連載小説
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Prologue

それは突然の出来事だった。


大陸のとある山中、行商人であるアイリス・フォンローゼンは山の中を愛馬のコモンズの手綱を握り、荷馬車を進ませていた。
向かう先はべアリスという名の村だ。
山中村というには低所に存在しているため、馬車でも行けない場所ではない、それに名産である果実もありアイリスにとっては辛い道のりだが行く価値はある。
もう夏も終わる季節だし、山肌で育った林檎などは良い出来になっていることだろう。桃なんかの保存食などもあるかもしれない。
そんな期待に胸を膨らませながらの山中、運の悪いことに突然の悪天候に当たってしまった。
道はまだ半分ほど、あまり距離は無いとはいえ馬車でも山登りである、ただでさえ危険だし天候を読もうにも上空は木々によって塞がれている。
本来ならここでふもとまで戻り天気が落ち着いてから先を行くのが得策であり、正しい事なのだが、このアイリス・フォンローゼンは行商を始めてからまだ一年ほどしか経っておらず、それゆえの間違った判断で先を進んでいた。

剛雷。
アイリスの運が悪かったのか、知識が浅かったのが原因か、近くの木に雷が落ちたらしい。それに驚いたコモンズがちょっとした錯乱、それによりバランスを崩したに揺られたアイリスが業者台から滑り落ちてしまった、それが左側……つまり山のくだりの方向だった。

 ズサ――――
と荒く整理のされていない山肌を滑り落ちる。

「うわぁあああああっ、ぁあああ」

身体のあちこちを木々に岩にぶつけながら滑り落ちていく。
そして50mほどだろうか、少し開けた場所でようやく止まったアイリスはまさに満身創痍といった様子でボロボロの状態だった。

「ぐっ……うぅ……」

これは、しくじったなぁ……。
最悪を避けるため頭部をかばっていたため上半身は動かせる状態ではないが、なんとか大事には至らなかったようだが……。
これは……

「つ、ぅあ……」

足、右足は……折れてんなぁ、それに腹か、くそっ……裂けてやがる。
鋭い枝でもあったのだろうか、アイリスの左の横腹は服ごと切れていた。そこからは止めどなく血が流れだしている、傷自体も大きく加えてここは雨の降る山の中、本人も動ける状態ではないし助けも望めない。

こりゃ……死んだかな

絶望的な状態の中アイリスの意識も遠くなっていく。

全く……やっぱこんな世界……つまらね…な……

「…………」
「…………」
「どーしよっか…これ」




※※※




ぴちょん

「ん……」

鼻頭に落ちてきた冷たい雫で目を覚ました。

「ここ、は?」

岩の…天井、洞穴か何かだろうか?なんだってこんなところに?
現状が理解できず、とりあえず身体を起こすが、

「っ……つぅ〜」

全身を激痛が襲い戻った意識も飛びそうになるが、なんとか上体だけ起こし、体を確認する。

「これは……」

腹に包帯?なにが……っ。
そうだ、俺は確か……馬車からっ

「助かった、んだよな」

手当をしてある、おそらく自分が意識を失ってから誰かが通りがかり処置を施してくれたのだろう。
本当に良かった、助かった。

「一体、誰が?」

辺りはしけった洞穴、今気づいたが上半身は裸で腹周りは包帯が巻かれており、藁のベッドに葉っぱの布団……ずいぶんとまぁ、野性的だ。
足も動くし腕も動く、痛いことには変わりないが、折れたように感じたのだが気のせいだったようだ。

「とりあえず外に出よう、助けてくれた人はまだそばにいるだろうか?」

まずはお礼が言いたい、命の恩人だからな。
まずは外に出よう、そう思いなんとか立ち上がる。
ん、明るいな……太陽は真上にあるようだが、今は昼か?最後に覚えているのも同じ時間帯だし、丸一日寝ていたのか?最低でも。

「……喉が渇いた」

水場は無いだろうかとあたりを見渡してみる、が

「無さそうだな」

兎に角限界だ、少し周辺を散策してみるか。
手当てしてくれた人も近くにいるかもしれないしな。

ガサ、ガサガサ

「ふむ、思ったほど重い傷じゃなかったのかな」

まだ5分ほど歩いただけだが、痛みは我慢できる程度のもの。
一番重症の思えた腹部の傷の痛みも、まぁ無くは無いが歩ける程度のものだ。

「まぁ何にせよ、まずは水場だ……おっ?この音は」

少し下ったところでその音は聞こえてきた。
水の流れる音がする、川だろうか?
なんにせよよかった、衛生面は少し心配だがこの際言ってられない。
駆け出す、木々の隙間にキラキラと輝き流れる水が見えた。

