episode1:リンゴと忍者
空を埋め尽くす木々の枝、木漏れ日の降り注ぐ緩やかな坂道は昨日とはうって変わって穏やかな気候だった。
行商人アイリスは荷馬車の横並びから進めるのを手伝っていた。
もちろん自分の体重分負担を無くすのが目的だが、馬車を引く愛馬コモンズには丸一日寂しい思いをさせてしまったのでそれの返しというのも理由の一つだったりする。
「まぁーだーかぁー」
そんな中、業者台に寝そべる娘カグラはこっちの苦労も知らんぷりでとぼけたことを聞いてきた。
「そんなに早くべリアルへ行きたいならなぁ、お前も、手伝ったらどうなんだ、あぁ?」
「嫌よそんなこと、さぁ頑張れ、頑張れー」
こちらには顔も向けずに言う。
さっきから馬車が揺れるたびに素っ頓狂な声をあげてる癖に……生意気言ってくれる。
「せめて、降りるてくれるくらいの、優しさを見せてくれたって、いいんじゃないか?」
「んー…私魔物だからね、あいにくと優しさとは無縁でいたいのよ」
「……よく言うぜ、全く」
それはそうとアイリスは丸一日を無駄にしている、はやく目的地まで行きたいのはアイリスも同じだ。
まったく……本来なら3時間ほどの道のりだっていうのに、どーしてこんなことに。
「ふんっ、おやまぁ汗だくじゃないのさ」
顔だけひょっこりと出して今さらな事を言ってくれるじゃないか。
「ぬかせっ、はぁ、事故とはいえ一日潰してるからな、少しでも、取り戻さないと」
「そう言いなさんな、せっかくのイケメンが台無しだぜ?」
ずるっ
と、足をもつれさせてしまった。
突然なんてことを言いやがるんだこの小娘は……足をばたつかせて『初心だなw』などとけたけた笑ってやがるし……。
「なーにずっこけてるんだ?はやく押せよー」
「くぅっ」
ついた泥を払い、元いた馬車横へ並ぶ。
「お前だって……わがまま言わず黙っていれば……かゎぃぃ…んだから……」
お返しにと言い返そうとするも、語尾が尻すぼみになってしまった。
それによってカグラはよりけらけらと大笑い、そこでようやくアイリスはカグラの暇つぶしにからかわれていただけなのだと気付いた。恥ずかしさで頭が下がってしまう……ほんの数時間の付き合いだが、明らかに年下に見えるのにこちらがいいように振りまわされている気がする……。
「ほんに面白い奴だなお前さんは♪」
「ふんっ、そんなことよりだ、カグラお前そのまま村へ入るつもりか?こっちとしてはあまり魔物と一緒に旅してるなんて話が広まると困るんだが?」
「あぁ、そーだすっかり忘れていたわ」
少しばかり良心が痛む言い返しだったが、カグラは全く気にした風もなく続ける。
「うん、面白いものを見えせてやろうじゃないか」
「……?」
そう言うと懐から一枚の……葉っぱ?を取り出して、よく見ててとそれを頭の上に載せた。
「ドロンっ」ボワン
「! げほっ、げほっ…おい、なにが……」
カグラの声とともに溢れた煙に少し身を引いた。彼女の全身を包む程度の煙は風に流されて消える。
「これぞ我らが秘伝、人化の術〜♪どうよ!」
おぉ…と声を漏らす。得意げな顔をしているカグラの頭ではさっきまであったはずの丸い耳が、お尻では尻尾が消えていた。
「これなら文句ないだろぅ……っておい、なにやってんだ!」
「いや…凄いな、ホントに消えているのか?」
一体どういう原理なのだろうか。
若さゆえの好奇心に取りつかれたアイリスは業者台に乗り込みカグラの頭をわしゃわしゃと撫でまわすし覗き込む。アイリスの顔が近付くほどカグラの顔は赤くなっていき、それが8cmを切ったところで……。
「近い!」ゴッ
…………
「さて、ようやく到着だな」
「ごくろうさま」
またそっけなくなっちまった…。
そんなあからさまに態度変えられたらこっちが悪いみたいじゃないか、いきなり頭突きかまされた俺の方が明らかに被害者…だよな……?
「で?お前はこれからどうするんだ、それ売るんだろ?どっかに露店でも出すのか」
「そんな目立つことするわけないだろ、売るっていってもこの村での客は一人だけだよ」
「…?どういうこった」
「知り合いとこの村で待ち合わせているのさ、誰かさんの所為で一日ずれちまったけどね」
うっ…そう言われると少しばかり罪悪感が……。
「ならここで一旦別行動か?」
「んー、いやついてくよ。約束が24時間ずれたとして、まだ結構時間は余ってるし」
「そうかい、じゃぁまず地主さんのお宅までいってみるか」
途中、農作業に勤しむ村人に道を聞き数分馬車を走らせ地主のもとへ向かう。
そして到着したのは林檎の木の生茂る斜面の下に位置する、大きくは無いが風情のある一軒家だった。
呼び鈴を鳴らし、出迎えてくれたのは口が隠れるほどの白ひげが特徴で優しそうな眼差しをした初老の男。ボルトと名乗った老人にまずここの林檎を買い付けたい旨を伝え、次に立ち寄る街、ロノウェで村の名前出しで売り込みたいと言うと快く商談に応じてくれた。
「さぁ、どうぞお掛けになってお待ちください、今お飲み物でも用意いたしましょう」
案内された場所は玄関横に構えられたテラス。辺りは木々に囲まれ緑から流れてくる風が心地よい…。
景色と雰囲気を満喫しているうちにボルトさんが紅茶を持ってきてくれた。
いただきます、と一口。
おいしい…香りもいい、隣ではカグラも二口三口とずいぶんとご満悦のようだ。
「とてもおいしいです…ありがとうございます」
「ほっほっほ、お口に合ったようでなによりですよ……では、さっそく本題へと移りましょうか」
「えぇ、ではまずこちらの林檎、銀貨10枚分を買い取らせてほしいのですが」
「10枚分ですか……それはまたずいぶんな量ですな」
それはそうだろう、大体の相場で250〜300個。個人で扱うには多すぎる量だ。
普通はもっと歳のいった、いわゆるベテラン風な商人が扱う量を、アイリスのような若造が買い付けようと言うのだから訝しがるのも無理は無い。
「はい。もちろん私個人で売るのではなくロノウェにあるフローラ商会支部で引き取ってもらい、そこから各店舗へ回させていただきたい。もちろんここの地名も込みで」
「ほぅ…えぇ、いいでしょうとも。農家の倉庫にあるものでしたらお好きなだけお持ちください」
「そうですか!ありがとうございます」
立ち上がり互いに握手を交わす。
商談成立。
商会からのノルマは達成ということになった、これで連中ともいい酒が飲めるだろう。と、ひとまず安心して胸をなでおろしているところにボルトから提案が来た。
「ほっほ、せっかくのめでたい席ですからな、いっぱい御馳走いたしましょう」
そう言って自らの家の奥へ引っ込んでいってしまった。
おかまいなく、との言葉が出そうになったが、せっかくだし頂いていこうか。と思い椅子へ座りなおし待つ。
「次はロノウェへ向かうのか?」
今まで黙っていたカグラがようやく口を開いた。
「あぁ、ここから馬車なら2日ってとこだな、そう聞いてくるってことは知っているのか」
「一度忍び込…いや入ったことがある、でも…そうか、ロノウェか……」
「なんだ、ずいぶんと濁すじゃねぇか、何か問題でもあるのか」
う〜ん、としかめっ面しながら考え込んでいる。忍び込んだってことは何かやらかしたのだろうか。
「いや、大丈夫。気にしないでおくれ」
「そーかい」
そう言われても気になるところではある、でもカグラが大丈夫というなら大丈夫なんだろ。昨日出会ったばかりのこの少女にそう思える、そんな自分が不思議で、でもけして嫌な感情じゃなくて、そんなこと考えてる自分が少し可笑しくて思わず笑みがこぼれていた。
そんなアイリスをカグラは胡散臭そうに見ていた。
「やぁやぁ、お待たせしました」
やがてボルトがグラスを3つ、薄く黄色の液体が揺れるそれを器用に持ってきてくれた。
カグラと共に礼を言いつつそれを受け取る。それにしても綺麗な色だ……。
「これは……林檎か」
色より先に香りを確かめていたカグラがそう言った。次いでアイリスも鼻を近付ける。
確かに林檎の甘く、薄く酸味のあるいい香りがしてきた。
「ほっほ、では、まずは良き商談にでも乾杯しますかな」
「私は良き出会いに……」
「ふふっ…」
3者とも微笑みながらグラスを軽く上げる。
「これは……」
「わぁ……おいしい……」
二人は同時に感嘆の息を漏らす。その反応にボルトは大満足といった風に微笑んでいた。
アイリスも林檎の酒は飲んだことはある、今飲んでいるのは今までのそれとは香りも味もけた違いに良いものだと思う。
「どうでしょうか、良い物でしょう?これは去年村に越してきた夫婦が作ってきたものでして、他所で酒造りを生業にしていたそうです」
「なるほど……素晴らしいです」
そう言うアイリスも頭には他に考えていることがあった。
これを新しい商売にできねぇだろうか?
