天国の狂犬 (後編) 〜シリアスバスター おふざけ全開モード〜
「それでは、お迎えに上がりますね。」
「はい。」
約束の朝。清潔な身なりの士官たちとラクノーはコボルド小屋の前に居た。
士官たちが慎重に扉を開け、薄暗い室内に日の光が差す。
「んみゅう……」
「ふぁぁぁ……」
「おひゃよぉ……」
光の刺激により、小屋の中のコボルド達がモゾモゾと起床していく。
「やぁみんな。昨日、ラクノーお兄ちゃんに楽しい場所に連れて行くって話して貰ったよね?」
「おじさん達が、その楽しい場所に連れて行ってあげるよ。」
「ほんとー?」
「やったー!」
士官たちの誘導により、コボルド達は数十人ごとに用意された魔方陣の上へと乗り、教会へと転送されていった。
「おにいちゃーん!ばいばーい!」
「たのしくあそんでくるよー!」
この後に起きることも知らずに、無垢なコボルド達は魔方陣へと吸い込まれていく。
そんな彼女らを、ラクノーはただ笑顔で見送るしかなかった。
「……うーん、なんかおっきいおへやだなー」
「そうだねー」
「ぼくたちのおうちよりきれいだねー」
天井も床も真っ白な無機質な部屋に、コボルド達は転送された。
「あっ、あれ、なんだろー?」
「んー?どれどれー?」
一人の声を聞いたコボルド達は一斉に天井を見上げる。
そこには、たくさん穴の開いた球体状の機関が逆さに設置されていた。
「あたらしいおもちゃかな?」
「おいしいくだものかもよー?」
純粋な子犬たちは機関を見て、好き好きに個人の感想を述べていた。
玩具、果物、お菓子、お友達……
さまざまな可愛らしい憶測が飛び交っているが、これはそんなに可愛らしいものではない。
あの機関は、霧状にした聖なる魔力を噴出するものだ。
噴出される魔力は特殊なもので、自動で近くの物体に吸い寄せられるように加工してある。
本来は武器やアイテムに使われるものだが、生物に使われることはなかった。
一度だけ人間でその実験を行ったのだが、適正が合わずその対象が死亡してしまったからだ。
しかし、国家の危機を救うために、その禁忌の試みは再び施行されることとなる。
「それでは司祭様。始めましょう。」
「うむ。分かった。」
一方、司祭の部屋では、司祭、コブットリ助祭、そして国王のドーベルと将軍のジャーマンも加わり、映像用の水晶を通して部屋のコボルド達の様子を見ていた。
「これは国の運命が関わっているモノだからな……故に国王たる私は見届けねばならん……このような残酷な行為でも……」
「ドーベル陛下、彼女らの犠牲を無駄にしない為にも、このジャーマン、勝利を勝ち取って見せます。」
「かたじけない、ジャーマン将軍。それでは皆の衆。心の準備は良いか。」
「はい。」
「御意。」
「もちろんです。」
司祭は机の上に半透明なパネル状の端末を出現させ、右下にある大きな赤いボタンを押した。
「うー?」
「どうしたのー?」
「あそこからキラキラがでているねー」
上の機関から、聖の魔力が噴き出した。
「うわー!きれーい!」
「なんだろ?このきらきら、あたちのからだにはいってくよー?」
「ほんとだー!おもしろーい!」
自身の体内に吸収されていく魔力を見ておおはしゃぎするコボルド達。
頭、手、体、足、尻尾……彼女らの体の至る所にに魔力が行き渡っていく。
「司祭殿。特に変化は無さそうだな。」
「今の所は、ですね。」
「そうだな……ん!?」
「どうしましたか。陛下。」
「し、司祭殿!皆!あれを見るのだ!」
「どれ……!?」
実験を始めて数十分。ドーベル国王が驚いた様子で水晶に映っていたコボルドの一匹を指差した。
ただならぬ様子に、三人はドーベル国王が指差した方向を見た。
「こ、これは………………!」
そこには、一匹のコボルドが居た。
彼女は、皮膚から毛皮まで純白に染まり、体中からほのかな白い光を放っていた。
「わー!キラキラをつかまえてたら、まっしろになっちゃった!」
「すごーい!かっこいいー!」
「ボクもキラキラをたくさんつかまえてかっこよくなるぞー!」
「わたしもー!キラキラつかまえるー!」
コボルド達は、あの個体のようになるべく積極的に魔力を集めようと、我先に機関の下に集まる。
「むー!わたしがさきー!」
「あたちのほうがはやかったー!」
二匹が魔力をめぐって喧嘩を始めてしまった。
