連載小説
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「なるほど、農業の効率化には税を減らしていると――」
「その方が農夫たちも仕事に精が出るものなのだよ」
「参考までに覚えておきましょうか……しかし、我々は今までどおりの税額で政治を行なうことにしましょう」
「何故かね?」
「ヴァルレンの強靭な武力の発展には圧倒的に資金が足りぬのです。やはり我々は今までどおり、いや、更にこれからも税を徴収する考えです」
「いやはや、流石はヴァルレン王の姫、もとい王代理なだけある。今よりも更に税を徴収すると言いますか」
「国の為ならば如何なる犠牲を払うのもいとわぬのが我がヴァルレンの民。さしたる支障はないでしょう」
「こりゃまったく、恐れ多い……」

 あれから一週間が経ち、私は今何をしているかというと、同盟国との会談の真っ最中である。遠路はるばる馬を走らせ5時間半、私とその他大臣達は隣国に招かれ、こうして会議室で政治の話を会議しているわけだ。
 お父様曰く、この国はヴァルレンの傘下というわけではなく、私が生まれるより以前は幾度とわたる大戦を繰り広げてきた宿敵国らしい。この国の現国王は争いを好まぬ温厚者であるので、実質終戦という名目の休戦を申し出て同盟に参加した、とのことだ。
 確かに会談をしてみても、お父様のような偉大さや大臣のような気分の悪さは感じず、人当たりの良い普通の男性としか見受けられなかった。しかし、そのようななりでも、時折垣間見える鋭い眼光に只ならぬ雰囲気を感じざるを得ないものだから、やはり一国の国王としての気質があるようにも感じる。

「ではそういうことで。これからも良好な関係を育んでいきましょう」
「ああ、よろしく頼む。ヴァルレン王にもよろしくと伝えておいてくれ」

 握手を握りこれにて会談は終了した。
 大きなアクシデントもなく、無事に終えることが出来たので肩の重し取れた気分になる。
 今までお父様が会談をしているのは隅から何度も見たことがあったが、こうやって実際私が行なうのは初めての試みであったからな。流石に私と言えど緊張した。
 会議室に刺客が送り込まれたり。
 いきなり隣国の家臣の罠により殺されたり。
 ありとあらゆる想定をし、厳重に護衛をつけたのだがどうやらこの国ではそれは杞憂に終わったようだ。

「さて、ヴァルレン姫よ。この後何か用事はあるかね?」
「後はヴァルレンに帰るだけですが」
「今から帰るには夜も更けて危険だろう。この時間は野犬や淫魔がよく出没するのでね。今日は家臣たちと泊まって行くがよい」
「…………ではお言葉に甘えるとしましょうか」
「夕食と部屋は準備しておるので存分に堪能してくれ」

 あまり他国の世話になりたくないのが本音だが、お父様が築き上げた隣国との関係を悪化させたくはない。恩をつくるということがいかに外交において支障になるかは幼い頃からよく聞かされていたので反射的に拒んでしまうというものだ。
 そして、私自身あまり乗り気にならない理由はもうひとつあって……

「あと……まことに申しにくいのだが、いつものように我が娘と付き合ってくれんかのう」

 ほらやっぱり。大体予想はしていたけれどさ。
 まだお父様が健全だった頃、よく私はこの国に一緒に連れてこられていた。
 そんなとき、こぞって私に任されるのはこの国王の一人娘の遊び相手になってあげることだった。連れてこられるだけで何も出来ない退屈した私も、遊び相手がいるということに始めは心躍らせた事もあったが……
 今となってはその相手というのも厄介ごとでしかない。王の代理となった今では尚更だ。そのような面倒ごとは必ずしも行なわなければならない、というわけではないのだけれど……これも外交の為となれば断る事は出来ないものか。

「わかりました。では娘様は中庭に向かわせてください。私は先に行き待ってますので」
「おお、助かる。最近は一段ときかなくなって手を焼いているところだったのでね」

 本当はただ面倒ごとを私に押し付けているだけなのではないだろうかと思う節もあるが、今は何も言わず相手をしてやろう。
 どうせまたいつも通り喚きたてるに違いないから。





