連載小説
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貿易都市:カント=ルラーノ
 モル=カント聖王国は奇妙な国家だ。
聖王国の名を冠し、主神信仰を国家的に保持しているとされるが、形式的な見かけだけの物。
実際に教団に加盟している国民は極僅かで、また政治的に深い関わりを持つ教団員もほとんどいない。


 モル=カントは奇妙な国家だ。
大陸有数の軍事国家であるにも関わらず、その領土意欲は異様なほど少ない。東の果てに僅かな領土を保持するばかりで、それは五十年以上も前から変わっていないのだ。
どころか、あの国は周囲に対してあまりにも寡しており、彼の国をその存在すら知らずにいる者も多い。戦事に従事する者たちが僅かにその名を知っているばかりだ。
そういった差異は、「奇妙」と称すより他がない。


 モル・カントは奇妙な国家だ。
周辺の魔物領との仲は険悪の一言に尽き、今でこそ小競り合いしか無いものの、はや三十年に渡って交戦状態を続けている。
これだけの長きに渡って魔物と交戦し、時に領土を奪い、奪い返しながら、それでもこの国は存続している。多くの聖国が彼女らとの戦いの果て疲弊し、少しずつ魔の侵食を受け、果てに堕落していった中。この国は未だに戦争を続けている。


 そして何より奇妙なのは、この国の内部に、魔物娘の姿がそう少なくなく見ることが出来る点。
多くは捕虜や奴隷としてのものなのだが、中には伴侶を見つけて人に紛れて市民として暮らす者までいる。
戦争中にも関わらず、聖王国の名を語っているにも関わらず、まるで「我が敵は抵抗する者のみ」とでも言うように・・・・彼らは魔物の存在を正しく認識し、受け入れている。
これで、「まだ魔界にすらなっていない」のだ。



 モル・カントは奇妙な国家だ。



 XXX XXX XXX XXX XXX



 早朝にカント・ルラーノ市に到着したフェムノス一行は、その門前で検閲を受けている。
どうも仮にもセイレーンであるリエンが乗っていたのが問題視されたらしい。
既に半刻あまり経過しているが、まだ彼らの馬車は通れずにいる。


「カント=ルラーノ貿易都市か・・・・なんか聞いてたより随分と立派なもんだ」
「貿易都市? ご主人、王都じゃなかった?」

 待ちぼうけのハールリアが石造りの市壁に寄りかかって、呟く。
それに応える相棒のフィーリは、また何時かのように彼のくわえる煙草の先から姿を現して、ユラユラと形を整えていた。

「俗名として新王都とも呼ばれる。が、貿易都市が正しい」
「・・・・どうしてアンタが答えるのよ。というか、いつの間に戻ってたの?」
「丁度今終わった所だ。俺が答えるのでは不都合か?」
「うっさい…」

ジャラ…

 フィーリの問いに、ハールリアではなく、馬車を牽引しながら現れたフェムノスが答える。
この数日で彼もほとほと嫌われたようで、フェムノスが口を聞くたびにフィーリに苛立たれるのも、そんな二人にリエンが馬車から不安そうな目を向けているのも、既に見慣れたいつもの光景の一つと言えた。
鎖の擦れる音でそんなリエンの様子に気づいたフィーリが、バツの悪そうな顔をするのも。彼女らを見てハールリアが楽しそうな苦笑を浮かべるのも。それら一切に関わりなく、フェムノスが表情も変えずに馬車を進ませるのも。全ていつも通りだ。















 既に早朝と呼ぶには遅い時間。街はとうに目覚めている。
パン屋の客引きの声や、早くも露店を開き始めた行商人。早足に道を行く人々は、これから職場にでも向かうのだろう。
その喧噪で、旅人用の馬車着き場までの短い距離を歩いただけでも、この街が活気に満ち溢れていることが分かる。
ハールリアは、へーとか、ほーだとか呟きながらその様子を面白そうに見ていた。

「こりゃあ中々、良い街そうじゃないか。
 なあフェムノス。ここって、いっつもこんな感じなのか?」
「この辺りに限れば、そうだな」

 何かわくわくとしたハールリアの言葉に、フェムノスが素っ気なく答える。
限りは、などというその気にかかる言い方に、ハールリアが聞き返した。

「余所の街と大きな変わりはない。治安がそう悪いわけではないが、良くもない。
 広い街だ。ここのような区画もあるが、野党と大差ない連中が巣食った区画もある。
 良いも悪いもない」

 するとこうだ。相も変わらない、無感情な声だ。
事務的で味気ない、夢も希望もあったものでない物言いに、さすがのハールリアも気落ちして、「あっそ…」などと嘆息してしまう。
他にはあるか、というフェムノスの問いかけにも、言葉も返さないで億劫そうなジェスチャーだけで示すほどだ。


