the age of 19' 〜裏でうごめく者たち〜
時間は少しさかのぼる。
レイスとエジェレがMake Loveしていたころ、同じ屋根の下での出来事。
* * * *
「ねーシベル、何かしたー? ドア越しじゃ何も聞こえないんだけど〜」
少し前にエジェレの部屋の方へ消えていったクチナが、不満げな顔で戻ってきた。
「やはり出歯亀か……。どうせ行くと思ってな、魔法で封鎖しておいた」
「なんてことしたのよ〜! あの、隙間から漏れ聞こえるピンク空間がイイんじゃないの〜!」
久しぶりに杖でめった打ちにしてやろうか。
いったい何が嬉しくて我が子の密事を覗かねばならないんだ。
というか、そもそもの問題として。
「……本当にうまくいくのか?」
「きっと大丈夫よ。薬は飲ませたんでしょ?」
「まあな」
私は手にした小瓶を持ち上げ、軽く振って見せる。
レイス君に出した紅茶には、この小瓶の中身、赤い錠剤を溶かしておいた。
あの茶葉は滅多に飲まないのだが、匂いが強いことや色が紅いことは、コレを溶かすにはうってつけだった。
ジャオさんからもらった説明書によれば、人魚およびにサキュバスの血、エキドナの抜け殻、ドラゴンの鱗の粉末など、名だたる貴重な材料からできた薬らしい。
その効果も凄まじく、身体強化、寿命延長、精力増強に精質上昇、とある。
――また、買った店の店主からジャオさんが聞いた話によると、副次的な効果として『飲むと自分の気持ちに素直になれる』だそうだ。
「……本当なら、こういったものに頼りたくはないのだがな」
「そりゃそうだろうが、しゃーねーぜ。いつまでもウジウジしてるレイスの奴が悪ぃんだ、っつーことにしときな」
「はあ……」
私のつぶやきに、テーブルを挟んだ斜向かいに座るジャオさんが答えた。
一応は隣人なのだが、普段からずっと外出中のこの人とはほとんど交流がない。
そのうえクチナ同様の変人なものだから、未だに気後れというか、慣れない。
私にとっての男性像はトーマスが基本なのに、この人はまったく違うタイプだし。
「だいたい、それは『素直になる』だけで、無理矢理サセるわけじゃないわよ♪」
「だな。興奮作用とか媚薬とか、そういう効果はわざとつけなかった、って店主は言ってたぜ」
それが、私がこの計画に乗った理由の一つ。
この薬はあくまでも服用した者の『本心』を増幅するもの。
つまり、レイス君の行動は彼自身の意思に基づく。
それなら、発情期にも堪えて彼の自由意思を尊重してきたエジェレも納得できると思った。
……いや、所詮それも自分を正当化するための言い訳。
結局、私もあの二人に早く一緒になって欲しいだけなのだ。
「でもよ……ヤらねぇと死ぬとまで言われて見殺しにしたら、俺ぁアイツを殴り飛ばすぜ」
「そうよねぇ。もともと、体調を崩したエジェレちゃんの看病に行かせれば、イイ雰囲気になって勝手にスると思ったんだけど……」
そこで、クチナは私のほうを見た。
その表情は、これまでにもたびたび見せた真剣なそれだった。
というかこの二人、先程の私とレイス君とのやり取りを聞いていたのか。
「ねぇシベル、さっきの話、どこまで本当なの? エジェレちゃんが具合悪いのは、私が渡した魔力減衰薬のせい? それとも……」
クチナが切羽詰まった表情、なのに私には余裕がある。
それがどこか可笑しかった。
今までそんなことは一度も無かったからな。
「まあ、半分は本当だな」
深刻そうな演技をするのも面白そうだったが、それはあまりに意地が悪いのでやめておいた。
心の余裕そのままの、気楽な声が口から出て来る。
「あの子の魔力容量が少ないのと、魔力を作る能力が普通より弱いのは、本当だ」
