連載小説
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保有
 隣国との会談を終え、ヴァルレンへと戻る支度をする。
 帰り際に国王から労いの言葉を少々貰ったので心なしか気負っているものが軽くなったような気がする。どうやら昨日の姿はぎりぎりの所で見られていなかったらしくヒヤヒヤしたものだ。
 しかし、本当にこの国はいい国だ。唯一、呆れるほどに戦争への危機感が感じられないところを除けば真に住みやすい国家とはこのようなことを言うのだろう。緑あり、活気あり、人情あり。ヴァルレンもこのような他国の良き部分のみを吸収しより良き国へと発展させたいものだと思う。王として私はまだまだやらなければならないことは山積みだ。

 城門を出ようとしたところで、私の頭上に小石が一つ落ちてくる。上を見上げると、アンジェリカが自室の窓から顔を出し素敵な笑顔で中指を立てていた。どうやら少し早く魔法が切れてしまったみたいだが、まぁ私が国を出るまであれから一度も姿を見ることが無かったから上々な結果だろう。
 中庭の花壇も綺麗に整っていたので良い働きをしていると褒めて遣わしたい。あまりにも綺麗な中指の立たせ方だったものだから、私は親指を下に下げ上品な挨拶を済ませる。アンジェリカの額には青スジが浮かんでいたような気がしたが特に関係ないから気にとめることはしなかった。
 そうして私は数名の家臣と主に馬を走らせこの国を後にする。


 未だ上着の内部で静かに蠢く下着を着ながら、私は馬を走らせる。





―――――





「姫、隣国の様子は如何でしたかな?」
「かの国は我々の同盟国であるにもかかわらずなかなか戦争に参加してくれん」
「国王様並びにアンジェリカ様はご健在で?」
「流行の貿易品を取り入れたいのですが」

 ああ、もううるさいうるさい。
 自国に閉じこもってひたすら国の金を啜る貴様ら成り上がり大臣の面倒など誰が好き好んでやるものか。コイツらがヴァルレンの未来を握っている存在でなければ私は今すぐにでもこの下衆どもを解任させることだろう。
 これならば、まだ私の遠征に付いてきてくれる小数の大臣どものほうがよほどましに見えるというものだ。

「それらは全て明日に会議で話しましょう。今日は休ませてください」

 遠路はるばる帰ってきたというのに、こいつらは私に労いの言葉一つかけてくれぬ。
 ……いや、強き指導者であるためには労いの言葉など不要なのかもしれないな。弱きを見せず、常に凛として振る舞い気丈に導く王としての素質を研かなければならない。
 私はもうただの姫ではないのだ。甘えていられる時期は終わったのだ。

 と、ふと軽いため息をついていると、後方から私を呼ぶ声が聞こえてきた。

「姫様……いえ、王代理様でしたな。遅れまして申し訳ありません」
「おお、またいつものだな?」
「ええ、遠征に行っている間は国王様にお渡しすることが出来なくてまことに心苦しい想いでございました」
「すまなかった。いつものように私自らお父様へ渡して置こう」
「よろしくお願いいたします」

 大臣の一人が国王宛、いわばお父様宛への小さな小包を渡してきた。常日頃から貰っているものなので私はその小包を受け取ると懐にしまいこむ。
 これの中身は……後でわかることだろう。

 あらかた用事を済ませたところで私は執事を呼ぶ。
 
「執事、執事はどこだ」
「ここに。姫様、会談お疲れ様でした」
「返事が遅い。私の執事とあろう者が私にいち早く話しかけてくれずになにが執事だ」
「申し訳ありません。姫様が大臣様と会話していたもので邪魔になるかと思い」
「言い訳はいらない。執事、お前にすこし話しがある。私の部屋で待っていてくれ」
「かしこまりました。姫様はどちらに?」
「少し……お父様に会ってくる」





―――――





 お父様に会うのは久しぶりだ。
 私としては毎日でも会いたいくらいなのだが、そうはいかない。王代理としての業務も忙しいことが理由でもあるが、それとは別にもう一つ、面会してはいけない理由というものがある。
 お父様を蝕む病魔はヴァルレンお抱えの医者ですら原因がわからないというのだ。どこが悪いのかもわからず、どう治療していいのかもわからず、しかし病魔は少しずつ少しずつお父様の体を蝕んでいく。もしかすると、未だ発見されていない未知の感染症である可能性もあると言われている。
 それを危惧した大臣達は、未知なる疫病を流行らせてはならないようにとお父様を別宮に移し他の者との接触を極力避けるようにしたのだ。聞こえは悪いが、言うならば隔離である。
 お父様自身も自らを隔離することに反論はせず、現に今現在、お父様以外には誰一人として謎の疫病は発症していない。これが今出来る最善の行動だと皆口をそろえて言うが……
 私は別宮の見張りの兵士に話しかける。

「姫様、お帰りなさいませ。国王様の面会ですか」
「ああそうだ。お父様の容態は」
「……特に変わった様子は……」
「そうか」
「それでは今から扉を開けますので防護服の準備を」
「……わかった」