その夫婦は去年村に入ったばかりだという、この山道だし入ってきた商人は少ないだろう…、それに支部へ新しい流通を持っていって商会への貸しするのも悪くない……問題はこれを商品にする気があるのかということだが。
「………」
カグラはアイリスが顔には出していないが、なにやら考え込んでいるのに気づいていた。もとより商売関係に関して言えば人間よりなど足元にも及ばない魔物、刑部狸である。当然アイリスが考えていることなど丸解りであった。
どれ、ちょっと手引きだけしてあげるか
「とっても美味しいですわね、アイリスさん」
「はぁ?……え、えぇ!それはとてもとても……」
なぁに動揺してんだよ……
「あのー、ボルトさん?このお酒は買い付けることはできませんの?」
「ほっほっほ、これは今年が豊作なおかげで出来た、ただの趣向品ですよ。先ほど言った夫婦は評判を聞いて張り切っておりましたがなぁ」
「まぁ、これ程いい物ですのに…少しもったいない気がしてしまいますわね…ねぇ、アイリスさん?」
そう言ってグラスを呷る。
ほら、聞きたかったことは分かったろ?後は自分でやりな♪
そんな意味を込めた視線を送ってやると、アイリスはやれやれといった風に一つ息を吐いた。
「ボルトさん、商談の話に戻ってしまって申し訳ないのですが……この林檎酒、貯蔵が十分でしたら是非少し分けていただきたいのです」
ふむ…といった感じに髭を撫でつつボルトは考えているようだ。
「もちろん、ロノウェの支部を通して地名込みでの売り込みを約束いたします」
「確かに、在庫はまぁ有るでしょう…村のも気に入ったようで自分達の取り分の林檎までこれに変えてくれと押しかけてましたから…」
新規で村入りした夫婦だ、少しでも役に立てればと奮闘したことだろう。
「投資という意味でも樽一つくらいは都合つくでしょうが…」
なるほど、もともとこれで新しい商売を始めようという気は村にもあったわけだ、今問題なのはその新しい投資を俺に任せてもいいものか…そういったものだろう。
そんな思考を感じ取ってか、再度カグラが口を開いた。
「ふふっ、私らはこの味をもう覚えてしまいましたもの、今さら諦めるなんて……出来るかしら、ね?」
と、そう言ってアイリスへ視線を向けた後、ボルトへと移した。
カグラはどんな表情をしているのか、アイリスからは見えなかったがボルトは参りましたと言わんような素振りで
「ふむ、よいでしょう。ではお一つお願いいたしましょうか」
「じゃ、じゃぁ……」
「えぇ、夕刻までに用意させますので、それからまたお越しください」
アイリスはテーブルに乗り出して握手を交わし、そして思い出したようにこう続けた。
「あ、これは出来たらでいいのですが……、売りものとは別に小樽でお一つ頂けませんか?」
「はて……?」
「?」
二人とも意図が読めないらしく不思議そうにしている
「ロノウェまで二日ですし……二人ならそれくらいで十分でしょう」
傍らの少女を撫でながらそう言うと、ぱぁっとカグラは笑顔を向けてくれた。
チラリと見ただけ、気恥ずかしさですぐ顔を逸らしてしまったアイリスはそれから半刻程後悔したのだった。
※※※
十分すぎる収穫を得たアイリスとカグラは、ひとまずボルト宅を離れ宿の確認へ来ていた。
村内で一つしかないという宿屋は、一階のエントランスが酒場のようになっている、よくあるつくりになっている、まだ日は高いというのに収穫の時期を終えた農夫たちの姿もちらほらと見えた
「そういや……」
そのすぐ隣、旅人用の馬小屋にコモンズを預け、そのまた隣の空いた場所に荷馬車を止めて、荷物整理をしていた大量に買い付けた林檎と樽を置くスペース確保のためだ。
「明日からはロノウェに向かうが、お前なにか都合が悪かったりするのか?」
さっきも聞いたが、せっかく連れといるのに無言で作業もどうなのかと思い再度聞いてみた。
「いやね、大したことじゃないんだけど…」
そう言ってカグラは自分の持ち込んだ荷に手を置いた。
あぁ、なるほど。とアイリスはなんとなく思ったがカグラの口からの答えを待った。
「ロノウェと言えばそこそこ教会の力が強い場所だろ?しかも王制もどきな制度もあるし、小さい国家みたいなもんだ、で…こいつはどうしようかな〜と考えてたわけよ」
「いや、わけよ…じゃなくてどうすんだよ。中身は知らんがそう言うってことは教会に見つかったら不味いもんなんだろ?」
「まぁ、なんとかなるから大丈夫だろ」
おいおいおいおい……流石に密輸入なんてのは勘弁してもらいたいんだが……。
などと考えたが
「ふふっ、なにもロノウェまで持ち込もうなんて考えちゃいないから心配しないでいいよ」
俺はそんなに考えていることが解りやすいのだろうか……。そう思う程この娘は人の考えを先読みしてくる。
「まぁ、面倒事にならないなら別にいいさ」
「む?」
少し不満っぽく言ったのが気に障ったのか、カグラはおいうちを仕掛けてきた。
「別に私のことはどうでもいいのよ、それより心配なのはアイリスの方だぜ?」
「……なにがだよ」
「この時期にロノウェに向かおうってんなら目的は豊穣祭だろ?パペール=カリアだっけ」
「そうだが……それがなんだ?」
収穫の季節を終え、来年の豊作を祈る祭り。
どの地方、国でも行う行事だがロノウェにて行われるパペール=カリアはここいらの国でも群を抜いて大きな祭りだ。
なんでも豊穣の女神様への祈りだそうで、その背景の物語を最終日に劇にして行うのだが、国中から選ばれた美女が女神の役を務めるらしく、それ見たさに周辺の国中からも人が集まってくるのだ。
「それなのに、あんたの積み荷は林檎だけだってのかい、稼ぎ時なんだろ?」
「あぁ……」
何かと思えばそんなことか。
カグラも商人なら稼ぎ時に稼がない俺はもどかしく見えるのだろう。
「それについてはなんの問題もないな」
「むっ?」
荷馬車の隅へ腰をおろし麻布をかぶせてある荷へ手をかける。
「俺にはこいつがあるからな」
布を取り、そこにある樽を見せる。カグラが抱えて運べる程度の大きさの樽は全部で5つあった。
「なんだ?それ」
「こいつはな、塩だ」
「……ほぅ」
内陸から離れれば離れる程、塩の値段は宝石並の価値になるという。そして人が生きるためには必要なものなので安定した高利益が得られるのでどこの商会でも扱っているものだが。
カグラは少し妙に思っていた。
この地方は流通が安定しているため、塩の専売などはやっていない。だからと言って盗賊などに狙われやすい商品No.1の塩をこんな若い商人に運ばせている商会は何を考えているのだろうか……。
この抜けたアイリスにそれほどまでに信頼されているのだろうか……?