「それだけでもうかなり危ないと思うぜ? いいのか?」
ジャオさんもまた、クチナと同じく真剣な様子。
性格は違ってもやはり親子、ということなのだろう。
その表情は、私が話をしたときのレイス君にどこか似ていた。
「大丈夫。精を補給する薬を飲んでいるのも本当だが、効かなくなったなんてことはない。今あの子の調子が悪いのは、間違いなく減衰薬の効果だ」
嘘をつくのが苦手というわけではないが、やはり気持ちのいいことではないし、きまりが悪い。
ごまかすように紅茶のカップをとり、一口すする。
と、クチナがジト目(珍しい)を向けてきた。
まったく、本当にいつもと立場が逆転しているな。
「本当に?」
「本当だ」
「本当の本当に?」
「しつこいぞ」
「なーんだ。まったく、けっこう本気で心配したじゃないの」
クチナは背もたれに体を預け、ん〜、と手を上へ伸ばす。
「でも、なら何の問題もなさそうね?」
「レイス君が手を出さない、ということがなければな」
「それはないわよ。レイスだってエジェレちゃんを助けたいでしょうし、いなくなっちゃったら困るもの」
「困る? レイス君がか?」
私の質問に、クチナは笑顔は笑顔でも、少し寂しそうに眉を下げた笑顔で頷いた。
「今日の朝ね。私が朝ごはん作ったんだけど、レイスはやっぱりなんか違和感あったみたい」
「あー、そういや難しい顔して朝メシ食ってたな、アイツ」
「でしょ?」
いや、そっちだけで納得されても。
「……つまり、どういうことだ?」
「少なくとも朝は、エジェレちゃんの料理じゃないとダメな味覚になっちゃってる、ってこと」
ああ、なるほどな。
「もうレイスはエジェレちゃんの料理でしか満足できない……つまり! "エジェレの♪愛情料理でレイスの胃袋わしづかみ計画☆”は成功していたのよ!!」
「「な、なんだってー!?」」
何故だかわからないが、無性に叫ばなければならないような気がした。
ジャオさんも全く同じように叫んでいたので、たぶんこれでよかったのだろう。
「というかあの料理作戦、そんな名前がついてたのか?」
「え、何かダメなところあった?」
「……いや、別に……」
もはや何も言うまい。
「ちなみに、作戦名は原案エジェレちゃんで私監修よ♪」
「いや、聞いてない。というか聞かずともわかる」
時間は流れ、外は暗くなり始める頃。
夕飯の準備でもしようかと思っていると、何の前触れも脈絡もなく、突然クチナが衝撃の一言を漏らした。
「二人の初夜、見るの楽しみねぇ……」
「…………は?」
今、あの部屋は私が魔法で封鎖している。
外界からは完全に隔離されているから、出入りはおろか覗きや盗み聞きも一切できないようになっているし、クチナもそれは身をもって体験したはずだ。
いくらクチナが常識はずれとはいえ、まさか異次元の壁を越えるなんて……
「うっふふふふぅ、なにも直接見る必要はないのよ? こんなこともあろうかと、昨日のうちに魔法球を仕掛けておいたから♪」
「……なん……だと……?」
魔法球。
それは、手の平サイズのガラス玉に魔力を込めたもの。
主に 音 声 ・ 画 像 の 記 録 に用いられる媒体。
最近では長時間録画やタイマーなど、機能の発達が進んでいるらしい。
そして、そんなものを『仕掛ける』と言うのは、それはつまり――
「これぞ必殺、隠し撮りぃ! ああ、この日のために何度エジェレちゃんの部屋に忍び込んでベストなポイントを探したか……」
・・・。
「貴様ああああああああああ!!!」
隠し撮りだと!? 立ち聞きの比ではないぞこの阿呆!!
今日という今日は頭に来た! この女本当に全力で修正してやるっ!!
