Graduation ―― the age of 17
今日は卒業式。
巨大な講堂に、生徒たちと卒業生の保護者など、総勢1000人以上が収まっていた。
「……皆さんの更なる飛躍を願い、式辞とさせていただきます」
壇上のエキドナ校長の話は、(人間基準で)わりと常識的なものだった。
儀礼的な拍手の中、話を終えた彼女は壇から下り、教員席へと戻る。
<続きまして、卒業生からの言葉。前生徒会長、キャスティア=オルセイヴ>
「はっ!」
司会に呼ばれて立ち上がったのは、先代の生徒会長であったデュラハン。
教員席に一礼して壇上に上がり、原稿を広げた。
「このようなよき日に卒業を迎えられることは、我々卒業生にとって……」
内容はよく言えば品行方正、悪く言えば月並み。
そんな彼女の挨拶はしかし、この学園の歴史に残るものとなる。
「……そして最後に。前生徒会副会長、カイエン=ミスラルド。ここへ」
突然呼ばれた眼鏡の青年は、怪訝そうな顔をして静かに立ち上がった。
とりあえず壇に上がり、自分を呼んだ彼女に向かい合う。
「いきなり、どういうことだ?」
キャスティアは答えず、ずんずんと彼に近づき――その唇を奪った。
瞬間、講堂の中を何十、何百という歓声が駆け抜ける。
堅物で評判だったあの会長が。
真面目過ぎると言われ続けたあのカップルが。
そんな声は、壇上の二人に届いているのかどうか。
たっぷり十秒ほど経って、二人の唇が離れた。
銀色の橋が重力に引かれて落ち、ぷつりと切れる。
「……人前では、こういうことはしないんじゃなかったのか?」
「う、うるさい! 私なりの冒険だ!」
こんな状況でもなお冷静なカイエンの指摘に、キャスティアは顔はおろかその長い耳までを赤く染めた。
失笑する彼から顔を逸らし、パタパタと手で自らを扇ぐ。
「すぅぅ……はぁぁ……」
幾度か深呼吸をし、咳ばらいを一つ。
「カ、カイエン。その、だな」
俯きぎみにしばらくごにょごにょと言った後、意を決したように顔を上げると、半ばヤケ気味に叫んだ。
「わ、わ、私と……け、結婚しろっ!!」
逆プロポーズ。
講堂全体が、今度は静寂に包まれる。
人々の視線は全て壇上、逆プロポーズされた彼へ。
少しして、その彼――カイエンは若干残念そうにため息をついた。
「やれやれ……放課後に渡すつもりだったんだが、先を越されたな」
懐に手を入れ、小さな箱を取り出す。
それを開くと、自らの恋人へと中身を見せた。
「まだ、金が無くてな……安物の婚約指輪だが、受け取ってくれるか?」
逆プロポーズ返し。
ぽかんと口を開けたまま、キャスティアは目を点にする。
彼は小箱から指輪を取ると、彼女の左手をとり、その薬指に指輪をはめた。
「……多少大きいが、つけられないことはないだろう。ちゃんとした結婚指輪を買うまでは、それで我慢してくれ」
「カイエン……」
そして、二人は硬くお互いを抱きしめた。
先程のキスの数倍はあろう大歓声が上がり、講堂内はお祭り騒ぎ。
卒業式はうやむや、悪ノリした生徒&教師&保護者によって結婚式モドキまでが執り行われることに。
――こうして、キャスティア・カイエン夫妻は学園の伝説となった。
翌年から、卒業式の『卒業生の言葉』では、生徒代表が恋人にあらためて愛を叫んだり、プロポーズしたり、果てはできちゃった報告をしたり……。
そんな恒例行事ができたが、それはまた、別のお話。
※※
「はあぁぁ……」
「はあぁぁ……」
式の終了後、教室にて。
まったく正反対の表情を浮かべながら、まったく同じようにため息を吐く男女。
恍惚と羨望が入り混じった表情で宙を見上げる、エジェレ。
不安と落胆が入り混じった表情で机に突っ伏す、レイス。
「レイス、もし君があれくらいのことをしてくれたら、私は天にも昇る心地がするだろうな……」
「絶対ねーから安心しろ。……あいつらだけはマトモだと思ってたのに……」
「しかし、この状況を鑑みるに、マトモでないのはむしろ私たちではないか?」
エジェレは両腕を広げ、自分たち以外に誰もいない教室を示す。
先程の乱痴気騒ぎの興奮がそのままソッチへ変換されたらしく、大半の生徒が校内各所の『そういうスポット』へ消えていったのだった。