―――――





 中庭。
 柔らかい芝が丁寧に刈り揃えられており、ささやかなそよ風が私の髪をなびかせる。ここで仰向けに寝転がるだけで寝具などは必要の無いほどに安眠できそうな、心地よい場所だ。
 噴水や花壇、日時計なんてものも配置されており、いかに大事に手入れされている場所だという事がわかる。
 四方には城の壁が吹き抜け状になっているので、場内からでも用意に中庭の様子が伺えるし、逆に中庭からでも場内の様子を確認する事も出来る。
 ヴァルレンの城にもこのような中庭があればもっと華やかな城になっていたのだろうが、生憎そのようなものは設備されていない。私の城にあるのは武庫と兵舎が冷たく陳列しているだけの殺風景なものばかりで、本当に戦をするためだけに立てられた建造物であるという事を実感させられる。
 なんというか、この城は居心地が良い。どことなく温かみを感じさせる構造、そして人々の暖かさ。いや、城ではなく国全体がそういう風になっているのかもしれないな。ヴァルレンとは大違いだ。

「良い匂い……」

 王女が来るまでの間、待ち惚けている私は花壇のバラを堪能していた。赤や白、桃色といった色とりどりのバラは、私がここに来るたびに静かな歓迎をしてくれているようで私はそのお礼にと匂いを嗅いであげるのだ。
 貴族の象徴でもあるバラは私のような存在にこそ最も相応しい植物である。気品と力強さの両方を備え持つこの花は、誰にも触れられることなく孤高に生きているような感じがした。
 すると、ふと背後に足音を感じたので振り返ってみる。

「ごきげんよう、メリアさん。いえ今はヴァルレン王代理でしたっけ」
「久しぶりね、アンジェリカ。そんなに気を使わなくてもいい。今まで通りメリアと呼んでかまわないから」

 バラの香りを堪能している私の元に目的の人物がやって来る。楽しい一時を一瞬で台無しにされたような気がして、軽い溜息が漏れる。
 アンジェリカ王女。隣国の王の娘であり、地位的には私とほぼ同等の存在である女性だ。まぁ、現時点では王の代理である私のほうが上なのだけれど。
 金髪のロールを巻いた髪に、ゴテゴテの装飾品がこれでもかというぐらいに纏っている。体格が二回りも大きく見えるフリルのドレスを着こなし、誰もが見ても王女様としか言いようのない身なりで彼女は私の背後に立っていた。
 
「忙しい中わざわざすみませんこと。わたくしとっても感激でございますわ」
「どこかの誰かさんのせいでただでさえ忙しいのが更に多忙になってしまったけどね」
「あらまあ」

 手を口元に当ててクスクスとおしとやかに笑う彼女。
 しかしその表情は非常に憎たらしい顔つきをしている。その笑いは私が言ったことに対して笑っているのではなく、苦労している私をあざ笑うかのような笑いだった。
 いつものことだ、慣れている。
 
「最近どうも会えないと思っていたら王の代理なんてやってたのね。そのような怠惰なことは家臣に任せてしまえばいいのに。わたくしならばそうしますわ。それとももしかして、メリアさんは皆の嫌がる事を先導して行なうマゾヒズムに富んだ性癖をお持ちなのですか?」
「生憎、私だってやりたくてやってるわけじゃないの。仕方がなくやっているのよ。貴女みたいな年中頭が春のバカ王女が王の代理の大変さを理解できるわけがないものねぇ」
「あらあらまあ」
「うふふふ」

 つまるところ、私たちは果てしなく仲が悪いのだ。もはやこのような暴言の言い合いが挨拶代わりといっても良いくらいに不仲である。
 まだ私たちが幼い頃、第一印象は悪くなかった。出会い始めこそ、私は一緒に遊ぼうと試みていたのだ。
 しかし、共に遊ぶにつれ、この王女アンジェリカの性格の悪さが次第に浮き彫りになっていくのがわかり、次第に悪口を言い合うことが当たり前の関係となってしまっていた。それはもう犬と猿が和解できてしまうほどの悪さだ。
 喧嘩するほど仲が良い、という言葉を私は全力で否定できる自身がある。

「そうそうメリアさん。前にお会いした時に言いましたよね。"お互い一国の姫として魔法の嗜みは最重要だ"と」
「ああそういえば言った気がする。で、それが何?もしかして新しい魔法を会得したから今ここで披露するとか馬鹿げたこと言うわけじゃないでしょうね」
「あらあら、それではわたくしは馬鹿になってしまいますわ。ひどいです」

 馬鹿になってしまうではなく、正確に言えば馬鹿みたいに性悪と言えばいいだろうか。毎回毎回こんな付き合いをさせられた日には取れる疲労も余計に溜まってしまうというものだ。
 アンジェリカのペースに乗せられるのを防ぐためには、想像以上の体力を消耗するといってもいい。

「わたくしあの日言われてからこの日に到るまで……軍の魔導師さんとマンツーマンの指導により新たな魔法を習得しましたのよ。どうです凄いでしょう!」
「あぁそう良かったわね」
「つれないですわメリアさん。貴女はなんてつまらないお方なのでしょう」
「奇遇ね。私も貴女ほどうざったい人間はいないと思ってたわ。私は忙しいの、貴女に構ってあげられるほど余裕なんてないのよ」