私は杖を振るい――
「「あ」」
異口同音。私とクチナ、二つの口からまったく同じタイミングで声が出る。
殴るつもりで振り上げた杖から、気がついたら魔法を放っていた。
飛んでいったのは我らアヌビスの十八番、私もかつて頻繁に使っていた、あの呪い。
光がクチナへ向けて飛んでいき、彼女はかわすこともできずに当たる。
それと同時に、私の視界は白一色に染まった。
「っ……」
閃光が消え、恐る恐る目を開ける。と、そこには一体のマミーがいた。
全身を包帯で覆われてはいるが、その波打った茶色い髪も、服の上からわかる程度に大きな胸も、よく見知った彼女のそれだった。
「アー……」
意味のない呻き声、というか音。
その目にはクチナらしい少女のような輝きはなく、ただ精への渇望だけがあった。
「ウアァ……オトコ、オトコ……オトコ!!」
「あ、ヤベェ」
クチナはくるりと周りを見回し、ジャオさんの姿を認めると声を強めた。
マ ズ イ 。
その瞬間、私はこの後の展開を察知した。
このままでは我が家のリビングがピンク色に染まる。
「オトコォォオ!!」
「うおあぁぁぁ!?」
飢えた淫獣と化したクチナがジャオさんに飛び付き、押し倒す。
名の知れた冒険者である彼なら力ずくで引きはがせそうなものだが、妻相手では全力が出せないのだろう。
遠慮がちな抵抗では効果はなく、ジャオさんの服が剥かれていく。
「くっ……間に合え!」
頭の中で術式を構成し、杖に魔力を込める。
今にもコトが始まりそうな二人の足元に、魔法陣が浮かび上がる。
「オトコオォォ……」
「どわああぁぁ……」
それが光を放つと同時、二人の姿は部屋から跡形もなく消え失せた。
「……ふぅ。久しぶりに使ったが、上手くいったようだな」
かつて遺跡にいた頃、中から侵入者を運び出すのによく使っていた、転移魔法。
飛ばした先は、(私の術に不備が無ければ)隣家にある夫婦の寝室。
ウチのリビングで行為に及ばせるわけにはいかないからな。
「はあぁ……」
ああ、やってしまった……。
魔物になりたてだ、魔力が足りない分を何としてでも補おうとするだろう。
すみません、ジャオさん。頑張って下さい。
それにあんなのでも母親だ、レイス君にも謝らないとな。
ただ、なんだろうか。クチナ本人には謝りたくない。謝ったら負けな気がする。
後で魔法球の隠し場所を吐かせて処分しなければ。
「っ、と」
足元がふらつき、杖をついた。
今日は久しぶりに魔法を多用したからだろうか。
少し休んで魔力を回復させ――
「……あ」
ふと目に入ったのは、テーブルの上の薬瓶。
寿命延長、精力増強、精質上昇……か。
エジェレは、今ごろ部屋でレイス君と。
クチナは、家でジャオさんを襲っている。
……
………
……うん。いいよ、な?
「……私も」
私は瓶を手にとり、トーマスを閉じ込めている納屋へと歩き出した。
レイスとエジェレがMake Loveしていたころ、同じ屋根の下での出来事。
* * * *
「ねーシベル、何かしたー? ドア越しじゃ何も聞こえないんだけど〜」
少し前にエジェレの部屋の方へ消えていったクチナが、不満げな顔で戻ってきた。
「やはり出歯亀か……。どうせ行くと思ってな、魔法で封鎖しておいた」
「なんてことしたのよ〜! あの、隙間から漏れ聞こえるピンク空間がイイんじゃないの〜!」
久しぶりに杖でめった打ちにしてやろうか。
いったい何が嬉しくて我が子の密事を覗かねばならないんだ。
というか、そもそもの問題として。
「……本当にうまくいくのか?」
「きっと大丈夫よ。薬は飲ませたんでしょ?」
「まあな」
私は手にした小瓶を持ち上げ、軽く振って見せる。
レイス君に出した紅茶には、この小瓶の中身、赤い錠剤を溶かしておいた。
あの茶葉は滅多に飲まないのだが、匂いが強いことや色が紅いことは、コレを溶かすにはうってつけだった。
ジャオさんからもらった説明書によれば、人魚およびにサキュバスの血、エキドナの抜け殻、ドラゴンの鱗の粉末など、名だたる貴重な材料からできた薬らしい。
その効果も凄まじく、身体強化、寿命延長、精力増強に精質上昇、とある。
――また、買った店の店主からジャオさんが聞いた話によると、副次的な効果として『飲むと自分の気持ちに素直になれる』だそうだ。
「……本当なら、こういったものに頼りたくはないのだがな」
「そりゃそうだろうが、しゃーねーぜ。いつまでもウジウジしてるレイスの奴が悪ぃんだ、っつーことにしときな」
「はあ……」
私のつぶやきに、テーブルを挟んだ斜向かいに座るジャオさんが答えた。
一応は隣人なのだが、普段からずっと外出中のこの人とはほとんど交流がない。
そのうえクチナ同様の変人なものだから、未だに気後れというか、慣れない。
私にとっての男性像はトーマスが基本なのに、この人はまったく違うタイプだし。
「だいたい、それは『素直になる』だけで、無理矢理サセるわけじゃないわよ♪」
「だな。興奮作用とか媚薬とか、そういう効果はわざとつけなかった、って店主は言ってたぜ」
