最終章：後編 そうして繰り返される毎日は、この上なく美しい。
「んむ･･････あれ･･･」
広々とした広場の中心で眠っていたソフィアが目を覚ますと、彼女の眼前には凄まじい光景が広がっていた。
テーブルから落ちたのか酷く割れた皿がそこかしこに散らばり一歩足を踏み間違えると容易く怪我をしてしまいそうだ。綺麗に並ばれていたであろうテーブルは横になったりひっくり返っていたりで、さらには天井のシャンデリアにも引っかかっているものもある。むろんそうなれば食べ物は散らかることになり、ソフィアの服に付いた油汚れがそれを物語っていた。
「ええと･･･なんでこんなになってるんだっけ･･･？それに頭痛い･･･」
なぜか痛む頭を抑えながら曖昧な記憶を必死に思い出す彼女の脳裏に段々と記憶が戻ってくる。
･･･青のゲートを選んだこと･･･
･･･使い魔のインプを上手く言いまとめること･･･
･･･マンションのホールには多種多様の魔物達がいたこと･･･
･･･大家さんのスピーチで宴会が始まったこと･･･
･･･そこから後の記憶ははっきり覚えていないが、ある程度のことは思い出すことが出来た。おおかた酒の飲みすぎで忘れてしまったのだろう。
ふと見渡せばいたるところでいびきが聞こえる。よく目を凝らすとところどころで魔物達が寝ているようだ。おそらくソフィアと同じように泥酔からの睡眠と言う形にしておいたほうが説明がつくだろう。
グレイの姿は見つからなかったが、きっとこの中のどこかで爆睡しているだろうと思い探そうとはしなかった。
「うう〜･･･わたしも飲みすぎたかな･･･もう一回寝よ･･･」
再度その場に座り込むと泥酔しすぎたせいなのか、頭痛と吐き気が激しさを増していった。むやみに動くと余計に気持ち悪いだけなので、しばし安静にしていようと横に寝そべった。
元々ソフィアはお酒が強い方ではない。ある時、地上にいた頃グレイと二人で飲み比べをしたことがあるのだが、軽く２．３杯飲んだだけで酔っ払い、その勢いに任せ何度もセックスをしていたとのことだ。自分自身酒に弱いことを知っていて、常日頃から気をつけていたのだがどうやら今回はハメをはずし多量の酒を飲んでしまったようだった。
ようやくうとうととしだした頃静寂が広がるホールの一角で何かが聞こえる。耳を澄ましてみると誰かが話しているようだ。その声は非常に小さく暗闇にいとも簡単にかき消されそうなほど。ソフィア正直動きたくは無かったが、魔物化により高まる好奇心は抑えられなく、暗闇の中声の主を探しに立ち上がった。
何も見えない暗闇の中声だけを頼りに声の主を探すのは用意ではない。三山と散らばったテーブルに足を引っ掛け何度も転び、他の魔物の上に倒れこんでしまうこともよくあった。幸い熟睡していて起きることは無かったが、もしミノタウロスやオーガなど気の短い魔物だとしたら大変なことになっているだろう。
そのようなことを恐れながらも着実と声の主が近づいていくのが分かる。
四苦八苦しながらもなんとか声の主の下へたどり着くことが出来た。と、同時に声の主の姿を見るや「なるほどね」と彼女は小声で呟く。
「あらあら〜ソフィアさんだったの。誰か近づいてくるのかはわかったけど貴方だったとはねぇ。一杯どう？」
「おや？あなたがグレイさんの妻ですか？これはこれは･･･」
「･･･いや、気持ちだけで結構です」
そこにいたのは、宴会が終わった今でも酒とつまみを食べながら晩酌している大家さんと彼女は見たことも無いラージマウスであった。
「あらそう？まぁいいわ、席開いてるから座って頂戴」
大家さんとラージマウスは向かい合って座っていたので、ソフィアは大家さんの隣に座ることにした。その際もう一度お酒を勧められたがやはり丁重にお断りした。ソフィアの頭には大家さんの機嫌を損ねるとまたさっきのようにとんでもない『オシオキ』を喰らうかもしれないという恐れがかすかに存在していた。
ソフィアは先ほどから大家さんと話していたこのラージマウスは何者なのだろうかとさきほどから思っていた。特に何の変哲も無いラージマウスなのだが・・・しいて言えばコックの服装をしているくらいだけのだ。
流石に何も言わないのは失礼だと思い自己紹介でもしようとしたら、逆に向こうから先に自己紹介をされてしまった。
「お初にお目にかかります、わたくし、このマンションのコック長を勤めさせていただいておりますドロッセルマイヤーと申します。ドロシーと呼んでください。既にグレイさんには挨拶は済んでおりますので･･･
貴方もここの住民になったのならばぜひ一度当レストランへ足をお運びください。最高の料理をおもてなししますので･･･」
「わたしはソフィア＝ウィン。新しくこのマンションの５７階に住むことになったわ。今後も色々とお世話になるかもしれないけどよろしくね。
･･･って、もう知ってるわよね」
二人の挨拶が終わるのを見計らったのか、大家さんはテーブルに置いていたグラスを持ち隣のソフィアにも空のグラスを手に持たせた。そうすると大家さんは、グラス半分に酒が入った自分のグラスをテーブルの中央に浮かせた。突然空のグラスを渡されわけが分からなかったが、大家さんの行動を見て、すぐ理解できたのかソフィアも同じようにテーブルの中央にグラスを浮かせる。その様子を見たドロシーもそそくさと脇においてあったグラスを手に持ち他の二人と同じようにした。
大家さんは三人のグラス一杯に酒を入れていく。大家さん、ドロシーとグラスに酒が注がれ、次はソフィアの番になった。が、ソフィアはジュースでいいと言ったのでソフィアのグラスには･･･何だろうか、桃色の液体が注がれた。
「え〜さて。私とドロシーちゃんとで４次会をやってたわけだけど･･･
やっと今日の宴会の主役が戻ってきたので！５次会を始めまーす！
乾杯！」
「「かんぱ〜い」」
･･･ゴクッ･･･ゴクッ･･･ゴクッ････････････
「ッップハ〜！や〜っぱりドロシーちゃんの作るお酒は最高に美味しいわよね〜」
「当たり前です。わたくし、これでも地上にいた頃は調理系のアカデミーに通っていたのですよ。何度も言いますが、わたくしに作れない食材はないのです。
このお酒はわたくしの自信作『カクテル：一角獣の純愛』というものでして、透き通るような透明のカクテルです。その透明さはまるでユニコーンの汚れを知らぬ真実の愛と言うものをイメージさせ、あっさりとした飲み心地ですが、決して薄い味ではありません。甘くほろ苦い初恋を彷彿とさせるでしょう。」
ドロシーは鼻をフンと自慢げに鳴らすと、一気にカクテルを飲み干した。よほど自分の作ったカクテルが気に入っているのか、再びグラスに注ぎぐいぐいと飲みだした。
ソフィアはこの極上のカクテルを楽しめないことを悔やみ、漂う香りのみを楽しむことにした。一口飲みだすと、きっと止まらなくなり二日酔いどころではすまなくなると自分を押さえつけた。
彼女は自分の桃色の液体は入ったグラスを見て、ドロシーに質問した。
「ねぇドロシーさん？わたしのこのジュースはなんて言うの？」