 私がそう足蹴にするとアンジェリカは少々頬を膨らませ、拗ねているようにも見える。性格がおしとやかで嫌味ひとつ言わぬ王女様だったとしたら、彼女は今頃多数の男性に求婚されているに違いないだろう。
 それが許婚の一人も存在しないという事は、いかに彼女が他国の王室男性からも煙たがられているというのがわかる。
 お見合いは全て破談、見て天国聞いて地獄とはまさにこのことだろう。ま、それは私も人のことは言えないのだけれども。

「さあそうとなれば勝負ですわよ!いつもメリアさんには勝てないわたくしですが魔法だけでも勝ってみせますわ」
「貴女は人の話を聞く耳を持っていないのかしら。貴女に構っていられる余裕はないの」
「杖を取り出し!構えるのですわ!!魔法の決闘は格式ある儀式。格式に習って執り行わなくてはなりません」
「……はぁ……もういいわ、わかったわよ。早く済ませましょう」
 
 今日ばかりは仕方なく。本当に仕方なくアンジェリカの要望に付き合ってあげるとしよう。いつもはお茶汲み対決だとか、チェスで遊んであげてたんだけど魔法で対決するというのはかなり久しぶりな気がする。まぁそれでも勝てる自身はあるけど。
 彼女はおもむろに懐から杖を取り出し、魔法を唱える構えと取った。へたな構えなんてしたものなら、思いっきり指を刺して笑ってやろうとしたのだけれど、それが意外と様になっているときたものだから笑うに笑えなくなる。
 思ったよりも努力家なのが憎めないところだ。いやそれでも十分うざったいけど。

「純度100%のユニコーンの角製杖ですわ!この聖なる力……素晴らしいと思いませんこと?」
「ユニコーンの角……?貴女まさか、そのためだけにユニコーンを捕らえたりなんてしてないでしょうね」

 彼女が取り出した杖は指揮棒程度の大きさで、輝くほどに純白のモノであった。
 純潔の象徴でもある魔物ユニコーン。その証である白角を丸ごと使用した杖だなんて聞いたことも見たこともない。
 彼女が所持しているものでなければ即刻私のコレクターリストに追加したいぐらいだ。
 
「わたくしそのような残虐な行為はいたしませんわ。たまたま森を歩いていた兵士が寿命により息絶えていたユニコーンを見つけたので角を頂いたまでです。遺体は丁重に供養しましたわ」
「そう、ならいいのだけど」

 そう聞いてホッとする。
 ユニコーンを殺めただなんてしたものなら、末代まで祟られるに違いないからね。流石に反吐が出るほど嫌いなアンジェリカでも、容態の心配をしたくなってしまうというものだ。

「もし貴女が杖を欲しいためだけにユニコーンを生け捕りにしてたなら、私は今以上に貴女を軽蔑していたでしょうね」
「うふ、それはそれは恐ろしい事ですわ。……さておしゃべりはそこまでにしてメリアさんも杖を出すのです!さあさあもったいぶらずに」

 私は手っ取り早くことを終わらせるために、しょうがなく杖を取り出した。
 軽く呪文を唱える。
 すると、何もない虚空から私の身の丈ほどの木の棒が一本降りてきて、眼前に突き刺さる。無骨でしわしわで、先端が少しだけ丸まって宝石の埋まっている、それ以外はなんの変哲もない木の棒。
 けれどこれが私の一番慣れ親しんだ道具であり、大切なパートナーでもあるのだ。アンジェリカの杖と比べると幾分か形状が異なるが杖という面では然程用途は変わらないだろう。
 アンジェリカの杖がステッキだとしたら、私の杖はワンドとでも言えばいいだろうか。

「いつみても仰々しい杖だこと。わたくしの……うーーん……『チャスタティーホーン』のように清潔感がまるで欠けていますわ」
「貴女それ今名前付けたでしょ……自分が大切にするモノの名前はちゃんと考えてつけるものよ」
「な、ならメリアさんのその棒切れはなんていうご立派なお名前なのかしら?」
「名前ねぇ……」