 防護服を身につけ、兵士の背面に聳える強固な鉄扉を開く。
 途端に消毒液と薬品の匂いが鼻をかすめ、否応なしにもこれから患者と面会するんだと実感させられる。
 このような場所で働く見張りの兵士の心持はいかなるものか。一つ向こうの扉の先には得体の知れぬ疫病の保持者がいるときたものだ。それはさぞ恐ろしいことだろう。
 部屋に入り、数歩足を進めると私の目の前には峭刻とするお父様の姿が映りこむ。

「お父様、只今帰りました」
「おぉ……メリア…………顔をよく見せてくれないか……」
「はい、お父様」
「すまないな…………お前にこのような辛いことをさせてしまって……」
「いえ、私がやりたいと思ったからやっているまでです。お父様はどうか私のことは気にせず、自分の容態のことだけを考えて下さい」
「はっは……昔からお前は強情なやつだ……」
 
 お父様が元気であった頃、それはそれは立派に誇れる素晴らしい人だった。雷帝よろしく、その荒ぶる気性は他者を圧倒的に威圧する雄雄しさがあり、また時には家臣一人ひとりを完璧に分析し一番適しているであろう役職任命するという有能ぶりも発揮していた。
 指導者として必要なものとは武力でもなく、名声でもない。私が思うに、指導者を指導者たらしめる崇高なカリスマ性、それが必要なのであろう。そしてお父様にはそのカリスマ性が満ち溢れるほどに漲っていた。
 一声呟けば十の家臣が集結し、ひとたび命ずれば二日三日で終えることのできる完璧なるカリスマ性がお父様にはあった。

「隣国の王は……元気にしていたか…………」
「はい、かの国からは学ぶことも多いことと思います。いえ、これは私自身の考えというだけなのですが」
「よい……今はお前が王だ。今何をすべきか、どう思うかは全てお前が行わなくてはならない……」
「それは王代理として任命されたそのときから意識してます」

 そう、カリスマはあった。過去形なのだ。
 今眼前に横たえる白髪で痩せ細った者はお父様の他ならない。そう頭の中では理解しているとしても、かの在りし日の勇ましい父王と、眼前の病人とを比べざるを得なかった。そして変えることのできぬ現実に打ちひしがれる。
 違い過ぎるのだ。今までの義勇溢れるお父様が床に伏すなど信じることができなかったのだ。これはお父様ではない、お父様の姿をした別物だと。
 だが、いくらそうやって否定したとしても現実は決して変わらない。お父様は床に伏し、私はお父様を見下げ看病しているという構図がこの上なく惨めで……悔しくて……

「…………ならいい。王には全てを決定することのできる責任が、どんな事があろうとも任すことのできる強固な責任が必要だ……それをよく理解しておくことだ…………ゴホッ!!」
「!!お父様ッ!」
「ぐふっ…………心配するな、ただの咳だ……お前にはこれからもっと苦労をかけるかもしれないな……」
「それは、私が許しません。お父様にはもっとこの国の為に尽力してくれなければなりませんので」
「ははっ……実の娘にそう言われるとは思わなんだ……」

 お父様がやるべきことはまだまだ山積みだ。憎き宿敵ルグドネの制圧から始まり、農地改正、新兵器の開発及び材料調達のための鉱山の採掘、主神や堕落神等の宗教の取入れを緩和し、人にも魔物にも平等な国家を築くための準備、親魔物領とも反魔物領ともならない新たな中立国家の設立、など上げればきりがない。
 私が先導してできないことはないかもしれないが、まだまだ私は王として不慣れな点が多過ぎる。これらの政策は私よりお父様が自ら行なうほうが無駄が無いのだ。
 だからお父様には少しでも早く容態が良くなってもらわねばならない。私では……荷が重過ぎる……

 しばらく私とお父様は政策の話と他愛もない話を織り交ぜながら談笑していた。
 ふと時計を見ると既に数分が経過しており、面会の時間も終わりを迎えようとしていたところであったので、私は懐から小包を取り出しお父様に中の物を差し出す。

「お父様、二週間分のお薬です」
「おお……やっとか」
「この薬が完璧に病魔を治癒できるものだったらよかったのですけどね……」
「そればかりは仕方ないだろう…………ま、飲めば気分は大分楽になるから腐っても薬というわけだ」
「我が国が誇るべき医学の集大成ですからね。これも遠まわしに言えばお父様が作ったものでもあります」
「ははっ、お前はお世辞も上手い。良き王になるやもしれんな……」

 先ほど大臣から貰った小包の中身はというと、お父様の病魔の症状を和らげる特別な薬である。
 勘違いしてはいけないのは、この薬は症状を和らげる一種の鎮静剤みたいな物であるだけで、決して直接病魔を治癒できる薬ではないということだ。
 国お抱えの医者ですら未知の病魔と称するほどだ、そう簡単に治療法が見つかるものではないのだろう。
 ではなぜ私自ら薬を受け取り、直接お父様に渡しているのかと言うと……まぁ単純に言えば誰もお父様に近寄りたくはないということだろうな。お父様と面会したい私と、病人には触れたくもない大臣達との利害が悔しくも一致したのでこうやって私自らが薬を運びにやって来ているということだ。
 流石に、私が遠征なりで不在の場合は誰か彼かが薬を渡しているのだが。