「あぁそれですか。それは『魔桃ジュース1/100』ですね。あまりに強力な媚薬効果なので魔物ですら食することをためらうほどの魔桃ですが、味はわたくしの知る限り果実の中では５本指に入っているほど美味な桃です。その桃をわたくしの特殊調理法で味はそのまま、媚薬成分のみを1/100にカットすることが出来ました。と言ってもカット出来たまでで、完全になくすることは出来ないのであまり多量に飲まれることはオススメできまんけれで、味には地震がある一品ですね。」
ソフィアは一口ゴクリと飲む･･･と、口内に凄まじい甘味が広がった。まるで桃の香水を飲んでしまったかのように、飲み込んでも甘味が納まることは無かった。
それと同時に彼女は、なにか少し前にこれと同じ味のものを食したような記憶がした。･･･がここ数日、魔物化のこともあってか記憶が曖昧としか覚えていないのが本音である。
「その魔桃って･･･もしそのまんま食べちゃったらどうなるの？」
「よく興味本意で食す愚かな魔物達の噂を耳にしますが･･･酷いものですよ。
ひとたび食せばまず１０分後には媚薬の効果が表れます。その時の感度は通常の倍ほどで一度交われば三日三晩はヤリ続けることでしょう。
･･･しかし、恐ろしいのはその１０日後です･･･
どのように恐ろしいか訊ねてみたのですが、聞く人聞く人誰もが口をそろえて「思い出したくない」と言うので詳しいことは分かりません。
なんでも５０時間イキ続けるだとか、中出しされ続けないと死ぬとか･･･本当かどうか知りませんけどね。」
「こ、怖い桃ね･･････食べる前に話を聞いておいてよかったわ。そんなもの食べたらそれこそ愚かな魔物達の一員になるところよ」
二人の話しを聞いていた大家さんは貴方にいえたことかしらと誰にも聞き取られないほどの小声で呟いた。大家さんは他人の過去が見えるので、これまでソフィアがどのような事をしてきたか大まかに分かってしまうのであった。
真に滑稽。かつ魔桃を食べた人の末路がどの様になるのか流石の大家さんでも知り得ない事なので、非常に興味をそそることとなった。
そんなことを思いつつ、ふと飲みかけのカクテルが入った自分のグラスを眺める。やはりそのカクテルは驚くほどに透明で本当に液体が入っているのかも認識できぬほどであるそれは、ドロシーがいかに優良なコック、いやコックの枠を超え更に上の高みに挑戦する挑戦者として物語っていた。そして、その挑戦者を雇う大家さんの人望や力量、懐の大きさなどは、カクテルを入れているグラスに見立てているようである。
大家さんがグラスのカクテルを回していると面白いことが起きた。
「あら？なんだか･･･透明じゃなくなっちゃったんだけど？これじゃあ赤ワインじゃない」
大家の問いかけにドロシーははぁとため息をつきつつ答えた。
「そうなんですよ･･･実はまだそのカクテル、試作品なのです。グラスに注いでから時間が経過したり、刺激を与えたりするとなぜか赤色に変色してしまうのです･･･原因が分からず、どうすれば変色を防ぐことが出来るか研究中なのですがなかなかいい結果にならなくて･･･」
肩を落とすドロシー。料理家として自分の作ったものがいい出来でないことは何よりも傷が大きい。まして彼女のような完璧を望む性格ならなおさらだ。
「あら？でも、この赤色･･･ユニコーンの情熱的な面としては使えないのかしら？
ほら、ユニコーンってある程度男性になれると最初は純情だったのが、交わることが大好きな淫乱さんになっちゃうじゃない。
赤色っていうのは情熱を表しているもの。
最初が透明に透き通った恋なら、後に来る赤は情熱に燃える真っ赤な愛っていうのもありじゃないかしら？」
「あ･･･ああ！あああ！それです！！そういうことなんですねっ！！！
よかった･･････ずっとこの胸にあったモヤモヤが晴れました･･･
･･････そうと決まればいざ実践です。わたくし、これから『カクテル：一角獣の純愛』の改良をいたしますので、調理場に篭りますのでこれで失礼します。
すばらしい知恵をお貸しいただき有難う御座いますオーナー。
それと、ソフィアさんはお暇があればいつか、旦那様とご一緒にわたくしのレストランにお越しくださいませ。特別にサービスいたしますよ。
お近づきの証と言っては何ですが、『魔桃ジュース1/100』を３本置いていきます。ですが、多量の摂取はご遠慮くださいね。
･･････ではわたくしはこれで失礼します。お二人で続きをお楽しみください。」
ふとしたアドバイス･･･のような、はたまたただの思いつきによる言葉は、ドロシーがこのカクテルの作成以来ずっと心に残っていたわだかまりを一気に吹き飛ばしてしまったようだ。
ドロシーは席をすっくと立ち上がり早々と足早に調理場に戻っていってしまった。目の色を変え、物凄い勢いで。流石はラージマウス、数多にある障害物をなんなく通り抜けると、あっという間に姿は暗闇に消えてしまった。
「ドロシーさん･････す、凄い血眼になっていましたね･･･」
「流石に私も、あの子の料理にかける情熱には毎度驚かされるわね。まぁでもそれだけあの子が優秀だってことなのよ。
ちょっと変わり者で早口だけど、決して悪い人ではないから今後もよくしてあげて頂戴」
「もちろん！それに･･･ここに住む以上、必ずお世話になりそうだしね」
大家さんはクスリと微笑すると、真っ赤に変色したカクテルをまじまじと眺め、一気に口に運んだ。
「さ、まだ夜は始まったばかりよ。楽しみましょう」
ー
ーー
ーーー
ーーーー
ーーーーー
ーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーー
１時間が過ぎ、２時間が過ぎ･･････晩酌を始めて何時間たったのだろうか。依然、二人はテーブルに座り話を続けているようであった。ソフィアは大家さんの隣から移動し、先ほどドロシーが座っていた席に移動したようだ。
二人は向かい合いながら話を続けている。
何杯目か分からぬ酒を飲み干すと、彼女の口が開いた。
「貴方達って･･････面白いわよね」
突如何の突拍子も無く言われたその言葉にソフィアは何がと問いただすと、彼女は更に続けた。
「ほら、そこでいびきをかいているインプのことよ。別に彼女は使い魔なんだからわざわざ宴会に出させる必要なかったのよ？
それなのに貴方達ときたら、全員を揃わせるためにあえて青のゲートに入って、あのインプをここに来させるんだもの。粋な真似するわよねぇ」
繰り出された質問に答えるのは用意であったが、何故そんなことを聞くのかの方がソフィアにとって疑問だった。
「別に普通のことじゃない？宴会なんてみんな揃っている方が楽しいに決まってるし、仲間はずれがいるのってなんか嫌。わたしもグレイもそういう事は駄目なんだよね。
だからかしら、地上にいた頃はよく周りからは『団長、副団長の割に甘すぎる』って言われてたなぁ･･････」
魔物である大家さんにはなかなか理解しがたい話である。
