義母襲来!!
この日、周りが森に囲まれた道を一台の馬車が通っていた。
馬車には、馬の手綱を持ったおじいさんと、一人、女性が乗っていた。
「へぇ、ラティクルから来なすったのかい?長旅だねぇ」
ラティクル。親魔物領の代名詞と呼ばれ、人間たちと魔物たちが仲睦まじく暮らす町である。
「えぇ、ラティクルの南部、ウァンヴァッハってとこから来たんですの」
「うへぇ、ウァンバッハ!?女の一人旅でそれはキツいのぅ。1日かかるじゃろ?」
「うふふ、もう慣れっこですわ」
女性は元から細い目をもっと細め、口元に手を当てて笑った。
この女性、仕草は大人びていながら見た目は若かった。
童顔であるが、細目を携えた微笑みが大人っぽさを醸し出している。
服も水色ワンピース、ロングヘアーに麦わら帽子という若々しい格好。ところが身体は似合わないくらい立派で、おじいさんも、ちらちらとワンピースから覗く、白くスラリとした美脚と豊満な胸の谷間にチラチラと目を向けていた。
「んふふ、おじさま?私の足が気になります?」
「えっ、あ、いやぁ、すまんね。うちのばぁさんのと比べると、もうすごいっつぅか、なんつぅかね・・・」
そう言いつつ、おじいさんは頬を赤らめて、またチラチラ見てしまう。
「あら嬉しい。でもおじさま、私には大切な人がいるので、あんまり見られるとあの人が怒ってしまいますわ」
「うむむ・・・ワシもあと40くらい若ければのぅ。あんたと釣り合うナイスガイじゃったんじゃよ、ワシ」
「あらあら、残念ですわ」
二人がおしゃべりしながら、馬車はゴトゴトと進んでいた。
目指していたのは、ウィルベルであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おーい、フォン。おはよーさん」
フォンが店に向かう途中、エドが声をかけた。
「エド?どうしたの?店はもうすこし先でしょ?」
「いやーよ、今日はもう店に行かなくていいんだわ」
「え?どゆこと?」
フォンの問いかけに、エドが頭をかいて答えた。
「俺だって知らねぇよ。店に行ったら、『今日は休みだ、帰ってくれ』って工房手伝いの人が言ったんだよ。説明も何もなしだ。わけわかんねぇ」
「ん〜、どうしたのかな?」
「シラネ。だから今日はもう帰っていいらしいぜ?」
その時、ふとエドが違和感に気づいた。
「おい、フォン。シェリーさんはどうした?」
「えっ?」
ここ最近、ずっと一緒に出勤していたシェリーがフォンの横にいなかった。
「えと、ちょっとね」
「ははぁん?もしや昨晩お盛んすぎて腰やっちゃったとかか?」
ニヤニヤ笑いながら、エドが軽口を叩くと、フォンが見るからに動揺した。
「そそそんなこてないよ?なにをいってるんだエドはハハハおもしろいなー」
「・・・そうか」
(どもってるし噛んでるし空笑いしてるし棒読みだし。冗談で言ったのに、マジだったのかよ・・・てか盲目な上セックスで魔物より強いって・・・フォンって、人間じゃないのか?)
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ところ変わり、フォン宅。
ベッドで、シェリーが俯せで横になっていた。
「・・・痛い・・・マジ痛い・・・」
昨晩。
スーパーハッスル覚醒したフォンに一晩中可愛がられたシェリーは、アソコと尻穴を擦りすぎてしまったために、ちょっと動くだけでも痛みが走る。幸せな痛みとでもいうのだろうか。
「もう、フォンってばあんなに激しくヤってきて・・・ヤって・・・」
そう言いつつ、シェリーは手をアソコに・・・
「待て待て待て。アタシは馬鹿か?痛いんだっつーのに」
残念。サービスカットはなかったようで。
「フォンには悪いけど、今日は一日休ませて・・・」
ドンドンドン!ドンドンドンドン!!
唐突に、玄関からけたたましく殴打音が鳴った。
「・・・休ませてくれないのね。誰よ?こんな朝っぱらから・・・いてて・・・」
極力痛まないよう、前屈みになって玄関まで向かうと、まだ戸が叩かれていた。
ドンドンドン!ドンドンドン!!
「はいはい、今開けるわよ・・・」
シェリーが鍵を開けて、玄関の戸を開けると・・・
「・・・あれ?パパ?」
「・・・シェリー、大変だ・・・」
汗をかいて慌てた様子の親方が立っていて、叫んだ。
「ま、ママが、ママが来る!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「さーて、今日はどーすっかな」
エドはフォンと別れたのち、自宅に帰る道を行かず、ふらふらと街を歩いていた。
「メリッサの相手もつまんねぇし・・・かと言って本とか買う金も持ってきてねぇしなー」
その時。
「あの、すみません」
「・・・はい?」
エドに声がかけられた。
声の主は、グラマラスな身体をワンピースで包み、麦わら帽子をかぶった女性。細い目をハの字にして頬に手をやり、困った感じで聞いた。
「申し訳ありません。『オヤカタ』ってお店、知りません?」
「・・・工房オヤカタっすか?」
「えぇ!そうですわ!貴方、お店の常連さんかしら?」
何故かパァッと女性の表情が明るくなる。まるで、自分の好きなものを言い当てられたようだ。
「あー、いや、俺、従業員なんすよ。今日は店が休みなんすけど・・・」
「休み?変ですわねぇ・・・今日は水曜日じゃないのに・・・」
女性は首を傾げて頭に?マークを飛ばす。
(あれ?この人、店の定休日は知ってんのか?)