 薬を渡した後、見張りの兵士の声が面会の時間は終了だと告げる。
 私としてはもっとお父様と他愛の無い会話をしていたい。しかし得体の知れぬ病魔に感染している可能性のある者と長時間一緒にいるのは危なすぎるのだ。これでもし、私が病魔に侵されてしまったとしたら……それこそ最悪の結果へと繋がる。
 王族は機能しなくなり、指導者のいなくなった国は破滅へと進むことだろう。家臣の誰かが成り上がりの王になったとしても、この巨大な国を国として成り立たすことは不可能に近い。
 私は少しでもお父様と話し、王としてあるべき事柄を学んでいる。しかし、その行為はいつでも感染してしまうという危険を孕んでいる。危険との板ばさみの中で私はお父様と話しているのだ。

「それではお父様、お時間のようです」
「おぉ……もうそんな時間か。寂しいものだな」
「次は再来週に来れそうです。来週はルグドネとの交戦予定なので、陣の士気を挙げるために戦場に赴きます」
「ついに戦地に出るか……気をつけるのだぞ、戦は常識が通用しない。ましてあの国には人の姿をした"化物"がいるのだからな……」

 ルグドネを制圧する上で決して見逃すことはできない"化物"アリア=マクシミリアン。彼女を攻略なくしてルグドネは討つことができないだろう。
 それをどうするのかが私に課せられた王代理として最初の大きな課題なのであろうな。

「お父様、再来週にまた元気な姿を見せて下さいね」
「できるだけ頑張るぞ」

 無骨な笑顔でそう返される。
 しかし、自信を持って元気な姿を見せると言い張らないお父様の姿を見ると、胸の奥が少し苦しくなった。

「では失礼します」
「ゴホッ……メリアよ、最後に一つだけ行っておく」
「はい」
「お前は……少し国について、政治について執拗に考え過ぎだ。もっと年相応な思想を持ってもいいんじゃないか……?」
「そう……ですね。できるだけ努力して見せます」

 私はお父様にほほえみを投げかけると静かに扉を閉じ、兵士の言葉も聞かずに部屋へと戻った。
 これで今日のやるべき業務は終わった。お父様から王としての素質を学び、薬を二週間分届けた。後は部屋で執事と話をするだけだ。
 廊下には私のヒールの高くて細い音がコツコツと鳴り響くだけであった。








「……母さん、見たかいメリアのあの顔を。やっぱりあいつは俺の子だ。俺と同じで……笑顔がへたくそだよ」









―――――





「お帰りなさいませ。姫様」

 私が自室に戻ると、執事は夕食の準備をしながらすでに待機していた。私が待っていなさいと命令したのだから、待っているのは当たり前なことか。
 いい香りが部屋を埋め尽くす。
 焼けた焦げっぽい臭いは恐らくステーキのソースだろう。幾度となく食したものであるがやはり肉はいつ食べても美味しいものだ。デザートの甘い香りもする。バニラクリームの独特な甘ったるい香りは食後の口直しにこそ相応しいスイーツの王者の風格すら漂わせる。
 その他にも鶏と野菜を贅沢に使用したスープ、煌々と輝く瑞々しきサラダ、数年ものの果実酒まで備えられている。完璧な布陣だ。数日に渡る遠征の疲れを癒すには願ってもない馳走であることは確実だろう。

「お疲れのようですので本日はシェフに無理を言わせ、いつもの数倍質の高いものにいたしました」
「手配が良い。久しぶりに褒めてやるよ」
「感謝の極みです」

 そして極めつけは、執事の股間に聳えるソーセージか。これはなかなか趣がある。黒いフォーマルな衣服の下に隠された鍛えられし肉体は女性ならばつい見とれてしまうに違いない。服の上からでもわかる、6つに割れた逞しき腹筋は指でなぞってしまいたくなるのも自然の摂理というものだ。
 しかしいくら想起したところで、股間に生える男の象徴の大きさまでは測り知ることはできない。特濃の精液を噴出することのできる唯一の器官であり、我々女性がこの世でもっとも尊ぶべき命の源。
 精を得るということは、己を高め雌としての喜びを一番に感じられる瞬間であり、同時に種の繁栄、性の快楽を一度に体験することのできる素晴らしきものだ。
 欲しい。精が欲しい、快感が欲しい。
 あの味をもう一度。唾液を攪拌し、喉を流れ、食道を墜ち、胃に溶ける。あの感覚をもう一度味わいたい。どろりとした白濁の珠玉を飲みたい、挿れたい。
 欲しい。執事が欲しい。執事の愛が、私を呼ぶ声が、触る手が、全てが欲しい。
 執事は私のものだ。私だけが独占することを許されている、私専用の執事であり供給者であり配偶者である。
 誰にも渡さぬ。私だけの――