元来魔物というものは人間を襲い、それを生活の糧にしていた。新しい魔王がサキュバスになると、男の精を求めるようになったが人間を襲うという行為にはなんら変わりない。そのような横暴と怠惰の権化とも言われる魔物が自分以外の存在に気を使うという行為を不思議に思うことはなんら難しい話ではない。
ましてこの大家さんは、魔物の中でもかなりの知識と良心を持っている。それなのにもかかわらず、自分達の身を犠牲にしてまでも他の者を助けるという精神は流石に理解が出来なかった。
自信気に言うソフィアの心を読むが、何一つ嘘は言っていないので少したじろいでしまった。それと同時に、あぁ･･･やはりこの人･･････いや、この人たちは素晴らしい感性の持ち主なのだと改めて実感し、この上ない喜びに包まれた。
魔物の淫らで色欲な感性を持ちつつ、人間としての常識や人徳等といった感性を潰すことなく両立できているソフィア達に畏敬の念を抱かざるを得ないほどであった。
「フフ･･････やっぱり、面白い人ね。
そうね･･･運命なんて言葉は信用していないのだけれども･･････考えると貴方達二人は･･･ここに来る事を運命によって決められていたようね。私の思い描いていた人物像こそが貴方達みたいなものなのかもしれないわ。
ありがとうね」
何の脈絡も無く突然感謝されたソフィアにはわけが分からなかったが、特に深く問おうとは思わなかった。ソフィアにとってはただ普通に自分が思ったことを言っただけなのに。むしろ感謝するのはわたし達の方。
そう思いつつもあまりに感激している大家さんのことを見て、感謝の言葉を言おうと思ったが、タイミングを逃してしまったようだ。また今度でも言おうと思い再び、グラスにジュースを注いだ。
―――さらに数時間後―――
･･････さらに時間が過ぎた頃で大家さんが口を開いた。
「･･････あら、もうこんな時間。そろそろ･･･お開きとしましょうか」
「もうそんなに長い間飲んでたの？楽しい時間って言うのは過ぎるのが早いよね。
ふぁああ･･････あ、気がついたらこんなに眠いなんて･･･」
ホールの中央に掛けてある時計の針は５時を指していた。実際魔界は、朝でも夜でも常に暗闇で、魔物は昼夜を問わず活動している。しかし、ソフィアは人間だった時の体内時計なるものがまだ魔物用に変わっていないらしく、魔界の生活に慣れていないようだった。
「あらあら、まだ魔界の生活に離れていないようね。大丈夫、１０日も過ぎればおのずと魔界の生活が身にしみてくるはずよ。
だから貴方はゆっくりと･･････今までのことを忘れゆっくりと休みなさい」
二人は一通り身の回りを片付けるとすっくと席を立ち上がった。ソフィアは忘れ物がないか再度チェックしたが、身の回りのものはある程度身につけていたようだった。
しばらくすると、ソフィアの様子がまたおかしくなっていった。
「うぅ･･･キモチワルイ･･････し、頭痛い･･･う〜〜･･･やっぱり、宴会の時呑んだお酒がきいてるのかな･･･う･･･」
大家さんは側でうめいているソフィアを見ると、ふぅとため息をついて右手をソフィアの頭にそっと添えた。するとどうだろう･･････大家さんの瞳の色が赤･･･橙･･･黄･･･緑･･･と七色に変わっていく。紫色になるとまた再度赤色に変わりまた紫･･･と何度か繰り返していくうちにピタッ･･･と緑色で変色は止まった。緑色の瞳になった大家さんがぶつぶつと呪文のようなものを唱えると、ソフィアの頭に添えてあった右手が翠光に光りだした。心地よい癒しのオーラのようなそれは、ソフィアの頭から体中に行き渡り浸透していく。顔色の悪かったソフィアの顔に血色が戻っていくようだ。
「･･････ら、楽になった･･･？あ、ありがとう、助かった･･･よ」
「いえいえ、こんなこと造作も無いことよ。
･･･さ、私が部屋の前まで転送してあげるから。準備はいい？」
コクコクとうなずくと更に続ける大家さん。
「ここで問題。貴方の新しい家は何階でしょうか？･･･もちろん答えられるでしょ？」
「５７階！！！･･････よね」
「ご名答。それじゃ５７階まで送るわ。あの黒猫ちゃんと同じ魔法だからそんな身構えなくていいわよ。
･････････それじゃあ･･･今後ともよろしくね。また一緒に飲みましょう」
「ええ！！今度はグレイも一緒にどうかしｒ･･････」
大家さんただ一人（と言っても周りには爆睡している魔物達がたくさんいるのだが）が残されたホールはとてももの悲しい。時計の針は５時２０分ごろを指しており、自分も寝ようかと考えていた。が、再びテーブルに座ると酒を浴びるように飲み始めた。とても真剣な顔つきになっていて、今までとはまるで別人かのように･･････
そうするうちに何か思い立ったのか大家さんは勢いよく両手を胸の前に出すと、パンパンッと二度大きく鳴らした。ホール内に響き渡る快音。しばらくすると、調理場から人影が一つ大家さんの所へ近づいてくる。
「何用ですかオーナー？新カクテルの実験中でしたので、できるだけ早めに済む用件だと嬉しいのですが･･･」
駆けつけたドロシーは実験を中断させられて少し不機嫌だったが、そのような素振りは一切見せずただ大家さんに従うのみである。
「大丈夫、ちょっと聞きたいことがあるだけよ･･･
貴方の作るお酒って全部ノンアルコールなのよね？」
「ああ、そんなことでしたか。そうですよ、わたくしの作ります酒類は全てアルコール分は０％です。ですが、アルコールが入っているかのように陽気になれるという特殊な成分を入れておりますので･･･お酒に弱い方でも酔う心配なく呑めることができます。
これを作り出すのは容易ではありませんでした。まず、材料の調達からですがね････････････」
ドロシーが脇で熱弁しているのをよそに大家さんは腕を組み深く考え込んでいた。
考えが確信に変わったのか、顔を上げ、その顔はとても形容しがたい表情を帯びていた。･･･そのいやらしさ･･･
「やはり、アルコールは無い。ということは私に間違いはないようね･･･
まったく･･･記憶を詠んでおいて良かったわ」
「な、何がです？」
「ドロシー。近々、また宴会を開くから料理の準備をお願いするわ。そうねぇ･･･出産披露宴とかいう題目かしら？」
「は、はぁ･･････」
ヒュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン―――――――
ドスン！！！！！
「あい･･･痛たた〜〜･･･そういえば落ちるってのを忘れてたわ･･･」
ソフィアは大家さんの魔法で飛ばされ、部屋の前の扉でしりもちをついている。扉は先ほどと変わらず『５７階：オセの層』と彫られており、重々しく眼下にたたずんでいた。
立ち上がり、尻や太ももの埃を手で払うと、彼女は両手で重々しい扉を開け家の中へ入っていった。
「ただいま･･･っと」
家の中へ入り、まず篭手を外した。そして、壁に掛けると次に、剣、ブーツと身に着けていたものを次々と外していった。実を言うと彼女、先ほどこの部屋を出た時から今の今まで騎士団の格好で宴会に出ていたので実に奇妙であった。騎士団の格好をしたサキュバスなど不可解極まりない。