 私はこの杖の名前を誰にも言ったことはない。無論、執事にもだ。
 もともと手に入れたときから名前などなかったものだから私がつけざるを得なかった。その名前を他人に教えるということがいかに重要なことか、この目の前の王女はわかっていない。
 道具の名前を知る、ということはすなわちその道具の所有者になる及び所有者に認められたという証でもある。道具に宿る魂と信頼関係を築き、真の力を発揮するために名前というものは必要になる。ゆえに道具の名前は、容易に他言してはならないのである。
 それをこの眼前の嫌みったらしい王女は、自分がこれから大切に使おうであろうモノの名前を何の惜しげもなく私に言う。つまりはその程度の道具としか思っていないのだ。どうせ数あるうちの一つ、程度の認識しかないに決まっているのだろう。
 そんな者にユニコーンの角製の杖が使われるとしたら、亡くなったユニコーンもさぞ浮かばれぬに違いない。嘆かわしいことだ。それならば私が大切に使用してあげたものを。
 …………とまぁ、こうも長ったらしく建前をつけてはいるが、要するに私の杖の名前は――

「嫌よ面倒くさい。貴女に言う筋合いはないわ。名前を知ったところで、私も貴女も得なんてしないでしょう」
「そ、損得で決め付けるものですかっ!?わたくしの唯一無二のライバルとして名前を知らないわけにはいきませんことよ!」
「いつライバルになった」
「そういう運命なのですわ」
「却下で」

 あーもうめんどくさい。かったるい。うざい。
 こちとら疲れてんだから休ませてよ。
 こういうことは早く終わらせるにかぎる。

「もういいから、早くやっちゃいなよ。ホラ、貴女先手でいいから」
「あらそうですか?では、お言葉に甘えて……いきますわっ」

 アンジェリカはそういうと杖に目線を寄せ深く深呼吸をする。神経を一点に集中させているようだ。
 杖からは白いオーブのようなものが2,3個現れ、杖の周囲をぐるぐると周回し始めるとあたりの空気が一瞬にして静寂に包まれる。
 呪文を呟き始めると、今度は一変してアンジェリカの周囲から風が発せられ芝草が避けるように倒れこむ。
 額に汗を長しつつ、長い長い詠唱を称えニッと彼女が笑うと、杖を前方に大きく突き出した。

「いきますわよ〜……"炎の精霊よ 憤怒の御魂 その見宿りて 幾年月 焦す想いは その身焦げても 消え失せぬ エクスプロジア!!"」

 …ジジ……ジジジ……
 ……ドゴォン!!

 一閃。
 杖の先端から一筋の光が差し込み、私の側面を通り抜ける。
 すかさず後ろを見ると光は花壇へと突き刺さり、みるみるうちに全体が赤くなっていく。赤いバラよりも更に赤く、けれどその赤は情熱的な赤ではなく。
 そして熱を発して。
 最後には盛大な音を立てて爆ぜた。

「おほほほ!見ました?まさか見てないとは言わせませんわよ。どうですこの破壊力素晴らしいでしょう」
「…………」
「おやぁ、まさかあまりの凄まじさに言葉も出ないというやつでしょうか」
「はぁ」

 折角私がバラの香りを楽しんでいたというのに、この人はこうも容易く私の楽しみを奪っていく。悪気はないだろうけど、流石にあれはやりすぎなのではないかと思う。
 花壇は木っ端微塵に粉砕され、原形を保つ草花は一つとして存在していなかった。赤白桃色とりどりのバラたちはもはや見る影もなく、塵となって消えたのだ。この王女は園芸士がどれだけ苦労かけて育てたものかわからないのだろうか。
 それに、魔法だって確かに凄いとは言える。だがしかし徹底的に欠けているものがある。そのことにアンジェリカは気が付いていないということも落胆せずにいられないことだった。

「貴女、その魔法で私に勝とうと思っていたのならば今すぐ負けを認めなさい」
「何を言っているのかわかりませんわ。わたくしの魔法、見たでしょう?全てを破壊する爆発力、圧倒的攻撃力、非の打ち所がありませんことよ」
「長い」
「へ?」

 こんな王女の相手をしなければならないというだけでイライラせずにはいられないのに、彼女は更に私の癪に障ることばかりをしてくるものだからもう抑えるのも限界だ。
 もう終わらせよう。今すぐに終わらせてやる。

「詠唱が長すぎる。そんなのろまな詠唱なんて敵は待ってくれないわよ。こんな高度な魔法、貴女みたいに魔法をかじっただけで魔法使いだと言い張る三下には分不相応すぎるわ。これくらいの魔法は相当徳を積んで無詠唱で発動できる位の魔導師が使用するものよ。
そう、貴女にはまるで実用性がない。曲がりなりにも貴女は一国の王女なのを自覚してるのかしら」
「そっ、そんなk」
「王女はこのような物騒な魔法を使用するに値しないということにまだ気が付かないのかしら。私たちみたいな高貴な身分の者は過剰な攻撃魔法はかえって自らの立場を危ぶまれる原因にもなるのよ、貴女はまだそこを理解していない。考えてもみなさい、爆発魔法を多用する王女さまなんて肩書きがついた日には、そりゃ婚約も破談になるに決まってる。殿方はおしとやかで従順な王女を求めているのにもかかわらず、野蛮な魔法を行使する女を誰が貰ってくれるかしら。私には到底いるとは思えないけどね。
 貴女はそれでも物好きな殿方がいると思ったからそんな爆発魔法を会得したのよね?そうですよね?そうでなければ貴女は己の力量も測ることができない見習い魔法使い以下、ただの愚者の他ならないわ。私はこれから貴女のことをアンジェリカと呼べばいいのかしら、それとも愚か者と呼べばいいのかしら」