それが、私がこの計画に乗った理由の一つ。
この薬はあくまでも服用した者の『本心』を増幅するもの。
つまり、レイス君の行動は彼自身の意思に基づく。
それなら、発情期にも堪えて彼の自由意思を尊重してきたエジェレも納得できると思った。
……いや、所詮それも自分を正当化するための言い訳。
結局、私もあの二人に早く一緒になって欲しいだけなのだ。
「でもよ……ヤらねぇと死ぬとまで言われて見殺しにしたら、俺ぁアイツを殴り飛ばすぜ」
「そうよねぇ。もともと、体調を崩したエジェレちゃんの看病に行かせれば、イイ雰囲気になって勝手にスると思ったんだけど……」
そこで、クチナは私のほうを見た。
その表情は、これまでにもたびたび見せた真剣なそれだった。
というかこの二人、先程の私とレイス君とのやり取りを聞いていたのか。
「ねぇシベル、さっきの話、どこまで本当なの? エジェレちゃんが具合悪いのは、私が渡した魔力減衰薬のせい? それとも……」
クチナが切羽詰まった表情、なのに私には余裕がある。
それがどこか可笑しかった。
今までそんなことは一度も無かったからな。
「まあ、半分は本当だな」
深刻そうな演技をするのも面白そうだったが、それはあまりに意地が悪いのでやめておいた。
心の余裕そのままの、気楽な声が口から出て来る。
「あの子の魔力容量が少ないのと、魔力を作る能力が普通より弱いのは、本当だ」
「それだけでもうかなり危ないと思うぜ? いいのか?」
ジャオさんもまた、クチナと同じく真剣な様子。
性格は違ってもやはり親子、ということなのだろう。
その表情は、私が話をしたときのレイス君にどこか似ていた。
「大丈夫。精を補給する薬を飲んでいるのも本当だが、効かなくなったなんてことはない。今あの子の調子が悪いのは、間違いなく減衰薬の効果だ」
嘘をつくのが苦手というわけではないが、やはり気持ちのいいことではないし、きまりが悪い。
ごまかすように紅茶のカップをとり、一口すする。
と、クチナがジト目(珍しい)を向けてきた。
まったく、本当にいつもと立場が逆転しているな。
「本当に?」
「本当だ」
「本当の本当に?」
「しつこいぞ」
「なーんだ。まったく、けっこう本気で心配したじゃないの」
クチナは背もたれに体を預け、ん〜、と手を上へ伸ばす。
「でも、なら何の問題もなさそうね?」
「レイス君が手を出さない、ということがなければな」
「それはないわよ。レイスだってエジェレちゃんを助けたいでしょうし、いなくなっちゃったら困るもの」
「困る? レイス君がか?」
私の質問に、クチナは笑顔は笑顔でも、少し寂しそうに眉を下げた笑顔で頷いた。
「今日の朝ね。私が朝ごはん作ったんだけど、レイスはやっぱりなんか違和感あったみたい」
「あー、そういや難しい顔して朝メシ食ってたな、アイツ」
「でしょ?」
いや、そっちだけで納得されても。
「……つまり、どういうことだ?」
「少なくとも朝は、エジェレちゃんの料理じゃないとダメな味覚になっちゃってる、ってこと」
ああ、なるほどな。
「もうレイスはエジェレちゃんの料理でしか満足できない……つまり! "エジェレの♪愛情料理でレイスの胃袋わしづかみ計画☆”は成功していたのよ!!」
「「な、なんだってー!?」」
何故だかわからないが、無性に叫ばなければならないような気がした。
ジャオさんも全く同じように叫んでいたので、たぶんこれでよかったのだろう。
「というかあの料理作戦、そんな名前がついてたのか?」
「え、何かダメなところあった?」
「……いや、別に……」
もはや何も言うまい。
「ちなみに、作戦名は原案エジェレちゃんで私監修よ♪」
「いや、聞いてない。というか聞かずともわかる」
時間は流れ、外は暗くなり始める頃。
夕飯の準備でもしようかと思っていると、何の前触れも脈絡もなく、突然クチナが衝撃の一言を漏らした。
「二人の初夜、見るの楽しみねぇ……」
「…………は?」
今、あの部屋は私が魔法で封鎖している。
外界からは完全に隔離されているから、出入りはおろか覗きや盗み聞きも一切できないようになっているし、クチナもそれは身をもって体験したはずだ。
いくらクチナが常識はずれとはいえ、まさか異次元の壁を越えるなんて……
「うっふふふふぅ、なにも直接見る必要はないのよ? こんなこともあろうかと、昨日のうちに魔法球を仕掛けておいたから♪」
「……なん……だと……?」
魔法球。
それは、手の平サイズのガラス玉に魔力を込めたもの。
主に 音 声 ・ 画 像 の 記 録 に用いられる媒体。
最近では長時間録画やタイマーなど、機能の発達が進んでいるらしい。
そして、そんなものを『仕掛ける』と言うのは、それはつまり――
「これぞ必殺、隠し撮りぃ! ああ、この日のために何度エジェレちゃんの部屋に忍び込んでベストなポイントを探したか……」
・・・。
「貴様ああああああああああ!!!」
隠し撮りだと!? 立ち聞きの比ではないぞこの阿呆!!
