連載小説
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4.魔物の街で
「おぉ〜!!すごい、凄いですよソリードさん!まさに此処こそ理想郷(ユートピア)です!!」

普段から高いテンションが更に上がり、あちこちで壮大にリアクションを取りながらセトネは浮足気取りで大通りを飛び跳ねていく。
中でもアクセサリーの露天販売に目がないようで、しきりに色々な宝石を眺めてはうっとりとした表情を浮かべている。
ソリードもしきりに街並みや、往来する人と魔物娘をキョロキョロと見渡している。その風景は自分の想像していたものとはかけ離れており、この街は生き生きと活気付いていた。
所々の路地裏で、微かに嬌声が聞こえる気もするが、おそらくこの街でそれを気にするのは野暮というものだろう。

「はぁ……この宝石、すごい綺麗ですねぇ〜」
「あの、セトネさん。悪いけどさ……」
「ああっ、皆まで言わないでください!分かってます!分かってますから!!一時の夢を見たっていいじゃないですかソリードさん〜!!」

どうやら無粋だったようだ。それならとソリードは一歩下がり、再び顔を綻ばせて宝飾品を見つめ始めるセトネを遠目で見守る。とはいってもここは親魔物領、心配はさほど必要ないのだが。
どちらかというと、ソリードの方が心配しなければならないことは多い。まず第一にソリードが人間の男ということ。第二にソリードが未だ童貞であること。そして最後に、今彼は1人だということ。
ここまでお膳立てが整っている状態で何事も起こらないわけがなく、ソリードの周りにはいつしか魔物娘達がわらわらと集まってくる。

「お兄さん、今1人?私とお茶しない?」
「来たばっかりで疲れてるでしょ〜?あそこに休めるところがあるから休憩しようよ〜?」
「貴方、凄くいい匂いがするわ……あんっ、思わず疼いてきちゃう……」

「あの、僕そういうのはちょっと……」

一応やんわりと断ろうとするが、目の前で湯気を立てて食べ頃の状態のご馳走を放置などしてくれるわけがない。
集まって来たサキュバス達に、ちょっとだけ、先っちょだけだから、と徐々にソリードは押されていき、路地裏に押し込まれそうになる。

「ちょ、ちょっと〜!?何してるんですか!その人は私の獲物……じゃなかった、連れですよ!!勝手につまみ食いしないでください!!」

宝石を夢中で眺めていたセトネがどうやら異変に気付いたようで、頬をぷっくりと膨らませながらサキュバス達に怒っている。本音が聞こえた気もするが、今回は大目に見ることにする。

「なーんだ、もうパートナーがいるんじゃない。」
「むー、お兄さんなら相性良さそうだったのに……ざーんねん。」
「ふふっ、お預けされるのも悪くないわ……あの子に飽きたら、いつでも私の所にいらっしゃい♡」

連れがいることを知ったサキュバス達は、予想と反して大人しく引き下がっていった。
てっきり、ここから自分を巡る血で血を洗う戦いが始まるかと思っていたソリードは、一安心したように胸をなでおろす。

「ありがとうセトネさん、助かったよ。」
「もう!あらかじめ言うのを忘れてた私も悪いですけれど、魔物娘にとって独り身の男なんて最上級のご馳走なんですからね!」

人差し指を立て、こちらに向けながらセトネがソリードに注意する。

「あまり私から離れない方が、色々と安全だと思いますよ?」
「……まあ、それもそうだね。流石に拐われるのは嫌だし。」
「それでは遠慮なく、それ〜っと!」

セトネが笑顔でソリードの左腕に抱きつく。むにゅりとセトネの豊満な胸が、腕を優しく包み込む。人肌の温もりがとても心地よく、近くにいるセトネから、微かにふんわりと甘い香りが漂って来る。

「ちょ、ちょっとセトネさん、近い……」
「まあまあ、いいじゃないですか〜!減るものじゃないですし、こうしておいた方がより安全なんですよ〜!」
「……これじゃまるで、カップルみたいだ……」

ソリードが恥ずかしそうに頬をほんのりと染め、小さい声で呟く。
一方セトネはその言葉を聞くと、なおさら嬉しそうに甘えた声を上げると、抱きついている腕に力を込める。

「カップル……私とソリードさんが……そうです、そうですよ!ソリードさんにそう見えるってことは、他の魔物娘達にもそう見えるってことです!これなら誘惑されることもないでしょう!」
「なんか釈然としないというか、掌の上って感じがするけど……まあいいか。わかった、そう言うことにしておくよ。」

知らない魔物娘に誘拐されるよりは、少しばかり気心の知れた(と言っても魔物娘であることに変わりはないので、気は一切抜けないのだが)セトネの方が幾分マシだと思ったソリードは、仕方なく口車に乗ることにする。それを聞くと、セトネは嬉しそうに小さく飛び跳ねて喜びだす。

「よしよし、これで一歩目標に前進です!」
「……なんの目標?それ。」
「ふふっ、秘密です♡いい女には、秘密が付き物ですから〜。」

そう話しながら、セトネはソリードの身体が火照ったように熱くなっていくことに気づく。

「おやおや〜?ソリードさぁん?なんか身体、熱くないですか?女の子と密着するの、もしかして始めてだったりします?」
「そ、そんなことないよ、セトネさんの体温が人より低いんじゃない?」
「恥ずかしがり屋さんですね……ますます落としがいがあります、ふふっ……」
「そ、それはともかく!そろそろ宿屋へ行こうよ。歩き通しで疲れたし、そろそろこれも置いておきたい……」

