「助けてぇーーーーーーー！ママァーーーーーーーーーッ！」
　「ひぃぃぃぃぃーーーーーー！化け物だぁぁぁぁぁーーーーー！」

　ズダダダダダダダッ！

　一方その頃、山岡と腰巾着二人は逃げ出していた。
　金塊や宝石、高級酒、ゴルフクラブのコレクション、上玉の女…
　それらの大切な物がある城を置いて王国の門へと全力疾走していた。
　
　「ま、待て！お前ら！上司である俺を見捨てて逃げようとするなんてお前ら社会人か！」
　「ヘッ！前々からテメェは気に食わなかったんだ！前の世界でもそうだったが、いっつもいっつも偉そうにしやがって！」
　「良い酒飲ましてもらったり、女抱かして貰えるからまだテメェの理不尽な命令には耐えてたし、頭ヘコヘコ下げてたんだよ！」

　腰巾着二人は、ここぞとばかりに全力で山岡に手の平を返しまくっていた。

　「ゴルフクラブだとか時計褒めんのだって、あんなもん口先だけの世辞に決まってんだろーが！」
　「独身、ハゲ、デブ、自己中…んな魅力の無い人間なんて誰が尊敬するかバーカ！」
　「な、なんだと貴様ら！平社員のくせに！ク、クビだっ！即刻クビにしてやるぅぅぅぅぅぅ！」

　会社の関係をまだ引きずっている彼らしい罵倒を浴びせながら、山岡は息を切らしながら二人の後を追う。

　「ハァ…ハァ…あばよ！これで俺達は自由…」

　バガゴォンッ！

　取り巻き(A)は嘲笑の笑みを浮かべながら、王国の門を潜り抜けようとすると、凄まじい轟音と共に巨大な影が三人の前に立ち塞がった。
三人の前に現れたのは身長3mはあろうかという巨体のリッチであった。
　ローブの下にはビキニアーマーを着ており、右手には十字架(魔物娘図鑑のリッチの図鑑絵の背中についてるアレ)　を得物の様に持っている。
　彼女の名はブトゥリ。
　大魔術師フィニシアの弟子にして、魔王軍第13番部隊の隊長だ。
知性派種族のリッチにしては珍しく、とにかく頭を使う事が大嫌いで、体格から繰り出される力任せな戦闘を得意とする。

　「おっと、てめぇらクソッタレ共をそう簡単に逃がしてたまるかってんだ！」
　「ヒイッ！」

　三人を追っていたのは彼女で、転移魔法で玉座の間に殴り込みをかけ、斬りかかってきた腰巾着二人の剣を十字架の一振りでへし折り、山岡のウルティマ・クラブも炎魔法で溶かしてしまった。
　そして、武器を失い戦意を喪失して逃げ出した三人を追いかけ、今に至るという訳だ。

　「た、頼む…命だけは助けてくれ…」
　「今までアイツに脅されて無理矢理従わされてたんだ…」
　「ふーん、その割には随分とノリノリで命令聞いてたっぽいけど？」

　ヴヴゥン…

　ブトゥリは豊満な胸の谷間から、真球に加工された水晶を取り出し、三人の目線の高さで浮かせる。
　そこには、酒の席で下品な笑い声を上げる山岡と腰巾着二人が映っていた。

　「「いやー！課長！流石ですなぁ！女狩りなんて！」」
　「「どうせ農民共には税金を払う能力なんてねぇんだ。そこでだ、優しい俺達は税の代わりに良い女を寄越せば税の額を減らしてやることにしたのさ。」」
　「「なるほど！それは画期的なシステムですねぇ！」」
　「「そうだろ？そこでだ、お前ら。この法律のPRがてらに近くの村でこれを実践して来い。俺が好みの女以外の女はお前らの好きにしていいぞ。」」
　「「わっかりましたー！了解でぇ〜す！流石課長！太っ腹〜！」」
　「「ワハハハハ…」」

　ブツッ

　「あ、あぁぁ…」
　「こいつは4日前、俺の部下が潜入調査の時に拾ってきたモンだ。最初聞いたときはとてもじゃねぇが腸が煮えくり返り、今すぐてめぇらをぶん殴ってやりたくて仕方が無かった。けどよ、今はこうして直接手を下せる状況だ。全力でぶちのめしてやるぜ。」

　ブトゥリは怒りを押し殺しながら水晶を魔法で引き寄せ懐に仕舞い、十字架を振り上げる。
　

　ブゥン……

　野球でバットを振る要領で、三人に十字架が振るわれる。

　「…………！」

　三人の目からは、十字架は止まって見えた。
　だがしかし、避けようとすることはできない。
　一刻、こく一刻と迫る恐怖に心を支配されていたからだ。

　バギィンッ！

　「びゃぎゃああああああああああああーーーーーーーーっ！」

　十字架に打ち上げられた三人は汚い悲鳴を上げ、空の彼方へ消え去った。

　「さぁて、これで俺の仕事はお終いか。師匠に報告だな。」

　ブトゥリは再び水晶を取り出すと、それに強く念じた。
　
　〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