子供のケンカというものはこういう単純なことがキッカケで起きやすい。
「ほらほら〜ケンカしないの〜ふたりともきっとボクみたいになれるよ〜」
「…そっか。ごめんねー」
「こっちこそ、ごめんねー」
二番目に白くなった個体が、二匹の間に割って入って仲裁した。
背伸びしているお姉さん感があって可愛い。
「へ、陛下……なんか思ったよりホンワカしていますね。」
「思っていたよりシリアスではないな……」
「可愛い……うちに一匹欲しい……」
「し、司祭様!?」
「な、なんでもない。コブットリ。この実験は大成功と呼んで良い。見守り…いや観察を続けよう。」
あまりにも微笑ましすぎる光景に、司祭たちの間の空気は殺伐としたものから間の抜けたものになってしまっていた。
「わーい!まっしろー!」
「すごーい!まっしろー!」
「あはははー!かっこいいー!」
次々と、魔力を受けて真っ白けっけになっていくコボルド達を見ている司祭たちは自分達でも気が付かぬうちに、目を細め、頬を緩めていた。
「あぁ〜、良き…良き…尊い…」
「すっごくかっこいいでちゅよぉぉぉ〜♥」
「カワイイ!カワイイ!ウホホーッ!」
「萌えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!」
大の男四人、それも国の行く末を左右するであろう者たちは、コボルド達が喜ぶ姿を見て盛大に悶絶していた。
その姿は大変滑稽で、馬鹿馬鹿しい。
自分達が尊敬している王と将軍、教会の上層部が幼女の集団を見て萌え豚となっているのを見た国民は、一体どんな反応をするのだろうか。
「みんなぁぁぁぁぁ!かわひぃぃぃぃぃぃよおおおおおおおお!」
勢い余った助祭は、操作端末の魔力噴出量の項目を一気に最大にしてしまった。
機関から大量の魔力が噴出し、実験室の中は視界も分からなくなるほどのキラキラ……もとい魔力で充満する。
「あははははははーーーーーー!キラキラふえたーーーーー!」
「もっとかっこよくなるぞー!」
待ち望んでいたキラキラの大量出現に、無邪気な子犬達は歓喜して叫び、飛んで跳ねて回った。
そして、煌めく霧が晴れて視界が綺麗になると、そこにはさらに毛皮がモッフモフに、色の白さが増したコボルド達が現れた。
「うほひょひょひょひょーーーー!じっけんせいこーーーーー!コボルドちゃん萌えーーーーーーー!」
「もふもふさいこぉーーーーーーー!」
「ムホーーーーーッ!かわいいーーーーーーーー!」
「包まれてぇーーーーーっ!」
さらに可愛らしくなったコボルド達の姿に、4人はすっかり骨抜きにされていた。
いや、それどころか体中の物を全て引き抜かれて皮だけになってしまったと言っていいだろう。
「ぶひーーーー!ぶひーーーーー!萌えーーーーーー!……ハッ!皆様!大変です!噴出する魔力が切れました!」
「パオーーーーーーン!……コブットリ、それは本当か!」
「はい!言いにくいのですが……我々が彼女らに魅了されている間に全て使い切ってしまったようです!」
「こぉぉぉけぇこっこぉぉぉぉぉぉーーーー!……何だと!クッ!私としたことが……!」
「ニャーーーーーオ!…それは困ったな……すまぬ…私が不甲斐ないばかりに…」
一時間後、先程までトチ狂っていた男4人は我に返った。
この部屋で使われる魔力は、教会の魔力貯蔵庫から全て引いており、この部屋で使う以外に、教会の施設の動力源にも使われている。
しかも、その役割はそれだけではない。
「き、緊急事態ーーーーーーーッ!」
「何事だっ!?」
部屋の扉が開き、慌ただしい様子の伝令係が現れた。
「たった今、教会内の魔力が失われたため、国を守る結界が消失してしまいました!」
「「「「なんだとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーッ!?」」」」
この国は城壁を作れる資源が無いため、それの代わりに魔力で精製した結界をはりめぐらせることで外敵の侵入を防いでいた。
その結界を作り出している魔力を貯め、製造しているのがこの教会だ。
今から失われた分の魔力を製造するにもかなりの時間を費やすため、魔物の襲撃にまで間に合わない。
だがそもそも、幾度も重なる魔物の襲撃により国家予算が底を着きかけているため魔力の製造はできない。