一通りの装備を外し、インナーだけになった彼女はリビングへ行く。そこで目に付いた大きな真っ白いソファに座り一寝入りしようとした。
彼女は大きなあくびをし、ふと隣を振り向くと、思ってもいないものを見つけてしまった。
「よぉ。飲み会は楽しかったか？」
「･･････へっ？ゴシゴシ･･･」
まるで鳩が豆鉄砲を食ったような彼女は両目を擦り、数回ぱちくりとして再度驚く。
「グ、グレイ！！帰ってきてたの！？」
なんと、グレイは先に帰ってきていたのであった。
グレイ曰く、ソフィアが起きる数分か前に先に起きていたということらしい。少し大家さんと雑談した後、送ってもらったということだったのだ。
グレイは読んでいた本をパタンと閉じソフィアの方を振り向いた。
「なかなか気付かないから心配したぞ。まぁその様子だと楽しんできたみたいだな」
「え、えぇ･･･もうたくさん話しすぎて何を話していたか覚えていないよ。
･･････ってそれより！居るなら声かけてよね！ビックリしたじゃないもう･･･」
「ハッハッハ、ごめんごめん。俺もつい本に夢中だったもんでな」
二人はソファの上でじゃれあいながらひと時を過ごした。
やがて、ソフィアの眠気が限界辺りまで来たのか、ソフィアの頭はグレイの肩に寄りかかっていった。グレイはソフィアの肩に手を回し、彼女の黒長くて艶のある髪を撫でている。
そうして二人は、様々なことを話した。これからのこと･･･どんなことをするか、どんな魔界の仕事につくか、どんな家庭を築くか、近所付き合いは大丈夫か･･････など絶えぬことの無い話題を二人で考え合い話し合った。特に子供は何人作るかと言う話題が一番盛り上がっていたようであった。
「なぁ、ソフィア」
グレイは先ほどから何かを考え込んでいたようで、今そのことをソフィアに伝えるとのことだ。彼女はなあにと返すとグレイは更に続けた。
「俺よ･･････本を書いてみようと思うんだ」
「本って･･･何の本？」
「小説と言うか自叙伝と言うか･･･まぁそういった類のものだ。
俺は思ったんだ。騎士団長に就任して、日々人々を守ってきた自分。仲間との楽しかった思い出。恋人と愛し合った日々。重大な任務の失敗。そして、新しく始まる生活･･･
これら全てがあって今の自分という存在があり続ける。そんな存在を後世に、俺達の子孫に誇れるように残したいと思ったんだ。ずうずうしいともあつかましいとも思われるかもしれない。だが、俺はどうしても残したいと･･･いや、残さなきゃ駄目な気がしたんだ。
ソフィアは･･･どう思う」
グレイの眼差しは真剣そのものであった。その眼差しは彼の決意を的確に表しているようであった。
彼の熱意を受けソフィアは返す。
「とっ･･････････････････てもいい考え！！
大賛成だよ！わたしも手伝うから一緒に完成させましょう」
「すまないな。俺の勝手な考えに付き添われてしまって･･･
５年か１０年か完成はいつになるか全く分からん。仕事の合間を見つけて少しづつ書くペースになりそうだからな。
だけど･･･必ず完成させて見せるぞ」
はたして何年先になるか皆目見当も付かぬ。だが、今の彼のやる気ならばいくら時間がかかったとしても必ず完成するということは決定付けられていたようにも感じ取れる。そろほどに彼の意思は固く決して揺るがないものとなっていた。
「ねぇねぇじゃあさ･･･私の願いを一つ聞いてもらっていい･･･かな♪」
彼女は何か交渉条件のようなものを持ち出してきた。今のグレイは自信に満ち溢れていたので、どんなことを言われようとも出来ると言い張ってしまいそうだ。
「あの･･･ね。毎日わたしとセックスするなら書いてもいいよ♪♪」
「なんだそんなことか。いいに決まってんだろ？もう俺達夫婦なんだからよ」
その言葉を聞いた彼女の笑みときたら･･･白い歯を出して、ニッタリと笑い、そうして赤い舌を出してペロペロと舌なめずりをした笑み･･･その魔性さ･･･恍惚さ･･････
「やった♪じゃあ決まりね。それじゃ･･････今日の分･･･シよ♪♪」
「おいおい眠いんじゃなかったのか？まぁいい、約束は約束だからな。煮るなり焼くなり好きにしてくれや〜ってな」
「むふふ〜〜さ、ここじゃなんだからベッドルームに行こっ！」
彼女はグレイの手をむんずと掴み、半ばグレイを引っ張る形でベッドルームの方へと歩いていった。尻尾はギンギンに立っておりいかに興奮しているかが分かる。
彼女がベッドルームを扉を開いたと同時に口を開いた。
「言い忘れてたけど、一日最低６時間だから♪♪」
「ああわかってる･････････へ？」
「悪魔との約束は破れないよ？さ、一杯犯してよね〜♪すぐにインキュバスにしちゃんだからっ♪♪」
「おい、そんなこと聞いて････････うおわあああああああああ！！！！」
ベッドルームの扉がばたんと閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――――
＜著者コメント＞
まぁコメントなんでかしこまったりするのは苦手だから･･･いつもどおりの口調でやらせてもらおう。
まず、この本を最後まで見てもらって本当に感謝する。ありがとう。
もともとは俺の個人的な自叙伝にする予定だったんだが、今の職場（魔王軍幹部）の同僚のバフォメットに見せたら、やたら感激してな。サバトの力を借りて人間界まで出版できるようになったんだ。ほんとサバトって凄いよな。誤解があるかも知れんが、憧れてるわけじゃないぞ。俺にはソフィアがいるしな。
あぁ、ソフィアと言えばあいつは魔王軍の剣術指南所の師範をやっているぞ。戦闘センスと剣技は超一級品で今だソフィアを負かした生徒は誰もいないらしい。
そうそう、あと子供が二人できたんだ。あれだなうん、自分の娘ってのは犯罪的に可愛いな。いつ洗濯物は一緒にしないでなんて言い出すかビクビクしながら毎日を送っているんだがな。
名前？誰が可愛い娘の名前なんて教えるか！
とまぁ身内話はここらにしようか。人間界に出版できたって話しだが、俺には一番読んで欲しい友人が人間界にいるんだ。ここまで読んでくれたあんたならもう分かるだろう？あのバカ野郎に一言この場を借りて言わせてもらう。
「俺達は大丈夫だから、お前はお前のやりたいことをやれ」
実際アイツがこの本を読むかどうかは分からない。だが、きっと人間界でもこの本が有名になればアイツの手に届くことになるだろう。それを信じて俺達は今日も魔界でひっそりと生き続ける。
さて、もう話すことがなくなってきたが最後に決まり文句みたいなのを一つ言いたい。
『ここまで読んできてくれたあなたは魔界に興味が沸いただろうか？
実際に訪れたいと思っただろうか？
少しでも興味があるのならば、一度足を踏み入れてみるといい。
きっと今までとは１８０度違った世界が見えるだろう。価値観が大きく変わるだろう。
人間界で疲れを感じたら魔界に住めばいい。これは俺が保障する。
そうしてくれたなら、一度俺のところへ尋ねてきてはくれないだろうか。
そして俺はあなたにこう言うだろう。』