 ・・・・そうこうしているうちに旅人用の馬車付け場までたどり着く。
飽くまでハールリア達は、カント=ルラーノに着くまでの間フェムノスのもとで厄介になるという約束だった。別れるなら、そろそろ頃合いだろう。
本当なら門の前でフェムノスの馬車が待たされている時、律儀に待っていないでその場で彼らに別れを告げて、一足先に街に入っていても良かったのだ。それをしなかったのは・・・・多分、彼らに情がわいていたのだろう。
今も、さてどんな気の利いた別れの言葉を言ってやろうかとハールリアが馬小屋の前で頭をひねっている。

「ハールリア。これからどうするつもりだ」
「うん?」

 そうしている所で、馬車を繋いできたらしいフェムノスに声をかけられる。
はて、そういえば彼から話を振ってくるのは珍しい。この数日で、もしや初めてのことではないか・・・・などと、ふと思ってしまって空返事になってしまった。

「この街に、何か用でもあって来たのか?」
「あー、いや。別に何もないよ。このあとも、しばらくは街をぶらついて観光する予定だ」
「そうか」

 ハールリアが答えると、それ以上何か言うでもなく彼は会話を終わらせた。どうやらそれだけ聞きたかったらしい。
同時、ハールリアの手元にリュックサックが放り投げられてくる。彼の背負っていたものだ。どうも馬車から下ろしてくれたらしい。

「ん、どうも。それじゃ、ここから先は別行動だ」
「そうだな。機会があればまた会おう」

 こうなっては、これで別れとするより他はない。
結局なにも思いつかなかったハールリアは、そんな無難な言葉で締めくくる。
リュックを背負い、彼以上に無難で簡潔な言葉を送ってきたフェムノスに、手をひらひらと振って背を向けた。
陽気なハールリアと、無感動で表情の無いフェムノス。
どこまでも正反対な二人だった。


「それじゃあ元気でね、リエンちゃん」

 去っていく主を追う前に、フィーリは馬車の中までリエンに声をかけに行く。
その炎の中に戯画のような笑顔を浮かべた彼女に、リエンは羽先を向けて、それから祈るように胸の前で交差させた。このジェスチャーの意味は、「貴方も無事で」といった具合のものだろう。
その表情に笑みも涙も浮かべていないリエンだが、この数日でフィーリも彼女の表情がその主に似てか乏しいことを知っている。自分の身を案じてくれているその仕草だけで十分だった。

「うん、ありがとう!」

 晴れやかな声で、フィーリが礼を述べた。
そうして主の元へと飛んでいく彼女を、リエンはパタパタとその翼の手を振って見送る。
・・・・まだその顔は無表情ではあったが、わずかながら感情の色が見える。
その姿が見えなくなっても、いつまでもその手を振り続けていた。



「リエン」

シャラン…!

 そんな彼女に、フェムノスが声をかけた。
リエンは、驚いたのか身を震わせて足元の鎖を鳴らす。振り向くと、いつの間に戻って来たのか、普段と同じ無感情顔のフェムノスが立っていた。

「少し待っていろ」

 その彼がリエンへ小さく告げて、すぐにまた去っていく。
なにがなんだかわからない様子のリエンがあとに残されて・・・・思い出したようにその背に向けてお辞儀をする。
振り向きもしないフェムノスの、その黒い姿が街へと消えた。



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 馬車のなかで、わたしは待つ。
ゴシュジンサマはお出掛けで、わたしはここでお留守番。
何処に行くのか。何をしに行くのか。なんにも教えてくれなかった。
けど「待っていろ」って、言っていた。
だから多分。捨てられた、なんて事は無い・・・・と、思う。
あんまり自信は無いや

 今のわたしのゴシュジンサマ。
ふぇむのす、って名乗った男のひと。真っ黒くって、怖いひと。
ふだんは何もしゃべらなくって、お人形さんみたいに無表情。
「コトバ」がなくって、表情がなくって、なにを考えているのか、まるでさっぱり解らない。
・・・・わたしと、おんなじ。


 わたしのキモチが、誰にも伝わらないのと同じ。


 ことばを無くしたのは何時だっけ? もう覚えてない。覚えてもいられない昔のこと。
何年も記憶をたどっても、しゃべってた思い出のひとつもない。
「喋る」というのが、どういう事だか覚えていない。
「歌う」というのが、どういうキモチになれるのか・・・・もう忘れてしまった。
十年くらい――ずっと。もうずっと前。ずっとずっと、忘れたまま。

 気がつけば表情までなくしていた。
あの石に囲まれた部屋のなか、世界はいつも灰色ばかり。
灰色の壁、灰色の空、灰色のコトバ、灰色の愛・・・・調教?
そんな無色の灰色が、わたしのココロを壊してしまった。
涙は枯れて、怒りも無い。苦しくはない。もう辛いとも思わない。
ただその日生きていられた事を喜んで・・・・それすらも、何時からだろうか、ただ煩わしい。
いつのまにやらじわじわと、世界の灰色に吸い込まれるように、わたしは感情をなくしていた。