「一体!誰がこんなことを……!」
「「「「……………………。」」」」
流石に4人は自分達が元凶であるとは明かさなかった。
いや、明かせる勇気が無かった。
「き、きっと魔物のしわざだろう!」
「そそそっ、そうだ!そうに違いない!」
「へ、陛下…皆様…随分と慌てているようですが、何かあったのですか?」
「何でもないっ!断じて何でもない!」
呆然とする伝令係の後ろから、さらにもう一人の伝令係が現れた。
「緊急事態−−−−−ッ!お、王国正面に魔物軍を捕捉しました〜!!!!!!」
「なにぃぃぃぃぃぃーーーーーーッ!?」
「どうやら進路を変更したようです!先日の移動ルートは、我々を油断させるための囮だった模様です!」
伝令係(二人目)の知らせを聞き、固まる4人組。
しかし、すぐに司祭が我を取り戻して口を開いた。
「………実験室に居るコボルド達を今すぐ向かわせる!市民を非難させるんだ!」
「ですが……あんな調子の彼女らが魔物が倒せると思いますか?」
助祭が指差した水晶には、地面をゴロゴロしていたりじゃれあっているコボルド達が映っている。
「…………確かに…戦意はまったく感じられんな……しかし、国の危機である以上、たとえこんな調子の彼女達でも戦わせねばならん!私は彼女らを引き連れて魔物軍にぶつける!」
「ハハッ!」
「将軍は軍の指揮を、コブットリは陛下の警護を頼んだぞ!」
残る三人に向かって司祭は言い放つと、扉を開けて実験室へと向かって行った。
「ハァ…ハァ…みんな!楽しかったかなァ〜…」
「うん!とってもたのしかった!」
「かっこよくなれてうれしい!」
心なしか、コボルド達の笑顔はさらに眩しいものとなっていた。
司祭はそれに魅了されそうになるが、なんとか堪えて話をする。
「まだまだ、楽しい事はあるからね!これから、みんなと遊びたいお姉さんたちがこっちに来ているんだ!みんなは一緒に遊びたいと思うかな!」
「「「はーーーーーい!」」」
遊び隊盛りの子犬たちは、全員元気良く手を挙げた。
「それじゃあ、おじさんについて来てね!」
長年のデスクワークでくたびれてきた体にムチを打ち、王国の正面の咆哮へと走り出して行く。
「あはははー!たのしみー!」
「あそぶあそぶー!」
「はははは、みんな、元気いっぱいだねー!行くぞー!」
「おーーーっ!」
純白の子犬軍団を引き連れて、ダッシュすること。
教会を飛び出し、民が避難して居なくなった街を駆け、王国の正門を潜り、真っ直ぐに突き進み、ついに敵と相対した。
武器を振り上げ、ギラギラとした目つきで迫る突撃兵、その後ろでドッシリと槍を構える騎士、最後尾にはあの大将のヴァンパイアが居た。
「ヒャッハー!男漁りだ―っ!」
「ガンガンなぎ倒していくぜーっ!」
兵士たちは己の思い思いの感情を抱き、一心不乱に突撃していく。
「母より譲り受けた座に懸けて、軍師アリーシャがこの国を落とす!」
「…みんな!思い切りお姉さんたちと遊んで来い!おじさんは用事ができちゃったから先に帰るぞーーーーーっ!」
タイミングを見計らった司祭は、戦前をUターンして離脱し、王国の方へと全力で戻って行った。
「フン、何を思ったのか知らんが、こんな子犬ごときで私の部隊を攻略できると思っているのか!全軍突撃!」
「オォォォォォォ!」
大将の号令で士気が上がった兵士たちは、コボルド軍団めがけて突っ込んでいく。
「フフフフフ……戦いを知らぬ小娘であっても容赦はせん。それが私のやり……!?」
自分の優秀な部下たちが、とぼけた相手の軍勢を叩き潰す光景を想定していたヴァンパイアは呆気に取られた。
突撃していった兵士や騎士たちは、突然武器を放り出したかと思うと、無邪気な笑顔を浮かべてコボルド達と遊びだしたのだ。
「あはははー!」
「たーのしー!」
コボルドと和気あいあいと追いかけっこをするヘルハウンドの兵士。
「ほーらたかいたかーい」
「きゃっきゃ♪」
コボルドを肩車するオーガの兵士。
「いーち、にー、さーん、しー、ごー」
「ろっく、しっち、はっち、きゅう…」
数人のコボルドとムチを大繩にして縄跳びをするダークエルフの兵士。
「おねえさんは、おはなやさんねー」
頭に花の冠を乗せられるデュラハンの騎士。
「あははっ!」
「つめたーい!」
体を触らせているダークスライムの兵士。