「……めさ、ま……姫様」
「ん――ハッ!!?」
「食事の用意ができましたよ」
「あ、ああ…………今食べる。ありがとう」

 ……私は今、何を考えていた?
 何を思い、何をしようとしていた?
 執事をこの手で……?
 いや、そんな馬鹿なことはあるはずがない。空想だ、妄言だ。これはただの幻聴だ。
 『寓胎の衣』のせいによるストレスによって引き起こされた戯言だ。
 執事と……?そんなことあるはずがないではないか。あっていいはずがない。

「執事」
「はい、何でしょう」
「……今日は一緒に食べよう」
「おや、珍しいですね。ではご一緒させていただきます」
「うるさい。いいから早く」

 執事がくれたこの下着を着けてからというもの、どうも体の調子が優れない。
 体の節々が痛くなるとか咳き込むだとかそういうものではない。何と言うべきか……ああ、頭も痛い。体も火照る。

「姫様、大丈夫ですか」
「私は、うん。大丈夫、大丈夫だから」
「多忙で疲労も溜まってるのでしょう。どうかこの食事で少しでも疲れを取ってください」

 正直、疲れていないといえば嘘になる。
 未だに不慣れな事だってたくさんあり頭を悩ませる事だって山のようにある。
 だが……それ以上に何か不快な疲れというべきか倦怠感ともいうべき気だるさが私を包み込んでいるのは明確な事実であった。
 その感覚がどのような感覚かは上手く言葉に表すことができないが、はっきりとわかることは、疲労と言うには些か的が外れているということだ。
 熱っぽく、それでいて体の芯から沸き立つような活力。
 ナニかとても大事なものを欲しいと願う渇望。
 
「うん……美味い」
「こちらの鶏のスープは厳選された鶏のみを使用した特別なスープとなっております」
「だが、何かが足りない、ような気がする……」
「それでしたらメインの肉料理がありますよ」
「そう、か」

 何かが足りない。徹底的に圧倒的に、私に舌鼓を鳴らさせるような確定的な刺激が不足している気がする。
 それが何かがわからぬ。喉のすぐそこまで答えが出ているのに、つっかえているようなわずらわしさすら感じるものだ。
 ただ一つ、言えることといえば、今ここにいる眼前の執事が関係している…………気がする……ような……
 ううむ、頭が痛い。体も熱いぞ。

「そ、そうだ執事よ。聞きたいことがあった」
「おや、何でしょうか」
「その、だな。先日私にくれたコレクションの一つに『寓胎の衣』という衣服があったでしょ」
「ああ、私が特別に選んだものですね。どうかしましたか?」

 執事が独断と偏見で選んだという例の衣服。
 身に着けてみたわかったが、これは明らかに人ならざる者の手によって作られたものだろう。今まで数々の珍品を収集してきた私ならそう断定できる。

「いやそのな……執事はあれをどこで手に入れたのかと思ってさ」
「あっ、そういえば言ってませんでしたっけ。あれはヴァルレン城下町の骨董店から入手したものですよ」
「城下町?おかしいな、自国であればそのような怪しげな店舗は全て私が把握しているはずなのだけれど…………見逃していたか」
「そのようですね」
「その骨董店の名前は?」
「確か…………"ぬけがら屋"と」
「ふぅん、聞いたことがないな」

 このヴァルレン国において、骨董店やら金物店やら貴重そうなものが置いている店は必ず私が自ら足を赴き視察していたはずだ。しかし、私の記憶が確かであればぬけがら屋なぞ訪れたことがない。
 恐らく私が見逃していたか、ここ数日のうちに建てられたかのいずれかだろう。
 今度視察する必要があるな。意外な掘り出し物が見つかるかもしれない。

「人通りの少ない裏路地にひっそり佇んでいたので気がつかなかったのかもしれません」
「そういうことにしておこう」
「それはそうと姫様。『寓胎の衣』はどうでしたか?お気になれば幸いなのですが……」
「あーー…………、うん、まぁまぁかな」

 嘘。まったく私ときたらこんな時でも強がりたがる。
 つくづく頑固だ。

「辛口の姫様からまぁまぁのお言葉が貰えるとは光栄です」
「確かに私は辛口かもしれないけど、だからと言って奢侈品を無碍に扱ったりはしないわ」
「いえその……どのような効能もあるかわかりませんでしたので、もしかしたらただの何の変哲もない衣服だとしたら姫様が落胆なさると思って若干負い目を感じていたのです」
「ふぅん……どのような効能、ねぇ」
「生憎自分はモノを見定める鑑定力は持っていませんので」
「どんな効能があるのか、本当に聞かされなかったのか?」
「ええ、店主がまたどうも不気味な様子で……質問しても答えてくれないのです」