 そうして今のわたしがある。
コトバをなくして、ココロをなくして、わたしはいつだって独りきり。
「痛い」とも「苦しい」とも、そう思ってもそれは誰にも伝わらない。
そんなコトは、思ってもいけないって・・・・そんな風に教えたアノヒトは誰だった?
何人もゴシュジンサマが変わっても、何人もの人がわたしを見て、触って、犯しても。いつだって誰だって変わらない。やめて、痛くしないで、もうこんな事はイヤ・・・・その声が届いたことは無い。
わたしにだって届かない。そもそも本当にイヤだなんて思っていたの?
別になんにも苦しか無いのに。辛いとだって、もう思っちゃいないじゃない。
外に出してもらってからは、あの頃の何倍も楽だもの。
溶けたロウソクは垂らされたって、燃えてる鉄で叩かれない。吐くまでお腹を蹴られることはあるけれど、ナイフで切られて魔法で治されてまたナイフで切られて魔法で治されて・・・・なんて一晩中される事もない。


 きっと今が、今までの中で一番いい。
だって今のゴシュジンサマは、あの人はまだわたしに痛いことをしないから。
考えている事はちっとも解らなくって、不気味で怖い人だけど・・・・だけどわたしを叩かない。
檻に放り込んだりもしないし、急に怒鳴ったりもしてこない。
痛いことをしない人は、好き――大好き。

 それにちょっとだけ自由。
この馬車のなかなら、どこにでも行ける。
眠っても良いし、景色を眺めてもいい。
足には鎖が巻かれたままで、飛べないけどね。
あれ? 空を飛んだのなんて、いったいどれだけ前のこと?

 ・・・・忘れちゃった

 まあ、いいや



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 貿易都市、カント=ルラーノ。
俗名を新王都と呼ばれる、モル=カント第二の都市である。
都市をぐるりと囲む、城壁の如き巨大な市壁は、この街がかつては戦火の最前線に位置していた事を物語る。当時、ここには隣国からの国境防衛のために建造された要塞が一つあるばかりだったのだ。
それが国境線を押し上げてからは、その新たな最前線へと物資を送り込むための補給線となった。そして講和が結ばれ、元あったモノとヒトの流れをそのままに、その中身だけを変えて今のような巨大都市へと発展したのである。
かつて城壁の向こうに存在していた大城塞は打ち壊され、代わりに市街が形成された。今や当時の様相を残すのはその堅牢なる外郭と、さる大商会が本部にと買い取った市街中央の大尖塔だけだ。


「ふむ」

 華々しい表通り。幾つもの商店や、所狭しと並ぶ露店。ここはカント=ルラーノの本通りだ。
立ち並ぶ店が様々ならば、並べられるものも多種多様。ありふれた日用品や、地方の特産品、軽食などを扱う屋台などなど。そんな生活感のある横で、旅人や傭兵相手の商売をする者が無骨な武具を並べていたりとする辺り、本当に節操がない。
鳥が焼かれて美味しそうな香りを立ち昇らせている横で、凶悪な金属の輝きを剥き出しにした刀剣が売られていると言った奇妙な光景にも、見慣れたものだとフェムノスは気にも留めない。
ただ淡々と必要な物を買い揃えて行くだけだ。それも、彼の手にする紙袋は既に満杯で、彼の方ももう他に何かを買う様子はない。単に街並みを見ているだけのようだ。

 と、その目が何かを見つけて止まる。
先方もそれに気付いたようで、肥えた指を突きつけて何やら叫ぶ。

「おお!お主はあの時の!」
「先日の商人か。無事に辿り着けたようで何より」
「ああ、全くもってその通りだ。いや〜感謝感謝!」

 それは数日前にフェムノスが野盗から助けた行商だった。
どうやらつい先程街に付いたようで、今は比較的一般人でも手の出せそうな物品を並べている所だった。
そうして従業員達が忙しそうに動いている中、目の前の男は何をしているかといえば・・・・まあ、何もしていなかった。強いていえば、高そうな酒を瓶で直接飲んでいた。
フェムノスに気付いてからは、この間の件がどうだったとか、今回の取引が何だとか、訊いてもいないのにべらべらと喋り出している。
それによると、今はどうも査察とかそういう名目でここに居座っているらしい。


「いやあ、それにしても。君にくれてやったハーピーはどうだ?
 愛想は無いがアッチの具合はそこそこ良くてな〜、いい娘だろう!
 何をしようと口答え一つせんし、あの傷だらけの肢体なんぞもう堪らん!!」

 落ち着ける状況のせいなのか、はたまた酒が入っているせいか、始めて会った時とは大違いな横柄な態度で商隊長が言う。下品な事を叫びながら、フェムノスの背をバシバシと叩いてまでいる。
そしてどうもこの男、ハーピーとセイレーンの区別がついていないらしい。商人として、それで良いのか・・・・

