宿の部屋についた後、リエンはフェムノスに「ゆっくりしていろ」と言われ、そのまま一人ぼう････っと窓の外の景色を見ていた。
夕日の差す赤みがかった空は、街を照らし、彼女の泣き腫れた顔をほんの一瞬ガラスに映した。

（････カッコ悪いなぁ、わたし）

　笑顔で主を出迎えようと思っていたのに、思いの外あの時は心が軋んで、結局泣いてしまったのだった。いけない、いけない、と思っても、一度溢れてしまったものがそうそう収まってはくれず、結局彼に肩をかされ、抱き上げられて････そのままずうっと泣いていたのだった。

　はぁ、とひとつため息を吐いて、彼女はベッドの上にバサリとその身を倒す。
いっぱいに広げた自分の翼がすっぽりと収まってしまうようなサイズのベッドだ。相場など知りもしない彼女ではあるが、決して安いものではないだろうと察することくらいは出来る。それが自分のために用意されたのだろうか、などと考えて、リエンは申し訳なさで身体がずしりと重くなるのを感じた。
実際の所そうではないのだが、それを彼女が知る由もない。

　はぁ、ともう一つため息を吐き出し、脱力したその身を柔らかな布団に沈めると、その弾みで足首の鎖がシャン、と鳴った。ついさっきまで彼女を地に縫いつけていた鉄球は既になく、あるのは銀色の足枷とそこから伸びる短い鎖だけだ。足枷の方は、フェムノスが鉄球を「外した」時と同じ方法で取るわけにはいかないので、そのまま残されているのだった。


　その僅かに残った鎖を見つめ、ふと彼女は思い出す。
フェムノスによって鎖を断たれた彼女は、その彼に促されて空を飛んだ。
いったい何年ぶりのことだったのだろうか？
風を受けて翼がふくらみ、広がっていく感覚。両の翼に力を込めて、風の力を制御して、それを打ちおろして身体がふわりと浮き上がった、あの瞬間。自分でも忘れてしまったほど久しぶりの、空を飛ぶという行為。
ブランクがありすぎたためか、数秒とせずに翼から風が失われて、落ちてしまったけれど。
けれど、忘れてしまうには早すぎる、あの泣きたいほどに爽やかだった時間。

　それを思い出してリエンはシャン、ジャランと鎖を鳴らす。無骨で不細工な音だけど、それでも音には違いない。うまく足首をゆすってリズムに乗せれば乱雑な音でも音色に変わる。そうして作る、少し歪なメロディーライン。

　シャン、ジリ、ジャラン　ジジ、ジャン、ジャラン

　だんだん面白くなってきて。

　シャン、シャラン、カラン　リン、ジリン、ジャン
　ジャラン、シャン、ジャララ　ジジ、チリン、ジャラン

　気づけば、そんな大合唱。
指揮棒のように揺れる足と、それを追いかける鉄の音。
無骨で不細工な音だけど、それでも音色は出来るのだ。

　〜、〜〜････

　リエンは自分が声を出せないことも忘れて、鳴らす鎖の音に合わせて息を吐く。
音はないけどすぅはあと、ご機嫌な呼吸を始めた所で、


「今戻った、リエン。何をしている？」


　そんな声が部屋に飛び込んだ。
驚いて、リエンはビクリと震えて凍りつく。
急に動きが止まったことで慣性の法則により宙を舞っていた鎖はブンと振り回されて、繋がれている側とは反対の足をしたたかに打ち付けた。

　〜、〜〜〜〜ッ！！？

　声にならない――あっても、悲鳴などあげられないのだが――痛みに、リエンはばさばさとその場でのたうった。この一日で随分と緩くなってしまった涙腺は、早くも彼女の目をうるませている。

「････足に巻きつけておけ」

　フェムノスはのたうつ彼女の足をとって抑えつけ、そう言った。
彼はリエンの足枷からだらりと伸びる40cmばかりの鎖を取って、彼女の細い鳥の足に丹念に丁寧に巻きつけていった。
抵抗しようにも抑えられ、そもそも痛みにせよ暴れてどうにかなる物ではないと知っているのでリエンはただじっとそれが終わるのを待つことにした。その作業がされているのとは逆側の、まだジンジンと痛むところは彼のもう一つの手が押さえていたのだが････その手つきが、想像していたものよりもずっと優しく、むしろ痛みが引くような気がしたのを少し妙だなどと思いながら。