「うるせー、健全は希少価値だ。ステータスだ」
「ふむ。たしかに、学年で未だ純潔を守っているのは君と私だけらしいが」
エジェレの語った衝撃の事実に、レイスは何とも言えない呻きをもらした。
「……卒業か」
自分にだけ聞こえる程度の声で呟き、レイスは窓の外に視線をやる。
その窓の外を、ハーピーとその彼氏が繋がったまま飛んでいった。
「………」
変に黄昏れてみたことを後悔し、こめかみを押さえながら、視線を教室に戻す。
隣のエジェレは飛んでいくカップルを羨ましそうに見ていたが、それは無視。
「そういや、シベルさん言ってたけど、就職しないつもりなのか? お前」
あの後も、何度か進路調査は繰り返された。
エジェレの成績は学年でもトップクラスだったため、その気になれば就職先はよりどりみどりだっただろう。
だが結局のところ、彼女が自らの志望を変えることはなかった。
「何言ってるんだ? もちろんするとも」
「え?」
予想外の返答に、レイスは少し驚いた。
母親にすら秘密にして、どんな仕事につくつもりなのか、と。
「君に永久就むぐっ」
「はいはいはいはい」
しかし、やはりエジェレはエジェレであった。
彼はもはや脊髄反射的に手を伸ばし、彼女の口を塞ぐ。
「……たしかに、今すぐというわけにも行かないだろうが」
口を塞ぐ手をどけつつ、彼女は真っすぐにレイスを見つめた。
「だが、私はちゃんとわかっているぞ」
目を細めて満面の笑みを浮かべる彼女に、レイスは一瞬目を奪われた。
が、すぐに首をぶんぶかと左右に振り、そっぽを向く。
「……何がだよ」
「なぜ君があの仕事を選んだか、さ」
レイスは街にある冒険者ギルドに、従業員として就職が決まっていた。
他にも多くの働き口が是非にと声をかけたが、最終的に彼はそこを選んだ。
冒険者当人でなくギルドの従業員なので、やはり危険は格段に少ない。
しかし、扱う依頼には当然大きな声では言えないようなものもあるので、収入は水準よりも上。
そして、よほどの緊急事態が起これば別とは言え――仕事はきっちり厳格に定められた 定 時 制 だった。
「それはほら、ア、アレだ。労働条件がいいからに決まってんだろ」
「ふふ……♪」
目を合わせようとしない彼に、エジェレは愛おしげな笑顔を浮かべる。
「意地っ張りなところは、君の欠点だな」
「うるせー」
「では……私の欠点は何か、わかるか?」
ずいっと上体を前のめりにすると、レイスの腕を抱き、彼にしな垂れかかる。
「常識がないこと」
「私は社会のモラルを守っている方だと思うがな」
その言葉通り、彼女は街中や学校など公の場所では、過度なアプローチをすることはなかった。
一方で、レイスの家のような私的な場所では、下着姿、濡れスケ白シャツ、裸エプロンといった恰好で誘いをかけるわけだが。
「じゃ、遠慮しないこと」
「私に本当に遠慮がなければ、今ごろ君は子持ちだぞ?」
そのことに関しては、もはや何の説明もいらないだろう。
簡単にその図が予想できたレイスは、深く長く嘆息してうなだれた。
「何だってんだよ?」
「正解はな」
エジェレはレイスの腕に、いっそう強くしがみつく。
うっとうしそうに、かつ不思議そうにレイスがその顔を見ると、彼女は珍しく視線をそらした。
「……臆病者なこと、だ」
「ぁ?」
「……怖いんだ。もし、キミが私を見限って離れてしまったらと思うと、それだけで……」
エジェレの言葉はそこで途切れたが、震える肩は口で言うよりも如実に彼女の心を示していた。
「レイス……」
「っ!?」
不意に彼女が顔を上げる。
その潤んだ瞳に、レイスは吸い込まれるような感覚を覚えた。
だからだろうか。
淡い青色の瞳が大きくなるのを見ながらも、彼女を押し止める手が出なかった。
気がつけば、焦点が合わないほど近い所にエジェレの顔があり、唇には何か柔らかいものが触れる感触があった。
「……不意打ち以外で君が受け入れてくれたのは、初めてだな」
唇を離しながら、彼女は笑う。
泣きそうで幸せそうな、不思議な笑顔だった。
巨大な講堂に、生徒たちと卒業生の保護者など、総勢1000人以上が収まっていた。