「まぁ、いいですわ。出来れば、お店まで案内してくれません?久しぶりに来たら、迷っちゃって・・・」
「・・・ハァ、いいっすよ?こっちっす」
エドは、女性を後ろに引き連れ、来た道を引き返した。
「あっ、ごめんなさい。私ったら名前も名乗らずに。私、リディアと申しますの。以下、お見知りおきを・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、一方、フォンは・・・
「んーと・・・どっちだろう?」
同じく、まっすぐ家に帰ろうとはしていなかった。薬屋を探していたのだ。
シェリーの患部に塗るための軟膏を買いに。座薬でもよし。
「今までメリッサが行ってくれてたからなぁ・・・えーと、たしか次の道を・・・」
シェリーに聞いた道をなんとか思い出しつつ、杖だよりに歩いていた。
ガッ!
「うわっ!?」
その時、杖が『蹴飛ばされた』。
フォンにはなにかに引っかかったように感じたが、実際は・・・
「おぉっと、大丈夫ですかぁ?」
ニヤニヤ笑うチンピラが、蹴飛ばしたのだ。
このチンピラ、右腕にギプスをはめている。昨日、シェリーに締め上げられたチンピラだ。
「いたた・・・え、えぇ。大丈夫です」
「あらら、杖が折れちまってやすよ?」
「えっ、ホントですか?」
フォンが杖を探すが、チンピラが手を取って無理やり立たせた。
「いやーしかしアンタも怪我したでしょう?すぐそこに知り合いの家がありますし、連れて行きましょう。ほらほら」
「え、あ、いやっ、え!?」
強引にフォンが連れて行かれる。朝早くのため、誰も止める人がいない。混乱したフォンは抵抗もできず、その場には、折れた杖が残された・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「オラよっ!」
チンピラが羽交い締めにしたフォンを暗い部屋に突き飛ばした。フォンが床に倒れこみ、カビ臭さとともに埃が舞った。
「いっつ、げほっ!?なにするんですか!?」
「うるせぇ!テメェ、まだオレが親切してると思ってんのか?ウケるwww」
アハハハ・・・
ヒヒヒヒ・・・
フォンは気づいた。
周りにたくさん人がいる。自分を囲むように輪になって笑っていた。
「こいつっすよ!シェリーちゃんのダメ彼氏!」
連れて来たチンピラが叫ぶと、反対から野太い声が聞こえた。
「・・・コイツか」
身体は大きく、2m近い。筋骨隆々で顎にはケンカかなにかでついたのか縫い傷。地面に手をついているフォンを見下している。
「だ、だれ?」
「オレはそこのヤツの兄貴分だ。テメェの彼女に痛めつけられたらしくてな。まぁ、そんなこたぁどうだっていいんだが」
男がフォンの前にかがんで、しゃべり始める。
「オレらには元締めっつうかな 、とりあえずオレらゴロツキのトップがいてな。その方が、テメェの彼女に惚れたらしいのよ」
ガシッとフォンの頭を掴み、男は立ち上がる。フォンの足が床から離れた。
「うわっ、わわっ!?」
「だがよぉ。テメェの彼女はその方に会うことさえ拒んだ上、オレの弟分を痛めつけたんだよ。まぁ単純に原因はテメェがいるからだろうな。そこで、テメェに頼みごとだ」
ずいっとフォンを引き寄せ、男は言った。
「テメェ、あの娘を捨てろ。じゃねぇと無事には帰さねぇぞ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ここっすよ。親方の店」
エドは、リディアを店に案内していた。店には『CLOSED』の札がかかっていて、ご丁寧に鍵までしっかりかけてあった。
「もぅ、あの人ったら、どこか行っちゃったのかしら?」
(あの人?たぶん親方だろうが、どういう関係だ?)
「・・・あー、そういや居場所の心当たりが」
ふと、シェリーの事を思い出し、エドがつぶやいた。
「あら、どこ?」
「いやね、親方には娘さんがいて、その人は彼氏の家に住んでるん、すっ!?」
エドが言い終わる瞬間。
猛烈な力でエドの首元が掴まれ、引き寄せられた。
「へぇぇ?なるほどぉ、同棲?ふぅん?それで、アイツはそれを許してるんだ?へぇぇ・・・」
「・・・あの、その、えと・・・」
エドは冷や汗をかいた。
ヤバイ、なんかヤバイ。
先ほどのほんわかさとか優しさとかすべて消し飛ばしたリディアは笑っているのに恐ろしく、エドは周りの温度ががくっと下がったように感じられた。
「ねぇ、すぐにでもその男のトコに案内してくれないかな。ねぇ、ボウヤ?」
細い目の目尻を下げ『にっこり』笑ったリディア。
エドは逆らうことを本能的にやめた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ドガッ!
「うげっ・・・」
腹を蹴られたフォンが悶え苦しむ。
蹴った本人、ギプスのチンピラはニヤニヤと笑っていた。
「ひゃははは!オラオラ!テメェの彼女にやられた分、テメェで返してもらうぜ!」
ゴッ、ガッ、ゴッ!