魔界へようこそ
――Fin――
―著：とある魔界の小説家 グレイ＝ヴォルグ―
広々とした広場の中心で眠っていたソフィアが目を覚ますと、彼女の眼前には凄まじい光景が広がっていた。
テーブルから落ちたのか酷く割れた皿がそこかしこに散らばり一歩足を踏み間違えると容易く怪我をしてしまいそうだ。綺麗に並ばれていたであろうテーブルは横になったりひっくり返っていたりで、さらには天井のシャンデリアにも引っかかっているものもある。むろんそうなれば食べ物は散らかることになり、ソフィアの服に付いた油汚れがそれを物語っていた。
「ええと･･･なんでこんなになってるんだっけ･･･？それに頭痛い･･･」
なぜか痛む頭を抑えながら曖昧な記憶を必死に思い出す彼女の脳裏に段々と記憶が戻ってくる。
･･･青のゲートを選んだこと･･･
･･･使い魔のインプを上手く言いまとめること･･･
･･･マンションのホールには多種多様の魔物達がいたこと･･･
･･･大家さんのスピーチで宴会が始まったこと･･･
･･･そこから後の記憶ははっきり覚えていないが、ある程度のことは思い出すことが出来た。おおかた酒の飲みすぎで忘れてしまったのだろう。
ふと見渡せばいたるところでいびきが聞こえる。よく目を凝らすとところどころで魔物達が寝ているようだ。おそらくソフィアと同じように泥酔からの睡眠と言う形にしておいたほうが説明がつくだろう。
グレイの姿は見つからなかったが、きっとこの中のどこかで爆睡しているだろうと思い探そうとはしなかった。
「うう〜･･･わたしも飲みすぎたかな･･･もう一回寝よ･･･」
再度その場に座り込むと泥酔しすぎたせいなのか、頭痛と吐き気が激しさを増していった。むやみに動くと余計に気持ち悪いだけなので、しばし安静にしていようと横に寝そべった。
元々ソフィアはお酒が強い方ではない。ある時、地上にいた頃グレイと二人で飲み比べをしたことがあるのだが、軽く２．３杯飲んだだけで酔っ払い、その勢いに任せ何度もセックスをしていたとのことだ。自分自身酒に弱いことを知っていて、常日頃から気をつけていたのだがどうやら今回はハメをはずし多量の酒を飲んでしまったようだった。
ようやくうとうととしだした頃静寂が広がるホールの一角で何かが聞こえる。耳を澄ましてみると誰かが話しているようだ。その声は非常に小さく暗闇にいとも簡単にかき消されそうなほど。ソフィア正直動きたくは無かったが、魔物化により高まる好奇心は抑えられなく、暗闇の中声の主を探しに立ち上がった。
何も見えない暗闇の中声だけを頼りに声の主を探すのは用意ではない。三山と散らばったテーブルに足を引っ掛け何度も転び、他の魔物の上に倒れこんでしまうこともよくあった。幸い熟睡していて起きることは無かったが、もしミノタウロスやオーガなど気の短い魔物だとしたら大変なことになっているだろう。
そのようなことを恐れながらも着実と声の主が近づいていくのが分かる。
四苦八苦しながらもなんとか声の主の下へたどり着くことが出来た。と、同時に声の主の姿を見るや「なるほどね」と彼女は小声で呟く。
「あらあら〜ソフィアさんだったの。誰か近づいてくるのかはわかったけど貴方だったとはねぇ。一杯どう？」
「おや？あなたがグレイさんの妻ですか？これはこれは･･･」
「･･･いや、気持ちだけで結構です」
そこにいたのは、宴会が終わった今でも酒とつまみを食べながら晩酌している大家さんと彼女は見たことも無いラージマウスであった。
「あらそう？まぁいいわ、席開いてるから座って頂戴」
大家さんとラージマウスは向かい合って座っていたので、ソフィアは大家さんの隣に座ることにした。その際もう一度お酒を勧められたがやはり丁重にお断りした。ソフィアの頭には大家さんの機嫌を損ねるとまたさっきのようにとんでもない『オシオキ』を喰らうかもしれないという恐れがかすかに存在していた。
ソフィアは先ほどから大家さんと話していたこのラージマウスは何者なのだろうかとさきほどから思っていた。特に何の変哲も無いラージマウスなのだが・・・しいて言えばコックの服装をしているくらいだけのだ。
流石に何も言わないのは失礼だと思い自己紹介でもしようとしたら、逆に向こうから先に自己紹介をされてしまった。
「お初にお目にかかります、わたくし、このマンションのコック長を勤めさせていただいておりますドロッセルマイヤーと申します。ドロシーと呼んでください。既にグレイさんには挨拶は済んでおりますので･･･
貴方もここの住民になったのならばぜひ一度当レストランへ足をお運びください。最高の料理をおもてなししますので･･･」
「わたしはソフィア＝ウィン。新しくこのマンションの５７階に住むことになったわ。今後も色々とお世話になるかもしれないけどよろしくね。
･･･って、もう知ってるわよね」
二人の挨拶が終わるのを見計らったのか、大家さんはテーブルに置いていたグラスを持ち隣のソフィアにも空のグラスを手に持たせた。そうすると大家さんは、グラス半分に酒が入った自分のグラスをテーブルの中央に浮かせた。突然空のグラスを渡されわけが分からなかったが、大家さんの行動を見て、すぐ理解できたのかソフィアも同じようにテーブルの中央にグラスを浮かせる。その様子を見たドロシーもそそくさと脇においてあったグラスを手に持ち他の二人と同じようにした。
大家さんは三人のグラス一杯に酒を入れていく。大家さん、ドロシーとグラスに酒が注がれ、次はソフィアの番になった。が、ソフィアはジュースでいいと言ったのでソフィアのグラスには･･･何だろうか、桃色の液体が注がれた。
「え〜さて。私とドロシーちゃんとで４次会をやってたわけだけど･･･
やっと今日の宴会の主役が戻ってきたので！５次会を始めまーす！
乾杯！」
「「かんぱ〜い」」
･･･ゴクッ･･･ゴクッ･･･ゴクッ････････････
「ッップハ〜！や〜っぱりドロシーちゃんの作るお酒は最高に美味しいわよね〜」
「当たり前です。わたくし、これでも地上にいた頃は調理系のアカデミーに通っていたのですよ。何度も言いますが、わたくしに作れない食材はないのです。
このお酒はわたくしの自信作『カクテル：一角獣の純愛』というものでして、透き通るような透明のカクテルです。その透明さはまるでユニコーンの汚れを知らぬ真実の愛と言うものをイメージさせ、あっさりとした飲み心地ですが、決して薄い味ではありません。甘くほろ苦い初恋を彷彿とさせるでしょう。」
ドロシーは鼻をフンと自慢げに鳴らすと、一気にカクテルを飲み干した。よほど自分の作ったカクテルが気に入っているのか、再びグラスに注ぎぐいぐいと飲みだした。
ソフィアはこの極上のカクテルを楽しめないことを悔やみ、漂う香りのみを楽しむことにした。一口飲みだすと、きっと止まらなくなり二日酔いどころではすまなくなると自分を押さえつけた。
彼女は自分の桃色の液体は入ったグラスを見て、ドロシーに質問した。
「ねぇドロシーさん？わたしのこのジュースはなんて言うの？」