「……皆さんの更なる飛躍を願い、式辞とさせていただきます」
壇上のエキドナ校長の話は、(人間基準で)わりと常識的なものだった。
儀礼的な拍手の中、話を終えた彼女は壇から下り、教員席へと戻る。
<続きまして、卒業生からの言葉。前生徒会長、キャスティア=オルセイヴ>
「はっ!」
司会に呼ばれて立ち上がったのは、先代の生徒会長であったデュラハン。
教員席に一礼して壇上に上がり、原稿を広げた。
「このようなよき日に卒業を迎えられることは、我々卒業生にとって……」
内容はよく言えば品行方正、悪く言えば月並み。
そんな彼女の挨拶はしかし、この学園の歴史に残るものとなる。
「……そして最後に。前生徒会副会長、カイエン=ミスラルド。ここへ」
突然呼ばれた眼鏡の青年は、怪訝そうな顔をして静かに立ち上がった。
とりあえず壇に上がり、自分を呼んだ彼女に向かい合う。
「いきなり、どういうことだ?」
キャスティアは答えず、ずんずんと彼に近づき――その唇を奪った。
瞬間、講堂の中を何十、何百という歓声が駆け抜ける。
堅物で評判だったあの会長が。
真面目過ぎると言われ続けたあのカップルが。
そんな声は、壇上の二人に届いているのかどうか。
たっぷり十秒ほど経って、二人の唇が離れた。
銀色の橋が重力に引かれて落ち、ぷつりと切れる。
「……人前では、こういうことはしないんじゃなかったのか?」
「う、うるさい! 私なりの冒険だ!」
こんな状況でもなお冷静なカイエンの指摘に、キャスティアは顔はおろかその長い耳までを赤く染めた。
失笑する彼から顔を逸らし、パタパタと手で自らを扇ぐ。
「すぅぅ……はぁぁ……」
幾度か深呼吸をし、咳ばらいを一つ。
「カ、カイエン。その、だな」
俯きぎみにしばらくごにょごにょと言った後、意を決したように顔を上げると、半ばヤケ気味に叫んだ。
「わ、わ、私と……け、結婚しろっ!!」
逆プロポーズ。
講堂全体が、今度は静寂に包まれる。
人々の視線は全て壇上、逆プロポーズされた彼へ。
少しして、その彼――カイエンは若干残念そうにため息をついた。
「やれやれ……放課後に渡すつもりだったんだが、先を越されたな」
懐に手を入れ、小さな箱を取り出す。
それを開くと、自らの恋人へと中身を見せた。
「まだ、金が無くてな……安物の婚約指輪だが、受け取ってくれるか?」
逆プロポーズ返し。
ぽかんと口を開けたまま、キャスティアは目を点にする。
彼は小箱から指輪を取ると、彼女の左手をとり、その薬指に指輪をはめた。
「……多少大きいが、つけられないことはないだろう。ちゃんとした結婚指輪を買うまでは、それで我慢してくれ」
「カイエン……」
そして、二人は硬くお互いを抱きしめた。
先程のキスの数倍はあろう大歓声が上がり、講堂内はお祭り騒ぎ。
卒業式はうやむや、悪ノリした生徒&教師&保護者によって結婚式モドキまでが執り行われることに。
――こうして、キャスティア・カイエン夫妻は学園の伝説となった。
翌年から、卒業式の『卒業生の言葉』では、生徒代表が恋人にあらためて愛を叫んだり、プロポーズしたり、果てはできちゃった報告をしたり……。
そんな恒例行事ができたが、それはまた、別のお話。
※※
「はあぁぁ……」
「はあぁぁ……」
式の終了後、教室にて。
まったく正反対の表情を浮かべながら、まったく同じようにため息を吐く男女。
恍惚と羨望が入り混じった表情で宙を見上げる、エジェレ。
不安と落胆が入り混じった表情で机に突っ伏す、レイス。
「レイス、もし君があれくらいのことをしてくれたら、私は天にも昇る心地がするだろうな……」
「絶対ねーから安心しろ。……あいつらだけはマトモだと思ってたのに……」
「しかし、この状況を鑑みるに、マトモでないのはむしろ私たちではないか?」
エジェレは両腕を広げ、自分たち以外に誰もいない教室を示す。
先程の乱痴気騒ぎの興奮がそのままソッチへ変換されたらしく、大半の生徒が校内各所の『そういうスポット』へ消えていったのだった。
「うるせー、健全は希少価値だ。ステータスだ」