「あっち?」
「おいおい、何をとぼけた事を・・・・なに、まさか、まだ試していないのか!?
 ああ勿体ない! どうせ魔物など、娼婦の真似事をさせる程度にしか役に立たんのだか・・・・ッ!?」

 ぺちゃくちゃと無闇に雄弁になっていた商隊長の口が、突然に遮られる。
遮ったのはフェムノス。無言とあの無表情のまま、商隊長の喉元に短刀を突きつけていた。
彼も、さすがに往来の真ん中であの規格外の巨剣を振り回すほど常識知らずではないらしい。

 それはあまりに突然の、一瞬の出来事で、なにが起こったのかと商隊長はしばしの間、ポカンと口を半開きにしていた。
直後、まるで天国から地獄といった風に震えだす。アルコールで紅潮した顔から一瞬で血の気が引き、完全な土気色へと変わり、死にかけの鯉のようにその口をパクパクと開け閉めしはじめた。


「それ以上なにも言うな。貴様の商品が血で汚れる」


 底冷えするほど平淡な声でフェムノスが告げた。
ゾッ・・・・と、何がなにやら解らぬでも、道行く人々がその冷気にあてられて立ち止まる。
明るい商店街は、ものの数秒で緊迫に包まれた。

「わ、わわ、分かった。な、何が気に食わなかったかは知らんが謝ろう・・・・。
 だからその・・・・その物騒な物をしまってはくれないか? な? この通りだ! な!?」

 不様な懇願。嘆息一つせず、フェムノスは刃を納めて市を後にした。
少しして、今のは一体なんだったのかと不思議そうにしながらも、凍り付いていた人々も動きはじめる。
すぐに通りは元の活気を取り戻した。



「くっそ、なんなんだあの男は・・・・」

 フェムノスの姿が街の喧騒に呑まれて見えなくなった頃、商隊長は苛立った声で吐き捨てた。
反省、といったものはないようだ。そもそも何が悪かったとも思っていないらしい。
苛立った様子で、手にした酒瓶を煽る。



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 遅いなぁ・・・・
もう何回目かの呟き。
声は出ないけど、口は動かしたからから、呟き。 ・・・・かな?
どうなんだろう

 どっちでもいい。
別にどっちだとして、なにかが変わる訳じゃない。
けど何でもない考えは、暇つぶしには丁度いい。

 退屈には慣れてる。
慣れてはいるけど、やっぱりきらい。
でも痛いのは、もっといや。
わたしってワガママなのかな?


 どうなんだろう?
どっちでもいいか。
それにしても遅いなぁ・・・・


 けど、ちょっと考える。
まだ、そんなに時間は経ってない?
あの人が出ていったのが、お日様がてっぺんに在った頃。
今はチョッピリ傾いてるけど、まだまだお昼。
うん、やっぱり。

 ならどうして?
なんで遅いなんて思うんだろ。
どうして? どうして、あの人がいないと不安になるんだろう。
・・・・わかんないや。

 わかんないけど、悪い気分じゃない。
最近は良いことが続く。何日か前には、久しぶりに笑った。
そのちょっと前には、素敵な名前を貰った。
リエン。リエン・・・・短くって、覚えやすい。
素敵な名前。わたしの名前。ゴシュジンサマのくれたもの。


 早く帰って来ないかなぁ
そうだ帰ってきたら・・・・うん、決めた。
笑って出迎えてみよう。だってあの人はわたしのゴシュジンサマだもの。
ゴシュジンサマには笑顔の出迎えを、だね。(そう言ったのは誰?)

 あれ?
笑顔って、どうすれば良かったっけ?
口角を上げて、目元を・・・・こうかな?

 わかんない。
自分の顔は見れない。
鏡、みたいの、ないかな?

 この車の中――は、絶対ない。
本当にガランドウで、幾つか袋が転がってるだけだもの。
その袋の中身も、全部知ってる。鏡なんて無かった。

 外は    ジャラ!
身を乗りだそうとして、鎖が鳴った。
ダメだ。ダメ。わたしは留守番。外に出ちゃいけない。
・・・・怒られるのはイヤ。

 けど、見つけた。
外を覗き込んだら、丁度良いところにガラスが落ちていた。
写り込んでるわたしの顔は――ああ、ダメだ。こんなの笑顔じゃない。
これじゃあ、変なひきつけを起こしたようにしか見えない。
怖くは、まぁ、無い。けど、ひどく不格好。
これじゃあダメ。練習!