「あぁそれですか。それは『魔桃ジュース1/100』ですね。あまりに強力な媚薬効果なので魔物ですら食することをためらうほどの魔桃ですが、味はわたくしの知る限り果実の中では５本指に入っているほど美味な桃です。その桃をわたくしの特殊調理法で味はそのまま、媚薬成分のみを1/100にカットすることが出来ました。と言ってもカット出来たまでで、完全になくすることは出来ないのであまり多量に飲まれることはオススメできまんけれで、味には地震がある一品ですね。」
ソフィアは一口ゴクリと飲む･･･と、口内に凄まじい甘味が広がった。まるで桃の香水を飲んでしまったかのように、飲み込んでも甘味が納まることは無かった。
それと同時に彼女は、なにか少し前にこれと同じ味のものを食したような記憶がした。･･･がここ数日、魔物化のこともあってか記憶が曖昧としか覚えていないのが本音である。
「その魔桃って･･･もしそのまんま食べちゃったらどうなるの？」
「よく興味本意で食す愚かな魔物達の噂を耳にしますが･･･酷いものですよ。
ひとたび食せばまず１０分後には媚薬の効果が表れます。その時の感度は通常の倍ほどで一度交われば三日三晩はヤリ続けることでしょう。
･･･しかし、恐ろしいのはその１０日後です･･･
どのように恐ろしいか訊ねてみたのですが、聞く人聞く人誰もが口をそろえて「思い出したくない」と言うので詳しいことは分かりません。
なんでも５０時間イキ続けるだとか、中出しされ続けないと死ぬとか･･･本当かどうか知りませんけどね。」
「こ、怖い桃ね･･････食べる前に話を聞いておいてよかったわ。そんなもの食べたらそれこそ愚かな魔物達の一員になるところよ」
二人の話しを聞いていた大家さんは貴方にいえたことかしらと誰にも聞き取られないほどの小声で呟いた。大家さんは他人の過去が見えるので、これまでソフィアがどのような事をしてきたか大まかに分かってしまうのであった。
真に滑稽。かつ魔桃を食べた人の末路がどの様になるのか流石の大家さんでも知り得ない事なので、非常に興味をそそることとなった。
そんなことを思いつつ、ふと飲みかけのカクテルが入った自分のグラスを眺める。やはりそのカクテルは驚くほどに透明で本当に液体が入っているのかも認識できぬほどであるそれは、ドロシーがいかに優良なコック、いやコックの枠を超え更に上の高みに挑戦する挑戦者として物語っていた。そして、その挑戦者を雇う大家さんの人望や力量、懐の大きさなどは、カクテルを入れているグラスに見立てているようである。
大家さんがグラスのカクテルを回していると面白いことが起きた。
「あら？なんだか･･･透明じゃなくなっちゃったんだけど？これじゃあ赤ワインじゃない」
大家の問いかけにドロシーははぁとため息をつきつつ答えた。
「そうなんですよ･･･実はまだそのカクテル、試作品なのです。グラスに注いでから時間が経過したり、刺激を与えたりするとなぜか赤色に変色してしまうのです･･･原因が分からず、どうすれば変色を防ぐことが出来るか研究中なのですがなかなかいい結果にならなくて･･･」
肩を落とすドロシー。料理家として自分の作ったものがいい出来でないことは何よりも傷が大きい。まして彼女のような完璧を望む性格ならなおさらだ。
「あら？でも、この赤色･･･ユニコーンの情熱的な面としては使えないのかしら？
ほら、ユニコーンってある程度男性になれると最初は純情だったのが、交わることが大好きな淫乱さんになっちゃうじゃない。
赤色っていうのは情熱を表しているもの。
最初が透明に透き通った恋なら、後に来る赤は情熱に燃える真っ赤な愛っていうのもありじゃないかしら？」
「あ･･･ああ！あああ！それです！！そういうことなんですねっ！！！
よかった･･････ずっとこの胸にあったモヤモヤが晴れました･･･
･･････そうと決まればいざ実践です。わたくし、これから『カクテル：一角獣の純愛』の改良をいたしますので、調理場に篭りますのでこれで失礼します。
すばらしい知恵をお貸しいただき有難う御座いますオーナー。
それと、ソフィアさんはお暇があればいつか、旦那様とご一緒にわたくしのレストランにお越しくださいませ。特別にサービスいたしますよ。
お近づきの証と言っては何ですが、『魔桃ジュース1/100』を３本置いていきます。ですが、多量の摂取はご遠慮くださいね。
･･････ではわたくしはこれで失礼します。お二人で続きをお楽しみください。」
ふとしたアドバイス･･･のような、はたまたただの思いつきによる言葉は、ドロシーがこのカクテルの作成以来ずっと心に残っていたわだかまりを一気に吹き飛ばしてしまったようだ。
ドロシーは席をすっくと立ち上がり早々と足早に調理場に戻っていってしまった。目の色を変え、物凄い勢いで。流石はラージマウス、数多にある障害物をなんなく通り抜けると、あっという間に姿は暗闇に消えてしまった。
「ドロシーさん･････す、凄い血眼になっていましたね･･･」
「流石に私も、あの子の料理にかける情熱には毎度驚かされるわね。まぁでもそれだけあの子が優秀だってことなのよ。
ちょっと変わり者で早口だけど、決して悪い人ではないから今後もよくしてあげて頂戴」
「もちろん！それに･･･ここに住む以上、必ずお世話になりそうだしね」
大家さんはクスリと微笑すると、真っ赤に変色したカクテルをまじまじと眺め、一気に口に運んだ。
「さ、まだ夜は始まったばかりよ。楽しみましょう」
ー
ーー
ーーー
ーーーー
ーーーーー
ーーーーーー
ーーーーーーー
ーーーーーーーー
１時間が過ぎ、２時間が過ぎ･･････晩酌を始めて何時間たったのだろうか。依然、二人はテーブルに座り話を続けているようであった。ソフィアは大家さんの隣から移動し、先ほどドロシーが座っていた席に移動したようだ。
二人は向かい合いながら話を続けている。
何杯目か分からぬ酒を飲み干すと、彼女の口が開いた。
「貴方達って･･････面白いわよね」
突如何の突拍子も無く言われたその言葉にソフィアは何がと問いただすと、彼女は更に続けた。
「ほら、そこでいびきをかいているインプのことよ。別に彼女は使い魔なんだからわざわざ宴会に出させる必要なかったのよ？
それなのに貴方達ときたら、全員を揃わせるためにあえて青のゲートに入って、あのインプをここに来させるんだもの。粋な真似するわよねぇ」
繰り出された質問に答えるのは用意であったが、何故そんなことを聞くのかの方がソフィアにとって疑問だった。
「別に普通のことじゃない？宴会なんてみんな揃っている方が楽しいに決まってるし、仲間はずれがいるのってなんか嫌。わたしもグレイもそういう事は駄目なんだよね。
だからかしら、地上にいた頃はよく周りからは『団長、副団長の割に甘すぎる』って言われてたなぁ･･････」
魔物である大家さんにはなかなか理解しがたい話である。
元来魔物というものは人間を襲い、それを生活の糧にしていた。新しい魔王がサキュバスになると、男の精を求めるようになったが人間を襲うという行為にはなんら変わりない。そのような横暴と怠惰の権化とも言われる魔物が自分以外の存在に気を使うという行為を不思議に思うことはなんら難しい話ではない。