　さて、そんな悶着も一段落ついて。
ようやく腰が落ち着けられるようになったのを丁度いい機会としたのか、フェムノスはリエンへ汗を流そうと声をかけた。
リエンも馬車に揺られるばかりで身だしなみが乱れ始めていたのを気にし出していた所であったし、異性と共に風呂場に行くという行為だろうと、それがゴシュジンサマの誘いであるのなら彼女は決して否定しないのだろう。二つ返事の頷きを返して、フェムノスに連れられて宿の部屋に備え付けのシャワールームに来ていた。

　シャワー室の前の脱衣所で、着込んでいた衣類を手早く脱いでズボンとシャツ一枚の姿になったフェムノスが傍らでぼう、と困ったように立っていたリエンに気付き、問いかける。

「その服。自分では脱げないのか？」

　彼女が例の商人のもとからフェムノスの手元に来て以来ずっと着たままでいる、形状としてはシャツに近いボタン留めの服は、確かに彼女の鉤爪すらない翼の腕ではどうしようもないように思える。
声をかけられて、リエンは慌てた風に何度かボタンの前で羽先をこすりあわせたりなどとして脱ごうと試みていたが、どうにかなりそうな様子は一向に無い。
見兼ねたのかフェムノスが手を伸ばして、上から順に一つずつ外してやってその服を脱がしてやった。

「出来ないのなら、そう示せ」

　そして普段と変わらない無感動な声でそう言葉をかける。
怒気も苛立ちも一切ないが、それ以上に本当に何の感情も感じられないその冷えた声に、リエンは小さくなって床に目を落としてしまった。
その様子に嘆息もなくフェムノスはただ淡々と作業を続け、ボタンを外し終えた上着を彼女の脇下に手を添えて小さく持ち上げながら抜き去っていく。

「妙な遠慮をするな。この程度は面倒とも思わない」

　変わらない、無感動な声がそう告げた。
そうと言われても、リエンはやはり萎縮したままだ。
長く檻に閉じ込められ続けていた頃の習慣がそうさせるのか、定かではないが、こうした場面で彼女はいつも罰を待つ子どものような様子を見せる。
フェムノスはそれに対して何か言うでもなく、言葉を続けた。

「下はひとりでも大丈夫か？」

　その問いかけには、リエンはコクコクと慌てたような肯定を返す。
そちらは紐で結わえて止めてあるだけで、彼女の手でもどうにか出来る構造だった。
いそいそと手間取りながらも、はらりとスカートと下着を落とす。
もとより上の下着はつけておらず、生まれたままの白い裸身が晒される。

「では入ろう」

　フェムノスは晒された裸身に、何か反応を示すでもなくそう言って。リエンもまた、その身体を隠そうともせずにその言葉に従って浴室に入っていった。

　浴室の扉を開けた先は一段低く作られていて、水が外に漏れないようになっているらしい。
床や壁の材質は見慣れないものでリエンには判別がつかない。フェムノスならば知っているのだろうかとも思ったが、それを聞く度量も効く口もないのでどうしようもない。

「水を出すぞ」

　一声かけて、フェムノスはシャワーを出す蛇口をひねった。
扉の横にかけられていたシャワーが勢い良く水を吐き出して、リエンの背に浴びせられる。
吐き出される水は最初は冷たく、徐々に暖かい湯に変わっていく。丁度いい温度になった所でフェムノスがシャワーを手にとって、汗に汚れた自身やリエンの体を洗い流していく。

　リエンは目を閉じてその心地良い水の刺激に身を任せる。
そうしていると、不意に肩口に柔らかい布を押し当てられた。
目を開けて見てみると、泡だったタオルである。

「体を洗う。出来ないのなら俺がしよう。どうだ？」

　シャワーを止めて、フェムノスが尋ねる。
リエンは少し迷うような素振りを見せたが、大人しく頷いた。
そうか、とフェムノスはそのまま押し当てたタオルを彼女の体にこすりつける。

　最初は肩。鳥の翼と人の体の境目の、産毛に覆われた所を白いタオルが撫でこする。二度三度と泡を染みこませた後、タオルはそのまま鎖骨の方へと降って、窪みの内までしっかりと拭ってから、反対側の肩へ。それも終えたら、下へと向かう。僅かに膨らんだ蕾をそっと撫で、あばらの浮く胴を通り、華奢な腰の上を一回りして、ぷっくりとしたイカ腹をこする。