 あ・・・・
鏡、割れちゃった。
馬車に轢かれて・・・・あれ?
停まった。そんな所で?
一体どうして



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 フェムノスは街の酒場に訪れた。
ここでいう酒場というのは、単なる飲み屋といった意味合いではなく、冒険者相手にクエストを斡旋する役所のような場所のこと。その業務の一環として、冒険者向けの施設の案内なども行っていた。例えば宿の手配であったり、武具屋や、情報屋、換金所などのある場所を紹介したり。町によっては、観光名所なども教えてくれる。言ってしまえば、繁華街でのチラシ配りと同じ。旅行者が効率的に街に金銭を落とせるようにするためのサービスだ。
それらの一般的な業務を行う酒場に加えて、このモル=カント国では大きな街においては、傭兵などを相手としたもう一つの酒場が設けられている。その軍事国家としての性質か、冒険社にクエストを依頼するような形で傭兵を募っているのだ。
そしてフェムノスが訪れたのは、そうした「特に荒事を専門とした酒場」の方。腕に覚えのある者や一攫千金を狙う者や荒くれ者たちの集う場所だ。

 大きな木製の扉を開くと、カランコロン、と軽やかなベルの音が鳴り響く。だがそんな涼やかな音は、店の中から溢れ出した喧騒が一瞬にして飲み込んでしまう。店内では、まだ昼も盛りだというのにちょっとした酒宴が始まっていた。参加しているのは傭兵たちのようで、筋骨隆々とした男達がジョッキを傾けながら面白おかしく騒ぎ立てている。人数といい、テーブルに並んだ食事の質といい、相当に羽振りが良い様子だ。
おおかた、大口の「注文」か何かでもあったのだろう。
そんな判断を下して、フェムノスはカウンターまで一直線に向かう。彼に昼から酒に呑まれる趣味はなかった。

 カウンターには、給仕姿の受付嬢が立っている。場所がこんな喧しい酒場の中でなければ、どこかの城の女中か何かと思えるような、そういう服装をしている。ようはメイド服だ。
その質素ながら可愛らしい衣装を見に纏っていた彼女は、この喧騒の中にいて妙に落ち着き払った、どこか冷たい印章のある女性だった。その顔は完璧な、それこそ深窓の令嬢が浮かべる花の咲いたような笑顔であるのだが、何故か一目でそれの末尾に(営業用)と付いていることが分かる。

「あら、フェムノス様ではございませんか」

 その彼女が、フェムノスに気づいて声を上げた。見た印章の通り、冷たく落ち着き払った声だ。氷で音叉を作れば、こんな音が鳴るのではないだろうか?
彼女は言葉でこそ驚いていたが、目や表情など言葉を除いた全ての仕草が驚きなど皆無であると告げていた。まるで最初から今この時にフェムノスがこの酒場を訪れることを知っていたのではないかという錯覚すら抱かせるような、そんな調子だった。

「今日は貴様が当番か・・・・なら話が早い。
 次の戦に出る。これが紹介状だ」

 それに怯むでもなくフェムノスが言う。
彼が乱雑に投げてよこしたエルドレアからの手紙を、受付嬢は危なげもなく受け取って懐にしまう。
この二人、どうも互いに見知った仲であるらしい。気心知れたとまでは行かないが、勝手知ったるといった風情はある。

「承りましたわ。ブリーフィングは一週間後の予定となっております。
 それまでの宿は・・・・また三等地の最安値の一人部屋で?」
「いや、連れがいる。二人部屋を頼みたい。可能なら、なるべく治安のよい場所を」
「おや、それはそれは。治安など気にするという事は、お連れさんは非戦闘要員ですか。
 あなたがそのような者を連れているのにも驚きましたが、そんな気が回ることにも驚きです。
 ・・・・人間、変われば変わるものですね。 承りましたわ、それではそのように用意いたしましょう」

 今度こそ、受付嬢は心底から驚いたらしい。僅かに眉を上げてフェムノスの顔をちらと見て、笑顔の仮面の上に小さな苦笑を浮かせた。返す言葉は多少ならぬ含みのある物言いで、からかっているようでもある。
それに対して、フェムノスはまるで気にしていない様子だ。見ようによっては不敬とも思える彼女の態度や言葉にも、いつも通りの無感動な無表情を保ったまま、ただそこに立っているだけだった。
くすりと、可笑しそうな、嘆息のような声で彼女は笑って、手元の書類に何やら一筆書きこむ。その顔は、また能面のような冷めた笑顔だった。

「では、スイートを用意して差し上げましょう。どうせこちらの系列で営業している宿ですから、多少無理をさせてでも一等を取らせますよ」
「そこまでされる必要はない」
「いいえ、裁量は私に一任されています。私は私なりの判断で、要望に応えられる最適のラインを見繕っただけのこと。
 それとも、なにか不備でも御座いましたかお客様?」
「・・・・・・・・」

 敬語のニュアンスを微妙に変えて、受付嬢は押し付けるように書類をフェムノスに渡す。
むしり取る様に無言でそれを取ったフェムノスの顔は、どこぞの苦手な相手を思い出したのか、眉根を寄せた険しい顔になっていた。
恐い恐いと、受付嬢がくすくすと笑う。