完全に八つ当たり。フォンをやたらめったら蹴り回し、楽しむ。
フォンは頭と腹を守るが、ケンカ慣れなどするはずもない身体が痛みに悲鳴をあげる。
「いっ、づっ・・・」
頭や足、身体のあちらこちらが赤く腫れはじめる。フォンの目には痛みでうっすら涙がにじみ始めた。顔も蹴られたのか、頬が切れて血がでていた。
「オイ、いったんやめろ」
リーダー格の男がギプスをとめる。
男は屈みこんでフォンに再度『忠告』
した。
「なぁ、痛いだろ?苦しいだろ?あの女のせいでこんなに酷い目にあうのはわりが合わなくねぇか?」
「う、ぐ・・・」
一体どの口が言えたことか。だが、これは脅し。道理があろうがなかろうが男には関係ないことだった。
「な?テメェがあの女をちょっと振りゃいいんだ。本当にあの女がお前を愛してるなら、たとえどうあってもテメェにすがりついて帰ってくるだろうよ。もしや、それも信用できないのか?ん?」
男は、フォンの顎を持って頭を揺さぶった。後ろではギプスがまだかまだかとつま先で床をつついていた。
「・・・・・・」
「ん?なんつった?」
わずかに聞こえた声に男が耳を近づけた。
「・・・お前ら、なんか、に、シェリーを、渡せる、もん、か・・・」
蚊の鳴くような声とはこのことか。耳をすませた男以外のチンピラたちは何を言ったのか聞こえず、首をかしげた。
「・・・シェリー、は、僕の、大切な、人だ・・・死んでも、離さない、って、きめたん、だ・・・誓ったん、だ・・・」
「・・・そうかい、残念だ・・・」
男が頭を掻きながら立ち上がった。
「おっ、やりますかい?」
ギプスがニヤニヤ笑いながらフォンに近づく。
「へっへっへっ・・・いつまで持つかな、この野郎!」
また殴打音とフォンの呻きが暗い部屋に響き始めた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ねぇボウヤ。ちょっといい?」
「な、なんでしょう?」
リディアが口を開くと、エドはめったに使わない丁寧な言葉を返した。
「その彼氏って、アンタから見たらどんな子?チャラい子?女の子食い散らかす子?」
「なんでそんな偏ってんすか・・・フォンはそんな野郎じゃないっすよ」
エドは悩む様子もなく、フォンの事を話し出した。
「あいつは悪く言えば頑固っすかね。普段あんまし人に頼ろうとしないし、自分が決めたことは絶対やろうとする。あいつが一人暮らし始めるなんて言った時はみんな反対して、俺なんて殴りかかってまで止めたのに聞かなくて。まぁ、良く言えば芯がしっかりしてるっつぅのかな。俺は好きっすよ、あいつのそういうとこ」
「・・・その子の一人暮らしをなんでみんな反対したの?親御さんも?」
「あ、いや、そこらへんはちょっと・・・」
その時、前から少女がかけてきた。
「おにぃちゃん!おにぃちゃぁん!」
メリッサであった。涙目でエドに向かってまっすぐ走ってきた。
「うわ、ちょっ、キモッ!」
エドひでぇ。走ってきたメリッサを条件反射並みの反応でひっぱたいた。
「痛い!なにすんのよぅ!」
「『おにぃちゃん』とかやめろ気持ち悪い!で、なんだよ?」
「これ!これぇっ!」
メリッサは、頬をさすって講義したあと、片手にまとめていた木の棒を見せた。
「これ、フォンの杖じゃねぇか?」
そう、折れたフォンの杖だ。だいぶ長い間使われていたため、細かなキズがたくさんつき、ボロボロになっていたのだ。
「フォンにぃが、フォンにぃがいないの!この杖落ちてたあたりにはいなくて、しかも血っぽいのもあったんだよぅ!」
「・・・おい、そこ、どこだ?」
「こっち!」
メリッサは慌てて引返し、走り出した。エドはリディアを顔を向け、手を合わせて頭を下げた。
「すんません!フォンがなんか変な目にあってそうなんで行ってきます!ここで待っててください!すぐ来ますから!」
「え、あの」
リディアの返事も待たず、エドもすぐに走り出した。メリッサのあとを追って、すぐに小さくなっていった。
「・・・フォンって、さっき言ってたわね・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
ゴッ、ゴッ。
「おーい?生きてますかー?もーしもーし?」
ギプスのチンピラが、足元のフォンを強めに小突く。
フォンはもう見える身体の至る所が赤く腫れ、青タンがあるところもある。
「おい、のけ」
別のチンピラがバケツに水を汲んで来て、逆さまにした。
バッシャァッ!
「うぐぇっ、げほっ、ごほっ」
「んだよ、死んだふりなんかしてんじゃねぇよ!」
ギプスがまたフォンを蹴飛ばそうとする。
「・・・おい、そろそろいい加減にしとけ」
今まで後ろで見ていた男が、ギプスの肩を掴んだ。
「えぇー。オレまだやり足りないッす」
「テメェの仕返しのためじゃねぇんだよ。こっちは金までもらってんだ。テメェに任せといたらいつまでもこいつ諦めねぇ。おい、『クスリ』もってこい」
へい、と別のチンピラが応えると、掌サイズの小さな長方形の箱を持ってきた。
中身を開けると、『注射器』が入っていた。
「とりあえず、これを打ってはなしてやるか。あとは自分から求めて来るだろ」
すでにボロボロで動けないフォンを、チンピラが押さえつける。
「な・・・に・・・を?」
「んー?これはな、気持ち良くなるお薬だ。ま、最近出回り始めた品でな、依存性バツグンだぜ」
「ッ、や・・・め・・・」
力なくフォンが暴れるが、チンピラたちのせいで全く動けない。
こいつは、このクスリ、麻薬をフォンに打ち込んで、中毒にさせて、シェリーを振らせようとしているのだ。
シェリーが愛想をつかすか、はたまた麻薬を与える代わりにシェリーと縁を切らせるか。中毒になれば、あとはどうにでもなる。
「やめねぇよ。テメェの頑固さを恨みな」
それからフォンの腕に針があてがわれた。
瞬間。
バギィッ!!