今日という今日は頭に来た! この女本当に全力で修正してやるっ!!
私は杖を振るい――
「「あ」」
異口同音。私とクチナ、二つの口からまったく同じタイミングで声が出る。
殴るつもりで振り上げた杖から、気がついたら魔法を放っていた。
飛んでいったのは我らアヌビスの十八番、私もかつて頻繁に使っていた、あの呪い。
光がクチナへ向けて飛んでいき、彼女はかわすこともできずに当たる。
それと同時に、私の視界は白一色に染まった。
「っ……」
閃光が消え、恐る恐る目を開ける。と、そこには一体のマミーがいた。
全身を包帯で覆われてはいるが、その波打った茶色い髪も、服の上からわかる程度に大きな胸も、よく見知った彼女のそれだった。
「アー……」
意味のない呻き声、というか音。
その目にはクチナらしい少女のような輝きはなく、ただ精への渇望だけがあった。
「ウアァ……オトコ、オトコ……オトコ!!」
「あ、ヤベェ」
クチナはくるりと周りを見回し、ジャオさんの姿を認めると声を強めた。
マ ズ イ 。
その瞬間、私はこの後の展開を察知した。
このままでは我が家のリビングがピンク色に染まる。
「オトコォォオ!!」
「うおあぁぁぁ!?」
飢えた淫獣と化したクチナがジャオさんに飛び付き、押し倒す。
名の知れた冒険者である彼なら力ずくで引きはがせそうなものだが、妻相手では全力が出せないのだろう。
遠慮がちな抵抗では効果はなく、ジャオさんの服が剥かれていく。
「くっ……間に合え!」
頭の中で術式を構成し、杖に魔力を込める。
今にもコトが始まりそうな二人の足元に、魔法陣が浮かび上がる。
「オトコオォォ……」
「どわああぁぁ……」
それが光を放つと同時、二人の姿は部屋から跡形もなく消え失せた。
「……ふぅ。久しぶりに使ったが、上手くいったようだな」
かつて遺跡にいた頃、中から侵入者を運び出すのによく使っていた、転移魔法。
飛ばした先は、(私の術に不備が無ければ)隣家にある夫婦の寝室。
ウチのリビングで行為に及ばせるわけにはいかないからな。
「はあぁ……」
ああ、やってしまった……。
魔物になりたてだ、魔力が足りない分を何としてでも補おうとするだろう。
すみません、ジャオさん。頑張って下さい。
それにあんなのでも母親だ、レイス君にも謝らないとな。
ただ、なんだろうか。クチナ本人には謝りたくない。謝ったら負けな気がする。
後で魔法球の隠し場所を吐かせて処分しなければ。
「っ、と」
足元がふらつき、杖をついた。
今日は久しぶりに魔法を多用したからだろうか。
少し休んで魔力を回復させ――
「……あ」
ふと目に入ったのは、テーブルの上の薬瓶。
寿命延長、精力増強、精質上昇……か。
エジェレは、今ごろ部屋でレイス君と。
クチナは、家でジャオさんを襲っている。
……
………
……うん。いいよ、な?
「……私も」
私は瓶を手にとり、トーマスを閉じ込めている納屋へと歩き出した。
10/12/19 01:55更新 / かめやん
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