と、件の宝箱を片手でなんとか持ち上げながら、ソリードはセトネに提案する。

「おっと、そうですね!ソリードさんにずっと色々持たせっぱなしも悪いですし、どこか空いている宿を探しましょうか。」

勿論防音完備のお部屋でお願いしますね♡、とセトネは念を押す。

「……期待してるようなことはしないからね。ダメだよ。」
「むっ、私が隙あらばソリードさんを犯そうとしてるって考えてません?失礼ですよ〜全く!ただ私は、お疲れのソリードさんを癒してあげようとですねぇ……」
「すごく胡散臭い……」

そんなまるで痴話喧嘩のようなやり取りを繰り広げながら、2人は宿を求めてぶらりぶらりと街を探し歩く。
程なくして、街の中心からさほど遠くない場所にある建物へと行き着いた。看板を見てみると「サリィの宿屋」と書かれている。

「サリィって人の宿屋なのかな、ここ。」
「ですかねぇ?まあなんにせよ、躊躇う理由はありませんね!」
「そうだね。とりあえず中に入って、荷物を整理しよう。」

2人は宿屋のドアを開き、中へと入る。
ドアを開けた途端、中から微かに漂う甘い香りが鼻腔をくすぐる。
内装はゴシック調のようになっており、アンティークのテーブルや窓には紫色のカーテンやテーブルクロスが敷かれている。片隅に置かれた大きな振り子時計は、コチ、コチと規則正しい音を奏でており、暖炉から聞こえるパチパチと火が爆ぜる音がとても心地よい。ぱっと見、どこかの城の一室かと勘違いしようなほどに高級感が溢れ出ている。

「す、すごいね。これ、宿代足りるかな。」
「良い……良いですねぇ……とっても雰囲気良くて、これはお部屋も期待できそうです!」
「まず泊まれるかわからないけどね。」

と、2人がロビーの調度品の豪華さに気圧されている時、カウンターの方からか細い声が聞こえてくる。

「あっ、あのぉ、えっと、いらっしゃい……ませ?」

まるで蚊がなくかのようにか細く、途切れそうな声を辛うじて聞き取った2人はカウンターの方に振り向く。
そこにいたのは、部屋の調度品と同じく紫色のローブを羽織った少女だ。所々に付けられているキラキラと光る金の鎖の装飾が、見る者の視線を惹きつける。部屋が薄暗く、腰から下はよく見えないが、彼女はどこか物憂げな顔でこちらをじっと見つめ、相変わらず今にもプツリと途切れそうな声でこちらに語りかける。

「え、えっと、その……あなた達は、お客様?」
「あ、はいそうです。ここって宿屋なんですよね?」
「は、はい。ここは、私の宿屋です。」

どこかたどたどしく、辺りをきょろきょろと忙しなく見渡しながら宿屋の店主は話す。

(す、凄い……私のお店にお客様が来るなんて、初めて、ふふふ、ふっ……)

口の端から笑みが漏れ出すのに気づかず、店主は怪しげに含み笑いを漏らす。

「あっ、い、いけない……いらっしゃいませ。ご宿泊、ですね?」
「はい、とりあえず一泊で。宿代はどれくらいですか?」
「防音がしっかりしてるお部屋でお願いしますね!」

横で何か言っているセトネを軽く嗜めながら、ソリードが腰にくくりつけたポーチから金貨袋を取り出す。心なしかジャラジャラと鳴る音が少し寂しい気がする。
それもそのはず、元々身持ちが少ないのだ。だからこそダンジョン探索等という少しでも身入りの良い仕事を請け負ったのだ。
その結果がこうなるとは、思いもしていなかったわけだが。

「あっ、えっと……その……そう、ですね。金貨3枚程でど、うでしょうか……?」

まるでいま考えたかのような素振りを見せながら、宿屋の少女は金額をこちらに提案してくる。その安さにソリードは思わず目を見開く。最低でも10枚程は取られると思っていたので、完全に意表を突かれたのだ。

「……えっと、それは素泊まりでだよな?」
「い、いえっ……夕食と朝食も込みです。」
「私が言うのも何ですが、滅茶苦茶安いですね。いや本当に。」
「奇遇だなセトネさん。僕も全く同じ事を思ってた。」

安すぎて少し疑念を抱くレベルだ。
しかし、この良心的価格がソリードのお財布事情にとても優しいのも事実。普通の宿屋に泊まろうものなら(セトネが本気で防音の部屋を望むなら尚更)間違いなく金貨袋が空になっていただろう。そうすれば露頭に迷うのは必至である。

「……じゃあ、一泊で。」
「ほ、本当ですか……!?ありがとうございます、ありがとうございます!」

ソリードの手を握り、激しく上下にぶんぶんと振り回す店主。よほどお客が来るのが珍しいのだろうか、本気で喜んでいるのが一目でわかる。

「あっ、ごめんなさい!……私、つい、興奮しちゃって……」

慌てて手を離し、なんども頭を下げる少女をまあまあとなだめ、ソリードは宿帳に記帳し、前払いの代金を渡す。

「はい、これがお部屋の鍵です。」

そう言って渡されたのは、古めかしい真鍮製の細い鍵だ。

「それじゃ、お世話になります。」
「どんなお部屋か、楽しみですねぇ……わくわくが止まりません!」

ソリードが一礼し、先に部屋へと向かったセトネを慌てて追いかけていく。そしてカウンターには、宿屋の少女だけが残される。

「ふ、ふふっ……久々に、美味しい夢を食べられそう……」

その少女は、上に上がっていく2人を目で追いながら妖しげに微笑んでいた。
18/09/08 22:47更新 / 翅繭
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■作者メッセージ
ミミックのセトネさん以外の魔物娘が出てきました。
その名はサリィ、彼女は一体何の魔物なのでしょうか?

次回、ついにソリードの貞操の危機!?

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