 ふぅ、これだけ言えばもう大丈夫だろう。
 あとはいつものパターンで終わらせれば万事解決だ。早く、早く休みたい。
 もう邪魔なのよアンタ。早く負けを認めなさいよ。

「う、うふふ、おほほ……言わせておけばいけしゃあしゃあと!もういいですわ!そんな口二度と利けなくなるようにわたくし自らが成敗して差し上げます!」

 そう言うアンジェリカは今度は私に杖を向ける。
 うん、予定通りだ。こういう相手には挑発して吹っ掛けてあげるのが一番効率的、ということはよくお父様からも言われてきたことである。
 挑発に乗せられる人間が一番扱いやすいというのはよく言ったものだ。
 今度は私が杖を構え、アンジェリカの方へと足を進め始める。

「公式の対決において、連続して魔法を行なうことはルール違反。さあ杖をしまいなさい」
「うるさいですわ。今この場ではわたくしがルールなのです。さあ、その足を止めるのです。さもなくば撃ちますわよ」

 もうこのバカが何を言っているのか私には理解できない。いや、理解できたとしてもどうせため息の一つで終わらせられるぐらいどうでもいいことに違いないだろう。
 私の足は止まらない。
 一体私はいつまでこんなバカを相手にしなくてはならないのだろう。早く開放されたい。
 早く、早く早く早く!!一刻も早く部屋に戻りたい!!
 
「忠告を無視したメリアさんにはわたくしから魔法をお見舞いします。……それっエクスプロジア!!」

 しん……と当たりは静けさに包まれる。
 私の進行する足音だけが耳に聞こえ、続いてうろたえるアンジェリカの同様の声が聞こえてきた。

「あ、あれ?どうして発動しないのかしら……?」
「やはり分不相応。たった一度の発動で魔力切れを起こすなんて……あほらし」
「あ……あらまあ手厳しいご教授ありがとうございます。つ、次に会う時は必ずやメリアさんをぎゃふんと言わせて差し上げますわおほほ……」
「貴女のその粘り強さだけは認めてあげる。だから今日はもうおしまいにしましょう」

 ずん、ずんずんずん……
 一歩ずつ足を進めるたびに速くなる私の歩行。
 それに遅れて数歩後退するアンジェリカの姿があったが、そんなものには眼中にもくれず進行する。
 そうしてアンジェリカと私の距離があと数歩の距離になったところで――私の魔法が発動した。


…………キィィィィーーン……イィィィーーーーーーーーーンン……


 耳をつんざくような甲高い金属音が辺り全域に響き渡りると、私の杖の先端から眩い光が発せられアンジェリカの眼前で数回発光する。
 光に同調し彼女の眼球が360度ぐるぐる回ると、次第に頭部まで一緒に回りだし地面にへたり込んでしまう。口からは涎が垂れ流しとなり、眼球はあらぬ虚空を見つめているだけである。

「はい、貴女はメリア姫との魔法対決で負けました。その代償として花壇の整備をしなくてはなりません。OK?」
「あー」
「そして花壇の整備が終わったら、貴女はメリア姫がこの国からいなくなるまで自室から出てはなりません。OK?」
「いー」
「いい子ね。では行ってらっしゃい愚か者」
「うぃー」

 アンジェリカは私に言われるがまま花壇の整備をし始めた。
 私が彼女にかけた魔法はなんてことはないただの催眠魔法(期限付き)だ。
 彼女の今回の敗因は、自分の未熟さに気が付いていなかったこと。そしてこういう一見地味な魔法こそ、この過酷な世界を生きる術に欠かせないということを見抜けなかったことだろう。汚い悪徳政治の中を何食わぬ顔で涼しく生活するためには、攻撃魔法でもなく回復魔法でもなく、人身掌握のための補助魔法の習得が必須だということに。
 国王の娘という立場は、否応なしに政治の世界に巻き込まれる運命であり、抵抗する術を持たぬ者は格好の餌食となってしまう。それは政略結婚であったり、王権の行使であったり、どれも血なまぐさいものばかりだ。だから私は自己防衛のために、そして間接的に国の防衛のためにこうして人身掌握をできるように魔術を会得した。
 彼女はそのことに気がつかなかった。……いや、気がつく機会がなかったのかもしれない。ヴァルレンと違ってこの国は政治も戦争も非常に穏やかだ。
 彼女は政治の血なまぐささを知らない温室で育ったといっても過言ではないのかもしれない。若干その境遇が羨ましいと思う場面もあるが……まぁこればかりは己の運命を呪うしかないな。