ガサガサガサ
「川だ!やった」

バシャ、バシャバシャ
ズボンが濡れることは構わず川に入る、冷たくてとても気持ちいい。
もともと暫くぶりの水浴びだ、このまま体の汚れも落としてしまおうか。

「おい」

ごく、ごく、ごく。
はぁ……うまい。生き返るようだ……。

「おいってば」
「ぁん?」

……………はぁ?
な、ななななんだこれ。

「〜〜〜〜〜〜っ」
「え、え〜……っと」

ちょっと状況を整理しようか。
川へ水を飲みに来たら裸の女の子が水浴びをしていた。もう一度、『裸の美少女』が水浴びをしていた。
……OK、どーってことは無いただの日常の光景だ、何の問題もない。
右手で下半身の、左手で上半身の恥ずかしい場所を隠し、くねるように身体をよじらしている様はなんていうか……ものすごく魅力的で、水面に反射する光を受ける華奢で小柄ながらも整ったプロポーションは可愛く、美しく……俺は、魅入ってしまっていた。

「あ、あまり……見るなよ……」
「あっご、ごめん……なさい」
「むぅ………」

どうしたらいいんだ!?目の前で美女が水浴び中、後から来たのが俺ということは、つまり……のぞき?いやいや不可抗力だよな?避けられない事故だったんだよ。
それにしても綺麗な人、だなぁ……なんというか、凄い整ってるというか控え目ながらも張りのありそうな胸、腰から太ももにかけての素晴らしい曲線美、形のいいお尻からはえる濡れながらも綺麗な尻尾…………え?尻尾…?

「……………」
「〜〜〜〜〜〜〜〜っ」

次第に赤くなっていく顔から目が離せない、逸らそうという意思はあるんだがそれを実行に移すのは難しそうだ。

頭上に生茂る木々の隙間、木漏れ日を浴びて輝く水面で、俺たちは出会った。
まぁ、ファーストコンタクトとしては最悪だけどな…




※※※




「いって〜……」
「ふんっ」

場所は変わって再び山道。
アイリスは腫れた頬をさすりながら先導する獣娘を追っていた。
この少女、川でついに我慢の限界に達したらしく「みるなっつてんだろ!」と石を持って襲いかかってきた。
それをアイリスは慌てて避けるが、その隙に距離を詰められて思い切りのビンタときたもんだ、この少女…中々できる!?と思いながらふっ飛ばされた次第だ。

「おい、ホントに無事なんだろうな?俺の荷物は」

それから最初に目覚めた洞穴まで戻り、少し事情を聞いた。
どうやらこの少女、カグラと名乗ったこの獣娘こそがアイリスを助けてくれた人物らしいが、初対面が最悪だった故にこうして碌に礼も言えないまま、ギスギスしていた。

「大丈夫よ、馬も荷物も無事、いいから黙ってついてらっしゃい」

そう、そっけなく言い再びさっさと進んでしまう。
どうやらアイリスは一晩ずっと眠っていたらしい、そこそこに看病してくれていたらしいし、それに加えて定期的に荷物まで確認しに行ってくれたのなら感謝してもし足りない。

くそ、そんなそっけない態度だとうまく礼が言えないじゃないか……

そして少し進むと舗装された道に出た。
その道のすぐ先に見慣れた荷馬車と相棒のコモンズが見える。

「コモンズッ」
「あ、ちょっと……」

よかった、怪我もないようだし少し興奮しているが問題なさそうだ、そう思いながら相棒を撫でる、そうして落ち着いたところでアイリス振り返り…

「ありがとう、ホントに…ありがとう」

ようやく心からの感謝が言えた。

「………いいよ、別に」

そっけなく、カグラは答えてくれた。


※※※


「えっと、カグラでいいんだよな?」
「確かそう名乗った気がするけどね」

一通り荷の確認を済ませてからアイリスは空腹を思い出し、少しでもお礼にとカグラも交えての昼食、荷台から折り畳みの椅子を出し、手持ちの売買目的ではない最高のブドウ酒を振る舞い、ついでに干し肉、デザートに干し果物。
現時点で出せる最高のもてなしだ。