「うげぇっ!」
部屋の扉が破られ、チンピラが転がりこんで来た!
「あぁっ!?」
「誰だゴルぁッ!?」
「てめぇらフォンになにしてやがんだオラァッ!!」
ドアを蹴破って来たのはエドだった。
フォンが外でこけた際に膝を切っていて、その血を探してたどってきたのだ。
フォンが床に倒れこんで押さえつけられていたのを見て、エドは完全に頭に血が上っていた。
「ひとりも無事じゃあ帰さねぇからな!!」
ずかずかと部屋に入り込むエドに、男はニヤリと笑った。
「それ以上動くなよ、ヒーロー気取り。この注射器をこいつの首にぶっさすぞ」
「ッ!?」
フォンの腕にあてがわれた注射器がスッと首すじに移動した。それを見たエドはついつい足を止めてしまう。
「クスリを打って終わりにするつもりだったんだがなァ。余計な邪魔いれてくれやがって。どうする?こいつにクスリを打つまで待つか?それとも殺すか?」
「クソが・・・!」
エドが動けない間に、チンピラたちがじりじりとエドの周りを囲んで行く。
その時。
「エ・・・ド・・・」
フォンが口を開いた。
「ぼ、くは・・・麻薬、なん・・・か、して・・・シェリーに、これ、以上・・・迷惑、かける・・・くらい、なら・・・」
「黙ってろ、クソが!」
ドガッ!
ギプスが、フォンの鼻を蹴った。
フォンの鼻から、鼻血が流れた。
しかし、フォンは続けた。
「・・・くらい、ならっ・・・死んでも、かまわ・・・ないっ!」
それを聞いた、エドは・・・
「・・・そうかいっ!」
自分を囲む輪のチンピラを殴り、フォンへの道を作った!
「ぐえっ」
「フォン!今助けるぞ!」
「このっ、ガキ共が!殺さないとか舐めてんじゃねぇだろうな!!」
男が、注射器を振りかぶった!
「ガキのひとりやふたり、殺したってどうってことはないんだよっ!!」
「やめろォッ!!」
「うっ!」
エドが走るが、間に合わない。
フォンは開かない目を強く瞑った。
男が、注射器を降り下ろした!
「アンタら、アタシを見なっ!」
そのとき、入り口から女性の声が響いた。
場違いな声に、フォン以外のみなが、そちらに目を向けた。
シィ・・・・・・・・・ィン
「・・・・・・エ、ド?」
最初に口を開いたのは、フォンだった。
周りが一瞬で静かになり、エドもフォンに答えない。
次に聞こえたのは、女性の声だった。
「ふぃーっ・・・危ない、危ない。ボウヤ、あと少しで首に風穴が空くとこだったねぇ。感謝しなよ?アタシにさ」
フォンはわからないが、もちろんリディアである。
ただ、先ほどとは容姿が似て非なるものだったが。
ズリッ、ズリリッ!
尻尾を引きずる音をたて、リディアの下半身、『蛇』の部分がリディアを前に進ませる。
「いやーしかし、いっぺんにこんなたくさんの人間石化させたのはいつぶりかね?忘れちゃったよ、はははは!」
『シャーッ、シュルルルーッ!』
『シャシャシャーッ!』
『蛇』が笑うかのような音を出す。
リディアはもう人間ではなかった。
「しかしボウヤ。ひょろっこいくせに肝っ玉しっかりしてるねぇ。オマケにあのバカ娘のために死ねるなんてマジにしようとするし。こりゃ予想斜め上のいいオトコだねぇ」
麦わら帽子からはみ出たロングヘアーの先端は無数の蛇に。
ワンピースから生えたスラリと色白の足は蛇の下半身に。
「おっとボウヤ、自己紹介が遅れたね。アタシは『リディア・アルカディア』。アンタの彼女、シェリーのママだよ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
結局。
石化を解かれたエドが無双乱舞し、チンピラたち全員を病院送りに。
クスリの不法所持を黙ってるのを条件に、警察沙汰にはならなかった。
それからフォンの治療、フォンによるリディアへの挨拶などなど。いろいろしていると、夕方になっていた。
もちろん。
シェリーが夕方までフォンが帰らないのをどうも思わないわけがないわけで。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「・・・遅い・・・」
「エドと街をぶらついているのか?」
本日、57回目の遅いコールである。
シェリーは親方とともに、玄関でフォンを待っていた。
ちなみに、シェリーはいつもの蛇姿ではない。
細い2本の足があり、Gパンを履いていた。頭の蛇たちもただの髪となり、ツインテールにしてある。
これは『人化の術』と呼ばれ、魔物が自分の姿を隠すために使う魔術である。
この姿の理由は、リディアにある。
「シェリー、もう一度確認しとくが、『普段、シェリーは人化の術を使っている』、『シェリーとフォンは同棲はまだしてないが、夕飯の面倒は見ている』は、ママにつく嘘だな?」
「うん、パパ、間違えてもばれないようにね?」
「わかってる。ばれたら・・・」
ゾッ。
二人に悪寒が走った。
「・・・フォン、遅いなぁ・・・」
数分後、二人は知るのだ。
フォンがすでにリディアに会っていたこと。
リディアがすでにフォンを気に入ったこと。
『嘘』が、エド・メリッサによって、ばれていることを・・・・・・
馬車には、馬の手綱を持ったおじいさんと、一人、女性が乗っていた。
「へぇ、ラティクルから来なすったのかい?長旅だねぇ」
