連載小説
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Happy Birthday:L ―― The age of 20
「……ずっとこうしていたいのはやまやまだが、そろそろ起きないと」
「そういや、今何時なんだ?」

 ベッドの上で抱き合っていた二人だったが、不意にエジェレが起き上がった。
その言葉に、レイスは部屋を見渡して時計を探す。
そして、彼が見た時計、その針が示す時間は。

「は、8時!?」
「それも朝の、だな」

 レイスがこの家に来たのは、昨日の昼過ぎのこと。
すなわち、睡眠時間を含めておよそ18時間が経過していた。

「どんだけ長いことヤってたんだ……」
「睦事とはいえ、時間を忘れてふけってしまうようでは私もまだまだだな……」

 そこで、レイスははたと気付く。

「……今日、平日じゃねえか! やばい、仕事が――」
「何!? 待ってくれ、すぐに朝食を――」
「ああ、それなら大丈夫よ? 新婚休暇の届け出、しといたから♪」
「え? き、休暇?」
「うん。だから、まだまだ二人の時間を過ごしてていいわよ?」
「「……ん?」」

 二人は気付く。会話に、自分たち二人ではない誰かが、妙に明るい声が混じっていることに。
 キリキリキリ、とぜんまい仕掛けの玩具のような動きで首を回し、入口に目を向けると。

「ハァイ♪ グッモーニン、二人とも。昨日はお楽しみだったわね?」
「か、母さん!?」「お義母さん!?」

 果たして、そこにはクチナが満面の笑みで立っていた。
 二人は慌てて毛布を引き上げ、身体を隠す。
 さらに、その背後のドアからはシベルとトーマス、そしてジャオが顔を覗かせていた。
いつから見ていたのか、シベルはバツの悪そうな顔をし、トーマスは号泣、ジャオはニヤニヤ笑っている。

 しかし、二人が真っ先に気になったのはそこではなく。

「あー……か、母さん?」
「んー? なぁに、レイス?」

 レイスがちらりと横を見ると、エジェレもまったく同じことを考えているらしかった。
頷き合い、二人は意を決して聞いた。

「「その包帯はいったい……」」

 そう、ニコニコ笑うクチナの全身は、包帯でぐるぐる巻きだった。
包帯の上には何も着ておらず、包帯そのものが服のようになっている。

「ふっふっふ……」

 と、突然彼女の顔が若干濃くなり、笑い始める。
レイスとエジェレは、ドドドドとかゴゴゴゴとかいう音がどこからともなく聞こえてくる気がした。

「私は人間をやめたぞ、レイスゥッーーーー!!!」

 バアァァ〜ン、という効果音が似合いそうな奇妙なポーズ。
クチナが叫んだ瞬間、窓は閉まっているにも関わらず、部屋に一陣の風が吹いた。

「……え、マジで?」
「あぁん、レイスはリアクション薄すぎよ〜。実の母が人間やめたって言ってるんだから、もう少しショック受けなさい?」

 だが、やたら大袈裟なクチナの宣言に対し、レイスの反応は微々たるものだった。

「んなこと言われても……全然変わってないし」
「えー」

 無駄に身体をくねらせるしぐさも、やたらと軽いその語り口も、人間だった時とまったく同じであった。
あえて変化した点をあげるなら、包帯の隙間から覗くその肌が若返ったようにハリツヤを取り戻していることだろうか。

「つーか……マミーだよな?」
「うん、私はアナタのお母さんよ?」
「そのMommyじゃねえよ」

 マミーなMommyにツッコミを入れつつ、レイスは再びエジェレに視線を送る。

「なあエジェレ、人間がマミーになる手っ取り早い方法って」
「……ああ、そうだな」

 じっ。

 ギクリ。

 二人に疑いの眼差しを向けられ、シベルは挙動不審ぎみに目を泳がせる。
そのイヌミミは、落ち着かない様子でピクピクと動いていた。

「どうしました、母様? そんなにソワソワして、らしくないですね?」
「……つ、つい、カッとなって。反省はしている」

 エジェレは氷の微笑とともに、静かに母へ呼びかける。
娘の放つ並々ならぬ迫力に、シベルは俯き、イヌミミと尻尾をへたらせて小さくなった。

「まあまあエジェレちゃん。私は気にしてないから、ね?」
「お義母さんがそう言うなら……」
「……なんだか、私が全面的に悪いようになってる気がするな……」
「何か弁明があるのですか、母様?(ニコォ」
「ひぃっ」

 再度エジェレに絶対零度の笑顔を向けられ、たじろぐシベル。
だが、気を取り直してごまかすように咳ばらいをすると、杖を召喚してクチナに向けた。

「あー、クチナ。『魔法球はどこだ』」
「『クローゼットノウエデス』……はっ!? 口が勝手に!?」

 シベルがクローゼットの上に向けて杖を振るう。
と、そこから手の平サイズの水晶玉のようなものが飛んできて、彼女の手におさまった。

「これか……」

 それは魔法球と呼ばれる、ガラス玉に魔力を込めたもの。
音声・画像の記録などの用途で用いられる媒体であった。

「……なあ、エジェレ、あれって」
「わ、私は何も知らないぞ!?」
「むう……」

 ベッドの上の二人を尻目に、シベルは忌ま忌ましげにその魔法球を睨む。

「……消去は不可、か。ならば」
「ちょ、シ、シベル? ちょっと、ちょーっと待っ」
「せいっ!」

 クチナの声を完全に無視し、床に放り落とすと杖で一撃。
ゴッ、という鈍い音とともに、それは真っ二つに割れた。

「ああっ!? 息子と義娘の新婚初夜がっ!?」

 クチナは叫び、床にひざまずいて半分になった魔法球を拾い上げる。
 その断面からは、シュワシュワという音を出して光の泡が空中へと浮かび、消えていく。
記録されていた映像が、漏れていく魔力とともに消滅しているのだ。