「い、一体何なんだ…この光景は…」
ヴァンパイアの大将はワナワナと震えている。
精魂をこめて鍛え上げた屈強な部下が、訳も分からんふざけた小娘どもにアッサリと懐柔されてしまっている姿に憤りを覚えているのだ。
「アリーシャ様ぁ〜」
「なんだ…!?」
横から地面をゴロゴロ転がる形で、リザードマンの副官が現れた。
彼女には二匹のコボルドがじゃれついており、鎧はコボルドの毛だらけになっている。
「もうこんな物騒なマネはやめましょうよ〜、平和が一番です〜あはっ、くすぐったーい」
「………………。」
信頼しきっていた副官までも籠絡されてしまった様を見て、ヴァンパイアの大将は呆然とする。
「ヒヒン…」
「……おい、お前も羨ましそうに見るんじゃない。」
彼女が騎乗している愛馬までもが、コボルド達の愛くるしさに虜になっている。
これにはもう、ヴァンパイアの大将も怒りを通り越して呆れるしかない。
「ヒィー…ブルル…」
「気持ちは分かるがダメだ!相手は敵だ!敵!絶対に心を許しては……」
「あ、おうまさんだー」
「すごーい!つよそー!」
どこからか数匹のコボルドが、困惑している将と悩殺されてしまったバカ馬の前に現れた。
好奇心に満ち溢れ透き通った純粋な目で、ヴァンパイアの大将とその愛馬を見ている。
「え、ええい!来るな!下賤な獣どもめ!叩き斬るぞ!」
愛嬌に惑わされそうになるのを防ぐため、ヴァンパイアの大将は剣を振りかざしてコボルド達を威嚇するが、コボルド達にはまったく効いていない。
「すごーい!つよそうなけんだね!」
「おさかなもきれいにきれそう!」
「くっ…い、いい加減にしろーっ!」
ヤケクソになったヴァンパイアの大将が剣を振り下ろそうとしたその時。
「うっ……な、なんだ……この感覚は……気が落ち着くような……」
コボルドの体から、煌めくエメラルド色のオーラが出てきた。
オーラに充てられたヴァンパイアの大将は、大人しく剣を収める。
「……いいよ。お姉ちゃんのお馬さんに乗せてあげよう…………。」
「やったー!」
「ばんざーい!」
すっかり表情が柔らかくなった軍の大将は、無垢な子犬二匹を愛馬の鞍へと招待した。
「たかーい!」
「おちないかな?」
「しっかり掴まっていれば大丈夫だよ。さぁ、出発進行!」
「わー!はやーい!」
すっかり刺々しい態度が抜けたヴァンパイアの大将は、愛馬に二匹のコボルドを乗せ、平原を駆け回っていた。
その顔は、母から軍師の座を引き継ぐ資格を得た時よりも、自分よりも強い者を倒した時よりも、喜びに満ちた顔だった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
「みんなー、できたよー」
「やったー!おにぎりだー!」
ラクノーの農場。コボルド達はあの戦い(?)から戻り、主人の元で元気に暮らしていた。
あれ以来、国に戻ったコボルド達の癒しのオーラを受けて育った作物を食べた国民の心に余裕と温かさが生まれ、柔軟な考えをする者が出てきた。
結果、今まで禁欲的だった教団のルールが主神を信仰しつつ、己の幸せを追い求めて生きるモノに代わり、国民に活気が出た。
なんだかんだで魔物も受け入れるようになり、反魔物思想を撤廃し、、例の隣国の親魔物国と国交を結び、立派なパートナーとして共に歩むこととなった。
あの戦いのバカバカしい経緯は、両国の定番の笑い話となっている。
「いっただっきまーす!」
「おいしー!」
「ふふふ、良かった。ちゃんと働いて食べるご飯は美味しい?」
「うん!」
青空の下、青年となったラクノーの作ったおにぎりを頬張るコボルド達。
マジで天使だ。
「ラクノー、戻ったぞ。」
「お疲れ様、アリーシャ。」
和気あいあいとしている所へ、あの時のヴァンパイアの大将が現れる。
彼女はあの時から猛烈にあのコボルド達が好きになってしまい、また彼女らに会おうとこの農場を訪れ、ラクノーと出会った。
彼女の考えがかなり軟化していたこともあって、トントン拍子で結婚に至り、その後は、軍師の才能を開花させ、国が誇れる立派な軍師に成長を遂げた。
「ごしゅじーん、あそぼー」
「ゴメン。悪いけど、今はお腹がすいているから後でいいかな?」
「わかったー!またあとでねー!」
平和を築き上げた無垢な子犬たちは、いつでも明るく、元気一杯に頑張っている。