　「……ん。」

　一方ここはフィニシアと川崎達のいる屋敷。
　フィニシアは携帯水晶の振動に気付き、取り出した。
　水晶からはしばらく雑音が聞こえていたが、次第にそれは治まっていく。

　ヴンッ…

　「「師匠、聞こえますか？ブトゥリです。」」
　「問題ありません。どうしましたか？」
　「「ターゲット全員の粛清が完了しました。捕虜の皆様にお伝えください。」」
　「分かりました。ご苦労様です。」

　ブツリッ

　「フィニシアさん、一体誰と話してたんですか？」
　「さっき言った私の弟子からです。皆様への伝言で、件の男とその仲間は始末したとのことです。」

　それを聞いた川崎と社員達は一瞬驚いていたが、顔が喜びの色に染まっていく。
　やがて、それは最高に達し、社員達は感情を爆発させた。

　「よっしゃあっ！これで俺達は自由だ！」
　「ハッハッハァ！ざまぁみやがれ！あのハゲブタ！」
　「やっと憑き物が落ちたわ…！」
　「やれやれ、こんなに清々しい気分になったのは初めてだぜ。」

　社員達が喜びの色に染まる中、ただ一人、川崎だけは神妙な面持ちをしていた。

　「どうしたんだよ、川崎。お前をイジメていた課長と取り巻きが居なくなったんだぜ？もうちょい喜べよ。」
　「うん…課長さん達なんだけどさ…やっぱり命を奪っちゃうのは可哀想だと思うんだ…」
　「お前はそこが甘いんだよな〜…長所でもあるけどさ。」
　
　やれやれといった様子で男性社員の一人が溜息をつく。

　「大丈夫です。川崎さん。私達魔物娘は人を傷つける事を極度に嫌うため、そのようなことはありません。ただ…」
　「ただ？」
　「罪人にはそれなりの罰を与えることはしますが。」

　〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

　「ひぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーー！」

　ビュゴォォォォォォォォォォ！

　山岡達はまだ空を飛んでいた。
　厳密には、飛んでいるというより「目的地へと落下して」いる。　
　ブトゥリはただのパワー馬鹿の様に見えるが、大魔導士の弟子であることと、種族は魔法適正の高いリッチだということを忘れてはいけない。
　彼女はフィニシアからあらゆる魔術を習得し、特に得意なものは自己流にアレンジしている。
　ブトゥリが山岡達に放った打撃は、実はそれの一つである。
　対象を得物で殴ると同時に転移魔法を掛け、自分が指定した場所に落下させるというものだ。
　因果応報かつ、哀れな三人が落ちる場所は果たして…。
　と、長ったらしく解説しているうちにもう見えてきたようだ。
　霧が立ち込める深い谷で、何やら生臭い匂いがする。
　
　「あぁああああああーーーーーーッ！」

　三人組はベチャリと、泥にまみれた谷底へと落ちた。
　不快な匂いと、感触が彼らを包む。

　ヌチャァ…

　「く、臭せぇっ！おのれ…あの大女…クソ部下共…今に見ていろ…また王国を立て直してやる…！その時はお前らの命は…」
　「うわぁぁぁぁぁぁーーーーッ！！！」

　山岡はブツブツとブトゥリと社員達への呪詛を吐きながら、谷底を脱出するべく進んでいると、後ろから取り巻き達の悲鳴が上がった。

　「何だッ！？」

　グチュ…　ブチュ…　パンッ…　パンッ…

　山岡は驚いて振り向くと、全身がイモムシのような魔物娘、キャタピラーの集団に襲われている取り巻き達が目に入った。
　普通のキャタピラーは、成体の蝶の魔物娘「パピヨン」になるべくエサをたくさん食べる事しか頭になく、男には興味が無い。
　しかし、この谷に生息しているキャタピラーは独特な進化を遂げており、「パピヨン」にならず、一生をイモムシのままで過ごす。
　エサも野菜や果物ではなく、野生動物の肉や人間の男性の精となっている。
　谷底では、日光に浴びる機会がなく、体の色も白や灰色だ。
　また、隔絶された環境であるため男という存在は、砂漠で言う水くらい貴重な存在だ。
　そんな貴重な獲物をみすみす逃すまいと、彼女らは我先にと取り巻き二人に群がっている。
　彼らに群がろうとした4匹の群れが、山岡の存在を見つけると、涎を垂らして駆け出して行った。
　丸々と肥え、ムンムンと精の匂いを放出している極上のエサに喰らいつこうと次々に飛び掛かって来る。
　
　「くっ、来るなぁ！あっちに行けぇ！」