　続いてフェムノスは、しりもちを突いたような姿勢でリエンを座らせて、彼女の人のものとは大きく違った鳥の足を手に取った。ふさふさの飾り羽で覆われた足首にタオルをあてがって、うっすらと細く小さな羽毛で覆われたふくらはぎ、対照的に真っ白ですべすべとした太ももへ、順に白い泡にまみれさせる。････その先の大事な所は一撫でだけして、反対側の足へ。巻きつけた鎖をほどいて、また下から順にタオルで拭いていく。

　それが終われば、次は鱗に覆われた足先とその爪。形状からして人外のものである彼女らの足で靴を履くわけにも行かないので、どうしても大小様々の汚れはついてしまう。リエンも自分で大きな砂などは払っているし、その類いはシャワーにあらかた流されているが、小さな汚れはまだまだ残っている。フェムノスはリエンを床に座らせて、足をとって泡だったタオルで丹念にそれらを拭きとるが、それでも隙間などに小さな汚れは積もり積もってこびり付いている。これ以上はもう無理なようだ。

「リエン。背中を」

　見切りをつけて、そう指示を出す。リエンはまた頷き一つを返して、くるりとその場で半回りして彼へと背を向けた。
手桶に溜めた湯で一度ゆすぎ、改めて泡をなすったタオルでその背を拭こうとして、フェムノスは思い出した。彼女の身体には、その背に決して消えない傷痕があったのだった、と。

　真っ白で無垢な彼女の体は、その背の一面ばかりは歪な痕に汚されている。
赤黒く焦げた、深い火傷の跡。血の滴るような生傷よりも、よほど痛々しい血すら通わぬ古傷。
細い線のような火傷痕で奇妙な魔方陣の形に刻まれたそれは、焼かれて不規則に隆起して固まっていて下手な力を入れようものなら肉ごと削げて深い傷跡を開いてしまいそうだった。
加えて、焼き固められた剥けた皮はトゲトゲと角張っていて布地に引っかかりそうで、これをタオルで洗うのは得策ではないだろう。

「ふむ」

　それなら、と。フェムノスは泡をすくった人差し指で傷跡の合間をなでこする。
火傷痕で描かれた魔方陣の上を彼の指先がなぞり、指の腹が傷跡に引っかかったり、彼が傷跡についていた綿のような埃を取り払ったりする度に、硬く焼かれた皮が突っ張ってリエンに疼くような鈍い刺激を与える。

（････ひぅ）

　その断続的な、痛みになる一歩手前のくすっぐたい刺激と、タオル越しでは決して伝わることのなかった人肌の熱さが、リエンに『触られている』事を強く認識させる。
そして一度そう感じてしまっては、もはや意識せずにいることなど出来ない。
濡れたフェムノスの指先が背を這うたびに、トクンと胸の鼓動が大きくなる。
背にかかる彼の吐息に気付いてしまう。････ああ、裸のわたし達は、息もかかるほど密着しているんだと、そう自覚してリエンはその細い肩をわななかせる。

　もはや何も感じない死んでケロイドになった肌の上を、フェムノスの無骨な指がなぞっていく。
リエンがそれを感じているのは、生きた皮が突っ張って違和感のような痛みが起こるから。
その痛みが、いまや彼女にとっては愛撫と思える。

　流れ続けるシャワーの夕立のような水音ですら、もう彼女の耳には届かない。
泡にぬるむ無骨な指に触れられて、穏やかな吐息を背にあびて、どうしようもなくオトコの存在を意識して、魔物娘の肉体が、本能が、きゅぅ…と子宮を熱く切なく締め上げる。もはやどうしようもない程に彼女の身体は芯から熱を帯びている。

（だ…めぇ、）

　こうなってしまっては、もう、止まれない。
止まらなければいけない、こんな感覚はヨクナイモノだ。
そう思っていても、もう駄目だ。自分を抑えていられない。

　流れ続けるシャワーの音に隠すように、くちゅり、とリエンは半ば無意識でとろりと露ばんだ内ももをこすり合わせる。粘液がこすれ、ほんの僅かな甘い快楽が彼女の背に抜けた。
けれど、こんなもので昂ぶりが収まるはずもない。満足なんてできない。もう一度、あと一度だけ。
････そう思ったその瞬間に、くくぃ、とまた一際大きくフェムノスに肌をひかれた。

その刺激に、今度こそ隠せないほどリエンの肩が震える。

「リエン？」

　フェムノスがその様子に怪訝気な声をかけた。
彼女はビクリと反射的に居住まいを正し、叱られた子どものように怖ず怖ずとそちらへ顔を向ける。

「痛んだか？」

　彼が訊ねた。
リエンはふるふると首を横に振って答える。
その肩は小さく震えていて、ほんのりと薔薇色に染まっている。
半身を向けられて見えた胸元では、情けを待つように小さな蕾が赤く張りつめていた。
ふむ、と一呼吸置いて、フェムノスは続けた。