 敵わんな、とフェムノスが頭をゆるやかに左右に振って、店を後にしようとしたその時。
カランカランと、店内の喧騒にかき消されそうな涼やかなベルの音とともに扉が開いた。

「あ、あの、ええっと・・・・そ、そこの戦士様!」
「?」

 開いた扉の先には小柄な人影があって、それはフェムノスの姿を見ると、まっすぐにそちらに駆け寄った。
背恰好から察するに、年齢は十くらい。男物のアンダーコートを引きずるように着ていて、目元が隠れるほど深くかぶったベージュ色のキャスケット帽から飴色の髪が覗く、どこかオドオドとした様子の子供だった。

「ええっと、あの・・・・あなたがセイレーンの子と一緒にいた戦士様で間違いありませんよね!?」
「俺に用か?」
「は、はい! その、黒い剣の傭兵にコレを渡せと・・・・」

 怖ず怖ずと差し出された手には、小さな四つ折りの紙片。適当に折られた、今にも千切れそうな粗末な紙切れだ。
だが、帽子のふちから少しだけ見えたその子の目は真剣そのもので、紙片を受け取った目の前の男を固唾を呑んで見つめている。
フェムノスが開くと、それには乱雑に書きなぐられた文字列があった。



   手前の連れは預かった、目の前のガキに案内させる。
   リミットは三時の鐘が鳴るまで。
   過ぎれば、連れの身は保証しない。



「読みました? 読みましたよね!?
 急いでください! もう、殆ど時間なんて残ってないですよ!!」
「・・・・なるほど。では、案内を頼む」
「はい!」



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 ・・・・あれ?
いつの間に寝ちゃってたんだろう。
べつに眠くなんか無かったのに。

 それにココどこ?
ゴシュジンサマの馬車じゃない。知らないところだ。
多分どこかの建物の中? なんだか薄暗い。
何だろう、やな感じがする。どこか、あの部屋に似てる

 う、ん?
動けない。腕が縄でグルグル巻きにされてる。

 あ、誰かいる。
誰だろう? 知らない人達。
背が高くって、浅黒い肌。
男の人ばっかり。
いち、に・・・・うん、三人。


「奴隷のセイレーン取っ捕まえて金貨六枚。いやぁボロいボロい」
「ついでにノコノコ現れる予定の連れのヤロウをヌッコロって、レッツ追い剥ぎ!」
「しかもこの子は好きにして良いというね。あとでスタッフが美味しくいただきます」
「サイコーの仕事じゃねぇか。あの豚にゃあ、感謝しねーとなぁ・・・・ヘヘッ!」


 なんだろう、凄くうるさい。
どこの言葉だろう。良くわからない。

 けど、分かる事もあった。
どうやらわたしは、捕まっちゃったみたい。
掴まえたのはあの人たちで、あんまりいい人達じゃなさそう。
どうしよう・・・・どうなるのかな?
また、殴られたりするのかな。
・・・・それとも、あの部屋に連れ戻されて

   ガチャッ!

 !?
思ったら、ひとりでに体が震えてた。
鎖が大きな音を立てる。
音に気付いてあの人達がこっちを向いた。
イヤ・・・・!恐い。怖い!こわい!!


「アニキ〜、警戒されちまってるぜ?」
「ん・・・・まぁ、しゃーねーだろ」






 バンッ!


「言われた通り、そのセイレーンの子と一緒にいた剣士様を連れてきた!!」

「いるな、リエン!」


 扉が開いて、子供の声が聞こえた。
そのすぐ後には、知ってる声。ゴシュジンサマの声。
たすけに来て、くれた・・・・?


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 二人・・・・道案内の子とフェムノスは、人波を縫うように走っていた。
かたや規格外の巨剣を背負った男。かたや、コートを引きずる子共。だというのに、その歩みは相当に早い。多量の人という障害物をものともせず、時に塀を乗り越えるなどとショートカットを挟みながら、数分で市街を抜け、辿り着いた先は寂れた倉庫街だった。
今はもう使われていない区画かなの、他ではあれほど多かった人通りもこの周辺には全く見当たらない。
こういった事には、あつらえ向きの場所。先にハールリアへとフェムノスの言った、カント=ルラーノ市内に点在する、治安のよろしくない区域の一つであるようだ。

「こっちです、戦士様!」
「・・・・フェムノス」
「へ?」
「フェムノス・ルーブだ。その、戦士様というのはやめろ」
「は、はい。フェムノスさん!
 あ、見えました、あの倉庫です」

 言葉を交わしながら、倉庫街を奥へ奥へ・・・・
ただでさえ人気の無い場所の、その裏路地。見当たるのは灰色の石壁と鼠くらい。すえた匂いが鼻につく、年中日の当たらないような薄暗い一角まで来た所で、その道案内の子が指さして言った。
指差す先を見れば、大きな木製の扉がある。どれだけ古いのか扉は所々が腐食しており、掛かっていた鍵も既に意味を成していない。こんな裏路地に扉が付いているのは、本来は裏口か何かとして作られたからだろうか?