「なんだ、人の顔ジロジロと……あげないぞ?」
「別にいらないわよ……」
カグラとしては気になるところだが、素直に引くことにした。
どうせこれから一緒に旅する仲なのだ、急ぐ必要もあるまい……。そんなこと思いながら立ち上がる。
「さ、そろそろ時間だ。アイリスも夕方までは暇だろ?ちょっと来なよ」
「お、おう」
そして手を差し伸べるとこの雄は少し赤くなりながら目線を逸らすのだった。
※※※
「おいおい…昼間っから酒でも飲むのか……?」
「なに言ってんのよ、日が沈んでからも飲むのよ」
カグラに手を引かれながら連れてこられたのは、すぐ隣の宿。
と、思ったらエントランスの酒場の方まで連れてこられた
「ちょっと座って待ってて」
そう言ってカウンターの方までてくてくと歩いて行ってしまった。
グラスを慣れた手つきで拭いている人物に話しかけているようだ、多分ここのマスターだろうか?カグラは楽しそうに笑っているがなにを話しているのだろうか…こうして離れてみると、あいつやっぱ小さいな…そんあこと考えながら2分ほどぼんやりとその姿を見ていた。
やがて二つのジョッキを持って帰ってきた。
「またせたわね」
「いいさ、何話してたんだ?」
「ん、まぁ…私は一日遅れちゃったからね」
ジョッキを一つ渡して席に着く。
「むこうはちゃんと着いたのか確認してたの」
「あぁ……あー、なんだ、すまなかったな……」
「だから良いって言ってるじゃないのさ……こっちの約束事なんて元々曖昧なものなんだから」
それでもやっぱり申し訳なく思ってしまうのは、アイリス悪いところか良いところか。
そうして何も言えなくなって、カグラの持ってきてくれた酒に逃げるのだが
「……っておい!これさっき飲んだやつじゃねぇか!」
「おぉともよ、主人に聞いてみたら扱ってるらしいからな、特別に出してもらったんだ」
「しかも、さっきお前の分まで買ってやっただろうがよ……」
「なぁにケチ臭いこと言ってんのよ、いい?お酒ってものはね、飲む場所で味も香りも変わってくるものなのよ」
ジョッキを持ち、ぐいぐいと飲んでいく。
「っぷぁ、それに名産ってものはその土地で飲み食いしてこそだろう?」
などといい笑顔で述べられたら、カグラに借金のあるアイリスにはなにも言えなくなるわけで……。
「あぁ……そうかい……」
そうぼやきながらアイリスもジョッキを傾けるのだった。
「それはそうと、お客さん?は今日もここに来るのか?」
「うん、大体この日にこの時間って言ってあるからねー」
「そんなんでいいのかよ……」
「いいんだよ、たまには……お?噂をすれば」
カグラの目線がアイリスからその背後にある入口へ移った。
つられて背後に目を向ける……。
すんげぇ美人がそこにいた。
背の高い女性だ、芸者風な衣で身を包んでいるがそれが身体の凹凸をより艶やかなものにしている。
まず目に入るのは真っ黒で艶やかな髪、それを高目で纏め上げている。
目にかかるか掛からないかの前髪の奥には切れ長で挑発的で冷たい眼差し、その瞳もやはり黒く輝いている。
口元を布で隠しているのでそれ以上の容姿は分からないがそれだけで美人だと解る、そういったオーラがあった。
「おーい、ツキー、こっちこっちー」
背後でカグラの声があがるということは、カグラの言っていたお客とは彼女なのだろうか?そう思いカグラの方を振り返ると
「とう」ベチッ
「あだっ……なにすんだよ」
「あんたが間抜けなツラしてるのが悪いのよ……」
なんだそりゃと言い返そうかとしていると
「お久しぶりですね、カグラ様、お元気そうでなによりです」
すぐ横上方から凛とした声が聞こえてきた。
「うん、ツキも元気そうだねぇ」
見上げてしまう、間近でみるとさらに凄い迫力だ。
美しい……、あまりジロジロと見ては失礼だと思いながらもとても目が離せそうにない。
ふいに、目があった。
そのときになってようやく自分もなにか挨拶しなければと思い立つのだが…
「それでカグラ様、この殿方はどなたでしょうか?」
「あぁ、それね……拾った」
「おい」
もう少しまともな紹介は無いのか……
「まぁ!カグラ様にもついに……」
感動したように彼女はアイリスの手を取る、その眼差しは先程の冷たいものではなく、どこか歓喜のようなものが見える眼差しだった。
「わたくし、名を月影と申します、どうぞツキとお呼びくださいまし」
「は、はぁ…アイリス・フォンローゼンと言います、よ、よろしく……」
身を乗り出してそう迫ってくる
恥ずかしさでつい目線を逸らしてしまう、こちらから見る分にはいいのだが、こんな美人に間近で迫られるとどうしたらいいか分からなくなってしまう。
カグラに状況を聞こうとすると、むっとした顔をしてらっしゃる。
なんだ?俺がなにしたってんだ?