ラティクル。親魔物領の代名詞と呼ばれ、人間たちと魔物たちが仲睦まじく暮らす町である。
「えぇ、ラティクルの南部、ウァンヴァッハってとこから来たんですの」
「うへぇ、ウァンバッハ!?女の一人旅でそれはキツいのぅ。1日かかるじゃろ?」
「うふふ、もう慣れっこですわ」
女性は元から細い目をもっと細め、口元に手を当てて笑った。
この女性、仕草は大人びていながら見た目は若かった。
童顔であるが、細目を携えた微笑みが大人っぽさを醸し出している。
服も水色ワンピース、ロングヘアーに麦わら帽子という若々しい格好。ところが身体は似合わないくらい立派で、おじいさんも、ちらちらとワンピースから覗く、白くスラリとした美脚と豊満な胸の谷間にチラチラと目を向けていた。
「んふふ、おじさま?私の足が気になります?」
「えっ、あ、いやぁ、すまんね。うちのばぁさんのと比べると、もうすごいっつぅか、なんつぅかね・・・」
そう言いつつ、おじいさんは頬を赤らめて、またチラチラ見てしまう。
「あら嬉しい。でもおじさま、私には大切な人がいるので、あんまり見られるとあの人が怒ってしまいますわ」
「うむむ・・・ワシもあと40くらい若ければのぅ。あんたと釣り合うナイスガイじゃったんじゃよ、ワシ」
「あらあら、残念ですわ」
二人がおしゃべりしながら、馬車はゴトゴトと進んでいた。
目指していたのは、ウィルベルであった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「おーい、フォン。おはよーさん」
フォンが店に向かう途中、エドが声をかけた。
「エド?どうしたの?店はもうすこし先でしょ?」
「いやーよ、今日はもう店に行かなくていいんだわ」
「え?どゆこと?」
フォンの問いかけに、エドが頭をかいて答えた。
「俺だって知らねぇよ。店に行ったら、『今日は休みだ、帰ってくれ』って工房手伝いの人が言ったんだよ。説明も何もなしだ。わけわかんねぇ」
「ん〜、どうしたのかな?」
「シラネ。だから今日はもう帰っていいらしいぜ?」
その時、ふとエドが違和感に気づいた。
「おい、フォン。シェリーさんはどうした?」
「えっ?」
ここ最近、ずっと一緒に出勤していたシェリーがフォンの横にいなかった。
「えと、ちょっとね」
「ははぁん?もしや昨晩お盛んすぎて腰やっちゃったとかか?」
ニヤニヤ笑いながら、エドが軽口を叩くと、フォンが見るからに動揺した。
「そそそんなこてないよ?なにをいってるんだエドはハハハおもしろいなー」
「・・・そうか」
(どもってるし噛んでるし空笑いしてるし棒読みだし。冗談で言ったのに、マジだったのかよ・・・てか盲目な上セックスで魔物より強いって・・・フォンって、人間じゃないのか?)
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ところ変わり、フォン宅。
ベッドで、シェリーが俯せで横になっていた。
「・・・痛い・・・マジ痛い・・・」
昨晩。
スーパーハッスル覚醒したフォンに一晩中可愛がられたシェリーは、アソコと尻穴を擦りすぎてしまったために、ちょっと動くだけでも痛みが走る。幸せな痛みとでもいうのだろうか。
「もう、フォンってばあんなに激しくヤってきて・・・ヤって・・・」
そう言いつつ、シェリーは手をアソコに・・・
「待て待て待て。アタシは馬鹿か?痛いんだっつーのに」
残念。サービスカットはなかったようで。
「フォンには悪いけど、今日は一日休ませて・・・」
ドンドンドン!ドンドンドンドン!!
唐突に、玄関からけたたましく殴打音が鳴った。
「・・・休ませてくれないのね。誰よ?こんな朝っぱらから・・・いてて・・・」
極力痛まないよう、前屈みになって玄関まで向かうと、まだ戸が叩かれていた。
ドンドンドン!ドンドンドン!!
「はいはい、今開けるわよ・・・」
シェリーが鍵を開けて、玄関の戸を開けると・・・
「・・・あれ?パパ?」
「・・・シェリー、大変だ・・・」
汗をかいて慌てた様子の親方が立っていて、叫んだ。
「ま、ママが、ママが来る!!」
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「さーて、今日はどーすっかな」
エドはフォンと別れたのち、自宅に帰る道を行かず、ふらふらと街を歩いていた。
「メリッサの相手もつまんねぇし・・・かと言って本とか買う金も持ってきてねぇしなー」
その時。
「あの、すみません」
「・・・はい?」
エドに声がかけられた。
声の主は、グラマラスな身体をワンピースで包み、麦わら帽子をかぶった女性。細い目をハの字にして頬に手をやり、困った感じで聞いた。
「申し訳ありません。『オヤカタ』ってお店、知りません?」
「・・・工房オヤカタっすか?」
「えぇ!そうですわ!貴方、お店の常連さんかしら?」
何故かパァッと女性の表情が明るくなる。まるで、自分の好きなものを言い当てられたようだ。
「あー、いや、俺、従業員なんすよ。今日は店が休みなんすけど・・・」
「休み?変ですわねぇ・・・今日は水曜日じゃないのに・・・」
女性は首を傾げて頭に?マークを飛ばす。
(あれ?この人、店の定休日は知ってんのか?)