「ここです!」

 その壊れかかった扉の前で立ち止まり、その子が言う。「そうか」と短く、フェムノスが答えた。
あれほど走っておきながら、どちらも息切れ一つない。
フェムノスがちらと目配せをすると、それを察してコートの子が身を避ける。
直後、フェムノスが扉を蹴り破り、二人は叫びと共に倉庫の中へと突入した。


「言われた通り、そのセイレーンの子と一緒にいた剣士様を連れてきた!!」

「いるな、リエン!」


 宣言と、呼びかけ。
出迎えるのはチンピラ風の三人組の男の口上と、倉庫の奥から小さく聞こえる鎖の音だった。

「クックック・・・・待ちわびたぞ、黒き剣士よ!」
「アニキ、それ厨ニ病っす」
「よくもここまで来たものだ。これは許されざる・・・・って、おい、コラ! 無視すんな!!」

 フェムノスは出迎えの三人を横目にも入れず、そのままスタスタとリエンの方へと一直線に向かった。
返答もなければ反応もない。歯牙にもかけず、正に眼中に無いといった風・・・・本当に入っていないのでは無かろうか?


「「「スルースキル高すぎんぞ、コルァ!」」」




「怪我はないか?」

 こくこく…!


 後ろで騒ぐチンピラ達など何のその。フェムノスはリエンのもとへ走り寄り、取り出したナイフで彼女を縛る縄を断ち切った。窮屈そうに胸の前で縛り上げられていた蒼い翼がバサリと広がり、数枚の羽が倉庫に舞う。
その体に傷のない事を目視で確認しつつ、フェムノスが問う。リエンは幾度もの頷きで答え、倒れこむようにフェムノスに抱きよった。縋るような、愛おしそうな、静かな抱擁だった。
その時の彼女は、今にも泣き出しそうな安堵の表情を浮かべていた。彼女らしからぬ・・・・いや、きっとこれが本来の彼女の顔なのだろう。その顔は普段の彼女が見せるような、何もかもを抑圧した無表情とはかけ離れたものだった。

 フェムノスの右肩に、リエンは額を乗せる。
抱き返すでも慰めるでもなくフェムノスは、ただされるがまま、じっと彼女に肩を貸している。リエンの翼がフェムノスの体をギュッと抱き寄せる。声の無い嗚咽が小さく聞こえ、フェムノスのコートは少しだけ濡れた。






「おいィ?」
「俺らは無視っすか。アウト・オブ・ガンチュウですか。そうですか」
「オレの両目が光って唸るぅ・・・・泣いても良いよと囁き、うぅ、うっ・・・・
 相手にされないって、こんなに虚しいことなんだね。
 うん、オレちょっぴり大人になれた気がする」

 一方こちらはチンピラ達。
すっかり置いて行かれて、テンションがストレスでマッハしていた。
そんな彼等の内の一人・・・・恐らくリーダーが、道案内を頼んでいた子に話しかけられる。

「あの・・・・」
「あー案内頼んだガキか。どした?」
「ちゃ、ちゃんと連れてきました・・・・だから、約束は守って!」
「あ〜あ〜、そうだった。お前さんの槍な。 え〜、コレか?」
「っ!? か、返して!」

 そう言ってリーダー格の男が椅子にしていた木箱から取り出したのは、一本の槍。
長さは百六十センチ程度で、槍としては短いが幼子の体格で扱うにはそれなりに大きい。
男はその槍をお手玉のように右へ左へ、かと思えば上に・・・・などと、からかうかのように取り扱う。
持ち主の方は、なんとかして取り返そうとピョンピョンと飛びまわっていた。
・・・・ちょっと可愛い

「アニキ〜、なんで普通に和んでるんですかー」
「ああ、悪い悪い」
「か〜え〜し〜て〜よ〜〜!」
「俺にも変わってくださいよー」
「いや俺が!」
「なにおう!?」

「はっはっは! 貴様らには譲らん!」

「「 \横暴だー!/ 」」

 ・・・・この誘拐犯、愉快犯の間違いでは無かろうか?
彼らがそんなわけもなく愉快なやり取りをしている内に、ようやく槍は持ち主に取り戻されていた。そしてギュッと、愛しそうに抱き寄せる。
一方その頃フェムノスは、リエンを抱き上げて悠々と出口へ向かっていた。