ましてこの大家さんは、魔物の中でもかなりの知識と良心を持っている。それなのにもかかわらず、自分達の身を犠牲にしてまでも他の者を助けるという精神は流石に理解が出来なかった。
自信気に言うソフィアの心を読むが、何一つ嘘は言っていないので少したじろいでしまった。それと同時に、あぁ･･･やはりこの人･･････いや、この人たちは素晴らしい感性の持ち主なのだと改めて実感し、この上ない喜びに包まれた。
魔物の淫らで色欲な感性を持ちつつ、人間としての常識や人徳等といった感性を潰すことなく両立できているソフィア達に畏敬の念を抱かざるを得ないほどであった。
「フフ･･････やっぱり、面白い人ね。
そうね･･･運命なんて言葉は信用していないのだけれども･･････考えると貴方達二人は･･･ここに来る事を運命によって決められていたようね。私の思い描いていた人物像こそが貴方達みたいなものなのかもしれないわ。
ありがとうね」
何の脈絡も無く突然感謝されたソフィアにはわけが分からなかったが、特に深く問おうとは思わなかった。ソフィアにとってはただ普通に自分が思ったことを言っただけなのに。むしろ感謝するのはわたし達の方。
そう思いつつもあまりに感激している大家さんのことを見て、感謝の言葉を言おうと思ったが、タイミングを逃してしまったようだ。また今度でも言おうと思い再び、グラスにジュースを注いだ。
―――さらに数時間後―――
･･････さらに時間が過ぎた頃で大家さんが口を開いた。
「･･････あら、もうこんな時間。そろそろ･･･お開きとしましょうか」
「もうそんなに長い間飲んでたの？楽しい時間って言うのは過ぎるのが早いよね。
ふぁああ･･････あ、気がついたらこんなに眠いなんて･･･」
ホールの中央に掛けてある時計の針は５時を指していた。実際魔界は、朝でも夜でも常に暗闇で、魔物は昼夜を問わず活動している。しかし、ソフィアは人間だった時の体内時計なるものがまだ魔物用に変わっていないらしく、魔界の生活に慣れていないようだった。
「あらあら、まだ魔界の生活に離れていないようね。大丈夫、１０日も過ぎればおのずと魔界の生活が身にしみてくるはずよ。
だから貴方はゆっくりと･･････今までのことを忘れゆっくりと休みなさい」
二人は一通り身の回りを片付けるとすっくと席を立ち上がった。ソフィアは忘れ物がないか再度チェックしたが、身の回りのものはある程度身につけていたようだった。
しばらくすると、ソフィアの様子がまたおかしくなっていった。
「うぅ･･･キモチワルイ･･････し、頭痛い･･･う〜〜･･･やっぱり、宴会の時呑んだお酒がきいてるのかな･･･う･･･」
大家さんは側でうめいているソフィアを見ると、ふぅとため息をついて右手をソフィアの頭にそっと添えた。するとどうだろう･･････大家さんの瞳の色が赤･･･橙･･･黄･･･緑･･･と七色に変わっていく。紫色になるとまた再度赤色に変わりまた紫･･･と何度か繰り返していくうちにピタッ･･･と緑色で変色は止まった。緑色の瞳になった大家さんがぶつぶつと呪文のようなものを唱えると、ソフィアの頭に添えてあった右手が翠光に光りだした。心地よい癒しのオーラのようなそれは、ソフィアの頭から体中に行き渡り浸透していく。顔色の悪かったソフィアの顔に血色が戻っていくようだ。
「･･････ら、楽になった･･･？あ、ありがとう、助かった･･･よ」
「いえいえ、こんなこと造作も無いことよ。
･･･さ、私が部屋の前まで転送してあげるから。準備はいい？」
コクコクとうなずくと更に続ける大家さん。
「ここで問題。貴方の新しい家は何階でしょうか？･･･もちろん答えられるでしょ？」
「５７階！！！･･････よね」
「ご名答。それじゃ５７階まで送るわ。あの黒猫ちゃんと同じ魔法だからそんな身構えなくていいわよ。
･････････それじゃあ･･･今後ともよろしくね。また一緒に飲みましょう」
「ええ！！今度はグレイも一緒にどうかしｒ･･････」
大家さんただ一人（と言っても周りには爆睡している魔物達がたくさんいるのだが）が残されたホールはとてももの悲しい。時計の針は５時２０分ごろを指しており、自分も寝ようかと考えていた。が、再びテーブルに座ると酒を浴びるように飲み始めた。とても真剣な顔つきになっていて、今までとはまるで別人かのように･･････
そうするうちに何か思い立ったのか大家さんは勢いよく両手を胸の前に出すと、パンパンッと二度大きく鳴らした。ホール内に響き渡る快音。しばらくすると、調理場から人影が一つ大家さんの所へ近づいてくる。
「何用ですかオーナー？新カクテルの実験中でしたので、できるだけ早めに済む用件だと嬉しいのですが･･･」
駆けつけたドロシーは実験を中断させられて少し不機嫌だったが、そのような素振りは一切見せずただ大家さんに従うのみである。
「大丈夫、ちょっと聞きたいことがあるだけよ･･･
貴方の作るお酒って全部ノンアルコールなのよね？」
「ああ、そんなことでしたか。そうですよ、わたくしの作ります酒類は全てアルコール分は０％です。ですが、アルコールが入っているかのように陽気になれるという特殊な成分を入れておりますので･･･お酒に弱い方でも酔う心配なく呑めることができます。
これを作り出すのは容易ではありませんでした。まず、材料の調達からですがね････････････」
ドロシーが脇で熱弁しているのをよそに大家さんは腕を組み深く考え込んでいた。
考えが確信に変わったのか、顔を上げ、その顔はとても形容しがたい表情を帯びていた。･･･そのいやらしさ･･･
「やはり、アルコールは無い。ということは私に間違いはないようね･･･
まったく･･･記憶を詠んでおいて良かったわ」
「な、何がです？」
「ドロシー。近々、また宴会を開くから料理の準備をお願いするわ。そうねぇ･･･出産披露宴とかいう題目かしら？」
「は、はぁ･･････」
ヒュウウウゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥン―――――――
ドスン！！！！！
「あい･･･痛たた〜〜･･･そういえば落ちるってのを忘れてたわ･･･」
ソフィアは大家さんの魔法で飛ばされ、部屋の前の扉でしりもちをついている。扉は先ほどと変わらず『５７階：オセの層』と彫られており、重々しく眼下にたたずんでいた。
立ち上がり、尻や太ももの埃を手で払うと、彼女は両手で重々しい扉を開け家の中へ入っていった。
「ただいま･･･っと」
家の中へ入り、まず篭手を外した。そして、壁に掛けると次に、剣、ブーツと身に着けていたものを次々と外していった。実を言うと彼女、先ほどこの部屋を出た時から今の今まで騎士団の格好で宴会に出ていたので実に奇妙であった。騎士団の格好をしたサキュバスなど不可解極まりない。
一通りの装備を外し、インナーだけになった彼女はリビングへ行く。そこで目に付いた大きな真っ白いソファに座り一寝入りしようとした。