 そして付け加えるなら、彼女の敗因にはもう一つ決定的な原因がある。

「付け焼刃で魔法を会得した貴女に、2歳の頃から英才教育で魔導学を学んでいる私が負けるわけないのよ。私は強者。何事にも勝たなくてはならないのだから」

 それは相手がこの私であったということだ。





―――――




「はっ……ハァッ……はぁ……うぐっぁ!!」

 急ぎ私は国王が用意してくれたという個室に駆け戻り、ベッドへと倒れこんだ。
 私が先ほどから早く戻りたい戻りたいと思っていたのは疲労のためだけではなかった。
 苦しい。胸が、全身が苦しい。
 私は急ぎドレスを脱ぎ、その原因であろうモノを曝け出す。

「ぐっ……まさか今日"コレ"が起こることになるとは……」

 すでに油汗まみれになりつつ、私は自らの身体を見下ろす。
 パンティ、ブラジャー、そしてウエストを調整するためのコルセット。私の今日の肌着はこの3つであり、例の『寓胎の衣』という怪しげな衣服の一部だ。
 あの日以降、この衣服に興味を持った私は毎日必ず衣服のどれかを着用するようにして生活していた。初めは今一度あの現象が起こらぬものかと期待に胸躍らせていたものだが、私の期待とは裏腹に一度も下着が濡れることもなく、そして私を締め付ける現象も起きなかった。沈黙を貫き通していた。
 そして一週間目の今日。
 今日も何も起きなければ、このくだらない捜索は終わりにしようと考えていたのだ。
 しかし……今現在、あろうことかまるで時を図ったかのように一週間前と同様に例の締め付けが引き起こされているのである。

「ぬ、濡れては……いないな……あぐぁっ……」

 今思えば、私はすでに徴候が現れていたのかもしれない。下着が着用者を締め付けるなど奇怪の極みでしかないことを、私は嬉々として期待し待ち望んでいたのだから正常の感性とは少し逸脱していたのかもしれない。
 
「く、くるし……い…………はっぁ……早く外さなくて……は……」

 前はブラジャーとパンティのみであったので、締めつけはさほど苦しいものではなかった。しかし、今回はコルセットという一番締めつけてはならないものがガチガチに狭窄してしまっており、私の肋骨を強烈に圧迫する。
 あまりの強烈な締めつけにより呼吸がままならない。胸を膨らませようものならそれに抵抗するかのように一層増す締めつけ。それは得体の知れぬ恐怖であると同時に、心のどこかで待ち望んでいたような気配もする。

「…………うぐぅ…………ふっっ……んぐっぅ!?」

 ドクンッ。
 ある一定の周期ごとに締めつけが強くなり、その度に肋骨がメキメキと悲鳴を立てる。
 もしこのまま締めつけが強まってしまったなら、私の骨は粉々に砕け散ってしまうだろう。それほどまでに非人道的な圧迫感。
 そして、コルセットの圧迫に呼応するかのようにブラジャーとパンティの締めつけも強くなっていっているようだった。ブラジャーが思い切り締めつけられると、心臓がこれでもかというほどに爆発的な拍動を繰り返し私の全身に熱い血を送り出す。パンティはこれといって特に変化はないが、いつ何が起こるかわからないので厳重に注意はしておく。

「と、とらなく……ては……」

 流石にこれ以上の圧迫は生命の危険を感じざるを得ないので、そろそろコルセットを取ろうと試みる。
 ホックを外そうとするが、まるでその反発力は鋼のように強固であり、それはまるで私に外させるなと物言わぬ否定を体現しているかのようであった。
 とても興味深い。できることならいける所まで高みを目指してみたいとも思ったが、流石にそれはまだ危険だ。
 
バチンッ
 ばちんっ
  ばちんっ!