「まぁ、いいですわ。出来れば、お店まで案内してくれません?久しぶりに来たら、迷っちゃって・・・」
「・・・ハァ、いいっすよ?こっちっす」
エドは、女性を後ろに引き連れ、来た道を引き返した。
「あっ、ごめんなさい。私ったら名前も名乗らずに。私、リディアと申しますの。以下、お見知りおきを・・・」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
さて、一方、フォンは・・・
「んーと・・・どっちだろう?」
同じく、まっすぐ家に帰ろうとはしていなかった。薬屋を探していたのだ。
シェリーの患部に塗るための軟膏を買いに。座薬でもよし。
「今までメリッサが行ってくれてたからなぁ・・・えーと、たしか次の道を・・・」
シェリーに聞いた道をなんとか思い出しつつ、杖だよりに歩いていた。
ガッ!
「うわっ!?」
その時、杖が『蹴飛ばされた』。
フォンにはなにかに引っかかったように感じたが、実際は・・・
「おぉっと、大丈夫ですかぁ?」
ニヤニヤ笑うチンピラが、蹴飛ばしたのだ。
このチンピラ、右腕にギプスをはめている。昨日、シェリーに締め上げられたチンピラだ。
「いたた・・・え、えぇ。大丈夫です」
「あらら、杖が折れちまってやすよ?」
「えっ、ホントですか?」
フォンが杖を探すが、チンピラが手を取って無理やり立たせた。
「いやーしかしアンタも怪我したでしょう?すぐそこに知り合いの家がありますし、連れて行きましょう。ほらほら」
「え、あ、いやっ、え!?」
強引にフォンが連れて行かれる。朝早くのため、誰も止める人がいない。混乱したフォンは抵抗もできず、その場には、折れた杖が残された・・・
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・・・・
「オラよっ!」
チンピラが羽交い締めにしたフォンを暗い部屋に突き飛ばした。フォンが床に倒れこみ、カビ臭さとともに埃が舞った。
「いっつ、げほっ!?なにするんですか!?」
「うるせぇ!テメェ、まだオレが親切してると思ってんのか?ウケるwww」
アハハハ・・・
ヒヒヒヒ・・・
フォンは気づいた。
周りにたくさん人がいる。自分を囲むように輪になって笑っていた。
「こいつっすよ!シェリーちゃんのダメ彼氏!」
連れて来たチンピラが叫ぶと、反対から野太い声が聞こえた。
「・・・コイツか」
身体は大きく、2m近い。筋骨隆々で顎にはケンカかなにかでついたのか縫い傷。地面に手をついているフォンを見下している。
「だ、だれ?」
「オレはそこのヤツの兄貴分だ。テメェの彼女に痛めつけられたらしくてな。まぁ、そんなこたぁどうだっていいんだが」
男がフォンの前にかがんで、しゃべり始める。
「オレらには元締めっつうかな 、とりあえずオレらゴロツキのトップがいてな。その方が、テメェの彼女に惚れたらしいのよ」
ガシッとフォンの頭を掴み、男は立ち上がる。フォンの足が床から離れた。
「うわっ、わわっ!?」
「だがよぉ。テメェの彼女はその方に会うことさえ拒んだ上、オレの弟分を痛めつけたんだよ。まぁ単純に原因はテメェがいるからだろうな。そこで、テメェに頼みごとだ」
ずいっとフォンを引き寄せ、男は言った。
「テメェ、あの娘を捨てろ。じゃねぇと無事には帰さねぇぞ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「ここっすよ。親方の店」
エドは、リディアを店に案内していた。店には『CLOSED』の札がかかっていて、ご丁寧に鍵までしっかりかけてあった。
「もぅ、あの人ったら、どこか行っちゃったのかしら?」
(あの人?たぶん親方だろうが、どういう関係だ?)
「・・・あー、そういや居場所の心当たりが」
ふと、シェリーの事を思い出し、エドがつぶやいた。
「あら、どこ?」
「いやね、親方には娘さんがいて、その人は彼氏の家に住んでるん、すっ!?」
エドが言い終わる瞬間。
猛烈な力でエドの首元が掴まれ、引き寄せられた。
「へぇぇ?なるほどぉ、同棲?ふぅん?それで、アイツはそれを許してるんだ?へぇぇ・・・」
「・・・あの、その、えと・・・」
エドは冷や汗をかいた。
ヤバイ、なんかヤバイ。
先ほどのほんわかさとか優しさとかすべて消し飛ばしたリディアは笑っているのに恐ろしく、エドは周りの温度ががくっと下がったように感じられた。
「ねぇ、すぐにでもその男のトコに案内してくれないかな。ねぇ、ボウヤ?」
細い目の目尻を下げ『にっこり』笑ったリディア。
エドは逆らうことを本能的にやめた。
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ドガッ!
「うげっ・・・」
腹を蹴られたフォンが悶え苦しむ。
蹴った本人、ギプスのチンピラはニヤニヤと笑っていた。
「ひゃははは!オラオラ!テメェの彼女にやられた分、テメェで返してもらうぜ!」
ゴッ、ガッ、ゴッ!