 お前のよこした衣服はとんでもないシロモノだったよ。悪い意味で。
 と、言ってみたくはなったがどうにも頭がポーっとするので今は言わないでおいてあげよう。
 恐らく私の勘が外れていなければ、この衣服は呪われた装備品なのだろう。
 今のところ、影響としては下着が肌に癒着し始めているという点のみだが今後どのようなことが起こるか全く想像できない。
 どのような魔物の魔力が込められているかわからない以上、徴候もうかがい知ることはできないからな。

「執事、その骨董店の住所を教えて」
「南区3と4境に地下へと続く道があります。そこを左へ進んで10分ほど歩いた所です」
「わかった、ありがとう。今度訪れてみるとする」

 その時は店主に文句の一つや二つ言いつけてあげたいものだ。なんて代物を使わしてくれたか、呪われた装備品なら呪われているときちんと明記しなければいけないだろうと言ってやる。
 別に呪われた装備品を扱うのは構わないが、呪われているかどうか正確に区別できるもののみを店頭に並べよと命を下してやろう。

「あぁ、あと執事。もうひとつ頼まれごとをしていいかな」
「なんなりと」
「大図書館から魔導書をありったけかき集めてきて欲しい。できれば、呪術関連の書物を頼む」
「姫様……まさかついに……」
「おい執事、何か勘違いしているつもりじゃないだろうな」
「いくら気に食わないといえど、まさか……大臣様を呪殺するおつもりとは……」
「おい」

 この執事、稀にこういうとぼけが来るのが腹立たしくも面白いところだ。
 本来の目的は衣服の解呪をしたいだけなのだが、執事もどうやら私が国の大臣を嫌っているのは理解しているようである。
 まったく、面白いというかなんというか――
 でなければこうも悪巧んだ顔はしてこないもの。この顔は完全に殺しの臭いを漂わせている顔だ。執事の育ちの悪さがうかがえる。

 これは完全に余談であるが、執事は親も実名もわからぬ孤児である。昔、私がまだ生まれる前のこと、お母様とお父様がヴァルレンのスラム撤廃のためスラム街を視察していたとき、護衛の兵士の目をかいくぐりスリを働いたのが執事だという。お父様はその場で切り捨てようとしたが、お母様が哀れみを感じて城へ持ち帰ったというらしい。
 始めの頃は品行方正という概念そのものがなく、そこら辺の悪ガキがおりこうさんに見えるほどひどい有様だったと聞くが私の専用執事になった頃から行儀がよくなり始めたという。
 そして今に到るというわけだ。
 スラム育ちの者を王室に連れ込むなど今考えてみたら即打ち首ものだろうが、それを何の気兼ねなく行なうことのできるお母様の慈愛はさぞ素晴らしいものだったに違いない。

「物騒だな。私がそんなことするわけないじゃないか。ただ、少し勉強したくなっただけ」
「ああ、そうですか失礼いたしました。ではできるだけ早急に集めてまいりますね」

 確かに私の魔力なら人ひとり呪殺することは可能かも知れないが、そのような自らの首を絞めようとすることはしないさ。いくらはらわたが煮えくり返りそうなほど嫌いな存在であったとしても、彼らもまたヴァルレンの為に働いている者のひとりなのだから。自国民を殺す王族が平穏な最期を迎えられるかどうかというのは過去の歴史を見ればよくわかることだろう。
 今はまだ働かせれるだけ働いてもらうべきだと私は思う。
 今はまだ……ね。


「あ、あの姫様」
「なに?」
「やはりどこか体調が優れないのでは?お食事も進んでおりませんし、顔も少し熱持っているような気がします」
「あぁ…………気にしなくていいよ、うん。料理は美味しいし。部屋がちょっと暑いだけだから」

 料理は美味しい。コレは紛れもない事実だ。皿一杯に広がる特大の最高級品ステーキを一人で食すことができるのだから贅沢の極みといえるだろう。味も質も隅から隅まで隙のない洗練された料理である事は、毎日食事をしているこの私が一番よく理解している。
 だけど……
 だけど、どうして食欲が沸かないのだろう。いや、厳密に言えば食欲は沸いているが、これらの料理に対して魅力を感じていないと表現した方がいいのかもしれない。
 確かに美味しい。頬がとろけ落ちそうなほどに美味しい。
 しかし、私はこれよりも更に美味なるものを知っているような……気がするのだ。それが一体なんなのかがわからなくてずっと心の奥底で燻っている。
 それは液体のようであり、半固体のようでもあり、独特な芳香を放ち体の隅々まで染み渡る天上の味を秘めているのだ。炎のように熱く、流水のように勢いよく噴出され、雷のように味覚を貫く素晴らしき食物に違いない。
 だけどそれがなんなのか……わからない。いや、思い出すことができない。

「執事、すまない。今日はもう十分だ」
「……は、かしこまりました。では食器を下げさせていただきますね」
「ああ…………」

 お腹すいたな。けど不思議と食材を食べたいとは思わない。
 それよりももっと別の、どろどろした何かを食べたいから今は我慢しておこう。いずれ食べれるいつか食べれる。そのときまで耐え忍んだら、きっと最初の一口はとてつもなく美味しいはずだから。
 執事がとても不安そうな顔つきで食器を片付けている。無理もないか、自分が仕える姫様が容態の悪そうな雰囲気を発しているのだから心配しないはずもない。いや逆に心配してもらえないってのもそれはそれで嫌なんだけどさ。
 
「姫様、明日の御用事はどのようにいたしましょう」
「そうだなぁ、できればどろどろした白いものを」
「どろどろ……白いもの?あ、あのできれば具体的に食材を言っていただけると助かるのですが……」
「え、そんなの決まってるじゃん執事そのもn――」


 なんだ。






 なんだなんだ。






 なんだなんなのだこれは!??!?!?!