 ひとつ、またひとつと取り外されるホック。ひとつずと取り外していくごとに胸部には若干の余裕が生まれ、酸素を取り入れられるようになってくる。

ばちんっ
 ばちんっ
  ……ごとり

「ふっー、はぁー……ふぅ。つ、辛かった……」

 指に力を入れすぎて真っ赤になりつつも、全てのホックを取り外す。するとコルセットはあっさりと転げ落ちるように外れた。外れたコルセットを手にとってみると先ほどまでは鋼のように頑丈であったものが、今ではどうしたものか普通のコルセットとなんら変わらぬ素材に戻っている。
 面妖なことこの上ない。
 いや、そもそもただの下着が着用者を締めつけるということがまず可笑しいのだけれど。それでも私は不自然なくらいに頭が冴え渡っていた。

「いったいこれは……そ、そうだ早く他も外さないと」

 そう、コルセットを取って終わりではない。まだブラジャーとパンティが残っているのだ。このふたつは未だに私の体にみっちりとくっついており、またも締め跡を残そうとしている。
 実を言うと一週間前につけられた締め跡は、なぜか日にちが経っても消えることなく私の素肌に残り続けていた。だから着替えや湯浴みの時は必ずひとりの時にしか行なわず、私の裸体を人前につかぬように生活してきた。
 その原因であるこの下着らは今日も私に締め跡をつけようとしてきている。これ以上つけられたものなら、より一層色濃く肌に刻まれてしまうことだろう。それは避けねばならない。

「んゅ……んんっ……あっ……」

 そう、外さなければならない。両手を背中に回し、ホックを外してブラを取り。腰骨の辺りからパンティを引っ掛け、すりおろすだけでいい。
 そうだ。
 そう、なのだけれど。
 私の両手は、私の意図とは裏腹に一切の緊張を解きベッドの上でうな垂れているだけであった。
 力が、入らない。いくら歯を食いしばり、唸ったりしても、私の腕はピクリとも動きはしなかった。
 それどころか――

「んぁ…………はぅぅ……」


 今までとは違う、全く新しい感覚も感じられるようになってきたのだ。
 どろりとしたような形容しがたい不可解な感覚。
 けれど決して不快というわけではなく、むしろ心地よいと感じられるような言葉に表せられない感覚。無論爽快感というわけでもない。
 その感覚は全身を微弱に行き渡り私の芯をびりびりと刺激しているようにも感じられた。焦らすように、労わるように、弄るように。不快とも爽快とも感じ取れぬ謎の感覚に私は何も抵抗する事が出来ず、ただありのままを受け入れることしか出来なかった。
 そして、中でも一際強く感じられる部分があり、私はそこに無意識のうちに意識を寄せていることに気がつく。
 無意識なのに意識を寄せるというのは矛盾しているように思えるが、そう言い表すことしか出来ない。
 そう。その部位とは、外したコルセット部分でもなく、心臓を刺激するブラジャーでもなく……秘部を覆い隠すパンティであった。

「あっ……んっ……あんっ」

 疼く。
 触りたいのに触れない。
 胸を揉みしだきたいのに動かない。
 秘部をかき回したいのに動かない。
 私の両手は動かない。
 動け、動けよ。
 この疼きは恐らく、いや、そうでなくとも快楽というものに一番近いということは理解できた。ヒトと魔物のみが感じることを許された唯一の感覚にして、生きていく上で必要の無いもの。それが快楽。
 なぜ私が今それを感じているのかは全く理解できない。けれど、今この状況について一つだけ理解できた事がある。
 それは快楽というものは意外と悪くない。ということだ。

「あんっ……やっ…………どうし、て」

 渇く。
 濡れているのに渇く。
 この矛盾はどう説明したらいいだろう。
 全身は汗だくになり秘部は湿り気を帯び、渇く要素など無いのにもかかわらず私は今ひどい渇きに襲われている。
 渇望だ。
 私はあるものが欲しくて渇望しているのだ。欲しくて欲しくてたまらない。
 では何を?わからない。
 確実に何かが欲しいのはわかるのだが、その何が欲しいかがわからない。
 脳裏にはナニカがちらつくのだけれど正確な実態は確認できない。
 
「んあぁっ!……んぅぅ……はぅっ……んんあぅぅ!?!」

 ドクッ!
 ドグンッ!!