そしてカグラは呆れたように一息ついて
「ほら、ツキなに興奮してんのよ、アイリスが困ってるじゃないか」
「あら、これは申し訳ありませんでしたわアイリス様」
パッと身を引く、ツキと名乗った美女は頭を下げた。
「あぁ、いえいえとんでもない、どうぞ座って下さい……それと私に様はいらないですから……」
「そうですか?…では、アイリスさんとお呼びいたしましょう」
そう言って席に座る。
「ふふっ、カグラ様……いい人を見つけたじゃありませんか」
「こいつは……そんなんじゃないよ」
そうやってそっけなく返すカグラをツキはニコニコしながら見つめていたのだった。
それからいろいろ話をした。
カグラの故郷の話、なんでもジパングという東の島国からやってきたらしい。アイリス国名だけは知っているがなにしろ遠い異国のこと、カグラの衣装と話から推測するに大陸とはかけ離れている独自の文化を持っているらしいことを。
「本当に大変だったんですよ?日が傾くまでカグラ様を待っていたのに……」
今ツキから語られているのは昨日のことだ。
「数分ごとに色んな男が言いよってきて……この村にそんなに人がいたのかって程だったんですよ!」
「いや、まぁ……悪かったって……」
「は、ははははは……」
そりゃぁこんな辺鄙な場所でこんな美人が一人で酒を飲んでいたら……と思ったがその原因の一端であるアイリスには愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「でもカグラ様が待ち合わせを違えるなんて、珍しいこともありますわね」
「ちょっとね……色々あってね」
商人にとって時間は金と同義だ。
時間があれば金が稼げて、金があれば時間が稼げる。
いくら知った仲での売買とはいえ、一日という貴重な時間を割いてくれたカグラには本当に申し訳なかったと思いつつ、改めて心の中で感謝をし直した。
「……たまにはそういった事情もありますでしょうし、いつも待たせてしまうのは私の方ですから良いんですけど。道中何か問題でもあったんですか?」
「いや、問題というか……」
チラリとアイリスを見てから
「昨日までは順調だったんだけどねー…」
「……あぁ、そういうことですか」
ツキまでこっちを見てニコニコしている。
今の会話だけで何かを察したのだろうか?というかなにを察したのだろうか……。
「え、な…なにか?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
そしてツキはカグラの方へ向き直る。カグラまでバツの悪そうな顔をしているということはどういうことだろうか?
「それならそうと早く言ってくださればいいのに」
「なにがよ……」
こうして見ていると、カグラの方が立場的(なんの立場か知らないが)には上らしいが、お姉さんにやさしく諭されている妹のようにしか見えない。
実際見た目だけでいえばその通りなのだが
「なにかお手伝い出来ることがあるのでしたら、言ってくださらないと解りませんわ?」
「……あー、もう。わかったよ…ホント話が早くて助かりますよツキさんは〜」
なるほど、さっきからカグラが何か渋っているのを見抜いたってことか……仲良さげだったのになにを渋っているのか
「まぁ率直に言うと、私の荷物を預かっていてほしいんだよ」
「あら、それは商人をお辞めに……?」
「いや、そういうわけじゃない、しばらく……」
ここでアイリスへ視線を向ける。
「こいつと旅でもしようかと思ってね……あちこちで行商しているらしいからちょうどいいかなって思ったんだよ。それだけ!」
「カグラ様……」
向かってツキはなんとも形容しがたい……恍惚?感動?そんな顔をして、身を乗り出しカグラの手をギュッと握った。
「カグラ様も遂に…腰を落ち着ける場所を見つけたのですね……」
おぉぅ…今度は泣きはじめたぞこの人。そんな感動する場面があったか?
などと思っているアイリスに
「アイリス様!」
「はっ、はいぃ?!」
「カグラ様を……グズッ、よろしくお願いします……ズズッ
「えっと………はい?」
ちょっと急過ぎて意味が解らないんだが。とカグラへ助けを求めると、真っ赤な顔して俯いてるし、周りからの視線が痛いです……あと顔近いです……。
「さて!」
バッと勢いよく手を離し立ち上がるツキ。
「そうとなれば善は急げですカグラ様!お荷物はどこですか!」
「お、おう。こっちだ!」
次いでカグラも続いて立ち上がる。ホント目立つんで止めていただきたいんだけど……。
そしてそのまま酒場を出て行こうとする二人
「ほら、アイリスも行くよ!」
「早く来てくださいね!」
その言葉を残したままさっさと出て行ってしまった…。
「やれやれ……」
あいつには振りまわされっぱなしだな……と思いながら立ち上がる。そしてこれからも一緒の荷馬車で旅をしていくのだと気づいてからその思考を止めた。
そうしてカグラ達が出て行った方とは逆へ進む。
何故かって?あの二人、支払いもせず出ていっちまったじゃねぇか。
※※※
「本当にもう出るのかい?」
「えぇ……お二人のお邪魔してしまうのもなんですし」
その細身にはなんとも不釣り合いな大きな箱を背負っているが、半分隠されている表情からは疲労など微塵も感じられない。
「お城の、カグラ様のお部屋まで送り届ければよろしいのですよね」
「うん。欲しがってた物は勝手に持って行っていいし、道中腐っちまいそうな物は食べていいよ」
カグラと話していたツキだったが、不意にアイリスへ耳打ちするように顔を近付けた。
「なんですか?」
「ふふっ……季節が変わる頃には追いつきますので……なにかと大変とは思いますが、カグラ様のことよろしくお願いしますね……」
そう言って微笑んでいるのを見ると、まるで天使と見間違えたかと思い一瞬思考までが止まってしまう。それほどまでにツキには人間離れした美しさがあった
「………」グッ
「ってぇ!」
太ももをつねられた様な痛みが走って視界が戻ってきた。実際つねられたんだが。
「なんだよ!」
「……ふんっ」
「あらあら……どうやら心配はいらないみたいですね」
全くよくわからない奴だ……。
「ほら。もういいだろ、行くならさっさと行ってきなさい!」
「もぅ、わかりましたって……。ではまたお会いしましょうね、アイリスさん……」
そうして彼女は行ってしまった。
アイリスとカグラは下りの山道を、その不釣り合いな芸者姿が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。
「ツキさん……絶対また近いうちに現れそうだな」
「そう言ってたのか?」
「季節が変わる頃には追いつくらしいぞ?」
「ふーん……そう」
「あのひと、ずいぶんお前に御執心だったじゃないか」
「長い付き合いだからね」
「そっか……」
「うん」
「…………」
「…………あのさ」
「ん?」
「ここまできてナンだけど……本当に付いて行っていいの?」
「…あれ?なんか昨日無理やり乗っ取られた記憶があるんだけど……」
「だから!本当に良いのかって……よく考えたら、凄い迷惑なことなんじゃないかな〜……とかさ」
「………っ、あっはははははっ。なんだよカグラ、急にしおらしくなっちまって」
「っう、うるさい!ホントに借金取り立てるぞ!」
「ふっ、そうそう、それそれ」
「え?」
「お前は俺の命を救ってくれたんだろ?そんな大恩人をほったらかしにしたら、組合長になに言われるかわかったもんじゃないからな」
「〜…こら、頭を撫でるなよ、髪が崩れるだろぉ」
「ふふっ、それでいいじゃないか暫くはさ……もうお前の荷も行っちまったし、こんなとこで置いて行く方が人類の為に心配だ」
「なんだよ、それ」
「そういう訳だからさ」
「……………」
「暫くは一緒に行こうぜ?」
「……………」
「実際、一人で行商ってのはメンタル的に結構きついんだ……旅は道連れって言葉もあるしな」
「そうだね」
「………ふぅ、まずは林檎貰いに行くか〜。そろそろいい時間だろ」
「ん、じゃぁ行こうか」
「面倒なことは後で考えればいいさ、そのあとは宿で……ちゃんとした自己紹介から始めようぜ?」
「ふふっ、そう言えばそうだったね」
「……」
「……」
「まぁ……なんだ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
差し出された手は繋がれた。
だいぶ傾いてきた夕日で出来た影は一つに重なり合った。
行商人アイリスは荷馬車の横並びから進めるのを手伝っていた。