「……わかってくれるか? 私が感情的になってしまった理由を」
「ええ、ありがとうございます」
「母様、私が誤解していました」

 拾い上げた二つの半球を手にえぐえぐと涙ぐむクチナを、冷ややかな目で見つめる三人だった。




「ところで、そっちのお二人さんは?」

 レイスは、いまだにドアの向こうで蚊帳の外にされている父たちに話を振った。

「ぉ、出番あったぜ。なかったことにされなくてよかったなトーマス」
「できれば忘れられたままでいたかった……」

 さりげなくメタるジャオと、涙を滂沱とあふれさせるトーマス。
二人とも、特にジャオはどことなくやつれた様子で、目の下にはクマができていた。

「ったく、男がめそめそ泣いてんじゃねぇってんだよな」
「でも……エジェレが、エジェレがッッ!! 僕らの手を離れて男のもとにぃ!! うわああああ、絶望した! 愛娘がいともたやすく離れていく現実に絶望した!!」

 ババッ、と大袈裟な身振りをして天を仰ぎ、トーマスは悲痛な叫び声をあげた。

「相手がどこの誰だか知れねぇわけでもねぇだろォが」
「うーん……トーマスさんの親バカは全然治らないのねぇ」
「妻として敢えて厳しく言わせて貰うが、正直欝陶しいぞ、トーマス」

 親サイド三人の返答は、まさに袋だたき。
フルボッコされたトーマスは、フラフラになりながらも最後の望みとばかりにエジェレの方を向いた。

「エジェレ……僕は……僕は……っ」

 そんな父の目の前で、エジェレはレイスに抱き着く。

「ごふっ」

 それだけでもトーマスは血を吐いたが、彼女はさらに追い撃ちをかけた。

「父様、いい加減にしてください。私はもう、レイスのものになったのです」
「……は、あは、あははは、はは……」

 トドメの一撃。
トーマスは膝から崩れ落ち、目からは涙を流したまま、顔には虚ろな笑いを浮かべて動かなくなる。
その口からは、エクトプラズムのような何かが漏れていた。




 動かなくなったトーマスは、ジャオに運ばれていった。
肩に担がれながら「壁の中……ネズミが……ああ、窓に……」とか言っていたが。

「ああ、そうそう。レイス、覚えてるかしら?」
「え、何を?」

 そんな様子を見送った後、クチナは何やらごそごそやりながらレイスを振り返ると、

「今日はアナタの誕生日〜♪ そぉら、プレゼントを喰らえぃ!」
「ちょっ!? ……って、コレかよ」

 けっこうな速度で何かを投げ、レイスは慌ててそれを受け止める。
モノを見て、彼はうんざりした顔になった。
 それは、赤い錠剤の入った小瓶。
昨日の朝、ジャオがレイスに渡そうとしたものだった。

「……なんか減ってねえ?」

 昨日は上までビッシリ詰まっていたそれに、微妙に隙間ができていた。
瓶を振ると、錠剤が動いてザラザラと音が出る。

「さぁ、どうかしら?」

 クチナは横に立つシベルに視線を向けながら、ニヤニヤと笑った。
彼女につられて、レイスとエジェレの視線もシベルに向かう。

「……私がトーマスに飲ませたぶんだ」
「え」

 彼女は三人の誰とも視線を合わせないよう、赤くなった顔を逸らして呟いた。
 ちなみに、それを聞いたレイスの感想は『ああ、とりあえず飲んでも死にはしないのな』だったりした。

「母様、これは何の薬なんでしょうか?」
「……これが説明書だそうだ」

 シベルは懐から折り畳まれた紙を取り出し、二人に差し出した。
レイスがそれを取り、広げ。

「身体強化、寿命延長、精力増強に精質上昇……?」
「おお、なんだかすごい薬だな」

 効能を読み上げる彼の横から、エジェレも説明書を覗き込む。
原材料の欄には、豪華すぎるアイテムの数々が並んでいた。

「早い話が超すーぱー精力剤ね♪ それ飲んで頑張りなさい、レイス?」
「え? いや、それって」
「早く孫の顔を見せてくれ、ということだ。……頑張れ、レイス君」
「ちょっ、待っ!?」

 しゅた、と片手を上げて母コンビは部屋から出ていく。
レイスは呼び止めようと手を伸ばし――

 がしっ。

 もう一方の手がモフモフした何かに押さえられるのを感じ、動きを止めた。

「えー……と」

 恐る恐る、隣のエジェレを見てみれば。

「んー」

 既に彼女は唇に赤い錠剤を挟み、顔を突き出している。
彼女が口にしたのは『んー』という音だけだったが、その瞳が言っていた。

 飲め、と。

「……はぁ。わかったよ、ったく」

 逃げられるはずもない絶体絶命の状況、甘んじてその口移しを受け入れながらレイスは思った。

(誕生日、か。忘れてたな……。ってか、まさかコイツ『私からの誕生日プレゼントは私自身だ♪』とか言い出さないだろうな……)


 その予感は後に現実になるのだが、彼がそれを知るのは事後、夜になってからのことだった。

12/08/25 02:15更新 / かめやん
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