「はい。」
約束の朝。清潔な身なりの士官たちとラクノーはコボルド小屋の前に居た。
士官たちが慎重に扉を開け、薄暗い室内に日の光が差す。
「んみゅう……」
「ふぁぁぁ……」
「おひゃよぉ……」
光の刺激により、小屋の中のコボルド達がモゾモゾと起床していく。
「やぁみんな。昨日、ラクノーお兄ちゃんに楽しい場所に連れて行くって話して貰ったよね?」
「おじさん達が、その楽しい場所に連れて行ってあげるよ。」
「ほんとー?」
「やったー!」
士官たちの誘導により、コボルド達は数十人ごとに用意された魔方陣の上へと乗り、教会へと転送されていった。
「おにいちゃーん!ばいばーい!」
「たのしくあそんでくるよー!」
この後に起きることも知らずに、無垢なコボルド達は魔方陣へと吸い込まれていく。
そんな彼女らを、ラクノーはただ笑顔で見送るしかなかった。
「……うーん、なんかおっきいおへやだなー」
「そうだねー」
「ぼくたちのおうちよりきれいだねー」
天井も床も真っ白な無機質な部屋に、コボルド達は転送された。
「あっ、あれ、なんだろー?」
「んー?どれどれー?」
一人の声を聞いたコボルド達は一斉に天井を見上げる。
そこには、たくさん穴の開いた球体状の機関が逆さに設置されていた。
「あたらしいおもちゃかな?」
「おいしいくだものかもよー?」
純粋な子犬たちは機関を見て、好き好きに個人の感想を述べていた。
玩具、果物、お菓子、お友達……
さまざまな可愛らしい憶測が飛び交っているが、これはそんなに可愛らしいものではない。
あの機関は、霧状にした聖なる魔力を噴出するものだ。
噴出される魔力は特殊なもので、自動で近くの物体に吸い寄せられるように加工してある。
本来は武器やアイテムに使われるものだが、生物に使われることはなかった。
一度だけ人間でその実験を行ったのだが、適正が合わずその対象が死亡してしまったからだ。
しかし、国家の危機を救うために、その禁忌の試みは再び施行されることとなる。
「それでは司祭様。始めましょう。」
「うむ。分かった。」
一方、司祭の部屋では、司祭、コブットリ助祭、そして国王のドーベルと将軍のジャーマンも加わり、映像用の水晶を通して部屋のコボルド達の様子を見ていた。
「これは国の運命が関わっているモノだからな……故に国王たる私は見届けねばならん……このような残酷な行為でも……」
「ドーベル陛下、彼女らの犠牲を無駄にしない為にも、このジャーマン、勝利を勝ち取って見せます。」
「かたじけない、ジャーマン将軍。それでは皆の衆。心の準備は良いか。」
「はい。」
「御意。」
「もちろんです。」
司祭は机の上に半透明なパネル状の端末を出現させ、右下にある大きな赤いボタンを押した。
「うー?」
「どうしたのー?」
「あそこからキラキラがでているねー」
上の機関から、聖の魔力が噴き出した。
「うわー!きれーい!」
「なんだろ?このきらきら、あたちのからだにはいってくよー?」
「ほんとだー!おもしろーい!」
自身の体内に吸収されていく魔力を見ておおはしゃぎするコボルド達。
頭、手、体、足、尻尾……彼女らの体の至る所にに魔力が行き渡っていく。
「司祭殿。特に変化は無さそうだな。」
「今の所は、ですね。」
「そうだな……ん!?」
「どうしましたか。陛下。」
「し、司祭殿!皆!あれを見るのだ!」
「どれ……!?」
実験を始めて数十分。ドーベル国王が驚いた様子で水晶に映っていたコボルドの一匹を指差した。
ただならぬ様子に、三人はドーベル国王が指差した方向を見た。
「こ、これは………………!」
そこには、一匹のコボルドが居た。
彼女は、皮膚から毛皮まで純白に染まり、体中からほのかな白い光を放っていた。
「わー!キラキラをつかまえてたら、まっしろになっちゃった!」
「すごーい!かっこいいー!」
「ボクもキラキラをたくさんつかまえてかっこよくなるぞー!」
「わたしもー!キラキラつかまえるー!」
コボルド達は、あの個体のようになるべく積極的に魔力を集めようと、我先に機関の下に集まる。
「むー!わたしがさきー!」
「あたちのほうがはやかったー!」
二匹が魔力をめぐって喧嘩を始めてしまった。
子供のケンカというものはこういう単純なことがキッカケで起きやすい。