「って、ちょっと待て〜〜い!!」

 それを見たチンピラの一人が、すかさず叫んだ。
フェムノスは面倒そうに振り返り、尋ねる。

「なんだ」
「なッんで普通に出ていこうとしちゃってんのォ!?」
「・・・・不都合か?」

 フェムノスが言う。それは、普段と同じ無感動で平坦な声だ。しかしその声には、僅かならぬ彼の殺気が乗せられていた。
否応なしに、彼等の目がフェムノスノ背負う巨大な剣へと向く。その凶暴な鉄の塊は、窓から入りこんだホコリっぽい陽の光にぬるりと照らされ、彼等に極めて不吉な想像をさせる。

「う・・・・」
「ドーゾオトーリクダサーイ」「ボクタチ ワルイ ユーカイハンジャナイヨー」
「おまいらナサケナス・・・・だが俺も激しく同意せざるをえない!」

「用がないなら帰るぞ」


 そういって、本当に倉庫を後にするフェムノス。
悪役としては三流の、小心者のチンピラ共は、全身に冷や汗を流しながらそれを見送る。
内心で「命拾いした」と感じながら、ほぅと一息ため息を付いた。疲れに似た感覚がどっと彼らに襲いくる。


「・・・・あ〜あ、金貨六枚パーか」
「悪いことは出来ないなー」
「ってか、報酬の法外さの段階で気づけヨ」

 すっかり通夜のような様相になった古倉庫。チンピラ達は溜め息を吐きながら、反省会ムードを形成していた。実を言えば彼等は傭兵で、とある商人に「いい話がある」と持ちかけられていただけだった。
傭兵は形勢が不利になれば逃げていくのが常、先程の彼等の行動も傭兵としては十分「有り」なのだ・・・・と、自分を納得させながら。ひとまず命のあったことだけは喜んでおく。
あとは笑い話の一つもあれば重畳。

「だってよー、あのオッサン羽振りよさそうだったもんよー」
「デブだったしなー」
「ブタだったもんなー」

「ま、小遣い稼ぎは失敗したが、アイツも同業者らしい。
 本職の方では遅れを取らんように頑張るぞ〜!」

「「お〜!」」


 ・・・・ノリの軽い連中である。
しかしまぁ、その依頼主に何か義理が有るわけでも無し。なにせ前金すらもらっていない。
美味しい報酬に釣られた彼等としても、もとより『上手くいけば僥倖。ダメで元々』程度の期待しかしていなかった。だから、このくらいで良いのかも知れない。


「あれ、そういえばだがよう。なんだってあのガキに案内頼んだったっけか?」
「単にこの辺うろついてたからでしょう。ちょいと脅して、パシらせたんっすよ」
「なんだってこんな物騒極まりねぇ所に?」
「大方探検ゴッコとかでしょう?」
「・・・・あんな物騒なモノ持ってか?」

「「・・・・あ」」


 その子の姿は、既に見えなくなっていた。



 XXX XXX XXX XXX XXX



 あの倉庫を後にし、二人は自身の馬車へと戻っていた。荷物を整理し、これから宿に向かうのだ。
そして少ない荷物に買いだした諸々を詰め込んでいる途中、「今思い出した」といった風にフェムノスが言った。

「リエン」

 ?と首を傾げ、リエンは続く言葉を待った。


「その鎖。外してやるのを忘れていた」


 ・・・・ひゅ〜〜ぅ

 何やらうすら寒い風が吹いた気がした。今は秋だ。でも多分関係ない。
忘れていた、で済む話では無いと思うのだが・・・・リエンの方も、外す様子が無いから付けたままというのが方針なのだろうと判断していた。
彼女は呆然唖然の表情で、ポカーンと固まってしまっている。

 ひゅ〜ぅう〜〜〜ぅ〜・・・・・

 もう一度風が吹く。
言ったきり何もしないフェムノスと、固まってしまったリエン。
そのまま、互いに動かない。この場に時計があれば、チクタクとその秒針を刻み続ける音を響かせていただろうが、こんな所にそんな物がある筈もない。たっぷり十八秒は時間が止まっていた。どこぞの物語に登場する、時を止め世界を操る力を得たヴァンパイアのそれよりも長い。


「・・・・外さない方が良かったか?」

 ぶんっぶんっ!

 その静寂を破って発せられたのは、フェムノスの見当違いの問い。
リエンは大きく首を横に振り、彼女にしては珍しく強い否定の意志を示した。
そんな彼女の様子に、彼は「そうか」と普段通りの無感情な声を返した。
そして

「少し。じっとしていろ」

 そう言われて、リエンは小さく首を傾げた。
フェムノスはツカツカと彼女に近づくと、背の鉄塊の柄に手をかける。
ピタリと動きを止めたリエンの脳裏に、少々嫌な予感がよぎった。
次の瞬間・・・・振り下ろされた黒い塊が鉄鎖を断ち切った。


「これで良し」


 あんまり良くない。
すぐ目の前で鉄塊の風圧を感じ、リエンはそう思った。
14/03/15 00:54更新 / 夢見月
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