 私は頭の中で"さっぱりとしたサラダに卵とパン"と想起したはずだ。
 いや、実際に思い描いた!サラダの瑞々しき触感と、半熟卵のとろりとしたなめらかさを。小鳥のさえずりと木々のせせらぎの中、朝日を浴びながら優雅に食す朝食を頭の内で想像したはずではなかったのか!?
 それがなんだ!執事……だと?何がどうなっている。
 思考と言葉が一致しない。いや、もっと言うなれば、思考が正常ではなくなってきている……?
 思考のそれが徐々にではあるが人間性よりも魔物のそれに近くなってきているような気が……


「ひ、姫様……」
「いいいいいいいい今のはききき聞かなかったことにしておいてくれ!サラダに卵とパン!以上!!」
「サラダ卵パンですね承知いたしましたァ!」
「執事」
「は、はひ!」
「キミは、何も、聞いていない。いいね?」
「わかりました姫様……というか目が、目が怖いです……おやすみなさい……」








――――――






 執事のいなくなった自室で一人私は思う。
 はぁ。
 一時はどうなるかと思ったわ。
 まさか私があんなトチ狂った狂言を発すだなんて誰が予想しただろうか。私自身でさえ完全にわからなかった。
 執事を欲する?しかも食事で?そんなの完全に魔物のすることじゃないか。ハハ、まったく……
 ――侵食が速すぎるか……?
 
 別に私は魔物も人間も差別しているわけじゃない。魔物は魔物の生き方があるし、人間だって人間の生き方があるものだ。この地上に住まう知能ある生物として仲良くしていければ良いと思っている。
 だけど、やっぱり……中にはそれを良く思わない人もいるわけで。魔物は悪だ、色狂いの堕落者だ、世に混沌をもたらす破壊者だとか言う人たちだっている。まぁ色狂いってのは認めざるを得ないけど。
 けど、そういうことを言う人って大体は魔物の本質を知らないで上辺だけ取り繕って魔物は絶対悪って言い振舞っている者が殆どなんだと思う。だって魔物の本質を知れば、魔物は悪だなんて言える筈がないから。
 
 だから私は執事のおチンポで子宮の奥まで激しく突いてもらいたいって思うのも至極当然のことだし、いっぱい種付けしてもらいたいって思うのも当たり前のことなんだと思う。
 だってそうでもしなきゃ一族を増やすことができないんだからさ。ただでさえ王族を維持しなきゃいけないってのに、お母様はすでに亡くなられてるし、お父様は病のせいで先は長くないかもしれない。だとすると残された私がどうにかして跡継ぎを産まなきゃならないってわけだ。
 私は当然政略結婚なんてしたくもないし、するつもりもない。とするとヴァルレン王族は私の代で途絶えてしまうことになる。それだけは絶対にあってはならないことだ。
 そこで私が目をつけたのが執事だ。
 というかぶっちゃけ言っちゃうと私、執事のことが好きなんだと思う。執事だから当たり前に面倒見が言いし、年だってそう離れていない。見た目だって意外と悪くないし、とやかく言う親族だって誰一人いない。これって私が思う以上にチャンスなんじゃないかな?
 
 当然、私と執事が男女の仲になったら大臣共は騒ぎ立てるに違いない。もしかしたらあらぬ策略で私を無理やり孕ませようとする計画を立てていたものもいるのかもしれないけれど、そんなことはキッパリとお断りします。
 私は執事のモノでしか満足できないし、執事の精液しか受け入れるつもりはないのだから。顔立ちがそこそこ良くて、しかもおチンポもそこそこ太くて硬くて長いものだから女の私にとってはこの上ない至極というものよ。
 執事の精液が私のナカを満たしたあの天上の感覚は忘れもしない。出来ることならもう一度、いや毎日でもあの行為を行ないたい。そう思う。
 
 だから私はあえてもう一度言おう。
 執事を欲する?しかも食事で?
 そんなの当たり前じゃないか。執事の精液がなによりも美味しいと思える今、美味しいものを食べたいと思うのは生物として当たり前の思考ではないだろうか。
 食に関する思考においては人も魔物も、まして動物だって同じだと思う。より質の良い美味なものを望むのは生きとし生けるものとして当たり前である。

 だから私、は……うんっ……
 はぁっ…………


 「うぐっ……今度は何だ……?はぁっ――」

 私が一人脳内で人間性?としての有り方を述べている最中、突然心地の良い感覚が脳内をかき乱し始めてきた。
 ぬめりのある生暖かい、決して嫌ではないむしろ病み付きになる危なげな中毒性感覚。そう、性感だ。
 また例の発作が私を襲ったのである。