もちろん自分の体重分負担を無くすのが目的だが、馬車を引く愛馬コモンズには丸一日寂しい思いをさせてしまったのでそれの返しというのも理由の一つだったりする。
「まぁーだーかぁー」
そんな中、業者台に寝そべる娘カグラはこっちの苦労も知らんぷりでとぼけたことを聞いてきた。
「そんなに早くべリアルへ行きたいならなぁ、お前も、手伝ったらどうなんだ、あぁ?」
「嫌よそんなこと、さぁ頑張れ、頑張れー」
こちらには顔も向けずに言う。
さっきから馬車が揺れるたびに素っ頓狂な声をあげてる癖に……生意気言ってくれる。
「せめて、降りるてくれるくらいの、優しさを見せてくれたって、いいんじゃないか?」
「んー…私魔物だからね、あいにくと優しさとは無縁でいたいのよ」
「……よく言うぜ、全く」
それはそうとアイリスは丸一日を無駄にしている、はやく目的地まで行きたいのはアイリスも同じだ。
まったく……本来なら3時間ほどの道のりだっていうのに、どーしてこんなことに。
「ふんっ、おやまぁ汗だくじゃないのさ」
顔だけひょっこりと出して今さらな事を言ってくれるじゃないか。
「ぬかせっ、はぁ、事故とはいえ一日潰してるからな、少しでも、取り戻さないと」
「そう言いなさんな、せっかくのイケメンが台無しだぜ?」
ずるっ
と、足をもつれさせてしまった。
突然なんてことを言いやがるんだこの小娘は……足をばたつかせて『初心だなw』などとけたけた笑ってやがるし……。
「なーにずっこけてるんだ?はやく押せよー」
「くぅっ」
ついた泥を払い、元いた馬車横へ並ぶ。
「お前だって……わがまま言わず黙っていれば……かゎぃぃ…んだから……」
お返しにと言い返そうとするも、語尾が尻すぼみになってしまった。
それによってカグラはよりけらけらと大笑い、そこでようやくアイリスはカグラの暇つぶしにからかわれていただけなのだと気付いた。恥ずかしさで頭が下がってしまう……ほんの数時間の付き合いだが、明らかに年下に見えるのにこちらがいいように振りまわされている気がする……。
「ほんに面白い奴だなお前さんは♪」
「ふんっ、そんなことよりだ、カグラお前そのまま村へ入るつもりか?こっちとしてはあまり魔物と一緒に旅してるなんて話が広まると困るんだが?」
「あぁ、そーだすっかり忘れていたわ」
少しばかり良心が痛む言い返しだったが、カグラは全く気にした風もなく続ける。
「うん、面白いものを見えせてやろうじゃないか」
「……?」
そう言うと懐から一枚の……葉っぱ?を取り出して、よく見ててとそれを頭の上に載せた。
「ドロンっ」ボワン
「! げほっ、げほっ…おい、なにが……」
カグラの声とともに溢れた煙に少し身を引いた。彼女の全身を包む程度の煙は風に流されて消える。
「これぞ我らが秘伝、人化の術〜♪どうよ!」
おぉ…と声を漏らす。得意げな顔をしているカグラの頭ではさっきまであったはずの丸い耳が、お尻では尻尾が消えていた。
「これなら文句ないだろぅ……っておい、なにやってんだ!」
「いや…凄いな、ホントに消えているのか?」
一体どういう原理なのだろうか。
若さゆえの好奇心に取りつかれたアイリスは業者台に乗り込みカグラの頭をわしゃわしゃと撫でまわすし覗き込む。アイリスの顔が近付くほどカグラの顔は赤くなっていき、それが8cmを切ったところで……。
「近い!」ゴッ
…………
「さて、ようやく到着だな」
「ごくろうさま」
またそっけなくなっちまった…。
そんなあからさまに態度変えられたらこっちが悪いみたいじゃないか、いきなり頭突きかまされた俺の方が明らかに被害者…だよな……?
「で?お前はこれからどうするんだ、それ売るんだろ?どっかに露店でも出すのか」
「そんな目立つことするわけないだろ、売るっていってもこの村での客は一人だけだよ」
「…?どういうこった」
「知り合いとこの村で待ち合わせているのさ、誰かさんの所為で一日ずれちまったけどね」
うっ…そう言われると少しばかり罪悪感が……。
「ならここで一旦別行動か?」
「んー、いやついてくよ。約束が24時間ずれたとして、まだ結構時間は余ってるし」
「そうかい、じゃぁまず地主さんのお宅までいってみるか」
途中、農作業に勤しむ村人に道を聞き数分馬車を走らせ地主のもとへ向かう。
そして到着したのは林檎の木の生茂る斜面の下に位置する、大きくは無いが風情のある一軒家だった。
呼び鈴を鳴らし、出迎えてくれたのは口が隠れるほどの白ひげが特徴で優しそうな眼差しをした初老の男。ボルトと名乗った老人にまずここの林檎を買い付けたい旨を伝え、次に立ち寄る街、ロノウェで村の名前出しで売り込みたいと言うと快く商談に応じてくれた。
「さぁ、どうぞお掛けになってお待ちください、今お飲み物でも用意いたしましょう」
案内された場所は玄関横に構えられたテラス。辺りは木々に囲まれ緑から流れてくる風が心地よい…。
景色と雰囲気を満喫しているうちにボルトさんが紅茶を持ってきてくれた。
いただきます、と一口。
おいしい…香りもいい、隣ではカグラも二口三口とずいぶんとご満悦のようだ。
「とてもおいしいです…ありがとうございます」
「ほっほっほ、お口に合ったようでなによりですよ……では、さっそく本題へと移りましょうか」
「えぇ、ではまずこちらの林檎、銀貨10枚分を買い取らせてほしいのですが」
「10枚分ですか……それはまたずいぶんな量ですな」
それはそうだろう、大体の相場で250〜300個。個人で扱うには多すぎる量だ。
普通はもっと歳のいった、いわゆるベテラン風な商人が扱う量を、アイリスのような若造が買い付けようと言うのだから訝しがるのも無理は無い。
「はい。もちろん私個人で売るのではなくロノウェにあるフローラ商会支部で引き取ってもらい、そこから各店舗へ回させていただきたい。もちろんここの地名も込みで」
「ほぅ…えぇ、いいでしょうとも。農家の倉庫にあるものでしたらお好きなだけお持ちください」
「そうですか!ありがとうございます」
立ち上がり互いに握手を交わす。
商談成立。
商会からのノルマは達成ということになった、これで連中ともいい酒が飲めるだろう。と、ひとまず安心して胸をなでおろしているところにボルトから提案が来た。
「ほっほ、せっかくのめでたい席ですからな、いっぱい御馳走いたしましょう」
そう言って自らの家の奥へ引っ込んでいってしまった。
おかまいなく、との言葉が出そうになったが、せっかくだし頂いていこうか。と思い椅子へ座りなおし待つ。
「次はロノウェへ向かうのか?」
今まで黙っていたカグラがようやく口を開いた。
「あぁ、ここから馬車なら2日ってとこだな、そう聞いてくるってことは知っているのか」
「一度忍び込…いや入ったことがある、でも…そうか、ロノウェか……」
「なんだ、ずいぶんと濁すじゃねぇか、何か問題でもあるのか」
う〜ん、としかめっ面しながら考え込んでいる。忍び込んだってことは何かやらかしたのだろうか。
「いや、大丈夫。気にしないでおくれ」
「そーかい」
そう言われても気になるところではある、でもカグラが大丈夫というなら大丈夫なんだろ。昨日出会ったばかりのこの少女にそう思える、そんな自分が不思議で、でもけして嫌な感情じゃなくて、そんなこと考えてる自分が少し可笑しくて思わず笑みがこぼれていた。
そんなアイリスをカグラは胡散臭そうに見ていた。
「やぁやぁ、お待たせしました」
やがてボルトがグラスを3つ、薄く黄色の液体が揺れるそれを器用に持ってきてくれた。
カグラと共に礼を言いつつそれを受け取る。それにしても綺麗な色だ……。
「これは……林檎か」
色より先に香りを確かめていたカグラがそう言った。次いでアイリスも鼻を近付ける。
確かに林檎の甘く、薄く酸味のあるいい香りがしてきた。
「ほっほ、では、まずは良き商談にでも乾杯しますかな」
「私は良き出会いに……」
「ふふっ…」
3者とも微笑みながらグラスを軽く上げる。
「これは……」
「わぁ……おいしい……」
二人は同時に感嘆の息を漏らす。その反応にボルトは大満足といった風に微笑んでいた。
アイリスも林檎の酒は飲んだことはある、今飲んでいるのは今までのそれとは香りも味もけた違いに良いものだと思う。
「どうでしょうか、良い物でしょう?これは去年村に越してきた夫婦が作ってきたものでして、他所で酒造りを生業にしていたそうです」
「なるほど……素晴らしいです」
そう言うアイリスも頭には他に考えていることがあった。
これを新しい商売にできねぇだろうか?
