるふわ」系の雰囲気からは想像がつかないえほどの素早い動きで2人の間へと移動し、アルムの拳に向かって突き、ベルのサーベルから放たれた氷の斬撃には火を纏った手刀をぶつけ、いずれの攻撃も相殺する。
「人間」の身であるにも関わらず、この訓練場でトップクラスの実力に入る2人の攻撃を受け流してしまう彼女は只者でない事が伺える。
「アルムさん、ベルさん、今は演習の時間ではございません。それに………ケンカはめっ!ですよ!」
「あわわっ!すいませんッス!」
「………申し訳ありません。」
ふわふわした笑顔からは、人を安心させる暖かいオーラと人を黙らせる冷酷なオーラが混じった気が滲み出ており、それを受けた2人は怒りを収めて彼女に頭を下げた。
その様子をドラゴルフとルキアは畏敬の念を抱いてただ呆然と眺めている。
「皆さんがドラゴルフさんの事を大切な仲間と考えている事は先生わかってます。」
「私は…そんな事などない…」
「ベルさん…貴方は元・魔界勇者にして現在は国王であるお父様を持っているから「人の上に立つ者」のプレッシャーや痛みを人一倍分かっている………だから、勇者になる事への覚悟と責任をドラゴルフさんに自覚させる為にあえてあんなに冷たく当たっているんですよね?」
師に図星を突かれ、頬を赤らめて目を逸らすベル。
いかに冷酷な彼女とて魔物娘。心の中は相手を思いやる愛情に溢れているのだ。
「それで…あんな態度なんか取ってやがったのか…」
「ベル…お前という奴は…」
先ほどまで怒り心頭だったアルムは真相を知るや否や、心の奥底に残っている怒りを完全に消失させた。
彼は良くも悪くも単純で情に流されやすい男ではあるが、今はそれが良い方に働いたようである。
ルキアも普段の冷静な彼からは想像もつかない驚愕と感心の表情を浮かべて舌を巻くばかり。
「…………僕なんかの為に…ありがとう…ベル。」
勇者として鍛錬を積むようになった当初より、自分に冷たく当たっているベルの真意を知ったドラゴルフは感極まって泣き出しそうになる。
しかし、これからパーティを引っ張る勇者である自覚を思い出して堪えた。
彼女なりの、ベルに対するせめてもの感謝だ。
「ドラゴルフさん、皆さんがそうなように、私も貴方のことを信じています。ドラゴルフさんははただ考え方ややり方が皆さんとは少し違うだけ…それ故に周りと比べて自分はできないと感じているんだと思うんです。そう自分を責めないでくださいな。」
柔らかく、温もりに溢れた手がヘルハウンドの少女の頭を慈しむよう撫で回す。
「それに、貴方は勇者になりたい理由として「私のようにカッコよくて優しい人になりたい」…と言っていましたね?」
「はい…皆みたいに「人の役に立つ」という立派なものでもなく、ただのちっぽけな理想です…」
クークのわしゃわしゃとした手つきは犬にじゃれつく子供みたいな幼さを感じさせるが、全てを肯定して受け入れる母性にも溢れていた。
「………そんな立派な目標をちっぽけだなんてとんでもない。せっかくできた頑張る目標を自分でダメだと言ってしまうなんて…そんなの悲しいです。」
「あんな目標でも…良いんですか…?」
「ええ、良いんです。ちゃんと頑張れるなら…それで…良いんですよ!」
「せ、先生…」
棒立ちで頭を撫でられていたドラゴルフは、自然とクークへと抱き着いた。
クークは背丈が160cmちょっとなのに対し、彼女は170cm半ばもあるのでひざを折って中腰になる形でしがみついている。
「ドラゴルフさんはまだまだ成長している途中の身。だから、今こそ勇者としてはまだまだですが、ちゃんと頑張っていれば貴方が望んでいるように立派な勇者になれますから!」
「そうだぜドラゴルフ!絶対勇者にはなれる!自分を信じな!」
「俺達は仲間だ。いつだって相談にも乗ってやるし、なんだったら特訓にも付き合おう。」
「…すまなかったな。ドラゴルフ・ジオーガ。お前の情熱は…本物だったのだな。」
「うっ…………ううううっ……………………!」
尊敬する師匠、同門の仲間であるアルムとルキア、そして3人の中で1番自分の事を想ってくれていたベルからの激励を受け、ドラゴルフの涙腺は限界を迎えた。
「うわああああああああああああん!あ゛りがどうっ!あ゛りがどうっ!先生!み゛んなあ゛あああああああああああ!」
全力で号泣したことにより、心の中に溜まっていたありとあらゆる負の感情が一気に流されたようで彼女の顔は非常に晴れやかな笑顔となっている。
そんなドラゴルフの顔を見られて、クークも3人も満足そうに笑う。
これにて一件落着といったところだ。良かった良かった。
「さーて皆さん、訓練でお疲れのようですが、良ければ私の部屋でお菓子でも食べませんか?お茶も出しますよ!紅茶や緑茶もありますからね!」
「はいっ!僕お菓子食べたいですっ!」
「ちょうど腹減ってたんスよ!お願いします!」
「俺も、お言葉に甘えて一口貰いましょうか。」
「私は…………別に…いい…」
他の3人が続々とティータイムへの参加表明を示しているが、ただ1人ベルだけは反抗期真っ只中の中学生のように遠慮しようとするが…
『グギュウーーーーー……………』
大きな腹の音が出てしまった。これは言い逃れできない。
やはり体は正直者………欲望に忠実な魔物なら尚更であろう。
「……………………………。」
「なぁーんだ!やっぱりベルもお菓子食べたいんだねー!…ヒッ!?」
「ドラゴルフ・ジオーガ!…やはり貴様は勇者になる資格などない!」
よりにもよって察してほしくない事をバラしたドラゴルフに怒ってベルがレイピアを向ける。
一方、肝心のドラゴルフ本人は何故自分が怒られたのかが分からず、ウルフ種だけにただ狼狽するばかりだった。
「ええっ!?なんでぇ〜!?」
「貴様という奴は!もう少し人のことを考えんか!」
「人?何言ってるの?ベルは魔物じゃないか!」
「そういう事ではなーーーーーーーーい!」
「ひぃぃぃぃぃ〜っ!助けて〜〜〜〜〜〜!」
「コラーーーーー!待たんかーーーーーーーーーー!」
更に天然ボケまでかまされた事で怒髪天を衝く勢いで怒り狂ったベルは、そのまま逃げ惑うドラゴルフを一心不乱に追いかけ回し始めてしまう。
これには、クークも残された2人もただ呆然とするしかなかった。
「ありゃ…流石に俺も止められねぇぜ…女ってこえー………」
「せっかくのおやつタイムだというのに何をやっているんだ…あいつら…」
「え、えーと!ドラゴルフさーん!ベルさーん!早くしないと先に食べちゃいますよー!」
こうして、訓練所の1日は今日も過ぎていくのだった。
最も、彼らが「卒業」するまでの話ではあるが…
21/04/07 03:41更新 / 消毒マンドリル
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