 一度、二度大きく下着が締め付けられると、私は一層大きな嬌声を上げて女性の喜びを感じた。全身を未知なる快楽に蝕まれておりながらも、身動きひとつとれずくぐもった嬌声を出すしかない私。誰もいもしない正面に舌を突きたて、空中をのたうつように回らせる。
 自由の利かない体だが、痙攣させることは出来るようでビクビクと腰を浮かせ、秘部を引っつる。今の私の姿は赤の他人が見ようものなら官能的というに違いない。
 この姿を執事が見たらどう思うだろう。執事という身でありながらも私に欲情し陰部をそそり立たせるのかも知れない。
 この姿をアンジェリカが見たらどう思うだろう。破廉恥と目を背けつつも実は興味心身に身を乗り出すのかも知れない。

「んんっ……うぅう……」

 一体私の体はどうしてしまったのだろうか。
 その問いは自問自答の反響を繰り返すのみで、答えなど導き出される事はなかった。
 締め付けの跡は残したくない。
 下着を外さなくては。
 この不思議な感覚をもっと味わっていたい。
 下着を外してはいけない。
 せめぎ合い拮抗する感情はいつしか私全身の自由を奪い、私を拘束していた。

「………………んぅぅ……」

 やがて数度の痙攣を繰り返した後、急激な睡魔に襲われる事になる。
 下着を外さなくてはならないという思いと、このままつけていたいという思いは強烈な睡魔によりかき消され、私をまどろみへと一直線に向かわせる。
 着替えもせず、湯浴みもせず、下着姿のまま睡眠するとは姫の風上にも置けぬふしだらさ。しかし私はそんな事を考える余裕もなく、全身を脱力させたまま深い眠りへと落ちていくのであった――





―――――





コンコン
コンコン



「ヴァルレン王代理様、失礼いたします」


ガチャ
「…………」
ガチャ


「どうであった?」
「ベッドで下着姿のまま安眠していらっしゃいます。いかがいたしましょう国王様」
「寝かせておきなさい。彼女とて未だ未熟だ、いきなり王の仕事をやり疲労が溜まっているのだろう」
「承知いたしました。それでは本日の夕食は王代理ご不在の中で執り行うことになりますが……」
「致し方あるまい。無理に寝ている者を起こす方が無礼だ。朝食に御馳走を振舞うように手配をするとよい」
「わかりました。しかし……何だったのでしょうか。どうにも侍女の報告によると"変な呻き声が聞こえた"とのことだったのですが」
「これ、あまり変な捜索は入れるでないぞ」





―――――




「ん、うぅ……ハッ!」

 朝。
 小鳥の囀りを楽しむ余裕はそこにはなく、私はすかさずベッドから飛び起き己の体を確認した。
 よかった。手足は動く。何も変化はない。

 グチュリ

 唯一の変化といえば、以前と同じように私の下腹部には不快な湿り気が存在しているということだ。
 しかし今回は以前ほど仰天することはない。なぜなら私はその湿り気の原因をもう知っているから。
 そう。この前のパンティの濡れは私自らの愛液で間違いなかったのだ。そして、そしてその原因たるこの『寓胎の衣』は着用者に快楽を与える世にも不思議なマジックアイテムであるということまでわかってしまった!
 我ながら己の推理力が恐ろしい。昨夜快楽を感じたのも、一週間前水浸しになっていたのも全てはこの『寓胎の衣』の効果のせいだったという訳なのだ。これで全てに合点がいく。
 私の体を張った調査は無駄ではなかったのだ。



 …………いや待てよ。
 それにしては水気が少ない気がする。前回の濡れは、濡れというよりは水浸しであったはずだ。水滴が滴るほどの水浸し具体であったはず。しかし今回のそれは、せいぜいパンティが湿る程度であり、到底水浸しになるものではなかった。
 一体この差になにがあるというのだろうか……

 まぁとりあえずはいいだろう。大元の原因がわかったことだし、それならこれからこの下着を着なければ全てが解決するというもの。
 若干名残惜しいが……これから更なる困難な政治が待ち受けているのにもかかわらず、このようなマジックアイテム、それも性具と見紛うモノを日常履くわけにはいかないからな。これからは宝物庫に保存しておこう。

 さて、そうとなれば朝食を取り、我が国に帰る準備をしなくてはならぬ。
 とりあえずは……湯浴みだな。体が汗臭くてたまったものじゃない。一刻も早くこの匂いを流さなくては。

 どれ、下着を脱いで、と――





「痛ッ」

 下着を脱ごうとすると、言いようのない鈍痛が私の体を走る。刺されたとも斬られたとも違う、嫌な感じの痛み。言い表すなら、まるで日焼けの皮を思いっきり引っぺがす痛みを数倍激しくしたものだ。それに近い。
 恐る恐る痛みが発せられた場所を確認し、ぎょっと青ざめた。
 ……私は今、ある確信を胸にし、体の震えを止めることができない。
 脱ぎ捨てられたコルセットがカタカタと蠢いているのに気づかず、今一度下着と素肌の境界線をなぞり、そしてやはり気のせいではないと思うと私の脳裏によぎる呪いの確信。
 



















「くっついて、いる」








13/08/18 21:38更新 / ゆず胡椒
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