「我慢できなくなったのか」

　その言葉に、リエンはビクリと怯えたように体をこわばらせた。
そして少しの間を開けて、今度はこくりと首を縦に振るって頷いた。
フェムノスはそうかと呟いて、湯を吐き続けていたシャワーヘッドを取ってリエンの身体の泡を落とす。

「長い間、肌を石鹸の泡にさらすのは良くないと聞く」

　そう言って、肩も脚も、腹も背も、丹念に全身の泡を洗い落とす。
暖かな湯にリエンの身体を覆っていた白泡のベールが流れ落ちて、元々色素の薄かった彼女の身体が熱く赤く色づいて、すっかり出来上がって薔薇色に染まった肢体が露わになった。
リエンは慌てたように両の翼でそれを隠そうとしたが、フェムノスにその腕を取られ叶わない。

「変に抑えることはない。おかしな事などない」

　相も変わらぬ起伏の乏しい声。
そのままその腕を引き、彼はリエンの小さな体を抱き上げた。

　！

　驚いてか、ヒュッとリエンの口から息が吹き出る。
あれよとも言えぬ内に持ち上げられ、頭が下で足が上。頭の下には手を添えられて両足はそれぞれ左右の肩の上。あっという間に彼女の身体は逆さまに担ぎあげられてしまっていた。
リエンは反射的に手足をバタつかせて藻掻いたが、両足と体幹を押さえられているせいかピクリとも動かない。ただ少し足の爪がフェムノスの背を蹴っただけで、そんな程度ではまるで彼は動じない。

　両ももを肩に担がれたこの体勢では、彼女はしとどに濡らしてしまった自分の秘裂を隠せない。
なにせ穏やかな息遣いですら吹きかかる距離に彼の頭があるのだ。
フェムノスはまだ何もしていない。けれど吹きかかる彼の吐息が、ふいごのようにリエンの身体に灯った熱をぶり返させる。
自身の秘部を文字通りの目と鼻の先に露わにさせているこの状況が、その事実で抑えられないほど興奮してしまっている事への自己嫌悪が、彼女の顔を羞恥に赤く染めて、目の前のオトコから目を逸らさせる。

　････ッぅ！

　ぴとりと、秘所に舌が這う。
柔らかで、熱く熟れた体にはむしろ冷たい感覚が、リエンの背に甘い快楽を伝える。
尖らせた舌先が厚い卑肉を割り裂いて膣壁をねぶり、鼻先が陰核に触れた。
その鋭い感覚に彼女は眉間にしわを寄せ、固く目を閉じる。肩をこわばらせ、胸元に両の翼をめいっぱい抱き寄せて自身の体を掻き抱く。

　ぴちゃり
　くちゃり
　ちぅ････

　ぬらりとした舌を伸ばしたまま、口づけのように何度も唇が淫肉をついばむ。
そのたびに上がる水音から逃れるようにリエンの腰がくねるが、逃れられない。彼女を支えているのとは別のもう一本の腕が、がっしりと腰を掴んでいた。
その手が、指先だけが別の生き物になったかのように縦横無尽に、的確に肌の上で這いまわり、肉付きの薄い尻をこねる。時折指が食い込んで固く閉じた彼女のアヌスを引っ掻く。そのたびにまた甘い快楽が背筋に走り、ひゅーひゅーと浅い息が浴場に響く。

　淫唇をなぶる口は恋人のように優しく、腰を掴むその手つきは強姦魔のように容赦がない。
リエンはただただ目をきつく閉じて、まるで嵐が過ぎるのを待つ雛鳥のように身を小さくして縮こまる。
その指が、舌が、それらの与える快楽が、リエンの身体を巡り巡る。

（ひん、ひゃ、ふ････い、やぁ･･････）

　身をねじっても暴れても、彼はまるで意にかいさない。
自分が彼の手の中に囚えられているのだという感覚が、その彼が自分の身を弄んでいるという感覚が、彼女に暗い思いを想起させる。
灰色の世界。窓のない石造りの牢獄。死体のように生白い指に全身を暴かれ、わたしがわたしを殺そうとしていたあの時（違う）いつか遠い過去の、あの汗と垢と油が入り混じった臭いの中で初めてオトコを受け入れたあの時の（違う！）売られ、買われ、送られ、贈られ、犯され、愛されず、犯され、犯されて、遊ばれて、使われて、売られ、買われ、送られ、犯されていたあの時の、犯していった男達と同じ（違う！　この人は、その人達じゃあない！！）