「ほらほら〜ケンカしないの〜ふたりともきっとボクみたいになれるよ〜」
「…そっか。ごめんねー」
「こっちこそ、ごめんねー」
二番目に白くなった個体が、二匹の間に割って入って仲裁した。
背伸びしているお姉さん感があって可愛い。
「へ、陛下……なんか思ったよりホンワカしていますね。」
「思っていたよりシリアスではないな……」
「可愛い……うちに一匹欲しい……」
「し、司祭様!?」
「な、なんでもない。コブットリ。この実験は大成功と呼んで良い。見守り…いや観察を続けよう。」
あまりにも微笑ましすぎる光景に、司祭たちの間の空気は殺伐としたものから間の抜けたものになってしまっていた。
「わーい!まっしろー!」
「すごーい!まっしろー!」
「あはははー!かっこいいー!」
次々と、魔力を受けて真っ白けっけになっていくコボルド達を見ている司祭たちは自分達でも気が付かぬうちに、目を細め、頬を緩めていた。
「あぁ〜、良き…良き…尊い…」
「すっごくかっこいいでちゅよぉぉぉ〜♥」
「カワイイ!カワイイ!ウホホーッ!」
「萌えぇぇぇぇぇぇぇぇーーーーーーーっ!」
大の男四人、それも国の行く末を左右するであろう者たちは、コボルド達が喜ぶ姿を見て盛大に悶絶していた。
その姿は大変滑稽で、馬鹿馬鹿しい。
自分達が尊敬している王と将軍、教会の上層部が幼女の集団を見て萌え豚となっているのを見た国民は、一体どんな反応をするのだろうか。
「みんなぁぁぁぁぁ!かわひぃぃぃぃぃぃよおおおおおおおお!」
勢い余った助祭は、操作端末の魔力噴出量の項目を一気に最大にしてしまった。
機関から大量の魔力が噴出し、実験室の中は視界も分からなくなるほどのキラキラ……もとい魔力で充満する。
「あははははははーーーーーー!キラキラふえたーーーーー!」
「もっとかっこよくなるぞー!」
待ち望んでいたキラキラの大量出現に、無邪気な子犬達は歓喜して叫び、飛んで跳ねて回った。
そして、煌めく霧が晴れて視界が綺麗になると、そこにはさらに毛皮がモッフモフに、色の白さが増したコボルド達が現れた。
「うほひょひょひょひょーーーー!じっけんせいこーーーーー!コボルドちゃん萌えーーーーーーー!」
「もふもふさいこぉーーーーーーー!」
「ムホーーーーーッ!かわいいーーーーーーーー!」
「包まれてぇーーーーーっ!」
さらに可愛らしくなったコボルド達の姿に、4人はすっかり骨抜きにされていた。
いや、それどころか体中の物を全て引き抜かれて皮だけになってしまったと言っていいだろう。
「ぶひーーーー!ぶひーーーーー!萌えーーーーーー!……ハッ!皆様!大変です!噴出する魔力が切れました!」
「パオーーーーーーン!……コブットリ、それは本当か!」
「はい!言いにくいのですが……我々が彼女らに魅了されている間に全て使い切ってしまったようです!」
「こぉぉぉけぇこっこぉぉぉぉぉぉーーーー!……何だと!クッ!私としたことが……!」
「ニャーーーーーオ!…それは困ったな……すまぬ…私が不甲斐ないばかりに…」
一時間後、先程までトチ狂っていた男4人は我に返った。
この部屋で使われる魔力は、教会の魔力貯蔵庫から全て引いており、この部屋で使う以外に、教会の施設の動力源にも使われている。
しかも、その役割はそれだけではない。
「き、緊急事態ーーーーーーーッ!」
「何事だっ!?」
部屋の扉が開き、慌ただしい様子の伝令係が現れた。
「たった今、教会内の魔力が失われたため、国を守る結界が消失してしまいました!」
「「「「なんだとぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーッ!?」」」」
この国は城壁を作れる資源が無いため、それの代わりに魔力で精製した結界をはりめぐらせることで外敵の侵入を防いでいた。
その結界を作り出している魔力を貯め、製造しているのがこの教会だ。
今から失われた分の魔力を製造するにもかなりの時間を費やすため、魔物の襲撃にまで間に合わない。
だがそもそも、幾度も重なる魔物の襲撃により国家予算が底を着きかけているため魔力の製造はできない。
「一体!誰がこんなことを……!」
「「「「……………………。」」」」
流石に4人は自分達が元凶であるとは明かさなかった。
いや、明かせる勇気が無かった。