その夫婦は去年村に入ったばかりだという、この山道だし入ってきた商人は少ないだろう…、それに支部へ新しい流通を持っていって商会への貸しするのも悪くない……問題はこれを商品にする気があるのかということだが。
「………」
カグラはアイリスが顔には出していないが、なにやら考え込んでいるのに気づいていた。もとより商売関係に関して言えば人間よりなど足元にも及ばない魔物、刑部狸である。当然アイリスが考えていることなど丸解りであった。
どれ、ちょっと手引きだけしてあげるか
「とっても美味しいですわね、アイリスさん」
「はぁ?……え、えぇ!それはとてもとても……」
なぁに動揺してんだよ……
「あのー、ボルトさん?このお酒は買い付けることはできませんの?」
「ほっほっほ、これは今年が豊作なおかげで出来た、ただの趣向品ですよ。先ほど言った夫婦は評判を聞いて張り切っておりましたがなぁ」
「まぁ、これ程いい物ですのに…少しもったいない気がしてしまいますわね…ねぇ、アイリスさん?」
そう言ってグラスを呷る。
ほら、聞きたかったことは分かったろ?後は自分でやりな♪
そんな意味を込めた視線を送ってやると、アイリスはやれやれといった風に一つ息を吐いた。
「ボルトさん、商談の話に戻ってしまって申し訳ないのですが……この林檎酒、貯蔵が十分でしたら是非少し分けていただきたいのです」
ふむ…といった感じに髭を撫でつつボルトは考えているようだ。
「もちろん、ロノウェの支部を通して地名込みでの売り込みを約束いたします」
「確かに、在庫はまぁ有るでしょう…村のも気に入ったようで自分達の取り分の林檎までこれに変えてくれと押しかけてましたから…」
新規で村入りした夫婦だ、少しでも役に立てればと奮闘したことだろう。
「投資という意味でも樽一つくらいは都合つくでしょうが…」
なるほど、もともとこれで新しい商売を始めようという気は村にもあったわけだ、今問題なのはその新しい投資を俺に任せてもいいものか…そういったものだろう。
そんな思考を感じ取ってか、再度カグラが口を開いた。
「ふふっ、私らはこの味をもう覚えてしまいましたもの、今さら諦めるなんて……出来るかしら、ね?」
と、そう言ってアイリスへ視線を向けた後、ボルトへと移した。
カグラはどんな表情をしているのか、アイリスからは見えなかったがボルトは参りましたと言わんような素振りで
「ふむ、よいでしょう。ではお一つお願いいたしましょうか」
「じゃ、じゃぁ……」
「えぇ、夕刻までに用意させますので、それからまたお越しください」
アイリスはテーブルに乗り出して握手を交わし、そして思い出したようにこう続けた。
「あ、これは出来たらでいいのですが……、売りものとは別に小樽でお一つ頂けませんか?」
「はて……?」
「?」
二人とも意図が読めないらしく不思議そうにしている
「ロノウェまで二日ですし……二人ならそれくらいで十分でしょう」
傍らの少女を撫でながらそう言うと、ぱぁっとカグラは笑顔を向けてくれた。
チラリと見ただけ、気恥ずかしさですぐ顔を逸らしてしまったアイリスはそれから半刻程後悔したのだった。
※※※
十分すぎる収穫を得たアイリスとカグラは、ひとまずボルト宅を離れ宿の確認へ来ていた。
村内で一つしかないという宿屋は、一階のエントランスが酒場のようになっている、よくあるつくりになっている、まだ日は高いというのに収穫の時期を終えた農夫たちの姿もちらほらと見えた
「そういや……」
そのすぐ隣、旅人用の馬小屋にコモンズを預け、そのまた隣の空いた場所に荷馬車を止めて、荷物整理をしていた大量に買い付けた林檎と樽を置くスペース確保のためだ。
「明日からはロノウェに向かうが、お前なにか都合が悪かったりするのか?」
さっきも聞いたが、せっかく連れといるのに無言で作業もどうなのかと思い再度聞いてみた。
「いやね、大したことじゃないんだけど…」
そう言ってカグラは自分の持ち込んだ荷に手を置いた。
あぁ、なるほど。とアイリスはなんとなく思ったがカグラの口からの答えを待った。
「ロノウェと言えばそこそこ教会の力が強い場所だろ?しかも王制もどきな制度もあるし、小さい国家みたいなもんだ、で…こいつはどうしようかな〜と考えてたわけよ」
「いや、わけよ…じゃなくてどうすんだよ。中身は知らんがそう言うってことは教会に見つかったら不味いもんなんだろ?」
「まぁ、なんとかなるから大丈夫だろ」
おいおいおいおい……流石に密輸入なんてのは勘弁してもらいたいんだが……。
などと考えたが
「ふふっ、なにもロノウェまで持ち込もうなんて考えちゃいないから心配しないでいいよ」
俺はそんなに考えていることが解りやすいのだろうか……。そう思う程この娘は人の考えを先読みしてくる。
「まぁ、面倒事にならないなら別にいいさ」
「む?」
少し不満っぽく言ったのが気に障ったのか、カグラはおいうちを仕掛けてきた。
「別に私のことはどうでもいいのよ、それより心配なのはアイリスの方だぜ?」
「……なにがだよ」
「この時期にロノウェに向かおうってんなら目的は豊穣祭だろ?パペール=カリアだっけ」
「そうだが……それがなんだ?」
収穫の季節を終え、来年の豊作を祈る祭り。
どの地方、国でも行う行事だがロノウェにて行われるパペール=カリアはここいらの国でも群を抜いて大きな祭りだ。
なんでも豊穣の女神様への祈りだそうで、その背景の物語を最終日に劇にして行うのだが、国中から選ばれた美女が女神の役を務めるらしく、それ見たさに周辺の国中からも人が集まってくるのだ。
「それなのに、あんたの積み荷は林檎だけだってのかい、稼ぎ時なんだろ?」
「あぁ……」
何かと思えばそんなことか。
カグラも商人なら稼ぎ時に稼がない俺はもどかしく見えるのだろう。
「それについてはなんの問題もないな」
「むっ?」
荷馬車の隅へ腰をおろし麻布をかぶせてある荷へ手をかける。
「俺にはこいつがあるからな」
布を取り、そこにある樽を見せる。カグラが抱えて運べる程度の大きさの樽は全部で5つあった。
「なんだ?それ」
「こいつはな、塩だ」
「……ほぅ」
内陸から離れれば離れる程、塩の値段は宝石並の価値になるという。そして人が生きるためには必要なものなので安定した高利益が得られるのでどこの商会でも扱っているものだが。
カグラは少し妙に思っていた。
この地方は流通が安定しているため、塩の専売などはやっていない。だからと言って盗賊などに狙われやすい商品No.1の塩をこんな若い商人に運ばせている商会は何を考えているのだろうか……。
この抜けたアイリスにそれほどまでに信頼されているのだろうか……?