彼女は大きなあくびをし、ふと隣を振り向くと、思ってもいないものを見つけてしまった。
「よぉ。飲み会は楽しかったか？」
「･･････へっ？ゴシゴシ･･･」
まるで鳩が豆鉄砲を食ったような彼女は両目を擦り、数回ぱちくりとして再度驚く。
「グ、グレイ！！帰ってきてたの！？」
なんと、グレイは先に帰ってきていたのであった。
グレイ曰く、ソフィアが起きる数分か前に先に起きていたということらしい。少し大家さんと雑談した後、送ってもらったということだったのだ。
グレイは読んでいた本をパタンと閉じソフィアの方を振り向いた。
「なかなか気付かないから心配したぞ。まぁその様子だと楽しんできたみたいだな」
「え、えぇ･･･もうたくさん話しすぎて何を話していたか覚えていないよ。
･･････ってそれより！居るなら声かけてよね！ビックリしたじゃないもう･･･」
「ハッハッハ、ごめんごめん。俺もつい本に夢中だったもんでな」
二人はソファの上でじゃれあいながらひと時を過ごした。
やがて、ソフィアの眠気が限界辺りまで来たのか、ソフィアの頭はグレイの肩に寄りかかっていった。グレイはソフィアの肩に手を回し、彼女の黒長くて艶のある髪を撫でている。
そうして二人は、様々なことを話した。これからのこと･･･どんなことをするか、どんな魔界の仕事につくか、どんな家庭を築くか、近所付き合いは大丈夫か･･････など絶えぬことの無い話題を二人で考え合い話し合った。特に子供は何人作るかと言う話題が一番盛り上がっていたようであった。
「なぁ、ソフィア」
グレイは先ほどから何かを考え込んでいたようで、今そのことをソフィアに伝えるとのことだ。彼女はなあにと返すとグレイは更に続けた。
「俺よ･･････本を書いてみようと思うんだ」
「本って･･･何の本？」
「小説と言うか自叙伝と言うか･･･まぁそういった類のものだ。
俺は思ったんだ。騎士団長に就任して、日々人々を守ってきた自分。仲間との楽しかった思い出。恋人と愛し合った日々。重大な任務の失敗。そして、新しく始まる生活･･･
これら全てがあって今の自分という存在があり続ける。そんな存在を後世に、俺達の子孫に誇れるように残したいと思ったんだ。ずうずうしいともあつかましいとも思われるかもしれない。だが、俺はどうしても残したいと･･･いや、残さなきゃ駄目な気がしたんだ。
ソフィアは･･･どう思う」
グレイの眼差しは真剣そのものであった。その眼差しは彼の決意を的確に表しているようであった。
彼の熱意を受けソフィアは返す。
「とっ･･････････････････てもいい考え！！
大賛成だよ！わたしも手伝うから一緒に完成させましょう」
「すまないな。俺の勝手な考えに付き添われてしまって･･･
５年か１０年か完成はいつになるか全く分からん。仕事の合間を見つけて少しづつ書くペースになりそうだからな。
だけど･･･必ず完成させて見せるぞ」
はたして何年先になるか皆目見当も付かぬ。だが、今の彼のやる気ならばいくら時間がかかったとしても必ず完成するということは決定付けられていたようにも感じ取れる。そろほどに彼の意思は固く決して揺るがないものとなっていた。
「ねぇねぇじゃあさ･･･私の願いを一つ聞いてもらっていい･･･かな♪」
彼女は何か交渉条件のようなものを持ち出してきた。今のグレイは自信に満ち溢れていたので、どんなことを言われようとも出来ると言い張ってしまいそうだ。
「あの･･･ね。毎日わたしとセックスするなら書いてもいいよ♪♪」
「なんだそんなことか。いいに決まってんだろ？もう俺達夫婦なんだからよ」
その言葉を聞いた彼女の笑みときたら･･･白い歯を出して、ニッタリと笑い、そうして赤い舌を出してペロペロと舌なめずりをした笑み･･･その魔性さ･･･恍惚さ･･････
「やった♪じゃあ決まりね。それじゃ･･････今日の分･･･シよ♪♪」
「おいおい眠いんじゃなかったのか？まぁいい、約束は約束だからな。煮るなり焼くなり好きにしてくれや〜ってな」
「むふふ〜〜さ、ここじゃなんだからベッドルームに行こっ！」
彼女はグレイの手をむんずと掴み、半ばグレイを引っ張る形でベッドルームの方へと歩いていった。尻尾はギンギンに立っておりいかに興奮しているかが分かる。
彼女がベッドルームを扉を開いたと同時に口を開いた。
「言い忘れてたけど、一日最低６時間だから♪♪」
「ああわかってる･････････へ？」
「悪魔との約束は破れないよ？さ、一杯犯してよね〜♪すぐにインキュバスにしちゃんだからっ♪♪」
「おい、そんなこと聞いて････････うおわあああああああああ！！！！」
ベッドルームの扉がばたんと閉じた。
―――――――――――――――――――――――――――――
＜著者コメント＞
まぁコメントなんでかしこまったりするのは苦手だから･･･いつもどおりの口調でやらせてもらおう。
まず、この本を最後まで見てもらって本当に感謝する。ありがとう。
もともとは俺の個人的な自叙伝にする予定だったんだが、今の職場（魔王軍幹部）の同僚のバフォメットに見せたら、やたら感激してな。サバトの力を借りて人間界まで出版できるようになったんだ。ほんとサバトって凄いよな。誤解があるかも知れんが、憧れてるわけじゃないぞ。俺にはソフィアがいるしな。
あぁ、ソフィアと言えばあいつは魔王軍の剣術指南所の師範をやっているぞ。戦闘センスと剣技は超一級品で今だソフィアを負かした生徒は誰もいないらしい。
そうそう、あと子供が二人できたんだ。あれだなうん、自分の娘ってのは犯罪的に可愛いな。いつ洗濯物は一緒にしないでなんて言い出すかビクビクしながら毎日を送っているんだがな。
名前？誰が可愛い娘の名前なんて教えるか！
とまぁ身内話はここらにしようか。人間界に出版できたって話しだが、俺には一番読んで欲しい友人が人間界にいるんだ。ここまで読んでくれたあんたならもう分かるだろう？あのバカ野郎に一言この場を借りて言わせてもらう。
「俺達は大丈夫だから、お前はお前のやりたいことをやれ」
実際アイツがこの本を読むかどうかは分からない。だが、きっと人間界でもこの本が有名になればアイツの手に届くことになるだろう。それを信じて俺達は今日も魔界でひっそりと生き続ける。
さて、もう話すことがなくなってきたが最後に決まり文句みたいなのを一つ言いたい。
『ここまで読んできてくれたあなたは魔界に興味が沸いただろうか？
実際に訪れたいと思っただろうか？
少しでも興味があるのならば、一度足を踏み入れてみるといい。
きっと今までとは１８０度違った世界が見えるだろう。価値観が大きく変わるだろう。
人間界で疲れを感じたら魔界に住めばいい。これは俺が保障する。
そうしてくれたなら、一度俺のところへ尋ねてきてはくれないだろうか。
そして俺はあなたにこう言うだろう。』
魔界へようこそ
――Fin――
―著：とある魔界の小説家 グレイ＝ヴォルグ―
10/11/25 23:30更新 / ゆず胡椒
戻る
次へ