 上着を脱ぎ捨てパンツとブラジャーの二枚だけにはだけた私はあまりの動悸の激しさに眩暈を引き起こしそうになる。心の像が爆発するかのごとく脈打ち体中の血管という血管がドクンドクンと暴れまわっている錯覚すら感じる。いや、実際に暴れ回っているのかもしれない。
 全身から汗が垂れ流しになり、ベッドのシーツには早くも汗染みが生成され始めていた。地図というにはあまりにも歪なその汗は、私がいかに興奮し発汗しているかのものさしとなるものだ。また適当な言い訳をつけて一人で洗濯しなければならないなまったく。

「ハァ……我慢できないっ……!」

 下着の上から勢いよく胸を揉みしだく。
 眼前に執事の幻影を思い描きながら、まるで執事本人に弄られているかのように自らの手の動きと幻影との動きをシンクロさせると、よりいっそう室内に甘い声が響き渡る。薄桃色の突起とツンと跳ねると無意識に腰をくねらせ、あたかも執事に魅惑をかけているかのごとく淫らな女らしさを幻影に振りまくのだ。
 乳房を触るとまるで上質なホイップクリームかの如く弾力性と柔らかさを持ち、内側へと沈んでいった。比喩的な表現ではなく、実際に肌の内側に指が沈んでいたのではないかと感じたものだ。胸の内側でかき回される幻影の指さばきは私を過呼吸寸前までに至らせるほど刺激的な淫技を秘めていたに違いない。それが実際は私の指であるとなれば、我ながら恐ろしく思えてしまうほどだ。

 やがて幻影の手は私の腰を撫で下ろし、股間へと伸びる。もうその動作だけで私は秘部が汁だくになるほど期待していた。ひと撫ででもされてみようものなら私は果てるに違いないから。指先という人間が生まれながらに持った絶妙な淫具は私の期待をこうも容易く掻き立てるのだ。
 一呼吸二呼吸おき、私は秘部の二枚貝を開くと、私の内側に涼しげな外気がすみわたる。

「んあっ……ぁぁう」

 自重の言葉を知らぬ二枚貝はよりいっそうエキスを垂れ流すのを止めない。上部に位置する赤く熟れた真珠は今か今かと触れてもらうのを待っていたのだろう。
 私は焦らし、待ちに待たせ真珠の養殖を続ける。より太らせ長時間養殖した真珠は収穫のとき、素晴らしい快感を引っさげて訪れてくれるのだから育てないわけがないというものだ。
 その代わり二枚貝にはしっかりと栄養を補給して上げなければならない。私は中指を細い餌に見立てて貝の口へとゆっくりとねじ込んだ。

「いい…………これ、もっと……」

 指に喰らいついて放さない貝は私の意識とは別の存在となり、指を奥へと飲み込んでいった。
 うねり、ひだり、うごめき、さながら異界を想起させる感触に再び私は嬌声を上げ、瞳を血走らせる。

「んぐぅぅ!し、執事ぃ……!!あンっ!!」

 幻影は手を休ませたのもつかの間、私の中に入った指を上下に激しくゆすり動かしてきた。指の先端をやや曲げてかぎ針のようにし、膣壁をピンポイントに愛撫してくる。私はそれにたまらず歯を食いしばることもやめ、だらしなく口を開けていたものだ。
 
「あっ――――」

 ふと……激しく前後する手の平が、養殖してぷっくりと太らせた真珠に触れると私は声も上げる暇もなく――

「あっっあっあっあっあっっぁぁぁぁ」

 半分意識の失いかけた生気のない声で痙攣し、雷に打たれたかのような感覚を残しながら果ててしまった。
 性感というにはあまりにも刺激的で瞬間的であったのにもかかわらず、私の意識はエクスタシーの裏側に回りこみイくという概念すらも通り過ごしてしまったかのように感じた。
 いや、実際に感じたと言っているのだから快感は経験したのだと思うが私の知る言語の中にはこの感覚を表現することの出来る言葉は存在しない。
 宙に浮いたかと思うと、一瞬のうちに奈落の底に打ち付けられ、しかしそれでもなお無限の暗闇の中で浮遊感を感じながら世界の一望を眺めるというわけのわからない感覚だ。

 もはや切れ切れの意識とは別の存在が未だに私の貝を愛撫し続けている。これは私がやっているのか、それとも私ではなく私の中に住まう何かがやっているのか。それがわかる頃には私は私ではなくなっているのかもしれない。





―――――






「ふぅっ……ふっ……ふっー……」

 どうにかして私の指を抜くと、私の指はたった数分しか中に入れてなかったといのに驚くほどにふやけていた。最早この時点で異変に気が付くべきだったのだが、そのときの私はあまりの快楽と服による魔性の効果によりさほど気にしなくなっていた。
 というよりも、呪われた装備品を身に付けてなおすぐに取り外そうとしないその思考の時点で既に侵食されていたのだろう。
 今となってはすべてが手遅れであったのだ。
 そして呪いの確信は現実世界に戻された私に無情を打ちつける。