「なんだ、人の顔ジロジロと……あげないぞ?」
「別にいらないわよ……」
カグラとしては気になるところだが、素直に引くことにした。
どうせこれから一緒に旅する仲なのだ、急ぐ必要もあるまい……。そんなこと思いながら立ち上がる。
「さ、そろそろ時間だ。アイリスも夕方までは暇だろ?ちょっと来なよ」
「お、おう」
そして手を差し伸べるとこの雄は少し赤くなりながら目線を逸らすのだった。
※※※
「おいおい…昼間っから酒でも飲むのか……?」
「なに言ってんのよ、日が沈んでからも飲むのよ」
カグラに手を引かれながら連れてこられたのは、すぐ隣の宿。
と、思ったらエントランスの酒場の方まで連れてこられた
「ちょっと座って待ってて」
そう言ってカウンターの方までてくてくと歩いて行ってしまった。
グラスを慣れた手つきで拭いている人物に話しかけているようだ、多分ここのマスターだろうか?カグラは楽しそうに笑っているがなにを話しているのだろうか…こうして離れてみると、あいつやっぱ小さいな…そんあこと考えながら2分ほどぼんやりとその姿を見ていた。
やがて二つのジョッキを持って帰ってきた。
「またせたわね」
「いいさ、何話してたんだ?」
「ん、まぁ…私は一日遅れちゃったからね」
ジョッキを一つ渡して席に着く。
「むこうはちゃんと着いたのか確認してたの」
「あぁ……あー、なんだ、すまなかったな……」
「だから良いって言ってるじゃないのさ……こっちの約束事なんて元々曖昧なものなんだから」
それでもやっぱり申し訳なく思ってしまうのは、アイリス悪いところか良いところか。
そうして何も言えなくなって、カグラの持ってきてくれた酒に逃げるのだが
「……っておい!これさっき飲んだやつじゃねぇか!」
「おぉともよ、主人に聞いてみたら扱ってるらしいからな、特別に出してもらったんだ」
「しかも、さっきお前の分まで買ってやっただろうがよ……」
「なぁにケチ臭いこと言ってんのよ、いい?お酒ってものはね、飲む場所で味も香りも変わってくるものなのよ」
ジョッキを持ち、ぐいぐいと飲んでいく。
「っぷぁ、それに名産ってものはその土地で飲み食いしてこそだろう?」
などといい笑顔で述べられたら、カグラに借金のあるアイリスにはなにも言えなくなるわけで……。
「あぁ……そうかい……」
そうぼやきながらアイリスもジョッキを傾けるのだった。
「それはそうと、お客さん?は今日もここに来るのか?」
「うん、大体この日にこの時間って言ってあるからねー」
「そんなんでいいのかよ……」
「いいんだよ、たまには……お?噂をすれば」
カグラの目線がアイリスからその背後にある入口へ移った。
つられて背後に目を向ける……。
すんげぇ美人がそこにいた。
背の高い女性だ、芸者風な衣で身を包んでいるがそれが身体の凹凸をより艶やかなものにしている。
まず目に入るのは真っ黒で艶やかな髪、それを高目で纏め上げている。
目にかかるか掛からないかの前髪の奥には切れ長で挑発的で冷たい眼差し、その瞳もやはり黒く輝いている。
口元を布で隠しているのでそれ以上の容姿は分からないがそれだけで美人だと解る、そういったオーラがあった。
「おーい、ツキー、こっちこっちー」
背後でカグラの声があがるということは、カグラの言っていたお客とは彼女なのだろうか?そう思いカグラの方を振り返ると
「とう」ベチッ
「あだっ……なにすんだよ」
「あんたが間抜けなツラしてるのが悪いのよ……」
なんだそりゃと言い返そうかとしていると
「お久しぶりですね、カグラ様、お元気そうでなによりです」
すぐ横上方から凛とした声が聞こえてきた。
「うん、ツキも元気そうだねぇ」
見上げてしまう、間近でみるとさらに凄い迫力だ。
美しい……、あまりジロジロと見ては失礼だと思いながらもとても目が離せそうにない。
ふいに、目があった。
そのときになってようやく自分もなにか挨拶しなければと思い立つのだが…
「それでカグラ様、この殿方はどなたでしょうか?」
「あぁ、それね……拾った」
「おい」
もう少しまともな紹介は無いのか……
「まぁ!カグラ様にもついに……」
感動したように彼女はアイリスの手を取る、その眼差しは先程の冷たいものではなく、どこか歓喜のようなものが見える眼差しだった。
「わたくし、名を月影と申します、どうぞツキとお呼びくださいまし」
「は、はぁ…アイリス・フォンローゼンと言います、よ、よろしく……」
身を乗り出してそう迫ってくる
恥ずかしさでつい目線を逸らしてしまう、こちらから見る分にはいいのだが、こんな美人に間近で迫られるとどうしたらいいか分からなくなってしまう。
カグラに状況を聞こうとすると、むっとした顔をしてらっしゃる。
なんだ?俺がなにしたってんだ?