「き、きっと魔物のしわざだろう!」
「そそそっ、そうだ!そうに違いない!」
「へ、陛下…皆様…随分と慌てているようですが、何かあったのですか?」
「何でもないっ!断じて何でもない!」
呆然とする伝令係の後ろから、さらにもう一人の伝令係が現れた。
「緊急事態−−−−−ッ!お、王国正面に魔物軍を捕捉しました〜!!!!!!」
「なにぃぃぃぃぃぃーーーーーーッ!?」
「どうやら進路を変更したようです!先日の移動ルートは、我々を油断させるための囮だった模様です!」
伝令係(二人目)の知らせを聞き、固まる4人組。
しかし、すぐに司祭が我を取り戻して口を開いた。
「………実験室に居るコボルド達を今すぐ向かわせる!市民を非難させるんだ!」
「ですが……あんな調子の彼女らが魔物が倒せると思いますか?」
助祭が指差した水晶には、地面をゴロゴロしていたりじゃれあっているコボルド達が映っている。
「…………確かに…戦意はまったく感じられんな……しかし、国の危機である以上、たとえこんな調子の彼女達でも戦わせねばならん!私は彼女らを引き連れて魔物軍にぶつける!」
「ハハッ!」
「将軍は軍の指揮を、コブットリは陛下の警護を頼んだぞ!」
残る三人に向かって司祭は言い放つと、扉を開けて実験室へと向かって行った。
「ハァ…ハァ…みんな!楽しかったかなァ〜…」
「うん!とってもたのしかった!」
「かっこよくなれてうれしい!」
心なしか、コボルド達の笑顔はさらに眩しいものとなっていた。
司祭はそれに魅了されそうになるが、なんとか堪えて話をする。
「まだまだ、楽しい事はあるからね!これから、みんなと遊びたいお姉さんたちがこっちに来ているんだ!みんなは一緒に遊びたいと思うかな!」
「「「はーーーーーい!」」」
遊び隊盛りの子犬たちは、全員元気良く手を挙げた。
「それじゃあ、おじさんについて来てね!」
長年のデスクワークでくたびれてきた体にムチを打ち、王国の正面の咆哮へと走り出して行く。
「あはははー!たのしみー!」
「あそぶあそぶー!」
「はははは、みんな、元気いっぱいだねー!行くぞー!」
「おーーーっ!」
純白の子犬軍団を引き連れて、ダッシュすること。
教会を飛び出し、民が避難して居なくなった街を駆け、王国の正門を潜り、真っ直ぐに突き進み、ついに敵と相対した。
武器を振り上げ、ギラギラとした目つきで迫る突撃兵、その後ろでドッシリと槍を構える騎士、最後尾にはあの大将のヴァンパイアが居た。
「ヒャッハー!男漁りだ―っ!」
「ガンガンなぎ倒していくぜーっ!」
兵士たちは己の思い思いの感情を抱き、一心不乱に突撃していく。
「母より譲り受けた座に懸けて、軍師アリーシャがこの国を落とす!」
「…みんな!思い切りお姉さんたちと遊んで来い!おじさんは用事ができちゃったから先に帰るぞーーーーーっ!」
タイミングを見計らった司祭は、戦前をUターンして離脱し、王国の方へと全力で戻って行った。
「フン、何を思ったのか知らんが、こんな子犬ごときで私の部隊を攻略できると思っているのか!全軍突撃!」
「オォォォォォォ!」
大将の号令で士気が上がった兵士たちは、コボルド軍団めがけて突っ込んでいく。
「フフフフフ……戦いを知らぬ小娘であっても容赦はせん。それが私のやり……!?」
自分の優秀な部下たちが、とぼけた相手の軍勢を叩き潰す光景を想定していたヴァンパイアは呆気に取られた。
突撃していった兵士や騎士たちは、突然武器を放り出したかと思うと、無邪気な笑顔を浮かべてコボルド達と遊びだしたのだ。
「あはははー!」
「たーのしー!」
コボルドと和気あいあいと追いかけっこをするヘルハウンドの兵士。
「ほーらたかいたかーい」
「きゃっきゃ♪」
コボルドを肩車するオーガの兵士。
「いーち、にー、さーん、しー、ごー」
「ろっく、しっち、はっち、きゅう…」
数人のコボルドとムチを大繩にして縄跳びをするダークエルフの兵士。
「おねえさんは、おはなやさんねー」
頭に花の冠を乗せられるデュラハンの騎士。
「あははっ!」
「つめたーい!」
体を触らせているダークスライムの兵士。
「い、一体何なんだ…この光景は…」
ヴァンパイアの大将はワナワナと震えている。
精魂をこめて鍛え上げた屈強な部下が、訳も分からんふざけた小娘どもにアッサリと懐柔されてしまっている姿に憤りを覚えているのだ。