　バサァッ！

　パニックに陥った山岡は上着を群れに向かって投げ捨てる。
　投げ捨てられた上着は彼女らのうちの一人に引っ掛かり、上着の匂いに引き寄せられた仲間にたかられてしまった。

　「あんなキモイ奴等のエサになってたまるか！俺はここを出て…」

　ガザザザザッ！

　ガッ！

　「うおっ！？」

　山岡は突如強い衝撃で地面に倒されてしまった。
　自分の上に重い何かが乗っているのを感じる。

　「なんだ…？」

　恐る恐る上を見上げてみると、下半身が虫の物となっている女が上にのしかかっていた。
　彼女はソルジャービートルという魔物娘で、カブトムシやクワガタの様な甲虫の下半身を持っている種族だ。
　しかし、この個体は下半身の甲殻の色が綺麗な緑色をしており、足も細い。
　まるでオサムシのような恰好をしている。

　「オマエ、ウマソウ、オイラ、オマエタベテイイ？」
　「あ…あ…や…やめろ…」

　山岡がソルジャービートルに(性的に)貪り食われてしまうのに、そう時間は掛からなかった。

　〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

　ところ変わって山岡と川崎達がいた世界。
　世間では、ある事件が大々的に取り上げられていた。
　大手出版会社の一つの課の人間全員が、業務中に突然失踪してしまうというものだった。
　手掛かりとなるものは何一つなく、捜査は難航していた。
　強いて手掛かりが手に入ったとするならば、そこの業務状態が労働基準法に違反していたことが分かったくらいであった。

　「あうっ、あうっ。」
　「ほら、大丈夫だよ。」
　「怖くない……怖くない……」

　また場面は反転し、図鑑世界。
　かつて山岡が支配していた小国の王立の託児所。ここで圧政に苦しんでいた国民達は働いていた。
　山岡に支配されていた王国は、山岡の失踪と戦争に敗北したことにより親魔物領となっていた。
　王は魔物化した王妃と共に再び王座に返り咲き、山岡の独裁により遅れた国の発展に尽力している。
　激減してしまった人口を取り戻すべく大規模な育児支援政策を実行している。
　そのプロジェクトのリーダーとなったのは川崎だった。
　持ち前の優しさを買われて、妻と共に託児所や、幼稚園や学校といった教育機関を設立し、かつての同僚をプロジェクトメンバーに迎えて国民の宝たる子供達の面倒を見ている。
　
　「あ〜疲れた〜…泣くな泣くな！よしよし！」
　「疲れるっちゃ疲れるけど、前国王にコキ使われていた時よりも苦に感じねぇな。むしろ楽しいぜ。」
　「皆さん、お茶が入りましたよ。」　
　「ありがと。そこ置いといてくれ。」
　「ここの休憩で出される茶は絶品だからなぁ！ほんとこの為に仕事してるようなもんだ…まぁ子供の成長を見たいのもあるけど。」
　
　川崎は教育大臣と同時に、妻のリエと国立の託児所の責任者も兼業していた。　
　人の好さと新たに開花した育児関係の才能から、職員達からは絶大な支持を得ており、この国で彼を知らない者は居ない。
　
　「みんな、いつもありがとう…。」
　
　園長室では、川崎が監視水晶(カメラのようなもの)から職員達の様子を、執務をこなしながら見つめていた。
　
　「アナタ…無理シナイデネ…」
　「分かっているよ。そうしたら君が悲しんじゃうでしょ。」
　「モウ…」

　様子を見にやってきたリアとイチャつきつつ、職員達と子供達の成長を噛みしめる幸せな毎日を彼は毎日送っていた。
　彼は人生で初めて、胸を張って自分を誇れる瞬間を噛みしめていた。

　〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜

　その頃、ここより離れた国では。
　
　「も、もうしま……」
　「あ〜？聞こえん…なぁっ！」

　バギャアンッ！
　
　「ぶびぃぃぃぃぃぃ〜〜〜〜〜っ！」

　魔物の村を襲って、金品や女を奪おうとしていたならず者転生者をブトゥリが吹っ飛ばしていた。

■作者メッセージ
あまりにもSSのvoteが伸びなさ過ぎてリメイクを出したはいいけど、まったく伸びなくて超凹んで放置しちまってたよ！
そんな俺ちゃんこと消毒マンドリルだ！

今回は脳筋パワータイプのリッチさんのお話だ！
ゲストとしてなめろう氏の嫁のリッチさんであるフィニシアさんに登場して貰ったぞ！