「ふふっ、これは御馳走だな」

カグラもそれを理解してか、面白そうに、だけどそっけなくブドウ酒を呷る。
アイリスは体面の地べたに座りながら

「まずは礼だ、感謝してもし足りない、ありがとう」

そう言って深く頭を下げる。

「それはさっき聞いたよ、助けたのだって私のただの気まぐれ、別に感謝はいらないよ」
「そ、そうか……」

この少女、カグラ……まぁ見るからにやっぱり怪しい。
どうしたって目を引くのが耳、それから尻尾、どちらも作りものでない証拠にピクピクと、フラフラと動いている……アイリスには今までそれほど接点が無かったが、魔物というやつだろうか……それに服装だってこの地域の物ではない、どこか異国…それもアイリスが今まで行ったことのないような遠い異国のものだろう、加えてどこか自分と同じ行商人の服の特徴も見られるし、今はカグラの傍らに置いてある荷物箱もどう見たってこの華奢な少女には不釣り合いなほど大きい、布で覆ってあり中身までは解らないが……魔物の行商人、一体どんな物を扱っているのだろうか?

「……さっきも言わなかったか?あまりジロジロ見るなって」
「あっ…と、ごめんなさい」

キッと睨まれてしまった。
それにしたってさっきの川と態度が違いすぎやしないか?

「まぁお察しの通り、私は妖怪…こっちでは魔物っての言い回しらしいね」
「……魔物、ねぇ」
「ん?そんなに珍しいものでもないだろ」
「そうだけど、いままで接点が無かったからな」
「あら、そう」

改めてジロジロとまでは行かないように、目の前の少女を観察する。
魔物って言われてもねぇ、耳と尻尾以外は人間と何も変わらない……いや、人間では滅多にいないお目にかかれない容姿をしておられるか……。

「それとお察しの通り、私も商人だ、これをべアリスの村までさばきに行く途中でね」
「そう、か……ん?それならなんで山道なんかにいたんだ?」
「お前さん、アイリスだっけか、本当に魔物のことなにも知らないんだな、私を前にしてそんなに堂々としているのも無知ゆえか……」

なにやら少し馬鹿にされたような気がする、しょうがないじゃないか育った街は権力は教会が握っている反魔物領だったし、商業組合の連中だって魔物をよく思っていなかったし……。

「それなら親魔物領以外での私たちの酷評だって知っているだろうに……べアリスは教会には属していない村だけど参道を進む道に検問があったろ?あぁ言うのは大抵どっかで教会に繋がってるものだからね、それを避けて山から入って行ったのさ」
「そうか、大変なんだな」
「お気楽だねアイリス、今私と喋っているのだってその手の連中に見つかったら禁固刑だって言うのに……」

ブドウ酒をちびちびと飲み、呆れながらカグラは目を伏せて笑っていた。

「そんなこと言ってもさ、命の恩人だからね、無下には出来ないよ」

そう言うとカグラはアイリスの顔をジッと見ながら

「ふーん」

そうそっけなく顔を逸らした。
そうして干し肉を噛み千切りながら

「で?私は自己紹介したって言うのにアイリス、私は君の名前だけしか知らないんだけど?」
「あぁ、そうだね」

そう言われてもなにを話したらいいか……

「まずは名前かな、アイリス・フォンローゼンです、どうぞよろしく」

立ち上がりワザとらしく大振りで跪く、従者のような素振りでそう名乗った。

「はるか南のキューエルに本部を構えるフローラ商業組合に所属しています、見ての通りのしがない行商人でございます」

「……新人、が抜けてるわよ行商人さん」
「うっ……」

なぜ解ったし……

「ふふっ…まぁいいでしょ、さぁ自己紹介もすんだことだし、代金のお話に移りましょうか」
「?…代金?あぁ…治療費ってことか、まぁ当然だな幾らだ?」
「そうねー、あなたがわざわざ妖怪に振る舞ってくれた神様の血に免じて最低相場でいいかな」

コップを揺らしながら……なんとも悪い笑みを浮かべていらっしゃる……

「そんな見ての通り大した怪我でもなかったんだから、そんな……」
「………は?」
「えっ?」

代金ってこの包帯とか一晩の手間賃みたいなものだよな?あれ?なんか怒ってらっしゃる……?