「アリーシャ様ぁ〜」
「なんだ…!?」
横から地面をゴロゴロ転がる形で、リザードマンの副官が現れた。
彼女には二匹のコボルドがじゃれついており、鎧はコボルドの毛だらけになっている。
「もうこんな物騒なマネはやめましょうよ〜、平和が一番です〜あはっ、くすぐったーい」
「………………。」
信頼しきっていた副官までも籠絡されてしまった様を見て、ヴァンパイアの大将は呆然とする。
「ヒヒン…」
「……おい、お前も羨ましそうに見るんじゃない。」
彼女が騎乗している愛馬までもが、コボルド達の愛くるしさに虜になっている。
これにはもう、ヴァンパイアの大将も怒りを通り越して呆れるしかない。
「ヒィー…ブルル…」
「気持ちは分かるがダメだ!相手は敵だ!敵!絶対に心を許しては……」
「あ、おうまさんだー」
「すごーい!つよそー!」
どこからか数匹のコボルドが、困惑している将と悩殺されてしまったバカ馬の前に現れた。
好奇心に満ち溢れ透き通った純粋な目で、ヴァンパイアの大将とその愛馬を見ている。
「え、ええい!来るな!下賤な獣どもめ!叩き斬るぞ!」
愛嬌に惑わされそうになるのを防ぐため、ヴァンパイアの大将は剣を振りかざしてコボルド達を威嚇するが、コボルド達にはまったく効いていない。
「すごーい!つよそうなけんだね!」
「おさかなもきれいにきれそう!」
「くっ…い、いい加減にしろーっ!」
ヤケクソになったヴァンパイアの大将が剣を振り下ろそうとしたその時。
「うっ……な、なんだ……この感覚は……気が落ち着くような……」
コボルドの体から、煌めくエメラルド色のオーラが出てきた。
オーラに充てられたヴァンパイアの大将は、大人しく剣を収める。
「……いいよ。お姉ちゃんのお馬さんに乗せてあげよう…………。」
「やったー!」
「ばんざーい!」
すっかり表情が柔らかくなった軍の大将は、無垢な子犬二匹を愛馬の鞍へと招待した。
「たかーい!」
「おちないかな?」
「しっかり掴まっていれば大丈夫だよ。さぁ、出発進行!」
「わー!はやーい!」
すっかり刺々しい態度が抜けたヴァンパイアの大将は、愛馬に二匹のコボルドを乗せ、平原を駆け回っていた。
その顔は、母から軍師の座を引き継ぐ資格を得た時よりも、自分よりも強い者を倒した時よりも、喜びに満ちた顔だった。
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「みんなー、できたよー」
「やったー!おにぎりだー!」
ラクノーの農場。コボルド達はあの戦い(?)から戻り、主人の元で元気に暮らしていた。
あれ以来、国に戻ったコボルド達の癒しのオーラを受けて育った作物を食べた国民の心に余裕と温かさが生まれ、柔軟な考えをする者が出てきた。
結果、今まで禁欲的だった教団のルールが主神を信仰しつつ、己の幸せを追い求めて生きるモノに代わり、国民に活気が出た。
なんだかんだで魔物も受け入れるようになり、反魔物思想を撤廃し、、例の隣国の親魔物国と国交を結び、立派なパートナーとして共に歩むこととなった。
あの戦いのバカバカしい経緯は、両国の定番の笑い話となっている。
「いっただっきまーす!」
「おいしー!」
「ふふふ、良かった。ちゃんと働いて食べるご飯は美味しい?」
「うん!」
青空の下、青年となったラクノーの作ったおにぎりを頬張るコボルド達。
マジで天使だ。
「ラクノー、戻ったぞ。」
「お疲れ様、アリーシャ。」
和気あいあいとしている所へ、あの時のヴァンパイアの大将が現れる。
彼女はあの時から猛烈にあのコボルド達が好きになってしまい、また彼女らに会おうとこの農場を訪れ、ラクノーと出会った。
彼女の考えがかなり軟化していたこともあって、トントン拍子で結婚に至り、その後は、軍師の才能を開花させ、国が誇れる立派な軍師に成長を遂げた。
「ごしゅじーん、あそぼー」
「ゴメン。悪いけど、今はお腹がすいているから後でいいかな?」
「わかったー!またあとでねー!」
平和を築き上げた無垢な子犬たちは、いつでも明るく、元気一杯に頑張っている。
19/02/03 16:32更新 / 消毒マンドリル
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