　じゅぶ…　ぴちゃ…
　ぐちゅ…　ちゅぷ…
　くちゃ…　しぃぅ…！

　フェムノスの責めは少しずつ激しさを増していく。
その舌が膣肉をこそぐように舐り、鼻先が陰核を突つき、指先が僅かに菊門を押し開ける････快楽に身を焦がされて、リエンの頭の中に次々と浮かぶ白い泡が火花を上げては弾けて消える。
その度に彼女には今がいつなのかもわからなくなる。ここがどこで、自らの体に触れるものが一体誰なのか････浮かんでは消え、消えては浮かぶこの思い出が、昔のことなのか今のことなのかすらも定かではなくなっていく。

（やぁ････ダメ、もっと････イヤ！　きもちいい････やめて、もう････ひっ）

　分からない。分からない。わからなくなっていく。
気持ちいい、きもちいい。だけど、いや、嫌だ。やめて、どうか、どうかわたしを見て！！

　快楽の荒波にさらわれて、リエンの中ではもう現実と妄想の区別がつかない。
ぐわんぐわんと頭痛を皆混ぜて再生される記憶と思考の奔流に、彼女は既に抗えない。

　　　っ、〜〜〜〜〜ッ!!!

　ずるるるるっ！　と、愛液と唾液の混ざった汁と共に、音を立てて陰核が吸い上げられた。
おちる、と。ただそうとしか言い表せない感覚がリエンの頭の中を洗い流し、彼女は絶頂を迎え、落ちた。丸く縮められていた背筋が弓なりに開き、ガクガクと全身を震わせて、尿道から何度も潮を吹き上げてフェムノスの顔を汚した。
ビクン、ビクン、と絶頂の余韻に何度も身体を痙攣させて、少しずつ、彼女は現実に戻っていく。


「敏感だな」

　やっと落ち着いたリエンの、その秘所をそっとタオルで拭きとって、フェムノスが言う。
リエンは答えない。答える余裕は無い。まだ幾度も肩を震わせていて、ほとんど気をやってしまったような状態のままだ。
ただ彼から顔を背けながら、虚ろに開いた瞳で何もない空間を見ているばかりだった。
その様子は無理やり手篭めにされた娘のそれと何ら変わらないようにすら思える。

「降ろすぞ」

　短く告げて、彼は改めてリエンの軽い体を抱き上げる。
リエンはされるがままで再び床に座らされ、そしてまた最初のようにシャワーの水で体全体を洗い流されてから、少し不思議そうにフェムノスを見上げた。

「落ち着いたか？」

　････････。

　沈黙するリエンは、その彼の言葉にただただ俯いた。

「なら、いい。そう怯えるな。俺はお前を譲り受けたが、性奴として買った訳ではない。無理矢理にするつもりはない」

　自分の思いを気取られていたとか、その時どんな顔を彼に見せてしまったのだとか、何よりただ自分ばかりが気持よくされてしまった事々が、彼女の心を申し訳なさでいっぱいに満たす。

「上がろう。あまり体を濡らしたままにしておくのは良くない」

　そう言われて、リエンはフェムノスの方を見上げる。
上がろうにも自分はともかく彼はまだ何も済ませていなないではないか。

「俺は後で浴び直す。リエンがそのままでいるのは、良くない」

　そう言って、フェムノスは彼女の身体を抱き起こして浴室をあとにする。
脱がせた時と同じように彼がリエンの服のボタンをとめて、ショーツの紐をもとのように結い直す。
俯いているばかりのリエンは、またされるがままだ。

「服の換えも必要か」

　呟きなのか問いかけなのかも分からないその言葉にも、ただただ俯くばかり。
やはりただの呟きだったのか、フェムノスもまたその無対応に何の反応も見せない。

　そのまま、彼女は彼に連れられベッドに寝かせつけられる。
疲れが溜まっていたのかすぐに微睡み、リエンは眠りに落ちていく。
それまでの最中、彼女の言葉を紡げぬ唇は、何度も何度も＜ごめんなさい＞と、そう刻み続けていた。
フェムノスは相も変わらない無感動な顔で彼女が寝入るのを見届けて、その場を後にしていった。

■作者メッセージ
久しぶりのエロです、無口キャラ同士の絡みは難しいですが楽しいですね