完全に八つ当たり。フォンをやたらめったら蹴り回し、楽しむ。
フォンは頭と腹を守るが、ケンカ慣れなどするはずもない身体が痛みに悲鳴をあげる。
「いっ、づっ・・・」
頭や足、身体のあちらこちらが赤く腫れはじめる。フォンの目には痛みでうっすら涙がにじみ始めた。顔も蹴られたのか、頬が切れて血がでていた。
「オイ、いったんやめろ」
リーダー格の男がギプスをとめる。
男は屈みこんでフォンに再度『忠告』
した。
「なぁ、痛いだろ?苦しいだろ?あの女のせいでこんなに酷い目にあうのはわりが合わなくねぇか?」
「う、ぐ・・・」
一体どの口が言えたことか。だが、これは脅し。道理があろうがなかろうが男には関係ないことだった。
「な?テメェがあの女をちょっと振りゃいいんだ。本当にあの女がお前を愛してるなら、たとえどうあってもテメェにすがりついて帰ってくるだろうよ。もしや、それも信用できないのか?ん?」
男は、フォンの顎を持って頭を揺さぶった。後ろではギプスがまだかまだかとつま先で床をつついていた。
「・・・・・・」
「ん?なんつった?」
わずかに聞こえた声に男が耳を近づけた。
「・・・お前ら、なんか、に、シェリーを、渡せる、もん、か・・・」
蚊の鳴くような声とはこのことか。耳をすませた男以外のチンピラたちは何を言ったのか聞こえず、首をかしげた。
「・・・シェリー、は、僕の、大切な、人だ・・・死んでも、離さない、って、きめたん、だ・・・誓ったん、だ・・・」
「・・・そうかい、残念だ・・・」
男が頭を掻きながら立ち上がった。
「おっ、やりますかい?」
ギプスがニヤニヤ笑いながらフォンに近づく。
「へっへっへっ・・・いつまで持つかな、この野郎!」
また殴打音とフォンの呻きが暗い部屋に響き始めた。
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「ねぇボウヤ。ちょっといい?」
「な、なんでしょう?」
リディアが口を開くと、エドはめったに使わない丁寧な言葉を返した。
「その彼氏って、アンタから見たらどんな子?チャラい子?女の子食い散らかす子?」
「なんでそんな偏ってんすか・・・フォンはそんな野郎じゃないっすよ」
エドは悩む様子もなく、フォンの事を話し出した。
「あいつは悪く言えば頑固っすかね。普段あんまし人に頼ろうとしないし、自分が決めたことは絶対やろうとする。あいつが一人暮らし始めるなんて言った時はみんな反対して、俺なんて殴りかかってまで止めたのに聞かなくて。まぁ、良く言えば芯がしっかりしてるっつぅのかな。俺は好きっすよ、あいつのそういうとこ」
「・・・その子の一人暮らしをなんでみんな反対したの?親御さんも?」
「あ、いや、そこらへんはちょっと・・・」
その時、前から少女がかけてきた。
「おにぃちゃん!おにぃちゃぁん!」
メリッサであった。涙目でエドに向かってまっすぐ走ってきた。
「うわ、ちょっ、キモッ!」
エドひでぇ。走ってきたメリッサを条件反射並みの反応でひっぱたいた。
「痛い!なにすんのよぅ!」
「『おにぃちゃん』とかやめろ気持ち悪い!で、なんだよ?」
「これ!これぇっ!」
メリッサは、頬をさすって講義したあと、片手にまとめていた木の棒を見せた。
「これ、フォンの杖じゃねぇか?」
そう、折れたフォンの杖だ。だいぶ長い間使われていたため、細かなキズがたくさんつき、ボロボロになっていたのだ。
「フォンにぃが、フォンにぃがいないの!この杖落ちてたあたりにはいなくて、しかも血っぽいのもあったんだよぅ!」
「・・・おい、そこ、どこだ?」
「こっち!」
メリッサは慌てて引返し、走り出した。エドはリディアを顔を向け、手を合わせて頭を下げた。
「すんません!フォンがなんか変な目にあってそうなんで行ってきます!ここで待っててください!すぐ来ますから!」
「え、あの」
リディアの返事も待たず、エドもすぐに走り出した。メリッサのあとを追って、すぐに小さくなっていった。
「・・・フォンって、さっき言ってたわね・・・」
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ゴッ、ゴッ。
「おーい?生きてますかー?もーしもーし?」
ギプスのチンピラが、足元のフォンを強めに小突く。
フォンはもう見える身体の至る所が赤く腫れ、青タンがあるところもある。
「おい、のけ」
別のチンピラがバケツに水を汲んで来て、逆さまにした。
バッシャァッ!
「うぐぇっ、げほっ、ごほっ」
「んだよ、死んだふりなんかしてんじゃねぇよ!」
ギプスがまたフォンを蹴飛ばそうとする。
「・・・おい、そろそろいい加減にしとけ」
今まで後ろで見ていた男が、ギプスの肩を掴んだ。
「えぇー。オレまだやり足りないッす」
「テメェの仕返しのためじゃねぇんだよ。こっちは金までもらってんだ。テメェに任せといたらいつまでもこいつ諦めねぇ。おい、『クスリ』もってこい」
へい、と別のチンピラが応えると、掌サイズの小さな長方形の箱を持ってきた。
中身を開けると、『注射器』が入っていた。
「とりあえず、これを打ってはなしてやるか。あとは自分から求めて来るだろ」
すでにボロボロで動けないフォンを、チンピラが押さえつける。
「な・・・に・・・を?」
「んー?これはな、気持ち良くなるお薬だ。ま、最近出回り始めた品でな、依存性バツグンだぜ」
「ッ、や・・・め・・・」
力なくフォンが暴れるが、チンピラたちのせいで全く動けない。
こいつは、このクスリ、麻薬をフォンに打ち込んで、中毒にさせて、シェリーを振らせようとしているのだ。
シェリーが愛想をつかすか、はたまた麻薬を与える代わりにシェリーと縁を切らせるか。中毒になれば、あとはどうにでもなる。
「やめねぇよ。テメェの頑固さを恨みな」
それからフォンの腕に針があてがわれた。
瞬間。
バギィッ!!