「うぅ……どういうことなの……あ、あたまが痛い……」

 あまりの出来事に困惑する。
 最早どう考えても私のしている行為、考えている思考を弁護することは不可能であった。
 私は、確実に侵されている。
 この【寓胎の衣】の魔力に自我を飲み込まれつつある。 
 こうなることは呪われた装備品に手を染めた頃から理解していた。だがしかし、それを避けようとせず、あえて受け入れようとするあたりから私は少しずつおかしくなっていたのかもしれない。
 この服を脱いで、封印を施し、宝物庫にしまう。そうするだけでよかったのに、私はそれをせずこの呪われた服を着たままにしていた。悔やんでもどうにかなるものではないが、それでも事前に防げた出来事であるだけに……

「と、とりあえず水を……」

 先ほどの行為で想像以上に体の水分を放出してしまったようで、私は乾きに乾ききってしまっていた。シーツがベタベタになるほど発汗しつくしてしまったので喉がカラッカラだ。
 私はベッドを這いずりテーブルの上に置いてあるコップを取ろうとした。

「ハァ……コ、コップ……コ…………え――?」

 私はベッドを這いずりテーブルの上に置いてあるコップを取ろうとした。
 そう、取ろうとしたのだ。
 しかし私はあまりの出来事に言葉が出なかった。
 なぜなら――









 既にコップを握っていたのだから。













「え……なっ……!?!どうしっ……?」

 コップを取ろうとしたら既に持っていた。
 ベッドとテーブルとの間には2,3メートルの距離がある。ベッドから降りずにテーブルの上に置いてあるコップを取ることなど不可能であるにもかかわらず、現に私はコップを手に持っているのだ。
 若干の粘液が表面についているのが気がかりだが、紛れもなく今私が持っているのは私のコップでありこの部屋のテーブルにあったものである。
 それがどうして――

「んんっぅ!?!?」

 突如、体に一瞬の衝撃が走る。
 背中の部分だろうか、何か得体の知れないものが"体に戻る"感覚を感じたのだ。今まで体の外に出ていたものが内に戻るような……本来感じるはずのない得体の知れない感覚が確かに私の体に走った。
 細長く、粘性を持った何かが……まるで本来の巣に戻るかのような言いようのない不気味な感覚を残して。

「これ以上は……本当に……」

 残された僅かな人間性がそう告げた。
 もはや手遅れであることには変わりないが、今からでも最善を尽くせばどうにかなるかもしれない。一握りの希望を持って私は決意したのだ。
 ……始めからこうすればよかったのものを……私はなんと愚かな姫なことか。
 私は別に魔物が嫌いではない。しかし王族が魔物化したとなれば信頼が墜ちるのも目に見えている。
 早く決意しなければ。
 服を――脱ごうと。

 私は疲れ果てた腕で自らの下着に手をかけた。
 全てに決着をつけるためにこの忌まわしき下着を脱ぎ捨てるため。執事には悪いがこの服は全力で封印術を施して宝物庫の地下奥深くに厳重に保管しておくことにしておこう。そしてこの服を取扱った"ぬけがら屋"という店を全力で探し当て相応の処罰を加えるとしよう。
 私はそう心に誓い、下着を脱ごうと腰に手をかけた。



 しかし、私は痛感することになる。

 現実はそう甘くはないことを。
 この服にかけられた呪いの強さを――



「あ、れ……」

 下着が……脱げなくなっていた。
 いや、違う。





 下着が、なくなっていた。
 




 私の親指に引っかかるはずの下着の生地は完全に消失しており、そこにあるのは私の素肌と同化したナニカであった。
 思えばそうだ。私は先ほどの行為の最中、下着を脱いだ動作を一度もしていなかった。それになのに私は、自らの指で乳首を弄り胸を揉み陰部へと指を入れていたということ自体が不自然な話だったのだ。
 既にそこに下着という物質は存在せず私の一部と化した元下着がそこのあるだけだったという事実に私は気が付いていなかったのだ。
 綺麗なレース模様はいつの間にか禍々しきデザインへと変化しており、私の素肌と同化することにより醜悪なタトゥーへと姿を変えていた。そのデザインは遊女が刺繍していたとしても手に余りそうなほど悪意と色欲さに満ち溢れている。今にも蠢きだしそうな放射状に広がる細長いデザインは桃紫色の艶を彩り今にも皮膚から突出しそうなほどだった。


 もう、ダメだ――


 私の心に折り目がついた瞬間、体の内から真っ黒な感情が沸き立つ。
 同時にごぼり……と皮膚が隆起したような気がした。
14/05/11 22:09更新 / ゆず胡椒
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■作者メッセージ
半年以上ぶりで作者本人でさえストーリーを忘れがちです。

思い出すためにどうぞ読み直してくだされば幸いです(露骨なステマ)

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