「ふむ。たしかに、学年で未だ純潔を守っているのは君と私だけらしいが」
エジェレの語った衝撃の事実に、レイスは何とも言えない呻きをもらした。
「……卒業か」
自分にだけ聞こえる程度の声で呟き、レイスは窓の外に視線をやる。
その窓の外を、ハーピーとその彼氏が繋がったまま飛んでいった。
「………」
変に黄昏れてみたことを後悔し、こめかみを押さえながら、視線を教室に戻す。
隣のエジェレは飛んでいくカップルを羨ましそうに見ていたが、それは無視。
「そういや、シベルさん言ってたけど、就職しないつもりなのか? お前」
あの後も、何度か進路調査は繰り返された。
エジェレの成績は学年でもトップクラスだったため、その気になれば就職先はよりどりみどりだっただろう。
だが結局のところ、彼女が自らの志望を変えることはなかった。
「何言ってるんだ? もちろんするとも」
「え?」
予想外の返答に、レイスは少し驚いた。
母親にすら秘密にして、どんな仕事につくつもりなのか、と。
「君に永久就むぐっ」
「はいはいはいはい」
しかし、やはりエジェレはエジェレであった。
彼はもはや脊髄反射的に手を伸ばし、彼女の口を塞ぐ。
「……たしかに、今すぐというわけにも行かないだろうが」
口を塞ぐ手をどけつつ、彼女は真っすぐにレイスを見つめた。
「だが、私はちゃんとわかっているぞ」
目を細めて満面の笑みを浮かべる彼女に、レイスは一瞬目を奪われた。
が、すぐに首をぶんぶかと左右に振り、そっぽを向く。
「……何がだよ」
「なぜ君があの仕事を選んだか、さ」
レイスは街にある冒険者ギルドに、従業員として就職が決まっていた。
他にも多くの働き口が是非にと声をかけたが、最終的に彼はそこを選んだ。
冒険者当人でなくギルドの従業員なので、やはり危険は格段に少ない。
しかし、扱う依頼には当然大きな声では言えないようなものもあるので、収入は水準よりも上。
そして、よほどの緊急事態が起これば別とは言え――仕事はきっちり厳格に定められた 定 時 制 だった。
「それはほら、ア、アレだ。労働条件がいいからに決まってんだろ」
「ふふ……♪」
目を合わせようとしない彼に、エジェレは愛おしげな笑顔を浮かべる。
「意地っ張りなところは、君の欠点だな」
「うるせー」
「では……私の欠点は何か、わかるか?」
ずいっと上体を前のめりにすると、レイスの腕を抱き、彼にしな垂れかかる。
「常識がないこと」
「私は社会のモラルを守っている方だと思うがな」
その言葉通り、彼女は街中や学校など公の場所では、過度なアプローチをすることはなかった。
一方で、レイスの家のような私的な場所では、下着姿、濡れスケ白シャツ、裸エプロンといった恰好で誘いをかけるわけだが。
「じゃ、遠慮しないこと」
「私に本当に遠慮がなければ、今ごろ君は子持ちだぞ?」
そのことに関しては、もはや何の説明もいらないだろう。
簡単にその図が予想できたレイスは、深く長く嘆息してうなだれた。
「何だってんだよ?」
「正解はな」
エジェレはレイスの腕に、いっそう強くしがみつく。
うっとうしそうに、かつ不思議そうにレイスがその顔を見ると、彼女は珍しく視線をそらした。
「……臆病者なこと、だ」
「ぁ?」
「……怖いんだ。もし、キミが私を見限って離れてしまったらと思うと、それだけで……」
エジェレの言葉はそこで途切れたが、震える肩は口で言うよりも如実に彼女の心を示していた。
「レイス……」
「っ!?」
不意に彼女が顔を上げる。
その潤んだ瞳に、レイスは吸い込まれるような感覚を覚えた。
だからだろうか。
淡い青色の瞳が大きくなるのを見ながらも、彼女を押し止める手が出なかった。
気がつけば、焦点が合わないほど近い所にエジェレの顔があり、唇には何か柔らかいものが触れる感触があった。
「……不意打ち以外で君が受け入れてくれたのは、初めてだな」
唇を離しながら、彼女は笑う。
泣きそうで幸せそうな、不思議な笑顔だった。
10/11/02 00:26更新 / かめやん
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