「ねぇ、アイリス?あなた私が見つけた時どんな状態だったのか覚えていないの?」
「どんな状態って……」

ドクンッ
まさか……
服を捲り上げ包帯を取っていく。
そして……

「そんな……」

そして見えた脇腹、そこには塞がって入るけど以前には無かった傷が大きく一文字に残っていた。

「これって、どういう事だ……」

カグラをみると彼女はニヤニヤとしながら一つの小瓶を見せつけるように振っていた。

「エリクシール、傷を癒す魔法薬としては最高のものさ……まぁこれを使わなきゃアイリス、君死んでたよ?」
「っ……」

マジ…かよ……
マジなんだろうな、確かにあのとき俺は死を覚悟するほどの怪我を負った、なんであの痛みを今まで忘れていたのか……

「そう警戒しなさんな、別に魔法薬って言っても副作用なんかないよ」
「そ、そう……」

別にそんなことを気にしているわけではないのだが
けらけらと笑いながら相変わらず悪そうな笑みを浮かべている。

「でーもっ、たっかいぜぇ?」

ゴクリッ

「幾らだ……?」

カグラの言った代金というのを理解し、覚悟を決めて聞いた。

「ざっと金貨100枚ってところかね……」
「!!? 金貨100枚!?そんなの払えるわけないだろ!!」

大体銀貨1枚で3日は暮らせる、その銀貨が50枚で金貨1枚だ……それを100枚、ばかげた値段にも程があるだろ!
それを提示してきた本人は面白おかしそうに笑い転げているし。

「じょ、冗談……だよな?」
「ひひっ、冗談なもんかい…市場じゃぁこの2倍3倍したっておかしくは無いんだぞ?これ……あっはっはははは」
「そ、そんな……」

嘘をついてる様子じゃないな、出会ったばかりだが何となくそう思った。
じゃぁ何か?俺は、今日出会ったこの命の恩人、しかも魔物に金貨100枚の借金を作ったってことか……?

「あっははっはは……そんなに落ち込まないでおくれよ、案外可愛いところもあるんだな」
「そんなこと言っても金貨100枚だぞ!?半人前の行商人にそんなのが払えるわけないだろうが!」
「解ってるさ、ふふっ…解ってるって」

そう言ってカグラは立ち上がり荷馬車へ向かった。

「お、おい……その中見たって返すあてになるものなんか無いぞ?」

そんな言葉も聞かずカグラは荷の積んである車に乗り込んでいった。

「おいってば……」
「あらまぁ、案外広いのね……ふむ、やっぱりこれなら……」

一体なんだって言うんだ?
四方と天井を布で覆い隠した荷台は、太陽がある時は程よく光を透過して明るくなるように設計されている自慢の荷台だ。
だが別に商品以外にめぼしいものは無いはずだが……
うん、と一人で納得して降りてきたカグラはあろうことかこんなことを言い出した。

「中々いい馬車ね、これから住み心地がよさそうだわ」
「………は?」

“これから住み心地がよさそうだわ”
ふむ、まぁ確かに住み心地は最高だ、俺が保証しよう……え?

「なに呆けているの?アイリス、さっさと私の荷物持ってきなさい」
「ちょ、それ、どういう……」
「私もそろそろ足が欲しくてね、いい機会だからね、ちょっと痛手だったかなーとは思うけどまぁ、怨むんならあんな日に山道を馬車で登ろうとした自分の未熟さを怨みなさい」

全く意地の悪い顔をする娘だ。
あー……OK、言わんとしてることは大体わかった。

「はぁ……で?いつまでだ?」

半ばあきらめ顔でそう聞くと目の前の少女は悪そうな笑みで、それでいて楽しそうな笑みでこう言ったんだ。

「そんなの、私が“もういい”って言うまでよ♪」






かくして不幸にも一晩で借金男になったアイリス・フォンローゼン。
幸か不幸か思わぬ出費と引き換えに召使を手に入れたキョウリ・カグラ。

別に世界を救うわけでもなければ、後世に残ることを成し遂げるわけでもない、そんな旅の始まり、幸せへと向かう旅路だ。

最初は山肌にある名産の林檎がおいしいべリアル村。




12/03/30 04:21更新 / ダディクール
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■作者メッセージ
続くかどうかは未定。


感想などありましたら待ってます。

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