そしてカグラは呆れたように一息ついて
「ほら、ツキなに興奮してんのよ、アイリスが困ってるじゃないか」
「あら、これは申し訳ありませんでしたわアイリス様」
パッと身を引く、ツキと名乗った美女は頭を下げた。
「あぁ、いえいえとんでもない、どうぞ座って下さい……それと私に様はいらないですから……」
「そうですか?…では、アイリスさんとお呼びいたしましょう」
そう言って席に座る。
「ふふっ、カグラ様……いい人を見つけたじゃありませんか」
「こいつは……そんなんじゃないよ」
そうやってそっけなく返すカグラをツキはニコニコしながら見つめていたのだった。
それからいろいろ話をした。
カグラの故郷の話、なんでもジパングという東の島国からやってきたらしい。アイリス国名だけは知っているがなにしろ遠い異国のこと、カグラの衣装と話から推測するに大陸とはかけ離れている独自の文化を持っているらしいことを。
「本当に大変だったんですよ?日が傾くまでカグラ様を待っていたのに……」
今ツキから語られているのは昨日のことだ。
「数分ごとに色んな男が言いよってきて……この村にそんなに人がいたのかって程だったんですよ!」
「いや、まぁ……悪かったって……」
「は、ははははは……」
そりゃぁこんな辺鄙な場所でこんな美人が一人で酒を飲んでいたら……と思ったがその原因の一端であるアイリスには愛想笑いを浮かべるのが精一杯だった。
「でもカグラ様が待ち合わせを違えるなんて、珍しいこともありますわね」
「ちょっとね……色々あってね」
商人にとって時間は金と同義だ。
時間があれば金が稼げて、金があれば時間が稼げる。
いくら知った仲での売買とはいえ、一日という貴重な時間を割いてくれたカグラには本当に申し訳なかったと思いつつ、改めて心の中で感謝をし直した。
「……たまにはそういった事情もありますでしょうし、いつも待たせてしまうのは私の方ですから良いんですけど。道中何か問題でもあったんですか?」
「いや、問題というか……」
チラリとアイリスを見てから
「昨日までは順調だったんだけどねー…」
「……あぁ、そういうことですか」
ツキまでこっちを見てニコニコしている。
今の会話だけで何かを察したのだろうか?というかなにを察したのだろうか……。
「え、な…なにか?」
「いいえ、なんでもありませんわ」
そしてツキはカグラの方へ向き直る。カグラまでバツの悪そうな顔をしているということはどういうことだろうか?
「それならそうと早く言ってくださればいいのに」
「なにがよ……」
こうして見ていると、カグラの方が立場的(なんの立場か知らないが)には上らしいが、お姉さんにやさしく諭されている妹のようにしか見えない。
実際見た目だけでいえばその通りなのだが
「なにかお手伝い出来ることがあるのでしたら、言ってくださらないと解りませんわ?」
「……あー、もう。わかったよ…ホント話が早くて助かりますよツキさんは〜」
なるほど、さっきからカグラが何か渋っているのを見抜いたってことか……仲良さげだったのになにを渋っているのか
「まぁ率直に言うと、私の荷物を預かっていてほしいんだよ」
「あら、それは商人をお辞めに……?」
「いや、そういうわけじゃない、しばらく……」
ここでアイリスへ視線を向ける。
「こいつと旅でもしようかと思ってね……あちこちで行商しているらしいからちょうどいいかなって思ったんだよ。それだけ!」
「カグラ様……」
向かってツキはなんとも形容しがたい……恍惚?感動?そんな顔をして、身を乗り出しカグラの手をギュッと握った。
「カグラ様も遂に…腰を落ち着ける場所を見つけたのですね……」
おぉぅ…今度は泣きはじめたぞこの人。そんな感動する場面があったか?
などと思っているアイリスに
「アイリス様!」
「はっ、はいぃ?!」
「カグラ様を……グズッ、よろしくお願いします……ズズッ
「えっと………はい?」
ちょっと急過ぎて意味が解らないんだが。とカグラへ助けを求めると、真っ赤な顔して俯いてるし、周りからの視線が痛いです……あと顔近いです……。
「さて!」
バッと勢いよく手を離し立ち上がるツキ。
「そうとなれば善は急げですカグラ様!お荷物はどこですか!」
「お、おう。こっちだ!」
次いでカグラも続いて立ち上がる。ホント目立つんで止めていただきたいんだけど……。
そしてそのまま酒場を出て行こうとする二人
「ほら、アイリスも行くよ!」
「早く来てくださいね!」
その言葉を残したままさっさと出て行ってしまった…。
「やれやれ……」
あいつには振りまわされっぱなしだな……と思いながら立ち上がる。そしてこれからも一緒の荷馬車で旅をしていくのだと気づいてからその思考を止めた。
そうしてカグラ達が出て行った方とは逆へ進む。
何故かって?あの二人、支払いもせず出ていっちまったじゃねぇか。
※※※
「本当にもう出るのかい?」
「えぇ……お二人のお邪魔してしまうのもなんですし」
その細身にはなんとも不釣り合いな大きな箱を背負っているが、半分隠されている表情からは疲労など微塵も感じられない。
「お城の、カグラ様のお部屋まで送り届ければよろしいのですよね」
「うん。欲しがってた物は勝手に持って行っていいし、道中腐っちまいそうな物は食べていいよ」
カグラと話していたツキだったが、不意にアイリスへ耳打ちするように顔を近付けた。
「なんですか?」
「ふふっ……季節が変わる頃には追いつきますので……なにかと大変とは思いますが、カグラ様のことよろしくお願いしますね……」
そう言って微笑んでいるのを見ると、まるで天使と見間違えたかと思い一瞬思考までが止まってしまう。それほどまでにツキには人間離れした美しさがあった
「………」グッ
「ってぇ!」
太ももをつねられた様な痛みが走って視界が戻ってきた。実際つねられたんだが。
「なんだよ!」
「……ふんっ」
「あらあら……どうやら心配はいらないみたいですね」
全くよくわからない奴だ……。
「ほら。もういいだろ、行くならさっさと行ってきなさい!」
「もぅ、わかりましたって……。ではまたお会いしましょうね、アイリスさん……」
そうして彼女は行ってしまった。
アイリスとカグラは下りの山道を、その不釣り合いな芸者姿が見えなくなるまでそこに立ち尽くしていた。
「ツキさん……絶対また近いうちに現れそうだな」
「そう言ってたのか?」
「季節が変わる頃には追いつくらしいぞ?」
「ふーん……そう」
「あのひと、ずいぶんお前に御執心だったじゃないか」
「長い付き合いだからね」
「そっか……」
「うん」
「…………」
「…………あのさ」
「ん?」
「ここまできてナンだけど……本当に付いて行っていいの?」
「…あれ?なんか昨日無理やり乗っ取られた記憶があるんだけど……」
「だから!本当に良いのかって……よく考えたら、凄い迷惑なことなんじゃないかな〜……とかさ」
「………っ、あっはははははっ。なんだよカグラ、急にしおらしくなっちまって」
「っう、うるさい!ホントに借金取り立てるぞ!」
「ふっ、そうそう、それそれ」
「え?」
「お前は俺の命を救ってくれたんだろ?そんな大恩人をほったらかしにしたら、組合長になに言われるかわかったもんじゃないからな」
「〜…こら、頭を撫でるなよ、髪が崩れるだろぉ」
「ふふっ、それでいいじゃないか暫くはさ……もうお前の荷も行っちまったし、こんなとこで置いて行く方が人類の為に心配だ」
「なんだよ、それ」
「そういう訳だからさ」
「……………」
「暫くは一緒に行こうぜ?」
「……………」
「実際、一人で行商ってのはメンタル的に結構きついんだ……旅は道連れって言葉もあるしな」
「そうだね」
「………ふぅ、まずは林檎貰いに行くか〜。そろそろいい時間だろ」
「ん、じゃぁ行こうか」
「面倒なことは後で考えればいいさ、そのあとは宿で……ちゃんとした自己紹介から始めようぜ?」
「ふふっ、そう言えばそうだったね」
「……」
「……」
「まぁ……なんだ、よろしく頼むよ」
「こちらこそ」
差し出された手は繋がれた。
だいぶ傾いてきた夕日で出来た影は一つに重なり合った。
12/06/19 03:38更新 / ダディクール
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