「うげぇっ!」
部屋の扉が破られ、チンピラが転がりこんで来た!
「あぁっ!?」
「誰だゴルぁッ!?」
「てめぇらフォンになにしてやがんだオラァッ!!」
ドアを蹴破って来たのはエドだった。
フォンが外でこけた際に膝を切っていて、その血を探してたどってきたのだ。
フォンが床に倒れこんで押さえつけられていたのを見て、エドは完全に頭に血が上っていた。
「ひとりも無事じゃあ帰さねぇからな!!」
ずかずかと部屋に入り込むエドに、男はニヤリと笑った。
「それ以上動くなよ、ヒーロー気取り。この注射器をこいつの首にぶっさすぞ」
「ッ!?」
フォンの腕にあてがわれた注射器がスッと首すじに移動した。それを見たエドはついつい足を止めてしまう。
「クスリを打って終わりにするつもりだったんだがなァ。余計な邪魔いれてくれやがって。どうする?こいつにクスリを打つまで待つか?それとも殺すか?」
「クソが・・・!」
エドが動けない間に、チンピラたちがじりじりとエドの周りを囲んで行く。
その時。
「エ・・・ド・・・」
フォンが口を開いた。
「ぼ、くは・・・麻薬、なん・・・か、して・・・シェリーに、これ、以上・・・迷惑、かける・・・くらい、なら・・・」
「黙ってろ、クソが!」
ドガッ!
ギプスが、フォンの鼻を蹴った。
フォンの鼻から、鼻血が流れた。
しかし、フォンは続けた。
「・・・くらい、ならっ・・・死んでも、かまわ・・・ないっ!」
それを聞いた、エドは・・・
「・・・そうかいっ!」
自分を囲む輪のチンピラを殴り、フォンへの道を作った!
「ぐえっ」
「フォン!今助けるぞ!」
「このっ、ガキ共が!殺さないとか舐めてんじゃねぇだろうな!!」
男が、注射器を振りかぶった!
「ガキのひとりやふたり、殺したってどうってことはないんだよっ!!」
「やめろォッ!!」
「うっ!」
エドが走るが、間に合わない。
フォンは開かない目を強く瞑った。
男が、注射器を降り下ろした!
「アンタら、アタシを見なっ!」
そのとき、入り口から女性の声が響いた。
場違いな声に、フォン以外のみなが、そちらに目を向けた。
シィ・・・・・・・・・ィン
「・・・・・・エ、ド?」
最初に口を開いたのは、フォンだった。
周りが一瞬で静かになり、エドもフォンに答えない。
次に聞こえたのは、女性の声だった。
「ふぃーっ・・・危ない、危ない。ボウヤ、あと少しで首に風穴が空くとこだったねぇ。感謝しなよ?アタシにさ」
フォンはわからないが、もちろんリディアである。
ただ、先ほどとは容姿が似て非なるものだったが。
ズリッ、ズリリッ!
尻尾を引きずる音をたて、リディアの下半身、『蛇』の部分がリディアを前に進ませる。
「いやーしかし、いっぺんにこんなたくさんの人間石化させたのはいつぶりかね?忘れちゃったよ、はははは!」
『シャーッ、シュルルルーッ!』
『シャシャシャーッ!』
『蛇』が笑うかのような音を出す。
リディアはもう人間ではなかった。
「しかしボウヤ。ひょろっこいくせに肝っ玉しっかりしてるねぇ。オマケにあのバカ娘のために死ねるなんてマジにしようとするし。こりゃ予想斜め上のいいオトコだねぇ」
麦わら帽子からはみ出たロングヘアーの先端は無数の蛇に。
ワンピースから生えたスラリと色白の足は蛇の下半身に。
「おっとボウヤ、自己紹介が遅れたね。アタシは『リディア・アルカディア』。アンタの彼女、シェリーのママだよ」
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結局。
石化を解かれたエドが無双乱舞し、チンピラたち全員を病院送りに。
クスリの不法所持を黙ってるのを条件に、警察沙汰にはならなかった。
それからフォンの治療、フォンによるリディアへの挨拶などなど。いろいろしていると、夕方になっていた。
もちろん。
シェリーが夕方までフォンが帰らないのをどうも思わないわけがないわけで。
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「・・・遅い・・・」
「エドと街をぶらついているのか?」
本日、57回目の遅いコールである。
シェリーは親方とともに、玄関でフォンを待っていた。
ちなみに、シェリーはいつもの蛇姿ではない。
細い2本の足があり、Gパンを履いていた。頭の蛇たちもただの髪となり、ツインテールにしてある。
これは『人化の術』と呼ばれ、魔物が自分の姿を隠すために使う魔術である。
この姿の理由は、リディアにある。
「シェリー、もう一度確認しとくが、『普段、シェリーは人化の術を使っている』、『シェリーとフォンは同棲はまだしてないが、夕飯の面倒は見ている』は、ママにつく嘘だな?」
「うん、パパ、間違えてもばれないようにね?」
「わかってる。ばれたら・・・」
ゾッ。
二人に悪寒が走った。
「・・・フォン、遅いなぁ・・・」
数分後、二人は知るのだ。
フォンがすでにリディアに会っていたこと。
リディアがすでにフォンを気に入ったこと。
『嘘』が、エド・メリッサによって、ばれていることを・・・・・・
11/06/05 20:35更新 / ganota_Mk2
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